唐突ですが、「情婦」と聞くと世間一般の人はいったい何を思い浮かべるんでしょうね?
僕は「情婦」っていうと、「婦」つながりで、ついつい「娼婦」とか「裸婦」といった、なまめかしいというか、ヤラシイというか、ヒワイというか、ともかくそんな言葉を連想してしまいました。
こんな思考回路なので、『情婦』にも、古くはシャロン・ストーンの悩殺足組ポーズで一世を風靡した『氷の微笑』に代表されるR18級の妖艶な映画を期待したわけです。しかし、ご存じの方もいるかもしれませんが、ビリー・ワイルダー監督の『情婦』は、まったくもってそういう映画じゃないのです。
そもそも製作されたのが1957年ですから、『氷の微笑』的セクシーシーンが出てくるわけない。モノクロだし!さらに追い打ちをかけるように、冒頭シーンは法廷。
メインで出てくる男は、劇中で他のキャストからも指摘されるように、正真正銘の古ダヌキ的ジジイ。(演じたチャールズ・ロートンはこの作品でアカデミー賞にノミネートされました。)
絶対に違う! セクシー映画なワケない!
セクシーどころか、正義を貫くおカタイ法廷モノかよ?(←まだ勘違いしている)
諦めが早い僕の性格も手伝って、当初抱いていたヒワイな期待は冒頭であっさり覆されました。ですが僕は途中で見るのをやめるわけでもなく、なかば羽を失った鳥のように絶望の淵に立ち、さも期待せずに、虚ろな目で『情婦』を見始めたワケです。
もしまだこの時点でセクシーシーンを期待している輩がいるとしたら、相当にあきらめが悪いか根性のある人です、間違いなく。
ところが、期待を裏切られた作品(←勝手に思い込んだだけ)にもかかわらず、この『情婦』相当に面白いです。
ストーリーを簡単に説明すると、僕の期待を打ち砕いた古ダヌキってのは、病み上がりの重鎮弁護士。そこに退院早々、依頼人がやってくるわけです。
話を聞いてみると、ふとしたきっかけで仲良くなった未亡人がある日殺されていて、疑いをかけられていると言う。
依頼人はチョイ軽い感じのプレイボーイ風。でも話を聞いてみると、割とイイヒト。
嘘をついている様子はないし、話も筋が通ってる。
最初は乗り気じゃなかった古ダヌキも、依頼人を包むイイヒトパワーに負け、結局ヨッシャ!ワイに任せとけ!(←なぜか関西弁)と弁護を引き受けることに。
で、ここからが面白い。古ダヌキは早速、依頼人のアリバイを立証しようと奥さんに話を聞くことにします。
依頼人によると、夫婦仲はサイコー。
しかし夫婦仲サイコーの場合、法廷で奥さんの証言は有力な証拠にはならない・・・。
夫を愛していれば、彼を守ろうと奥さんがウソをつく可能性も高いですからね。
でもとにかく話を聞いてみなくては。古ダヌキは考えます。
そうして奥さん登場。
「主人は殺してません!彼がそんなことするはずないわ!!」
トーゼン、そんな台詞を期待(予想)する古ダヌキ+視聴者。
ところが!
奥さんチョー冷たい!
エリカ様も真っ青の「別に・・・」的コメントが続きます。
おいおい! 夫婦仲サイアクですよ。
苦しい生活から救いだしてくれたはずの夫に、ぜんっぜん助けブネを出さない。
もしやこれって、最近よく聞くツンデレ?! アカの他人(ここでは古ダヌキです)の前では素っ気ない態度で、まわりに人がいなくなった途端、カレシに甘えるタイプ?!
夫が犯罪者になるかもしれないってときにツンデレてる場合じゃないですよ、奥さん。
ところが奥さん、ツンデレでもない。
というのも古ダヌキの前はおろか、法廷でも夫に不利な証言ばっかりしちゃうんですよ。しかも場外ホームラン級の決定打を何発も。
おい! ツンデレじゃなくて、ただの冷たい女かよ!
殺人の容疑で逮捕されたうえに、最愛の妻にまで裏切られ、なんて哀れな依頼人。
挙げ句の果てには、生前、遺産が依頼人へ相続されるように、被害者が遺言状を書き換えていたのが判明するわ、被害者宅で働いていたメイドが出てきて、自分が貰うはずだった遺産を横取りされた腹いせに、テキトーな証言をするわで、依頼人はさらに窮地に。
財産目当てっていう動機も見つかったし、奥さんとメイドの証言もあるし。アリバイは立証できないし。
もうダメ依頼人! 容疑確定!!
しかしさすがは腕利き弁護士。
哀れな依頼人の無実を立証しようと、古ダヌキはさらに頑張ります。
そこへ依頼人を窮地から救う、思いがけない有力な情報が・・・。
今作で哀れな依頼人を演じたのはタイロン・パワー。当時の二枚目スターなんですが、ほんと、その姿が同情を誘うんですよ。古ダヌキが彼を助けたくなる気持ち、痛いほど分かります。『がんばれ!ベアーズ』※もとい、頑張れ古ダヌキ!
「依頼人を助けてあげてくれ!」きっと誰もが、こう願うはずです。
そうして物語はエンディングへと流れ込み、ラストには映画史上に残るどんでん返し!が待っています。
うーん。参りました。
しかもですね、このどんでん返しがひとつじゃないんですよ。
僕もまんまとひっかかりました。
見終わった後、気になったので「情婦」を調べると、「内縁関係にある女性」って意味を持つようです。つまり愛人のことですね。
あ、常識?
当初、僕はヒワイな言葉を連想しただけでなく、「情婦」が情け深い女性、一途な女性のことを意味する言葉だと思い込んでいたので、途中までツンデレ奥さんのことを「ぜんぜん、情婦じゃないぞ!」と勝手に憤ってました。
でも映画を最後の最後まで見ると、タイトルが持つ意味もわかります。
蛇足ですが僕が映画を観てとくに気になったのは裁判風景。
検事とか、弁護士とかがみんなバッハみたいなカツラをかぶってるんです。
気になったので調べてみると、イギリスの法廷ではカツラを着用するのが義務づけられており、驚くべきことにそれは今も続いているとのこと。
しかしここ数年、イギリスでは伝統衣装というか、制服というか、このカツラを含む法廷での服装について議論しており、ついに昨年から民事裁判ではバッハ風カツラも廃止されることになったそうです。
民事裁判では?
つまり刑事裁判では引き続き今も、バッハな出で立ちで弁護したり、立証したりするわけですね。うーん面白い・・・すごく変だけど。
ちなみにこのカツラ、結構お高いそうですが、支給されるらしいです。
日本では弁護士や検事にバッジが支給されますが、それと同じようなものなんでしょう。
と、ここまでイギリスの裁判事情を知ると、他のバッハ風法廷シーンが観たくなりますよね!
もしご存じの方は、このサイトの「ご意見・ご要望」のところからでもお知らせ下さい!
それにしても近頃、ミステリー小説の旗手、東野圭吾さんの「ガリレオ」シリーズが相次いで映像化されたり、『このミス』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』が映画に続いてドラマになったりと、にわかに盛り上がりを見せるミステリー界ですが、この『情婦』も負けてませんよ。さすがはアガサ・クリスティ原作です。
そんなわけでツンデレ女性好きだけでなく、イギリスのヘンテコな裁判風景も楽しめる『情婦』。
でも、その正体は最高のミステリー映画なのです。■
(奥田高大)