日本人にはなじみ深い物語である、「忠臣蔵」。当然ご存じの方が多数であろうが、18世紀はじめ=江戸時代中期に実際に起こった、“赤穂事件”がベースとなっている。
江戸城は松の廊下で、赤穂藩主・浅野内匠頭が吉良上野介への刃傷沙汰に及び、即日切腹となった。こうしたトラブルは「両成敗」が旨である筈なのに、吉良へはお咎めのないまま、赤穂藩はお取り潰しに。
この処断を不服に感じた、赤穂藩家老の大石内蔵助をはじめ47人の浪士が、雌伏の時を経て、事件から1年9ヶ月後に、江戸本所の吉良邸に討ち入り。上野介の首を刎ねて主君の仇を取り、本懐を遂げるというのが、大体のあらましである。
この“赤穂事件”の顛末を基に大幅な脚色を加えた、「仮名手本忠臣蔵」が、文楽や歌舞伎の演目として確立して以来、「忠臣蔵」は今日まで、映画、演劇、TVドラマ等々の格好の題材となってきた。亡君への忠義を果し武士の意地を通すといったテーマが、日本人の心に響きやすかったのであろう。NHKの大河ドラマやテレビ東京の12時間ドラマなどでも繰り返し取り上げられ、20~30年前までは、年末年始の風物詩とも言えた。
また折りに触れて、現代物に翻案。『サラリーマン忠臣蔵』(1960)『OL忠臣蔵』(97)『なにわ忠臣蔵』(97)等々の作品では、武家社会を企業や極道の世界に置き換えて、「忠臣蔵」の“仇討ち”の世界が展開された。
映画でもTVでも、時代劇の製作本数がすっかり減ってしまった近年になると、以前ほどは「お馴染み」とは言えなくなってきた。それでも赤穂浪士の討ち入りを、その予算面から取り上げた『決算!忠臣蔵』(2019)や、吉良上野介の弟が替え玉に仕立て上げられる『身代わり忠臣蔵』(2024)といった、“曲球”のような映画作品が、時折登場している。
そんな「忠臣蔵」であるが、当然のように日本以外の人々には未知の物語である。ところが“日本通”を自認する者によって、突然「忠臣蔵」を題材にした外国映画が、製作されることがある。
筆者の古い記憶にあるのは、『ベルリン忠臣蔵』(1985)。40年前、統一前の西ドイツで製作された作品である。
筆者はこの作品、未見でありながら、タイトルだけは矢鱈と印象に残っていた。今回鑑賞を試みたが、配信は当然されておらず、ソフトなども入手困難。そのため作品データや実際に観た者の話頼りになってしまう点は、ご容赦願いたい。
ストーリーは、ハンブルグに“大石内蔵助”を名乗る怪人が現れ、悪徳企業を成敗するというもの。舞台は記した通り、ハンブルグであり、ベルリンは邦題だけ。本篇には一切登場しないという。
鑑賞者によると、監督のハンス・クリストフ・ブルーメンブルグはじめ製作サイドは、「忠臣蔵」についてそれなりにリサーチをした努力は感じられたが、内蔵助の正体が、日本で“柔道”を修行したドイツ人。更には内蔵助抹殺のために、日本から“忍者”がやってくるという、トンデモ展開である。しかしながらドイツ人気質というか、コメディ仕立てなどではなく、至極生真面目で退屈な作品に仕上がっているという。
2010年代に入って、本作『47RONIN』(2013)製作の報が聞こえてきた際、まず浮かんだのは、この『ベルリン忠臣蔵』だった。主演はキアヌ・リーヴスで、四十七士の1人を演じるという設定を聞いて、思った。これは「ヤバい」と。
日本人キャストとしては、真田広之、浅野忠信、菊地凛子というハリウッド経験組。更にオーディションなどを経て選ばれた、柴咲コウ、赤西仁、田中泯といった有名どころが出演すると聞いても、その危惧は全然薄れることはなかった。
監督に選ばれたのは、カール・リンシュ。CM業界では実績を残しているクリエイターだが、長編映画を手掛けるのは、初めて。
リンシュは11歳の頃に、「少しの間だけ」日本に住んだことがあった。そして、四十七士の物語について、「少しは知っていた」という。
本作については、細々とストーリーなど説明しても仕方ない。とりあえず観て、それぞれに感想を抱いて欲しいと思うので、「少しだけ」日本に住んでいて、「少しは」四十七士の物語を知っていたリンシュによって、どんな構想の下で、いかなる映像世界がクリエイトされたかを、挙げていこう。
リンシュが本作のオファーを受けた時に考えたのは、「綿密な時代考証による大河ドラマではなく、よりファンタジーに使い映画を作るチャンス」ということだった。
そんな彼が、特殊効果スーパーバイザーのクリスチャン・マンツと話し合った際に、度々名前が挙がった、偉大な日本人アーティストが2人居る。それは、リンシュが子ども心に魅了されていたという、「葛飾北斎」。そしてもう1人は、「宮崎駿」。リンシュとマンツは、「宮崎駿のアニメの実写版のような映画」「北斎の版画の中にしか存在しないような日本」を目指すことで、一致したのである。
リンシュはシナリオハンティングで、日本の30都市を10日間くらいかけて回ったというが、こだわったのは、「日本文化のひとつの解釈」。画面に登場する、建物と屋根の組み合わせなどが、日本にはないものであったり、衣裳のデザインが、“着物”と似て非なるものになったのは、すべてそうした“こだわり”から生じたと言って、差し支えなかろう。
またリンシュらが、日本の民話などを詳しくリサーチした結果も、然り。四十七士の物語の舞台は、天狗や魔女の龍、出島の鬼といった、クリーチャーたちが跋扈する世界となってしまった。中国の神話由来の筈の麒麟も含めて…。
因みに本作の主役で、四十七士の仲間になる、キアヌ・リーヴス演じるカイは、天狗に拾われ、剣術や妖術、この世の理などを教わったという設定。しかしカイの育ての親である天狗は、我々が“天狗”と聞いてイメージするそれとは、ヴィジュアル的にはまったくの異物であることを付け加えておく。
本作は、2011年3月14日にブダペストでクランクイン。続いて、イギリスのシェパートンスタジオで、撮影が行われた。
当初は翌2012年の11月公開予定だったが、撮り直し(!)や視覚効果のためにスケジュールが遅れ、まず2013年の2月に延期。それもリスケジュールされ、12月まで延ばされた。
当時流行りの3Dでの製作だったこともあって、製作費は当初の予算を大きくオーバーし、一説には、2億2,500万㌦まで膨れ上がったと言われる。これだと全世界で4~5億㌦以上の興行収入を上げるメガヒットにならないと、大赤字になってしまう。
危機感を持った製作のユニバーサル・ピクチャーズは、ポストプロダクションの段階で、ある決定を行う。カール・リンシュ監督を、編集作業から外したのである。
そんなスッタモンダを経て、ようやく完成した本作は、まずは日本、続けてアメリカで公開。結果的には、日本での興行収入が5億円を切ったことに象徴されるように、世界的にも損益分岐点どころか、製作費にも達しない結果となった。
さて本作『47RONIN』を、日本人キャストは、どのように思っていたのだろうか?それは公開当時よりも、ごく最近「エミー賞」で作品賞をはじめ14冠、「ゴールデングローブ賞」で4部門を制覇するという、赫々たる成果を上げたドラマシリーズ、「SHOGUN 将軍」(2024)に関連するインタビューから、窺い知れる。
『47RONIN』で大石内蔵助を演じた真田広之は、2003年の『ラスト サムライ』で、ハリウッド映画に初出演。それ以来居をアメリカに移して20年余、実績を積み上げてきた。
彼はハリウッドに渡った時から、例えば着物の着方や武器の扱い方、特殊な歩き方等々、日本文化の描写について、現場で意見を言い、間違っている部分があれば、直すように申し入れてきた。時には無償で監修を行うほど、熱心に。『ラスト サムライ』のエドワード・ズウィック監督には、「影の監督」とまで言われている。
しかしそんな真田も、「俳優として物申せることには限界がある」と、長くもどかしさや悔しさを感じてきた。またハリウッドでの経験を重ねる内に、各部門のトップに修正や調整を依頼することにためらいを感じるようにもなった。曰く、「彼らにはプライドがあり、多くを指摘するのは難しいから」である。
そうした真田が、積み重ねてきたキャリアで得た信頼を軸に、無念を晴らしたと言えるのが、「SHOGUN 将軍」だった。アメリカのディズニー系の製作ながら、プロデューサーとして、シナリオ作り、スタッフやキャスト選びから撮影現場、ポストプロダクションまで隈なく眼を光らせた。そして、主要なセリフは“日本語”で、アメリカの視聴者は字幕を読むという、前代未聞の時代劇ドラマシリーズを作り上げたのである。
そんな真田が、ハリウッドでのキャリアのちょうど中間点に出演した、『47RONIN』に関しては、こんな風に語っている。「僕は全員日本人俳優を雇うならこの役をお引き受けしましょうと伝えましたが、その時にはもうスタッフィングは決まっていたので、そこまでは条件に出せませんでした」。
結果として、全員が日本人俳優ではない上に、日本人であり侍なのに全編英語で撮るということになってしまったという。
真田は「SHOGUN 将軍」のVFXについて、「こんなに高い建物がここにあってはいけない、屋根の色が違う、五重塔はここにはない、安土城がカラフルすぎて中国系に見えてしまう……」等々、細々と指摘を行ったという。これはどう考えても、『47RONIN』のVFXを踏まえてのこととしか思えない。
しかしながら真田は、こんなことも言っている。「日本の赤穂事件を題材にした映画が、ハリウッドで大予算で作られるということそのものが大事だと、その時は思ったんですね。興行的には厳しかったですが実績としては残った。ハリウッドのなかで一つの布石になったと思っています」
『47RONIN』「SHOGUN 将軍」の両作に出演。共に真田に対するヴィラン的な役柄を演じた浅野忠信も、「SHOGUN 将軍」で、「…リベンジが果たせたのかもしれない」旨のコメントを発している。
本作『47RONIN』がなければ、「SHOGUN 将軍」の成功はなかった!それが最大に前向きに、本作の存在意義を語る言葉なのかも知れない。■
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