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PROGRAM/放送作品
シネマの中へ 「イージー・ライダー」
長塚京三の案内で、クラシック映画を楽しむためのポイントを予習する、5分間の解説番組
毎週土曜あさ10時の「赤坂シネマ座」。この枠で取り上げる、映画史に残る名作たちの魅力を、俳優・長塚京三さんが紹介。クラシック映画の敷居の高さを取り払う様々な予備知識で、本編が120%楽しくなる。
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COLUMN/コラム2017.03.09
ウェインズ・ワールド
俳優のアレック・ボールドウィンが怪演するトランプ大統領や、ケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズのリメイク版『ゴーストバスターズ』への出演といった話題も手伝って、話題騒然のアメリカの老舗お笑い番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』。視聴率は過去22年間で最も高かったという。ということは、22年前の『SNL』はトンデモない人気番組だったということになるわけだけど、当時のレギュラー出演者を見たならその人気に納得できるかもしれない。 何しろアダム・サンドラー、クリス・ファーレイ、デヴィッド・スペード、ジャニーン・ガラファロ、モリー・シャノン、ティム・メドウズ、クリス・エリオットといった錚々たるメンツが毎週土曜の夜に生放送で新作スケッチを披露していたのだから。そんな中で堂々エースの座に君臨していたのがマイク・マイヤーズである。 63年にカナダで生まれた彼は十歳のときテレビCMに出演。その時母親役を演じたギルダ・ラトナーが『SNL』の立ち上げメンバーになったのを観たことで、将来SNLのレギュラーになることを決意したという『SNL』の申し子のような男だ。コメディ劇団セカンド・シティで活躍した後、89年にSNL入り。西ドイツ人のテレビ司会者ディーターといったキャラに扮して人気を博したが、何と言っても代表作はダナ・カーヴィ(55年生まれで、86年からSNL入りしていた)と演じたスケッチ「ウェインズ・ワールド」だろう。 セカンド・シティ時代からマイヤーズの持ちネタだったこのスケッチで彼とカーヴィが演じたのは、ケーブルテレビの回線を使って自宅から自分の番組をオンエアしているという設定のニート、ウェインとガース。このふたりが繰り出す<今>の空気に満ちたギャグの数々は、89年に披露されると同時に『SNL』を大人向けの退屈な番組と思っていたティーンの熱狂的な支持を獲得。『SNL』の人気回復の起爆剤になった。そして『SNL』のドン、ローン・マイケルズは「「ウェインズ・ワールド」をもっと長い間見ていたい!」との声に応えて映画化を決断。92年と93年に2本の映画として公開され大ヒットを記録したのだった。 そんな『ウェインズ・ワールド』、いま観ても十分フレッシュなのだけど、時代の空気を反映しすぎたために、今ではどこが面白いのか分からないところもチラホラある。そんなわけで、今回は『ウェインズ・ワールド』&『ウェインズ・ワールド2』を楽しむためのキーワードを書き出してみたい。 公共放送電波が届かない地域が多い広大な国アメリカでは早くからケーブルテレビが主流だった。おびただしいチャンネルの中には地域のお知らせを放映する公共チャンネルがあり、中には市民に時間貸しするチャンネルも存在していた。ウェインとガースはイリノイ州第二の都市オーロラの公共チャンネルが提供する、このサービスを利用して自分の番組をオンエアしているという設定だ。今で言うならポッドキャスト(但し地域限定の)みたいなものである。 「エクセレント!」ウェインとガースが会話の中で連発する「最高!」を意味する褒め言葉。当時のアメリカで流行語になった。ほかに二人が用いるスラングには「ベイブ(可愛い女の子)」「・・・NOT(さんざん喋ったあとに「・・・じゃない」と否定する」、「シュイーン!(これは映画を観れば分かる)」などがある。 ヘヴィメタルウェインとガースが好きな・・・というか、グランジ革命勃発以前(ニルヴァーナがメジャーデビューするのは91年のこと)の白人の若者がこぞって愛していた音楽。特にふたりが尊敬しているのはアリス・クーパーとエアロスミス。2組はそれぞれ『1』と『2』に本人役で登場する。ガースが劇中で着ているロックTシャツにも注目を! ペネロープ・スフィーリス『1』の監督。本作に起用された理由はロック・ドキュメンタリー『ザ・デクラインⅡ ザ・メタルイヤーズ』(88年)におけるコミカルな演出が評価されてのもの。但しマイヤーズとはウマが合わず『2』には参加せず。代わりにクリス・ファーレイとデヴィッド・スペード主演の『プロブレムでぶ/何でそうなるの?!』(96年)を監督している。 ロブ・ロウ『1』の悪役ベンジャミンを演じるイケメン俳優。80年代初頭に売り出された<ブラッドパック>の中ではマット・ディロンに次ぐ人気を誇り、『アウトサイダー』(83年)や『セント・エルモス・ファイアー』(85年)といった作品に出演。しかし89年に未成年の少女とのセックス・ビデオが流出してスターの座から転げ落ちてしまった。本作でコメディ・センスが認められて以降はテレビ中心にそれなりに安定したキャリアを築いている。 ヨゴレ系女優『1』でウェインのサイコな元カノ、ステイシーを演じたのはララ・フリン・ボイル。『ツイン・ピークス』でブレイクした若手スターだが、共演者だったカイル・マクラクランやジャック・ニコルソンとの恋愛で世間を騒がせていたトラブルメイカーでもあった。ステイシーの役はそんなパブリック・イメージを反映したものなのだ。『2』でそのポジションを担っているのが、スウェーデン娘ビョーゲンを演じたドリュー・バリモア。『E.T.』の天才子役だった彼女だがアルコールやドラッグに溺れてしまい、この当時は『ボディヒート』や『ガンクレイジー』といったB級作品にしか出演できない状態だった。彼女の復活は『スクリーム』や『ウェディング・シンガー』に出演する90年代半ばまで待たなければいけない。 『スパイ大作戦』ウェインとガースが作戦を遂行する際に必ずといっていいほど流れる曲は、66年から73年まで放映されていたテレビ番組『スパイ大作戦』のテーマ曲(作曲:ラロ・シフリン)。のちに『オースティン・パワーズ』を作ることになるマイク・マイヤーズがいかにスパイ物好きかがよく分かる。ちなみにトム・クルーズが『ミッション:インポッシブル』として映画化リメイクするのは96年のことだ。 『ラバーン&シャーリー』『1』でミルウォーキーに行ったウェインとガースが、ビール工場を見学するシーンは、ミルウォーキーを舞台にした人気コメディ番組『ラバーン&シャーリー』(76~83年)のタイトルバックのパロディ。クリエイターは昨年亡くなったゲイリー・マーシャル。主演したペニー・マーシャル(ゲイリーの妹)とシンディ・ウィリアムズはやはり同作にオマージュを捧げた『サム&キャット』(13〜14年)の1エピソードに揃って出演したりしている。 ロバート・パトリック『1』でウェインの車が警官に止められるシーンは、前年にメガヒットしたばかりの『ターミネイター2』のパロディ。しかも警官役を演じているのはそこで悪役T-1000役だったロバート・パトリック! そりゃウェインがビビるわけである。 「俺はお前のパペットじゃない!」喧嘩のシーンで、ガースがウェインに向けて放つ言葉。自分より8歳も年下のマイヤーズのビジョンに従って演技していたのだから、実際のカーヴィもそう言いたくなったことが何度もあったのではないだろうか。事実、『2』以降は『SNL』特番を除けばマイヤーズとカーヴィの共演作は存在しない。 クリス・ファーレイ『1』と『2』に異なる役ながら、連続出演しているハイテンションなデブは、90年から95年まで『SNL』にレギュラー出演していたクリス・ファーレイ。ローン・マイケルズはマイヤーズの次に彼の才能を買っており、番組卒業後にはマイケルズのプロデュースのもと、親友でもあったデヴィッド・スペードと組んで『クリス・ファーレイはトミー・ボーイ』(95)『プロブレムでぶ/何でそうなるの』(96)に主演した。日本人に育てられた忍者が、米国で活躍する『ビバリーヒルズ・ニンジャ』(97)では元アメフト部の運動神経を活かしたアクションを披露し、ボックスオフィスのナンバーワンを獲得。しかし97年、彼は自宅で死亡している姿で発見される。原因はコカインとモルヒネのオーバードーズ。死因もそうなら享年まで『SNL』の大先輩ジョン・ベルーシと同じ33歳だった。このため、彼が演じるはずだった『シュレック』の主人公の声はマイヤーズが担当することになったのだった。 ロック・オタク『2』にキモいロック・オタク役で登場するのは当時『SNL』のライター兼出演者だったロバート・スミゲルとボブ・オデンカーク。スミゲルは現在アダム・サンドラーの映画やコナン・オブライエン(彼も『SNL』のライターだった)の番組で活躍。オデンカークは『ブレイキング・バッド』(08〜13年)の弁護士ソウル・グッドマン役が評判を呼び、現在はスピンオフ作『ベター・コール・ソウル』で堂々主演を務めている。 ヴィレッジ・ピープル『2』で盗聴がバレて逃げ込んだウェインとガース一行が逃げ込んだ先は何とゲイ・クラブ。道路工事人、警官、バイカー、軍人の変装をしていたため、全員ゲイのディスコ・グループ、ヴィレッジ・ピープルのコスプレと間違えられて大ヒット曲「YMCA」を歌うことを強制されてしまう。「実際のヴィレッジ・ピープルで最もキャラが立っていたのはネイティブ・アメリカン・コスプレの人だったのに、いないのが残念だなあ」と思っていると、予想外の展開でそいつも現れる! ウェインストック『2』で故ジム・モリソンのお告げを受けたウェインが、地元オーロラで開こうとするロック・フェスは、1969年にニューヨーク州郊外で開催されたウッドストック・フェスティバルのパロディだ。奇しくも映画公開の翌年の94年には「ウッドストック94」が開催され、『2』と同様にエアロスミスが出演している。 『テルマ&ルイーズ』ウェインとガースが車ごと崖から転落するシーンは、リドリー・スコット監督による91年作『テルマ&ルイーズ』のパロディ。主演はスーザン・サランドンとジーナ・デイヴィス。ブラッド・ピットの出世作としても知られている クリストファー・ウォーケンとキム・ベイシンガー予算が増えたのか、『2』ではクリストファー・ウォーケンとキム・ベイシンガーという豪華なメンツが脇を固めている。今でこそコメディへの出演が多いウォーケンだけど、この時代はまだ『バットマン リターンズ』(92年)や『トゥルー・ロマンス』(93年)に出演していた頃。それだけにマイヤーズ&カーヴィとの絡みにはインパクトがあった。一方のベイシンガーも『ナインハーフ』(86年)から『L.A.コンフィデンシャル』(97年)に至る黄金期の真っ只中。自分のセクシーさをここまで相対化した演技の破壊力にはハンパないものがあった。 『ウェインズ・ワールド』と『ウェインズ・ワールド2』で、<今>を反映した笑いを極めてしまったマイク・マイヤーズは、<この先>にはもう何も無いことを痛感したはずだ。 『SNL』卒業後、映画に専念することになった彼はだから、いつまで経っても古くならないコメディを作ることに決めた。どうすれば古くならないのかって? それは既に古くなっている<過去>を題材にすることだ。 こうしてマイヤーズはあの『オースティン・パワーズ』(97)に乗り出していくのだけど、それはまたの機会に語ることにしたい。 & Copyright © 2017 by Paramount Pictures. All rights reserved.
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PROGRAM/放送作品
シネマの中へ 「オール・ザット・ジャズ」
長塚京三の案内で、クラシック映画を楽しむためのポイントを予習する、5分間の解説番組
毎週土曜あさ10時の「赤坂シネマ座」。この枠で取り上げる、映画史に残る名作たちの魅力を、俳優・長塚京三さんが紹介。クラシック映画の敷居の高さを取り払う様々な予備知識で、本編が120%楽しくなる。
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COLUMN/コラム2018.03.01
ディザスター映画とパロディ映画、’70年代ハリウッドの2大ブームに乗っかった痛快ナンセンス・コメディ!『弾丸特急ジェット・バス』
‘60年代末から続くニューシネマを筆頭に、オカルト映画や動物パニック映画、SF映画、ディスコ映画などなど、次々と現れては消えるブームおよびムーブメントに沸いた’70年代のハリウッド業界。中でも特に強烈なインパクトを残したのがディザスター映画だ。ディザスターとはすなわち災害。地震や火災、洪水、ハリケーン、はたまたテロに事故に細菌感染など、あらゆる「災害」に見舞われた人々の決死のサバイバルを、大掛かりな特撮を駆使したスペクタクルな映像で描く。そのブームの原点は、旅客機ハイジャックを描いた『大空港』(’70)とされるが、しかしこれはスペクタクルよりも人間ドラマに重きを置くという点において、その後のジャンル作品群とは少しばかり趣が異なる。むしろ、豪華客船が真っ逆さまに転覆して沈没するパニック描写が度肝を抜いた『ポセイドン・アドベンチャー』(’72)こそ、’70年代ディザスター映画の原型でありブームの起爆剤だったと言えよう。 その後も、『タワーリング・インフェルノ』(’74)や『大地震』(’74)、『ヒンデンブルグ』(’75)などが大ヒットを記録し、『大空港』も『エアポート』シリーズとして人気コンテンツ化。スタジオ各社は手を変え品を変え様々な災害映画を世に送り出し、そのブームは映画界全体に波及していく。『ジョーズ』(’75)に代表される動物パニック映画群も、改めて振り返ればディザスター映画ブームに影響されている点が多々あるし、『オリエント急行殺人事件』(’74)に始まるアガサ・クリスティ映画シリーズも、新旧豪華オールスターを揃えたグランドホテル形式の採用という点において、ディザスター映画の人気に感化された部分はあったはずだ。 さらに、『大洪水』(’76)や『大火災』(’77)などディザスター物のテレビ映画も次々と登場し、ブームの影響はテレビ界にまでも及んだ。また、日本でも『日本沈没』(’73)や『東京湾炎上』(’74)、『新幹線大爆破』(’75)などが、ヨーロッパでも『カサンドラ・クロス』(’76)に『コンコルド』(’79)が作られた。スタジオ・システムの崩壊した’50年代半ば以降、衰退の一途をたどっていたハリウッド映画界は’70年代に華麗な復活を遂げる。その大きな原動力は一連のニューシネマ映画群だったわけだが、しかしその対極にあるようなディザスター映画群もまた、重要な一翼を担っていたことは否定できないだろう。 そんなディザスター映画ブームの真っただ中に誕生したのが、この『弾丸特急ジェットバス』(’76)。原子力エンジンで走行する巨大観光バスに爆弾が仕掛けられるという、まるで『新幹線大爆破』みたいなストーリーを軸に、当時のディザスター映画にありがちな設定の数々をパロったナンセンス・コメディだ。ディザスター映画のパロディといえば『フライングハイ』(’80)シリーズが有名だが、そのご先祖様みたいな映画だと言えよう。と、ここで思い出しておかねばならないのは、’70年代はディザスター映画ブームの時代であったと同時に、パロディ映画ブームが花開いた時代でもあったということだ。 それ以前にもユニバーサル・ホラーをネタにした『凹凸フランケンシュタインの巻』(’48)や『凹凸透明人間』(’51)、007シリーズをネタにした『007 カジノ・ロワイヤル』(’67)などのパロディ映画がポツポツと作られてはいたし、イギリスでは「Carry On」シリーズという国民的な人気コメディ映画シリーズが様々なパロディにも挑戦していた(残念ながら日本公開されたのは、スパイ映画をネタにした’64年の『00H/その時一発』くらいのもの)が、あくまでも散発的に作られるだけだった。それを大きく変えたのが喜劇王メル・ブルックスである。 西部劇ネタの『ブレージングサドル』(’74)を皮切りに、ホラー映画ネタの『ヤング・フランケンシュタイン』(’74)、サイレント映画ネタの『サイレント・ムービー』(’76)、ヒッチコック映画ネタの『新サイコ』(’78)などを次々と大ヒットさせたメル・ブルックスは、言うなればパロディ映画を人気ジャンルとして確立させた立役者だった。この流れは’80年代の『フライングハイ』シリーズや『裸の銃を持つ男』シリーズへと受け継がれ、近年も『最終絶叫計画』シリーズなどのパロディ映画群に多大な影響を及ぼし続けている。 …とまあ、そんなわけで、要するにこの『弾丸特急ジェットバス』は、ディザスター映画ブームとパロディ映画ブーム、その2つのトレンドを見事に掛け合わせた、’70年代当時としては圧倒的にタイムリーな作品だったわけだ。 物語の主な舞台となるのは、全長50メートルで重量75トン、ボウリング場や室内プール、ラウンジ・バーなども備えた、最大で180名の乗客を収容できる巨大原子力バス「サイクロプス号」。原子力エネルギーが人類の輝かしい未来を開く!とばかりに、ニューヨークからデンバーまでの大陸横断運行を華々しく行うわけだが、原子力にエネルギー市場を奪われまいとする石油業界が妨害工作を仕掛けてくる。この辺りのストーリー設定は、3.11を経験した現在の我々日本人にとって、恐らく劇場公開時よりもリアルに感じられることだろう。座席の上から飛び出してくる救命具が放射能防護服というギャグも、少なくとも当時の観客にとっては荒唐無稽だったのかもしれないが、しかし今となっては笑うに笑えないネタだ。核戦争後の世界を描いたSFパニック映画『世界が燃えつきる日』(’77)もそうだが、昔は放射能汚染に対する危機意識が今よりもずっと薄かったのである。 閑話休題。石油業界の手先によって研究所を爆破され、肝心の運転手を失ってしまった「サイクロプス号」は、開発者の娘キティ(ストッカード・チャニング)の元恋人ダン(ジョセフ・ボローニャ)を代役として迎えることに。しかしこのダンという男、優秀なバス・ドライバーなのだが、なにかと血気盛んで暴走しやすい問題児。しかも、雪山のバス遭難事故で乗客を食べて生き延びたという汚名を着せられ、裁判では無罪を勝ち取ったものの職を追われたという過去がある。まあ、本人曰く、実際は座席やマットレスを料理して食っただけ、相棒の作ったスープに乗客の片足が入っていたのを知らずに食ったことはあるが、それくらいで責められる謂れはなどない!ってことらしいですが(笑)。 そんな曰く付きの人物をキャプテンに、これまた色々と訳ありな乗客たちを乗せてニューヨークを出発する「サイクロプス号」。ところが、またもや石油業界の差し向けたスパイがバスに時限爆弾を仕掛けており、危機また危機の災難に見舞われていくことになる。 巨大バスの車内という限定空間でグランドホテル形式のドラマが展開するのは、『エアポート』シリーズを始めとするディザスター映画の定番。ルース・ゴードン演じる家出婆さんは『大空港』のヘレン・ヘイズ、リン・レッドグレーヴ演じるセレブ・マダムは『エアポート’75』のグロリア・スワンソンのパロディだろう。「サイクロン号」にトラックが突っ込むのは『エアポート’75』、ジュースで水没したキッチン車両での救出劇は『ポセイドン・アドベンチャー』が元ネタ。そんな「ディザスター映画あるある」的なパロディを散りばめつつ、ナンセンスなビジュアル・ギャグのつるべ打ちで観客を楽しませる。ビール瓶の代わりに割れた(?)ミルクパックと折れた蝋燭で対決する乱闘シーンや、人数が多すぎて延々と終わらない乾杯シーンなど、クスっと笑える程度にバカバカしいギャグばかりなのがミソだ。 で、ディザスター映画の定番といえば華やかなオールスター・キャストなのだが、本作ではビッグネームが一人もいない代わりに、’70年代ハリウッド映画ではお馴染みの懐かしい名バイプレヤーたちがズラリと顔を揃える。オスカー俳優のホセ・ファーラーがいるじゃないか!なんて言われそうだが、名優ではあってもスターではなかったからね。そんな彼が演じるのが、石油業界の悪玉親分アイアンマン。「鉄の肺」と呼ばれる巨大人工呼吸器に入っているので、すなわちアイアンマンなのだそうだ。なんたる罰当たりなブラック・ジョーク(笑)。監督のジェームズ・フローリーは、『ザ・モンキーズ』(‘66~’68)の全エピソードを担当してエミー賞に輝き、『刑事コロンボ』シリーズや最近だと『グレイズ・アナトミー』にも参加するなど、主にテレビで活躍した人物。本作は基本的にアホ丸出しなコメディでありながら、しかし大規模なパニックやサスペンスの描写にも全く抜かりがない。なかなか痛快な仕上がりだ。 ちなみに、本作は後の『フライングハイ』と同じくパラマウント映画の製作。パラマウントといえばハリウッドを代表するメジャー・スタジオの一つだが、実はディザスター映画の代表的な作品の中にパラマウント作品は一つもない。ワーナーや20世紀フォックス、ユニバーサルは積極的に作っていたが、パラマウントはせいぜい『ハリケーン』(’79)くらいのもの。それとて、ディザスター映画と呼ぶには微妙なところだ。そんなブームと距離を置いていたパラマウントが、あえて本作や『フライングハイ』のようなパロディ映画を製作したという事実もまた興味深い。■ TM, ® & © 2018 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
シネマの中へ 「カッコーの巣の上で」
長塚京三の案内で、クラシック映画を楽しむためのポイントを予習する、5分間の解説番組
毎週土曜あさ10時の「赤坂シネマ座」。この枠で取り上げる、映画史に残る名作たちの魅力を、俳優・長塚京三さんが紹介。クラシック映画の敷居の高さを取り払う様々な予備知識で、本編が120%楽しくなる。
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COLUMN/コラム2018.02.15
「男と女」の間に横たわる“裸の真実”を、ロバート・アルドリッチ監督が2つの世界を鋭く対比させながらソフト&ハードに追求した異色のネオ・ノワール『ハッスル』~2月5日(月)ほか
■祝ロバート・アルドリッチ監督生誕100周年 今年2018年は、1918年に生まれ、1983年にこの世を去ったロバート・アルドリッチ監督の生誕100周年にあたる。 アルドリッチ監督といえば、文字通りの戦場を舞台にした『攻撃』(1956)や『特攻大作戦』(1967)などの戦争映画をはじめ、『アパッチ』(1954)、『ヴェラクルス』などの西部劇、映画業界そのものを物語の舞台に据えた『悪徳』(1955)、『女の香り』(1968)などのハリウッド内幕もの映画、灼熱の砂漠での集団サバイバル劇『飛べ!フェニックス』(1966)、大恐慌下の貨物列車を舞台に無賃乗車の帝王と鬼車掌が対決を繰り広げる『北国の帝王』(1973)、そして、女子プロレスの闘技場のリングを舞台にした遺作の『カリフォルニア・ドールス』(1981)に至るまで、さまざまな苦境の中で、自らの意地と誇りを賭けて必死に闘い続ける主人公たちの姿を描き続けた活劇映画の屈指の名匠。 昨年、やはり彼の代表作の1本である戦慄のゴシック・ホラー『何がジェーンに起ったか?』(1962)で初めて競演し、劇中の物語のみならず、製作現場やその舞台裏においても凄まじい確執と対立劇を繰り広げることとなった往年のハリウッドを代表する2人のスター女優、ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードの壮絶なライバル対決を、アルドリッチその人も主要登場人物の1人に配しながら描いた海外ドラマ『フュード/確執 ベティ vs ジョーン』(2017)が、全米や日本のBSでも連続放送されて話題を呼んだ。 今回ここに紹介する『ハッスル』(1975)は、アルドリッチが、彼の映画史上最大のヒット作となった『ロンゲスト・ヤード』(1974)に続いて、当時人気絶頂だったバート・レイノルズと再び監督・主演コンビを組んで放った一作。しかしこの『ハッスル』に、刑務所の囚人と看守たちがそれぞれアメフト・チームを結成して真っ向から激突する、『ロンゲスト・ヤード』風の単純明快で痛快無類の娯楽活劇を期待すると、きっと肩すかしを食うに違いない。 『ハッスル』は、彼の映画にはきわめて珍しい本格的な男女のラブ・ストーリーに、刑事ドラマの要素が絡み合った二重の物語構成となっていて、一見それがうまく一つに融合しないまま、全体的に真っ二つに分裂しているような印象を観る者に与え、なかなか簡単に一言で説明するのが難しい、何とも奇妙で厄介なアルドリッチ映画なのだ。 もともと本作は、前作『ロンゲスト・ヤード』の大成功に気を良くしたアルドリッチとレイノルズが共同で製作会社を設立し(それぞれの名前、ロバート(Robert)とバート(Burt)を掛け合わせて、ロバート(RoBurt)・プロと命名された)、先にスティーヴン・シェイガンの脚本を読んだレイノルズが、気に入ったラブ・ストーリーがあると、アルドリッチに映画化の話を持ちかけたところから、この企画はスタートした。 その物語や人物設定は少々変わったユニークなもので、ここで恋愛劇を繰り広げることになる男女はそれぞれ、ロス警察の警部補と高級娼婦という間柄。当初の脚本では、警部補たる主人公と同棲中の恋人はアメリカ人となっていたものの、主人公が、娼婦である彼女とさらに深く踏み込んだ真剣な関係を築くべきかどうか思い悩むという設定を、保守的で旧来の価値観に囚われたアメリカ人の一般観客にすんなり受け入れさせるには、ヒロインを、アメリカ人とはまた別の道徳観念を持つ外国人にした方が有効で得策、とアルドリッチは考え、当初の設定を思い切って改変することを決断。かくしてレイノルズの相手役のヒロインに起用されたのが、その類い稀なる美貌とエレガンスを武器に次々と名作、話題作に出演し、当時は無論のこと、今日もなおフランス映画界を代表するトップ女優の座に君臨し続けるカトリーヌ・ドヌーヴだった。 ■自由奔放な恋を謳歌・擁護する女ドヌーヴ 当時の彼女は30代を迎えたばかりで、成熟した大人の女性の魅力が全身からこぼれんばかり。先に鬼才ルイス・ブニュエルの傑作『昼顔』(1966)では若き人妻にして娼婦という大胆な役柄を妖艶に演じるなど、数々の映画で底知れぬ女の魔性を発揮する一方で、シャネルの香水の広告搭やイヴ・サン=ローランのファッション・モデルとしても活躍し、抜群の人気と名声を誇っていた。 そしてまた、ドヌーヴといえば、つい最近、セクハラをめぐる論争に一石を投じて世間の耳目を集めたことも、記憶に新しいところ。少し遠回りになるが、やはり本作とも少なからず関連する出来事なので、ここでできるだけ手短に(とはいえ、元の文意を歪めたりしてあらぬ誤解が生じないよう慎重に)、それについて振り返っておくことにしよう。 昨秋、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ疑惑が浮上して以降、SNSやメディアを通じてセクハラを告発するムーブメントが沸き起こり、全米の映画や芸能界のみならず、世界的にその動きが波及して加速・過熱化するなか、今年の1月9日、フランスの新聞「ル・モンド」が、その行き過ぎに対して危惧を表明する共同の声明文を、著名な作家や文化人ら、フランスの100人の女性たちの連名で掲載。レイプは犯罪である、とはっきり断った上で、しかし、男性が女性に言い寄ること自体は罪ではないし、そのことの自由に対してもっと寛容であるべきだ、とする趣旨のこの記事に、ドヌーヴも賛同してその100人の中に名を連ねていたが、これがさらなる論議や大きな反発を招く事態に。 かくしてドヌーヴは、翌週1月14日付の「リベラシオン」紙にあらためて単独で公開書簡を送り、記事の中にセクハラをよしとすることなど何も書かれていないし、そうでなければ自分も署名などしていなかった、と弁明。そして、誰もが皆、自らを裁判官や陪審員、死刑執行人のように振る舞う権利を持つと感じ、SNS上での単なる非難が、処罰や辞職、そしてしばしば、メディアによる弾劾裁判へと通じてしまう時代風潮はどうにも好きになれない、自分はあくまで自由を愛するし、将来も愛し続ける、と従来の立場を堅持した上で、先の「ル・モンド」の記事に感情を傷つけられたかもしれないすべてのセクハラ被害の当時者たちに対してのみ、謝罪を表明した。 最近の一連のセクハラ告発をめぐる大きな議論は、きわめてデリケートで難しい問題ではあり、この狭い紙幅の中でそう簡単に要約・紹介できる類いの代物ではないので、ここから先はぜひ各自でさらなる情報収集に努めて、より正確で幅広い問題の把握と判断をお願いしたいが、いずれにせよ、今回の新たな騒ぎで、「男と女」をめぐる、お国柄や宗教、歴史や文化・社会的背景の違いによる、その人それぞれの価値判断や道徳観念・倫理感の違いが改めて浮き彫りとなり、『ハッスル』のヒロインにドヌーヴを思い切って起用したアルドリッチの判断は、確かに的を射たものであったことが、はからずも今日改めて証明された、といえるかもしれない。 かくして実現したレイノルズとドヌーヴという米仏の男女の人気スター同士の顔合わせは、それなりに功を奏し、この『ハッスル』は、前作『ロンゲスト・ヤード』ほどの大ヒットには及ばなかったものの、それでも全米での興行収入が1000万ドルを突破し、商業的に充分な成功を収めることになった。 ■男と女、嘘つきな関係 アルドリッチ自身、この『ハッスル』は何よりもまず、警察官と高級娼婦との間で繰り広げられるユニークなラブ・ストーリーであると、インタビューの場ではことあるごとに語っていて、さらにはドヌーヴをヒロインにキャスティングできたことが、この映画にとっては大きかったと強調している。しかし、従来のアルドリッチ映画ファン、そしてまた、現代の観客がこの『ハッスル』の中におけるラブ・ストーリーのパートを目にする時、それでもなお、物語や人物の初期設定自体にどうも根本的な誤りがあるのではと、つい困惑と違和感を覚えざるを得ないだろう。 先にも軽く述べた通り、レイノルズがこの映画の中で演じるのは、ロス市警の警部補。彼は、なかなか正義が報われない今日の腐敗した社会にやるせない思いを抱きながら、日夜職務に励む一方で、ドヌーヴ扮するフランス人の美しい高級娼婦と目下同棲中。かつて妻がよその男と不貞を働き、裏切られた苦い経験を持つバツイチのレイノルズは、ドヌーヴをそれなりに愛してはいるものの、2人の繋がりはあくまで肉体関係のみと割り切って、お互いの仕事には不干渉でいることを取り決め、彼女から、あなたさえそれを望むなら自分の商売はやめても構わない、と結婚を迫られても、煮え切らない態度を示すばかり。 それでいて、古き良き時代の懐メロや映画をこよなく愛する昔気質のセンチメンタリストであるレイノルズは、いつかドヌーヴと2人で自らの思い出の地ローマへと旅立つのをたえず夢見ていて、またある時は、近くの映画館で上映中のフランス映画の人気作『男と女』(1966)を彼女と一緒に見に行って、甘美で切ない恋物語の世界に浸り込む。しかも、この『ハッスル』の中にレイノルズとドヌーヴが本格的に絡む濡れ場などは一切画面に登場せず、その代わりに、同じ一つ屋根の下でドヌーヴが目には見えない他の男性顧客たちを相手に長々とテレフォン・セックスの会話に励むのを、そのすぐ脇からひとり指を咥えて眺めて悶々とするレイノルズの姿を、ひたすらキャメラは追い続ける始末なのだ。 これでは、そのさまをじっと辛抱強く見守る我々観客もついモヤモヤイライラして、2人のどっちつかずの曖昧な恋愛関係がどうせ長続きしないことは、はじめから分かり切ったことだろう、それに第一、当人たちの感情はさておいて、本来、法の番人たる警部補が娼婦と同棲中であるという事態が外部に知れたら、それだけで即アウトだろうに、と、あれこれツッコミを入れたくなるのも、致し方ないではないか。 こうして見てくると、この『ハッスル』の中におけるラブ・ストーリーのパートは、うわべだけ綺麗事ばかりを並べ立てた、いかにも絵空事の世界にしか筆者には思えない。けれども、ここで翻ってよく考えてみると、そこにこれまた一見オシャレでファッショナブルだが中身は空疎な恋愛映画の代名詞である『男と女』をあえて引用して重ねて見せる、作者アルドリッチの自虐的で苦いアイロニーに満ちた演出意図も、次第につかめてくるはずだ。 おそらくアルドリッチ自身、映画の準備段階でこの『ハッスル』の説話上の弱点に気づき、商業的な要請と期待に沿って、表向きは男女の人気スター同士の共演によるソフトで甘美なラブ・ストーリーを紡ぎ出す一方で、そちらでは何かと障壁や制約があってなかなか発揮できなかった彼本来の演出手腕を、『ハッスル』の裏番組にして実はこちらこそがメイン・ディッシュたる刑事もののサスペンス・ドラマの方に、思うさまハードに叩きつけたのではないだろうか。 ■男と女 アナザー・ストーリー 実際、『ハッスル』の物語が刑事ドラマのパートへと移行すると、これまで紹介してきたレイノルズとドヌーヴとのセンチで生ぬるい恋愛劇とはうって変わって、日常的に殺人や暴力事件が頻発する犯罪都市ロスのどす黒い闇に包まれたダークサイドの実態が、本来のアルドリッチ映画らしい非情なタッチで容赦なく赤裸々に暴き立てられていくことになる。 ビーチサイドでひとりの若い女性の変死体が発見され、その体内に多量の薬物や精液が見つかったことから、ロス市警の警部補レイノルズは、何やらあやしい事件の匂いを嗅ぎあてる。しかし、ここでも彼の姿勢は腰が引け気味で、あえてそれを単なる自殺として片付け、手っ取り早く事件の幕引きを図ろうとする。けれども、身元の確認作業に立ち会って、自分の愛する娘が痛ましい姿に変わり果て、素っ裸のままゴロンと遺体安置所に寝かされているさまを目の当たりにして怒りを露わにした父親役のベン・ジョンソンが、レイノルズに猛然と食ってかかって真相の徹底究明を迫ったことから、ようやくレイノルズは、本格的な事件の捜査に乗り出すことになるのだ。 かくして、ロスの裏社会に巣食う麻薬や売春などの犯罪組織や、彼らを陰で操る悪の黒幕の存在が浮上し、亡くなった若い女性は、(『攻撃』や『ロンゲスト・ヤード』でもその卑劣な悪役ぶりが印象的だった)エディ・アルバート扮する大物の悪徳弁護士が経営するストリップクラブでダンサーとして働き、さらにはブルーフィルムに出演し、乱交パーティーにも出席していたという、文字通り剥き出しの裸の真実が次々と明らかになる。ここでジョンソンが、愛する我が娘の素っ裸の遺体のみならず、在りし日の彼女がブルーフィルムの中で披露するあられもない痴態をまのあたりにして、耐え難い苦悩と絶望に苛まれる姿ほど、衝撃的で重苦しい痛みを伴った気まずい場面も、他にそう多くはないだろう。 (おそらく『ハッスル』のこの場面に強くインスパイアされて、ポール・シュレイダー監督が『ハードコアの夜』(1979)を撮り上げたのであろうという推論を、筆者は以前、この「シネマ解放区」の『ハードコアの夜』の紹介文の中で述べたことがあるので、ぜひそちらもご参照あれ。それと、『ハッスル』の中には、ジョンソン本人はまだ知らない意外な衝撃的真実が、実はもう一つあるのだが、やはりそれはネタバレ厳禁として、ここでは一応伏せておこう。) ところで『ハッスル』は、映画の冒頭部でビーチサイドに横たわる若い女性の変死体が発見された直後に、海を見下ろす小高い丘の中腹に建てられた瀟洒なリゾートハウス風の家のバルコニーで静かに佇むドヌーヴの姿をキャメラが捉えるところから、本格的なドラマが幕を開ける。一見優雅で高尚なムード満点の高級娼婦ドヌーヴと、俗悪で薄汚いロスのアンダーグラウンドの世界をあちこち経巡った末、哀れな最期を遂げた若い娘(ここでその役に扮しているのは、知る人ぞ知る当時のアメリカの人気ポルノ女優、シャロン・ケリー。当然彼女は、この映画の中でも体当たりの裸演技を披露している)。 つまり、ドヌーヴとケリーは互いが互いを照らす鏡像=分身関係にあり、2人の人生における明暗、天国と地獄という一見対照的な構図が、既に最初に端的に明示されるわけだが、実のところ、ドヌーヴの商売も、一皮剥けばケリーのそれからそう遠く隔たったものではない。ドヌーヴ演じるヒロインの過去は、映画の中でそうはっきりとは語られないが、アルバート扮する大物の悪徳弁護士は、実は彼女の上得意の顧客の一人でもあり、あるいはドヌーヴも、ケリーのように若い時分、アングラ世界の底辺を這いずり回っていた可能性は充分考えられる。 そしてまた、実はレイノルズと、ケリーの父親に扮したジョンソンも、やはり互いに鏡像=分身関係にあることが、ドラマの進展を見守るうち、観客にも了解されることになる。先にレイノルズが、過去に妻に裏切られた苦い経験があることを記したが、朝鮮戦争の復員兵であるジョンソンの方もまた、戦争体験で不能となり、彼の妻が不貞を働いていた事実が彼女自身の告白を通して明かされ、物語の中盤には、各自、喧嘩が原因で、額にこぶを作ったレイノルズと、目の周囲に痛々しいアザと傷跡をつけたジョンソンが、まるで鏡のように向き合って対面する、両者の鏡像=分身関係を何よりも雄弁に物語る一場面も登場する。 悪徳権力者ばかりが栄え、社会の底辺にいる弱者は容赦なく見捨てられる現代の不平等で腐敗した体制に対して、共に憤懣やるかたない感情を抱きながらも、斜に構えて目の前にある現実からたえず目を逸らし、何かにつけ、自分の夢想の世界へと逃避していたレイノルズは、もう一人の自己たる、怒りに燃えるジョンソンに引きずられる形で、ようやく社会、そして自らを取り巻く現実と正面から向き合う決意を固めるのだ。 ■アルドリッチとアルトマン 言われてみれば、あるある!? 筆者ははじめに、『ハッスル』を紹介するにあたって、この映画は二重の物語構成となっていて、一見それがうまく一つに融合しないまま、全体的に真っ二つに分裂しているような印象を観る者に与える、云々、と述べたが、しかしこうして、刑事ドラマのパートをじっくり丹念に追って見てみると、これは、表看板たるソフトで甘いラブ・ストーリーに対する、強烈でハードなカウンターパンチとして機能していて、両者はやはり、それなりに有機的に組み立てられていることが分かってもらえたのではないだろうか。 そしてこちらの刑事ドラマのパートに注目するならば、この『ハッスル』は、かつてフィルム・ノワールの精髄というべき傑作『キッスで殺せ』(1955)を生み出していたアルドリッチが、久々にこの不可思議で魅力的なジャンルならざる映画ジャンルに立ち返って撮り上げた、ネオ・ノワールの1本と呼ぶことも充分可能だろう。この点において『ハッスル』は、いささか唐突ながら、今は亡きアメリカ映画界のもうひとりの鬼才、ロバート・アルトマンの傑作ネオ・ノワール『ロング・グッドバイ』(1973) と意外な接近遭遇をしていることに、今回久々に映画を見返してみてふと気が付いた。 この2人のロバートたる、アルドリッチとアルトマン。名前がよく似ているというのみならず、反権威主義を前面に押し出したその不撓不屈の反骨精神と、山あり谷あり起伏の激しい波瀾万丈の映画人生、そして、作品の中に痛烈な体制批判や諷刺を盛り込みつつ、遊び心とユーモアも決して忘れない快活な娯楽精神という点でも、大いに共通性がある。その一方で、こと2人の作風に関して言うなら、豪快、剛腕で鳴らす直球勝負のアルドリッチに対し、人一倍のひねくれ者で型にはまることを嫌うアルトマンは変化球勝負と、一見対照的で、案外両者はこれまであまり引き比べられることがなかったように思う。 はたして両者の間に直接的な影響関係があるかどうかは不明だが、現今の体制や時流にはどうしても馴染めないままロスの街を東奔西走する、『ハッスル』の昔気質で時代遅れの主人公のキャラ設定や、鏡像=分身を用いた対位法的なストーリーテリング、そして、『カサブランカ』(1942)や『白鯨』(1956)、『裸足の伯爵夫人』(1954)をはじめ、作品のここかしこにちりばめられた、さまざまな往年の映画や音楽の引用、目配せの仕方などは、『ロング・グッドバイ』のそれと結構よく似ている。あるいはまた、『ハッスル』でドヌーヴがすぐ脇にいるレイノルズを尻目に他の男たちとテレフォン・セックスに励む場面は、やはりアルトマンが同じくロスの街を舞台に、こちらはレイモンド・チャンドラーならぬカーヴァーの原作を彼独自の味付けで料理した大作群像劇『ショート・カッツ』(1993)の中で、人妻たるジェニファー・ジェイソン・リーが、家庭の中に場違いな仕事を持ち込んで、夫や赤ん坊を尻目にテレフォン・セックスに励む場面に、何がしかの影響を与えているのだろうか? いずれにせよ、冒頭でも述べた通り、今年はアルドリッチの生誕100周年。これを機に、『ハッスル』だけでなく、他のさまざまなアルドリッチ映画にもぜひ目を向けて、その強烈で無類に面白い映画世界を、ひとりでも多くの映画ファンに存分に楽しんでもらいたいところだ。■ TM, ® & © 2018 by Paramount Pictures. 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PROGRAM/放送作品
シネマの中へ 「愛と喝采の日々」
長塚京三の案内で、クラシック映画を楽しむためのポイントを予習する、5分間の解説番組
毎週土曜あさ10時の「赤坂シネマ座」。この枠で取り上げる、映画史に残る名作たちの魅力を、俳優・長塚京三さんが紹介。クラシック映画の敷居の高さを取り払う様々な予備知識で、本編が120%楽しくなる。
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COLUMN/コラム2017.04.09
Mr.ズーキーパーの婚活動物園
「動物園の飼育員となんて結婚できないわ!」恋人ステファニーにプロポーズをするも、そんな捨てゼリフでフラれたグリフィン。それから5年。仕事に打ち込んだ彼は飼育係のリーダーになっていたものの、心は打ち砕かれたままだった。そんなある日、グリフィンは兄の結婚披露宴会場として動物園を貸し出したのだが、そこに彼女がゲストとして招かれているではないか!「一緒にカー・ディーラーをやろうぜ。そうすれば彼女を取り戻せるぞ」いまだにステファニーを諦めきれないグリフィンは、そんな兄の誘いに乗って、本気で退職を考えるようになってしまう。 困ったのは動物たちだ。「あんな最高の飼育員を辞めさせるわけにはいかない。彼の仕事を辞めさせずに婚活を成功させようぜ!」 動物界のルールを破って人間語で話しかけて来た動物たちから、ワイルドな恋のアドバイスを伝授されたグリフィンはステファニーへの再アタックに挑戦するのだが……。 動物が人間の言葉を話す映画は星の数ほどあるけれど、大抵アニメっぽいキャラ。それを打ち砕いたのが、エディ・マーフィ主演の『ドクター・ドリトル』シリーズ(98〜01年)だった。同作は、当時最先端のCGを駆使して、リアルな動物が人間の言葉を喋るのを違和感なく見せて大ヒットを記録したのである。 2011年に公開された『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』は、この手法をさらに進化させて約1億7000万ドルもの興行収益を叩き出したメガヒット・コメディだ。ディズニー製作の大ヒット作『ジャングル・ブック』(16年)は間違いなく本作の延長線上にある。 ここで『ジャングル・ブック』を連想するのは、同作の監督で俳優でもあるジョン・ファヴローが、本作でクマの声優を務めているからだ。ファヴローがあの傑作を演出できたのも、本作で色々とノウハウを得たからではないだろうか。 そのひとつが声優選び。『ジャングル・ブック』ではビル・マーレイやイドリス・エルバ、スカーレット・ヨハンソン、クリストファー・ウォーケンといった人気俳優が、声色にぴったり合う動物の声優を務めていたけど、『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』はそれを先駆けたかのようなキャスティングが行なわれているのだ。そのメンツをざっと挙げてみよう。 まず『サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方』(91年)でゴールデングローブ賞を受賞したシリアスな俳優でありながら『48時間』(82年)では前述のエディ・マーフィと共演し、ファヴローともアニメ『森のリトル・ギャング』(06年)で動物声優として共演していたニック・ノルティがストーリーの鍵を握るゴリラ役。 アクション・ムービー界の伝説シルヴェスター・スタローンと、シンガーであり『月の輝く夜に』(87年)でアカデミー主演女優賞を獲得しているシェールという濃厚なコンビはライオンの夫婦を演じている。 『サタデー・ナイト・ライブ』出身のコメディエンヌでポール・トーマス・アンダーソンのパートナーでもあるマーヤ・ルドルフがキリン、『40歳の童貞男』(05年)や『エイミー、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方』(15年)を監督する傍ら、セス・ローゲンやジェイソン・シーゲルといった若手コメディ・スターの育ての親として知られるジャド・アパトーがゾウ、そしコメディ・レジェンド、アダム・サンドラーがサル(演じているクリスタルは、前述の『ドクター・ドリトル』をはじめ、『ナイト・ミュージアムシリーズ(06〜14年)や『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』(11年)『幸せへのキセキ』(11年)にも出演している名優サル!』の声を担当している。 通常、主演映画にしか出演しないサンドラーがこんな地味なポジションを務めているのは珍しい。実はこれにはワケがある。本作のプロデューサーはサンドラーで、製作会社は彼が主宰するハッピー・マジソンなのだ。そしてこれほどゴージャスな声優陣を招いてまでサンドラーがバックアップしようとした才能こそが、本作の主演俳優ケヴィン・ジェームズなのである。 ケヴィンはサンドラーと同じニューヨーク出身で、彼よりひとつ上の65年生まれ。スタンダップ・コメディアンとして活動し始め、兄貴分のレイ・ロマーノが主演したシットコム、『HEY!レイモンド』(96〜05年)への出演をきっかけに、やはりシットコム『The King of Queens』(98〜07年)の主演に抜擢。下町クイーンズで宅配業者として働く中年男役でブレイクした男だ。 本格的な映画出演は、ウィル・スミスが非モテ男に恋愛術を指南する<デートドクター>に扮したロマンティック・コメディ『最後の恋のはじめ方』(05年)から。この作品でケヴィンは、スミスの顧客となる究極の非モテ男アルバートに扮して、笑いを根こそぎかっさらうパフォーマンスを披露。スミス目当てに映画館を訪れた観客にも「あの面白いデブ、誰?」と評判を呼び、大ヒットに貢献したのだった。 その勢いで出演したのが、旧知のアダム・サンドラーとのダブル主演作『チャックとラリー おかしな偽装結婚!?』(07年)だった。ここでケヴィンは、子どもに残す年金問題に悩むあまり、サンドラー扮する結婚願望ゼロのプレイボーイと偽装同性婚をする男ヤモメの消防士を好演。すでにスーパースターだったサンドラーに負けない存在感を示した。そしてサンドラーのプロデュースのもと、遂に『モール★コップ』(09年)で単独主演を実現したのだった。 警官採用試験に挑戦しては失敗を続けているドジなショッピングモールの警備員が、モールを占拠した強盗団相手に丸腰で立ち向かうこのアクション・コメディは、ケヴィンのメタボなボディを駆使したギャグに笑わされながら、『ダイ・ハード』の流れを汲むマッチョ系アクション映画としても見れるという二刀流でメガヒットを記録した。 そしてサンドラー、クリス・ロック、デヴィッド・スペード、ロブ・シュナイダーら人気コメディ俳優が集結した同窓会コメディ『アダルトボーイズ青春白書』(10年)を経て公開されたのが本作『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』だったというわけだ。 その後もケヴィンは、総合格闘技に挑戦する教師に扮したアクション・コメディ『闘魂先生 Mr.ネバーギブアップ』(12年)やそれぞれシリーズの続編となる『アダルトボーイズ遊遊白書』(13年)と『モール・コップ ラスベガスも俺が守る!』(15年)、そしてサンドラー主演のSFXコメディ『ピクセル』(15年、何と米国大統領役!)といったヒット作に立て続けに出演。一方で16年からテレビに逆上陸し、製作も兼ねたシットコム『Kevin Can Wait』に主演して人気を博している。つまりケヴィンはかれこれ20年以上もコメディ界の第一線に立ち続けていることになる。 同世代でこれだけコンスタントに長期間活躍しているコメディ・スターは前述のサンドラーやベン・スティラーくらいだろう。ふたりに比べると日本では知名度がだいぶ下がるけど、これはもはやコメディ・レジェンドとして扱っていいレベル。見かけはどこにでもいそうなデブだけど、実は頭が切れるスマート・ガイ、それがケヴィン・ジェームズなのだ。 そんな彼のパーソナリティに動物たちのチャームも加味された『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』はケヴィン初心者にとって入門編にふさわしい作品だと思う。ヒロインのロザリオ・ドーソンとのコンビネーションの良さも心に残る仕上がりだ。 ZOOKEEPER, THE © 2010 ZOOKEEPER PRODUCTIONS, LLC. All Rights Reserved
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PROGRAM/放送作品
(吹)エアベンダー
12歳の少年が世界の救世主に!鬼才M・ナイト・シャマランが壮大なバトルを描く冒険スペクタクル
驚愕の結末を迎える超常サスペンスでおなじみのM・ナイト・シャマラン監督が、米国の人気TVアニメを実写化。I.L.M.が手がけた最新VFX映像によって描き出される、スピリチュアルなパワーによるバトルは迫力満点。
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COLUMN/コラム2017.05.16
21ジャンプストリート
新米警察官のシュミットとジェンコ。ふたりは高校時代それぞれイケてないグループとジョックス・グループに属していたため犬猿の仲だったものの、卒業後に入学した警察学校で偶然再会して意気投合、今では大の親友だ。そんなふたりに、高校生になりすまして学内のドラッグ・ルートを突き止める潜入捜査が言い渡された。トラウマを思い出して浮かないシュミットと「黄金時代再び!」と張り切るジェンコだったが、潜入先の高校のカーストで頂点に立っていたのは何故か文化系だった。慌てて当初の予定と逆転して潜入捜査にあたるものの、現役時代とスクールカーストが逆転したことでシュミットとジェンコの仲はギクシャクしてしまう。そのせいで一向に捜査は進まず、署長(アイス・キューブ!)は怒り狂う。はたしてふたりは犯人を逮捕できるのだろうか? 『21ジャンプストリート』は、ジョニー・デップが80年代に主演していた同名テレビドラマの映画化作品だ。デップ扮する若手刑事が高校に潜入して事件を解決していくこの青春ドラマは、彼を一躍ティーンの人気者に押し上げた。ある時期までのデップにカルトなイメージがあったのは、同作で得たイメージを払拭するためにトンがった映画ばかりに出演していたからだ。そんな伝説のドラマの映画化に際して製作、原案、主演の三役を任されたのは、デップとはまるで正反対のイメージを持つジョナ・ヒルだった。 83年ロサンゼルスに生まれたヒルは、幼い頃から演劇と映画にハマり、ニューヨークの映画学校に進学。そこでジェイク・ホフマンという男と親友になった。ある日、ヒルは自作の劇をバーで上演。これを偶然観に来ていたジェイクの父ダスティン(そう、あの名優の)が面白がって、自分の出演が決まっていたデヴィッド・O・ラッセル監督作『ハッカビーズ』(04年)のオーディションを受けるように進言。これが映画デビュー作となった。なおヒルとジェイクは後に『もしも昨日が選べたら』(06年)と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(14年)でも共演している。 続いてヒルは、ジャド・アパトー監督、スティーブ・カレル主演の『40歳の童貞男』(05年)のオーディションに合格し、クレーマーっぽい客を好演。これをきっかけにアパトーの監督作『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年)やスティーブ・カレルの主演作『エバン・オールマイティ』(07年)にも出演し、アパトー・ギャングに欠かせないバイ・プレイヤーになっていった。 そんなヒルに全てを賭けたのが、アパトー・ギャングにおける兄貴分セス・ローゲンだった。彼は、自ら製作と脚本を手がけた半自伝コメディ『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(07年)の主人公”セス”役にヒルを指名したのである。「意中の女子(ちなみに演じていたのは当時全くの無名だったエマ・ストーン!)の家で開かれるパーティに酒を調達してくればヤラせてもらえるかもしれない」そう思い込んだヒルが暴走を繰り広げる同作は大ヒットを記録し、学園コメディの新たな古典となった。 その後もヒルは、ギャング仲間のジェイソン・シーゲル主演作『寝取られ男のラブ♂バカンス』(08年)やアパトー監督、アダム・サンドラー主演のお笑い賛歌『素敵な人生の終り方』(09年)、マザコンのニートに扮した『僕の大切な人と、そのクソガキ』(10年)、アニメ声優に挑戦した『ヒックとドラゴン』(10年)で脇を固めつつ、ロックスターに振り回されるレコード会社の社員に扮した主演作『伝説のロックスター再生計画!』(10年)をスマッシュ・ヒットさせたのだった。 アパトー関連作以外の出演作としては、ベン・スティラー主演の『エイリアン バスターズ』(12年)や、KKKに扮したタランティーノ作品『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)もあるものの、やはりそれぞれブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオの参謀格を演じた『マネーボール』(11年)と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が代表作だろう。この二作で彼はアカデミー助演男優賞にノミネートされている。 こうした俳優としての名声の一方で、クリエイターとしてのヒルは、『ベビーシッター・アドベンチャー』を彷彿とさせる一夜物コメディ『ピンチ・シッター』(11年)でのプロデュース経験をあったものの、その才能は未知数だったといっていい。しかし『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』の脚本家マイケル・バコールと組んで作り上げたストーリーは、本人曰く「『バッドボーズ』ミーツ・ジョン・ヒューズ」なぶっ飛んだものだった。 学芸会やホームパーティ、そしてプロムといったティーンムービーのお約束シチュエーションが全部出てくるところもスゴいけど、素晴らしいのはそこにヒネリがあること。『ロミーとミッシェルの場合』(97年)や『25年目のキス』(99年)など、主人公が高校に舞い戻ることになるコメディは普通、主人公が高校時代の立ち位置に引き戻されるものなのだが、この作品の場合、ふたりのカーストは現役時代と逆転してしまうのだ。 生まれて初めて勝ち組になって浮かれるヒルもちろんだけど、下層カーストに落ちたチャニング・テイタムが、現役時代だったらバカにしていたであろう化学部員のギークたちと友情を育むシークエンスはマジで泣かせる。ふたりは高校時代をやり直すことで、ティーンの頃には得られなかった大切な何かをつかんでいく。だからこそ終盤、シュミットがジェンコに語りかける名セリフ「俺とプロムに行ってくれるか」が笑いとともに魂にぐぐっと効いてくる。 それまでぶっきらぼうなマッチョ役ばかりを得意にしていたテイタムが、俳優として覚醒したのは本作からだろう。その効果が顕著だったのが、プロデュースも兼ねた主演作『マジック・マイクXXL』(15年)。前作『マジック・マイク』(12年)自体、男性ストリッパーをやっていた頃の経験を売り込んで作ってもらった持ち込み企画だったのだが、この続編では『21ジャンプストリート』で得たコミカルな要素やブロマンス・テイストが大幅に導入された快作に仕上がっている。 アニメ『くもりときどきミートボール』(09年)をきっかけに本作の監督に抜擢されたフィル・ロードとクリストファー・ミラーの演出も、これが実写がはじめてとは思えない的確さだ。大ヒットした本作の後、このコンビは14年に続編『22ジャンプストリート』と『LEGO MOVIE』(ヒルとテイタムも声優として出演)をダブル・ヒットに導き、来年には若き日のハン・ソロをフィーチャーした『スター・ウォーズ』スピンオフ作が公開予定だ。 『21ジャンプストリート』のもうひとつの魅力は、何気に豪華な助演陣。ふたりが潜入する先の高校生を演じるのは後のアカデミー主演女優ブリー・ラーソンとデヴィッド・フランコ。校長役はこの年に放映開始された『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』でブレイクすることになるジェイク・ジョンソンだ。この頃はまだテレビの人気者だったニック・オファーマンやエリー・ケンパーの姿も見える。 そしてあえてサプライズをバラそう。ジョニー・デップが相棒役だったピーター・デルイーズとともにオリジナル版のキャラクターとして登場するのだ! 長年デップはこの番組を黒歴史と捉えていると聞いていたので、それを覆す本作でのハジケっぷりにはビックリさせられた。というわけで、どこで彼が登場するかも楽しみにしながら観てほしい。 21 JUMP STREET © 2012 Columbia Pictures Industries, Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc.. All Rights Reserved