ハートリーと映画音楽
90年代渋谷系も魅了したハートリーのオルターエゴ(別人格)
“ネッド・ライフル”の映画音楽


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ハル・ハートリー独占インタビュー
“ネッド・ライフル”とは「ヘンリー・フール・トリロジー」の完結編のタイトルであり、リ-アム・エイケンが演じた主人公の名前でもある。しかし90年代の初期、ハートリーは“ネッド・ライフル”という偽名を使って音楽も手がけ、“ネッド・ライフル”はハートリー作品の世界観を支える重要人物として知られるようになっていった(もちろんファンの多くは同一人物だと知っていたが)。一種の“アマチュア”であるがゆえに唯一無二の映画音楽を生み出してきたハートリー(akaネッド・ライフル)が、音楽との関わりについて語ってくれた。
Q記憶にある最初の音楽体験を教えてください。
最初に聴いた音楽は、アイランドやイギリス、カナダの古い民謡だと思う。結婚式や葬式の後に、キッチンテーブルを囲んでみんなで歌うんだ! 僕の母はいい声を持った歌い手で、近所に住んでいたレオ叔父さんもそうだった。その世代の人たちは、お互いを歌うことで楽しませていたんだ。楽器はなかったけど、一緒にハモったりしながらね。
それ以外ならビートルズだね。僕が5歳の時に映画『ハード・デイズ・ナイト』(旧題『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』)が公開されて、兄や従弟たちと地元の映画館で観た。その後も毎年秋になるとテレビで放送されていた。ビートルズが僕たちを作ったんだ。母も家の掃除をしながら、ビートルズの曲を口ずさんでいたよ。
Q長編デビュー作『アンビリーバブル・トゥルース』の音楽クレジットはジム・コールマンですが、あなたも作曲や演奏で関わりましたか?
実はジムがやったのはオープニングの曲だけなんだ。もともとはジムが全曲やる予定だったんだけど、事情があってできなくなったんだよね。確か所属してたバンドでどっかに行っちゃって、残りの曲は僕が作った。でもエンドクレジットは先にできていて作り直すおカネもなかったから、喜んでジムに作曲の名義を進呈したよ!
Q『トラスト・ミー』の音楽担当はフィリップ・リードになっていますが、その後に発表されたCDによると、あなたもネッド・ライフル名義で参加していますよね?
実際には、まず僕が自分でエレキギターを弾いて『トラスト・ミー』の曲をレコーディングしたんだ。でもフィリップが関わってくれることになって、演奏し直してもらった。彼の方がずっと熟練したギタリストだったからね。彼が演奏することで曲はずっとよくなったし、新しいものを生み出してくれたと感じたから作曲者としてフィリップをクレジットしたんだ。でも『トラスト・ミー』のギターがメインでない曲は僕が作って演奏したものだよ。
Qフィリップ・リードは『アンビリーバブル・トゥルース』に曲を提供していたWild Blue Yonderのメンバーですよね?
そう。フィリップはWild Blue Yonderのメンバーで、『アンビリーバブル・トゥルース』では僕が作った曲でもギターを弾いてくれた。1990年のある春の夜に、僕のアパートメントで2人で一緒にレコーディングをして、その後一度も会ってないんだけどね。その後Slander Donnaというバンドでも活動していたよ。
Q『シンプルメン』でようやくあなたが(ネッド・ライフルとして)音楽担当にクレジットされます。オープニングの印象的なEm、G、Emのギターリフは誰が弾いているんでしょうか?
『シンプルメン』で演奏しているのはどの曲も僕だよ。プロデュースとエンジニアはジェフリー・テイラーがやってくれた。あの時はサントラを作る規模が大きくてね。あんなにギターを弾いたのもあの時が最後だよ。実はジェフと一緒に数週間かけて、ほとんどギターを使わないまったく違う音楽を作ってたんだ。でも映像に合わせて試写をしたら、2人ともまったく気に入らなくてね。僕は当時トライベッカの大きなアパートメントに引っ越したばかりで、まずアコースティックギターを取り出して、あのEmとGのリフを録音したんだ。あのリフは高校生の頃から弾いていたコード進行なんだけど、特に曲として仕上げたことはなかった。ジェフと一緒にその場で曲にしたんだよ。
Q初期に制作した短編でも音楽は自分で作っていたんでしょうか?
うん。最初から音楽は自分で作っていた。『トラスト・ミー』や『シンプルメン』と似た感じの音楽をね。最新アルバム『After The Catastrophe』の7曲目の「Kid」は、1984年の冬に大学の課題で作った短編「Kid」の曲をベースに、新しく演奏して録音したんだ。11曲目の「Danger Waif」は同じ頃に録音していた4トラックのデモで、去年にちょっとだけミックスを加えたものだよ。
Q映画音楽を作る際に、誰かお手本にした作曲家はいますか?
いや、ギターで作曲していたし、特に映画音楽家を思い浮かべたことはなかった。ただ、当時はピーター・ガブリエルが手がけた『最後の誘惑』(マーティン・スコセッシ監督)のサントラ『パッション』を聴きまくっていた。全然タイプの違う音楽だけどすごくインスパイアされたし、特に『トラスト・ミー』のエンディング曲はあのアルバムの最後の2曲「It Is Accomplished」と「Bread and Wine」に影響を受けていると思う。構造や曲が作り出す感情や、シンプルだけど祝祭感のあるメロディがね。でもむしろ音楽を作る時にこだわっていることは、あくまでも僕自身の中だけの意味合いだけど、なるべく少ない楽器で、控えめで、正直でありたいということだね。
Q作曲において、サイモン・グリムにとってのヘンリー・フールみたいな導師のような人はいましたか?
誰もいないよ! でも『シンプルメン』『愛、アマチュア』『FLIRT/フラート』でジェフリー・テイラーと一緒に仕事をして、たくさんのことを学んだ。音楽担当を“ネッド・ライフル”ではなく“ハル・ハートリー”の名前でクレジットするようになったのも、ジェフとの仕事から自信を得られたからなんだ。
Qあなたの音楽はユニークかつシンプルで、映画にもぴったりとハマっていますが、自分のスタイルをいつ確立したのでしょうか?
音楽の明快さやシンプルさに価値を見出したのは、学生時代に初めて作った『Kid』の時からだね。
Q「Kid」など初期の短編は今では観ることができないのでしょうか? 公式には発表されていませんよね?
あれは学生の習作であって、自分の作品群の中には入れてないんだ。1989年に上映したことがあるんだけど、誰にためにもならないと痛感したよ。
Q初期のサントラではギターが大きくフィーチャーされていましたが、『愛、アマチュア』の頃からオーケストレーション的なスコアに移行したように思います。
初期のロング・アイランドを舞台にした作品は、エレキギターのサウンドと結び付いていたと思う。僕が次第にもっと大きな世界の物語を描くようになって、違うタイプの音楽が必要だと感じるようになった。『愛、アマチュア』のオーケストラ的な音楽は、実は『シンプルメン』の時にボツにした楽曲群から始まってるんだ。『愛、アマチュア』の撮影の後にあの時に作った音楽に立ち返って、もっと改善すれば新しい映画に相応しくなると思ったんだ。
Q映画監督として最初にもらったギャラでYamaha SY55のシンセサイザーを買って、ずっと同じものを使い続けていたそうですが、今でも同じ機材を使っているのですか?
いや、いまメインで使ってるのはローランドのXP-80 だね。でも『After The Catastrophe』ではエレキギターもかなり弾いた。フェンダーのストラトキャスターをね。音楽を作る時は一旦XP80で作曲をして、GarageBandに取り込んでエフェクトを足したりイコライザーをいじったりするんだ。ギターの音はGarageBandで直に録音してるね。
Q最初に買ったギターを覚えていますか?
最初のエレキギターはアイバニーズ製の青いストラトキャスターのコピー。白いピックガードが付いていた。初期の音楽はそれで作曲してたよ。90年代の終わりにチャリティオークションに出しちゃったんだけどね。一番最初に手に入れたギターは、13歳の時で、これもアイバニーズのアコースティックだった。『シンプルメン』で弾いていたアコギだよ。黒いギブソンのレスポールも買って『シンプルメン』『愛、アマチュア』『FLIRT/フラート』で使った。今使ってるフェンダーのストラトは、ベルリンにある「アメリカン・ギター・ショップ」って店で買ったんだよ!
Q初期の作品ではハブ・ムーアのバンドThe Great Outdoorsやヨ・ラ・テンゴのようなインディーズ系のロックバンドが楽曲を提供していました。彼らとはどういう経緯で知り合ったのですか?
『アンビリーバブル・トゥルース』の衣装デザイナーが紹介してくれたんだ。『アンビリーバブル・トゥルース』に曲を提供してくれたThe Brothers Kendallもね。彼女はニューヨークやボストンのオルタナティブロックシーンにどっぷり漬かっていたんだよね。
Qそれってもしかして映画監督になったケリー・ライヒャルトのことじゃないですか?
当たりだよ、よくわかったね!
Qソニック・ユースは撮影監督のマイケル・スピラーに紹介されたそうですね。
マイケルはソニック・ユースのミュージックビデオを撮影していたからね。『トラスト・ミー』をサンダンス映画祭に出品した時、飛行機に乗る直前にソニック・ユースの『Goo』のテープを買った。一年後に『シンプルメン』のダンスシーンにぴったりな曲を探していて、「Kool Thing」のキム・ゴードンの語りのパートが僕が書いたセリフともぴったり合うって気付いたんだ。
Q『愛、アマチュア』のサントラではさらに多くのインディーズ系のロックバンドやミュージシャンが参加しています。すべて監督がご自身で選曲されたんでしょうか?
そうだよ。あの時はマタドール・レコードが熱心に協力してくれて、レーベルのカタログから好きなものを使わせてくれた。サントラCDも彼らがリリースしたしね。
QPJハーヴェイが『ブック・オブ・ライフ』に役者として出演することになった経緯を教えてください。おそらく彼女が女優として本格的に参加した唯一の作品だと思うのですが。
『愛、アマチュア』で曲を使ったことが縁になって、PJがNYを訪れた時に初めて会ったんだ。その時に彼女がふと、そのうちに演技に挑戦してみるかも知れないと言ったんだよね。僕らは友達になって、数年後に『ブック・オブ・ライフ』に出てくれないかと依頼した。彼女との仕事は素晴らしかったよ。彼女はまさにシンガーそのもので、歌のようにセリフを覚えて演技するんだ。彼女は独自のやり方でセリフから音楽を聴き取る。余計な口を出そうなんて思いもしなかったよ。
Q『ブック・オブ・ライフ』ではヨ・ラ・テンゴも小さな役で出演しています。しかも救世軍バンドという役どころで、ギターやベースは一切弾いていません。
彼らはPJハーヴェイが出ると聞いてすごく興奮してね。自分たちも何かしたいと言ってくれたんだ。救世軍のバンドが必要だと言ったら、(ヨ・ラ・テンゴの)アイラ・カプランがぜひやりたいと言って、ホーンを使った曲を作ってくれたんだよ。
Q『ブック・オブ・ライフ』では嶺川貴子の「1.666666」をオープニングで使いましたね。終盤でも同曲のリフが流れるので、まるで映画のテーマソングのように聴こえます。あの曲を選んだ経緯は?
本当にクールなギターリフだったから、使わずにいられなかったんだ!
Q90年代頃のインディーロックシーンとは非常に近しい関係だったように思うのですが、当時から共感や親近感はありましたかか?
とても勇気づけられた。当時のインディーロックシーンにはメインストリームのポップミュージックよりはるかに多様性があって、世界に対して個々がどう反応しているのかも曲の中から聞き取れたと思う。音楽だけでなく、他のインディーズ映画についても同じ印象を持っていたよ。
Qミュージックビデオもいくつか監督されていますが、ベス・オートンの「Stolen Car」を除けば、ミュージシャンが歌うシーンが全く登場しませんよね。かなり特異なこだわりだと思うのですが。
僕はミュージックビデオでミュージシャンが歌う振りをしている姿に耐えられないんだ。アレを世の中から消滅させるためなら何だってするよ!
Q以前に人前で演奏したことがないと伺ったのですが、本当に一度もないんですか? “Rifle”というバンドを組んだこともありましたし、ライブをやってみたいと思ったことはありませんか?
1993年に『FLIRT/フラート』のNY篇を作った頃に、一度だけ、何人かの仲間と劇場で短いライブをやったことがあるんだ。ある劇団の資金集めの手伝いでね。演奏は酷いもんだったけど、楽しかったよ。
Q“ネッド・ライフル”という名前は、作曲者の名義だけでなくあなたの映画のあちこちに登場してきましたが、『トラスト・ミー』には劇中の本の著者として“Henry Foole”なる名前も出てきます。当時からヘンリー・フールというキャラクターを考えていたのですか?
“ヘンリー・フール”はずっと可笑しな名前だと思っていた。大学時代の1982年に作ったキャラクターなんだ。少なくとも名前だけはね。ネッド・ライフルもその頃からいたよ。
Q音楽のことではありませんが、質問させてください。あなたの映画の主人公たちはほとんどの場合、同じシチュエーションに追い込まれます。大抵は警察か権力側にいる一団に追われたり、包囲されてしまいます。同じシチュエーションを描き続ける理由はありますか?
たぶん、僕はいつも彼ら自身の良心に価値を見出す人々の物語を描いていて、そのせいで彼らが世間のはみ出し者になってしまうのは避けられないんだと思う。社会というものは、多かれ少なかれ僕たちに思考や感情をストップさせて、個性を取り払おうとするものだから。
Qそしてほとんどの主人公は逃げ切ることはかないません。あなたの現実の世界や社会に対するものの見方を反映しているのでしょうか?
間違いなくそうだね。僕は社会の一員でいることを気に入ってるよ。でも世の中にはさまざまな形の社会があるべきだと思う。僕が疑念を持っているのは、思考や感情を画一化させる、より巨大で一般的とされる“社会”に対してだね。
Q最後の質問です。若い頃にはミュージシャンやロッカーになることを夢見ていましたか?
いつだってそうだよ!
サントラギャラリー
True Fiction Pictures- Music From the Films of Hal Hartley
Hal Hartley as Ned Rifle and various artists 1993『アンビリーバブル・トゥルース』から『シンプルメン』までのサントラを集めたコンプレーション。ジム・コールマンやヨ・ラ・テンゴらの提供曲も収録。
Amateur (Original Soundtrack)
Hal Hartley as Ned Rifle and various artists 1994長編第4作『愛、アマチュア』のサントラ。マタドール・レコードのバックアップでペイヴメントなど同レーベルの所属アーティストが多数参加。ハートリーはジェフリー・テイラーと共に宅録オーケストレーションと呼ぶべき新たなサウンドに挑んだ。
Flirt (Original Soundtrack)
Hal Hartley as Ned Rifle and various artists 1996盟友ジェフリー・テイラーとの最後のコラボレーションとなった『FLIRT/フラート』のサウンドトラック。
Henry Fool (Original Soundtrack)
Hal Hartley and various artists 1997長編第5作『ヘンリー・フール』のサントラ。本作からハートリーの本名でクレジットされるようになった。ジム・コールマン、ハブ・ムーアらと結成したバンドRyfle名義の曲も収録。
ア・シンプル・マン~ハル・ハートリー映画音楽カヴァー・コンピレーション
1997嶺川貴子、曽我部恵一ら日本のアーティストが、ハル・ハートリーがネッド・ライフル名義で作曲した映画音楽をカバーしたコンピレーションアルバム。
The Book of Life (Original Soundtrack)
Hal Hartley and various artists 1999嶺川貴子の「1.666666」、PJハーヴェイ、ハブ・ムーアら多彩なアーティストの曲を収録。インスト曲の名義はハートリー個人ではなくバンドのRyful名義になっている。
Possible Music from the Films (Etc) Of (#1)
Hal Hartley 2004初期から2004年までの間にハートリーが手がけた長編、短編映画や戯曲の音楽をまとめたベスト盤的なコンピレーション。
The Girl from Monday (Original Soundtrack)
Hal Hartley 2007長編第7作『The Girl from Monday』のサントラ。
Fay Grim (Original Soundtrack) Hal Hartley 2007
長編第8作『フェイ・グリム』のサントラ。
The Ryful Album
Hal Hartley & Friends 2009
Hal Hartley, Jim Coleman, Lydia Kavanagh, Hub Moore, Bill Dobrowハートリーが期間限定で結成したバンドRyfulで録音された楽曲を集めたアルバム。ハートリーはギター、キーボード、ベースなどを担当。ボーカルはハブ・ムーアとリディア・カヴァナー。二階堂美穂も語りで参加。
No Such Thing (As Monsters)
(Original Soundtrack)
Hal Hartley 2010長編第6作『No Such Thing』のサントラ。
Meanwhile (Original Soundtrack)
Hal Hartley and various artists 20122011年の中編『はなしかわって』のサントラ。
Our Lady of the Highway (Instrumentals)
Hal Hartley 2012ハル・ハートリー名義で発表されたオリジナルインスト曲集。アルバムタイトルは、現在企画進行中のドラマシリーズの題名にもなっている。
Soon - Music from the Play
Hal Hartley and Jim Coleman 2015ハートリーとジム・コールマンが共同で手がけた戯曲『Soon』の音楽を収録。
Ned Rifle (Original Soundtrack)
Hal Hartley 20152014年の長編第9作『ネッド・ライフル』のサントラ。
AFTER THE CATASTROPHE
After The Catastrophe
Hal Hartley 2017新曲や初期短編の映画音楽のリメイクなどを収録した、ハル・ハートリー個人名義では2枚目のアルバム。