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COLUMN/コラム2016.02.15
ふたりのパラダイス
ニューヨーク。会社員のジョージ(ポール・ラッド)は、自分探し中の妻リンダ(ジェニファー・アニストン)を養うために仕事に励んでいた。ところがある日、会社がFBIによる業務停止処分を受けたことであえなくクビになってしまう。 やむなくアトランタに住む兄を頼って都落ちする二人だったが途中、偶然立ち寄ったヒッピー・コミューンで金銭に縛られない生き方を知り、これまで感じたことがない喜びを経験する。「ここがパラダイスだ!」コミューンへの永住を決意したジョージとリンダだったが、ニューヨーカーだった二人には理解不能なコミューンの風習や掟がその前に立ち塞がる。遂には二人の間にも隙間風が吹くようになってしまい …。 それまでの常識が崩れ落ちる瞬間に、人は笑う。だからコメディ映画にとって、2008年の世界的金融危機(いわゆるリーマン・ショック)は格好の題材だった。何故なら今まで「頭が良い人たちがマジメに働いている」と信じられていたアメリカの金融業界が、素人を騙すことしか考えていない詐欺まがいの集団だったことが明るみになってしまったのだから。 その証拠と言うわけではないけれど、あの事件から現在までわずか8年ほどしか経ってないにも関わらず、金融危機を題材にしたコメディ映画の多さと言ったらない。例えばベン・スティラーとエディ・マーフィの共演が話題を呼んだ『ペントハウス』(11年)。一見すると単なる泥棒コメディなのだけど、実際はスティラー扮する高級タワーマンションの管理人が、従業員仲間の年金を詐欺まがいの投資で台無しにしてしまった悪徳投資家へのリベンジを描いたものだった。 やはり一見お気楽な刑事コメディに見えるウィル・フェレルとマーク・ウォールバーグの共演作『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(10年)も地道に働く庶民を食い物にする金融機関の横暴がテーマだった。エンド・タイトルでは金融危機を引き起こしながら、法律で裁かれた金融関係者が殆ど居ないことが具体的なデータで挙げられている。 この隠れた意欲作の監督兼脚本家を務めたアダム・マッケイが、クリスチャン・ベールやスティーヴ・カレル、ブラッド・ピットといった豪華キャストを迎えて撮ったのが、今年のオスカー賞レースで数多くのノミネートを獲得した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)だった。 サブプライム市場の崩壊を事前に予測した金融トレーダーたちの活躍を描いた実録映画ではあるものの、巨額の利益を上げながら主人公たちの表情がいずれも冴えなかったのが印象的だった。無理もない。金融市場が崩壊したことで確かに銀行の首脳陣は退陣を余儀なくされたけど、その際に彼らが億単位の退職金を得ていたのに対して、庶民は不況の影響で仕事を失い、巨額の負債に苦しむことになったのだから。 ブラック・コメディとしても鑑賞可能なデヴィッド・フィンチャー監督作品『ゴーン・ガール』(14年)の主人公であるニックとエイミーも、金融危機をきっかけにマスコミ界の仕事を失い、夫の故郷のミズーリ州に都落ちせざるを得なくなった夫婦だ。引っ越し先で妻のエイミーが引き起こす事件は、元の生活に戻ろうとするあまりの行為だったことを考えると、たしかにヒドい人ではあるものの(詳しくは映画を見れば分かる)彼女だってある意味、金融危機の被害者だったと言えないこともないのである。 そして『ふたりのパラダイス』の主人公であるジョージとリンダもまた金融危機の被害者といえる。しかも都落ちを決意するまでの経緯は『ゴーン・ガール』のニックとエイミーそっくり。但しその行き先をヒッピー・コミューンにしたことで、もっとブライトな笑いに満ちた仕上がりになっている。 資本主義から逃れて自由な生き方を模索するヒッピーたちが、都会から離れて農村や山奥に集団で住むことによって自給自足を試みた共同体がヒッピー・コミューンである。 「ヒッピー・コミューン?『イージーライダー』には出てきたけど、そもそも今も実在するの?」そう思ってしまう日本人は多いかもしれない。たしかに全盛期である60〜70年代に比べると随分と数は減ってしまったけど、ヒッピー・コミューンは今もあちこちで存続中だ。ウィノナ・ライダーやジャック・ブラックのようにコミューン育ちのハリウッド・スターがいるくらいだし、その思想はシリコン・ヴァレーのIT起業家やブルックリンのヒップスターにも受け継がれている。 本作では、幻覚剤や無農薬農業、菜食主義、フリーセックス、そして新生児の胎盤食い(ヒッピーは動物が出産後に胎盤を食べることを真似て、煮たり焼いたりして食べているらしい。もっともとてもマズいらしいけど)といった<コミューンの儀式あるある>がことごとくギャグになっていて、ヒッピー・カルチャーを知っていたら最高に笑えること間違いなしだ。 こうしたヒッピー・カルチャーに翻弄される主人公のジョージとリンダを演じているのは、ポール・ラッドとジェニファー・アニストン。ふたりの共演は、『私の愛情の対象』(98年)で既に実現しており、アニストンの人気を決定づけたシットコム『フレンズ』の末期(02〜04年)にはラッドも準レギュラーで出演していたりと、その交流歴は長い。但し前者ではゲイの男とストレートの女性の親友同士、後者では「アニストンの親友の恋人がラッド」という間接的な関係だったので、今回が初めての男女関係を演じることになる。 何でも、ラッドの親友で本作の監督兼脚本家であるデヴィッド・ウェインから本作のアイディアを初めて聞いた際に、ラッドは「遂にジェニファーと本格共演する時が来た」と直感し、彼女を誘ったのだそう。多忙なジェニファーもそれに応えて、念願の共演が実現したというわけだ。私生活でも友人同士というだけあって、さすがに息はぴったりで、途中二人の間に隙間風が吹く際には、ハッピーエンドが分かってはいてもハラハラしてしまう。 そんな二人を、『『M*A*S*H』』(72〜83年)やウディ・アレン作品で知られるベテランのアラン・アルダ(奇しくも彼は『ペントハウス』で悪得投資家を演じている)や『ライラにお手あげ』(07年)の怪演が未だに忘れられないマリン・アッカーマン、『シックス・フィート・アンダー』(01〜05年)のローレン・アンブローズら個性派たちが好サポート。中でもコミューンのリーダー格のセスを演じるジャスティン・セローは、いかがわしさ満点で強烈な印象を残してくれる。 日本の映画ファンには『マルホランド・ドライブ』(01年)の映画監督役や『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』(03年)の悪役くらいでしか知られていないセローだけど、近年は『LOST』のクリエイター、デイモン・リンデロフが手掛けるミステリー・ドラマ『LEFTOVERS / 残された世界』に主演したことで人気爆発。また『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(08年)や『アイアンマン2』(10年)、『ロック・オブ・エイジズ』 (12年)の脚本も書いている才人である。 そんな多才な才能に惹かれたのか、アニストンとセローは本作での共演をきっかけに交際をスタート。昨年遂にゴールインを果たしている。結果的にポール・ラッドは親友のジェニファーに家庭という名のパラダイスをもたらしたのだった。 こうした事実を踏まえながら、リンダとセスの2ショット・シーンを観てみるのも本作の隠れた楽しみだろう。 Film © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2017.10.20
『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』に出てくる「パスタ・プッタネスカ」こと「風俗嬢パスタ」のレシピに挑む!!!
写真/studio louise 今回は『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』の中で印象的に登場する、「パスタ・プッタネスカ」の作り方をご紹介しましょう。 映画チャンネルなのでまずは映画紹介から。 ボードレール家の子供たちは火事で両親を失った。少女発明家の長女ヴァイオレットと、読書好きの弟クラウス、そして末っ子の赤ちゃんサニーは、オラフ伯爵という遠い親戚に引き取られる。だが遺産目当てのオラフは子供たちを殺して遺産を我が物にしようと画策。子供たちはオラフの元から逃げ、別の遠い親戚に預けられることに。しかし、三文役者のオラフは変装し、周囲の大人たちの目を誤摩化して子供たちに付きまとう。 一見して、超ティム・バートンっぽいダーク・ゴス・メルヘンチックな映像と世界観の映画なのですが、その見立てはハズレてはおりません。そもそも監督に当初ティム・バートンが打診されており、またそのためか、撮影監督に『スリーピー・ホロウ』でアカデミー撮影賞ノミネートの(てか当代最高のカメラマンの)エマニュエル・ルベツキ、美術には完全にバートン組の一員であるリック・ハインリクスといった面々が名を連ねていますからね。 あと、ジム・キャリー扮演の悪党の三文役者オラフ伯爵が変装して遺産狙いで子供たちを追い回すというお話なので、ジム・キャリーの『マスク』ばりの変キャラ七変化や過剰演技が楽しめるのですが、もう一点、これは人それぞれ趣味もあるとは思いますけど、エミリー・ブラウニング史上この時がいちばん可愛いですわ! エミリー・ブラウニング嬢、ロリ系女優としてその後もご活躍。日本風スク水ずん胴(いや、良い意味でね)姿を披露した『ゲスト』、日本風愛と正義のセーラー服美少女戦士役でアクションしまくった『エンジェル ウォーズ』、脱いだ『スリーピング ビューティー/禁断の悦び』、美声を聞かせたレトロキュートなミュージカル『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』(写真)と、文化系男子好みな作品選定で全幅の信頼を置かれてますが、本作でのゴスロリ黒ドレス姿の可憐さたるや! このエミリー・ブラウニング嬢たち3姉弟が、悪党オラフ伯爵に引き取られてきた初日に即、ディナーを30分で作るよう命じられる。いきなりの家政婦扱い。姉「パスタにしましょう」弟「パスタ・プッタネスカなら、少ない材料で出来るからね」 ということで、ザルの代わりに網戸を、鍋の代わりに痰壷を使い、パスタ・プッタネスカを手早く作るのです。 Netflixオリジナルの連続ドラマ版には、姉弟が図書室に行ってレシピを調べるシーンがあります。[図書室にて]姉「これなら作れそう。パスタ・プッタネスカ!」弟「イタリア語でどんな意味だろう?」姉「(料理本を読み上げ)ニンニクとタマネギを炒めて、オリーヴとケイパー、アンチョビ、刻んだパセリとトマトを入れて煮る」[キッチンにて]ナレーション「パスタを茹でるまでの間、ヴァイオレットはニンニクを炒め、アンチョビを洗って切った。クラウスはトマトとオリーヴの準備。(中略)そして末っ子がパセリを歯で食いちぎる作業を終えると、初めて伯爵の家に来た時の気持ちは消えた。惨めな気持ちは薄れていたのだ」姉「このソース、パパも誉めてくれたはず!」 ええと、これからご紹介するワタクシのレシピでは、タマネギは使いません。甘味が出ちゃうのがイヤなのと、ワタクシが参考にした幾つかのレシピでは使ってませんでしたから。あと、「アンチョビを洗う」という行為は意味がわかりません!英語でもそう言ってるんだけど、ダメ!絶対!! この2点は原作に書かれてないので、文字通りのNetflixオリジナルのアレンジらしい。ダメ!絶対!! あと、弟君に「イタリア語でどんな意味だろう?」と言わせておいて答を劇中で教えないのが、実は、軽くイタズラ心に溢れていて面白い。これも原作に書かれていないNetflixオリジナル台詞みたいなんですが、実は「プッタネスカ」って、子供に意味を教える訳にはいかない、とんでもない意味なのです! 「プッタネスカ」とは「風俗嬢の」という意味で、「パスタ・プッタネスカ」でしたら「風俗嬢パスタ」ということ。これ、イタリアで風俗嬢が客を取る合間にチャチャっと作って手早く食事を済ませていたから、それくらい簡単に作れるお手軽レシピ、ということが語源との説があります。ま、お子様には秘密ということで。 では、前置きはこれくらいにして早速いってみましょう! 【材料(4人分)】 ・唐辛子×2本・ドライオレガノ×2つまみ・ニンニク×1片・チェリートマト×1パック(有っても無くても)・生イタリアン・パセリ×売ってる1袋・トマトペースト(有っても無くても)・パスタ(ここではリングイネ。スパゲッティーでももちろん可。ただ麺が良い)・トマト缶×1缶・ケイパー・アンチョビいっぱい(5尾以上は!味の決め手なので!)・黒オリーヴ(種有りの方が断然味が良いのでオススメ) 【作り方】 ① フライパンにオリーヴオイルを注ぎ、唐辛子とニンニクのみじん切りとアンチョビいっぱいを入れ、超極弱火で熱を入れていく。トマトの食感がお好きならここで生チェリートマトを半分に切ったものも加熱する(別に無くてもいい)。 ② 5分も加熱するとアンチョビが熱で崩れる。この状態まで加熱したら、 ③ この時点でパスタ用の湯を大鍋で沸かし始めること。それと同時にフライパンの方は中火にヒートアップし、イタリアンパセリを除く全ての材料を一斉に投下!すなわち、トマト缶1缶、トマトペースト適量(無くても可)、ケイパーとブラックオリーヴお好みの量、乾燥オレガノを加え、材料外だが塩(適量)も加えて味を調える。 ④ 湯が沸いたらパスタを茹でる。湯が沸くまで15分ぐらいか?そしてパスタの茹で時間は普通7分?アルデンテ着地狙いで6分?超適当だが、トマトソースの方の煮込み時間もそれで十分。この時間を活用してイタリアン・パセリを適当に刻んでおこう。 ⑤ パスタ茹で上がり=ソース煮詰まり完了。パスタをソースに絡め、皿に盛り付け、最後に生イタリアン・パセリをたっぷりと散らす。 【実食】 うん!いつもながら、地味に美味いな!とにかく簡単、ってことが、この料理最大のメリットで、簡単すぎて失敗しようがないのですが、コツはアンチョビをケチらないことですな。肉を使ってないので、味のゴージャス感はアンチョビだけにかかってます。これケチると味気ない貧乏ったらしい味になってしまうので。 にしても、妻が実家出産でしばらく独り暮らししてた頃は、仕事終えて家に帰ったらいつもパパっと作って平日2回ぐらいはこれ食いながら安ワインで映画を見てましたね。やっぱ、映画ですから!自分で言うのもなんですが、映画見るなんて、そこそこオシャレで知的で洗練された趣味だとは思いませんか皆さん!エクスペンダブルズとか!! であるならば、コンビニエントでインスタントな夕食よりかは、手抜きとはいえ多少はこだわった、自分でチャチャっと作る簡単ディナー程度は、映画見る晩には格好つけたいじゃないですか、皆さん!■ COPYRIGHT © 2017 BY DREAMWORKS LLC AND PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.
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COLUMN/コラム2017.10.10
【再掲載】3つの『ブレードランナー』、そのどれもが『ブレードランナー』の正しい姿だ!
例えば『ゾンビ』のように、公開エリアによって権利保持者が違ったため、各々独自の編集が施されたケースもあれば、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズや『アバター』のように、劇場公開版とは別の価値を持つものとして、DVDやBlu-rayなど制約のないメディアで長時間版を発表する場合もある。 『ブレードランナー』もそれらのように、いくつもの別バージョンが存在する作品として有名だ。しかし、先に挙げた作品とは「発生の理由」がまったく異なる。いったいどのような経緯によって、同作にはこうしたバージョン違いが生まれたのだろうか? なぜバージョン違いが生まれたのか? それは最初に劇場公開されたものが「監督の意図に忠実な作品ではなかった」というのが最大の理由だ。 映画の完成を定める「最終編集権」は、作品を手がけた「監督」にあると思われがちだ。しかし、その多くは作品の「製作者」が握っており、監督が望む形で完成へと到らないケースがある。『ブレードランナー』もまさしくそのひとつで、1982年に劇場公開された「通常版」は、製作者の権利行使によって完成されたものなのだ。 当然、それに納得いかなかったのが、監督のリドリー・スコットである。醇美にして荘厳な映像スタイルを自作で展開させ「ビジュアリスト」の名を欲しいままにする希代の名匠。そんな完璧主義の鬼が、自らの意図と異なるものに寛容であるはずがない。そう、もともと『ブレードランナー』は、リドリーの意図に忠実に編集されていたのである。しかし製作側が完成前にテスト試写をおこない、参加者にアンケートをとったところ、以下のような驚くべき意見が寄せられてしまったのだ。 「映画に出てくる単語や用語が難しい。“レプリカント”って何? そもそも“ブレードランナー”って何なの?」 「ラストが暗すぎる。デッカード(ハリソン・フォード)とレイチェル(ショーン・ヤング)は、あの後どうなったの?」 こうした意見に製作側が戦々恐々となったのは言うまでもない。そして収益に響いては困るとばかりに、編集に修正を加えるのである。「用語が難しい」という問題には、劇中にわかりやすいナレーションを入れることで対応し、そして「ラストが暗い」には、「レイチェルには限られた寿命がなく(レプリカントは4年しか生きられない)、ふたりは生き延びて仲良く暮らしました」とでも言いたげなハッピーエンド・シーンを追加した。 しかし、今となっては考えられないことかもしれないが、こうした製作側の配慮もむなしく、『ブレードランナー』はヒットには到らなかったのである。 何が問題だったのか? それは懸念された「内容の難解さや暗さ」ではなく、ダークなセンスこそ光る本作を「SFアクション劇」で売ろうとした製作側の大きな宣伝ミスだったのだ。そして皮肉にも、その退廃的な未来図像や哲学的なストーリーが目の利いた映画ファンから絶賛され、『ブレードランナー』は年を追うごとに注目を集め、マスターピースとしてその名を高めていくのである。 ■「ディレクターズ・カット/最終版」(1992年)の誕生 商業性を優先した製作側に、作品を曲解されてしまったとリドリー・スコット監督は考えていた。作品の評価が高まるにつれ、彼は今そこにある『ブレードランナー』が、自分の意図どおりのものでないことにジレンマをつのらせたのである。そして「いつか私の『ブレードランナー』を作る」と、来るべき機会をじっと待っていたのだ。 そして、ついにその祈願が果たされるときがやってくる。1991年、ワーナー・ブラザースが同作のファンの需要に応え、「通常版」の前のバージョンの公開を局地的に展開していた。そう、リドリーの意向に沿った編集版だ。 それに対してリドリーは、 「あの編集バージョンはあくまで粗編集で、未完成のものだ。公開を承認することはできない。これはビジネスの問題じゃなくて芸術の問題だ」 と、公開にストップをかけたのだ。そしてワーナーに対し、ある代案を呈示したのである。 「監督である私の意図にしたがい、新たに編集したものならば公開してもいい」。 この代案が受け入れられ、編集権はリドリーに譲渡される形となった。そしてリドリーは自分どおりの、新たな編集による『ブレードランナー』を発表することになったのだ。それが「ディレクターズ・カット/最終版」である。 ■「通常版」と「ディレクターズ・カット」、ここを見比べよう! 監督の意図に忠実な「ディレクターズ・カット/最終版」は、「通常版」に入れられたナレーションをすべて取り払い、そして最後に追加されたハッピーエンド・シーンも削除したバージョンだ。そこには監督の「混沌とした未来像をありのままに受け止めてほしい」という演出プランが息づいている。 こうした点にこだわりながら、改めて両バージョンを見比べてほしい。ナレーションのない「ディレクターズ・カット/最終版」は、耳からくる情報収集で聴覚を奪われないぶん、視覚を集中して働かせられる。そのため、映像が放つインパクトをより強く受け取ることができるのだ。公開当時、革命的で前代未聞といわれたデッドテックな未来像。その視覚的ショックを、監督の思う通りに実感できるという次第だ。 さらにリドリーは「ディレクターズ・カット/最終版」に新たなショットを付け加えることで、観客がこれまで抱いてきた『ブレードランナー』の固定観念を覆すことに成功している。それが「森を駆けるユニコーン(一角獣)」のイメージ・シーンである。 デッカードが見る「夢」として挿入されるユニコーンの映像。それは彼の同僚ガフ(エドワード・ジェームズ・オルモス)が捜索現場に残した「折り紙のユニコーン」と重なり合う。デッカードの脳内イメージを第三者であるガフが知っているということは、「デッカード自身もレプリカントなのでは?」という疑念を観る者に抱かせるのだ。そしてその疑念こそが「ディレクターズ・カット/最終版」の、もうひとつの変更点=“ハッピーエンドの否定”へとリンクしていく。 「ならば『通常版』は、監督の意図と違うからダメなのか?」 と訊かれれば、それはノーだ。「通常版」固有のナレーションは、1940?50年代に量産された「フィルム・ノワール(犯罪映画)」や「ハードボイルド小説」のスタイルを彷彿とさせる。『マルタの鷹』や『三つ数えろ』『ロング・グッドバイ』など、主人公が自身の行動や考え、感情をストーリーの流れに沿って口述する文体は、フィルム・ノワール、特にハードボイルド小説の「探偵ジャンル」に顕著なものだ。そうした古来の語り口を介することで、『ブレードランナー』もまた「孤独な主人公が犯罪者を追う」古典的な物語であることを認識させてくれるのである。 そういう観点からすれば「通常版」は“未来版フィルム・ノワール”として独自の価値を持つものであり、監督が思うほど「ディレクターズ・カット/最終版」に劣るものでは決してないのである。 ■さらに作品を極めたい?そして「ファイナル・カット版」(2007年)へ リドリーは紆余曲折を経て、自分の意向に沿った『ブレードランナー』を世に出すことに成功した。だが、それだけでは満足しないのがアーティストの性(さが)だろう。「さらに極めたものを作りたい」という思いは、完璧主義者としての彼の奥底に深く根を張っていたのだ。 そうした自身の思いと、多くのファンの作品に対する支持はワーナー・ブラザースを動かした。同社は『ブレードランナー』公開から25周年を迎えるにあたり、改めて同作の権利契約を結び、“究極”ともいえる「ファイナル・カット版」の製作にゴーサインを出したのである。 「ファイナル・カット版」は、基本的には前述の「ディレクターズ・カット/最終版」をアップデートしたものだ。なので「通常版」→「ディレクターズ・カット/最終版」に見られたような大きな違いはなく、下記のようにディテールの修正が主だった変更点である。 【1】撮影・編集ミスによる矛盾の修正 撮影ミスや編集ミスで、カットごとに違うものが映し出されるシーン(不統一な看板の文字など)や、または矛盾を生じるセリフの修正などが徹底しておこなわれている。特に代表的なのは、ブライアント(M・エメット・ウォルシュ)がレプリカントに言及するセリフで「(6体の逃亡したレプリカントのうち)1匹は死んだ」としゃべっていたものを、「2匹が死んだ」と変えている場面だ。これはデッカードが追う残り4体のレプリカント(ロイ、ゾーラ、リオン、プリス)の数に合致させるための変更である。 あるいは修正のために、新たに映像素材を撮影したシーンもある。デッカードに撃たれたゾーラが倒れるシーンで、スタントの代役が如実に分かるミスショットがあるが、ゾーラ役のジョアンナ・キャシディを招いて撮ったアップショットを代役にリプレイスメント(交換)することで解決へと導いている。また人口蛇をめぐってデッカードがアブドルと話すシーンでの、声と口の動きが一致していない問題点には、ハリソン・フォードの実子ベンジャミン・フォード(お父さんそっくり!)の口もとを合成し、同様に解決されている。 【2】特殊効果シーンの一部変更ならびに修正 オプチカル(光学)による合成ショットのブレや、シーンによって左右反転するデッカードの頬傷メイク、あるいはスピナーが浮上するさいに見える、吊り上げるためのワイヤーなど、ミスや製作当時の技術的な限界を露呈した点がデジタル処理で修正されている。またバックプレート(背景画像)が大きく入れ替えられている部分もあり、たとえばロイの死の直後にハトが飛び去るショットは、前カットとの連続性を持たせるために晴天から雨天へとレタッチされ、下部分に写る建造物も新たにデジタル・ペイントされて、違和感をなくしている。 【3】未公開シーンの挿入 デッカードがゾーラを訪ねるシークエンスで、繁華街に登場するホッケーマスクのダンサーなど、未公開だったショットが追加されている。またユニコーンのシーンも1ショット追加され、それにともないデッカードのアップにユニコーンのショットがインサートされる編集処理となり、ユニコーンのシーンはディゾルブ(オーバーラップ)でなくなった。 すべてのバージョンが『ブレードランナー』である ! そう、1982年の『ブレードランナー』初公開から四半世紀の間に、映画の世界には大きな変革が及んだ。「デジタル技術」の導入により、そのメイキング・プロセスや作品の仕上がりに高いクオリティが与えられたのだ。監督とスタッフは「ファイナル・カット版」作成に際し、オリジナルの本編シーン35mmネガ、そして視覚効果シーンの65mmと70mmオリジナルネガをスキャンしてデジタルデータに変換し、すべての編集や修正をコンピュータベースでおこなっている。 その結果、同バージョンは「ディレクターズ・カット/最終版」と比較(あるいは「通常版」と比較)しても、とにかく映像の美しさという点で勝っている。デジタルによる高解像度のスキャンによって、これまでの別バージョンに較べて画面の隅々までが明瞭に見えるようになったし、照明効果の暗かった場面の光度や輝度をデジタル処理で上げることで、暗部に隠れた被写体の可視化に「ファイナル・カット版」は成功している。 また映像面だけでなく、サウンドにおいても微細に加工が施されている。セリフ、効果音、スコアそれぞれのトラックからノイズをデジタルで消去し、それらをリミックスして響きのいい音を提供している。またナレーションを排したために、ところどころで音の隙間が出来てしまった場面においても。スピナー飛行時の通信ノイズや街の雑踏など新たなサウンドエフェクトで補っているのだ。 こうした丹念な修正作業と、リドリー・スコット監督の執念によって、「ファイナル・カット版」は『ブレードランナー』の“完成型”といえるものに仕上がった。とはいえ、デジタルという態勢下で加工された「ファイナル・カット版」に対し、あくまでフィルムベースで存在する「通常版」「ディレクターズ・カット/完全版」の“映画らしい質感”を称揚する者も少なくない。なにより私(筆者)自身、作家性を重んじる立場から「ファイナル・カット版」に感動しつつも、「最初に劇場公開されたものこそオリジナル」という主義でもあるので、すべてのバージョンを観るたびに心が揺れる。だからどの『ブレードランナー』を支持するかは、観る者の嗜好によって一定ではないだろう。 しかし、誰がいかなるバージョンに触れたとしても、やはり『ブレードランナー』という作品そのものが持つ「魅力」と「偉大さ」を、改めてすべての人が感じるに違いない。■ 【3月放送日】 『ブレードランナー』…5日、25日 『ディレクターズカット/ブレードランナー 最終版』…11日、29日 『ブレードランナー ファイナル・カット』…20日、26日 『(吹)ブレードランナー ファイナル・カット』…20日、26日 『デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナー』…5日、20日 TM & © The Blade Runner Partnership. 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COLUMN/コラム2017.10.05
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年10月】飯森盛良
実は昔っからロマコメがキュンキュンに一番好きという42歳中年ヘテロ妻子ありオヤジです。そういう男子もいるのだ。趣味で見る映画では野郎キャストはどうでもいい。ただヒロインを消費したいだけなんだ。アグリー?あと、バッドエンドなんてお仕事以外では見たかないねえ、嫌な気分は最近のニュースだけで沢山さ。ハッピーエンドだけ見ていたい。アグリー?アグリーな人にだけ全力でオススメしたいのが、近年稀に見るベストだと感じた本作。僕の座右の銘は「いつも心にトレンディを」。イカしたリア充都会暮らし、軽妙洒脱な会話、当然のごとくハッピーエンド。この感じだけで人生を満たしたいんだ僕は!そして一番はヒロインのイモージェン・プーツの愛らしさ。恋に落ちて僕は君をこう呼ぶことにした、「芋ぷぅ」と。■ © 2013 AWOD Productions, LLC. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2017.10.05
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年10月】うず潮
不慮な事故で死んでしまった彼女がゾンビになっても彼を愛し続ける!元カノ(ゾンビ)と今カノの間で揺れる青年の顛末を描くゾンビ・コメディ!監督は『グレムリン』シリーズなどのヒット作を手がけたジョー・ダンテ。御年70歳を迎えても精力的に作品を造り続ける彼は、『冒険野郎マクガイバー』の新TVシリーズ『MACGYVER/マクガイバー』でも監督しています(スゴイ!)。そんな彼が66歳の時に撮ったのがこの『ゾンビ・ガール』。熟練の技によるおバカ加減が絶妙で、『シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2015』にて全国劇場公開された話題をさらいました! 三角関係で揺れるホラー映画マニア青年マックス役を、『ターミネーター4』『スター・トレック』新シリーズに出演した新鋭アントン・イェルチンが軽妙に演じ、その彼女でゾンビになっても彼を愛し続けるイタイ役を、『トワイライト・サーガ』シリーズに出演したアシュリー・グリーンがウザさMAXで好演。さらに2012年の「世界で最も美しい顔100人」の第3位に輝いたアレクサンドラ・ダダリオがキュートに今カノを演じています。彼女は『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』シリーズ(ザ・シネマで10月放送)にも出演していて、そのお顔はお美しいのひと言。元カノ(ゾンビ)と今カノの美女ふたりに言い寄られる彼の行動にツッコミを入れながら見るとより楽しい1本です!■ ©2014 BTX NEVADA, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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COLUMN/コラム2017.08.29
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年9月】キャロル
マーシャル・アーティスト(武道俳優)といえば、ブルース・リー、チャック・ノリス、ジャン・クロード=ヴァン・ダムらのような空手やテコンドーの使い手が主流のハリウッド。その中でもひとり合気道をメインにしたミックス・マーシャル・アーツの信念を貫き、独自のスタイルを確立させたスティーヴン・セガールは、65才を過ぎた今も年数本に出演するペースで現役真っ盛りに活躍しています。不思議なことに、彼のキャリア最高傑作とも称される1992年の『沈黙の戦艦(原題:UNDER SIEGE)』が大ヒットして以降、日本に配給されるセガール作品にはことごとく『沈黙の○○』という邦題が付けられています。チョイ役の作品でも『沈黙~』の冠が堂々と付けられ、DVDのジャケ写ではまるで主役級の扱いなんてことも。そして何を隠そう、本作『沈黙のSHINGEKI/進撃』がまさにそれ。正直に申し上げて、セガールの登場シーンは殆どありません!ハッハー!実にザンネーン!なのですが、それでもキャストが地味に豪華(!)なところが救いのポイント。主演は『CSI:科学捜査班』でおなじみのジョージ・イーズ。新シリーズ『MACGYVER/マクガイバー』で主人公の相棒役に抜擢され、今後ブレイクの予感も!ヒロインには、『新ビバリーヒルズ青春白書』で一躍時のひととなったアナリン・マコード。スーパーボディの彼女が夜のプールでスッポンポン!お色気シーンは美しすぎて男女問わず必見です。そして極めつけは2016年公開『ドント・ブリーズ』で盲目の老人役が記憶に新しいスティーヴン・ラング。強面を活かした役が多い彼ですが、本作でも謎に包まれた男の独特の“怖さ”を、ベテラン俳優ならではの巧みな演技で魅せています。 セガール全開ムービーを期待するとガッカリなところがあるかもしれませんが(笑)、ブレイク必至のライジング・スターたちの好演を観るのもまた一興。9月のザ・シネマで是非お楽しみ下さい。■ (C) MMXIV AMJ Productions, LLC All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2017.08.29
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年9月】お殿
建設中の博物館で足を滑らせた失業中の広告マンのロベルトが、足組のようなものに落下し剥き出しの鉄の棒に頭が刺さってしまいます。棒を抜いたら出血多量で死にかねず、救助を呼んだものの動けません。まさに「ピンで刺された虫のよう」な男の姿に、マスコミは大騒ぎ、報道合戦が白熱します。就職活動では無視されまくったのに今は国中に注目されている!ロベルトはこのオイシイ状況を利用し金儲けをしようと考えます。家族のため、広告マンとしてのプライドのため、痛みに耐え脂汗流しながら交渉するロベルト。この作品、スペインのブラックコメディなのですが、中々シニカルなものになってます。ロベルトが失業を苦に自殺未遂したと勘違いし同情した多くの若者が、キリストよろしく磔にされたロベルトを聖者のように扱ったり、広告業界の面々がえげつない便乗商法を繰り広げたり。異常な事態に発展していく様は、ある意味見ていて笑えます。ロベルトは無事に助かるのか、そして大金を手に入れることができるのかというところですが…オチまでシニカル。監督は、『どつかれてアンダルシア(仮)』や『気狂いピエロの決闘』で知られる、スペイン、バスク地方出身のアレックス・デ・ラ・イグレシア。本作を彼は「自らの魂をお金にしなければいけない時、人はどのように尊厳を保つか」についての映画だと語っています。若者の失業率が50パーセントを超えると言われるまでの経済危機に陥っているスペインで、「お金」と「尊厳」というテーマが彼独自のスタイル:コメディとして描かれています。ブラックな笑いも存分に味わうことのできる本作ですが、ロベルトを思う家族の姿には思いがけず心がギュッーと締め付けられます。特に印象的なのは奥さんルイサの聖女っぷり。40後半でもスタイル抜群で美しさ健在のサルマ・ハエックが、夫に寄り添う献身的なルイサを好演しています。また、エスパーニャ・ディレクトのリポーター役のイグレシア作品常連女優カロリーナ・バングは2014年に監督と結婚。ザ・シネマで放送中の、ゴヤ賞8部門を受賞した『スガラムルディの魔女』にも出演しています。映画の原題は人生のきらめき、という意味の「La chispa de la vida」。実際にスペインのコカコーラのスローガンとして使用されました。ブラックな笑いの中に、人生で大切なものは何かを考えさせてくれるこの作品、ぜひご覧ください。■ ©Alfresco Enterprises y Trivision
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COLUMN/コラム2017.08.29
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年9月】飯森盛良
『エイリアン:コヴェナント』一足お先に見たが、「人間はどこから来たのか?人は何のため生まれてくるのか?」について語りたいシリーズであることがますます鮮明に。またリドスコ映画の同窓会の趣も。タイレル社長とロイバッティの関係、人体の腑分けに熱中するレクター博士の貴族趣味などが映画中に散りばめられ、さらに文学や音楽からの引用といい、「どんだけ深えんだ!」という豊潤な作品になった。しかーし!完全に『プロメテウス』の続編。『エイリアン』シリーズは見てなくても『プロメテウス』だけは見ておかないと話についていけない。ま、公開前にウチでは『エイリアン』シリーズも『プロメテウス』も全部やるんだけどな!■ © 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2017.07.29
『ブレンダンとケルズの秘密』7/29公開。まあこれはアカデミー賞ノミネートされるわな!なワケとは!?
本日、アニメ映画『ブレンダンとケルズの秘密』が公開されました。いゃ〜待望でしたねえ!昨夏は『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』が単館系として全国順次公開され、公開規模に比して多くの日本人が魅了されて話題になりました。その監督のデビュー作が今作です。公開順が日本では逆転してしまいましたが。 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は“ポスト・ジブリ”との呼び声高いアイルランドのアニメーション・スタジオ「カートゥーン・サルーン」の第2作で、2014年度アカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされたほど評価が高った。結局その年は『ベイマックス』が獲りましたけど、ジブリの『かぐや姫の物語』とも競ったのでした。その戦績からクオリティは推して知るべしということで。 監督はアイルランド人のトム・ムーア。これが監督2作目で、デビュー作である『ブレンダンとケルズの秘密』という作品も存在するらしい。しかもそっちもアカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされている(2009年度)。獲ったのは『カールじいさん』でしたが、他に『コラライン』とか『ファンタスティック Mr.FOX』と競ったというのだから、デビュー戦からして華々しい。 ちなみに昨夏、ワタクシは監督にインタビューさせてもらいましたが、その模様と『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』についてはコチラの過去記事から。今回のこの投稿とも超リンクしてくる内容です。あわせてお読みいただけたら大変うれしい。 昨夏、この『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』に魅了され、デビュー作『ブレンダンとケルズの秘密』というのも見てみたい!と思った日本人は、少なからずいたでしょう。今夏、その願いが叶います!関西の映画祭で上映されたことはありましたが、ついに、商業上映で全国順次ロードショーが実現しました。 昨夏の『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と同じくアイルランド感満点の映画となっております。映画を通じて遥かなる異国の文化や歴史に親しみを持てるってのは、実に素晴らしいことですなあ!映画を見る理由の一つです。きっと外国人も、ジブリの『もののけ姫』や『千と千尋』を通じて、我が国に興味と親近感を持ってくれたのでしょう。だから“ポスト・ジブリ”なのです。 ■ ■ ■ 今作『ブレンダンとケルズの秘密』のあらすじを、解説もちょいちょい差し挟みながら以下ご紹介していきましょう。時は9世紀。ケルト民族の島アイルランドはすでにキリスト教化されており修道院が各所に建っている。そこをヴァイキングが襲う。黄金製で絢爛豪華な教会の聖具を狙って。ヴァイキングはこの映画では顔も人格もない宇宙からのインベーダー的な扱いになっていますが、でもケルト人だってアイルランドの先住民族という訳ではなくて、この1000年くらい昔にヨーロッパ本土からやってきた移民・難民もしくは侵略者だったんですけどね。 今ではアイルランドといえば様々な映画で描かれている通り“カトリックの国”という印象ですが、9世紀のこの時代はローマ・カトリックとは一線を画する独自キリスト教派「ケルト系キリスト教」が盛んな島でした。4〜5世紀、ヨーロッパ本土は民族大移動(皆ご覧375ゲルマン人の移動だよ、375年)と西ローマ帝国崩壊(ローマは死なむ476と言いつつ死んじゃった、476年)の影響で大混乱におちいっていたのですが、最果ての島アイルランドはその混乱とは無縁だったため、キリスト教が無傷で温存された上に独自の発達を遂げたのです。 「学者と聖者の島」と尊称され、各国から留学僧を多く受け入れ、逆に各国に宣教師を派遣もしていた、西ヨーロッパ随一の文教センター。それがこの時代のアイルランドでした。遣隋使・遣唐使時代の都・長安みたいなものでしょうか。だからこの映画の中では、黒人まで含む、様々な人種・民族の留学僧がアイルランドの修道院に集っているのです。アイルランド史ではこの時代を「聖者の時代」と呼んでいます。ケルト民族の文化と融合した美しいキリスト教の文物が数多く作られ、それらは今ではアイルランドを象徴する文化財となっていますが、それをヴァイキングが狙ってきて、この映画のキーアイテム「ケルズの書」もそのうちの一つ(しかも現国宝)なのです。 「ケルズの書」とは、極彩色の緻密細密な渦巻き模様や唐草文様に彩られた福音書。渦巻き模様や唐草文様はケルト民族の伝統文様です。ケルト民族の故地・ヨーロッパ本土スイスあたりにあった紀元前のラ・テーヌ文化にまでさかのぼります。千数百年前にスイスにいたご先祖様と同じ模様を使って、その子孫たちが、アイルランドで独自に発展させ世界が絶賛した「ケルト系キリスト教」の聖典を彩った。それが「ケルズの書」なのです。それからさらに1000年後、ケルト民族の数十世代後の子孫たる現代アイルランド人が今も国宝として大切にしているのも納得です。 さて、ウンチクはやめてそろそろあらすじを始めねば。その頃ケルズ修道院というところにブレンダンというわんぱく少年修道士がおりました。この修道院では、「芸術を生み出すこと(特に写本作り)、文化を後世に伝え残すことが重要」という考えと「安全保障が最重要。壁を建設して異民族・外敵(ヴァイキング)の侵入を防ぐことが喫緊の課題」という考えが対立しています。大昔から「我が国をとりまく安全保障環境がヤバいことになってる」と騒いではやたらと壁を建設したがる輩ってのはいるものです。そのタイプが修道院長。ブレンダン君の叔父さんです。 ブレンダン君はアイルランドのケルト系キリスト教を慕って渡来してきた外国人留学僧たちに囲まれ、装飾写本作りに興味を持つのですが、叔父さんの安保院長からスゲ無く「そんな下らんことにかまけていられるご時世か!」的なリアクションを返される毎日。そんなある時、当代最高の写本絵師ブラザー・エイダン(実在の歴史上の人物)がヴァイキングから逃れここケルズ修道院まではるばるやって来る。このエイダン師に感化され、ますます写本熱が高まるブレンダン君。叔父さんの院長は苦々しく思う。 エイダン師は美しいイラストで埋め尽くされた描きかけの書を携えてきており、興味津々のブレンダン君に絵本作りを手伝ってくれと頼みます。まず森に入ってインクの材料となる木の実を拾ってきてくれと言い、その言いつけに従って、鉄壁の要塞と化しつつある修道院を抜け出し森にはじめて分け入ったブレンダン君は、その森の奥で道に迷ってしまいます。 そこで、不思議な自然児、森に精通していて「ここは私の森」と豪語する白髪の少女アシュリンと遭遇するのです。 アシュリンちゃんとは何者なのか?ケルト民族は妖精を信じていますので、妖精か妖怪変化のたぐいでしょうか?森はキリスト教ではなく妖精や異教の領域。そこでキリスト教の修道士ブレンダン君とケルトの妖精アシュリンちゃんが仲良しになるというところが、とてもアイルランド的なのです。ケルト+キリスト教=アイルランドなのです。「ケルト系キリスト教」も当然そういうことですし、今作劇中のキーアイテム「ケルズの書」も、ケルト伝統装飾で彩られたキリスト教福音書ですから。 このアシュリンちゃんも畏れる、忌むべき存在が森の奥底深くには潜んでいる。それがクロム・クルアッハ神。いにしえのケルト神話の神で、キリスト教以前のアイルランドには金銀製の巨像が祀られていたといいます。12柱の青銅製の従属神像を従えていたともいう。生贄を求め、初子かその家の子供たちの1/3を犠牲に捧げれば、戦いにも勝てるし大豊作も叶えてくれる、と信じられていました。まあ、はっきり言って邪神ですな。この邪神像を引きずり倒した漢が、アイルランドを象徴する聖人、三つ葉のクローバーでおなじみセント・パトリックなのですが、閑話休題。こういう、古代ケルトのまがまがしい存在も、妖精も、アイルランドの森には潜んでいる、という、まさにジブリ的な、『もののけ姫』的なアニメなのであります。 さて、とあるクエスト達成のため、この邪神クロム・クルアッハと対峙せねばならなくなるブレンダン君×アシュリンちゃんコンビ。さらに、ヴァイキングの来寇が目前に迫っていた…高い壁をはりめぐらせたケルズ修道院の命運は?そして、現代にまで伝わりアイルランドの国宝とされるに至る「ケルズの書」はいかにして誕生するのか? この続きは、映画本編でお確かめください。 ■ ■ ■ 最後に。一時期はキリスト教世界の中心地でさえあったアイルランド。その国際的地位が、実際にヴァイキングの襲来と破壊によって大きく衰退したことは歴史的な事実です。ヴァイキングは8世紀末からヨーロッパ中の沿岸部を荒らし回りました。しかし実はその前に「ケルト系キリスト教」の影響力も、民族大移動と西ローマ滅亡の大混乱から200年を経て立ち直りつつあったヨーロッパ本土のローマ・カトリックとの教義論争に敗れて(664年ホイットビー宗教会議)地位が弱まっていたのです。そのためアイルランドもまた、普通のカトリックの一角となってしまい(それでもだいぶユニークですが)、そしてさらにその後、キリスト教化したイギリス、しかもさらに後にはプロテスタント国となったイギリスの強い影響にさらされながら、こんにちに至るのです。 壁を築くというのは、侵略の恐怖にさらされた当時の人々にとっては切実な願いだったでしょうし、当然の行動でしょう。でも、無駄だった。ヴァイキングの侵寇も大英帝国の専横も、結局、防ぐことはできませんでした。だから無駄だ、とは思いません。国防が無駄である訳がない。やるだけやる意味はある。それで救われた命も幾つかはあったかもしれない。でも逆に、文化・芸術だって決して無駄ではない。結局、文化だけが残りました。ケルト芸術と「ケルト系キリスト教」の精華たる「ケルズの書」は、こんにちにまで伝わって、民族の誇り、アイデンティティの核として、国宝となったのです。 このアニメ映画、ケルトの伝統模様、渦巻き模様や唐草文様が画面中に散りばめられています。紀元前のラ・テーヌ文化から伝わる模様を使って9世紀に描かれた「ケルズの書」をめぐるファンタジー冒険アニメを、現代アイルランドのアニメ作家・スタジオが、やはり同じ文様を使って描く。文化と芸術が、二千数百年の時を経て、民族のあいだで連綿と伝えられてきたという確たる証拠。それがこの『ブレンダンとケルズの秘密』なのです。 まあ、これはアカデミー賞ノミネートされるよね!(蛇足:アシュリンちゃん、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』にも隠れキャラとして出ています。見れる人は探してみよう) 7月29日(土)にYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー2009年/75分/カラー/ドルビー・デジタル/ヴィスタサイズ/フランス・ベルギー・アイルランド合作 ©Les Amateurs, Vivi Film, Cartoon Saloon
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COLUMN/コラム2017.07.28
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2017年8月】飯森盛良
8月メイン『フューリー』にあわせてティーゲルI特集。『フューリー』はとんでもない残酷描写により「戦争怖い!」という感想しか抱きようがなくする、優れた反戦映画だ。この露映画も別アプローチの優れた戦争映画。これは寓話だ。死なない露戦車兵vsモンスター的に強い独ホワイトタイガー。別に白くないのになぜに「ホワイト」と呼ばれてるのか?そういや『白鯨』って小説もあったな。そして「戦争は終わらない。消えたホワイトタイガーもいつかまた必ず現れる」と言った後、目を離した一瞬の隙に煙のように消える露戦車兵の正体とは!? 最後に、ヒトラーが「我々はあまりにもお互いをよく知りすぎた」と話しかけ戦争論を熱く語っている相手は何者なのか?顔が暗くて見えないし、そもそもこの時点でヒトラーはとっくに自殺してるはずだが…戦争の神と悪魔とが大祖国戦争の事どもに化身して織り成す寓意。さすがはロシア産戦争映画、深い!■ ©2012 Mosfilm Cinema Concern All Rights Reserved