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女子の、女子による、女子のためのブラック・コメディ『バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!』を巡る女子たち
2015.06.03
長谷川町蔵
高校時代は学園の女王として君臨していた自分が、ボーイフレンドから結婚の話が一向に出てこなくてイライラしているというのに、なんでデブでブタ顔の彼女が先に結婚するの? 激しい動揺と傷ついたプライドを隠しながら、ベッキーのブライズメイズ(花嫁介添人)の代表として式の準備を進めるレーガンのもとに、かつての女王グループ仲間であるジェナとケイティが駆けつけた。
過去の栄光とうってかわって今では冴えない毎日を送る彼女たちは、結婚式前夜のバチェロレッテ・パーティー(独身さよならパーティ)で鬱憤が爆発。調子に乗りすぎてベッキーのウェディングドレスをビリビリに破ってしまう。はたしてレーガンたちは朝までにドレスを修理することが出来るのだろうか? 試練と狂乱の一夜が始まった!
『バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!』は女子の、女子による、女子のためのブラック・コメディである。原作である戯曲を書いたのは女性劇作家のレスリー・ヘッドランド。1981年生まれの彼女はティッシュ・スクール(ニューヨーク大学の芸術科)卒業後にワインスタイン・カンパニーの総帥ハーヴェイ・ワインスタインのアシスタントをしながら、キリスト教の「七つの大罪」をモチーフにしたコメディ戯曲を次々とオフ・ブロードウェイで上演。『バチェロレッテ』は「暴食」をモチーフにしたシリーズの一編だったが、コメディ界のスーパースター、ウィル・フェレルと彼の相棒の映画監督アダム・マッケイの目にとまって映画化が決定。ふたりのプロデュースのもと、ヘッドランドはいきなり映画監督兼脚本家としてデビューすることになったのだった。
セックス、ドラッグ何でもありのギャグと、プライドとトラウマが交錯するダイアローグの面白さは、さすがフェレルとマッケイが認めたクオリティ。かつ女子にしか書けない細やかさに満ちている。初演出でありながらカット割りが上手いことにも驚かされる。観客に見せるべきものが何なのかを本能的に掴んでいるのだろう。ヘッドランドは、今夏にやはりフェレルとマッケイのプロデュースで、ジェイソン・セダイキスとアリソン・ブリーが主演した監督第二作『Sleeping with Other People』の公開が決まっており、その活動には今後も要チェックだ。
舞台版では自ら出演もしていたヘッドランドだが、『バチェロレッテ』の映画化に際しては同世代の女優たちに演技を委ねている。そのキャスティングが絶妙だ。
まずメイン・キャラであるレーガンを演じているのはキルスティン・ダンスト。彼女の出演が決まった時点で、本作の成功は約束されたといっていい。というのも、キルスティンは、ティーンムービーに出演していた十代の頃、学園女王役を当たり役にしていたからだ。
ざっと思い出してみるだけでも、ジョー・ダンテのカルト作『スモール・ソルジャーズ』(99)、ウォーターゲート事件の裏側を描いた『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』(99)、ソフィア・コッポラの長編デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』(99)、そして大ヒットしたチアリーディング・スポ根モノ『チアーズ!』(00)といった作品で彼女は学園女王を演じている。サム・ライミが監督した『スパイダーマン』三部作(02〜07)で彼女が主人公のピーターにとって憧れの存在であるメアリー・ジェーンを演じていたのは、すでに学園女王のパブリック・イメージを得ていたからだ。
こうした作品でキルスティンが扮していた学園女王は、オタクやボンクラにも優しい女神のような性格だったけど、『バチェロレッテ』の彼女は正反対。あんなスウィートだった子がアラサーになったら、ささくれだった性格の女子に変貌してしまっているのだから、キルスティンを昔から知る観客はそのギャップに笑うしかない。そして笑うと同時に、時間の残酷な経過を否応なしに確認させられるのだ。こんな役を敢えて受けて立ったキルスティンの度量の大きさには拍手するしかない。
三人の中では一番普通人に近いジェナを演じているのがリジー・キャプランという配役にもうなずいてしまう。ジェームズ・フランコ、セス・ローゲン、ジェイソン・シーゲルといった未来のスター俳優を輩出した伝説的なテレビ学園ドラマ『フリークス学園』(99〜00)でデビューを飾った彼女が初めて注目されたのは、やはり学園コメディの『ミーン・ガールズ』(04)だった。
そこでのリジーは、リンジー・ローハン扮する主人公の友人役で登場。アフリカから転校してきた何も知らないリンジーに学園女王軍団(演じているのは当時全く無名だったレイチェル・マクアダムスとアマンダ・セイフライド!)の打倒を吹き込むクセモノを快演していた。
その後、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)や『トゥルーブラッド』(08)といった作品に出演した彼女は本作をステップに、実在した性科学のパイオニアたちを描いた実録ドラマ『Masters of Sex』(13〜)でブレイク。コメディでありながら国際問題を巻き起こした問題作『The Intereview』(14)ではフランコやローゲンとリユニオンを果たしている。
三人組の中で最もイッちゃっているケイティを演じているのは、オーストラリア出身のアイラ・フィッシャーだ。『ウエディング・クラッシャーズ』(05)での奔放な上院議員令嬢や、『お買いもの中毒な私!』(09)でのショッピング依存症の女子といった特殊なキャラほどイキイキする彼女は、実生活ではサーシャ・バロン=コーエン夫人である。なるほどコメディ・センスがハンパないわけだ。本作後も『華麗なるギャツビー』(13)や『グランド・イリュージョン』(13)などでその特異なセンスを見せつけている。
そんな美女トリオを出し抜いて最初に結婚するベッキーを演じているのが、レベル・ウィルソンであることにも注目したい。フィッシャーと同じくオーストラリア出身の彼女は、コメディエンヌとして母国で人気を獲得したあとにハリウッドに進出。その第一作『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン 』 (11)でクリステン・ウィグ扮する主人公のルームメイト役を好演して注目され、本作への出演となった。
決して美人とはいえず、体格のハンディ(?)を抱えながらも、ポジティブ思考と積極性を武器に、お高く止まった三人よりも男に不自由していないように見える彼女が演じているからこそ、ベティはこれほど血の通ったキャラクターにはなったのだと思う。レベルはこの作品での肉食キャラを本作以降も貫き通して、『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』 (13)や『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』 (14)で活躍。先日、自慢の喉を聴かせた大ヒット作『ピッチ・パーフェクト』(12)がようやく日本公開されたばかりだ。現在アメリカで大ヒット中の続編『Pitch Perfect 2』 (15)も年末には日本公開が予定されており、今後もスクリーンで暴れまくる彼女の姿を楽しめそうだ。
つい最近までは「男優と比べて女優は悲惨な目に遭っても笑えないからコメディには向いていない」なんてことが語られてきた。でもそれが真っ赤な嘘であることが『バチェロレッテ』を観れば分かるはず。紛うことない美女たちがバカをやりまくり、悲惨な一夜を体験する本作は、そういう意味ではコメディの新しい地平を切り開いた作品なのだ。■
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【DVD廃版】ハリウッド伝統の"泣かせ映画"を支えるベット・ミドラーの適役ぶり!!〜『ステラ』
2015.05.16
清藤秀人
1913年に著名なボードビリアンで映画プロデューサーでもあったジェシー・L・ラスキー、当時まだ無名監督だったセシル・B・デミルと共に、パラマウントの前進となる映画製作会社、ジェシー・L・ラスキー・フィーチャー・プレイ・カンパニーを設立。その後、1922年にはパラマウントと同じメジャースタジオのメトロ・ゴールドウィン・メイヤー=MGMの母体となる製作会社を立ち上げ、翌年にはMGMを脱退し、自らの名前を冠にした独立プロ、サミュエル・ゴールドウィンを設立する。このように、まるでハリウッドの離合集散を象徴するようなゴールドウィンだが、映画作りのコンセプトはズバリ、文芸色の強い濃厚で波乱に富んだストーリー性。"ゴールドウィン・タッチ"と呼ばれるこの特性に則り、製作された彼の代表作と呼べるのがメロドラマの名作『ステラ・ダラス』だ。
今回放送されるベット・ミドラー主演の『ステラ』は、サミュエル・ゴールドウィンが製作した1925年の無声映画と、1937年のリメイク映画のリメイク。つまり、3度目の映画化というわけだ。映画のベースになっているのはオリーヴ・ヒギンズ・プローティ著のベストセラー小説『ステラ・ダラス』で、文芸志向の強いゴールドウィンはこの原作に惚れ込み、すでに取得していた他作品の著作権を担保にして映画化権をゲット。舞台出身の大物女優たちがオーディションに殺到する中、ゴールドウィン映画に数本出演経験があるだけの無名女優、ベル・ベネットがステラ役に、夫のスティーブン役にゴールドウィン社の看板スターだったロナルド・コールマンが各々配され、名匠ヘンリー・キングの下、第1作目の無声映画『ステラ・ダラス』は製作され、傑作として映画史に記録されることになる。
それから12年後、ゴールドウィンは再び『ステラ・ダラス』をトーキー映画として蘇らせる。ロシアの文豪トルストイの原作をオードリー・ヘプバーン主演で映画化した『戦争と平和』(56)で知られるキング・ヴィダーが監督し、バーバラ・スタンウィックがステラを演じたリメイク版は前作に勝るヒットを記録し、スタンウィックと娘のローレルを演じたアン・アシュレーがアカデミー主演女優、助演女優のW候補に。同じ配役でラジオドラマまで制作され、放送は何と延々18年間も続いた。主要な登場人物のその後を描いたドラマについて、原作者のプローティは版権使用を許可しなかったが、リスナーの欲求には勝てなかったのだろう。
では、なぜ、この物語が人々をそれ程までに魅了したのか?少なくとも、1925年製作の無声映画と1937年製作のトーキー映画は、共通したメッセージを孕んでいる。父親が経営していた銀行が破綻したために、婚約を破棄して別の町の工場で働き始めた主人公のスティーブンが、そこで出会ったステラと恋に落ち、結婚して一女のローレルをもうけるが、ステラとは口論が絶えず、やがて、離婚。ニューヨークへ栄転したスティーブンは元婚約者で今は未亡人となったヘレンと再会する。スティーブンは時折ローレルをニューヨークに招き、ローレルはヘレンの長男、リチャードに恋心を抱くようになり、1人取り残されたステラは嫉妬に狂い、スティーブンから離婚を提案されても承諾しなかった。しかし、そもそもが無教養で、上流社会に仲間入りしようとしても気持ちが空回りし、派手に振る舞い過ぎて浮いてしまう自らの思い違いが、ローレルやスティーブンを不幸にしていると知った時、ステラは決断する。夫と娘をヘレンに託して失踪したステラは、ローレルとリチャードの結婚式に姿を現し、会場の外から幸せそうな娘の姿を見届けると、そっとその場を後にする。
つまり、最愛の人の幸せを優先し、自らは舞台裏に退くというサクリファイスを、階級社会を背景に描いた点が、この物語に人々が惹きつけられる最大の要因なわけで、スタンウィック版が公開されたほぼ半世紀後の1990年に製作されたベット・ミドラー版にも、それはしっかりと踏襲されている。しかし、時代が変わればそれに準じて設定も変わるのが常識で、最大の改変ポイントは、ステラが娘のジェニー(ローレル改め。演じるのは1990年代に青春スターとして活躍したトリニ・アルバラード)を妊娠したと知った時、身分の違いを理由に端からスティーブに結婚など望んでない点。「自分は正しいことをしたい。だから、結婚する」という、半ば諦めにも似た言葉で責任を取ろうとするスティーブを突き放したステラは、一旦は中絶や里子を言葉にする。時代設定は1969年。偶然、ザ・シネマでも紹介した『さよならコロンバス』が公開された年だ。劇中で、ステラはその『さよなら~』を映画館で鑑賞中に破水してしまうのたが、若者の中絶問題に言及した話題の映画に絡めて、声高ではないけれど、中絶や女性の自立に目配せしているところが最新版の工夫点と言ったところか。
そんな1969年に始まり、マンハッタンの新たなランドマークとしてシティコープ・ビルが完成した1977年を経て、公開年の1990年へと至る物語には、ステラが生活費を稼ぐために化粧品の訪問販売に挑戦したり(今ならネット通販で事足りる)、ステラが初めて手にしたクレジットカードを使ってジェニーとマイアミ旅行に出かけたり等、今見ると時代を感じさせる要素も満載だ。
一方で、時代に関係なく弾けまくるのがベット・ミドラーだ。BARのウェイトレスという設定のミドラー=ステラは、冒頭でいきなりカウンターに上がってエロいストリップティーズをお見舞いした後、白けた食卓を温めようと、「ジョン・レノンの亡霊がマザー・テレサの前に現れて"ヘイ・ジュード"をリクエストするの。どう?可笑しいでしょう?」と爆笑ネタを披露したり、マイアミのビーチに悪趣味なサンドレスで登場し、ボーイ相手にサルサを踊って周囲をどん引きさせたり、シンガー・アクトレスの面目躍如な活躍ぶり。思えば、このステラ役、『ローズ』(79)でジャニス・ジョプリンがモデルのロックシンガーに扮してオスカー候補になった後、『殺したい女』(86)、『ビッグ・ビジネス』(88)とコメディでヒットを飛ばす傍ら、『フォーエバー・フレンズ』(88)から『フォー・ザ・ボーイズ』(91)へと続く"泣かせ路線"にも定評があったミドラー抜きには考えられないキャラクター。父親のサミュエル・ゴールドウィンが残した遺産を受け継ぎ、3度目の映画化に挑戦した息子のゴールドウィン・ジュニアが、映画の成否をミドラーに託したのも頷けるナイスなキャスティングだと思う。惜しくもミドラーのラジー賞候補入りという残念な結果にはなったけれど、長いハリウッドの歴史と時代の変遷と、そして、元気なベット・ミドラーを味わうには、絶好の作品ではないだろうか。■
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不謹慎すぎるブラック・コメディを作り続ける男、サシャ・バロン・コーエン論〜『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』
2015.05.05
長谷川町蔵
北アフリカのワディヤ共和国。そこに君臨するアラジーン将軍は民主主義無視の暴政を行っていた。つい最近も核兵器開発をブチあげて世界中から非難されたばかりだ。しかし彼は国連出席のために訪れたニューヨークで何者かによって拉致され、トレードマークのヒゲを剃り落とされてしまう。身元不明になったアラジーンは彼を難民と勘違いした女性ゾーイの好意で自然食品スーパーで働くことになるが、彼女から民主主義の素晴らしさを説かれて混乱する。そんなある日、彼は国連会議に自分の替え玉が出席していることを知り驚く。すべては石油利権を狙うアラジーンの叔父タミールの策略だったのだ。果たしてアラジーンは無事(?)独裁者の地位に返り咲くことが出来るのだろうか?
『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』ほど過激なコメディ映画はそうそう無い。その笑いがいかに過激かは、映画冒頭にバーンと出る「金正日に捧ぐ」というクレジットで十分わかるはず。主人公はかつてリビアに君臨したカダフィ大佐を彷彿とさせる人物で、気に入らない者には死刑を言い渡し、ユダヤ人に罵詈雑言を吐きまくる。優しいゾーイに助けられても女性への偏見を捨てることはない。そんな最低の主人公なのに、観客は何故かアラジーンの権力が復活することを応援したくなってしまう。アラジーン役の俳優が不思議なチャームを振りまいているからだ。その男こそがサシャ・バロン・コーエンである。このコーエン、『ディクテーター』の遥か以前から過激なコメディを作り続けてきたのだ。
現在はハリウッドで活動するコーエンだが、1971年に生まれたのは英国のロンドンだった。コーエン家は正統派ユダヤ教徒の家庭であり、コーエン自身も敬虔なユダヤ教徒として育った。人口の約0.5%しかいない超マイノリティで、差別と迫害の歴史を持つユダヤ系に生まれたことは、彼のコメディアンとしてのアイデンティティの中核を成していると思う。マイノリティ差別を行うアラディーンのキャラは、彼自身とは正反対だからこそ滑稽で笑えるのだ。
子どもの頃から演劇に魅せられた彼は、名門ケンブリッジ大学の系列校クライスト・カレッジに進学。大学のアマチュア劇団で活動するようになった。そこでの活躍は大学中に響き渡り、コメディ・サークル「ケンブリッジ・フットライツ」に招かれて部員でもないのに公演に参加するほどだった。じつはこの「ケンブリッジ・フットライツ」こそはモンティ・パイソンの出身母体である。すべてを笑い飛ばす彼らのシニカルな笑いも、コーエンに影響を与えていることは間違いないだろう。
大学を卒業後、長身と個性的なルックスを買われたコーエンはファッション・モデルとして活動するようになった。規律正しい家庭やキャンパスとは180度異なる華やかなファッション業界は、後にあるキャラクターのアイディアをもたらすことになる。オーストリア出身のゲイのファッション・レポーター、ブルーノだ。もちろんコーエンにとってモデル業は仮の姿であり、影ではコメディ・ビデオを作りせっせとテレビ局に送っていた。その中の一本で、カザフスタンの無知なテレビレポーター、ボラットというキャラに扮したビデオが評価され、95年に遂に『Pump TV』という番組でレギュラー入り。98年には若手コメディアンを集めた『The 11 O'Clock Show』のメンバーに抜擢。この番組で彼が演じたユダヤ系英国人なのにアメリカのギャングスターラッパーを気取った勘違い野郎、アリ・Gのキャラが人気爆発。00年には看板番組『Da Ali G Show』がスタートした。この番組でコーエンはドキュメンタリー的な手法を採用。アリ・G、ブルーノとボラットの三役を演じ分けて、彼のことを知らない一般人から思いがけない反応を引き出すことでトップ・コメディアンの座に駆け上がったのだった。02年には映画版『アリ・G』も公開され、ここではひょんなことから下院議員になったアリ・Gが政界で大暴れするというドラマが繰り広げられた。
映画版はヒップホップの本場アメリカでも評判になり、コーエンは米国版『Da Ali G Show』を製作することになった。下積み時代のセス・ローゲンもライターとして参加していたこの番組で、アリ・G以上の人気を獲得したのはボラットだった。というのも、英国人以上にアメリカ人はカザフスタンが何処にあるか知らず、無知を装ったコーエンの演技に騙されて自らのバカっぷりを次々と晒してしまったからだ。この番組の成功を受けて06年に公開されたのが『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』だ。『となりのサインフェルド』のラリー・チャールズが監督、『オースティン・パワーズ』シリーズのジェイ・ローチがプロデュース、のちに『ハングオーバー! 』シリーズを撮るトッド・フィリップスがストーリーを手伝ったこの作品で、ボラットはフェミニスト団体を嘲笑し、全裸で転がりまわり、女優のパメラ・アンダーソンを誘拐しようとする。ハイライトは南部で開催されたロデオ大会の開会式登場だ。ボラットは米国国歌のメロディで、メチャクチャな歌詞を持つ架空のカザフスタン国歌を熱唱。会場に詰めかけた保守的でマッチョな観客たちを激怒させるのだ。命知らずにもほどがあるコーエンの行動力と過激な笑いが評判を呼んで、作品は大ヒット。コーエンはゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門) を受賞している。
09年には同様の手法でブルーノをフィーチャーした『ブルーノ』を製作。イスラエルとパレスチナの活動家を会談させたり、iPodと交換したアフリカ人の赤ちゃんを見せびらかしたり、スワッピングの現場に乱入したりとやりたい放題を繰り広げたのだった。
そんな過激な笑いを追求するコーエンだが、私生活では相変わらず敬虔なユダヤ教徒であり、女優のアイラ・フィッシャーとの夫婦仲も良好な良識ある人物である。コーエンは敢えて自分と正反対のキャラを演じることで逆説的に良識を訴えているのだ。アポ無し撮影を行って”やらせ”であることを知らない一般人の反応をカメラに収めた『ボラット』や『ブルーノ』では彼のこうした姿勢が見えづらいところもあったが、通常の劇映画スタイルに立ち返って作られた『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』ではその良識がダイレクトに打ち出されている。替え玉と再度入れ替わって国連会議の演説でアラジーンは「民主主義は独裁主義と比べて手続きが面倒臭い制度だが、だからこそ価値がある」と力説する。なぜなら民主主義が行われている限り「一部の人間だけが富み栄え、多くの人々が生活に困る社会には絶対ならないから」だと。そのとき観客は、民主主義でありながら現在の社会がいかに不公平なものかを教えられるのである。
このシーンを含めて『ディクテーター』は、コーエンにとって英国人コメディアンの大先輩にあたるチャールズ・チャップリンの『独裁者』から多くの設定を頂いている。チャップリンの代表作であるこの作品では、ヒトラーを思わせる独裁者に弾圧されるユダヤ人の床屋がクライマックスで独裁者と入れ替わり民主主義を擁護する演説を行う。公開当時の1940年、アメリカはドイツとまだ開戦しておらずナチスシンパも多かった。『独裁者』は命がけのコメディ映画だったのだ。
『タラデガ・ナイト オーバルの狼』や『ヒューゴの不思議な発明』のように短い出番で場をさらう飛び道具キャラや、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』や『レ・ミゼラブル』といったミュージカル映画の悪役、そしてキツネザルの声を務めた『マダガスカル』シリーズの声優仕事など脇役としての出演依頼が殺到しているコーエンだけど、彼には今後もプロデュース、製作、主演を兼ねた「自分の映画」を作り続けてほしいと思う。■
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スター・トレックの偉大なる象徴~追悼 レナード・ニモイ~
2015.05.02
岸川靖
2015年2月27日、俳優であり演出家のレナード・ニモイが米国ロサンジェルスにて、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のため亡くなりました。83歳でした。『スター・トレック(以下、STと略)』のファンにとって、ニモイと言えばヴァルカン人のMr.スポックとイコールの存在で、それだけに喪失感は大きなものでした。 私たちはどれだけ代え難い存在を失ったのかを、彼の軌跡を辿りながら考えてみましょう。
■STを代表するキャラクター、Mr.スポック
STシリーズは、TV、映画のみならず、小説やコミックでも数多くのシリーズがあり、魅力的なキャラクターが多数登場しています。それらのキャラクターのなかで、知名度、人気共にトップにくるのは、ニモイが演じたMr.スポックではないでしょうか? もちろん、カーク船長やピカード艦長など主役で人気のあるキャラクターは大勢いますし、どのシリーズからファンになったかによっても、好きなキャラクターはまちまちでしょう。でも、熱心なSTファンではない方にとっては、STのキャラクターというとMr.スポックなのです。TVシリーズや映画やを観たことが無い方でも、"耳の尖った宇宙人"Mr.スポックは認知されているのです。 ヴァルカン人の父サレックと地球人の母アマンダとの間に生まれたスポックは、両惑星人の資質を受け継ぐ存在でした。シリーズでは、その生い立ちゆえに、幼い頃から差別に遭遇し、自分の存在を受け入れてくれる場所として宇宙艦隊に進んだという設定になっています。 番組開始当初は、単なる異星人の副長としての存在であったMr.スポックが、シリーズを代表するキャラクターへと成長したのは、ニモイの考え抜かれた演技と、それにインスパイアされた脚本家、演出家など多くのスタッフがキャラクターを掘り下げていったからだと考えています。
■俳優としてのブレイクはTOS
実際のニモイもスポック同様、複雑な生い立ちでした。ユダヤ系ロシア移民の家庭に生まれ、家庭や風貌などから差別に遭った幼年時代を過ごしたのです。やがて8歳のときに映画『ノートルダムのせむし男』を観て、劇中でその姿ゆえに迫害されるカジモドにシンパシーを感じて演技を志し、翌年、9歳の時には舞台に立つようになります。その後も熱心に演劇活動を続け、ついには奨学金で進学した大学を中退、カリフォルニアで本格的に演技の勉強に打ち込み、俳優としてのデビューを果たすのです。ただし、最初の頃は、その鋭い風貌から端役や悪人ばかりでした。 余談ですが、この無名時代、ニモイは後にSTで共演するウィリアム・シャトナーと共に、あるTVシリーズにゲスト出演しています。それは『0011ナポレオン・ソロ』(64~68、全4シーズン、105話)の「ガスのお値段」(第1シーズン第9話)というエピソードです。ある任務中ソロが、敵の自分への注意を逸らすため、お人好しの米国人セールスマンのマイケル(ウィリアム・シャトナー)を囮にするという内容で、その敵のひとりブラデックをニモイが演じていたのです。『宇宙大作戦 スター・トレック』(以下、TOSと略)放映の2年前のことです。ちなみに、このエピソード、本放送や80年代の再放送では日本語吹き替え版が、オンエアされていましたが、内容が毒ガスを扱っていたため、95年に起きたオウム真理教事件の影響で、当時の再放送では時節柄、不適当ということになり、放送から抜かれるようになった、という経緯があります。STファンとしてはとばっちりもいいところで、ニモイとシャトナーの初共演エピソードは、ぜひとも観たいところです。
■演出家としての才能も披露
ニモイは努力の甲斐もあって、TVや映画などで名脇役としての地位を確立。そこにレギュラー、準主役としてオファーされたTVシリーズがTOSでした。ニモイが演じることになったスポックは、耳が尖った悪魔的な風貌から、製作サイドは視聴者からのクレームを心配していました。放映が始まるとたちまちのうちに人気キャラクターになったのはご存じの通りです。 ニモイは演出にも積極的に参加し、例えばあるエピソードの脚本に、スポックが敵を殴って気絶させるという描写が書かれていたときは、監督に「ヴァルカン人は合理的で暴力を好まない。別の方法で相手を大人しくさせるはず」と提案。自ら有名なナーブピンチ(神経を掴んで気絶させる)を考案するのです。 TOS終了直後の69年秋からは人気シリーズ『スパイ大作戦』で、降板したマーティン・ランドーに代わって、変装の名人パリスを演じ、スポックだけの役者ではないことを証明します。さらにその後は『スター・トレック3/ミスター・スポックを探せ!』(84)で監督デビュー。続いて監督した『スター・トレックIV 故郷への長い道』(86)、『スリーメン&ベビー』(87)も大ヒットし、演出家としての才能も実証したのです。 ニモイはその後もSTシリーズに出演し、JJエイブラムズ監督のリプート版『スター・トレック』(09)にスポック役で出演、その翌年に俳優引退を発表します。しかし、『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』(11)で先代プライムセンチネル・プライムの声で現役に復帰、映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(13)にも出演しています。
■ニモイの魅力とは?
私は実際のニモイを見たのは一度だけ、20年以上前に開催された米国のSTコンベンション会場です。ただし、登壇してスピーチするのを遠くから見ただけ。従って、本当はどのような人物なのかは判りません。落ち着いていて、ウィットに富んだ話しをしていました。 TOSでスルー(ミスター・加藤)を演じたジョージ・タケイさんは、かつて彼のことを「誠実で、人の気持ちが分かる男」と仰有っていました。タケイさんには何度かインタビューし、そのたびに他のキャストについてもお聞きしていますが、真っ先に誉めるのはいつもニモイのことでした。STⅣで、スルーが自分の先祖とサンフランシスコで会うシーン(※映画ではカットされている)の裏話を披露するときも、ニモイがいかに誠実な人なのかを語られていました。 私たちはニモイが出演された作品や、インタビュー映像などの印象では、何事も真剣に取り込むという真摯な姿勢を感じることができます。私たちSTファンにとっては、ニモイ=スポックであることも事実です。例え、それが俳優としての計算された演技であっても、画面の中では生きている本物のスポックが存在するのです。それはいわば、ニモイ演じるスポックのカトラ(※ヴァルカン人の生きた魂)かもしれません。そう思うことで、いくらかは心が安らかになるような気がします。GWは、そう思いながらST映画の連続放送を鑑賞するのも供養になるような気がします。 幸い、シリーズの中でスポックの死は描かれていません。スポックは23世紀の未来で、惑星連邦のための秘密任務に就いているのかもしれません。「長寿と繁栄を」"Live long and prosper"■
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【ネタバレ】プレップスクールギャル・ファッション満載!アリ・マッグローのセンス炸裂の辛口青春ドラマ〜『さよならコロンバス』
2015.04.18
清藤秀人
1970年代前後から80年代にかけてハリウッドで脚光を浴びたモデル出身の女優たちの中で、最も成功したのはアリ・マッグローではないだろうか?まず、モデル時代の活躍ぶりが凄い。彼女はその個性的なルックス(スコッテッシュとハンガリアンの血を引く)を武器に、"ハーパース・バザール"を始め、一流ファッション誌のカバーや特集ページを次々席巻。特に、タートルネックのセーターにミニスカートという、典型的なアメリカ東部プレップスクールのライフスタイルを取り入れたコンサバな着こなしと、一転、バンダナを大胆に頭に巻き付けたボヘミアン調のスタイルは、当時のファッションシーンに強烈なインパクトを与えたものだ。彼女が仕掛けたトレンドは女優デビュー後も映画と巧く連動し、世界中に拡散して行った。それが、実際にプレップスクールを舞台にした純愛物語『ある愛の詩』(70)であり、デビュー2作目になる『さよならコロンバス』(69)なのだ。
さて、『さよならコロンバス』は小説家のフィリップ・ロスがアメリカに住むユダヤ人の生活形態や価値観を独特のユーモアと共に綴った作家デビュー作で、発刊されたのは1959年。その翌年、アメリカで最も権威のある文学賞の1つである全米図書賞に輝いた原作にハリウッドが目を付けたのは10年後、1969年のことだ。後に『クレイマー、クレイマー』(79)でアカデミー賞を獲得するスタンリー・R・ジョフィの初プロデュース作品で、監督はTV出身の新鋭、ラリー・ピアースに任される。原作の知名度もあり、読者のイメージを損なわない厳格なキャスティングが行われた結果、リチャード・ベンジャミンが演じる冷めたユダヤ人青年、ニールが恋に落ちる同じく裕福なユダヤ人ファミリーの令嬢、ブレンダ役に抜擢されたのが、モデルとして人気絶頂だったアリ・マッグローだった。映画の冒頭、プールサイドで女の子の水着チェックに余念がないニールの前に若干逆光気味に現れたブレンダが、『ちょっとサングラスを持っててくれない?』と語りかけるシーンから、彼女はニールと観客のハートを鷲掴みにしてしまう。
当時、マッグローは30歳でブレンダの設定年齢より10歳も年上だったが、それは問題ではなかった。彼女の前に役をオファーされたナタリー・ウッドは11歳も年上だったし、何よりも、マッグローはその年齢を超越した褐色の肌とモデル業で鍛え上げた身軽な身のこなしで、名門大学に通う女子大生のルックを完璧にクリアしていたのだから。ニューヨークのブロンクスで公立図書館員としてライブラリーを管理するニールは、大学を卒業して陸軍に入隊し、除隊後は大した野望もなくのんびりと暮らしている男だ。そんな掴みどころのなさが、一代で巨万の富を築いた父親や家族、また、その周辺にたむろする男達にはない魅力として映ったのか、ブレンダはニールの半ば強引なアプローチを受け容れ、2人は急接近して行く。
だが、2人は住む世界が違いすぎた。ニールが居候するブロンクスの親戚の家では、台所を預かる叔母が家族各々の好みに合わせて別々の料理を振る舞っているのに対し、ニールが招待されて席に着いたブレンダ家の食卓では、メイドがコース料理を家族全員に取り分け、それをみんなが黙々と食するのが決まりだ。料理にあまり手をつけない末娘に対し、ブレンダの母親は『世界には飢えている子供もいるのよ』と叱りつけるが、それを冷めた目で眺めるニールの表情が印象的だ。個人の好みを優先するか?それとも全員で飽食を貪るのか?この違いは、アメリカ社会に於けるユダヤ人の異なる立ち位置と価値観を暗示しているようで興味深い。つまり、ニール家は原作者フィリップ・ロスが属するアメリカ文学及びアメリカン・カルチャーを支える個人主義の象徴であり、一方、ブレンダ家はアメリカの実業界を牛耳るユダヤ人コミュニティの金満主義のシンボルと思えなくもないからだ。
そもそも、ニールとブレンダが本当に愛し合っていたのかどうかも、定かではない。結局、2人はブレンダの両親に隠れて頻繁にセックスを楽しんだ結果、決定的な意識のズレに直面し、決別することになるのだが、観客からしてみれば、それも想定内。人は未知のものに惹かれることはあっても、なかなか価値観を共有するまでには至らないことを、多くの人が経験上、知っているからだ。ユダヤ社会という特殊な世界で芽生えた一夏の恋にフォーカスしつつ、そこから人間関係の本質にまで言及している点が、フィリップ・ロスの作家として秀逸なところだ。
ニューヨーク近郊のマサチューセッツ州ケンブリッジにあるブレンダ邸の裏庭にはプールがあり、プールサイドでは頻繁にパーティが行われている。また、邸宅の周囲にはテニスコートや池があってニールとブレンダの絶好のデートコースだ。そんな背景に合わせて、マッグローはカプリパンツやボーダーのノースリーブ、短めのトレンチコート、そして、彼女が世に広めたセーターの肩掛けやスカーフの髪結び等々、トレンディな着こなしをファッション・フォトのように画面上に並べて行く。結果、原作者の意思を超越して、決して共感できないブレンダというヒロイン像が、魅惑のファッション・アイコンへと浄化されることになる。驚くのは、"ハーパース・バザール"が今年『ニュー・イングランド・スタイル』と題してボーダーのトップとパンツを穿いた『さよならコロンバス』のマッグローをそのまま掲載していること。彼女が希代のファッショニスタとして永遠の存在である証拠だ。
この後、マッグローは大学時代の旧友だったエリック・シーガルの原作『ある愛の詩』を、当時パラマウントの副社長だったロバート・エヴァンスに売り込み、映画版に主演して純愛ブームを巻き起こす一方で、エヴァンスの妻に収まりセレブライフを満喫。エヴァンスは愛妻のために『チャイナタウン』や『華麗なるギャツビー』(共に74)という魅惑の企画を用意するが、マッグローは『ゲッタウェイ』(72)の撮影中、恋に落ちたスティーヴ・マックイーンの元に走り、それらの企画はあえなく頓挫。マッグローとマックイーンは3年間、夫婦として生活を共にする。ハリウッドのウォーク・オブ・フェイムにはマッグローの手形がしっかりと刻まれているが、『さよならコロンバス』『ある愛の詩』『ゲッタウェイ』『コンボイ』(78)と、以上たった4本の出演作で刻印の栄誉に与った女優は、ハリウッド史上珍しいことらしい。ファッショニスタは効率の良さでも他を圧倒しているのだ。
今年、アメリカの演劇界最大の事件は、『ある愛の詩』で一世を風靡したマッグローと相手役のライアン・オニールが、その続編とも言うべき舞台『Love Letters』で45年ぶりに共演し、一緒に全米をツアーすること。今年77歳になるマッグローは白髪の老婦人としてPRの席に現れ、顔に深く刻まれた皺を隠そうともせず微笑む姿は、口うるさいメディアを一瞬沈黙させるほど美しかったとか。■
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