ザ・シネマ 長谷川町蔵
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COLUMN/コラム2015.10.30
バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!
ニューヨーク。リッチで美人のレーガンはある日、高校時代の同級生ベッキーから衝撃的な告白を受ける。「あたしプロポーズされたの!」 高校時代は学園の女王として君臨していた自分が、ボーイフレンドから結婚の話が一向に出てこなくてイライラしているというのに、なんでデブでブタ顔の彼女が先に結婚するの? 激しい動揺と傷ついたプライドを隠しながら、ベッキーのブライズメイズ(花嫁介添人)の代表として式の準備を進めるレーガンのもとに、かつての女王グループ仲間であるジェナとケイティが駆けつけた。 過去の栄光とうってかわって今では冴えない毎日を送る彼女たちは、結婚式前夜のバチェロレッテ・パーティー(独身さよならパーティ)で鬱憤が爆発。調子に乗りすぎてベッキーのウェディングドレスをビリビリに破ってしまう。はたしてレーガンたちは朝までにドレスを修理することが出来るのだろうか? 試練と狂乱の一夜が始まった! 『バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!』は女子の、女子による、女子のためのブラック・コメディである。原作である戯曲を書いたのは女性劇作家のレスリー・ヘッドランド。1981年生まれの彼女はティッシュ・スクール(ニューヨーク大学の芸術科)卒業後にワインスタイン・カンパニーの総帥ハーヴェイ・ワインスタインのアシスタントをしながら、キリスト教の「七つの大罪」をモチーフにしたコメディ戯曲を次々とオフ・ブロードウェイで上演。『バチェロレッテ』は「暴食」をモチーフにしたシリーズの一編だったが、コメディ界のスーパースター、ウィル・フェレルと彼の相棒の映画監督アダム・マッケイの目にとまって映画化が決定。ふたりのプロデュースのもと、ヘッドランドはいきなり映画監督兼脚本家としてデビューすることになったのだった。 セックス、ドラッグ何でもありのギャグと、プライドとトラウマが交錯するダイアローグの面白さは、さすがフェレルとマッケイが認めたクオリティ。かつ女子にしか書けない細やかさに満ちている。初演出でありながらカット割りが上手いことにも驚かされる。観客に見せるべきものが何なのかを本能的に掴んでいるのだろう。ヘッドランドは、今夏にやはりフェレルとマッケイのプロデュースで、ジェイソン・セダイキスとアリソン・ブリーが主演した監督第二作『Sleeping with Other People』の公開が決まっており、その活動には今後も要チェックだ。 舞台版では自ら出演もしていたヘッドランドだが、『バチェロレッテ』の映画化に際しては同世代の女優たちに演技を委ねている。そのキャスティングが絶妙だ。 まずメイン・キャラであるレーガンを演じているのはキルスティン・ダンスト。彼女の出演が決まった時点で、本作の成功は約束されたといっていい。というのも、キルスティンは、ティーンムービーに出演していた十代の頃、学園女王役を当たり役にしていたからだ。 ざっと思い出してみるだけでも、ジョー・ダンテのカルト作『スモール・ソルジャーズ』(99)、ウォーターゲート事件の裏側を描いた『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』(99)、ソフィア・コッポラの長編デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』(99)、そして大ヒットしたチアリーディング・スポ根モノ『チアーズ!』(00)といった作品で彼女は学園女王を演じている。サム・ライミが監督した『スパイダーマン』三部作(02?07)で彼女が主人公のピーターにとって憧れの存在であるメアリー・ジェーンを演じていたのは、すでに学園女王のパブリック・イメージを得ていたからだ。 こうした作品でキルスティンが扮していた学園女王は、オタクやボンクラにも優しい女神のような性格だったけど、『バチェロレッテ』の彼女は正反対。あんなスウィートだった子がアラサーになったら、ささくれだった性格の女子に変貌してしまっているのだから、キルスティンを昔から知る観客はそのギャップに笑うしかない。そして笑うと同時に、時間の残酷な経過を否応なしに確認させられるのだ。こんな役を敢えて受けて立ったキルスティンの度量の大きさには拍手するしかない。 三人の中では一番普通人に近いジェナを演じているのがリジー・キャプランという配役にもうなずいてしまう。ジェームズ・フランコ、セス・ローゲン、ジェイソン・シーゲルといった未来のスター俳優を輩出した伝説的なテレビ学園ドラマ『フリークス学園』(99?00)でデビューを飾った彼女が初めて注目されたのは、やはり学園コメディの『ミーン・ガールズ』(04)だった。 そこでのリジーは、リンジー・ローハン扮する主人公の友人役で登場。アフリカから転校してきた何も知らないリンジーに学園女王軍団(演じているのは当時全く無名だったレイチェル・マクアダムスとアマンダ・セイフライド!)の打倒を吹き込むクセモノを快演していた。 その後、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)や『トゥルーブラッド』(08)といった作品に出演した彼女は本作をステップに、実在した性科学のパイオニアたちを描いた実録ドラマ『Masters of Sex』(13?)でブレイク。コメディでありながら国際問題を巻き起こした問題作『The Intereview』(14)ではフランコやローゲンとリユニオンを果たしている。 三人組の中で最もイッちゃっているケイティを演じているのは、オーストラリア出身のアイラ・フィッシャーだ。『ウエディング・クラッシャーズ』(05)での奔放な上院議員令嬢や、『お買いもの中毒な私!』(09)でのショッピング依存症の女子といった特殊なキャラほどイキイキする彼女は、実生活ではサーシャ・バロン=コーエン夫人である。なるほどコメディ・センスがハンパないわけだ。本作後も『華麗なるギャツビー』(13)や『グランド・イリュージョン』(13)などでその特異なセンスを見せつけている。 そんな美女トリオを出し抜いて最初に結婚するベッキーを演じているのが、レベル・ウィルソンであることにも注目したい。フィッシャーと同じくオーストラリア出身の彼女は、コメディエンヌとして母国で人気を獲得したあとにハリウッドに進出。その第一作『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン 』 (11)でクリステン・ウィグ扮する主人公のルームメイト役を好演して注目され、本作への出演となった。 決して美人とはいえず、体格のハンディ(?)を抱えながらも、ポジティブ思考と積極性を武器に、お高く止まった三人よりも男に不自由していないように見える彼女が演じているからこそ、ベティはこれほど血の通ったキャラクターにはなったのだと思う。レベルはこの作品での肉食キャラを本作以降も貫き通して、『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』 (13)や『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』 (14)で活躍。先日、自慢の喉を聴かせた大ヒット作『ピッチ・パーフェクト』(12)がようやく日本公開されたばかりだ。現在アメリカで大ヒット中の続編『Pitch Perfect 2』 (15)も年末には日本公開が予定されており、今後もスクリーンで暴れまくる彼女の姿を楽しめそうだ。 つい最近までは「男優と比べて女優は悲惨な目に遭っても笑えないからコメディには向いていない」なんてことが語られてきた。でもそれが真っ赤な嘘であることが『バチェロレッテ』を観れば分かるはず。紛うことない美女たちがバカをやりまくり、悲惨な一夜を体験する本作は、そういう意味ではコメディの新しい地平を切り開いた作品なのだ。 ©2012 Strategic Motion Ventures LLC
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COLUMN/コラム2015.10.30
ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン
中西部の地方都市に住むアニーは、起業に失敗して貯金もゼロの30代半ばの独身女子。楽しみと言えば幼馴染みのリリアンとバカ話をすることだけだった。そんなある日、リリアンから結婚することを告白された彼女は、ブライズメイズ(新婦介添人)の代表を頼まれて、喜んで引き受ける。でも不器用な彼女は失敗ばかり。加えて新郎の上司のセレブ妻でなんでも器用にやってのけるヘレンの存在が引き金となって、リリアンに先を越された寂しさと焦りが爆発。ブランチ・パーティをぶち壊して、ついにはリリアンと大喧嘩をしてしまう。はたして二人の友情は元通りになるのだろうか…。 結婚式の介添人が大騒動を引き起こすというプロットが、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』を彷彿とさせたため、“女版ハングオーバー!”との前評判の中、2011年に米国で公開されてメガヒットを記録したのが『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』である。でも見終わったあとで「『ハングオーバー! 』とそっくり」と感じる観客はまずいないはず。何て言うか、もっと痛くて切ないのだ。 ティーンの頃に思い描いた未来の可能性は年々閉ざされていく。その一方で同世代の友人たちは結婚して大人へのステップを上っていく。本作はあらゆる角度から追いつめられていくアニーの心理を執拗にほじくり返す。そこに男と女という違いは存在しない。三十代ボンクラというひとりの人間がただそこにいるだけである。バカの一つ覚えのように異性を「スイーツ」呼ばわりする男子も、この映画には魂の片割れを見いだして涙するかもしれない。コメディに冷淡なアカデミー賞で脚本賞にノミネートされたのも納得の完成度だ。 映画の発案者であり、主人公アニーを演じたのは「サタデー・ナイト・ライブ」史上最高の女性キャストとの呼び声高いコメディエンヌ、クリステン・ウィグ。彼女が、古くからの友人アニー・マモロと共同で書いた脚本を持ち込んだ先は、それまでも脇役として顔を出していた『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年)や『寝取られ男のラブ♂バカンス』(08年)といった映画の監督/プロデューサーだったジャド・アパトーだった。こうしたヒット作を通じて、男同士の友情をメインにした”ブロマンス映画”というジャンルを確立したアパトーは、その方程式を女子に応用したウィグの脚本を絶賛。テレビドラマ『フリークス学園』以来の盟友ポール・フェイグを監督に指名して映画を現実のものとしたのである。 コメディ映画としての本作の大きな特徴は、ギャグのボケをすべて女優がこなしているところにあるだろう。しかも生半可なギャグではなく、セックス、ゲロ、ウンコ絡みのギャグがふんだんに飛び出す過激なものだ。そんなコメディ映画はそれまでハリウッドには存在しなかった。「女性が悲惨な目に遭っても男のようには笑えない」という認識が世間では一般的だからである。普通の監督なら出演者の一部を男優に差し替えるところだろう。しかしポール・フェイグはウィグとともに「悲惨な目に遭っても笑える」最強の女性キャスト陣を選んだのである。 まずアニーの親友リリアンを演じたのはマヤ・ルドルフ。名曲「ラヴィング・ユー」で知られるミニー・リパートンの娘で、ポール・トーマス・アンダーソン夫人でもある彼女は、実生活ではロサンゼルスのコメディ劇団「グラウンドリングス」時代以来のクリステンの親友。だから映画内の二人の友情はとても真実味が感じられる。 劇中最も難しいキャラであるイヤミなヘレン役に指名されたのは、オーストラリア出身の正統派美女ローズ・バーンだ。それまで『トロイ』(04年)や『28週後…』(07年)といったシリアス映画に出演しながら、いまひとつパッとしなかった彼女は、アパトーのプロデュース作『伝説のロックスター再生計画!』(09年)でイカれたポップスター役を好演。コメディ・センスを全面開花させた本作以降は、『ネイバーズ』(14年)や『ANNIE/アニー』(14年)といった作品で活躍。コメディ界に欠かせない人材になっている。 同じオーストラリア出身でも、アニーのルームメイトの妹を演じたレベル・ウィルソンはこの時点ではアメリカでの知名度はゼロだった。だが強烈な存在感を本作で示した彼女は、『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』(12年)やパワフルな歌声も披露した『ピッチ・パーフェクト』(12年)、『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』(14年)によってスターへの階段を駆け上っていった。年末に日本公開が予定されている『ピッチ・パーフェクト』(15年)は、すでに本国でメガヒットを記録しており、パート3の製作が早々と決定している。 こうした才人揃いの出演者の中でも最も観客の目を引いたのは、一番ヨゴレなメーガンを演じたメリッサ・マッカーシーだろう。それまでも『ギルモア・ガールズ』(00?07年)や『サマンサ Who?』(07?09年)といったテレビ・コメディの脇役として知られていたものの、まさか洗面室のシンクに跨って、苦痛に顔を歪めて便意と戦う!なんてギャグをやってのける人だとは誰も思わなかったはず。本作における爆発的な演技によってアカデミー助演女優賞にノミネートされた彼女は、特別出演したアパトー監督作『40歳からの家族ケーカク』(12年)や『ハングオーバー!!! 最後の反省会』(13年)でもシーンを一気にさらう怪演を披露。また当初は男の設定で脚本が書かれていたにも関わらず「男同士じゃありきたりだ」とのジェイソン・ベイトマンのアイディアによって、急遽彼の相棒役を務めることになったダブル主演作『泥棒は幸せのはじまり』(13年)は大ヒット。彼女が映画館に客を呼べるスターであることを証明した。 こうしたメリッサのスター化に伴って、監督ポール・フェイグとのコンビがレギュラー化した。サンドラ・ブロックと組んだ刑事コメディ『デンジャラス・バディ』(13年)、ジェイソン・ステイサムやジュード・ロウといった大スターを従えて主演を張ったスパイ・コメディ『SPY』(15年)は連続大ヒットを記録。後者ではローズ・バーンとのリユニオンを果たしている。 こうした作品によって一躍コメディ界のヒットメイカーとなったフェイグのもとに『ゴーストバスターズ』リメイク版の監督がオファーされたのは昨年のことだ。ビル・マーレイやダン・エイクロイド、ハロルド・ライミスといった80年代を代表する才能が集結していた傑作コメディを現代に蘇らせるには、一体どんなメンツが必要なのだろうか? 考えた末にポール・フェイグが声をかけた相手はクリステン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、そしてレベル・ウィルソンだった。ちなみに他のキャストは「サタデー・ナイト・ライブ」の現レギュラーであるケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズ、セシリー・ストロングといった面々。そう、全員女性なのだ。 このキャスティングはハリウッド中に大きな話題と物議を呼んだ。しかしフェイグは「面白いコメディアンを集めたら、たまたま女性ばかりだっただけだよ」と全く気にしていないようだ。映画は現在撮影中で来年夏に公開予定である。フェイグは決して奇をてらったわけではなく、このキャスティングに圧倒的な自信を持っているはず。それは、この『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』を観れば明らかだろう。 Artwork © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2015.10.30
憧れのウェディング・ベル
アメリカ西海岸の都市サンフランシスコ。腕利きシェフのトム(ジェイソン・シーゲル)と心理学者を志すバイオレット(エミリー・ブラント)は、大晦日のパーティでの運命的な出会いからちょうど1年後に婚約した。 だがバイオレットに中西部のミシガン大学から採用通知が来たために結婚式の日程は棚上げに。トムは、バイオレットのキャリアを優先して一緒にミシガンに移り住むものの、実績を積み重ねていく彼女とは対照的にシェフとしてのスキルを活かせる職場が見つからず落ち込んでいく。そしてその格差は、愛しあっていたはずのふたりの関係にも影響を及ぼしてしまうのだった…。 大抵のロマンティック・コメディでは、主人公のふたりが困難を乗り越えて互いの愛情を確かめるとすぐに結婚式のシーンに切り替わって大団円を迎えたりする。でも『憧れのウェディング・ベル』はそんな「お約束」を守らない。ふたりは婚約までしながら、そこから結婚式までなかなか辿り着けないのだから。 このユニークなストーリーを書いたのは、ジェイソン・シーゲルとニコラス・ストーラーの主演俳優・監督コンビだ。実生活でも親友同士であるふたりの盟友関係は今から14年前に遡る。始まりは『Undeclared』(01〜03)というテレビ番組だった。イケてない高校生の青春をリアルに描いて一部で絶賛されながら、視聴率不振で打ち切られた『フリークス学園』(99〜00)のクリエイター、ジャド・アパトーが「今度こそは」と立ち上げたこの大学コメディには、『フリークス学園』で発掘された21歳のシーゲルがジェイ・バルチェルやセス・ローゲンらとともにキャスティングされていた。このプロジェクトに脚本家として参加したのがストーラーだったのだ。 やはりこのドラマも視聴率は振るわずに打ち切られてしまったのだが、ストーリー作りの才能を認められたストーラーは、アパトーと共同でジム・キャリーの主演作『ディック&ジェーン 復讐は最高! 』(05年)の脚本を書いてハリウッド・デビューに成功する。この作品での仕事をキャリーに気に入られたストーラーは、引き続きキャリー主演作『イエスマン “YES”は人生のパスワード』(08年)の脚本を担当。単なるノン・フィクションだった原作をコメディ・ドラマに仕立て直して大ヒットさせるという離れ業をやってのけた。 一方、シーゲルもシットコム『ママと恋に落ちるまで』(05〜14年)のマーシャル役でお茶の間の人気者となっていた。この頃には『40歳の童貞男』(05年)と『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年、シーゲルは主演のセス・ローゲンの友人役で出演した)の連続ヒットでハリウッドを代表する売れっ子プロデューサー兼監督となっていたアパトーの強い勧めもあり、シーゲルは映画進出を決意する。この時に彼がパートナーとしてあらためて声をかけたのがストーラーだったというわけだ。 記念すべきコンビ第一作は『寝取られ男のラブバカンス』(08年)。突然ガールフレンドに捨てられたシーゲル扮する主人公が、傷心旅行先のハワイで巻き起こす騒動を描いたこの作品は大ヒットを記録した。 以降もシーゲルとストーラーは、スウィフトの有名な風刺小説をモダンにリメイクしたSFX大作『ガリバー旅行記』(10年、主演はジャック・ブラックだがシーゲルも出演)、『寝取られ男』に登場するロックスター、アンガスをメインキャラに据えたロード・ムービー『伝説のロックスター再生計画!』(10年、シーゲルは原案のみ)、カーミットやミス・ピギーが登場する、マペット・ショーへの愛に溢れたミュージカル『ザ・マペッツ』(11年)、そしてシーゲルとキャメロン・ディアスが、SEXを撮影したビデオが誤ってネット上で拡散されてしまう夫婦に扮したエッチな『SEXテープ』(14年)といったヒット作を生み出し続けている。特筆すべきは、どれも気軽に楽しめるコメディ映画でありながら、似ている作品はひとつとしてないこと。シーゲルとストーラーは妥協を許さないアーティストなのだ。 そんな中でも『憧れのウェディング・ベル』はビターで大人びたタッチの異色作である。ヒロインに『ガリバー旅行記』でシーゲルと既に共演していたエミリー・ブラントを起用したのは、ストーラーとシーゲルが気心のしれたメンツで映画作りに集中したかったからだろう。 本作でふたりが力を注いで描いているのは「アメリカの正式な結婚式」の面倒くささだ。アメリカというとノリがいい国に思えるかもしれないけどトンデモない! 日本の場合、一般的な婚約期間はせいぜい半年程度だけど、アメリカでは1年半くらいはザラだ。その長い間、新婦とメイド・オブ・オナー(花嫁付添人のリーダー、通常は新婦の一番の親友が就任)は工夫を凝らした結婚式のプランを延々と練り上げる。そして遂に訪れた結婚式の前夜には豪華な晩餐会を開き、二次会は新郎側と新婦側に分かれて「独身さよならパーティ」を夜通し開催する。そして翌朝、ヨレヨレになりながら本番へとなだれ込むのだ。 日本でも劇場公開されたクリステン・ウィグの主演作『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11年、この作品もプロデュースはジャド・アパトーだ)は、社会性が欠如しているにもかかわらず、親友からメイド・オブ・オナーを頼まれてしまった女子の苦闘を描いたものだった。また日本でもヒットした『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09年)や『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』(12年)は、独身さよならパーティではしゃぎすぎて結婚式開催に赤信号を灯してしまう付添人たちを描いたコメディだ。結婚式にトラブルと笑いはつきものなのである。 でも『憧れのウェディング・ベル』の場合、主人公のふたりは晩餐会にすらなかなか辿り着けない。原題(The Five-Year Engagement)通り、婚約期間は五年にも及んでしまう。ひとつのトラブルが何とか収まったと思ったら、別の予期せぬトラブルが起きて結婚自体が仕切り直しになってしまうからだ。その間に結婚式をすっ飛ばして「デキ婚」をしたトムの同僚アレックス(今をときめくクリス・プラット!)とバイオレットの姉のスージー(アリソン・ブリー)のカップルが、どんどんハッピーになっていく姿が並行して描かれることによって、シニカルさはレッドゾーンに突入する。 もちろんロマンティック・コメディなので、主人公のふたりはラストぎりぎりになって最高の結婚式へと超特急で向かっていく。でもそこで語られるのは「結婚する心の準備とは自分の抱える問題を解決することではない。その問題をふたりで分ちあえるほど相手を信頼できているかどうかだ」という、男女の仲について悟りきった者だけが放てるメッセージだ。師匠のジャド・アパトーが45歳のときに撮った苦いファミリー・ドラマ『40歳からの家族ケーカク』(12年、シーゲルはスポーツ・ジムのインストラクター役で出演している)の境地に、シーゲルは弱冠32歳で辿り着いてしまったのかもしれない。 そのシーゲルは、クロエ・セヴィニーやミシェル・トラクテンバーグ、リンジー・ローハン、ミシェル・ウィリアムズといった華麗なガールフレンド歴を経て、現在は写真家のアレクシス・ミクスターと交際中。今度こそゴールイン間近と噂されている。はたして彼がどんな工夫を凝らした結婚式を挙げるのか、それとも式をすっ飛ばすのか、固唾を飲んで見守っていきたい。 Artwork © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2015.11.15
イエスマン “YES”は人生のパスワード
ロサンゼルス。銀行員のカールは何に対しても消極的な性格。呆れた恋人にも出ていかれ、孤独な日々を送っていた。そんなある日、友人に無理矢理誘われて出席したカリスマ教祖テレンスの自己啓発セミナーで暗示をかけられたカールは、何に対しても「イエス」と答える「イエスマン」に変身してしまう。すると仕事もプライベートも良い方向に向かいだし、キュートな女子アリソンとも付き合うようになり・・・。 そんなブッとんだストーリーの『イエスマン“YES”は人生のパスワード』だけど実はこれ、英国人のダニー・ウォレスというライターが「すべてにイエスと答えたらどうなってしまうか?」を試してみた体験談が原作だったりする。つまりこうした行動をダニーは自由意志で行っていたわけだ。 だが脚本化を任されたニコラス・ストーラーはこの物語を「暗示をかけられた男が暴走する話」に改変してしまった。でも人はそんな安直な暗示にかかるものなのだろうか? それにそんな暗示をかけられた男なんて異常なだけで全然笑えないのではないか? 大丈夫、主演俳優は天才コメディアン、ジム・キャリーなのだから! カナダ生まれのキャリーがアメリカでブレイクしたきっかけは『In Living Color』(90〜94)というお笑い番組だった。この番組は他のお笑い番組とは少々毛色が変っていた。ホスト兼ヘッドライターを務めていたのは黒人コメディアンのキーナン=アイヴォリー・ワイアンズで、出演者も彼の弟たちを含めて黒人ばかり。スタジオ観覧席も黒人で埋め尽くされていた。つまり黒人向けコメディ番組だったのだ。キャリーは唯一の白人男性のレギュラー出演者で完全なアウェイ状態。それでも当時の映像を観ると、ガンガン笑いを取っているのだからスゴい。その笑いの源はキャリーの驚異的に変化する顔や身体芸にある。 アメリカは多民族・多文化国家なので”あるあるネタ”が通用しない。白人にとっては爆笑ギャグでも、黒人はクスリともしないということだってある。でも顔や身体芸で笑わせる芸なら環境の壁を超えてしまうことが可能だ。キャリーが『エース・ベンチュラ』(94)で映画界に進出して以降、トップスターの座に君臨し続けているのは、そうした顔&身体芸のレベルの高さゆえなのだ。作品の出来に少々ムラがあるキャリーだけどスキル面では依然、最強のコメディアンであることは間違いない。下積み時代に一緒にコメディ・ツアーを行った経験を持つジャド・アパトーも彼についてこう語っている。「二番目に面白いコメディアンが誰なのか決めるのは難しい。でも一番面白いコメディアンはジム・キャリーで決まりだ!」 そんなキャリーが本作では主人公カールに扮し、冒頭のダメ人間モードから暗示をかけられた躁状態モード、そして真実にたどり着いた姿までを、あらゆる芸を駆使して魅せてくれるのだから面白くないわけがない。本作はキャリーの代表作のひとつだと思う。 対するヒロインのアリソンを演じているのは近年TVコメディ『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』(12)で人気のズーイー・デシャネルだ。その番組の主題歌も自分で歌っている彼女だけど、それ以前から『エルフ〜サンタの国からやって来た〜』(03)や『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)といった作品で深みのあるハスキーヴォイスを聴かせているほか、マット・ウォードとのユニット「シー&ヒム」名義で活躍するミュージシャンでもある。 そのズーイーが、LAインディシーンで活動するヴォン・アイヴァと共にガールズ・ロックバンド「ミュンヒハウゼン症候群」名義で劇中のステージに登場、オーガニックなシー&ヒムとはうって変わったエレクトロを披露するシーンが本作のハイライトのひとつだ。特にジミ・ヘンドリックスのウッドストックでの演奏をパロって、ショルダーキーボードで「星条旗よ永遠なれ」を弾くあたりが最高。あまりにハジケすぎて現実味がないように思えるかもしれないアリソンだけど、実はこのキャラは原作版「イエスマン」で主人公が恋に落ちるリジーをモデルにしている。事実は小説より奇なりだ。 こうした二人と並んで本作の隠れた主人公となっているのが、物語の舞台となっているロサンゼルス内のシルバーレイクやエコパークといったエリアだ。映画を観たなら、このエリアが、僕らがLAと言われて思い浮かべるセレブが住むビバリーヒルズや、巨大ショッピングモールが林立するサンフェルナンド・ヴァレーといったエリアとは少々趣が異なっていることに気づくはず。さほど高級そうじゃないし、ビーチからも遠そう。でもユルい空気が漂う、とても住みやすそうなエリアだ。 ハリウッドの東側に位置し、天文台と屋外劇場ハリウッド・ボウルがあるグリフィス公園(アリソンが主宰する「早朝ジョギング兼写真クラス」の練習場はここだ)以外はこれといった名所がないシルバーレイクが、一躍世界中で注目を浴びるようになったのは90年代のこと。当時ロック・シーンを席巻していたオルタナ系ミュージシャンがこぞってこのエリアを本拠地にしていることが明らかになったのだ。思いつくまま名前を挙げてみよう。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ジェーンズ・アディクション、ニューヨークから移住してきたビースティー・ボーイズ、ヘンリー・ロリンズ、ペイヴメント、故エリオット・スミス、ベック、そして本作のサウンドトラックを手掛けているイールズだ。 イールズは、「E」ことマーク・オリバー・エヴェレットが96年に結成したソロ・ユニットだ。決して大スターとは言い難いミュージシャンだが、ロック・マニアほど凄さが分かる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」として熱狂的なファンを獲得し続けている。かつてバンドマンで、劇中にも登場するライブハウス「スペースランド」に出入りしていた本作の監督ペイトン・リードもそのうちの一人。ファースト・アルバムからイールズを愛聴し続けてきたという彼が本作の音楽にイールズを起用したのは、サウンドがシルバーレイクの雰囲気をよく反映していること、またEの書く歌詞が『イエスマン』のテーマ<内にこもっていた主人公が世界と繋がろうと苦闘する>にぴったりだったからという。 「さあ立ち上がる時/僕は君に相応しい男だ」と自らを鼓舞するような「Man Up」だけが書き下ろしで他は全て既存曲だが、どれも映画のために作ったかのよう。「僕は疲れすぎてしまった、一人でいることに」(Bus Stop Boxer)や、「真夜中の空に虹は見えないけど、いつか僕はうまくいく」(Blinking Lights(For Me))など、どのナンバーの歌詞もカールの心情を絶妙に表現している。 出世作『チアーズ!』(00)から最新作『アントマン』(15)まで、既存曲の使い方が天才的に上手いリードの手腕は本作も健在だ。カールとアリソンが夜中に忍び込んだハリウッド・ボウルで初期ビートルズの名曲「キャント・バイ・ミー・ラブ」を歌うシーンはその代表例。というのも、このハリウッド・ボウル、もともとはクラシック専門会場だったのだが、64年にビートルズがライブを行ったことを境にロックのメッカになったコンサート会場なのだ。 もうひとつの技ありは、カールがギター弾き語りでサード・アイ・ブラインド97年の大ヒット曲「ジャンパー」を歌うシーン。これに関してはどういうシチュエーションで彼が歌うかは敢えて書かない。とりあえず「観れば爆笑間違いなしだ!」とだけ書いておこう。 © Warner Bros. Entertainment Inc.
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COLUMN/コラム2015.12.15
チェンジ・アップ/オレはどっちで、アイツもどっち!?
売れない俳優だけど独身生活を謳歌しているミッチと、敏腕弁護士だけど子どもの世話に追われているデイヴ。すべてが正反対だけど大親友の二人は、ひそかに互いの生活を羨んでいた。ある夜、酔っ払ってベロベロになった二人は、噴水の前で「人生を交換したい!」と同時に本音を口に出してしまう。すると一瞬あたりは真っ暗闇に。気づいた時、二人の体は本当に入れ替わっていた。元に戻ろうとしても、魔法の噴水は改修工事で撤去されて跡形もない。仕方なくミッチ(中身はデイヴ)とデイヴ(中身はミッチ)は互いになりきって生活するのだが ……。 正反対の立場のふたりの体が、不思議なパワーで入れ替わってしまうというプロットの、所謂<入れ替わりコメディ>は、お堅い母親とヤンチャな娘が入れ替わるジョディ ・フォスター主演作『フリーキー・フライデー』(77年、のちにリンジー・ローハン主演で03年に『フォーチュン・クッキー』としてリメイク)から、男女が入れ替わる大林宣彦の『転校生』(82年)まで、これまで様々な作品が作られてきた。 『チェンジ・アップ/オレはどっちで、アイツもどっち!?』はこうした伝統を受け継ぎながらも、ある種このジャンルの<究極形>とも呼べる作品だ。そう言いたくなる理由のひとつは、本作のスタッフの過去の仕事にある。 監督のデヴィッド・ドブキンは、最新作こそシリアスな裁判ドラマ『ジャッジ 裁かれる判事 』(14年)だったけど、元々は多くのコメディ映画を手がけてきた人物だ。その中の一本『ブラザーサンタ』(07年)は、あのサンタクロースにグウタラな兄貴フレッドがいたという設定のもと、彼が弟の代わりに世界中の子どもたちにクリスマス・プレゼントを届ける立場になってしまうというものだった。つまりフレッドはサンタと入れ替わるのだ。 脚本家のジョン・ルーカスとスコット・ムーアも入れ替わりコメディを手がけている。それはあの『ハングオーバー!』シリーズ(09〜13年)。この三部作の事実上の主人公は歯科医のスチュワートだが、小心者でキマジメな彼は親友の独身さよならパーティーで泥酔した翌朝、自分の歯が無くなっていることに気づく。おぼろげな記憶を辿りながらスチュワートは、自分が普段とは正反対のワイルドな一夜を過ごしたことを知る。つまりこの物語では破天荒な男が小心者と入れ替わっていたということになる。そしてスチュワートは、もうひとりの自分を知ることを通じて成熟した男へと成長を遂げるのだ。 このことでも明らかなように、別の人物と入れ替わるという体験は、他人を理解することによって本来の自分を発見する体験でもある。こうしたちょっと哲学的なテーマをギャグと一緒にイヤミなく語ってくれるところにこそ<入れ替わりコメディ>の魅力がある。このジャンルで既に十分な成果を挙げてきた作家たちが、満を持して関わった『チェンジ・アップ』では、そんな<入れ替わりコメディ>の魅力が全編に溢れている。 『チェンジ・アップ』がこのジャンルの究極形であるもうひとつの理由は、キャスティングだ。というのも、主演俳優の二人ほど<遊び人><マジメ人間>というパブリック・イメージを持っているハリウッド俳優はいないからだ。 遊び人のミッチを演じるライアン・レイノルズの劇場映画初主演作は、『アニマルハウス』の製作で知られるパロディ雑誌ナショナル・ランプーンが手がけた『Van Wilder』(02年)というコメディだった。ここで彼が扮したのは、遊びすぎで留年しまくっていたことがバレて親からの仕送りを打ち切られてしまった大学生。だが彼は長年のキャンパス生活で培った合コン・スキルを活かしてビジネスで大成功する。 このアナーキーな作品によって同性の圧倒的支持を獲得したレイノルズは、長身とマッチョなボディを武器に、『ラブ・ダイアリーズ』(08年)や『あなたは私のムコになる』(09年)といった恋愛モノで異性のファンもゲット。また『グリーン・ランタン』(11年)や『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』(13年)といったコミック原作の大作に次々と主演を果たし、16年には自ら企画から深く携わった『X-メン』シリーズのスピンオフ作『デッドプール』が公開予定だ。 一方のマジメ人間デイヴに扮したのはジェイソン・ベイトマンである。もともと彼は、あの伝説的なテレビドラマ『大草原の小さな家』にレギュラー出演していた天才子役だった。しかしハリウッド・スターにしてはあまりに華がない普通の顔をした大人に育ってしまったためか、成人後のキャリアはパッとしないものだった。 だが三十歳を超えて出演したテレビ・コメディ『ブル~ス一家は大暴走!』(03年〜)がベイトマンの運命を変えた。ここで彼が演じたのは、奇人変人だらけの一家にあって唯一マトモな主人公。「なんで僕だけがこんなツラい目に遭うんだ。でも僕が耐えるしかない。」そんなやるせない感情を、諦めきった表情と長いキャリアで培った演技力によって表現しきったベイトマンは一躍<普通人の代表選手>となったのだった。 この当たり役で得られた彼のキャラクターは、ハリウッドに進出して主演した『モンスター上司』(11年)や『泥棒は幸せのはじまり』(13年)といった映画においても全く変わっていない。ベイトマンの本領は、奇人変人に振り回される悲しき小市民を演じるときに最大限に発揮される。 そんなレイノルズとベイトマンだが、実は私生活でも大親友らしい。なんでも『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』(07年)で共演したことをきっかけに意気投合し、再共演に相応しい脚本を待っていたのだとか。ふたりの間に本当に深い交流が存在するからこそ、中盤以降の<互いになりきった演技>が破壊力満点なものになっていることは間違いない。 こうしたシーンでは前述の通り、彼らの<本来の自分>の姿が顔を覗かせているのも興味深い。いつもと正反対のハチャメチャな言動を繰り広げるベイトマンからは、長い低迷期にもメゲなかった神経の図太さが感じられるし、レイノルズのいつにない繊細な演技は、アラニス・モリセット、元妻のスカーレット・ヨハンソン、そして現夫人のブレイク・ライヴリーといった気が強そうな美女たちが何故彼にメロメロになったのかという長年の謎を解き明かすものになっている。 最後に、こうした二人に振り回されるデイヴの妻を演じたレスリー・マンについても触れておきたい。一般的には『素敵な人生の終り方』(09年)や『40歳からの家族ケーカク』(12年)といった夫ジャド・アパトーの監督作におけるヒロイン役が代表作とされている彼女だけど、『ダメ男に復讐する方法』(14年)や『お!バカんす家族』(15年)といった夫以外の監督作での脇に回って披露するキレキレのコメディ演技も素晴らしい。 そんなレスリーが、夫以外の監督作で珍しくヒロインを演じていたのが『セブンティーン・アゲイン』(09年)というティーン・コメディだった。この作品で彼女が扮していたのは、冴えない夫を家から追い出した主婦。ある日、彼女のもとに出会った当時の夫そっくりのピカピカの少年が現れる。実は彼こそが不思議なパワーで姿を替えられてしまった夫その人だったのだ。そんな事情を知らないレスリーはトラブルに巻き込まれていくことになる。そう、彼女が他人と入れ替わった夫と遭遇するのは『チェンジ・アップ』が初めてではないのだ。 © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2016.01.15
僕が結婚を決めたワケ
シカゴ。ベンチャー企業を営むロニー(ヴィンス・ヴォーン)は「会社が軌道に乗るまでは生活の安定が保証出来ないから」と、長年のガールフレンドのベス(ジェニファー・コネリー)に結婚を切り出せないでいた。しかし共同経営者で親友のニック(ケヴィン・ジェームズ)とその妻ジェニーヴァ(ウィノナ・ライダー)から「早くプロポーズをしないと彼女を失うぞ」と忠告され、ようやくゴールインする決意を固めたのだった。 ところがプロポーズの下見に訪れた植物園で、ロニーはジェニーヴァと年下のイケメン・マッチョ(チャニング・テイタム)の浮気現場を目撃してしまう。おりしも会社は存続の命運がかかったプレゼン準備の真っ最中。小心者のニックに真実を告げたら、仕事に影響が出てしまうことは間違いなしだ。友情と仕事にがんじがらめになったロニーは、ニックに何も言い出せなくなってしまうのだった……。 そんなプロットを持つ『僕が結婚を決めたワケ』の監督が、あの巨匠ロン・ハワードであることを知ったらビックリする映画ファンは多いんじゃないだろうか。しかもハワード、本作をトム・ハンクス主演のダン・ブラウン原作映画第二弾『天使と悪魔』(09年)と男気F1ドラマ『ラッシュ/プライドと友情』(13年)の間に撮っている。わけわかんない! でもよく考えてみればハワードの俳優時代の代表作は『アメリカン・グラフィティ』(73年)やテレビドラマ『ハッピーデイズ』(74〜84年)だったわけだし、監督業に進出してからも、主演を兼ねた『バニシングIN TURBO』(77年)、マイケル・キートンの出世作『ラブ IN ニューヨーク』(82年、キートンがパンツ一丁でニューヨークの街角を歩くシーンは『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14年)でオマージュを捧げられた)、そしてトム・ハンクスとの初タッグとなった『スプラッシュ』 (84年)といった初期作品はコメディばかりだった。 一見シリアス一辺倒になっていたように見える近年だって、ジェイソン・ベイトマンやマイケル・セラのブレイク作にもなったカルト・コメディ・シリーズ『ブル~ス一家は大暴走!』(03年〜)をプロデュース、慇懃無礼なトーンのナレーションまで担当して番組の生み出す笑いに貢献している。『僕が結婚を決めたワケ』はハワードにとって異色作ではなく原点回帰作なのだ。 そんなハワードにとっては重要な本作の主演俳優に彼が選んだのがヴィンス・ヴォーンだった。いや、コラボレイターといった方が相応しいかもしれない。というのもこの作品、製作総指揮にはヴォーンも関わっており、彼の過去のプロデュース兼主演作とも作風が似通っているからだ。 ここで、日本ではあまり語られることがないヴィンス・ヴォーンのキャリアを振り返ってみよう。ヴォーンは、70年ミネソタ生まれのシカゴ育ち。俳優デビュー作はアメフト青春映画『ルディ/涙のウイニング・ラン』(93年)だった。この作品の撮影現場で、彼はやはりこれがデビュー作だったジョン・ファヴローと出会って意気投合する。二人は、オーディションに挑戦しては失敗し、酒を飲みながら愚痴を言い合う生活をロサンゼルスで送るようになった。やがてファヴローはヴォーンとの日々を脚本化してスタジオに売り込みをかけ、映画化に成功する。それがファヴロー自ら主演も務めたコメディ『スウィンガーズ』(96年)だった。 この作品で、ファヴローの親友役を実生活そのままに演じたヴォーンは大ブレイク。精悍なルックスが買われて、『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(97年)やリメイク版『サイコ』(98年)に出演。ジェニファー・ロペスと共演したSFXスリラー『ザ・セル 』(00年)は全米ナンバーワンに輝くなど、スター街道を駆け上がっていった。 当時の彼の呼び名は何と<ネクスト・マーロン・ブランド>! だが多くの俳優にとっては勲章のように感じられる呼び名は、ヴォーンにとっては嬉しくも何ともないものだった。むしろ<友情に厚いお気楽男<役でブレイクしたのに、ルックスばかりが騒がれて場違いな場所に来てしまったと思っていたに違いない。そんなところに救いの神が現れた。ベン・スティラーである。スティラー演じる主人公の兄役を演じた『ズーランダー』(01年)をきっかけに、彼はスティラー率いる俳優集団、所謂「フラットパック」との共演を繰り返し、コメディ映画に専念するようになっていった。 ルーク・ウィルソンやウィル・フェレルと共演した『アダルト♂スクール』(02年)、スティラーと共演した『ドッジボール』(04年)、そしてオーウェン・ウィルソンと組んだ『ウェディング・クラッシャーズ』(05年)といった大ヒット作でのヴィンス・ヴォーンのキャラクターは常に一貫している。それは<一見イイ加減だけど、恋愛よりも友情を選ぶ熱い男>だ。この頃急激に太ってしまい、女性ファンの多くを失ってしまったヴォーンだが、それ以上に同性からの圧倒的な支持を獲得。ヴォーンは一躍コメディ・スターの仲間入りをしたのだった。 そんなヴォーンが、プロデュースを兼務する形で発表した一連の主演作は、より同性のファンに向けて作られている。ジェニファー・アニストン演じる恋人と破局に至っていくまでを淡々と描いた『ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き』(06年)、ヴォーンとリース・ウィザースプーン扮する夫婦がそれぞれの離婚した両親の家をクリスマスの日に巡り歩きながら人間関係に永遠など存在しないことを悟っていく『フォー・クリスマス』(08年)、大物監督になった旧友ジョン・ファヴローと共同で脚本も手がけた夫婦和合セミナーがテーマの『カップルズ・リトリート』(09年)、そして精子バンクに登録していたせいで独身でありながら何百人もの子どもの父親になっていたことを主人公が知る『人生、サイコー!』(13年)。どの作品も、男女関係を男の視点から本音で語ったビターなコメディばかりだ。 「自分勝手」「女性のことを分かっていない」そんな批判を受けてもヴォーンの視点は一切ブレない。作品の舞台の多くが今なお彼が暮らす地元シカゴ(ハリウッド・スターでロサンゼルスでもニューヨークでもない街に住んでいるのはとても珍しい)であることは、こうした作品のヴィジョンがヴォーン本人から生まれたものであることを象徴している。そんな側面からも『僕が結婚を決めたワケ』がロン・ハワードの監督作であると同時にヴィンス・ヴォーンの作品だということが、映画を観ると分かってもらえると思う。 最後に本作でヴォーンの<相手役>に扮したケヴィン・ジェームズについても触れておきたい。65年ニューヨーク生まれの彼はスタンダップ・コメディアンとしての活動を経て、シットコム『The King of Queens』(98〜07年)でブレイク。親友のアダム・サンドラーとは『チャックとラリー おかしな偽装結婚!?』(07年)や『アダルトボーイズ青春白書』(10年)、『ピクセル』(15年)などで再三共演しており、『モール★コップ』(09年)に始まる主演映画は全てサンドラー製作である。 ベン・スティラーとアダム・サンドラー自体は古くからの友人なのだが、それぞれがあまりにビッグだからか、二つの派閥が絡むことはあまり無い。そういった意味でも本作は画期的な作品である。これをきっかけに今後、色々な組み合せの共演作が実現することを期待したいものだ。
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COLUMN/コラム2016.02.15
ふたりのパラダイス
ニューヨーク。会社員のジョージ(ポール・ラッド)は、自分探し中の妻リンダ(ジェニファー・アニストン)を養うために仕事に励んでいた。ところがある日、会社がFBIによる業務停止処分を受けたことであえなくクビになってしまう。 やむなくアトランタに住む兄を頼って都落ちする二人だったが途中、偶然立ち寄ったヒッピー・コミューンで金銭に縛られない生き方を知り、これまで感じたことがない喜びを経験する。「ここがパラダイスだ!」コミューンへの永住を決意したジョージとリンダだったが、ニューヨーカーだった二人には理解不能なコミューンの風習や掟がその前に立ち塞がる。遂には二人の間にも隙間風が吹くようになってしまい …。 それまでの常識が崩れ落ちる瞬間に、人は笑う。だからコメディ映画にとって、2008年の世界的金融危機(いわゆるリーマン・ショック)は格好の題材だった。何故なら今まで「頭が良い人たちがマジメに働いている」と信じられていたアメリカの金融業界が、素人を騙すことしか考えていない詐欺まがいの集団だったことが明るみになってしまったのだから。 その証拠と言うわけではないけれど、あの事件から現在までわずか8年ほどしか経ってないにも関わらず、金融危機を題材にしたコメディ映画の多さと言ったらない。例えばベン・スティラーとエディ・マーフィの共演が話題を呼んだ『ペントハウス』(11年)。一見すると単なる泥棒コメディなのだけど、実際はスティラー扮する高級タワーマンションの管理人が、従業員仲間の年金を詐欺まがいの投資で台無しにしてしまった悪徳投資家へのリベンジを描いたものだった。 やはり一見お気楽な刑事コメディに見えるウィル・フェレルとマーク・ウォールバーグの共演作『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(10年)も地道に働く庶民を食い物にする金融機関の横暴がテーマだった。エンド・タイトルでは金融危機を引き起こしながら、法律で裁かれた金融関係者が殆ど居ないことが具体的なデータで挙げられている。 この隠れた意欲作の監督兼脚本家を務めたアダム・マッケイが、クリスチャン・ベールやスティーヴ・カレル、ブラッド・ピットといった豪華キャストを迎えて撮ったのが、今年のオスカー賞レースで数多くのノミネートを獲得した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)だった。 サブプライム市場の崩壊を事前に予測した金融トレーダーたちの活躍を描いた実録映画ではあるものの、巨額の利益を上げながら主人公たちの表情がいずれも冴えなかったのが印象的だった。無理もない。金融市場が崩壊したことで確かに銀行の首脳陣は退陣を余儀なくされたけど、その際に彼らが億単位の退職金を得ていたのに対して、庶民は不況の影響で仕事を失い、巨額の負債に苦しむことになったのだから。 ブラック・コメディとしても鑑賞可能なデヴィッド・フィンチャー監督作品『ゴーン・ガール』(14年)の主人公であるニックとエイミーも、金融危機をきっかけにマスコミ界の仕事を失い、夫の故郷のミズーリ州に都落ちせざるを得なくなった夫婦だ。引っ越し先で妻のエイミーが引き起こす事件は、元の生活に戻ろうとするあまりの行為だったことを考えると、たしかにヒドい人ではあるものの(詳しくは映画を見れば分かる)彼女だってある意味、金融危機の被害者だったと言えないこともないのである。 そして『ふたりのパラダイス』の主人公であるジョージとリンダもまた金融危機の被害者といえる。しかも都落ちを決意するまでの経緯は『ゴーン・ガール』のニックとエイミーそっくり。但しその行き先をヒッピー・コミューンにしたことで、もっとブライトな笑いに満ちた仕上がりになっている。 資本主義から逃れて自由な生き方を模索するヒッピーたちが、都会から離れて農村や山奥に集団で住むことによって自給自足を試みた共同体がヒッピー・コミューンである。 「ヒッピー・コミューン?『イージーライダー』には出てきたけど、そもそも今も実在するの?」そう思ってしまう日本人は多いかもしれない。たしかに全盛期である60〜70年代に比べると随分と数は減ってしまったけど、ヒッピー・コミューンは今もあちこちで存続中だ。ウィノナ・ライダーやジャック・ブラックのようにコミューン育ちのハリウッド・スターがいるくらいだし、その思想はシリコン・ヴァレーのIT起業家やブルックリンのヒップスターにも受け継がれている。 本作では、幻覚剤や無農薬農業、菜食主義、フリーセックス、そして新生児の胎盤食い(ヒッピーは動物が出産後に胎盤を食べることを真似て、煮たり焼いたりして食べているらしい。もっともとてもマズいらしいけど)といった<コミューンの儀式あるある>がことごとくギャグになっていて、ヒッピー・カルチャーを知っていたら最高に笑えること間違いなしだ。 こうしたヒッピー・カルチャーに翻弄される主人公のジョージとリンダを演じているのは、ポール・ラッドとジェニファー・アニストン。ふたりの共演は、『私の愛情の対象』(98年)で既に実現しており、アニストンの人気を決定づけたシットコム『フレンズ』の末期(02〜04年)にはラッドも準レギュラーで出演していたりと、その交流歴は長い。但し前者ではゲイの男とストレートの女性の親友同士、後者では「アニストンの親友の恋人がラッド」という間接的な関係だったので、今回が初めての男女関係を演じることになる。 何でも、ラッドの親友で本作の監督兼脚本家であるデヴィッド・ウェインから本作のアイディアを初めて聞いた際に、ラッドは「遂にジェニファーと本格共演する時が来た」と直感し、彼女を誘ったのだそう。多忙なジェニファーもそれに応えて、念願の共演が実現したというわけだ。私生活でも友人同士というだけあって、さすがに息はぴったりで、途中二人の間に隙間風が吹く際には、ハッピーエンドが分かってはいてもハラハラしてしまう。 そんな二人を、『『M*A*S*H』』(72〜83年)やウディ・アレン作品で知られるベテランのアラン・アルダ(奇しくも彼は『ペントハウス』で悪得投資家を演じている)や『ライラにお手あげ』(07年)の怪演が未だに忘れられないマリン・アッカーマン、『シックス・フィート・アンダー』(01〜05年)のローレン・アンブローズら個性派たちが好サポート。中でもコミューンのリーダー格のセスを演じるジャスティン・セローは、いかがわしさ満点で強烈な印象を残してくれる。 日本の映画ファンには『マルホランド・ドライブ』(01年)の映画監督役や『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』(03年)の悪役くらいでしか知られていないセローだけど、近年は『LOST』のクリエイター、デイモン・リンデロフが手掛けるミステリー・ドラマ『LEFTOVERS / 残された世界』に主演したことで人気爆発。また『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(08年)や『アイアンマン2』(10年)、『ロック・オブ・エイジズ』 (12年)の脚本も書いている才人である。 そんな多才な才能に惹かれたのか、アニストンとセローは本作での共演をきっかけに交際をスタート。昨年遂にゴールインを果たしている。結果的にポール・ラッドは親友のジェニファーに家庭という名のパラダイスをもたらしたのだった。 こうした事実を踏まえながら、リンダとセスの2ショット・シーンを観てみるのも本作の隠れた楽しみだろう。 Film © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2016.03.16
40歳からの家族ケーカク
高年齢童貞を主人公にした大ヒットコメディ『40歳の童貞男』(05年)で華々しい監督デビューを果たしたジャド・アパトー。続く監督第二作『無ケーカクの命中男/ノックト・アップ』(07年)も大ヒットしたことで、ハリウッドにおける彼の評価は決定的なものとなった。しかしこの映画はとても不思議な作品でもあった。 何が不思議かというと、そのストーリーである。冒頭、主人公であるベン(演じているのはアパトーの愛弟子セス・ローゲン)は、キャサリン・ハイグル扮する美人キャスターのアリソンと、酔った勢いで一夜限りの関係を結んだ結果、妊娠させてしまう。 普通ならアリソンが中絶を考えたり、「子どもは自分だけで育てる」とベンを遠ざけたりする紆余曲折を経て、ハッピーエンドに向かうはずだ。しかしアリソンはすぐに出産を決心すると、ベンに子どもの父親としての自覚を求めるのだ。そう、映画としてのお約束を全く守っていないのである。でもその一方で妊娠中のアリソンの描写はリアルそのものだったりする。 実はこれには理由がある。『無ケーカクの命中男』はアパトー自身の体験をベースにした半自伝作だからだ。彼にとってのアリソンは女優のレスリー・マンだった。当時、アパトーは友人のベン・スティラーとジム・キャリーがそれぞれ監督と主演を務めたコメディ『ケーブル・ガイ』(96年)でプロデューサーとして働いていた。そこで彼は、映画の主演女優だったレスリーを妊娠させてしまったのだ。 その結果、彼女はあと一歩でトップ女優になれるポジションにありながら、アパトーと結婚して子育てに注力することになった。しかしそんな大きな犠牲を払われながら、アパトーはなかなかハリウッドで浮上出来なかったのである。 それ以前からアパトーの人生は挫折の連続だった。子どもの頃からお笑いマニアだった彼はスタンダップ・コメディアンとしてキャリアをスタートしている。当初は「自分以上に面白い奴なんていない」と考えていたものの、同世代の三人のコメディアンと知り合った途端、彼の自信はこなごなに打ち砕かれてしまう。 その三人とは、前述のベン・スティラーとジム・キャリー、そしてアダム・サンドラーだった。この世代を代表するコメディアンだから負けるのは仕方ないことなのだが、アパトーのショックは大きく、彼はパフォーマーの道を断念せざるをえなかったのだった。 この時期の体験もアパトーは映画にしている。『素敵な人生の終り方』(09年)がその作品だ。アダム・サンドラー扮するジョージがサンドラー自身で、仲間内でいち早く出世するジェイソン・シュワルツマン演じるマークがベン・スティラー、そして「面白いギャグを書くけどカリスマ性がない」アイラ(演じているのはまたしてもセス・ローゲン)がアパトー自身と言われている。そして彼は芽が出ない状態のまま、レスリーを妊娠させてしまったというわけだ。 アパトーの名がようやく知られるようになったのは、プロデュースと脚本を手がけた『フリークス学園』(99〜00年)によってだった。このテレビドラマで彼は少年時代を送った80年代を舞台に、イケてないグループの少年少女たちをヴィヴィッドに描いたのだった。視聴率が伸び悩んで打ち切られたものの、この作品に関わった監督のポール・フェイグやジェイク・カスダン、俳優のセス・ローゲン、ジェイソン・シーゲル、そしてジェームズ・フランコらは後年それぞれ成功を収めることになる。 高評価を得ていたものの数字がついてこなかったアパトーにようやくチャンスが巡ってきたのは、ウィル・フェレル主演作『俺たちニュース・キャスター』(04年)にプロデューサーとして参加した時だった。彼はこの作品に脇役で出演していたコメディ俳優スティーブ・カレルと知り合ったことで、彼が温めていた企画「高年齢童貞の初体験」をテーマにした映画の実現に奔走。これが『40歳の童貞男』に結実したのだった。 『俺たちニュース・キャスター』と『40歳の童貞男』には、現在『アントマン』の主演俳優として知られているポール・ラッドも出演している。アパトーとポールは、同世代で同じ年頃の子どもを持つことから意気投合して親友になった。こうした経緯もあり、ポールは『無ケーカクの命中男』にも出演している。この作品で彼が演じたのはアリソンの姉デビーの夫ピート。デビーはレスリー・マン、ふたりの娘セイディーとシャーロットはアパトーとレスリーの娘モードとアイリスが演じていた。つまりピートのモデルはアパトー自身なのだ。『無ケーカクの命中男』には過去のアパトー(ベン)と現在のアパトー(ピート)両方が登場していることになる。 このピートとデビーの一家のその後を描いた作品が『40歳からの家族ケーカク』(12年)である。夫婦の倦怠や緊張感、思春期を迎えて不機嫌になる長女、そして老いた親との付き合いなど、テーマは四十代にとってのリアルそのものだ。 ピートがカップケーキを、デビーがタバコを(見かけは)絶っていたり、デビーの「私のおっぱいは全部娘に吸われちゃった」というセリフ、家でのWi-Fiの使用禁止を言い渡されてキレるセイディーといった細かい描写も真に迫ったものがある。 一方で、ピートの経営するインディ・レコード会社が販売不振によって倒産の危機にあるという設定は、映画監督/プロデューサーとして大成功を収めているアパトーにしては謙遜しすぎの描写に見えるかもしれない。でもこれにも理由がある。アパトーの母方の祖父ボブ・シャッドは、メインストリーム・レコードというインディ・レーベルを経営していた人物なのだ。つまりこの設定もアパトーにとっては「母方の家業を継いでいたら、こうなっていたかもしれない」というもう一つのリアルな現実なのだ。 映画の中では、こうした課題の数々は完全に解決されることはない。社運を賭けた英国のベテラン・ロッカー、グレアム・パーカー(本人が好演!)のアルバムが失敗に終わって、ピート一家はマイホームを売りに出さざるをえなくなる。その過程で夫婦の想いはすれ違い、ピートはデビーからこんな問いを投げかけられてしまう。 「もし14年前にわたしが妊娠しなかったら、今でも一緒にいたかしら?」 夫婦喧嘩の最中にレスリーから絶対言われたことがあるに違いない強烈な言葉だ。その言葉の前にピートは黙り込んでしまう。おそらくアパトーも同じ反応をしたのだろう。でも人生とは選択の積み重ねであり、過去に戻ることは出来ない。それを二人が受けとめるエンディングはほろ苦くも暖かい。 『40歳からの家族ケーカク』で自分の現在を描ききったからだろうか。これ以降アパトーがひとりで脚本を書いた作品は存在しない(最新監督作『Trainwrecking』(15年)は主演のエイミー・シューマーが脚本も書いている。但し親の介護や音楽ネタには監督アパトーの影を強烈に感じさせる)。現在レスリー・マンはコメディ女優として大成功を収めており、娘のモードとアイリスもテレビドラマで両親譲りの才能の片鱗を見せはじめている。 映画作家としては徹底して個人の体験にこだわり続けるアパトーが、将来再び脚本も単独で手がけた監督作を発表することがあるなら、その作品の主人公は、成長した娘たちに旅立たれた老いた夫婦になるのではないだろうか。そしてその際に夫婦を演じるのはきっとポール・ラッドとレスリー・マンにちがいない。 ©2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2016.04.16
ファミリー・アゲイン/離婚でハッピー!?なボクの家族
9歳のバースデー・パーティーの最中に、父(リチャード・ジェンキンズ)と母(キャサリン・オハラ)が大ゲンカをした末に離婚するという衝撃的な経験を持つカーター(アダム・スコット)。だが彼はそんなトラウマを乗り越え、両親と関わることを避けながら現在はレストラン経営者として充実した日々を送っていた。 そんなある日、弟のトレイ(クラーク・デューク)から「ガールフレンドと結婚するから、式には両親を呼んでほしい」と頼まれてしまう。激しく動揺したカーターが、悩みを相談しようと向かった先は、両親の離婚直後に熱心に話を聞いてくれたドクター・ジュディス(ジェーン・リンチ)だった。 しかし当時はセラピストだと思っていた彼女は実は研究者で、カーターとの会話をネタにしてベストセラー本「離婚家庭の子どもたち(Children of Divorce)」を出版していたことが発覚。おまけに現在はそれぞれ別のパートナーがいる両親が何故かヨリを戻してしまい、カーターのストレスはピークに。遂にはガールフレンドのローレン(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)との仲もギクシャクしてしまい …。 日本の離婚率は年々上昇していて、現在は約3割にまで達しているという。でもアメリカにはまだまだ及ばない。あの国では2組に1組が離婚しているからだ。 ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープが、裁判で子どもの養育権を争う元夫婦に扮した『クレイマー、クレイマー』(79年)は公開当時、<家族の最新の形を描いたドラマ>として大いに評判になったものだった。でも昨年公開された『ジュラシック・ワールド』『ヴィジット』『ヴィンセントが教えてくれたこと』といったハリウッド映画に登場した子どもたちは、いずれも母親だけと暮らしている設定である。今やアメリカにおいては離婚家庭の子どもの方がデフォルトなのだ。 だからといって、彼らがこうした境遇を平然と受けとめているなんてことはありえない。子どもにとっては両親の離婚は精神的な打撃であり、その後の人生観に重大な影を落としている。 そんな重大な影を落とされた典型例が、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(15年)がこの夏に日本公開されるノア・バームバックだ。<大人になりきれない大人>を描かせたら右に並ぶ者がいない映画作家である彼の根底には、幼少期の両親の離婚が横たわっている。『イカとクジラ 』(05年)や『マーゴット・ウェディング』(07年)といった作品は、いずれも両親に振り回された少年時代の想い出をベースにした半自伝作だ。模範とすべき大人の姿を間近に出来ずに育ってしまった子どもは、成長してもなかなかしっかりした大人になれずに、もがき苦しむ。バームバックはそうした自分にとっての現実を執拗に物語にし続けているのである。 『エレクトラ』(05年)や『ジ・アメリカンズ』(13年〜)といったアクション/スリラー系の脚本家として知られているスチュアート・ジマーマンの初監督作であるこの『ファミリー・アゲイン/離婚でハッピー!?なボクの家族』もまた、こうしたアダルト・チルドレンの姿を描いたビターなコメディだ。彼のいつもの作風とかけ離れていることには理由がある。本作もまたバームバックの諸作と同様にジマーマン自身が、弟の結婚式の準備中に両親とモメた実体験をベースにした半自伝作なのだ。 両親のエキセントリックさを糾弾し、自分こそが一番マトモな人間だと主張していたカーターが、本当は自分が離婚に傷ついていたことを認めたくなかったことを悟るという展開は、だから説得力満点。脚本が執筆されると、2008年には「ブラック・リスト(製作が決定していないものの、優れた脚本が選ばれる業界内のリストのこと)」に挙げられ、複数の製作会社による争奪戦が繰り広げられたというのも納得だ。 そんな注目作において主人公カーター役に抜擢されたのがアダム・スコットだ。アメリカン・コメディ好きにとっては、ウィル・フェレル主演の『俺たちステップ・ブラザース -義兄弟-』(2008年)やベン・スティラーの『LIFE!』(2013年)で憎まれ役を演じていた男として知られているかもしれない。でも本国での彼はコメディ・ドラマ『Parks and Recreation』(2009〜15年)のベン役で知られている人気俳優だ。 日本では遂に放映されなかったけど、『サタデー・ナイト・ライブ』の人気コメディエンヌだったエイミー・ポーラーと、『セレステ∞ジェシー』(2012年)などへの出演で知られるラシダ・ジョーンズが中心となったこのドラマはもはや伝説となっている。というのも、あのクリス・プラットをはじめ、オーブリー・プラザやニック・オファーマン、そしてアジス・アンサリといった現在のコメディ界のVIPがブレイクしたのがこの作品だったからだ。 そんな錚々たるメンツの中でアダムが演じていたベンは、主人公であるエイミーと恋に落ちるナイス・ガイ・キャラ。逆に言えば、『Parks and Recreation』で築き上げた圧倒的な好感度の高さがあるからこそ、演じる俳優によってはアブない人に見えてしまう危険性があるカーター役を任されたのかもしれない。 本作を既に観ている人なら、これで気づいたはず。大スターであるエイミー・ポーラーが、父の後妻役という端っこの役で登場して、やたら楽しそうに奇人変人キャラを演じているのも、そんな彼女に向かってアダムが「こんな関係じゃなかったら、俺たち良い友達になれたかもしれないよな」と語りかけるシーンがあるのも、一種の楽屋オチなのだ。 またアダムと彼の弟トレイに扮したクラーク・デュークのコンビネーションの良さにも注目してほしい。学園コメディ・ドラマ『GREEK〜ときめき★キャンパスライフ』(07〜11年)や『キック・アス』(10年)で注目されたクラークは、『オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式』(10年)ではチェヴィー・チェイス、『ジャックはしゃべれま1,000』(12年)ではエディ・マーフィというコメディ・レジェンドたちと渡り合った実力の持ち主。『オフロでGO!!!!!タイムマシンはジェット式2 』(15年)ではアダムとリユニオンを果たしているので、そちらも是非チェックしてほしい。 女優陣に目を移してみよう。メイン・ヒロインのメアリー・エリザベス・ウィンステッドや、『glee/グリー』のスー先生ことジェーン・リンチもそれぞれ好演しているけど、個人的にはチョイ役で登場するジェシカ・アルバの演技が興味深かった。彼女が演じているのは、カーターと同様にドクター・ジュディスの研究対象だった離婚家庭の元子どもであるミシェル。父親くらいの年上の男としか付き合えないという明らかに病んでいるキャラが妙にハマっている。 アクションやSFといったジャンルの大作映画では、セクシーで強い女を演じ続けているジェシカだけど、エイミー・ベンダーの『私自身の見えない徴』を映画化した『ジェシカ・アルバのしあわせの方程式』(15年)など、低予算のインディ映画ではたまに風変わりな文化系女子を演じることがある。そうした作品での演技が意外とイケてるので、そっちこそが彼女の真の姿なのではないかとか妄想してしまう。 映画内ではそんなエイミーとカーターが出会ってすぐに互いを理解しあう様子が描かれる。その姿はどこかもの悲しくも滑稽だ。それは二人とも結構いい歳なのに『A.O.C.D.(Adult Children of Divorce=離婚家庭で育ったために大人になりきれなかった子どもたち)=本作の原題である』でい続けているからに違いない。 © 2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2016.05.16
ハッピー・クリスマス
シカゴ。映画監督のジェフの家に、恋人と別れた妹ジェニーが転がり込んできた。「子どもの世話で忙しいこの家に住まれても、トラブルを生むだけなんじゃないの?」ジェフの妻ケリーのそうした不安は的中する。ジェニーは、パーティーで泥酔したり、ベビーシッター兼ハッパの売人のケヴィンと恋愛関係になったりと問題を起こし続ける。彼女に対して怒るケリーだったが、小説家の夢を中断して子育てを押しつけられている立場を同情されたことで、人間関係に変化が生じていく …。 『ピッチ・パーフェクト』シリーズ(12年〜)や『イントゥ・ザ・ウッズ』(14年)といった大ヒット作によってハリウッドのトップスターとなったアナ・ケンドリック。そんな彼女の出演作にしては、2014年の『ハッピー・クリスマス』はあまりに地味な映画である。彼女が演じているのは無職のトラブル ・メイカーだし、ジェフを演じているのは監督のジョー・スワンバーグ本人。子役は彼の実の長男だし撮影はロケばかり。セットを組まれて撮影したものは何ひとつないのだ。 ひょっとすると騙されて出演したのか?いや、そんなことはない。アナはスワンバーグの前作『ドリンキング・バディーズ 飲み友以上、恋人未満の甘い方程式』(13年)にも出演しており、彼女はやる気満々で本作に出演したのだ。理由は、スワンバーグが新しいアメリカ映画のムーヴメントのキー・パーソンだからだ。 ここで時計を9年前に巻き戻してみよう。スワンバーグは『ハンナだけど、生きていく!』(07年)というインディ映画を発表している。出演もしているアンドリュー・バジャルスキー、ライ・ルッソ=ヤング、そしてマーク・デュプラスらとスワンバーグは、ゼロ年代初頭から始まっていた映画ムーヴメント<マンブルコア>の担い手だった。 マンブルコア作品の特徴は、自主製作に近い環境下で経済面でも恋愛面でも恵まれていない自分の冴えない日常をビデオ撮りで描くという、地味にもほどがあるものだった。出演者は監督仲間ばかりでプロの俳優なんて殆どいなかった。メディアから<マンブルコア>なんて呼ばれるようになったのは、皆セリフをモゴモゴ言っていた(mumble)からだ。 映画学校を卒業したのはいいけど、シリーズ物の超大作ばかり製作するようになったハリウッドで仕事出来る可能性なんてゼロ。マンブルコア作品は、若者たちの小さな嘆き声であり、そこには明るい未来のヴィジョンなんて一切漂っていなかった。 だが『ハンナだけど、生きていく!』に出演したひとりの女子が、そんな現状を打開するきっかけを与えることになった。スワンバーグの前作『LOL』に端役で出演したことをきっかけに本作で主演と共同脚本を務めたグレタ・ガーウィグである。 大学を卒業したばかりで、美貌と才能を兼ね備えた彼女は、スワンバーグの次作『Nights and Weekends』(08年)では共同監督も務め(この時期ふたりは交際していたという話もある)、『ハンナ』で共演したマーク・デュプラスとその兄ジェイが監督した『Baghead』(08年)にも出演するなど、マンブルコアのミューズとして大活躍、運動をネクスト・レベルに持ち上げた。 こうした地下ムーヴメントに反応したのが、『彼女と僕のいた場所』(95年)でデビューし、『イカとクジラ』(05年)をはじめとする一連の半自伝作で知られていた映画監督ノア・バームバックだった。ウェス・アンダーソン作品の共同脚本家としてハリウッドでも評価を得ていた彼は、マンブルコアの作家たちを地上に引き上げようと、スワンバーグの『Alexander the Last』(09年)をプロデュース。遂にはマンブルコアのテイストを取り入れた作品を自ら監督しようと決意する。 それが『人生は最悪だ!』(10年)だった。コメディ界のスーパースター、ベン・スティラーが主演したこの作品には、相手役としてグレタ・ガーウィグが抜擢された。そして本作の撮影をきっかけにバームバックとガーウィグは恋に落ち、ふたりは『フランシス・ハ』(12年)『Mistress America 』(15年)といったコラボ作を作り続けている。 『人生は最悪だ!』に俳優として出演していたマーク・デュプラスも、兄のジェイと『僕の大切な人と、そのクソガキ』(10年)でメジャー進出を果たした。その後も監督業の傍ら、二人は俳優としても活躍(マークの代表作は『タミー Tammy』(14年)、ジェイの代表作はドラマ『トランスペアレント』(14年〜)だろう)、また兄弟でプロデュースして、マークが出演もした『彼女はパートタイムトラベラー』 (12年)は大評判を呼び、監督のコリン・トレヴォロウが『ジュラシック・ワールド』(15年)の監督に抜擢されるきっかけも作るなど、ふたりはエンタメ界で確固たる地位を築いている。 そんなかつての仲間たちから出遅れたかに見えたスワンバーグが、初めてまともな製作環境で撮ったのが『ドリンキング・バディーズ』だった。映画は絶賛を博し、クエンティン・タランティーノはその年のベスト10の一本にこの映画を選んでいる。シカゴの地ビール工場で働く男女の微妙な関係を描いたこの作品は、美人女優オリヴィア・ワイルドが主演していることもあってパッと見は「月9ドラマ」みたいな感じなのだけど、実はセリフが全て出演者による即興という前衛的な作りがされている。相手役は『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』(11年〜)の人気者ジェイク・ジョンソンだが、彼は『彼女はパートタイムトラベラー』にも出演しており、マンブルコアのノリというものを理解している俳優なのだろう。 そんなジョンソンの恋人役を演じていたのがアナ・ケンドリックだった。彼女が『ハッピー・クリスマス』に出演したのも、即興演技の楽しさにヤミツキになったからに違いない。その『ハッピー・クリスマス』最大の見所も、アナとケリー役のメラニー・リンスキー、そしてレナ・ダナムの三人が即興で繰り広げる<官能小説のネタ出し会議>のシーンだ。 テレビドラマ『GIRLS/ガールズ』(12年〜)の製作・監督・脚本・主演の4役で多忙を極めるレナが本作の脇役で顔を出しているのには理由がある。彼女の出世作であるインディ映画『Tiny Furniture』(10年)はマンブルコアの影響下のもとで作られた作品だったからだ。『ハッピー・クリスマス』への出演は彼女なりの恩返しなのかもしれない。 一方でレナとグレタ・ガーウィグは長年の友人であり、『GIRLS/ガールズ』でレナが見出したアダム・ドライヴァーは『フランシス・ハ』とまもなく日本公開されるバームバックの監督作『ヤング・アダルト・ニューヨーク』にも出演している。 後者でアダムが演じているのは若く貧乏なアーティストだ。ベン・スティラー演じる主人公のドキュメンタリー監督は、社会的な評価を気にしない彼に感化されてツルむようになるが、やがて痛いしっぺ返しを食らうことになる。自らインディペンデントな立場を選んだスティラーと、成功への道があらかじめ閉ざされていたアダムは所詮異なる世代だったことが明らかになるのだ。 スティラーが再び主人公を演じていること、アマンダ・セイフライド扮するアダムの恋人役に当初グレタ・ガーウィグがキャスティングされていたことを考えると、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』はバームバックがマンブルコアの作家たちと親しく交流していた時代をベースにしているに違いない。するとアダムのキャラのモデルはジョー・スワンバーグということになるのだが …。 COPYRIGHT © 2016 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.