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PROGRAM/放送作品
ワン・プラス・ワン
ゴダール×ストーンズによるドキュメンタリー『ワン・プラス・ワン』のディレクターズ・カット版
ゴダール監督がデビュー数年後のストーンズの若々しい姿とレコーディング風景を記録。当時の世相や若者文化を織り交ぜて描くドキュメンタリー。本作はゴダール自身によるディレクターズ・カット版だ。
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COLUMN/コラム2017.11.05
ゴダールの果てなき映画的探究の旅の出発点となった重要な野心作『彼女について私が知っている二、三の事柄』〜11月30日(木)ほか
■「彼女」について私たちが知っている二、三の事柄…。 ジャン=リュック・ゴダールとその「彼女」、とりわけ、『勝手にしやがれ』(1959)で衝撃的な長編監督デビューを果たした後の1960年代、ヌーヴェル・ヴァーグの旗手として華々しい活躍を繰り広げた映画界の天才的革命児ゴダールと、彼を魅了し、その留まることを知らない自由奔放で旺盛活発な創作意欲を刺激し続けたミューズたる「彼女」といえば、映画ファンならば、やはりまずアンナ・カリーナ、次いで、つい先日惜しくも70歳でこの世を去ったアンヌ・ヴィアゼムスキーの名前と姿が、たちどころに脳裡に思い浮かぶに違いない。 ゴダールは、長編第2作の『小さな兵隊』(1960)で、カリーナを初めて自作のヒロインに迎えたのを皮切りに、以後、彼女と公私にわたる名コンビを組んで、『女は女である』(1961)、『女と男のいる舗道』(1962)、『はなればなれに』(1964)、『アルファヴィル』(1965)、『気狂いピエロ』(1965)などをたて続けに発表(この間、2人は1961年に結婚し、1965年に離婚)。ラディカルな変貌を幾度となく繰り返しながら、今日に至るまでなおひたすら我が道をどこまでも邁進し続ける、現代の生ける神話ともいうべきこの厄介な怪物ゴダールの息の長い映画作家人生において、「アンナ・カリーナ時代」とも呼称・区分されるその豊穣な季節に生み落とされた傑作群は、切なくも甘美でほろ苦い青春期の貴重なドキュメントとして、いまも世界中の多くの映画ファンを魅了し続けている。 一方、もうひとりの「彼女」とのコンビ作の方はどうかというと、17歳の女子高生の時分に、ゴダールも敬愛する映画作家ロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』(1966)のヒロインにいきなり抜擢されたのをきっかけに女優としての道を歩み始め、やがてパリ大学に進学したヴィアゼムスキーを主役のひとりに起用して、ゴダールは『中国女』(1967)を発表。翌1968年にパリで5月革命が起きるのと相前後して、自らの政治的姿勢をより先鋭的に急進化させたゴダールは、カリーナに次ぐ2番目の愛妻となったヴィアゼムスキーをその革命的同志のひとりに据えて、『ウイークエンド』(1967)、『ワン・プラス・ワン』(1968)、『東風』(1969)などの過激で戦闘的な政治映画にますます深くのめり込んでいく(2人は1967年に結婚するが、1970年代前半には別れて、後に離婚)。ノーベル文学賞も受賞した高名な作家フランソワ・モーリヤックを祖父に持つヴィアゼムスキーは後年、自らも作家に転身し、ゴダールとの馴れ初めと『中国女』での撮影現場の舞台裏を「彼女のひたむきな12カ月」という自伝的小説に書き記すことになる。 さて、こうしてゴダールの1960年代の軌跡をざっと駆け足で振り返ってみると、1966年に発表された映画『彼女について私が知っている二、三の事柄』は、彼がアンナ・カリーナ、そしてアンヌ・ヴィアゼムスキーという2人の「彼女」と個別に取り結んだ公私にわたる密接なパートナーシップの、奇しくもちょうど過渡期に生み落とされた作品ということが分かる。そしてこの映画は、ゴダールが「アンナ・カリーナ時代」に終止符を打ち、1960年代の後半以降、新たな方向へと向かうその第一歩を記した最初の里程標となると同時に、映画から物語性を剥ぎ取り、それに代わって、映画とは何か、そして、ほかならぬこの映画を一体なぜこのようにして作るのかという、それ以後、21世紀の今日に至るまでゴダールを執拗に駆り立てることになった自己言及的な問いかけを、彼自らがナレーターを務めることで初めて前面に大きく押し出し、その果てなき映画的探究の旅の出発点ともなった決定的重要作と言えるだろう。 この作品でゴダール映画の最初で最後のヒロインを務めることになったのが、ロシア系のフランス人女優マリナ・ヴラディ(彼女はその後、日本映画『おろしや国酔夢譚』(1992 佐藤純彌)に、ロシア帝国の伝説的女帝エカテリーナ二世役で出演することにもなる)。ただし、映画の題名である『彼女について私が知っている二、三の事柄』の「彼女」が、このヴラディその人だけを必ずしも指し示すわけではないところが、いかにもゴダールならではのユニークで非凡な着眼点といえる。 映画の冒頭のタイトル紹介では、『彼女について私が知っている二、三の事柄』の原題である「2 OU 3 CHOSES QUE JE SAIS D’ELLE」という数字や単語の連なりが、これまた、いかにもゴダールらしい独自のモンタージュでバラバラに分断され、時に反復や逆回転も伴いながら、「2」、「OU 3」、「2」、「OU 3」、「2」、「OU 3」、「CHOSES QUE JE SAIS D’ELLE」…といった具合に独特のリズムで順番に映し出される(しかも、「2」は青色、「OU」は白色、「3」は赤色として示され、それらを合わせると、フランス国旗の三色旗を構成するトリコロールとなる。これは、『女は女である』以来、ゴダールのカラー映画ではすっかりお馴染みの色彩戦略ではある)。続いて、「彼女」を指すフランス語の「ELLE」と左右に並置される形で、「パリ首都圏」を意味するフランス語の女性名詞の語句「LA REGION PARISIENNE」が、これまたそれぞれ、青白赤の三色で観客の前に提示されることになるのだ。 つまり、このタイトルに従うならば、「彼女」とはまず、「パリ首都圏」を意味することになる。当時、パリ郊外の道路網や公団住宅地域では、都市開発の整備拡張計画が急ピッチで進められていて、建設中の高速道路や高層ビルなどのパリ郊外の風景を点描したショットが、その騒がしい工事音を伴って、今述べたタイトル紹介のすぐ後に映し出されていく。 そしてその後になってようやく、本作の主演女優たるマリナ・ヴラディが団地の上階のバルコニーに佇んでいる姿で画面の中に初めて登場して、「彼女はマリナ・ヴラディ。女優。濃紺のセーター」云々と、ささやくように語るゴダール自身のナレーションによって観客に紹介され、続いて彼女自身が正面のキャメラに向かって、「真実を引用するように話せと、ブレヒトは言っている。“俳優は引用せよ”と」と語りかける。次いでカットが変わり、背後の風景は多少変わったものの、先ほどと服装もメイクもおそらくは同じままのヴラディが、今度は、「彼女はジュリエット・ジャンソン。団地の主婦」と、この映画の中で彼女が演じることになるキャラクターの役名・役柄と共に、やはりゴダールのささやき声で紹介されるのだ。 『彼女について私が知っている二、三の事柄』における「彼女」は、従って、映画の舞台となる「パリ首都圏」、主演女優たるマリナ・ヴラディその人、そして彼女が劇中で演じるキャラクター、といった具合に、多重的な意味を帯びて観客の前に提示されることになる。 ■一本の映画のなかにすべてをもちこまなくてはならない…。 ところで、この映画の企画は、パリ郊外に建設された新しい団地に移り住んだ多くの主婦たちが、団地生活での出費の増加に伴って金のやりくりに困り、売春に身をゆだねているという、ある週刊誌の実態調査記事に、ゴダールが目を留めたことがおおもとの出発点になっていて、「売春」という主題は、既に初期の短編『コケティッシュな女』(1955)の頃から、『女と男のいる舗道』や『アルファヴィル』を経て、さらには後の『勝手に逃げろ/人生』(1979)に至るまで、多くの作品の底流をなすゴダールお気に入りのテーマの一つでもあった。 ゴダール自身、「一本の映画のなかにすべてをもちこまなくてはならない」と題されたインタビュー記事の中で、この映画について、以下のように説明している。 「(引用者補注:『彼女について私が知っている二、三の事柄』は、当時この映画とほぼ同時並行的にゴダールが撮影を進めていたもう1本の映画『メイド・イン・USA』(1966)よりも)ずっと野心的な映画だ。この映画はパリ地域圏の都市開発という問題をとりあげているという意味ではドキュメンタリーで、またぼくが映画のなかでたえず、自分はなにをつくりつつあるのかを自分に問いかけているという意味では純粋な探究の映画なんだが、この両方の側面において野心的な映画なんだ。もちろん表向きは、団地の生活を、またときどきは売春をとりあつかっているということになっている。でも本当の目的は、ある大きい変動を観察するというところにあるんだ。」 (「ゴダール全評論・全発言Ⅰ」) ゴダールは、同じ記事の中で、「いわゆる現代の生活なるものを分析したい ― 生物学者がするように、解剖し、その深部の動向をさぐりたい」とも述べていて、実際、映画の中でも彼自身が例のささやき声で、「私は今、団地とその住民の生活を、また住民たちを結びつけている関係を、生物学者が進化における個と種の関係を観察すると同じ細心さをもって観察している」とコメントする場面も出てくる。 こうして、マリナ・ヴラディ演じる映画のヒロイン、ジュリエットをはじめ、団地の住人である女性たちが、子供の養育や家事に励んだり、あるいは街で買い物を楽しんだりする日常的な生活風景と並行して、彼女たちがホテルやアパルトマンの一室で売春に励む様子が生物学者的なミクロな観察眼を通してクールに描き出され、その合間を縫って、都市開発で大きく変容するパリ郊外の風景が、こちらはマクロな視点からキャメラで捉えられていく。さらには、街の至るところに氾濫する商品広告の看板やポスター、小綺麗にデザインされた日用品のパッケージや雑誌の広告写真、イラスト、等々、人々の日常生活を取り巻くおびただしい事物のイメージも、人物や街の風景と同等、あるいはそれ以上の存在感をもって、印象的に映し出されることになるのだ。 先ほどと同じインタビュー記事の中で、ゴダールはさらに、次のようにも語っている。 「なぜこの映画をつくるのか、なぜこうしたやり方でつくるのか、マリナ・ヴラディが演じているヒロインは団地の住人を代表するような人物になっているだろうかといったように、ぼくはたえず疑問をなげかけている。ぼくは撮影する自分を見つめ、観客はぼくの思考に耳を傾けるというわけだ。要するに、これは映画ではなく映画の試みなんだ。しかもそのようなものとしてつくられているんだ。この映画はよりずっと、ぼくの個人的な探究という性格の強い映画なんだ。それにまた、物語を語ろうとするものじゃなく、ひとつの証拠資料であろうとするものだ。」 先にも述べたように、映画とは何か、そして、ほかならぬこの映画を一体なぜこのようにして作るのかを自らに問い、あくまで映画作りの実践とその製作プロセスの分析を通して改めて映画を一から再構築していくという、何とも困難で骨の折れる映画的探究の旅を、ゴダールはこの『彼女について私が知っている二、三の事柄』から本格的にスタートさせている。そして、その果敢な試みの最初の重要な成果というべき一例が、映画の中盤で、マリナ・ヴラディ演じるヒロインのジュリエットが夫の職場であるガソリンスタンド兼自動車整備工場を訪ねる場面において示されることになる。 ここでゴダールは、「はたしてこれらの出来事、この日の16時40分頃に起きた事実をどう説明すればいいのか? どのように提示し、あるいはまた、言い表せばいいのだろうか?」「たしかにジュリエットがいる。彼女の夫がいる。ガソリンスタンドがある…。しかし、用いるべきものは、これらの言葉と映像だけなのか? ほかにはないのか?」と、次々と自問自答し、ガソリンスタンドのすぐそばには樹木が生え、木の葉が風にそよいでいること、あるいはまた、ジュリエットや彼女の夫以外にも見知らぬ若い女性がいることを、別の映像で指し示した上で、ジュリエットが夫の職場を訪ねる同じ場面を、先の音声と映像の組み合わせとはまた異なるモンタージュで、改めて観客の前に提示し直してみせるのだ。 しかし、原理的にはいくらでも組み替えがきき、無数に存在しうる、音と映像の組み合わせの潜在的可能性の中から、なぜ最終的には作品として結実する一つのものが選択されるのだろうか? この根源的な問いに、絶対的な一つだけの正答など、ありようはずはない。一本の映画のなかにすべてをもちこまなくてはならない。しかし、無論、すべてを一本の映画のなかにもちこむことは不可能である…。 かくして、そのジレンマに引き裂かれながらも、ゴダールはこの『彼女について私が知っている二、三の事柄』以後もずっと、従来の決まり切った硬直化したスタイルとは異なる、音と映像の新たな結びつきの可能性を徹底的に追い求めて(彼のその試みはやがて、皆も知る通り、「ソニマージュSONIMAGE」[=「音SON」+「映像IMAGE」]と呼ばれることになる)、音と映像の断片が絶妙に接合し、また時には離反しながら圧倒的な強度に満ちた映画世界を形成する、あの鮮烈で精妙極まりないモンタージュ技法を編み出し、21世紀を迎えた今日もなお、その独自の映画的探究の旅を続けてやまないのである。■ © 1967 Argos Films
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PROGRAM/放送作品
悪魔を憐れむ歌
ゴダール×ストーンズによるドキュメンタリー『ワン・プラス・ワン』のいわくつき劇場初公開バージョン
ゴダール監督がデビュー数年後のストーンズの若々しい姿とレコーディング風景を記録。当時の世相や若者文化を織り交ぜて描くドキュメンタリー。本作はプロデューサーが編集した劇場初公開バージョンだ。
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COLUMN/コラム2015.10.27
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2015年11月】うず潮
ジャン=リュック・ゴダールなど巨匠たちが監督した6話形式のちょいエロ・オムニバス。原始・中世・近代・未来の時代ごとに生きる娼婦たちの姿を、コミカルに描いたクスッと笑える1本。ジャンヌ・モローやラクエル・ウェルチなど豪華女優陣のキュートな演技にも引き込まれ、時代時代合わせて登場するオシャレな衣装や小物も見どころです!男女問わず、ぜひ見てほしい作品です。 オープニングを飾る第1話は、原始時代を舞台にブロンドのミシェール・メルシェがラムちゃんばりの衣装で男を誘惑。第2話は、ローマ時代。エルザ・マルティネリがセクシーで豪華なドレスで夫の皇帝シーザーを健気に誘惑。第3話は、フランス中世時代。ジャンヌ・モローが強気な娼婦役に。セクシーなドレスに加え、男女の騙し合いも見どころ。第4話は、産業革命時代。ラクエル・ウェルチがグラマラスな体と恋の駆け引きで玉の輿を狙う娼婦役で男を虜に。第5話は、1960年代。ナディア・グレイが車で流す娼婦役に。60年代のファッションや当時の車のデザインがキュート!第6話は、監督・脚本にジャン=リュック・ゴダール。当時妻だったアンナ・カリーナを起用し、近未来の不思議な愛のカタチを描く。 ザ・シネマでは、世界のアートフィルムやカルト・ムービーを紹介するレギュラー枠【シネマ・ソムリエ】で本作を放送中! © 1967 Gaumont (France, Rizzoli Film (Italie), Riato Film Preben Philipsen GmbH (Allemagne)
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PROGRAM/放送作品
ザ・カンヌ・レジェンズ/栄光の歴史2
世界三大映画祭の一つであるカンヌ国際映画祭。その栄光と激動の歴史を描いたドキュメンタリー・シリーズ
カンヌ国際映画祭の栄光と激動の歴史を、貴重な映像やインタビューなどを交えて描くドキュメンタリー・シリーズ。第2回はパリで起こった五月革命の影響を受け開催が中止されるなど、映画祭の激動期を描く。
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PROGRAM/放送作品
シネマ・ゴダール
ヌーヴェルバーグの旗手、ジャン=リュック・ゴダールの生み出した名作の裏側と、彼の映画愛に迫るドキュメンタリー。
ヌーヴェルバーグの巨人、監督ジャン=リュック・ゴダール。『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』他、彼の生み出した名作の裏側と彼の映画愛を、女優アンナ・カリーナ、監督マイク・リー他、映画人たちが赤裸々に語る。
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PROGRAM/放送作品
気狂いピエロ
ゴダールが到達したヌーヴェル・ヴァーグの頂点。詩と色彩と刹那が奇跡的なまでに美しく溶け合う映像詩
意表を突いたショットを次々繰り出し、ジャン=リュック・ゴダールが才気を余すところなく発揮した集大成作。ゴダール作品の常連ジャン=ポール・ベルモンドが自由奔放な主人公に扮し、アナーキーな存在感を魅せる。
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PROGRAM/放送作品
勝手にしやがれ(1959)
演技も台詞も即興!巨匠ジャン=リュック・ゴダールの感性が光る、ヌーヴェル・ヴァーグの代表作
1950年代末からフランスで起きた映画運動“ヌーヴェル・ヴァーグ”の評価を確立した、ジャン=リュック・ゴダールの長編デビュー作。主役の若きカップルに漂う虚無感を、粋なライフスタイルを通じ鮮烈に描き出す。
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PROGRAM/放送作品
666号室
ヴィム・ヴェンダースが名だたる15人の監督に“映画の現在と未来”を問いかけた中編ドキュメンタリー
映画の現状と未来に危機感を抱いたヴィム・ヴェンダースが、フランスのカンヌで撮った中編ドキュメンタリー。ゴダールらの著名な映画監督15人が次々と登場し、ヴェンダースからの質問状に独自の意見を表明していく。
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PROGRAM/放送作品
愛すべき女・女(め・め)たち
[PG12相当]最古の職業“娼婦”を共通テーマに、巨匠たちが豪華キャストと奏でるフレンチ・オムニバス
ジャン=リュック・ゴダールなど巨匠たちが、現在・過去・未来の美しい娼婦たちの姿をコミカルに描いたフレンチ・オムニバス。ジャンヌ・モローやラクエル・ウェルチなど豪華女優陣のキュートな演技も見どころ。