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PROGRAM/放送作品
イングリッシュ・ペイシェント
よくある不倫が戦争によって胸しめつける劇的愛憎ドラマに変わる。アカデミー賞受賞、最上の人間ドラマ
「英国人患者」という題ながら、二次大戦に関わった様々な人種の登場人物と場所・土地が、壮大なスケールである男女の不倫の物語をつむぎ出していく。アカデミー作品賞、監督賞ほか8部門受賞、至高の人間ドラマ。
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COLUMN/コラム2016.02.03
ドリー・尾崎の映画技術概論 〜第1回:フィルムとデジタル〜
映画はその誕生から1世紀の長きにわたり、フィルムという記録媒体によって記録され、それを映写機でスクリーンに投影することで形を成してきたメディアである。しかし現在、映画はフィルムを使わない、チップやセンサーを用いて電子的に撮像を記録する「デジタルシネマ」が主流となった。 かつて映画におけるデジタル技術は、劇中におけるCGI(視覚効果)や編集、そしてドルビーデジタルなどのサウンド・システムに用いられてきた。しかし、デジタルを映画の構成要素として使うのではなく、フォーマットそのもののデジタル化を図る動きが2000年代初めに台頭してきたのだ。 商業長編映画の世界では、2001年にピトフ監督のフランス映画『ヴィドック』(撮影:ジャン=ピエール・ソヴェール)が、そして2002年にジョージ・ルーカス監督が『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(撮影:デヴィッド・タッターサル)においてこれを実現させた。ルーカスはソニーとパナビジョン社に依頼し、両社はHD-1080/24Pを共同で開発。[シネアルタ]と呼ばれるHDW-F900型のそれは、毎秒24pというフィルムと同じフレームレート(コマ速度)をもち、35mmフィルムカメラに使用されていたレンズの共有など、既存の映画制作フォーマットとの互換性に優れたデジタルHD24pカメラだ。 同カメラの開発がソニーの厚木研究所でもおこなわれたことから、日本映画でのシネアルタの活用は『スター・ウォーズ エピソード2』の撮影とほぼ時期を同じくしている。我が国のデジタルシネマ、すなわちHDW-F900で全編撮影が行われた長編映画は、2001年の田崎竜太監督作『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4』(撮影:松村文雄)が嚆矢となった。それに続いて岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』(撮影:篠田昇)や、高橋巌監督の『infinity ∞ ~波の上の甲虫~』(撮影:八巻恒存)などが同年に発表されていく。また、デジタルHD24pカメラはソニーのみならずパナソニックでも開発が進められ、撮影監督の坂本善尚が開発に関わったAJ-HDC27F型デジタル24pカメラ[バリカム]は、原田眞人監督『突入せよ! あさま山荘事件』(02)の撮影に用いられ、シネアルタに引けをとらない性能を発揮した。 ■デジタルシネマの現況 それからおよそ15年を経た2016年。映画撮影の現場は、ほぼフィルムからデジタルにとって代わられ、カメラも[ジェネシス]や[レッドワン]といった2K、4K、さらには8K(シネアルタの後継機[F65])といった高解像度のハイスペック機が生み出されている。これらは35mmフィルムとフィルムカメラが持つポテンシャルを、もはや凌駕しているといっていいだろう。 画質の向上だけではない。何度も加工や上映をしても映像の劣化がないことや、撮影で自由にテイクが重ねられるなど、製作において妥協を余儀なくされる点が低減されている。 「高感度のデジタル24Pが開発されたことで、照明設計が簡易になり、低予算で作品を実現できた」 上記のように筆者に話してくれたのは、侵略SF映画『スカイラインー征服ー』(10/撮影:マイケル・ワトソン)のグレッグ・ストラウス監督だが、こうした経済面での利点も無視できない。なによりもフィルムにあった、ネガフィルムからのプリント現像にかかるコストが抑えられ、DLP上映との連携を図ることができる。 そう、映画は上映に関しても方式が大きく変わった。フィルム映写ではなく光半導体を用い、デジタルデータをスクリーンに投影するDLP(デジタル・ライト・プロセッシング)が、アメリカでは1999年、ロサンゼルスとニューヨークでの『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(99)プレミア上映を皮切りに実用化された。国内では2000年より採用され、同システムの設置された日劇プラザでは『トイ・ストーリー2』(00)が初のDLP上映となった。『トイ・ストーリー2』はデジタルベースによる3DCGアニメーションで、コンピュータ上からダイレクトにDCP(デジタル・シネマ・パッケージ=DLP上映のためのデータパッケージ)を作ることが容易だったが、『スター・ウォーズ エピソード1』のようにフィルム撮影された映画はネガをスキャンし、データ化する行程を経なければならない。しかしデジタルシネマはそれを省き、フルデジタルによって撮影から完パケまでを一貫させ、物質的、コスト的なムダを省くことができる。映画興行主にとっての利便性や経済性を考えれば、デジタルシネマの普及は必然といっていいかもしれない。 事実、今や国内のスクリーン数3.437のうちデジタル設備は3.351と全体の約97.5パーセントを占め(一般社団法人 日本映画製作者連盟「日本映画産業統計2015年12月」より)、フィルムプリント上映による映画の時代は終わりを迎えている。 そんなフィルムからの解放は、映画の作り方を大きく飛躍させた。映像加工をひときわ容易にし、どこまでが実写でどこまでがバーチャルな映像なのか、判別不可能なイメージ作りを実現させたうえ、立体視をもたらすデジタル3Dや、ドルビーサラウンド7.1、ドルビーアトモスといった音響の多チャンネル化を促している。そしてコマ数を毎秒24フレームから48フレームへと上げ、映像を高精細化するハイフレームレイト(2012年に『ホビット 思いがけない冒険』で実施)など、多様な展開を劇場長編作品にもたらしたのである。 もはや映画は、フィルムでは踏み込めなかった領域に足を下ろしているのだ。 ■フィルムにこだわる監督たち しかし、フィルムが持つ粒状性や質感こそが「映画を映画らしいものにしている」という考え方も根強く、120年にも及ぶフィルム映画の歴史を、やすやすと消滅させるわけにはいかないとする見方もある。特に日本では「デジタルか?」「フィルムか?」という芸術的観点からの議論が慎重になされないまま、シネコンへのDLP設置が早駆けで進み、また2013年に富士フィルムが映画用35mmフィルムの生産を廃止するなど、なし崩しのようにフィルムからデジタルへの移行がなされてきた。そのためデジタルシネマに対し「単にシステムの合理化にすぎないのでは?」という声も出ているのだ。 そんな声に呼応するかのごとく、映画作家の中には今もフィルム撮影を敢行する者たちがいる。 たとえば山田洋次監督は最新作『家族はつらいよ』(15/撮影:近森眞史)をフィルムで撮り、自身の半世紀以上にわたる監督人生において、フィルム主義をまっとうする構えだ。また同じ松竹で製作された『ソロモンの偽証』(15/撮影:藤澤順一)も、成島出監督にインタビューしたさい「中学生役の子たちの未熟な演技を、映画的な外観でカバーするべくフィルム撮影に踏み切った」と答え、フィルムの優位性を唱えた。 他にも周防正行監督の『舞妓はレディ』(14)では実景部分を富士フィルム、それ以外のセットなどのシーンをコダックフィルムで撮るという、ハイブリッドなフィルム撮影の手法がとられている。これは「京都の風景と舞妓のあでやかな姿をフィルムで撮りたい」という寺田緑郎撮影監督の希望に、プロデューサーが「フィルムが無くなるのならば、富士フィルムとコダックを両方使いたい」と相乗する形で実現したものだ。いずれもフィルムプリントによる上映配給が難しい現状「撮影はフィルムでも完パケはDCP」という制限はあるが、そこには映画人ならではの、滅びゆくフィルムへの愛着が深く感じられてならない。 いっぽうハリウッドでも、クリストファー・ノーラン(『ダークナイト』シリーズ『インターステラー』)やスティーブン・スピルバーグ(『ブリッジ・オブ・スパイ』)、そしてクエンティン・タランティーノ(『ヘイトフル・エイト』)といった、強い影響力と発言権を持つ映画監督たちがフィルム撮影を現在も続けることで、同手法への啓蒙がなされている。 ポール・トーマス・アンダーソン監督が『ザ・マスター』(12/撮影:ミハイ・マライメア・Jr)を65mmフィルムで手がけた理由は、舞台となる第二次世界大戦前後の時代がフィルムのスチールカメラで記録され、同時代のイメージがフィルムと同化していることに言及するためだ。 またフィルムは時代性だけでなく、劇中で描かれている舞台の空気や、キャラクターの心境をすくいとって演出する。キャスリン・ビグロー監督のイラク戦争映画『ハート・ロッカー』(08/撮影:バリー・アクロイド)は、戦場における爆弾処理班たちの緊迫したドラマを描いているが、その緊迫感を盛り上げるのは独特の荒々しい画調だ。これは16㎜フィルムで撮影した画を35㎜にブローアップしたもので(使用カメラはAatonのスーパー16㎜撮影用カメラ)、報道映像のようなリアリティに併せ、死を隣人とした主人公ウィリアム(ジェレミー・レナー)の感情をあらわしている。はたしてこれが、デジタルのスキッと鮮明な映像でアプローチできるのだろうか? あるいは現在公開中の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15/撮影:ダン・ミンデル)。シリーズの創造者ルーカスが推し進めてきたデジタル撮影の轍を踏まず、フィルム撮影に徹した本作は、単にフィルム撮りだったエピソード1ならびに4から6までのスタイルに倣ったのではない。35mmアナモフィック(歪像)レンズ撮影で得られるフレア効果や、被写界深度の浅いメリハリの利いた画など、監督であるJ・J・エイブラムス(『スーパー8』『スター・トレック イントゥ・ダークネス』)が、フィルム固有の表現にこだわっているからだ。 こうしたこだわりが反映された作品は、いずれはこの「ザ・シネマ」で放映される機会もあることだろう。そのときには是非じっくりと観賞していただき、デジタル興隆のなかフィルムがもたらす映像の意味を、意識しながら確認していただきたい。フィルムかデジタルかを明確に判別できなくとも、直感的に感じ得られるものはあるはずだ。■ ©2008 Hurt Locker, LLC. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
愛を読むひと
[PG-12]ケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞。官能的な映像と心揺さぶるドラマで綴る物語
世界的ベストセラー小説『朗読者』を、『リトル・ダンサー』のスティーヴン・ダルドリー監督が映画化。大胆な濡れ場に体当たりで挑んだ主演のケイト・ウィンスレットは本作でアカデミー賞主演女優賞に輝いた。
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COLUMN/コラム2016.04.02
男たちのシネマ愛⑥愛すべき、クレイグ・ボンド。そして、愛すべき洋画の未来。(1)
なかざわ:泣いても笑っても今回が最終回の対談となるのですが、テーマはダニエル・クレイグ(注1)版「007」シリーズ(注2)ですね。 飯森:これが非常に難しい。なにしろメジャー中のどメジャー・タイトルなので、おのずと我々が語ることのできる内容も限られてきますから。「んなこたぁお前ごときに言われなくても知っとるわ!」と(笑)。 なかざわ:熱狂的なマニアが多いですから、下手な事を言うと炎上しかねない(笑)。 飯森:だから、というわけでもありませんが、今回は前半「007」をアッサリと、後半を洋画チャンネルの今後の展望と、2つのテーマで対談を進めていきたいと思います。 なかざわ:それは最終回に相応しいですね。 飯森:で、ダニエル・クレイグなんですけれど、これは恐らく僕だけじゃないと思うんですが、最初彼が新しいジェームズ・ボンドをやるって聞いて「え? この人が?」と思いましたよね?でも始まってみると全然アリだった。中でも「007/スカイフォール」(注3)は個人的にはシリーズ最高傑作と思えるくらいに良かった! なかざわ:ボンド役って新しい役者が起用されるたびに必ず何か言われますけれど、結局蓋を開けてみると、どのボンドもちゃんと成立しているんですよね。それはダニエル・クレイグも同様だと思います。僕は原作を読んだことがないので、小説版とのイメージの比較はできませんけれど、子供の頃から映画館やテレビで親しんできたファンとしては、確かに最初は疑問を感じましたよ。そもそも当時の知名度は低かったし、それ以前の仕事もアート系の映画が多かった。ボンド役には渋すぎなんじゃね?とは思いました。ただ、何代にもわたるボンド俳優の変遷を見てきたので、受け入れる準備はありましたし、実際に見たら十分良かった。ただ、これは彼の役者としての個性もあってのことなんでしょうけれど、シリーズの方向性もガラリと変わりましたよね? ダニエル・クレイグ版「007」シリーズには、従来のような軽さとか柔らかさがない。 飯森:ですね。硬派で暗い、と言い切ってしまってもいいでしょう。好みはバックリ分かれた。 なかざわ:そこが僕自身の好みとはちょっと違ったかもしれない。確かに「007/慰めの報酬」(注4)も「007/スカイフォール」も面白かった。特に「スカイフォール」は素晴らしい。ただ、こないだの「007/スペクター」(注5)辺りでそろそろ限界かなとも思っちゃったんですよね。「キングスマン」(注6)と「コードネームU.N.C.L.E.」(注7)を見た後だったこともあって。’60年代スパイ映画ファンとしては、やっぱりあのノリが恋しいんですよ。 飯森:これはやばい! 話が思い切り脱線しそうですぞ(笑)。僕もあの2つは大好きなんですよ。とりあえず、この2作品については後回しにしませんか? なかざわ:了解しました(笑)。いずれにせよ「スカイフォール」はダニエル・クレイグ版「007」映画の頂点だったようには思います。 飯森:僕はロジャー・ムーア(注8)世代なんですよ。小学生の頃テレビで盛んにロジャー・ムーアをやってて子供ながらに見ていた。後にある理由からショーン・コネリー(注9)版に夢中になるんですが、ただ、当時リアルタイムでは残念ながらロジャー・ムーアの「007」シリーズの魅力に気づけなかったんです。まず最大の問題が、ロジャー・ムーアって省エネルック(注10)みたいのを着てたでしょ?あれははっきり言って子供の目にも深刻なダサさだった!「007」からファッションの魅力を抜くと、けっこうな致命傷になる。それより何より、その頃の僕は「ランボー」(注11)や「コマンドー」(注12)に夢中になっていて、小学校のロッカーにBB弾のトイガンを数丁隠し持っていたような凶器準備集合罪スレスレのイヤな映画小僧でしたから、「007」シリーズにはアクションとして物足りなさを感じていたんですよね。だってロジャー・ムーアってスタローン(注13)より弱そうじゃないですか。一方がムキムキの裸でM60(注14)を腰ダメで撃ちまくったりRPG-7(注15)をブっ放している時に、もう一方はタキシード着ていまだにワルサーPPK(注16)でパチパチ撃っている。軍用の分隊支援マシンガンや対戦車ロケットランチャーに対し、戦前の警官用ポケット拳銃ですからね、地味感は否めない。お話的にも、MI6(注17)に所属する殺人ライセンスを持った英国諜報部員が、人類を抹殺して選ばれし少数者だけで海底都市を築こうとか宇宙移民しようとか、荒唐無稽にもほどがある大陰謀を企む悪の秘密結社を、女をコマしながら片手間で倒し、ラストは大英帝国に栄光あれ!ついでにオマケで女ともう一発!! みたいなストーリーは、元米軍特殊部隊のヒーローがソ連軍をバっタバっタとやっつけて捕虜を奪還する、というようなレーガン政権時代の空気を反映した映画がウケてた頃には、浮いちゃってたと思うんですよ。タキシードでめかしこんで女のケツ追っかけてソ連の女まで喰っちゃいやがってコノ、冷戦ナメんな!と(笑)。あと、全体的に良くも悪くも漫画チックなシリーズでしたんで、漫画やアニメを今まさに卒業してきたばっかりで大人の実写映画のリアリズムに飢えていた年頃にとっては、たまたま喰い合わせが悪かったという、タイミングの問題もあった。まさしく海底都市とか宇宙移民とか。それはアニメでさんざっぱら見てたよと。それと敵キャラもえらく漫画チックでね、ジョーズ(注18)とか。 なかざわ:ロジャー・ムーア版ボンドってのがこれまた随分と軽いですからね。 飯森:そこなんですよね。悪役を殺すたんびに要らん軽口たたいたりするんですよ。“英国紳士のユーモア”とかそんな上等なものじゃなくて「いま上手いこと言った!」的なしょうもない捨て台詞を。そんなことランボーだったら絶対言いませんって!まぁメイトリックス(注19)は割とよく言うんですけどね(笑)。しかも、吹き替えが広川太一郎(注20)さんだったりするからマックスでチャラい(笑)。チャっら〜!へっちゃらー♪ってな印象ですよ。チャラいというかフザけてるのか!?と。もちろんフザけてるに決まってる。ジャンル的にそもそもアクション・コメディー路線になっていたので、フザけてて当然、正解なんですけどね。 なかざわ:ロジャー・ムーア版ボンドの魅力というのは、すなわち’70年代におけるディスコ&フリーセックス(注21)の雰囲気だと思うんですよ。キラキラしていてケバケバしくて、エレガントで華やかで軽い。そういうところが僕は逆に好きなんですけれどね。 飯森:そう。あれはアクションではなく“色気”を楽しむための映画だったんですよね。そのことに大人になってから気づいた。逆に「ランボー」や「コマンドー」には色気なんて一切無い。ランボーはコー・バオ(注22)に指一本触れないし、コーがまた全くエロくない貧相な身体つきなんですよね。服もブラックパジャマで全然そそられないし。しかも川船の会話で判明した通り、ランボーは案の定パーティーではまるでモテない“リア終”だった。プロムとかでは異性相手に上手いこと言える、タキシードの似合うニヤけたジェームズ・ボンドみたいな野郎に女を全部総取りされてたのでしょう。さぞや長く苦しい童貞生活だったろうとシンパシーを禁じえません。一方のレイ・ドーン・チョン(注23)の方は超エロい身体しててその上スッチーだけれども、シュワ(注16)はベネット(注24)を殺すのに夢中で目もくれない。どっちの映画にも色気のかけらもない。小学生にそうした“色気”は解らないから、当時はひたすらロジャー・ムーアはチャラく見えて、やっぱりアクション見るならスタローンやシュワルツェネッガーだったんです。まして中学生の頃には「ダイ・ハード」(注25)が出てきちゃいましたから、もはや「ランボー」や「コマンドー」ですら、「なに鍛えたのを見せようとして、わざわざ裸になって戦ってんの?(笑)」と嘘っぽく見えるほど、アクションがリアルになってしまった。なので、かえってダニエル・クレイグ版のこのリアル路線、暗さとか渋さが、僕は個人的に本当に心から大好きなんですよ。このリアリズムこそ、僕が長年「007」に求めていたものだったんです! 注1:1968年生まれ。イギリスの俳優。’06年以降、6代目ジェームズ・ボンド俳優として活躍。「007」シリーズ以外では、「エリザベス」(’98)や「ロード・トゥ・パーディション」(’02)などに出演している。注2:「007/ドクター・ノオ」(’62)以降、現在までに通算24本作られているスパイ映画。’60年代の世界的なスパイ映画ブームの起爆剤となり、映画のみならずテレビドラマでも数多くの亜流作品を生み出した。注3:2012年制作。イギリス・アメリカ映画。NATOのスパイ情報が盗まれた上に英国諜報部の本部が爆破され、ジェームズ・ボンドが窮地に陥る。サム・メンデス監督。注4:2008年制作。イギリス・アメリカ映画。愛する女性を殺されて復讐に燃えるジェームズ・ボンドが国際的秘密組織と戦う。マーク・フォースター監督。注5:2015年制作。イギリス・アメリカ映画。ジェームズ・ボンドが巨大な悪の組織スペクターの陰謀に挑む。サム・メンデス監督。注6:2015年制作。イギリス・アメリカ映画。幼い頃に父親を亡くした貧しい若者が、スパイ組織キングスマンにスカウトされて一流エージェントへと育てられる。コリン・ファース主演、マシュー・ヴォーン監督。注7:2015年制作。アメリカ映画。米国スパイのナポレオン・ソロとソ連スパイのイリア・クリアキンがコンビを組み、ヨーロッパを舞台に巨大なテロ計画に立ち向かう。’60年代の人気ドラマ「0011 ナポレオン・ソロ」の映画リメイク。ヘンリー・カヴィル主演、ガイ・リッチー監督。注8:1927年生まれ。イギリスの俳優。3代目ジェームズ・ボンド俳優として、1973年の「007/死ぬのは奴らだ」以降、7本の「007」映画に主演。そのほか、「ワイルドギース」(’78)や「キャノンボール」(’80)などに出演。注9:1930年生まれ。イギリスの俳優。初代ジェームズ・ボンド俳優としてブレイクし、通算6本の「007」映画に主演。その後も「風とライオン」(’75)や「アンタッチャブル」(’87)、「レッド・オクトーバーを追え!」(’90)など代表作は多い。注10:オイルショックで弱冷房が奨励された’79年に考案された半袖の準スーツ。推進した大平首相ら政治家が自ら着用してモデルを務めるという愚を犯したことで、オッサンくさいイメージがインパクト絶大に人々の間に定着してしまい、一般には全く普及しなかった。以後リバイバルブームが起きることもなく、ファッション史上にも稀な失敗例として今日に語り継がれている。なお、ロジャー・ムーア扮するボンドのスタイルは、正しくはサファリ・ルック。注11:1982年制作。アメリカ映画。ベトナム帰還兵ランボーの活躍を描く。以降、現在までに3本の続編が作られている。シルヴェスター・スタローン主演、テッド・コッチェフ監督。注12:1985年制作。アメリカ映画。娘を誘拐された元軍人が南米の独裁国家を相手に戦う。アーノルド・シュワルツェネッガー主演、マーク・L・レスター監督。注13:1946年生まれ。アメリカの俳優。アカデミー作品賞に輝く「ロッキー」(’75)シリーズを筆頭に、「ランボー」シリーズや「エクスペンダブルズ」(’10)シリーズなど数多くの代表作を持つ。注14:「ランボー」で夜の田舎町で市街戦を起こすランボーが乱射する機関銃。「ランボー/怒りの脱出」ではヘリの銃座に備え付けられていたものを取り外して片手で撃ち、CIA秘密作戦本部に生還してからも乱射する。注15:「ランボー/怒りの脱出」のポスターアートでランボーが抱えているソ連製の対戦車ロケットランチャー。注16:ボンドの愛銃だがもともとはドイツ製で、戦前、ドイツ警察のために作られた短銃身の小型モデルだが、ナチスの将校も愛用。ヒトラーその人も所持しており、自殺に使ったのもこの拳銃。注17:イギリスの秘密諜報部の通称。注18:「007/私を愛したスパイ 」と「007/ムーンレイカー」に出てきた殺し屋。身長2mを超える無口な大男で、歯が金属で鎖をも嚙み切り、怪力でバンの車体を紙のように引き裂き、かつ、不死身。しまいにはロマンスまで描かれた。注19:アーノルド・シュワルツェネッガーが演じた「コマンドー」の主人公。肉弾アクションだけでなく、「お前は最後に殺すと言ったのを覚えてるか?ありゃ嘘だ」、「これで腐ったガスも抜けるだろう」など皮肉の効いた数々の名台詞で人気。注20:1939年生まれ。日本の声優。ロジャー・ムーアやロバート・レッドフォードなどの吹き替えで知られる。2008年死去。注21:‘70年代はディスコ・ブームとフリーセックスの時代だったが、前者は’80年代ニューウェーブ・ロックの台頭によって、後者はHIVの蔓延によって衰退する。注22:「ランボー/怒りの脱出」のヒロイン。演じるのはシンガポール出身のジュリア・ニクソン=ソウルで、1958年生まれ。これがデビュー作。注23:1961年生まれ。「コマンドー」のヒロインであるシンディを演じたカナダの女優。様々な人種の血を引いたエキゾチックな美貌とタイトスカート映えするヒップで「コマンドー」を彩った。注24:「コマンドー」の悪役。「銃は必要ねぇぜ、ウヘヘヘヘ、こんな銃なんかいらねぇ!野郎、ぶっ殺してやらぁ!」という決めゼリフで有名。注25:1988年制作。アメリカ映画。休暇の刑事がたまたま寄った妻の勤務先でテロに巻き込まれる。人間離れしたキャラクターを一人も出さず、普通の男が単身、犯罪集団と戦う様をリアルに描出し、アクション映画の流れを変えた。ブルース・ウィリス主演、ジョン・マクティアナン監督。 次ページ >> 僕だって「007」シリーズの好きな理由ってボンドガールですから(なかざわ) 『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』CASINO ROYALE (2006) © 2006 DANJAQ, LLC, UNITED ARTISTS CORPORATION AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC.. All Rights Reserved. 『007/慰めの報酬』QUANTUM OF SOLACE © 2008 DANJAQ, LLC, UNITED ARTISTS CORPORATION AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC.. All Rights Reserved. 『007/スカイフォール 』Skyfall © 2012 Danjaq, LLC, United Artists Corporation, Columbia Pictures Industries, Inc. Skyfall, 007 Gun Logo andrelated James Bond Trademarks © 1962-2013 Danjaq, LLC and United Artists Corporation. Skyfall, 007 and related James Bond Trademarks are trademarks of Danjaq, LLC. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
(吹)愛を読むひと
ケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞受賞。官能的な映像と心揺さぶるドラマで綴る、愛の物語
世界的ベストセラー小説『朗読者』を、『リトル・ダンサー』のスティーヴン・ダルドリー監督が映画化。大胆な濡れ場に体当たりで挑んだ主演のケイト・ウィンスレットは本作でアカデミー賞主演女優賞に輝いた。
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COLUMN/コラム2016.04.06
男たちのシネマ愛⑥愛すべき、クレイグ・ボンド。そして、愛すべき洋画の未来。(2)
飯森:ティモシー・ダルトン(注26)以降は新作が出るたんびにリアルタイムで追いかけてもきましたが、実は僕がちゃんと積極的に「007」シリーズを見るようになったのは、恥ずかしながらだいぶ遅れて’90年代の半ばなんです。確か’94年だったと思うんですが、「STUDIO VOICE」(注27)という雑誌で’60年代のお洒落でキュートな女の子を回顧する特集が組まれまして、その中の見開きページで往年のボンドガールたちが紹介されていたんです。ショーン・コネリー時代の。要は、昔のボンドガール(注28)はレトロなキューティーの見本であると。そこで初めて「007」シリーズに積極的・肯定的に興味を持ったんです。アクションとしてではなくボンドガールのダサ可愛さが入口だったわけです。なので、邪道ですよね。王道のファンからは怒られてしまうかもしれません。 なかざわ:いや、それは全然アリですよ。僕だって「007」シリーズを好きな理由ってボンドガールですから(笑)。そして、ダニエル・クレイグ版「007」シリーズで一番物足りなさを感じるのもボンドガールなんです。「慰めの報酬」のオルガ・キュリレンコ(注29)とか大好きですけれど、全体的に見渡すと地味じゃないですか。特に「スペクター」のレア・セドゥ(注30)は見終わっても顔が思い出せないくらいでしたし。かえって出番が10分そこらのモニカ・ベルッチ(注31)の方が目立っていた。 飯森:その発言はレア・セドゥ崇拝者の僕としては聞き捨てなりませんねえ(笑)。まぁ、女の趣味論争ほど勝者なき不毛な議論もないからやめとくとして、いや、確かに仰ることは分かりますよ。エヴァ・グリーン(注32)がボンドの運命の人だと言われてもピンと来ない。そんなに深く心が結びついてるように描かれてたっけ?ずいぶんと唐突ですな!と。オルガ・キュリレンコだってあまりボンドと絡まないでしょ?っていうか絡み、つまりセックスが一回も無い。ボンド映画が清く正しい男女交際って、なんだそれ?と。お前はランボーと違ってヤリチンが売りだろ、とかね。この2人は女優として普段は大好物なだけに、もうちょっと扱いを印象的にしてあげてほしかったですよね。ただ、「スカイフォール」はボンドガールがジュディ・デンチ(注33)でしょ?あれにはやられました!これはもう反則としか言いようがない!女の趣味論争に決して発展しようがない。誰しも認めざるをえない。こんな裏技的なボンドガールの解釈があっていいものかと。歴代最高(齢)のボンドガールですよ(笑)。 なかざわ:ロッテ・レーニャ(注34)という人もいましたが(笑)、ジュディ・デンチはなんたってM(注35)ですからね。 飯森:そういう面でも「スカイフォール」は凄い!まあ、賛否両論あるみたいですけれどね。あんなの「007」じゃないという声もありますし。かえって「スペクター」が最高だという意見もあります。でも、やっぱり僕にとっては「スカイフォール」なんですよ。まさかボンドガールで泣かされるとは思いませんでしたし。まあ、途中で殺されちゃう方の、普通に若いきれいどころのボンドガールは全然目立ってなくて気の毒でしたけどね。ああいうポジションの人ってよくいますよね。出てきてすぐに金粉塗ったくられて殺されちゃうとか(笑)。 なかざわ:「007/ゴールドフィンガー」(注36)のシャーリー・イートン(注37)ですね。ボンドガールにもメインとサブがいますから。だいたいサブは殺されるか悪役か。悪役ボンドガールといえば、キャロライン・マンロー(注38)とかファムケ・ヤンセン(注39)とか大好きです。 飯森:どちらも人を殺してると感じて濡れてくるという。漫画チックですよね。 なかざわ:それはそうですね。その究極が、番外編だけれど「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」(注40)のバーバラ・カレラ(注41)。あれは最高だった! 飯森:シンドバッドみたいな衣装で出てきて。 なかざわ:しかも最後は爆死ですから(笑)。 飯森:そういう意味では、地に足のついているダニエル・クレイグ版ボンドガールというのは、確かに地味といえば地味ですよね。リアルな女性の延長線上にいるキャラクターですから。 なかざわ:まあ、それがダニエル・クレイグ版「007」シリーズのカラーですよね。 飯森:この、地に足がいている、というのは一事が万事に言えることで、悪の組織がお洒落なラウンジ系インテリアの秘密基地にいて派手な揃いのユニフォーム着てたりとか、Q(注42)の秘密兵器めかしたものも出てこないじゃないですか。 なかざわ:確かに発明品は出てくるけれど、みんなが連想する「007」シリーズのガジェットではない。現実的なんですよね。 飯森:そうなんですよ。僕はロジャー・ムーア時代なんかの荒唐無稽な秘密兵器に萎えを感じていたので、こういう姿勢もとても心地よかったです。 なかざわ:なるほど。逆に僕は荒唐無稽な秘密兵器が大好きなんですけれどね(笑)。 飯森:あとはスーツですよ。「007」というと新作が公開されるたびに男性ファッション誌で特集が組まれますよね。何十万円もする高級スーツ着た公務員スパイなんて現実にはいないだろと思いますが、ボンドのスーツスタイルはメンズファッション的に昔からサラリーマンのお手本だった。でも、例えばピアース・ブロスナン(注43)のクラシコイタリア(注44)のコンサバすぎるスーツなんて、ギャグすれすれじゃないですか。それこそ「キングスマン」ですよ。あっちはサヴィル・ロウ(注45)の方でしたが。どっちにしても今の時代だとコスプレ感が出ちゃう。その点、トム・フォード(注46)のモード系スーツをスタイリッシュに着こなすダニエル・クレイグは、まさしく今のスパイ。そういう点でも新しかったと思いますね。 なかざわ:それまでのボンド・ファッションは前時代的過ぎるというか、一種のファンタジーですね。 飯森:そういうところも僕はクレイグ・ボンドが大好きで、中でも「スカイフォール」は最高だと思っています。「カジノ・ロワイヤル」も「慰めの報酬」も、言ってみれば「スカイフォール」でイクための前戯です。この作品で真の「007」になるわけじゃないですか。「カジノ・ロワイヤル」では当初「007」ですらなかったですから。 なかざわ:ここで一旦、シリーズがリセットされていますからね。 飯森:なのでファッション的にも最初はアロハ着たド汚いチンピラみたいな姿で出てくるんですよね。ガンバレル・シークェンス(注47)でのスーツ姿は、タイトなトム・フォードのシルエットとは真逆の、オーバーサイズで見苦しいダボダボ・ヨレヨレ汚スーツ姿。しかも場所が薄汚い便所なんですよ、ションベンが足元に跳ねてるような。もう、見るからに三下の鉄砲玉なんです。「カジノ・ロワイヤル」のラストでようやくスーツの似合う男にはなれた。でも、このラストシーンではピアース・ブロスナンと同じブランド、イタリアのブリオーニ(注48)の物を着てるんですよね。スリーピースのまぁ大時代な代物を。だから今見ると若干クレイグ・ボンドらしからぬ違和感がある。タイトなトム・フォード スタイルになるのは次の「慰めの報酬」からで、そこからさらに紆余曲折を経て、「スカイフォール」のラストで真の「007」の新たな始まりが描かれるわけです。それまでは過去のお馴染みのストーリーを脱構築するような試みがなされていましたけれど、そのプロセスが完全にここで完了して、いつもの「007」が始まりますよ、というのが「スカイフォール」のエピローグでした。なので、「スペクター」は驚くぐらい昔の「007」っぽくなっていましたよね。 なかざわ:まあ、確かにそうかもしれません。 飯森:なかざわさんが仰るように、決して明るくはない。でも秘密兵器はバンバン出てきますし。 なかざわ:列車での格闘シーンなどはまさに「ロシアより愛をこめて」(注49)へのオマージュでしたね。 飯森:そしてついにスペクターを出してきましたからね。とんでもない悪事を働いて金儲けをする多国籍企業という荒唐無稽な敵の登場です。悪の組織のユニフォームもオシャレ秘密基地もちゃんと出てくる。それまでのリアリズムから一気に突き抜けました。でも、これが本来の「007」シリーズの持ち味であって、それまでの3本が例外的なポジションにあった。そう考えると、僕の好きなクレイグ・ボンドというのが特別な存在だったんだなと思います。そして、「スペクター」では元の路線へ戻ろうとしているわけですね。 なかざわ:そこが僕にはちょっと中途半端に思えたのかもしれません。冒頭のメキシコでのアクションは文句なしに素晴らしかったですけれど。 飯森:でもファッションも今回は特に良かったと思いますよ。砂漠で車を待っているシーンのダニエル・クレイグとレア・セドゥの服装がまた実にオーセンティックなリゾート・スタイルでカッコいいのなんの! ボンドの着ているベージュのコットン・サマー・スーツといい、レア・セドゥの白いバギー・パンツといい。 なかざわ:レトロなスタイリッシュさですね。 飯森:「カサブランカ」(注50)みたい。でも、ちゃんと2015年仕様にアップデートされている。今回あのハイウエストのバギー・パンツはいてる時のレア・セドゥのケツときたら、おおおー!という。それまでのダニエル・クレイグ版ボンドガールって、みんな華奢で線が細かったじゃないですか、ジュディ・デンチは別として(笑)。エヴァ・グリーンもオルガ・キュリレンコもよく脱いでる女優さんだから、実は美巨乳だって知ってますけど、少なくとも服を着た状態の印象としてはスレンダー。そこへくると「スペクター」はレア・セドゥもモニカ・ベルッチも豊満でグラマラス。これぞまさにオレ好み!もともとボンドガールってそういうもんじゃないですか。ウルスラ・アンドレス(注51)も、オナー・ブラックマン(注52)も、クロディーヌ・オージェ(注53)も、そして我らが浜美枝(注54)も。グラビアアイドル的な肉体の持ち主が多いですよね。男性客を意識するわけですから、女性に受けるような細身の人よりは、男好きのする肉感的な体つきの人の方がボンドガールには相応しい。今回の2人はまさにドンピシャですよ! なかざわ:モニカ・ベルッチなんてエロの塊ですもんね。フェロモンがダダ漏れというか。まさにエロスの化身。 飯森:僕は熟女趣味は無いんで「マレーナ」の頃ならともかく今だとやっぱりレア・セドゥなんだよな。それまでの映画でもバンバン脱いでいるし、かなり際どいヌード写真まで平気で撮らせている人で、名門の超お嬢様だからか我々平民に施しを惜しまないところが最大級の感謝と尊敬に値する。まぁモニカ・ベルッチも出し惜しみなんてしたためしがない人ですが(笑)。そんなわけで、ダニエル・クレイグ版「007」シリーズは超最高!というのが結論です。さあ、これでノルマは達成したぞ!で、せっかくなので、あちらの話もしましょうか? 注26:1946年生まれ。イギリスの俳優。1987年の『007/リビング・デイライツ』と1989年の『007/消されたライセンス』で4代目ジェームズ・ボンドを務めた。注27:日本の高級カルチャー雑誌。1976年に創刊され、ハイセンスな誌面作りと知的な特集記事で人気を集めたが、2009年に休刊。2015年に復活している。注28:「007」シリーズに登場するヒロインたちの呼称。注29:1979年生まれ。ウクライナ出身の女優。「007/慰めの報酬」(’08)でブレイクし、以降も「オブリビオン」(’12)や「スパイ・レジェンド」(’14)などで活躍。注30:1985年生まれ。フランスの女優。ハリウッド進出作「イングロリアス・バスターズ」(’09)で脚光を浴び、「アデル、ブルーは熱い色」(’13)の演技で高い評価を得た。注31:1964年生まれ、イタリアの女優。世界的なトップ・モデルから女優へ転身。「ドーベルマン」(’97)や「マレーナ」(’00)で絶賛され、「マトリックス・リローデッド」(’03)などハリウッド映画への出演も多い。注32:1980年生まれ。フランスの女優。母親は往年の名女優マルレーヌ・ジョベール。「キングダム・オブ・ヘブン」(’05)で注目される。そのほか、「ダーク・シャドウ」(’12)や「シン・シティ 復讐の女神」(’14)などに出演。注33:1934年生まれ。イギリスの女優。若い頃は主に舞台の大物女優として活躍。’80年代から映画にも本格進出し、「Queen Victoria 至上の恋」(’97)で初めてアカデミー主演女優賞にノミネート。「恋におちたシェイクスピア」(’99)で同助演女優賞を獲得し、以降もたびたびオスカー候補となっている。注34:1898年生まれ、オーストリア出身の歌手。若かりし頃、第一次大戦後のナチス独裁前まで、ドイツが民主的で華やかだったワイマール時代に活躍し、“名花”と呼ばれた。65歳の時「007/ロシアより愛をこめて」(’63)に悪役として出演。注35:ジェームズ・ボンドの上司でMI6の局長。もともとは男性の設定だったが、「007/ゴールデンアイ」(’95)以降、7作に渡って女優ジュディ・デンチが演じた。注36:1964年制作。イギリス・アメリカ映画。大富豪ゴールドフィンガーの陰謀にジェームズ・ボンドが立ち向かう。ショーン・コネリー主演、ガイ・ハミルトン監督。注37:1936年生まれ。イギリスの女優。「007/ゴールドフィンガー」で脚光を浴び、以降は「姿なき殺人者」(’65)や「女奴隷の復讐」(’68)などB級映画で活躍。注38:1950年生まれ。イギリスの女優。「ドラキュラ’72」(’72)や「地底王国」(’76)などB級娯楽映画のセクシー女優として熱狂的なファンを獲得し、「007/私を愛したスパイ」(’77)の悪役ボンドガールを務めた。以降も「スタークラッシュ」(’78)や「マニアック」(’80)などのカルト映画で人気に。注39:1964年生まれ。オランダ出身の女優。アメリカへ留学して女優に。「007/ゴールデンアイ」の悪役ボンドガールでブレイクし、「X-メン」(’00)シリーズや「96時間」(’08)シリーズなどで活躍している。注40:1983年制作。アメリカ映画。初代ボンド俳優ショーン・コネリーを主演に、本家「007」シリーズとは別の制作会社が作った番外編的な「007」映画。アーヴィン・カーシュナー監督。注41:1951年生まれ。アメリカの女優。「ドクター・モローの島」(’77)の豹女役で注目され、「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」の悪女ファティマ役でゴールデン・グローブ賞候補に。エキゾチックな顔立ちのセクシー女優として根強い人気を持つ。注42:MI6内でスパイ用秘密兵器の開発を指揮している“発明オジサン”。数々の珍発明を生み、長年デスモンド・リュウェリンが演じてきたが、「スカイフォール」でベン・ウィショーが起用され、ダニエル・クレイグとの絡みが一部の熱心な女性ファンたちを喜ばせた。注43:1953年生まれ。アイルランドの俳優。「007/ゴールデンアイ」(’95)で5代目ジェームズ・ボンドに起用され、「007/ダイ・アナザー・デイ」(’02)まで4作品にわたって務めた。注44:クラッシックなイタリアン・スーツ・スタイルのこと。英国のトラディショナルなスタイルにイタリアならではの軽さと華やかさが加わる。注45:ロンドン中心部にある有名なファッション・ストリート。英国トラディショナル・スタイルの高級仕立服店が数多く並び、日本の「背広」の語源だという説もある。注46:1961年生まれ。イギリスのファッション・デザイナー。ビヨンセやウィル・スミス、ヒュー・ジャックマン、ジェニファー・ロペスなどハリウッド・セレブにもファンが多い。映画監督としても知られる。注47:「007」 シリーズの冒頭に必ず出てくる、銃口からタキシード姿のボンドを覗き、狙いを定めたところで逆にボンドに撃たれ、銃口からの視点が血に染まりヨロヨロと揺れながら倒れていく、という表現のシーン。注48:1945年にローマで創業したクリシコ・イタリアの代表的ブランド。仕立てより“世界最高の既製服”としての名声が高い。注49:1963年制作。イギリス・アメリカ映画。ジェームズ・ボンドが秘密組織スペクターに命を狙われる。ショーン・コネリー主演、テレンス・ヤング監督。注50:1942年制作。アメリカ映画。モロッコのカサブランカを舞台に、運命に翻弄される男女の切ない愛を描く。古典的なお洒落映画としても有名。ハンフリー・ボガード主演、マイケル・カーティス監督。注51:1936年生まれ。スイス出身の女優。「007/ドクター・ノオ」(’62)で初代ボンドガールに起用され、そのグラマラスな肉体で大ブレイク。「炎の女」(’65)や「カトマンズの男」(’65)、「レッド・サン」(’71)など、世界各国の映画で活躍した。注52:1925年生まれ。イギリスの女優。テレビドラマ「おしゃれ(秘)探偵」(‘62~’64)の黒いレザースーツに身を包んだ女探偵キャシー役で人気を博し、「007/ゴールドフィンガー」のボンドガールとしてブレイク。近年も「ブリジット・ジョーンズの日記」(’01)や「ロンドンゾンビ紀行」(’12)などで元気な姿を見せている。注53:1942年生まれ。フランスの女優。「007/サンダーボール作戦」(’65)のボンドガールで世界的な注目を集め、以降も「トリプルクロス」(’66)や「エスカレーション」(’68)、「フリック・ストーリー」(’75)などヨーロッパの人気女優として活躍。注54:1943年生まれ。日本の女優。東宝映画の活発な若手女優としてクレイジー・キャッツなどの映画でヒロイン役を務め、「007は二度死ぬ」(’07)のボンドガールに起用された。テレビの司会者としても人気に。 次ページ >> 僕は「007」の二番煎じ的なスパイ映画が昔から大好きなんです。(なかざわ) 『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』CASINO ROYALE (2006) © 2006 DANJAQ, LLC, UNITED ARTISTS CORPORATION AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC.. All Rights Reserved. 『007/慰めの報酬』QUANTUM OF SOLACE © 2008 DANJAQ, LLC, UNITED ARTISTS CORPORATION AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC.. All Rights Reserved. 『007/スカイフォール 』Skyfall © 2012 Danjaq, LLC, United Artists Corporation, Columbia Pictures Industries, Inc. Skyfall, 007 Gun Logo andrelated James Bond Trademarks © 1962-2013 Danjaq, LLC and United Artists Corporation. Skyfall, 007 and related James Bond Trademarks are trademarks of Danjaq, LLC. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
ナイロビの蜂
妻の死に隠された衝撃と感動。名匠フェルナンド・メイレレス監督が贈るミステリー・サスペンス
『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス監督が、妻の死と関係する世界的陰謀を追う男の旅路を、ナイロビの自然を背景とした映像美で綴る。2005年度アカデミー助演女優賞(レイチェル・ワイズ)受賞。
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COLUMN/コラム2015.01.31
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2015年2月】にしこ
第二次大戦後のドイツ。困っているところを助けてくれた年上の女性ハンナと出会い、彼女に夢中になるマイケル。初めての恋、初めての夜。なぜかハンナはマイケルに毎回本の朗読をせがむ。幸せな時間を過ごす2人。だがある日ハンナはマイケルの前から忽然と姿を消し…なんと言っても、この作品でアカデミー賞主演女優賞に輝いたケイト・ウィンスレットの体当たり+ハンナという女性の背負っている業、悲しみ、秘密を観客に佇まいだけで理解させる存在感。肌の質感、しゃべり方、しぐさ、目線。全てがドキドキさせるこれぞ「迫真の演技」であります。まさしくハンナというキャラクターの人生を生きている。心ふるわさずにはいられない、切ない愛の傑作です。 ©2008 TWCGF Film Services II, LLC. All rights reserved.
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PROGRAM/放送作品
シンドラーのリスト
スピルバーグ入魂、アカデミー7部門受賞。ユダヤ人大虐殺の嵐の中、ひとり彼らを救ったドイツ人の物語
アカデミー賞7部門を制したスピルバーグ監督渾身のドラマ。ナチスの狂気から1200人ものユダヤ人の命を救ったドイツ人実業家オスカー・シンドラーの姿を、史実をもとに描く。
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COLUMN/コラム2009.09.29
レクター博士を知るためのグレン・グールド入門 『ハンニバル・ライジング』『ハンニバル』
映画史上、人々の記憶に強い印象を与えたキャラクターは少なくないが、ハンニバル・レクターは間違いなくそのリストに名を連ねる一人だろう。彼の名を世に知らしめたのは、言うまでもなくトマス・ハリス原作、ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』である。ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスの緊張感あるやりとりは、サスペンスの新しい可能性を感じさせてくれた。その10年後に公開されたのが、リドリー・スコット監督による『ハンニバル』。こちらは監督の美意識が、レクター博士のキャラクターとしっくりはまって、『羊たちの沈黙』の衝撃をうまく引き継いだ見事な続編。ジョディ・フォスター演じたクラリスがジュリアン・ムーアに変わったが、僕はさほど違和感がなかった。続いて公開された『レッド・ドラゴン』は時系列的に言うと『羊たちの沈黙』の前にあたり、レクター博士が男と対峙する唯一の作品。そしてアンソニー・ホプキンスは登場せず、レクター博士の生い立ちから青年期までを描いて、「人食いハンニバル」にいたった理由を明かしたのが『ハンニバル・ライジング』である。さて、こういった続編・シリーズものの場合、どうしても比較してしまうのが人情というものなので、僕も簡単に感想を記してみたい。まず作品としての完成度と受けた衝撃を鑑みると、総合一位はやはり『羊たちの沈黙』。しかし以降の3作品がつまらないかというと、まったくそんなことはない。とくにサスペンスとしての緊張感は、今回お送りする『ハンニバル・ライジング』、『ハンニバル』ともに、「レクターシリーズ」の世界観を壊すことなく、それでいてオリジナリティも持つ優れたサスペンスである。 とくに『ハンニバル・ライジング』でレクター博士の若かりし頃を演じたギャスパー・ウリエル君には拍手を贈りたい。レクターを演じるのは、『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーくらい勇気のいることだったろうにと思う。シリーズ第三作の『レッド・ドラゴン』はたしかに「レクターシリーズ」ではあるのだが、僕個人の意見としてはレクター博士の狂気・怖さを引き立てるには、クラリスや『ハンニバル・ライジング』に登場するレディ・ムラサキのように、女性の存在が不可欠な気がする。アンソニー・ホプキンスが出演しない『ハンニバル・ライジング』を外伝と捉える人も多いが、僕はどちらかというと、『レッド・ドラゴン』を外伝的な作品と捉えている。しかしその“女性問題”さえ気にしなければ、『羊たちの沈黙』に次ぐ完成度かもしれない。とまあ、こんな具合に「レクターシリーズ」はどれを観てもハズレがないのだが、今回は僕の個人的な趣味からレクター博士について音楽の側面から触れてみたい。レクター博士はご存じの通り、人食いで極めて冷酷な殺人鬼である。が、映画を観た人であれば、そこに彼なりの美学を認めないわけにはいかないだろう。それの象徴とも呼べるのが、「レクターシリーズ」の劇中でも印象的に使われる『ゴルドベルク変奏曲』である。『ゴルドベルク変奏曲』とはバッハによる楽曲で、レクター博士お気に入りのクラシックだが、誰の演奏でもいいというわけでなく、グレン・グールドというピアニストによる『ゴルドベルク変奏曲』を愛聴しているのである。グールドはいわゆる天才肌であったが、変人としても知られた。たとえばコンサートが始まっているにもかかわらず、聴衆を待たせて自分が座るピアノ椅子を30分も調整してたとか、真夏でもコートに手袋、マフラーを着用してたとか、人気の絶頂期で生のコンサート演奏からドロップアウトして、以降はスタジオに籠もってレコーディングしていたなど、変人ぶりを示すエピソードをあげればきりがない。ついでに言うと、夏目漱石の『草枕』が愛読書の一つだった。だが、ひとたびグールドがピアノの前に座り、二本の手を鍵盤に載せた瞬間、そこから生まれる音楽は、世界の終わりにただ一つ遺された楽園のように美しかった。すべてが完璧で、研ぎ澄まされており、一片の曇りもなかった。同じように、レクター博士が人をあやめる方法も完璧で美しい。それは一つの哲学と言っても過言ではない。だからこそ、レクター博士が他の誰でもなく、グールドの『ゴルドベルク変奏曲』を好むところに、不謹慎だが僕は二人に共通する何かを感じる。そしてハンニバル・レクターという強烈なキャラクターを象徴する音楽として、グールドの『ゴルドベルク変奏曲』以上に相応しい曲は考えられないのだ。グールドによる『ゴルドベルク変奏曲』は二種類の録音がとくに有名で、『ハンニバル』では1981年録音が、『ハンニバル・ライジング』では『羊たちの沈黙』でも使用された1955年録音が使われている。『レッド・ドラゴン』では僕がボーっとしていてスルーしてしまったのかもしれないが、『ゴルドベルク変奏曲』は使われていなかったように思う。(使われていたらゴメンナサイ)蛇足だが、NASAが1977年に打ち上げた探査機「ボイジャー」にはグールドの演奏が積み込まれた。まだ見ぬ宇宙人へ「地球にはこんなに素晴らしい音楽があるんですよ」と伝えるために。レクター博士の奇妙な美意識を少しでも理解するためにも、ぜひグールドの音楽に耳を傾けながら、『ハンニバル・ライジング』、『ハンニバル』をお楽しみ下さい。■(奥田高大) 『ハンニバル』©2000 UNIVERSAL STUDIOS『ハンニバル・ライジング 』© Delta(Young Hannibal) Limited 2006 and 2006 Artwork © The Weinstein Company