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PROGRAM/放送作品
暗くなるまで待って
オードリーが盲目の人妻という難役を見事にこなした、“一場面もの”の息詰まる騙し合いサスペンス
オードリーが盲目の人妻役を演じ、演技派開眼したサスペンス。物語の舞台はヒロインの自宅だけという“一場面もの”だが、目の見えない彼女を騙そうとする犯罪者との息詰まる駆け引きで、全く飽きさせない。
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COLUMN/コラム2016.04.04
【DVD受注生産のみ】日本が格差社会となってしまった今ふたたび輝きを放つ、60年代のみずみずしい社会派ヒューマン・ドラマ〜『愛すれど心さびしく』〜
『愛すれど心さびしく』の方が響きも美しくスッキリとしているし、なによりもストーリーの核心を的確に捉えている。当時の配給会社担当者の優れたセンスが光るネーミングだ。 主人公は物静かな聾唖者の青年ジョン(アラン・アーキン)。彼は同じく聾唖者で知的障害を持つ親友スピロス(チャック・マッキャン)の後見人だが、たびたびトラブルを起こすことからスピロスは施設へ送られてしまう。唯一の親友と離れ離れになってしまったジョン。その孤独を察した担当医師の配慮によって、彼は施設からほど近い小さな町へ引っ越すこととなる。 古き良きアメリカの面影を今に残す、のどかで平和な田舎町ジェファーソン。だが、そこには人知れず悲しみや苦しみを抱える人々が暮らしている。ジョンが下宿することになったケリー一家は、父親が腰を痛めて働くことができなくなったため、家計の足しにと自宅の使わない部屋を貸出していた。高校生の長女ミック(ソンドラ・ロック)は音楽家を夢見ているが、家には楽器はおろかレコード・プレイヤーすら買う余裕もない。それでも頑張って勉強して、いつかは自分の夢を叶えたい。将来への希望を胸に抱く多感な年頃の少女。しかし、そんな彼女に貧困という残酷な現実が重くのしかかる。 ダイナーで夕食を取っていたジョンが知り合ったのは、酔って客に絡んでいる風来坊の男ブラント(ステイシー・キーチ)。元軍人である彼は除隊後に幾つもの職を転々とするも、どれも上手くいかずに自暴自棄となっていた。誰かに自分の話を聞いてもらいたい。ただそれだけなのに、人々は迷惑そうな顔をするだけで相手にもしない。 ダイナーを追い出されて怪我をしたブラント。それを見たジョンは、たまたま通りがかった黒人の医師コープランド(パーシー・ロドリゲス)に助けを求める。白人の治療はしないと頑なに突っぱねる彼を、ジョンはなんとか説得して応急処置を施してもらう。荒廃した黒人居住地区で小さな医院を営むコープランドは、貧困と差別に苦しむ同胞たちを献身的に支える一方、白人へ対しては静かに憎悪の目を向けていた。そんなある日、娘ポーシャ(シシリー・タイソン)の恋人が白人の若者グループに因縁をつけられ、相手を怪我させてしまう。逮捕された恋人を救うため父親に助けを求めるポーシャ。しかし、コープランドはそれを断る。黒人が白人と争えばどうなるのか、彼は痛いほどよく分かっていたからだ。しかし、それを理解できない娘は父親を激しく憎む。 貧困や人種差別など様々な社会問題を背景としながら、それらの障害によって人々の対立や誤解が生まれ、お互いの溝が深まっていく。今から50年近く前の1968年に作られた映画だが、その光景があまりにも現代の世相と似通っていることに少なからず驚かされるだろう。貧しさゆえ高校を中退せざるを得なくなったミック。もっと勉強したい、自分の可能性を試したい。そう涙ながらに訴える娘に、心を鬼にした母親が疲れきったように言う。“若い頃は誰だって夢を見るもの。でも、いずれは忘れてしまう”と。夢を見ることすら許されない貧困の現実。そのやるせない痛みは、今の観客の胸にも鋭く突き刺さるはずだ。 社会の理不尽に心を打ち砕かれ、言いようのない悲しみを抱えた人々。そんな彼らに、主人公ジョンは深い理解を示し、癒しと救いを与えていくことになる。貧しさにゆえに崩壊しかけたケリー一家、社会に馴染むことのできない不器用なブラント、人種差別が心の壁を作ってしまったコープランド親子。言葉を喋ることのできないジョンは、だからこそ彼らの悩みや問題の根幹を鋭い観察眼で見抜き、そっと優しく背中を押していく。人は誰もが孤独な存在。でも、お互いに心を開けば分かり合える。そう気づかせていく。なぜなら、そんな彼も本当は孤独だからだ。 ここからはネタバレになってしまうため、詳しくは述べない。ジョンを待ち受ける運命は哀しくもほろ苦いが、しかし同時にささやかな希望の余韻も残す。彼が人々に示してくれた優しさと思いやり。それは、2016年の今の我々にも必要なものだと言えよう。 そして、本作はその繊細かつ瑞々しい演出のタッチ、夏から秋へかけての季節の移り変わりを叙情的に捉えた美しい映像にも特筆すべきものがある。 監督はロバート・エリス・ミラー。’50年代から『うちのママは世界一』や『ルート66』などのテレビドラマを手がけてきた彼は、ジェーン・フォンダ主演のラブコメディ『水曜ならいいわ』(’66年)で劇場用映画デビュー。キアヌ・リーヴス主演の『スウィート・ノベンバー』(’01)としてリメイクされた『今宵限りの恋』(’68)を経て、本作のゴールデン・グローブ賞作品賞ノミネートで一躍評価されるようになった。 その後、ジェームズ・コバーン主演のコメディ『新ハスラー』(’80)やブルック・シールズ主演のアメコミ活劇『ブレンダ・スター』(’89)など、わりと多岐に渡るジャンルを手がけた人だが、やはり本作のような繊細で美しいドラマに本領を発揮する人だと言えよう。 その証拠とも言うべきが、この次に撮った『きんぽうげ』(’70)。こちらは兄妹のように育ったいとこ同士の男女を主人公に、それぞれが理想の恋人を見つけて4人で共同生活を始めるというお話。フリーセックスの花開く時代を物語るかのように、のびのびとした奔放な恋愛関係を繰り広げていく彼らだが、しかしそんな自由はいつまでも続かない。 嫉妬や束縛。ナイーブな若者たちが目覚めていく人間のどうしようもない性(さが)。楽しい共同生活はやがて終わりを迎え、彼らは人生のままならなさを通じて大人へと成長していく。このほろ苦さ。実はお互いに愛し合っていたのに…という、ある種の近親相姦を匂わせるいとこ同士の複雑な関係は若干余計に感じるが、しかしイギリスやスペイン、イタリア、スウェーデンなどヨーロッパ各国を舞台に、四季折々の美しい街や自然の風景を織り交ぜながら描かれる繊細なドラマは、さすがロバート・エリス・ミラーだと唸らされる。それだけに、後に『ブレンダ・スター』のような凡作を立て続けに撮ってキャリアを終わらせてしまったことが惜しまれる。 最後に素晴らしいキャストについても言及せねばなるまい。主人公ジョンを演じているのはアラン・アーキン。映画デビュー作『アメリカ上陸作戦』(’66)でいきなりアカデミー主演男優賞候補になった彼は、本作でも同賞にノミネート。近年は脇役として変わり者の爺さんなんかを演じており、『リトル・ミス・サンシャイン』(’06)でアカデミー助演男優賞を獲得したことも記憶に新しいだろう。どちらかというとアクの強い個性的な役者だが、本作では穏やかな心優しい青年を素朴な味わいで演じて観客の胸を揺さぶる。 一方、そんな彼と心を通わせる少女ミックを演じるソンドラ・ロックもまた魅力的だ。後に『ガントレット』(’77)や『ダーティファイター』(’78)などでヒロインを演じ、クリント・イーストウッドの公私に渡るパートナーとして活躍。別れる際にひと悶着したことでも話題となったが、そんな彼女も本作ではまだデビューしたての美少女。思春期特有の危うさや脆さを全身で体現しており、なんとも眩いばかりに初々しい。こちらもアカデミー賞の助演女優賞にノミネート。間違いなく彼女の代表作と呼んでいいだろう。■ TM & © Warner Bros. Entertainment Inc.
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PROGRAM/放送作品
(吹)暗くなるまで待って
オードリーが盲目の人妻という難役を見事にこなした、“一場面もの”の息詰まる騙し合いサスペンス
オードリーが盲目の人妻役を演じ、演技派開眼したサスペンス。物語の舞台はヒロインの自宅だけという“一場面もの”だが、目の見えない彼女を騙そうとする犯罪者との息詰まる駆け引きで、全く飽きさせない。
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COLUMN/コラム2016.03.01
男たちのシネマ愛⑤愛すべき、極私的偏愛映画たち(1)
飯森:今回の企画は、その名もズバリ「ザ・シネマSTAFFがもう一度どうしても観たかった激レア映画を買い付けてきました」という特集です。これ以上の説明はなんも要らない(笑)。映画好きの皆さんであれば、多感な年頃に見て影響を受けた作品が、いつの間にか見ることが出来なくなってしまったという経験って、多かれ少なかれありますよね? ザ・シネマ編成部 飯森盛良 なかざわ:それはもう、数え切れないくらいありますよ! 飯森:それはザ・シネマのスタッフも同じでして、それだったら僕を含めて社内のそうした声を集めた上で、買い付けてきて放送してしまおうと考えたわけです。でもね、こういう企画って実は滅多にできないことなんですよ。いわゆるハリウッド・メジャー(注1)と呼ばれる映画会社は、各社ともテレビ向けに旧作を配給していますよね。放送権販売です。我々はそこから買っているわけですが、まとめて20本とか30本を幾らで、という感じでパッケージ購入しているわけです。何社かから買って、その中から、今月はこれ、来月はこれといった具合で小出しに組み合わせながら番組編成する。CSの洋画チャンネルを見ていて、同じ映画がライバル・チャンネルの間をたらい回しみたいに何度も放送されていることに気付かれた視聴者も多いと思うのですが、なぜなら同じ配給元からこのようなシステムで旧作をまとめ買いしているからなんです。パッケージ購入の際に配給元がライバル・チャンネルに売ったものと同じ作品を入れてくる場合もあれば、その作品が視聴率を取れることを我々が予めリサーチしていて、こちらから要望する場合もある。いずれにせよ、基本は配給元の“テーブル”の上に並べられている映画なんですよ。そういう作品は既に字幕も付いていますから、新たにこっちで作業をする必要はほとんどない。いつでもすぐに放送できるんです。 なかざわ:要するに即戦力ですね。 飯森:その一方で、例えば「おたくは’60年代にこういう映画を製作していましたよね、最近見かけなくなりましたが、あれを放送したいんですけれど…」、というような問い合わせ、つまり、“テーブル”に載ってない作品を出してきてくれと配給元にリクエストした場合、まず放送用テープの有無の確認から始めることになります。元はフィルムでも当然ながら放送用ビデオテープになっていないとテレビではかけられない。つぎに日本向けに日本語字幕版や日本語吹き替え版があるのかどうか。大昔に劇場公開したっきりの作品もあれば、VHSでリリースしたっきりで何十年も販売実績がない作品もある。全ては一から調べないとならないんです。それどころか、ハリウッド・メジャーならいいんですけど、インディペンデント系(注2)の作品だと、今どこが権利を持っているのか、どこと交渉すればいいのか、そこから調べなければならない。もちろん歴史上の全映画の権利元リストなんて存在するわけがない。それがいかに大変なことなのか、今回は身を持って実感しましたね。実現までにとにかく時間がかかった! なかざわ:そうした事情は映画ファンでもなかなか分かりませんからね。“テーブル”に載っていない作品の中にこそお宝が眠っていることが多いわけですけど、逆に、滅多に見ることが出来ないからこそ、お宝になってしまうとも言える。 飯森:そうなんです。“テーブル”の上に並んでいないと、わざわざ奥の方から出してきてもらわないといけない。 なかざわ:そうしたニッチなマーケットを掘り起こすために、アメリカではハリウッド・メジャーの映画各社がアーカイブ作品のオンデマンドDVDサービスを行っています。ワーナーやMGM、20世紀フォックス、ソニー・ピクチャーズなど、いずれも過去にDVD化されたことのある数々の作品とともに、VHSですら出したことのない貴重な作品も大量に放出しています。殆どがオリジナル・ネガ(注3)やインターポジ(注4)などからテレシネ(注5)しているので画質も良いですし。それらのラインアップの中から、ライセンスを借りてブルーレイ化しているインディペンデント系メーカー(注6)もあるくらいです。日本ではまず見られないだろうという作品が多いので、自分もよく利用していますよ。 雑食系映画ライター なかざわひでゆき 飯森:そりゃ、アメリカの場合は字幕や吹き替えを付ける必要がないですからね。ちなみにCSの日本映画系チャンネルさん各社がソフト化されたこともないような昔の貴重なお宝作品をよくテレビ初放送してたりするのも、そもそも日本語コンテンツだからだと思いますよ。具体的な金額までは申し上げませんが、字幕を付けるにはサラリーマンの月収くらい費用がかかります。字幕翻訳が残っていてその金額です。昔すぎて翻訳が残っておらず、新たに訳し直すところからだとその倍。5本、10本とそれにコストをかけられるか、それを12ヶ月やったらどうなるか、考えてみてください。さらに吹き替え新録ともなると年収くらいの費用がかかります。2011年に僕はウチのチャンネルでやった『ブレードランナー/ファイナル・カット』の新録吹き替え版(注7)をプロデュースしたことがあるんですが、あんなことは滅多にできることではない。あれ以来、ありがたいことに視聴者の皆さんにああいうことをもっとやれと期待されちゃってはいるんですけど、スンマセン、と(笑)。今の料金据え置きではそうしょっちゅうはやれない。昔、洋画番組をやられていて毎週吹き替え版を作って流していた民放さんとは、やっぱり資金力が違いますから。あれは映画の中に何発もCMをはさんで儲けていなければ無理です。でも、それやったら皆さん怒るでしょ?(笑) といったようなわけでして、日本で“テーブル”の上に並んでいないレアな外国映画を奥から出してきてもらって放送するのは、英語を母国語としているアメリカよりハードルが高いんです。ハードルというのは具体的にはコストがって意味です。“テーブル”の上のおなじみのタイトルならば、作品購入費以外のそうした追加コストが一切かからなくて済む。だから複数チャンネルの間を同じ映画がいつもグルグルグルグル回遊しているんですよ。まあ、それでも視聴率を取れてるんだから、別に悪いことではないとは思います。それって需要に対し我々がちゃんと供給できてるってことなので。 とはいえ、いくらコストがかからず視聴率も取れるからといって、同じような映画を何度も繰り返し放送するばかりでは映画ファンに失望されるということも、我々はよく理解しています。そもそも、こういう商売をしている本人がみんな商売抜きに映画好きですから、「そんなの面白くない!」という思いは同じなんです。なので、まあ、公私混同のきらいもありますけれど、まずは自分たちがなんとしてでも見たかった作品を探し出してきて放送し、さらに今後はみなさんからの要望にも耳を傾けながら続けていければと思っているんです。 なかざわ:でもですね、今回放送される作品の中で、「愛すれど心さびしく」だけは日本盤DVDが出ていますよね。 飯森:恐らくそれって、某レンタルチェーンさんがやられている、オンデマンドでDVDを焼いて届けてくれるというサービスですよね。確かにこの作品は仰る通り、そういう形で日本国内で観る手段は他に無くはありません。なのでお詫びの意味も込めて、そのうちテレビ吹き替え版も発掘して放送する予定です。これは文句なしに超貴重でしょ?そして「愛すれど心さびしく」以外の作品はもはや見ることができません。その中には今回ウチでもどうしてもコンディション良好とは言い難いSD素材しか手に入らなかったという作品もあります。HD化には相当なコストがかかるんです。古いSDテープが一応あるのに、それを捨てて新たにテレシネし放送用HDビデオテープを作り直すわけですから、それを数回しか放送しない我々チャンネル側の予算で負担することは、まぁ、なかなかできませんわな。作品の持ち主である配給元さんの方でそこは負担してもらうしかないんですが、配給元さんだってご商売ですし、採算の現実的なご判断は当然ありますよね。 注1:ワーナー・ブラザーズや20世紀フォックス、ソニー・ピクチャーズ、ユニバーサルなど、ハリウッドの大手映画会社の総称。注2:ハリウッド・メジャーではない中小様々な映画会社。注3:撮影フィルムを編集して作られたネガフィルムのこと。全ての映画はこれを元にプリントを重ねていく。注4:オリジナル・ネガからプリントされた中間素材用のポジフィルム。ここから、上映用フィルムを複製するためのインターネガが作成される。注5:フィルムに記録された映像をビデオに録画すること。これによりフィルムで撮られた映画をテレビで放送したりDVD等で再生できる。注6:前述のインディペンデント系映画会社とは異なり、ここではソフトメーカーのこと。代表的なメーカーとして、クライテリオンやキノ・ローバー、シャウト・ファクトリーなどが挙げられる。注7:2007年のリドリー・スコット監督による再編集・デジタル修復バージョン。この吹き替えを、ハリソン・フォードのフィックス声優である磯部勉を初めて起用して制作。ルトガー・ハウアーに谷口節、ショーン・ヤングに岡寛恵。 次ページ >> 愛すれど心さびしく 『愛すれど心さびしく』TM & © Warner Bros. Entertainment Inc. 『マジック・クリスチャン』COPYRIGHT © 2016 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 『ラスト・ウェディング』©2016 by Silver Turtle Films. All rights reserved. 『ビザと美徳』©1997 Cedar Grove Productions. 『暗い日曜日』LICENSED BY Global Screen GmbH 2016, ALL RIGHTS RESERVED
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PROGRAM/放送作品
アメリカ上陸作戦
ソ連軍の来訪でアメリカののどかな村は大騒動!東西冷戦を風刺した60年代ブラック・コメディの名品
監督は『夜の大捜査線』でアカデミー作品賞を獲得したノーマン・ジュイソン。米ソ冷戦時代を背景に戦争や群集心理を題材としているが、冷戦時代に限らず戦争がなくならない現代にも通じる風刺劇となっている。
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COLUMN/コラム2016.03.05
男たちのシネマ愛⑤愛すべき、極私的偏愛映画たち(2)
なかざわ:では、まずはその「愛すれど心さびしく」(注8)から各作品の話をしていきましょうか。 飯森:これは1968年の映画ですけれど、あの時代の瑞々しい青春模様や市井の人々の物語が描かれている。と同時に、政治の匂いもする作品です。 なかざわ:ことさら政治を強調しているわけではないものの、物語の背景として当時の人種差別や貧困などの社会問題が暗い影を投げかけていますよね。そのような混沌とした社会の中で、憎しみや悲しみや疎外感を抱いている人々が出てくる。根本的な原因は他者への無関心やコミュニケーション不足なんですけれど。そんな彼らの心の傷を癒やし、人と人とをつなぐ橋渡し役として、ろうあ者である主人公が大きな役割を果たすわけです。 飯森:とはいえ、障がい者を描きたい作品ではない。つまり、主人公が必ずしもろうあ者だから成立する話ではないと思うんです。どういうことかというと、世の中には自分の考えばかりを声高に叫んだり、耳は聞こえても人の話なんか聞いちゃいなかったり、そこまでいかなくても日常の生活に追われて他人のことまで気が回らなかったりという人が沢山いる一方で、聞き役に徹する大人しい人たちっているじゃないですか。決して自分の意見を押し付けることなく、他者をしっかり観察して細やかな気づかいができるタイプ。この主人公もまさにそれで、耳が聞こえずしゃべれない分、自分の言い分を主張せず、他人の性格とか問題をよく観察していて、さりげない気配りができる。そういう優しい人って、ろうあ者じゃなくてもいると思うんですよ。穏やかであまり自己主張しない、誰の隣にでもいるであろう人。そういう誰かを描いた映画だと思うんです。そして、果たしてそういう人のことを逆に我々は考えてあげられたのだろうか?という問題が提起される。つまり、我々はその人に一方的に借りを作りっぱなしなんじゃないんですか?という問いをオチで強烈に突きつけてくるわけです。ここから先はネタバレになっていくのですが… ■ ■ ■この先ネタバレを含みます。■ ■ ■ …あのオチは唐突でしたよね? なかざわ:親友が死んでしまったという出来事が、ある種のきっかけとして描かれてはいましたけれど。 飯森:でも、それなら本来は、その親友が主人公の人生にとって欠くべからざる存在だという伏線としての描き方を映画はしなければいけませんよね。でも、ここではそれほど重要な存在としては描かれていない。観客があまり注目しなくてもいいサブプロット程度に描かれてる。ところが、親友が死んでしまったという事実を知らされた瞬間、彼はものすごく動揺して、突然自殺をしてしまう。あまりに唐突な展開すぎるので我々観客もものすごく動揺します。そして、彼に孤独や悲しみを癒やしてもらった人々は、果たして逆に彼の孤独や悲しみを理解してあげられていたのか。そういう重たい問いを見る者に突きつけるんです。決して不親切にしてたわけじゃないんですが。 なかざわ:誰でも少なからず身に覚えがある話ですよね。どうしても人間って自己中心的になってしまいますから。 飯森:僕なんかは自己中の中でも一番重症なタイプでいつも胴間声でわめき散らしている典型的クソ野郎なので、まさに自分が批判されているような気になりましたね。本当すいません(笑)。 なかざわ:あと、この作品は手話のシーンでいちいち説明を入れませんよね。ろうあ者同士が手話で話をするシーンでも、恐らく日本映画だったら字幕スーパーを入れたり、もしくは会話の内容を観客のために訳する第三者を登場させたりすると思うのですが、この作品では一切説明しない。あくまでも観客の想像力や読解力に任せている。そこは素晴らしいと思いました。 飯森:確かに説明過多な映画って観客をバカにしているとしか思えませんからね。あの時代はお客さんと作り手の共犯関係というか、この程度ほのめかせば分かる人は分かってくれるし、分からなくても意図は理解できるよねという、お互いに信頼し合える“大人のもの作り”が出来ていたと思うんですよ。それから、この映画のタイトルにある“心さびしく”というのは、もちろん主人公のことでもあるけれど、同時に時代を映し出す言葉でもある。例えば、当時は公民権法(注9)が成立したとはいえ、まだまだ黒人への差別が酷かった。なので、この作品にも理不尽な差別を受ける黒人であったり、白人を心の底から憎む黒人の知識人が出てきますよね。 なかざわ:あの頃の映画で「ある戦慄」(注10)ってありましたけど、あの作品にも白人に凄まじい憎しみを向ける黒人が出てきました。あと、ステイシー・キーチ(注11)が演じている流浪人は、仕事にあぶれた元軍人という設定でしたけど、そこにはベトナム戦争の影みたいなものも感じられます。 飯森:それと格差の問題ですよね。そういう暗い影が社会全体を覆っていて、その中で主人公は人々にささやかな癒やしを与えるわけですが、これは今だからこそ再び共感できるテーマになったと思うんですよ。ヘイトスピーチや格差、テロに戦争と、何かにつけてギスギスした今の世の中で、この主人公のように静かで心配りのできる人がいたらいいなと思うし、実際に、僕らのすぐ隣にいそうに思うんですよね。 注8:1968年制作、アメリカ映画。ロバート・エリス・ミラー監督、アラン・アーキン主演。注9:人種や宗教、性別などによる差別を禁止した法律。1964年に成立した。注10:1967年制作、アメリカ映画。様々な社会階級や職業、人種の人々が乗り合わせた地下鉄車両が、2人の無軌道な暴漢によって占拠されてしまう。危機に直面することで人間の偽善が暴かれていくという社会派ドラマ。ラリー・ピアース監督、トニー・ムサンテ主演。注11:1941年生まれ、アメリカの俳優。代表作は「ロイ・ビーン」(’72)、「ロング・ライダーズ」(’80)、「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(’13)など。 次ページ >> マジック・クリスチャン 『愛すれど心さびしく』TM & © Warner Bros. Entertainment Inc. 『マジック・クリスチャン』COPYRIGHT © 2016 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 『ラスト・ウェディング』©2016 by Silver Turtle Films. All rights reserved. 『ビザと美徳』©1997 Cedar Grove Productions. 『暗い日曜日』LICENSED BY Global Screen GmbH 2016, ALL RIGHTS RESERVED
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PROGRAM/放送作品
ガタカ
遺伝子工学が発達した恐怖の未来社会をスタイリッシュに描く、豪華スター競演のSFドラマ
独創的な近未来ワールドの創造手として知られるアンドリュー・ニコルの監督デビュー作。遺伝子レベルで人に優劣をつける、おぞましい、だがスタイリッシュでとことん美しい本作の未来社会は、劇中最大の見どころだ。
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COLUMN/コラム2014.08.01
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2014年8月】キャロル
「犬LOVE」な映画かと思いきや、実はまじめなヒューマンドラマ。オーウェン・ウィルソン演じる主人公は、必ずしも思い通りに進まない日々の生活の中でも、常に自分と家族にとって幸せな選択をし続けます。周りからどんな風に見えても、自分が愛する家族を思って選んだ道であれば強くいれる。そんな前向きな姿に勇気づけられます。軽快で朗らかに描かれる本作は、仕事と家庭のバランスが崩れそうなとき「これでいいんだ」と前向きな気持ちになれる、おすすめの一本です。 © 2008 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
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PROGRAM/放送作品
ゲット スマート
ドジな即席エージェントが世界を救う!伝説のTVスパイ・ドラマ「それ行けスマート」が現代風に復活
1960年代に大ヒットしたTVスパイ・ドラマ「それ行けスマート」を21世紀の世界観でリメイク。大真面目な顔でドジを踏むトボけた即席エージェントを、全米人気コメディアンのスティーヴ・カレルが好演する。
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COLUMN/コラム2013.01.26
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2013年2月】山田
独特の近未来ワールドの創造手として知られるアンドリュー・ニコルの監督デビュー作。 CG山盛りド派手な映像を使うことはなく、半世紀以上前のフランク・ロイド・ライト設計マリン郡市民センター(『THX 1138』の一部もここで撮影)から、インテリアや車、ファッションまで上手く操り、スマートに近未来を描いている。人間の傲慢さや、行き過ぎた科学への警鐘など、メッセージとしてはありがちでも、巧みな設定と、速すぎず遅すぎずの絶妙なスピード感、巨匠マイケル・ナイマンの涙を誘う旋律と、これ以外ないだろうと思われる最高の配役。そして近未来なのに、SFっぽくない。食わず嫌いの方にこそ、おすすめしたい珠玉の一本! Copyright © 1997 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.