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PROGRAM/放送作品
ハンニバル
華麗なる殺人鬼、ハンニバル・レクター博士が、FBI特別捜査官クラリスと再会!
アカデミー賞を受賞した前作『羊たちの沈黙』から10年を経て公開され、衝撃のラストが全世界を震撼させた続編。クラリス役はジョディ・フォスターにかわってジュリアン・ムーアが演じる。
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COLUMN/コラム2017.01.24
トランプさんの演説が『ダークナイト ライジング』のベインのアジ演説と激似の件について
ここ数日来、この件でネット上がちょっとザワザワしていますね。今なら以下の各ニュースサイトのリンクがまだ生きているはず。 http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1768238.html https://www.businessinsider.jp/post-458 http://news.livedoor.com/article/detail/12572697/ https://www.buzzfeed.com/bfjapannews/people-cant-get-over-how-much-trump-sounded-like?utm_term=.ewGQwJa1l#.wjRM1O0rx でもこういうリンクはすぐに切れちゃうものなんで、経緯を簡単にワタクシの方でも記しときましょう。 去る2017年1月20日の大統領就任式で、トランプさんは15分という短尺の就任演説をブったのですが、この中で、 “we are not merely transferring power from one administration to another, or from one party to another - but we are transferring power from Washington, D.C. and giving it back to you, the people.” 「(前略)我々は、ある政権から別の政権へ、またはある政党から別の党へ、ただ権力の移行をしているのではない。我々は、権力をワシントンD.C.から移譲させ、お前たち人民に取り戻してやるのである!」 とおっしゃられました。この “and giving it back to you, the people.” の部分が、『ダークナイト ライジング』劇中におけるベインのアジ演説のワンフレーズ “and we give it back to you... the people.” というくだりを丸パクリしたんじゃないの!?との疑惑が出てネット界隈がザワついてるのです。 ここ、全文ですと、 “We take Gotham from the corrupt! The rich! The oppressors of generations who have kept you down with myths of opportunity, and we give it back to you... the people. Gotham is yours.” 「我々が腐敗からゴッサムを奪い返すのだ!金持ちの手から!迫害者どもはチャンスという言葉をチラつかせ、長らく我々を搾取してきた。ゴッサムを奪い返すのだ、市民の手に。街は市民のものだ」 と言ってるんですな。ベインがゴッサム市庁舎の前でブつ大演説からの一節であります。 ワンフレーズだけ見ると確かにほとんど100%同じですが、こうして前後の文脈ごと読み比べてみると、全体としては当然、2人はまるで違うことを言ってる。でも、実はベインもトランプさんも、ある決定的に同じことを“口実”にすることによって、一部の層から人気を博して権力を握ったので、やっぱり最も根本的な根っこの部分ではこの2人、モロにやってることとキャラがかぶっているのです(2人とも、あくまでそれは“口実”にしてるにすぎないところまで同じ)。 それは何かと言うと、格差社会批判です。 当チャンネルの土日メイン作品枠「プラチナ・シネマ」でも、昨年末から立て続けに『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『パワー・ゲーム』、来月も『アップサイドダウン』をお送りしますが、まさに、今の時代に映画が描き、糾弾している、現代最大の社会悪こそが“格差”ではないでしょうか? ■ ■ ■ ベインはゴッサム版ウォール街のような証券取引所を襲い、ゴッサム市民の前にはじめてその姿を現します。後に革命軍みたいな連中を率いて「我々は解放者だ!」と叫びながらゴッサムのアリーナに現れ、さらに先の市庁舎前演説では、 「刑務所にいる抑圧された者たちを解放する」「今より市民軍を結成する。志願する者は前に出ろ」「金持ちの権力者どもを豪華な住まいから引きずり出せ」「今まで我々が味わってきた冷酷な世界に放り出すのだ」「我々の手で裁きを下す」「贅沢は皆で分け合え」 などともアジ演説をブち続けます。言っとることはまさしく「革命」ですな。 『ダークナイト ライジング』の『ライジング』とは「立ち上がる」、「蜂起する」、「蹶起する」といった意味。つまりは「革命」です。この映画、革命のイメージに満ち溢れておりまして、 ①ベイン革命軍は真っ赤なスカーフを巻いており、まるで文革の時の紅衛兵みたい。 ②人民法廷に資本家や旧体制の官憲が引き出され、上訴なしの即決裁判で死刑判決を受けるシーンがあるが、あの絵ヅラは世界史の教科書で見覚えがある。フランス革命のルイ16世の裁判↓か、 もしくは、「球戯場の誓い」のページに載っていた挿絵↓にソックリ。被告席の椅子もなんだかとってもヴェルサイユ風だし。 ちなみに「球戯場の誓い」とは、フランス革命の直接原因となった事件。税金を払わされている圧倒的多数の平民が「一握りの特権階級が税金を免除されているのはおかしい!」、「三部会で特権階級の主張ばかりが通るのはおかしい!」と訴え、自分たちこそが国民の真の代表なんだと立ち上がった出来事。 さらにこのシーン、判事席(裁判官はスケアクロウ!)は、机や椅子などを雑然とうず高く積み上げたもので、『レミゼ』の六月暴動やパリコミューンにおける「バリケード」を連想させる。「バリケード」はかつて革命市民軍にとって基本戦術だった(普通選挙が広まると、革命勢力は選挙による政権奪取を目指すようになり、エンゲルスが亡き同志マルクス著『フランスにおける階級闘争』1895年版に寄せた序文で「あの旧式な反乱、つまり1848年までどこでも最後の勝敗をきめたバリケードによる市街戦は、はなはだしく時代おくれとなっていた。」と批判し、バリケード戦術は廃れていった…かと思いきや日本では昭和40年代の大学紛争においてもまだまだバリバリ現役だったけど)。 ③その革命裁判で死刑を宣告されると凍った川を渡らされ、途中で氷が割れて死んでしまう。これは原作コミック『バットマン:ノーマンズ・ランド』の中ですでに描かれているイメージだが、この映画ではさらに、ロシア革命の時に赤軍に追われた人々が凍結したバイカル湖を渡ろうとして沈んだ歴史的悲劇“バイカル湖の悲劇”をも想起させる。 ④ベイン率いる革命軍とバットマン率いる警官隊が衝突するシーンでは、バットマンは珍しくなぜだか日中に戦う。そのシーン、晴れた日で粉雪が舞っている昼間なのだが、ここはロシア革命の導火線となった「血の日曜日事件」の光景を彷彿させる。雪の積もる晴れた日の出来事だった。 こうした革命のイメージの数々に、さらに9.11のNYのイメージや(ベインがテロを仕掛けるシーンではグラウンドゼロをわかりやすく空撮してます)、そしてコミック『バットマン:ノーマンズ・ランド』のイメージを掛け合わせ、見てると心臓に若干のプレッッシャーすら覚えるような、凄まじいまでに圧迫感のあるリアリズムを漂わせながら、このまま理不尽な格差社会が是正されないと遠からず現実になるかもしれない革命と混乱の様相を『ダークナイト ライジング』という映画は生々しく描出しているのです。 ■ ■ ■ つい数年前の“ウォール街を占拠せよ”運動というのをご記憶でしょう。正確には2011年の出来事です。この『ダークナイト ライジング』のまさに撮影中に全米を揺るがしていた社会運動で、特にウォール街があるためロケ地ニューヨークがかなり騒然としていた様を、ワタクシもニュースで連夜見ていた記憶があります。 アメリカは、上位1%の富裕層がケタちがいの富を独占している格差社会とよく言われます。しかもその1%が2008年リーマンショックを起こして世界を経済危機に陥れ、99%の中からは失業する人もおおぜい出たのに、1%は税金で救済され、挙げ句の果てにその公的資金を自分たちのボーナスに回したということで、99%側の人たちの間で「フザけんじゃねえ!」という機運が高まり、”We are the 99%”をスローガンにデモを行ったのが“ウォール街を占拠せよ”運動でした。 この運動とちょうど同時期に撮影・公開されたため、当時から『ダークナイト ライジング』はこれと結び付けられて論じられるケースが多くて、実際、ベインと彼の革命軍の姿と“ウォール街を占拠せよ”運動の様子はものすごくオーバーラップします。一時は実際のデモの模様をノーラン隊が撮影し、劇中にそのフッテージを使うのではという噂まで流れていたぐらい。 ノーラン監督自身は「この映画に政治的な意図はない」、「モデルはフランス革命だ」と語っており、他の制作陣も「ベインと“ウォール街を占拠せよ”運動が似ているのは単なる偶然」と言ってはいますけれど、その言葉を鵜呑みにはできません。たまたま似ちゃったのか、炎上沙汰にならないようしらばっくれているのか定かではありませんが、しかし、意図してやってはいないとしても、時代が感じとっている理不尽感をこの映画が生々しく撮らえていることは間違いありません。 そして今、2017年、格差社会を徹底的に攻撃し、貧しき人びとの“味方”を自称して大統領選を勝ち抜いてきたトランプさん就任に際して、再びこの『ダークナイト ライジング』と時事・世相がシンクロしたのです。 映画史に残る文句なしの傑作『ダークナイト』と、ヒース・レジャーが命をかけて演じたジョーカーは、誰もが、全員が全員、高く評価するところでしょう。それに比べて毀誉褒貶あることは否めない『ダークナイト ライジング』ですけれども、ジョーカーというヴィランが「正義とは何か」という普遍的かつ哲学的な問題提起をしてくるのに対し、ベインの主張は逆に、きわめてタイムリーかつアクチュアル。トランプさんと同じ、“ウォール街を占拠せよ”運動とも同じ、格差社会批判です。 格差社会、暴走するマネー資本主義。こんなのおかしい!こんなの理不尽だ!という至極ごもっともな鬱積した怒りが、昨年2016年には、数年前なら想像すらできなかったような“極端な政治的選択肢”に世界中の人々を飛びつかせてしまいました。 文革やフランス革命、ロシア革命は、やがては反対派を弾圧・粛清しまくる恐怖政治になっていきました。ベインの革命も、ちょっと良いことを言ってるようでいて、歴史を知っているとその恐ろしさとオーバーラップして見えてきます。 “極端な政治的選択肢”に飛びつきたい気になったら「まずは落ち着け」と、ひとまず深呼吸して見るべき映画、それこそが『ダークナイト ライジング』!このような時代になってしまった2017年、この作品の重要性は今こそ相対的に高まっているように思えるのであります。 ちょっと良いことを言ってる人、「権力を大衆の手に取り戻すのだ!」とか胴間声でアジってる人、実はこいつベインじゃねえのか!? ということを慎重に見極めないといけない時代に、なんか、なっちゃいましたなぁ…。寒い時代だとは思わんか…。 © Warner Bros. Entertainment Inc. and Legendary Pictures Funding, LLC© 2012 Universal Pictures. All Rights Reserved. 保存保存
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PROGRAM/放送作品
JFK
[PG-12]オリバー・ストーン監督が20世紀最大の謎ケネディ大統領暗殺事件の真相に迫る衝撃サスペンス
オリヴァー・ストーンが監督・脚本、ケヴィン・コスナー主演で贈る、ケネディ大統領暗殺の謎に迫るサスペンス。正義のために命がけで捜査する地方検事の生きざまを描き、勇気とは何かを問う超ド級社会派問題作。
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COLUMN/コラム2013.10.30
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2013年11月】招きネコ
スパイ小説の英国の巨匠、ジョン・ル・カレの傑作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画化作品。小説と映画原題は、スパイのコードネームです。 映画邦題の「裏切りのサーカス」の”サーカス”は、英国情報部(通称MI6)の隠語。東西冷戦下の苛烈なスパイ合戦を背景に組織に潜り込んだソ連の二重スパイをあぶり出す丁々発止の作戦が繰り広げられる。まあ、「裏切り者は誰だ!?」という話なのですが、よくあるドンパチ・エンターテイメント作品とは違い、二重三重に張り巡らせた伏線が次々に出現し、全神経を集中させる映画鑑賞の醍醐味を味わえます。この感覚、しばらく忘れていました。そして、キャストがまたすごい。クセ者、悪役をやらせたら最強のゲイリー・オールドマン、アカデミー賞俳優コリン・ファース、そして、今、大ブレイク中の「スタートレック イントゥ・ダークネス」のベネディクト・カンバーバッチ、他にも、トム・ハーディ、ジョン・ハートなど、英国の「味のある顔」見本市のような渋い演技派俳優が勢揃い。ものすごく画面密度が濃いです。私は見るたびに新しい発見がある映画が好きなので、二度三度見る価値のあるこの作品をオススメします。でも、とにかく集中第一なので、疲れた時は見ないでね。。 ©2011 KARLA FILMS LTD, PARADIS FILMS S.A.R.L. AND KINOWELT FILMPRODUKTION GMBH. ALL RIGHTS RESERVED.
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PROGRAM/放送作品
(吹)JFK
ケネディ大統領を暗殺した真犯人は××××である! 全世界震撼、衝撃の社会派サスペンス大作!!
オリバー・ストーンが監督・脚本。ケネディ大統領暗殺の謎を描く大作サスペンス!ケヴィン・コスナー主演。正義のために命がけで捜査する地方検事の生きざまを描き、勇気とは何かを問う超ド級社会派問題作!
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COLUMN/コラム2013.10.01
「映画はファッションの教科書!」を3倍楽しむための必読ガイドその1
年に一度の映画界最大の式典といえばアカデミー賞授賞式。その年最高の映画が決まるとともに、その時を代表するセレブ達のトップが決まる授賞式でもある祭典でもある。そこで注目したいのは、そのときどきを刻む衣装。授賞式当日のセレブ達のきらびやかなドレスもそうだけど、最優秀衣装デザイン賞を受賞した作品は、有名デザイナーがデザインした衣装がズラリ。 たとえば、古くは1956年の『泥棒成金』は、『ローマの休日』などの衣装デザインを担当したハリウッド映画衣裳デザインの第一人者であったイデス・ヘッドが担当(彼女は衣装デザイン賞を8回も受賞している)。衣装をポイントにして映画を観ると、その時代のトレンドや、描かれた時代の再解釈、そしてデザイナーの本気が見えてくる。 忘れられないのが、1977年の大ヒット作『サタデー・ナイト・フィーバー』のような作品。この映画で出てきた衣装は70年代アメリカの若者達のトレンドが浮き彫りになったことでも知られる。これは当時の流行のメインではなく、サブカルチャーの中で流行ったものだけど、それが後にメインになり、そして廃れ、また近年のヒップホップシーンにおいて再解釈されていることを考えると、その影響力は計り知れないことがわかるだろう。 同様の作品としては2006年のノミネート作『ドリームガールズ』も60年代アメリカのR&B界のファッションシーンが映し出されているが、これまた流行は一巡して、今観ても新しい衣装に見えるから不思議。また、時代ものの映画はストーリーもさることながら、コスプレならではの華麗な衣装から観た方が、よほど親しみやすいというもの。 オリビア・ハッセー・ブームを巻き起こした1968年の受賞作『ロミオとジュリエット』なんて、衣装の魅力がジュリエットの可憐な美しさを引き立ててるし、2010年のノミネート作『英国王のスピーチ』も今ほどオープンではなかった戦前の英国王室の荘厳さを、宮殿や社交界のシーンで実感できる。 そういった中でも特筆すべきは、石岡瑛子にオスカーをもたらした1992年の『ドラキュラ』は必見作。以後の彼女が手がけた「ザ・セル」やこちらもアカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされた「白雪姫と鏡の女王」にも観られる、西洋のゴシック様式と日本の着物や甲冑からモチーフを得たデザインの原点ともいえる衣装の数々が目にできるのだから。 そして忘れてはならないのは、有名デザイナーたちによる衣装! 今年リメイク版が公開された1974年の受賞作『華麗なるギャツビー』は、ラルフ・ローレンが衣装デザインを担当。1920年代アメリカン上流社会を舞台にしたこの作品は、いかに上流社会の人々の優雅さを表現するかで、我々がよく知るラルフ・ローレンが貢献していたというだけで、興味がわくところ(ちなみにリメイク版はブルックス・ブラザーズとプラダが担当した)。 有名デザイナーが担当してオスカーを得た作品でいえば、当時既にファッション界のカリスマであったエマニュエル・ウンガロが担当した1980年の『グロリア』あたりもチェックを。 また、受賞こそ逃したが、元グッチ、イヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターで現代ファッション界を代表するトム・フォードが監督と衣装デザインを担当した2009年の『シングルマン』は、ファッション・デザイナーのセンスで描かれた映画だけに、おしゃれ好きの人のマスト・リスト。「これが衣装デザイン賞を逃すなんて、どうかしてるよアカデミー! だって、トム・フォードだよ?」と、授賞式当時は現地マスコミの間でもヤジが飛んだほど。彼が常に提案しているトラッドとセクシーの見事な融合を、一編の映像にまとめた希有な作品だ。映画に詳しくない人も、たくさんは観ていないという人も、衣装から観ると映画、そしてアカデミー賞が楽しく見えてくる。ちょっと視点を変えてみてはいかが?■ ■ ■【特集「映画はファッションの教科書!」を3倍楽しむための必読ガイド】は最終回「デザイナー編」へと続きます。次回の更新は10月16日を予定しております。最終回も、ファッションのプロである田口淑子さんに引き続き、映画とファッションの「深い関係」を解説していただきます。乞うご期待下さい!そして、10月特集「映画はファッションの教科書!」は10/17(木)-20(日) 【再放送】 10/28(月)-31(木)の日程で 下記11作品でお送りします! ドラキュラ(1992)ロミオとジュリエット(1968)陽のあたる場所英国王のスピーチグロリア(1980)華麗なるギャツビー(1974)ドリームガールズサタデー・ナイト・フィーバーラブソングができるまでシングルマン泥棒成金 ぜひ映画本編でも、数々のファッションをお楽しみ下さいませ!■
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PROGRAM/放送作品
蜘蛛女
殺人嗜好癖のある究極の悪女が、セコい悪徳刑事を破滅に導く、映画史上最凶のファム・ファタル映画!
美しいが平然と人を殺せる冷酷な異常人格の女と、彼女に魅入られて破滅していく悪徳警官の姿を描いた、ファム・ファタル映画の究極進化形。レナ・オリンの徹底的な悪女ぶりが光る。
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COLUMN/コラム2013.10.18
「映画はファッションの教科書!」を3倍楽しむための必読ガイド最終回【デザイナー編】
長年モードの世界に身を置かれ、その歴史を見てこられた田口淑子さんに再び解説して頂きます。映画本編の華麗なるファッションの世界のエッセンスがちりばめられた必読ガイドです!! ■ライフスタイルを提案するラルフ・ローレン ラルフ・ローレンのメンズコレクションはミラノで開催されていた。「アルマーニ」や「グッチ」、際立つラグジュアリーブランドが多いミラノメンズの中でも、ラルフ・ローレンの演出は異色だった。門扉をくぐったところからすでに会場の演出は始まっていて、日常とは違う空間が出現する。玄関まで点々とキャンドルが灯され、前庭には布製のソファが点在。黒服のギャルソンが、銀のトレーでウエルカムシャンパンをサービスしてくれる。部屋の壁にはいくつもの肖像写真が飾られ、いたるところが花でいっぱい。客席の椅子も、カーテンも、全てがニューイングランドスタイル。「ギャッツビーの邸宅ようだ」と、私と同じ感想をもった、取材するジャーナリストはきっと多かったことと思う。 「華麗なるギャッツビー」はジャズエイジのアメリカ、ロングアイランドが舞台。女たちのドレスは、ラッフルやフレアのある典型的なフェミニンタイプ。シフォンやデシンの薄い布地にはビーズやフリンジがあしらわれ、キャップ型ヘッドドレス、オーストリッチのストール、シームのある絹のストッキングと、どれもが装飾的でデカダンなスタイルだ。 そしてギャツビーの衣裳はラルフ・ローレンがデザインしている。この映画を観る時は、三つ揃いのスーツの、衿のVゾーンに注目してほしい。シャツ、ネクタイ、ジャケット、三つのアイテムの色の配分とデイテールの遊び心の表現が、着る人によって微妙な違いを見せているのだ。この時代のスーツは今も古くなっていないどころか、アメリカントラッドのお手本の最高峰として、おしゃれ好きな男たちにとっては必見の、永遠の映画なのである。ジュエリーはカルティエが担当した。今年、ミウッチャ・プラダがレディス、ブルックス ブラザーズがメンズ、ジュエリーをティファニーが担当したリメーク版が公開されて話題になった。2つの作品を比較してみると、映画の制作年度である1974年当時と2012年の、それぞれの時代性が、‘20年代のファッションに、複層的に投影されているのがわかってきて興味深い。 ■アートとモードを融合させた石岡瑛子 「ドラキュラ」は石岡瑛子が衣装と美術を担当。冒頭の15世紀、まだ吸血鬼になる前のトランシルバニアの王ドラキュラが戦で装着する甲冑は、流線型の造形が未来的。衣裳というよりはもはやアート作品と言えるだろう。やがて舞台は400年後、19世紀末のロンドンに移る。ウイノナ・ライダー演ずる、ドラキュラが恋したミナのドレスは、いかにも貞淑な良家の子女風の控えめな色とデザイン。男たちの服装も時代考証にほぼ忠実に、フロックコートやシルクハットを再現している。石岡瑛子ならではのアート性を遺憾なく発揮したのが、ミナの友人ルーシーの「死のウエディングドレス」だ。純白のレースの、エリザベスカラーと、長くトレーンを引くヘッドドレスのボリューム感が息をのむほど美しく、「ドラキュラ」が1992年度のアカデミー賞、衣裳デザイン賞を受賞したのも大いにうなづける。 ■女優の衣装を革新した人、イデス・ヘッド 「泥棒成金」のグレース・ケリーの衣装デザインはイデス・ヘッド。彼女は「裏窓」以来の、ヒッチコックのお気に入りで常連スタッフ。オードリー・ヘプバーンの「ローマの休日」や、サブリナパンツが今も若い女性の定番ボトムスになっている、「麗しのサブリナ」の衣裳も彼女の手による。グレース・ケリーのクールビューティを最大限に引き出す、ゴテゴテと飾り立てない衣裳のシンプルさは、当時革命的だったろうと思う。イデスの写真を見ると、もし彼女が今生きていたらコムデギャルソンやヨウジヤマモトの前衛的なクリエーションに共感したに違いないと思わせる、知的で職人的な雰囲気の人だ。 ■トム・フォードの完璧な美学 トム・フォードの初監督作品、「シングルマン」。トムの経歴をたどると、1990年「グッチ」のデザイナーに就任。どちらかというとコンサバティブなハイクラスのマダム御用達だったブランドを、一躍世界のラグジュアリーファッションの筆頭ブランドに変革した立役者だ。その後、自分のブランド「トム・フォード」を設立し、ビジネスの規模を拡大するのが第一のテーマではなく、トム自身の美学のもと、真のラグジュアリーとは何かを追求し続けている。 「シングルマン」でコリン・ファース演ずる大学教授ジョージの隙のないワードローブ。スーツ、シャツ、ナイトガウン。アクセサリーでは、左手小指の指輪、靴、ブリーフケース、眼鏡。全てがトム・フォードならでは完成度だ。トムが自分のブランドで目指していることは、この映画で彼が表現したかったこととぴったりと重なっている。ジョージが着る何気ない白いシャツが、なぜこれほど存在感を持ち、ジョージの個性を表現し、視覚的な美しさを讃えているのか、その答えを映画を見ながら一考してみていただきたい。「シングルマン」はここ数年の映画の中で、最もファッション性が高く表現された作品と言えるだろう。 ■ ■ ■ 【特集「映画はファッションの教科書!」を3倍楽しむための必読ガイド】 10月特集「映画はファッションの教科書!」は10/17(木)-20(日) 【再放送】 10/28(月)-31(木)の日程で 下記11作品でお送りします! ドラキュラ(1992)ロミオとジュリエット(1968)陽のあたる場所英国王のスピーチグロリア(1980)華麗なるギャツビー(1974)ドリームガールズサタデー・ナイト・フィーバーラブソングができるまでシングルマン泥棒成金 コラムで予習、映画本編で答え合わせ!!映画を教科書にして、ご自身の着こなしに取り入れてみてはいかがでしょうか?■
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PROGRAM/放送作品
ステート・オブ・グレース
ショーン・ペンら実力派俳優共演で、ギャングの世界に身を投じた幼なじみ3人の荒んだ青春を描く
NYの犯罪多発地帯で育った幼なじみ3人を主人公に描くギャング青春ドラマだ。ハリウッドのお騒がせカップル、ショーン・ペンと『フォレスト・ガンプ』のロビン・ライトは、本作の共演がキッカケで交際をスタート。
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COLUMN/コラム2009.09.29
レクター博士を知るためのグレン・グールド入門 『ハンニバル・ライジング』『ハンニバル』
映画史上、人々の記憶に強い印象を与えたキャラクターは少なくないが、ハンニバル・レクターは間違いなくそのリストに名を連ねる一人だろう。彼の名を世に知らしめたのは、言うまでもなくトマス・ハリス原作、ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』である。ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスの緊張感あるやりとりは、サスペンスの新しい可能性を感じさせてくれた。その10年後に公開されたのが、リドリー・スコット監督による『ハンニバル』。こちらは監督の美意識が、レクター博士のキャラクターとしっくりはまって、『羊たちの沈黙』の衝撃をうまく引き継いだ見事な続編。ジョディ・フォスター演じたクラリスがジュリアン・ムーアに変わったが、僕はさほど違和感がなかった。続いて公開された『レッド・ドラゴン』は時系列的に言うと『羊たちの沈黙』の前にあたり、レクター博士が男と対峙する唯一の作品。そしてアンソニー・ホプキンスは登場せず、レクター博士の生い立ちから青年期までを描いて、「人食いハンニバル」にいたった理由を明かしたのが『ハンニバル・ライジング』である。さて、こういった続編・シリーズものの場合、どうしても比較してしまうのが人情というものなので、僕も簡単に感想を記してみたい。まず作品としての完成度と受けた衝撃を鑑みると、総合一位はやはり『羊たちの沈黙』。しかし以降の3作品がつまらないかというと、まったくそんなことはない。とくにサスペンスとしての緊張感は、今回お送りする『ハンニバル・ライジング』、『ハンニバル』ともに、「レクターシリーズ」の世界観を壊すことなく、それでいてオリジナリティも持つ優れたサスペンスである。 とくに『ハンニバル・ライジング』でレクター博士の若かりし頃を演じたギャスパー・ウリエル君には拍手を贈りたい。レクターを演じるのは、『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーくらい勇気のいることだったろうにと思う。シリーズ第三作の『レッド・ドラゴン』はたしかに「レクターシリーズ」ではあるのだが、僕個人の意見としてはレクター博士の狂気・怖さを引き立てるには、クラリスや『ハンニバル・ライジング』に登場するレディ・ムラサキのように、女性の存在が不可欠な気がする。アンソニー・ホプキンスが出演しない『ハンニバル・ライジング』を外伝と捉える人も多いが、僕はどちらかというと、『レッド・ドラゴン』を外伝的な作品と捉えている。しかしその“女性問題”さえ気にしなければ、『羊たちの沈黙』に次ぐ完成度かもしれない。とまあ、こんな具合に「レクターシリーズ」はどれを観てもハズレがないのだが、今回は僕の個人的な趣味からレクター博士について音楽の側面から触れてみたい。レクター博士はご存じの通り、人食いで極めて冷酷な殺人鬼である。が、映画を観た人であれば、そこに彼なりの美学を認めないわけにはいかないだろう。それの象徴とも呼べるのが、「レクターシリーズ」の劇中でも印象的に使われる『ゴルドベルク変奏曲』である。『ゴルドベルク変奏曲』とはバッハによる楽曲で、レクター博士お気に入りのクラシックだが、誰の演奏でもいいというわけでなく、グレン・グールドというピアニストによる『ゴルドベルク変奏曲』を愛聴しているのである。グールドはいわゆる天才肌であったが、変人としても知られた。たとえばコンサートが始まっているにもかかわらず、聴衆を待たせて自分が座るピアノ椅子を30分も調整してたとか、真夏でもコートに手袋、マフラーを着用してたとか、人気の絶頂期で生のコンサート演奏からドロップアウトして、以降はスタジオに籠もってレコーディングしていたなど、変人ぶりを示すエピソードをあげればきりがない。ついでに言うと、夏目漱石の『草枕』が愛読書の一つだった。だが、ひとたびグールドがピアノの前に座り、二本の手を鍵盤に載せた瞬間、そこから生まれる音楽は、世界の終わりにただ一つ遺された楽園のように美しかった。すべてが完璧で、研ぎ澄まされており、一片の曇りもなかった。同じように、レクター博士が人をあやめる方法も完璧で美しい。それは一つの哲学と言っても過言ではない。だからこそ、レクター博士が他の誰でもなく、グールドの『ゴルドベルク変奏曲』を好むところに、不謹慎だが僕は二人に共通する何かを感じる。そしてハンニバル・レクターという強烈なキャラクターを象徴する音楽として、グールドの『ゴルドベルク変奏曲』以上に相応しい曲は考えられないのだ。グールドによる『ゴルドベルク変奏曲』は二種類の録音がとくに有名で、『ハンニバル』では1981年録音が、『ハンニバル・ライジング』では『羊たちの沈黙』でも使用された1955年録音が使われている。『レッド・ドラゴン』では僕がボーっとしていてスルーしてしまったのかもしれないが、『ゴルドベルク変奏曲』は使われていなかったように思う。(使われていたらゴメンナサイ)蛇足だが、NASAが1977年に打ち上げた探査機「ボイジャー」にはグールドの演奏が積み込まれた。まだ見ぬ宇宙人へ「地球にはこんなに素晴らしい音楽があるんですよ」と伝えるために。レクター博士の奇妙な美意識を少しでも理解するためにも、ぜひグールドの音楽に耳を傾けながら、『ハンニバル・ライジング』、『ハンニバル』をお楽しみ下さい。■(奥田高大) 『ハンニバル』©2000 UNIVERSAL STUDIOS『ハンニバル・ライジング 』© Delta(Young Hannibal) Limited 2006 and 2006 Artwork © The Weinstein Company