検索結果
-
COLUMN/コラム2016.10.10
ボンクラ兄弟がド田舎で作る人肉有機肥料が農家に大好評。ユルすぎる恐怖があなたを襲うコメディ・ホラー〜『モーガン・ブラザーズ』〜
経営破綻した某投資銀行グループみたいな邦題からはジャンルも内容も伝わりづらいが、こちらはオーストラリア産のれっきとした(?)ホラー・コメディ。それも、オーストラリア版アカデミー賞でオリジナル脚本賞と助演男優賞の2部門に堂々ノミネートを果たした快作である。 舞台はオーストラリアの田舎。どれくらい田舎なのかというと、辺りの農場や道端に立てかけられたボロボロの手書き看板を見れば一目瞭然だ。「妖精の国 毎月第3日曜営業」「ストックポート・フェス反対!」そして「手摘みの馬フンをどうぞ」。手摘みってあなた、ブルーベリーやイチゴじゃあるまいし(笑)。どうやらご自由にお持ちくださいってことらしいが、要するに人々が昔ながらの生活を頑なに守って暮らす、時代に取り残された異空間みたいな場所。しかも、周辺を見渡す限り人影など殆どなし。ひたすら続く平原の中に、時々ポツンポツンと農場や墓地が点在する。これはもう宇宙並に「あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」レベルのド田舎だ。 そんな辺境の地をノンビリと走るトラックが1台。ラジオから流れる懐メロ・オージー・ヒッツにご機嫌のニイちゃんがふと道路脇に目をやると、どうやら事故で木に激突したらしきミニバンを発見する。運転席には血まみれになった男の死体が。ドキドキしながら周囲に誰もいないことを確認したニイちゃんが何をするのかというと、いきなりミニバンから死体を引きずり出してトラックの荷台へ押し込め発車!バタンと閉めた扉には「モーガン・オーガニック有機肥料」のロゴ。そう、この見るからにトッポそうなニイちゃんこそ、実は我らがモーガン・ブラザーズの弟レジ(デイモン・ヘリマン)なのである。 大草原の小さな工場で有機肥料を製造する兄リンゼイ(アンガス・サンプソン)と弟レジのモーガン・ブラザーズ。どちらも頭の悪さはどっこいどっこいだが、体も肝っ玉も小さくてお人好しのレジに対して、体も態度もゴリラみたいにデカい髭面のリンゼイは典型的な暴君。当然のことながら、弟は完全に兄の尻に敷かれている。で、そんな兄弟の経営する肥料工場はつい最近まで財政が火の車だったが、ある秘策が功を奏して売上はたちまち好転。ローカル・ラジオでCMまで流すほどになった。その秘策というのが、人肉を混ぜた有機肥料だったというわけだ。 理屈としては、人体に含まれる高数値のカリウムが土壌を豊かにするらしく、取引先の農場からは増産を催促されるほどの大好評。信ぴょう性のほどは定かでないものの、もし本当だったら映画見て真似する業者が出てきそうだなあ。いやいや、ロシアとか南米辺りでは既にやってるかも♪なんて、偏見も甚だしい勝手な想像を巡らせるのもまた一興。で、そんなこととは露知らず、車の故障で立ち往生した都会の若者3人組が、荷台に人肉肥料とフレッシュな死体を積んだレジのトラックに拾われたことから、新たな惨劇(?)の幕があがることになる。 ここまでのストーリー解説でお分かりの通り、本作は『悪魔のいけにえ』と『地獄のモーテル』を足して割ったような映画と言えるだろう。ただし、ノリはひたすらユルい。いけにえ一家やモーテル兄妹の狂気も残酷も、ここではほぼ皆無に等しいのである。「俺たちはサイコじゃない!自営業者だ!」とは弟レジの名ゼリフだが、そもそも彼らは交通事故で死んだ人の遺体をかっさらってはミンチにして肥料へ混ぜているだけ。背に腹をかえられなくなった、ただのボンクラ兄弟だ。決して人殺しをしているわけじゃない。少なくとも今のところは…。 そして、たまたまヒッチハイクしたのがレジのトラックだったという不運な若者というのが、性格はいいけど単細胞なジェームズ(オリヴァー・アクランド)とその親友で能天気なジャンキーのウェス、そして絶妙なサジ加減でちょいブスなジェームズの恋人ソフィー(アナ・マクガハン)の3人だ。これまたモーガン兄弟に負けず劣らずのおバカトリオである。まあ、とりあえず紅一点のソフィーだけは若干賢そうだが、そんな彼女もカレシとその親友とで二股中の浮気女。もちろん、鈍感なジェームズは自分と親友がまさか穴兄弟だとは夢にも思っていない。 で、トラックの荷台に死体を発見した3人は“こりゃヤバイ!”と気づくものの、時すでに遅く場所は敵陣のど真ん中。周辺100エイカー(40万平方メートル以上)に民家はないが、それでもなんとかして逃げ出さなくちゃならない。一方のモーガン兄弟もモーガン兄弟で、若者らに危害を加えるつもりなど別になかったのだが、よもや秘密を知られたとなっちゃあ生かしておけない。ということで、ボンクラ兄弟VSおバカトリオによる、奇想天外かつトボけたイタチごっこが始まるというわけだ。 そんなこんなで、恐怖指数よりもお笑い指数の方がダントツに高い。そこが恐らく好き嫌いの分かれ目にはなるだろうが、しかし絶体絶命の危機的状況下で痴話喧嘩を始めるジェームズとソフィー、なんとかドサクサに紛れて工場を逃げ出したはいいものの、絶妙なタイミングでドラッグが回って頭の中がお花畑状態になるウェスなど、スラッシャー映画あるあるを逆手に取った間抜けな展開の数々は素直に楽しい。あくまでも大爆笑じゃなくて、クスクスと笑える程度なのがグッドだ。のどかなわりにスプラッター描写も意外と過激だしね。しかも、最終的にはまさかの純愛ドラマへとなだれ込んでいくことに!海外では『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら』などと比較されているようだが、むしろ『XYZマーダーズ』や『とむらいレストラン』辺りが好きな人にオススメだ。あ、あとエンド・クレジット後のオチもお見逃しなく。 監督のケアンズ兄弟はこれが劇場用長編映画デビュー。本作でシッチェス国際映画祭ミッドナイト・エクストリーム部門のグランプリを受賞した彼らだが、2本目の最新作「Scare Campaign」は地元オーストラリアで開催された昨年のモンスター・フェストにて、最優秀監督賞、最優秀脚本賞など4部門を獲得している。これはウェブメディアに押され気味なテレビのホラー系ドッキリ番組が、視聴率挽回のために過激な仕掛けを試みたところ予想外の展開を見せていくというもの。今度は一転してシリアスなホラーとなっている様子で、こちらの日本公開も待たれる。■ © 2012 Cyan Films Pty Ltd, Filmfest Limited, Screen Australia, Film Victoria and the South Australian Film Corporation
-
COLUMN/コラム2016.10.04
プレイバック80'sキョンシー大ブーム、それを踏まえた上で作られた、“本当に怖い”2013年版『キョンシー』
中国では、労働者が出稼ぎ先で死んだ場合、故郷で埋葬しないと家族が不運に見舞われると言われていた。そこで故郷まで死体を運搬するために、道教の道士が呪術で死体を歩かせたという伝承がある。また、強い恨みや妬みを持ったまま死んだ者は、死んでも死にきれずに生ける屍としてこの世をさまようことになる。中国では、こうした死してなお動き回る者をキョンシーと呼んだ。そしてキョンシーは人の生き血を求めて夜な夜な徘徊して人々に危害を加えるため(キョンシーに噛まれた者もまたキョンシーとなる)、法術を極めた道士たちはキョンシーハンターとして全国を旅していたという。 1978年、ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』が公開された。死者が甦った世界で繰り広げられる壮絶なサバイバル映画である本作は、低予算ホラー映画でありながら世界を席巻。世界で一大ゾンビブームを巻き起こした。その頃、香港で一人の映画人がアジア版『ゾンビ』の制作に着手している。武術指導家として名を成し、映画製作者としても俳優としても成功したサモ・ハン・キンポーである。 サモ・ハンは自身の得意とするカンフー映画とホラー映画、さらに当時香港で流行していた『Mr.BOO!』などのコメディ映画の融合を試みた作品『妖術秘伝 鬼打鬼』(80年)を世に送り出し、1980年の香港興行収入第3位となる爆発的な大ヒット作とした。香港映画史上初めて本格的にキョンシーが登場した本作は、香港でホラーアクション映画が大流行する嚆矢となったのだった。 続く『霊幻師弟/人嚇人』(83年)では、サモ・ハンの盟友で、ブルース・リーのスタントダブルを務めていたラム・チェンインを道士役として起用。前作『鬼打鬼』の倍以上の興行収入を上げる、大ヒット作となっている。さらに次の『霊幻百鬼 人嚇鬼』(84年)もスマッシュヒットを記録しており、後のキョンシー映画大ブームの礎として位置づけられるこの3作品が、後に“サモハン・ホラー3部作”とされている。 “サモハン・ホラー3部作”の成功を受けて、サモ・ハンはさらにパワーアップした作品の制作に着手。それがキョンシーを全世界に認知させることになる『霊幻道士』(85年)である。 それまで監督・主演を務めてきたサモ・ハンが、プロデューサーに退いたこの作品。3部作では多く登場する幽鬼の一部でしかなかったキョンシーを本格的にフィーチャーし、これまで以上の激しいアクション、洗練されたコメディ要素、ラブロマンス、ホラーと、映画に必要なあらゆる要素ぶち込んで融合させることに成功した本作は、香港で2,000万ドル以上を稼ぎ出すメガヒットとなり、さらに日本や台湾でも大ヒットを記録した。 『霊幻道士』のメガヒットによって、黄色い道袍に身を包んだ道士と、暖帽と補褂という清朝の官服を身に付けたキョンシーというセットは映画界に完全に定着。もち米、雌鶏の血を混ぜた墨汁、銭剣や桃の剣、まじない符といった対キョンシー兵器や、息を止めることでキョンシーから身を隠す方法など、キョンシー映画の“お約束”も本作で確立。これによって無数の亜流作品が登場するだけでなく、劇中のコメディリリーフとして多くの作品にキョンシーは頻繁に登場するようになっていく。 そして亜流キョンシー作品の決定版ともいうべき作品が、台湾で制作された『幽幻道士』シリーズ(86年~)である。『幽幻道士』シリーズは、『霊幻道士』で確立したキョンシー映画に“美少女道士”という萌え要素をプラス。美少女道士テンテンを演じたリュウ・ツーイー(現在はシャドウ・リュウという名で活動)の可憐な魅力も相まって、月曜ロードショーで放映されるや高視聴率を記録し、以降シリーズ化されていくことになる。また映画だけでなく、1988年には日本のTBSが出資してテレビシリーズとして『来来!キョンシーズ』も制作され、月刊コロコロコミックでは『ニイハオ!キョンシーくん』『霊幻キョンべえ』といったコミカライズもされるなど、キョンシーは各国以上に日本で定着していった(街中ではキョンシーのマネをする子供で溢れかえっていた)。 その頃本家『霊幻道士』では、キョンシー家族が現代社会で大暴れする『霊幻道士2 キョンシーの息子たち!』(86年)、スプラッター映画ブームに乗った『霊幻道士3 キョンシーの七不思議』(88年)、特に何も完結していない『霊幻道士 完結篇 最後の霊戦』(88年)と連続ヒットを記録。しかし『完結篇』をもってサモ・ハンは制作から退き、第5作である『霊幻道士5 ベビーキョンシー対空飛ぶドラキュラ!』(89年)以降はブームの終焉もあって失速。ラム・チェンイン演じる道士がアフリカで『ブッシュマン』(81年)のニカウさんと共にキョンシーと戦う『コイサンマン、キョンシーアフリカへ行く』(91年)といったインパクト抜群なエクスプロイテーション作品が登場するなど、1990年代前半にはキョンシー映画は完全に消費され尽していた。 キョンシー映画というジャンルの最大の弱点は、あまりにも完璧なオリジナル作品『霊幻道士』があったせいかもしれない。キョンシー映画というジャンルは、日本のバブル時代の終焉とほぼ時を同じくして消滅していったのだった(2012年に突然変異的に登場した川島海荷主演のテレビドラマ『好好!キョンシーガール~東京電視台戦記~』(12年)はあったが)。 しかし2013年、世のリブートブームに乗って、名作『霊幻道士』もついにリブートされる時がきた。『キョンシー』(13年)である。 落ち目となってしまった元スター俳優のチン・シュウホウは、幽霊が出現すると噂されるマンションに入居した。シュウホウの部屋には強力な幽魔が住み着いており、シュウホウはここで自殺を試みるが、マンションに住むの引退した道士ヤンによって助けられる。ある日、マンションの住人である老女ムイは、マンションに住む別の道士ガウに階段で事故死した夫を蘇らせるよう依頼し…。 本作のプロデュースは『呪怨』シリーズ(99年~)の監督・清水崇。本作の監督はミュージシャンのジュノ・マックで、初監督とは思えないスタイリッシュな演出を見せる。オリジナルの『霊幻道士』の大ファンであるマックは、本作制作にあたってあえてオリジナル成功の要因の一つであったコメディ要素を完全に排除。さらに清水の参画によってJホラーテイストが多く含まれ、“本当に怖いキョンシー映画”を実現している。 また本作には、オリジナルシリーズのメインキャストを多数起用。残念ながら『霊幻道士』でガオ道士役だったラム・チェンインと、二番弟子モン役だったリッキー・ホイは亡くなってしまったために出演は叶わなかったが、それでもなお『霊幻道士』ファンを歓喜させるキャスティングとなっている。 主人公のチン・シュウホウ役には、『霊幻道士』で道士の一番弟子サンコー役だったチン・シュウホウ。『霊幻道士4』の主人公ゴクウ道士役のアンソニー・チェンは道士ヤン役で、ツル道士役だったチャット・ファンは道士ガウ役で出演。中盤でアンソニー・チェンとチャット・ファンが共闘するシーンは、オールドファンにとっては感涙モノだ。さらに『霊幻道士3』のミン道士役だったリチャード・ンは、今回はアッと驚く役回りを演じているので注視してほしい(他にも旧作の出演者が出ているので要チェック)。 『キョンシー』は、不穏な空気がひたすら流れる序盤、これまでの作品とはレベルの違う禍々しいキョンシーが誕生する中盤、そしてマック監督のオリジナルへの愛情が炸裂する怒涛のクライマックスまで、一気に見せる新感覚ホラー映画なのである。■ © 2013 Kudos Films Limited. All Right Reserved.
-
COLUMN/コラム2016.09.17
ジャン・マレーの"陰"とルイ・ド・フュネスの"陽"がガチで渡り合う魅惑の「ファントマ」シリーズ
怪盗とドシな警視が端から勝敗が分かった出来レースを展開する。とても映画ファンフレンドリーなプロットだ。そこから、「ピンク・パンサー」の怪盗VSクルーゾー警部を思い浮かべる人もいるだろうし、一方で、スパイ・アクションとして切り取れば、ジェームズ・ボンドが世界制覇を狙うスペクターを追撃する「007」シリーズも想定内だろう。でも、ピーター・セラーズがシリーズ第1作『ピンクの豹』(64)でその天才的な"間の演技"で一世一代の当たり役、クルーゾーを世に送り出した同じ年、そして、『007 ドクター・ノオ』(63)でボンドが特命を受けてジャマイカに飛んだ翌年、フランスから発射された大ヒット怪盗シリーズがあった。それが「ファントマ」だ。 基の原作はピエール・スーヴェストルとマルセル・アラン共著による大衆小説で、後に母国フランスでサイレントやモノクロ映画にもなっているが、映画史的にはフランスのGaumont製作で20世紀フォックスによって世界配給されたシリーズが最も有名。でも、同じ時代のヒットシリーズ「ピンク・パンサー」や「007」に比べるとも知名度で劣る気がする。実際、映画マニアの中でも未見の人が多いと聞く。しかし、改めて観てみるとこれが楽しいことこの上ない。「007」と比較するのは申し訳ないような緩いアクションと俳優の個人芸、笑いの中に漂う不気味さと癒やし、それらが、シリーズの肝でもあるフランスのエスプリの皿に乗せられ、大衆食堂のテーブルにサーブされるかの如く。 神出鬼没の怪盗、ファントマが街を賑わせる中、パリ警視庁のジューヴ警部と新聞記者のファンドールが怪盗の素顔を暴き、逮捕に漕ぎ着けようとするが、ファントマは頭脳戦でこれに抵抗。両者の攻防はシリーズ第1作『ファントマ 危機脱出』のパリから、第2作『ファントマ 電光石火』のローマへ、さらに第3作『ファントマ ミサイル作戦』のスコットランドへと舞台を移して行く。そんなヒット映画のルーティンに則ったロケーション・ムービーとしての視覚効果はさておき、このシリーズ最大の楽しさは変装術にある。 ファントマの特技は野望達成のために生来の鉄仮面(設定上)の上に他人の顔をコピーして被り、相手を巧みに欺くこと。『危機脱出』の冒頭でヴァンドーム広場の宝石店からハイジュエリーを強奪するシェルドン卿と、物語の後半では刑務所の看守に化けて現れるファントマだが、『電光石火』では、ファントマによって拉致される科学者、ルフューヴル教授自身と、教授に化けたファントマ、さらに、ファントマを欺くために教授になりすましたファンドールが三つ巴で絡み合う。それらのキャラクターは、全員、主演のジャン・マレーが特殊メイクで1人2役、3役、またはそれ以上を演じているのを見逃す人はいないだろう。(勿論、ファントマは誰か?という秘密も)この種のシーンで当時常識とされていたのはスタンドイン。マレー演じる人物が同じ画面で対峙する時、片方はマレーが、もう片方は顔を隠して似た体型の他人が演じるお馴染みの手法だ。映画史に於いて、同じ人物同士が合成によって画面で対面した最初の作品は,恐らくケヴィン・クラインがアメリカ大統領とそのそっくりさんを1人2役で演じた『デーヴ』(93)ではなかったかと思う。いずれにせよ、「ファントマ」ほどスタンドインが堂々と、むしろ意図的に活躍する映画は少ないので、是非、その際の確信犯的カメラアングルに注目して観て欲しい。 変装するのはファントマやファンドールだけじゃない。『電光石火』では孤児院の子供がファントマのマスクを被って仲間を驚かせ、劇中のハイライトである仮装舞踏会では、ファントマが鉄仮面の上にアラブ王子のメイクを施して登場。『ミサイル作戦』では犬がキツネの着ぐるみを着てハイランドを疾走する。それを見てジューヴは『犬までが!?』と嘆くが、変装、仮装、仮面というアイテムは『オペラ座の怪人』『ジゴマ』『アルセーヌ・ルパン』を例に挙げるまでもなく、フランス大衆文学の必須要素。その脈々たる伝統を『ファントマ』も受け継いでいる。 出世作『美女と野獣』(46)で恩師、ジャン・コクトーから獣のメイクを施されたジャン・マレーが、20年後に巡ってきたヒットシリーズで、再びメイクを駆使した役で脚光を浴びるという宿命も感じないわけにはいかない。マレーが『危機脱出』で老紳士、シェルドン卿に扮して画面に現れた時、マレーの美貌にクラクラだった日本の女性ファンは、そのリアルな老けメイクを見て、彼が本当に老け込んでしまっと勘違いしてショックを受けたという逸話も。もし、それが本当なら、本人はさそがし愉快だったことだろう。 変装で魅せるマレーに対して、変幻自在の顔芸と、まるでコマ送りしたような俊敏な動きで笑いを取るのは、フレンチコメディ界のレジェンド、ルイ・ド・フュネスだ。ジューヴ警部に扮したフュネスは、画面にいる時は常時、喋りのスピードに合わせて顔の筋肉を躍動させ、体もそれに連動してまるで瞬間移動を繰り返しているかのよう。深夜、ベッドの上で奇怪な音に反応して飛び起きたり、防音のため耳栓をしていたのを忘れて、朝、寝室に音もなく現れた部下のベルトラン(『グリーンフィンガース』(00)等で知られるフランスのバイプレーヤー、ジャック・ディナムがフュネスと絶妙な掛け合いを見せる)に悲鳴を上げたり等々、人として普通の行動がフュネスの肉体を通すと問答無用で爆笑に繫がるシーンが、不気味なファントマとの対比で絶好のスパイスになっている。 スペイン、カスティーリャ地方の没落貴族の末裔から叩き上げ、フランス屈指のコメディアンになったフュネスの、これは『大混戦』(64)で始まる"サントロペ・シリーズと並ぶヒット作。様々な職業人の特徴を演じ分け、その人物独特の動きをパントマイムで表現する彼の演技手法は、俳優を正業にするまであらゆる仕事をこなしたというフュネスの実地体験から派生しているものだろう。 人気役者に美貌は決して求めず、人間味こそがエスプリの源と信じるフランス人にとって、フュネスがいかに偉大なアイコンだったかは、1964年の年間フランス国内興収の1位に『大混戦』、4位に『ファントマ 危機脱出』が、明けて1965年の1位に人気コメティアン、ブールヴィル共演の『大追跡』、4位にサントロペ・シリーズ第2弾『ニューヨーク大混戦』、6位に『ファントマ 電光石火』が同時ランクインしていることでも明らかだ。因みに、1966年に興収トップとなったフュネス&ブールヴィルの『大進撃』は、1997年に『タイタニック』に抜かれるまでフランス歴代興収最高位を維持し続けた。 そう考えると『ファントマ』シリーズは詩人、ジャン・コクトーに見出された美男俳優、ジャン・マレーの"陰"と、大衆に愛され続けたコメディアン、ルイ・ド・フュネスの"陽"がガチで渡り合った、別の意味での対決映画と取れなくもない。一説によると、撮影中マレーとフュネスの関係は良好ではなかったとか。それはもしかして本当かも知れない、と思ってみたりして。■ © 1964 Gaumont
-
COLUMN/コラム2018.02.13
隣のヒットマン
カナダのモントリオール郊外。歯科医のオズ( マシュー・ペリー)はシカゴ出身でありながら、妻の父が起こしたセックス&脱税絡みのスキャンダルによって愛する地元にいられなくなり、仕方なくこの街の病院で働いていた。それなのに、妻ソフィ(ロザンナ・アークエット)の浪費癖は改まることなく家計は破綻寸前。公私ともども冴えない彼は、病院の受付嬢ジル(アマンダ・ピート)にも同情される有様だった。そんなある日、オズの隣家にジミー(ブルース・ウィリス)と名乗る男が引っ越してくる。オズは、彼がシカゴを牛耳るマフィア組織の一員で、ボスを警察に売り渡して予定よりも早く出所することに成功したヒットマン“チューリップ”ことテュデスキの世を偲ぶ仮の姿だということに気づく。だが意外にも気さくな彼とウマが合い、友情らしきものを築くのだった。 しかしいよいよ破産寸前となったオズは、ソフィから「ジミーをマフィアのボスの息子ヤンニに引き渡せば大金を貰えること間違いなし。成功したら離婚してあげる」と迫られ、ヤンニの部下と接触するためにシカゴに行く羽目に陥ってしまう。 しかしオズの留守中にソフィが向かったのはテュデスキの家だった。彼女はオズが彼を売り渡そうとしていることをあっさり打ち明けてしまう。そう、ソフィの真の狙いはオズにかけた多額の生命保険金だったのだ。彼女のオズ殺害計画を知ったテュデスキは、ヤンニの部下で、実はテュデスキの親友フランキー( マイケル・クラーク・ダンカン)を介して「心配するな、俺たちの友情は壊れない」とオズを励ます。 だがオズは手放しでは喜べなかった。というのも、ヤンニのアジトで出会ったテュデスキの妻シンシア(ナターシャ・ヘンストリッジ)と恋に落ちてしまっていたからだ。シンシアはボスの秘密資金1000万ドルを預かっており、現金化するには彼女とテュデスキ、ヤンニ三人のサインもしくは死亡証明書が必要だった。大金を獲得するためならヤンニはもちろん、テュデスキも自分を殺すことを躊躇わないだろうと語るシンシア。果たして小市民のオズは、自分とシンシアに降りかかった絶体絶命のピンチを乗り切れるのだろうか……。 プロットをざっと書いてみるだけでも分かる通り、『隣のヒットマン』(2000年)は複雑な設定と、二転三転するストーリーによって、観る者のテンションを最後までマックス状態に維持し続けるクライム・コメディだ。 凝りに凝った脚本を書いたのは、これがデビュー作だったミッチェル・カプナー。それをモンティ・パイソンのエリック・アイドルが主演した『ナンズ・オン・ザ・ラン 走れ!尼さん』 (1990年) やメリサ・トメイにオスカーをもたらした『いとこのビニー』 (1992年) で知られる英国出身のコメディ職人ジョナサン・リンがタイトに仕上げている。 主演は、ブルース・ウィリス。このとき既にアクション映画界のスーパースターだった彼だけど、出世作だったテレビドラマ『こちらブルームーン探偵社』(1985〜89年)は探偵モノでありながら、パロディとマシンガン・トークを売りにしたコメディ仕立てのものだった。映画本格進出作の『ブラインド・デート』(1987年)にしてもブレイク・エドワーズ監督のロマ・コメだったし、スターダムに押し上げた『ダイ・ハード』(1988年)も実はアクションと同じくらいウィリスの軽口を楽しむ映画である。『隣のヒットマン』はそんな彼のコメディ・サイドをフューチャーするのにピッタリの企画であり、最初にキャスティングされたのも彼だった。そんな製作サイドの要望に忠実に、ここでのウィリスはシリアスとコミカルの狭間を行き交う演技で観客を惹きつけてみせる。 そんなウィリスが、相手役(そしてストーリー上は主人公)であるオズ役に当初から熱望したのがマシュー・ペリーだったという。当時のペリーは、驚異的な高視聴率を記録していたシットコム『フレンズ』 (1994〜2004年)のチャンドラー役でノリに乗っている時期であり、ウィリスは彼が持つ勢いを作品に持ち込めれば映画の成功は間違いないと思ったのだろう。 こうした彼の目論見にペリーは見事に応えている。リアクションがいちいち絶妙。しかも等身大のキャラを得意とする彼だからこそ、映画冒頭の冴えない姿から後半のヒーローへの変貌に、観客が喝采を叫べるというわけだ。またその活躍があくまで歯科医という設定を活かしたものであるところにも唸らされてしまう。 ウィリスとのコンビネーションという意味では、超能力者に扮したフランク・ダラボン監督作『グリーンマイル』(1999年)における演技が絶賛されたマイケル・クラーク・ダンカンも印象的だ。ダンカンはウィル・スミスをはじめとするハリウッド・スターのボディ・ガードから俳優に転じた変わり種。そんな彼をウィリスは『アルマゲドン』(1998年)で共演して以来、高く評価しており、本作は『ブレックファースト・オブ・チャンピオンズ』(1999年)に続く3度目の共演作にあたる。もし2012年に心筋梗塞で急死していなかったら、もっと共演を重ねられたのではないかと思うと、残念でならないけど、ウィリスとのプライベートの交流がそのまま反映された本作の彼は心の底から楽しそうだ。 女優陣もそれぞれ健闘。オズのどうかしている妻ソフィを演じているのは、『マドンナのスーザンを探して』(1985年)などコメディで抜群の冴えを見せるロザンナ・アークエット。フランス語訛りのヘンなセリフ回しが最高におかしい。そんな彼女とは対照的に、『スピーシーズ 種の起源』(1995年)のエイリアン役でお馴染みのナターシャ・ヘンストリッジがフィルム・ノワール的なクール美女シンシアになりきってみせる。 とはいえ、女優陣のMVPはジルを演じたアマンダ・ピートだろう。リアルタイムで本作の彼女を観たときの衝撃ときたら無かった。テレビにはそこそこ出演していたものの、それまで映画で大きな役をひとつも演じたことが無かった彼女は本作でも病院の受付嬢という一見チョイ役で登場する。だが濃すぎる顔立ちは存在感がありすぎるし、セリフは非常識なものばかり。 「彼女は一体何者なんだ?」そんな疑問が観客の中にじわじわ湧き上がっていき、それが沸点に達した瞬間に正体が明かされる。何とジルの正体はテュデスキを崇拝する殺し屋志望の女子だったのだ。映画後半の彼女の大活躍ぶりは、大スターのウィリスとペリーのそれを霞ませるほどのもの。こんな美味しい役をブレイク前の若手女優に与えた本作の製作陣にはどれほど賞賛を送っても送り足りないと思う。 本作でブレイクしたピートは、血も涙もないサイコな悪女に扮した『マテリアル・ウーマン』(2001年)でジェイソン・ビッグス、ジャック・ブラック、スティーブ・ザーンという3人のコメディ男優を向こうに回して映画を引っ張りまくり、『17歳の処方箋』(2002年)でもキーラン・カルキン扮する主人公を翻弄するフリーダムな女子を怪演。コメディ女優として一時代を築いたのだった。2006年に『ゲーム・オブ・スローンズ』のショーランナー、デイヴィッド・ベニオフと結婚して以降は上昇志向が収まったのか、普通の演技派女優になってしまったのがコメディ好きとしては本当に残念である。というわけで、映画ファンは、本作の続編『隣のヒットマンズ 全弾発射』(2004年)を含めて、この時期ならではのギラギラしたアマンダ・ピートの魅力に脳天を撃ち抜かれてほしい。 WHOLE NINE YARDS, THE © 2000 METRO-GOLDWYN-MAYER DISTRIBUTION CO.. All Rights Reserved
-
COLUMN/コラム2016.09.07
Don’t play it again, Steven.(おイタをするのはもうやめて、スティーヴン)ソダーバーグがハリウッドの古典的映画作りと倒錯的に戯れた実験作『さらば、ベルリン』
「基本的にソダーバーグはコンセプト先行型の監督で、作品ごとの狙いがヴィジュアルにも反映されている」と、先の記事の中で村山氏が指摘しているが、この『さらば、ベルリン』(2006)は、まさにその言葉がよく当てはまる、ソダーバーグならではの野心的な実験作と言えるだろう。ここでのソダーバーグの狙いは、第2次世界大戦終戦直後の1945年、ドイツのベルリンを舞台に、それぞれワケありの複数の男女が繰り広げる愛憎と犯罪劇の行く末を、1940年代当時のハリウッド映画の視覚的スタイルに則って作り上げるというもの。 ソダーバーグはかつて『蒼い記憶』(1995)で、フィルム・ノワールの名作『裏切りの街角』(1949 ロバート・シオドマク)を、ブルーを基調とした照明やフィルターを多用してスタイリッシュかつ現代風にリメイクするという試みに挑んでいたが、ピーター・アンドリュース名義で撮影監督、さらにはメアリー・アン・バーナード名義で編集も自ら兼ねたこの『さらば、ベルリン』では、全編をシックでレトロなモノクロ画面で統一(ただし、実際にはカラーフィルムを使用して撮影を行い、ポスト・プロダクションの段階でデジタル処理をして色彩を抜く手法が採用された。同様の手法を用いたモノクロ映画の前例として、コーエン兄弟による現代版ノワール『バーバー』(2001)や、ソダーバーグ自身が共同製作総指揮を務めたジョージ・クルーニーの監督第2作『グッドナイト&グッドラック』(2005)などがある)。 また、スタジオ内のセット撮影を主体にした本作の製作現場では、複数のキャメラを同時に回して多彩なアングルのショットをいちどきに得る現代的な撮影スタイルを排して、基本的にキャメラを1台のみ使用してマスター・ショットを撮り、必要に応じて切り返しやクロースアップを活用するという、古典的な撮影スタイルを遵守。キャメラのレンズもかつて用いられていた標準的なサイズのものだけを使用し、照明も蛍光灯などは使わずに白熱光だけを用いるなど、あくまで往年のハリウッド映画の伝統的な視覚的スタイルにこだわった映画作りが推し進められた。 かくして、2006年に製作・発表されたものの、軽く一瞥しただけでは1945年に作られたハリウッド映画とつい見まがうような擬古調のモノクロ映画、『さらば、ベルリン』がここに誕生することになった。 さらに、製作・配給元のワーナーは、この『さらば、ベルリン』の売り出しにあたって、念の入ったことに、映画ファンならずとも誰もがよく知るあのお馴染みの名作、『カサブランカ』(1942 マイケル・カーティス)の劇場公開用ポスターのデザインや題名の字体をほぼそのまま踏襲した本作のポスターを作って、両者の類似を強く匂わせるイメージ戦略を取り、懸命の宣伝キャンペーンを展開した。 これでは、現代の観客が、本作の主役の男女に起用されたジョージ・クルーニー&ケイト・ブランシェットに、ハリウッドの黄金期を代表する神話的スター、ハンフリー・ボガート&イングリッド・バーグマンのロマンチックなオーラと輝きを期待しない方が、おかしいというものだろう。しかしその甘美な期待は、いざ映画を見始めるや、すぐさま手ひどく裏切られることになる…。 映画『さらば、ベルリン』は、まず冒頭、昔懐かしいワーナー映画のロゴマークが登場するのに続いて、第2次世界大戦における欧州戦線終戦直後、戦争による破壊の爪痕が何とも痛々しく、すっかり荒廃して至るところが瓦礫の山と化したベルリンの光景と街角に佇む人々の姿を、終戦直後に連合軍の撮影部隊が実際に同地で撮影した記録映像を通じて赤裸々に映し出すところから始まる。そして1945年7月、米英ソという連合国の3大国の首脳陣が、戦後処理のための会談を開くべくベルリン郊外のポツダムに集結し、その取材のためにベルリンを再訪した記者役のクルーニーが、かつての愛人ブランシェットと意外な形で再会を果たしたことから、本作のドラマはいよいよ本格的に動き出す。やがて物語が進むにつれ、次々と意外な事実が浮かび上がることになるわけだが、そのあたりの展開を追っていくとあれこれネタバレになってしまうので、ここではあえて詳述を避けることにしよう。 しかし、それにしても、主役2人の宿命の再会に先立って、ブランシェットが初めて劇中に本格的に姿を現す場面での、我々観客にいきなり冷水を浴びせかけるような、ソダーバーグの何ともシニカルで挑発的な演出ぶりは一体どうだろう。部屋の奥から不意に黒い人影が姿を見せ、緩やかに歩を前に進めるにつれ、ようやくその顔に光が射し、人物の正体がほかならぬブランシェットと判明するさまを、同軸のキャメラポジションからショットを2つに割って、寄りの画面で的確に描き出すところは、なるほど、ハリウッドの古典的な演出作法のお手本ともいえるもので、それ自体は見事なものだ。しかし実は何を隠そう、これには話の続き、というより前段階があって、この場面の直前に、クルーニーから財布をちょろまかした運転手の青年が、すっかり自分だけ悦に入りながら、ある女性と後背位で性交するさまをあけすけに描く場面があり、そこではベッドにうつ伏せとなって顔や表情が一切見えない彼女こそが、生活苦のために今では米兵相手の娼婦に身を落とした哀れなヒロインたるブランシェットだったと、先述の場面で初めて分かるというショッキングな仕掛け。 以前、筆者が本サイトで『白いドレスの女』(1981 ローレンス・カスダン)の紹介記事を書いた際、ノワール今昔比較と題してそこでも述べた通り、かつてハリウッドの黄金期には、〈映画製作倫理規定〉なる映画表現上のさまざまな自主規制ルールが設けられていて、性や暴力の赤裸々で直截的な描写は厳しく制限されていた。古典的なハリウッド映画において性交場面が画面に登場することなど一切ありえず、ましてや主役級の人気スターがそこに絡むことなど、もってのほか。 ソダーバーグが、古典的なハリウッド映画の視覚的スタイルを模して作ったと称する『さらば、ベルリン』は、この時点で早くも当時の制約を大きく食み出し、禁断の領域に土足で踏み込む不敬を働いていることになる(ただし、無論これは、1945年製のハリウッド映画なら完全にアウトだが、2006年のハリウッド映画ならば一応OK、という話ではあるが)。それにしても、ここで、ブランシェットの登場のさせ方のみならず、モラルや節操を一切欠いた無神経なゲス野郎の運転手の役に、当時『スパイダーマン』シリーズ3部作(2002-2007 サム・ライミ)で好感度抜群の青年主人公を演じていた人気者のトビー・マグワイアをわざわざ起用するあたり、ソダーバーグの底意地の悪さもここに極まれり、といった感がある。 ちなみに、本作のブランシェットのキャラ設定に関しては、第2次世界大戦の終結後間もなく、やはりベルリンの荒廃した地を舞台に撮られた映画、『異国の出来事』(1948 ビリー・ワイルダー)でマレーネ・ディートリッヒが演じたヒロインの影響も色濃く感じられる。ただし、この諷刺喜劇において、ワイルダー監督がディートリッヒ扮するしたたかなヒロインを軽妙に描き出しているのに引き換え、この『さらば、ベルリン』でのブランシェットは、いかにも演技派女優らしく、深い絶望と諦念を滲ませながらどこまでも暗くシリアスに役を演じていて、往年のスター女優のように、我々観客を決して甘い陶酔や忘我の世界へ誘うことはない。 結局、この『さらば、ベルリン』は、古典的なハリウッド映画を彷彿とさせるスタイリッシュな視覚的表現の達成という点においてはそこそこ評価されたものの、ソダーバーグやワーナーの意気込みとは裏腹に、世間一般からは芳しい評判を得ることが出来ず、興行的に惨敗を喫することとなった。ソダーバーグは、下手に『カサブランカ』の名前なんかを持ち出したから、誰もがそれと引き比べることになって失敗した、と後にインタビューで告白しているが、ジョゼフ・キャノンの原作小説を大きく改変し、映画のクライマックスに、『カサブランカ』をつい想起させずにはおかない空港での一場面を自ら付け加えておいて、いまさらその言い草はないだろう。やはり、自業自得というほかない。そして哀しいかな、「君の瞳に乾杯!」という賞賛の言葉が、皮肉抜きで『さらば、ベルリン』に投げかけられることはなかった。You must remember this.■ © Warner Bros. Entertainment Inc. & Virtual Studios, LLC
-
COLUMN/コラム2016.09.05
小さな巨人ルイ・ド・フィネスの大げさな身ぶりを観るがいい。イヴ・モンタンとのくされ縁的主従関係で笑わてくれる。〜『大乱戦』〜
フランスの喜劇俳優ルイ・ド・フィネス(1914-1983) は、1960年代から1980年代初頭まで、フランス国内の興行収入ナンバーワンの俳優だった。ジャン=ポール・ベルモンドでもなく、アラン・ドロンでもなく、ジャン・ギャバンでもなく、みんな彼を観に行ったのだ。 実際に、1966年のジェラール・ウーリー監督の、ルイ・ド・フィネスとプールヴァル(1917-1970) 主演作品『大進撃』(原題La Grand Vadrouille〔大ブラブラ歩き〕) が1,700万人を動員。これは、1997年にジェームズ・キャメロン監督のアメリカ映画『タイタニック』(およそ2,075万人) に抜かれるまで、30年以上もフランスにおける興行収入の最高位だった。フランス映画では、2008年にダニー・ムーン監督の『Bienvenue chez les Ch'tis』(およそ2,048万人) に抜かれるまで、42年間も最高位を保ち続けた。いまだに(2015年現在)、本作はフランスでは興行収入第5位なのだ。 ルイ・ド・フィネスのユーモアの原動力は「パントマイムとしかめっ面」にあった。何を演じるにしても大げさにジェスチャーした。彼は164センチという低身長ながら、そうした大げさな身ぶりでスクリーンを所狭しと動きまわり、目上にはへつらいながら目下には厳しく叱るというキャラクターで大人気だった。彼はまた、「役者泥棒」として有名だった。彼がスクリーンに出てきたらおしまいで、人々は彼しか見なくなるのだ。 1971年のジェラール・ウーリー監督・脚本、マルセル・ジュリアンとダニエル・トンプソン脚本によるフランス映画『大乱戦』(原題La Folie des Grandeurs〔誇大妄想〕)は、企画当初はこのルイ・ド・フィネスと、『大追跡』(原題Le Corniaud〔馬鹿者〕) や『大進撃』の迷コンビだったプールヴィルの再会として注目されたが、後者の死によってこの撮影計画は中止になった。フランスの女優シモーヌ・シニョレが、夫である俳優・歌手イヴ・モンタン(1921-1991) に新たなコンビの可能性を見いだし、モンタンを監督のジェラール・ウーリーに推薦した。 監督のジェラール・ウーリーによると、「私はプールヴィルにスナガレルの召使役を構想していた。モンタンにはスカバンのほうが適役だった」 「スナガレル」と「スカバン」はともに17世紀の劇作家モリエールが創り出した喜劇のキャラクターで、スナガレルは『スナガレル: 疑りぶかい亭主』(1661年初演) の主人公でパリの商人。スカバンは『スカバンの悪だくみ』(1671年初演) のレアンドルの従僕で、悪だくみの名人。恐るべきことに、フランス映画は実に奥が深い。すべてのキャラクターがモリエールの傑作喜劇を下敷きにしているのだ。 おもしろさの証といえる、タイトルに「大」が付いている。だから1974年1月の日本公開時、かすかな記憶だが、ルイ・ド・フィネスに笑わせてもらいたくて、観たと思う。実際に観たら、従者役イヴ・モンタンのほうが主役だった‼︎ たしかに、ミシェル・ポルナレフのフランス盤サウンドトラックを本作を観た10年後くらいに買ったが、イヴ・モンタンの名前が左に書いてあり、ルイ・ド・フィネスの名前は右だった。 映画はスペインの宮廷劇のようで、中学1年生の僕には少々退屈だったが、フランスのシンガーソングライター、ミシェル・ポルナレフによる音楽のシンセサイザーの音が胸に刺さり(何てメロウなんだ!)、ものすごく良かった。ポルナレフの父レイブ・ポルナレフもユダヤ系ウクライナ人の音楽家で(1923年フランスに移住) 、なんと、この映画の主演であるシャンソン歌手イヴ・モンタンに親子二代で楽曲を提供したことになる。 『大乱戦』は、中世スペインを舞台にした抱腹絶倒コメディである。強欲な大蔵大臣サリュスト(ルイ・ド・フィネス) は、その悪評ゆえに王妃から爵位も剥奪され追放される。彼は自分の従者(イヴ・モンタン) をイケメン伯爵に仕立てて、彼に王妃を誘惑させて、宮廷への復帰を図るが‥‥‥。 僕のかすかな記憶によると、ルイ・ド・フィネスがいつものように大げさなジェスチャーとパントマイムで笑わせてくれた。威張り屋の大臣ルイ・ド・フィネスに、従者イヴ・モンタンという顔ぶれのスラップスティック(ドタバタ) コメディだった。他の共演は、アルベルト・デ・メンドーサ、ガブリエル・ティンティ、カリン・シューベルト、アリス・サプリッチ、ポール・プレボワ、ドン・ハイメ・デ・モラなど。中世スペインが舞台で、ほとんどの登場人物が「えりまき」(正しくは、襞襟) をしている。 イヴ・モンタンといえば、ジョン・フランケンハイマー監督のカーレースアクション『グラン・プリ』(1966)や、コンスタンタン・コスタ=ガヴラス監督のサスペンス『Z』(1969) や同監督のサスペンス『告白』(1969) や、ジャン=ピエール・メルヴィル監督のフィルムノワール『仁義』(1970) や、クロード・ベリ監督のドラマ『愛と宿命の泉』(1986) に代表される「シリアスな顔」が有名だがそれはここにはなく(シブさがあり、アメリカのスティーヴ・マックィーン並にカッコいい)、彼はコメディ路線で大いに笑わせてくれた。たとえば風呂で鼻歌を歌いながら、タオルを左耳に入れ、右耳に通して、左右ゴシゴシするギャグは40年経っても忘れられない。 撮影監督は、ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』(1958) 、フランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』(1959) 、クロード・シャブロル監督の『いとこ同士』(1959) 、ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』(1960) や『危険がいっぱい』(1964)、ルイ・マル監督の『ビバ!マリア』(1965) 、ジャン=ピエール・メルヴィル監督の『サムライ』(1967) の名手アンリ・ドカエだった。■ © 1971 Gaumont (France) / Coral Producciones (Espagne) / Mars Film Produzione (Italie) / Orion Film (Allemagne)
-
COLUMN/コラム2016.08.06
【未DVD化】タイトルに「大」が付くジェラール・ウーリー監督作はフレンンチ・コメディのなかでもとびきりの面白さの証し〜『大頭脳』〜
1969年8月9日日本公開なので、おそらく1961年生まれの僕は8歳だった。育った岩手県盛岡市には映画館が密集する映画館通りというのがあり、きっとそこのど真ん中にあった盛岡中劇で観たと思う。1968年4月日本公開の、フランクリン・J・シャフナー監督の『猿の惑星』はのちにテレビの洋画劇場で観たので、ラストに自由の女神像を初めて観たのも(『猿の惑星』のラストで驚愕させるのも自由の女神像だった)、この映画だったはずだ。いまでも鮮明に記憶している。 ともかく、デヴィッド・ニーヴン演じるブレインが、脳みそが詰まっていると見えて、事あるごとにカックンと首を傾けるのがおかしかった! ジェラール・ウーリー監督作品には、『大追跡』(1965) 『大進撃』(1966) 『大頭脳』(1969) 『大乱戦』(1971) 『大迷惑』(1987) と「大」が付くタイトルが多かったが、フランス映画のコメディのなかでもそれは、とびきりの面白さの証しだった。 脚本チーム、ジェラール・ウーリー監督と、『大追跡』『大進撃』のマルセル・ジュリアンと、『ラ・ブーム』(1980) のダニエル・トンプソンが紡いだ物語は、イギリスで実際に起こった大列車強盗事件を背景にした、軽いタッチのコメディ・サスペンス。NATOの軍資金、14か国の紙幣で1,200万ドルを、「悪党」と「野郎」と「奴ら」が三つ巴で同じ日、同じ時刻、同じ場所で狙うというものだった。 その「悪党」とはイギリスの紳士らしい列車強盗事件の首謀者で、その名も「ブレイン(頭脳)」というすこぶる付きの切れ者、イギリスのデヴィッド・ニーヴンが演じている。 その「野郎」とはかつてのブレインの共犯者で、相変わらずの汚い野郎ぶりで笑わせてくれる、美しい妹ソフィアと病的に溺愛するシシリーのマフィアのボス、スキャナピエコ。アメリカのイーライ・ウォラックが演じている。 その「奴ら」とはアナトールとアルトゥールのコンビ。アナトールは今はタクシー運転手だが、その秘密軍資金をいただこうと刑期満了の4日前にかつての相棒アルトゥールを脱獄させるのだ。フランスのジャン=ポール・ベルモンドとブールヴィル(『大追跡』『大進撃』といったウーリー監督作品常連のコメディアン) が演じている。 かくして大金は、パリからブリュッセルへ、ロンドンからシシリーを通ってニューヨークまで行ってしまう。大西洋上の豪華客船の船上に札束は舞い、三つ巴の戦いは引分けに終わる。ブレインは、敵ながら天晴れとばかりに、次の大仕事でアナトールとアルトゥールと手を組もうとする。で、ちゃんちゃんと終わる。 素晴らしいドタバタコメディだ。『八十日間世界一周』(1956) のデヴィッド・ニーヴンも、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966) のイーライ・ウォラックも最高だが、『リオの男』(1963) のジャン=ポール・ベルモンドと『大進撃』(1966) のブールヴィルのコンビがとぼけた味で、抱腹絶倒なのだ。 この英米仏の素晴らしい配役が、傑作のカギとなった。また、紅一点で活躍するスキャナピエコの妹ソフィアを演じるのはイタリア人女優シルヴィア・モンティ。黒いビキニ姿が艶かしい。その彼女がブレインに恋しちゃうので、面白いことに、マフィアのボスの嫉妬の炎は燃え盛る。彼女の存在そのものはもしかしたら、ハワード・ホークス監督作品『暗黒街の顔役』(1932) のトニー・カモンテ(ポール・ムニ) が溺愛した妹チェスカー(アン・ドヴォラーク) を狙ったのかもしれない。 そして面白いのは、冒頭にブレインが現金強奪の計画を仲間に説明するシークエンス。なんと、その説明にはカタカタ鳴る映写機を使うのだ。そこで上映されるのは計画の進行を表すアニメーション。軽快なコーラス(音楽がいい) 入りで流れるそのアニメのデヴィッド・ニーヴンは、走る列車の屋根をかっこよく駆け抜けたりする。ところが実際の本番ではアニメとは大違いで、ニーヴンときたら列車の屋根をよろよろと歩く始末。このギャップが大笑いだった。 音楽を担当したのはフランス人作曲家ジョルジュ・ドルリュー。『ピアニストを撃て』(1960) 『突然炎のごとく』(1962) 『柔らかい肌』(1963) 『恋のエチュード』(1971) 『私のように美しい娘』(1972) 『映画に愛をこめて アメリカの夜』(1973) 『逃げ去る恋』(1978) 『終電車』(1980) 『隣の女』(1981) 『日曜日が待ち遠しい』(1982) といったフランソワ・トリュフォー監督作品の音楽はどれも珠玉の名作で、とんでもなく好き。エンニオ・モリコーネを別格としてジョン・バリーらと並んで最も好きな映画音楽の作曲家のひとり。トリュフォー以外にも、ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』(1963)、ケン・ラッセルの『恋する女たち』(1969)、ベルナルド・ベルトルッチの『暗殺の森』(1970)、フレッド・ジンネマンの『ジュリア』(1977)、ジョージ・ロイ・ヒルの『リトル・ロマンス』(1979)、オリヴァー・ストーンの『プラトーン』(1986) といった傑作揃いの音楽を手がけている。ジェラール・ウーリーの『大追跡』(1965) も手がけているが、フィリップ・ド・ブロカとも『リオの男』(1963) 『カトマンズの男』(1965) 『まぼろしの市街戦』(1967) 『ベルモンドの怪人二十面相』(1975) などを手がけており、フランスのコメディにはなくてはならない人だった。 この『大頭脳』は1970年半ばにはテレビの洋画劇場などでかかったものだった。DVD化を望みたい。■ © 1969 Gaumont (France) / Dino de Laurentiis Cinematografica (Italie)
-
COLUMN/コラム2016.08.09
【ネタバレ】若き名探偵ホームズの冒険アクションがもたらした、三つの映画革命〜『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』〜
いまシャーロック・ホームズといえば、舞台を現代に置き換え、ベネディクト・カンバーバッチがホームズを演じて人気を得た英国ドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』(10~)を思い出す人が圧倒的に多いだろう。あるいは映画だと、名優イアン・マッケランが93歳の老ホームズに扮し、過去に解決できなかった難事件に挑む『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』(15)が記憶に新しい。他にも『アイアンマン』シリーズが好調のロバート・ダウニー・Jr.が、その追い風に乗ってワイルドな看板ヒーローになりきった『シャーロック・ホームズ』(09)と続編『シャーロック・ホームズシャドウ ゲーム』(11)も、観る者に強烈な印象を与えている。 これらの作品に共通するのは、原作者アーサー・コナン・ドイルが生んだホームズ像を忠実になぞるのではなく、稀代の名探偵をフレキシブルに捉え、そのキャラクターや設定を独自にアレンジしている点だ。 そんなホームズ作品の、いわゆる「新解釈モノ」の先鞭といえるのが、1985年公開の本作『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』である。贋作でもパロディでもない、正伝に迫らんとする創意のもと、ドイルが手がけることのなかった「シャーロック・ホームズのティーン時代」を描いたのだ。 このオリジナルストーリーを執筆したのは、製作当時まだ26歳だったクリス・コロンバス。90年代、マコーレー・カルキン主演の留守番ドタバタコメディ『ホーム・アローン』(90)そして『ホーム・アローン2』(92)で大ヒットを飛ばし、2000年代には人気シリーズ『ハリー・ポッターと賢者の石』(01)と二作目の『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02)を手がけた、時代を象徴する監督だ。最近でも、天才ゲーム少年だった中年男が人類の存亡を賭け、8ビットエイリアンと戦う『ピクセル』(15)を演出し、健在ぶりを示している。 こうした諸作から明らかなように、コロンバスが得意とするのは、少年が日常から未知の冒険へと踏み出すジュブナイル・アクションだ。『ヤング・シャーロック』は、そんな彼の作風を顕著にあらわす、キャリア初期の脚本作である。 なにより製作のアンブリン・エンターテイメントにとって、コロンバスの作風は値千金に等しかった。同社は名匠スティーブン・スピルバーグが設立した製作会社で、スピルバーグは『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)によってアクション密度の高い作品スタイルを確立させ、多くの観客を劇場へと呼び寄せていた。 そのためアンブリンは、『レイダース』タイプの映画を自社の看板商品とするべく、傘下のクリエイターたちにアイディアを求めたのである。 ジョー・ダンテ監督のクリーチャーコメディ『グレムリン』(84)に脚本で参加し、アンブリンにいち早く貢献していたコロンバスは、先の要求に応えて二本のジュブナイル・アクション映画の脚本を完成させる。そのひとつが、海賊の財宝を探して少年たちが冒険を繰り広げる『グーニーズ』(85)で、もうひとつが『ヤング・シャーロック』だったのだ。 ところが、企画から撮影までが順調に進んだ『グーニーズ』とは対照的に、本作は脚本の執筆だけで9ヶ月もの期間を要している。理由はふたつあり、ひとつは『グレムリン』があまりにも悪趣味な内容だったために改稿を余儀なくされ、その作業とかぶってしまったこと。そしてもうひとつ、ホームズには「シャーロキアン」と呼ばれる熱狂的なマニアがおり、彼らの厳しい鑑識眼に堪えねばならなかったからだ。 古典的なヒーローを現代のアクション映画向きにアレンジしつつ、原作のイメージを損ねることは許されない……。コロンバスは右にも左にも偏ることのできない直立の状態で、新しいホームズ像を作らねばならなかったのである。 しかし、そんな困難に揉まれたおかげで『ヤング・シャーロック』は、大胆なアレンジの中にもオリジナルへの目配りが隅々にまで行き届いている。 例えば本作の、1870年という時代設定。これはシャーロキアンの研究に基づくホームズの誕生年(1854年生まれ)から、16歳を想定して割り出されたものだ。またホームズ役に大スターを起用せず、駆け出しの新人だったニコラス・ロウを抜擢したのも、「高身長」そして「ワシ鼻」という、ホームズの外見的特徴を重視したうえでのチョイスである。 さらにはホームズが得意とするフェンシングをアクションの大きな見せ場に用いたり、彼や盟友ワトスン(アラン・コックス)を苦しめる邪教集団ラメ・タップを、シリーズ短編「マスグレーヴ家の儀式」(『シャーロック・ホームズの思い出』に収録)をヒントに膨らませるなど、原作を巧みに活かした脚本づくりが展開されている。 他にもクールで女性に懐疑的なホームズの性格や、ロングコートやパイプの愛用など、誰もが知っている彼のキャラクター像に、本作では思わず膝を打つような由来が与えられている。加えて、鋭い分析能力がまだ精度100パーセントでないところなど「若さゆえの未完成」といった解釈が利いており、まさしく“ヤング・シャーロック”を体現している。 かくのごとき水も漏らさぬ徹底した作りによって、コロンバスは映画ファンのみならず、口うるさいシャーロキアンたちにも好感触を抱かせたのだ。 産業革命下のイギリスを舞台に、古代エジプト期からの呪術を受け継ぐ殺人教団の陰謀を、明晰な頭脳で阻止しようとする若き探偵ーー。知的好奇心をくすぐる、ヴィンテージ感覚と謎解きの興奮に満ちたこの冒険物語を、監督であるバリー・レヴィンソンが緻密な演出で視覚化している。 ヴォルチモアを舞台にした青春劇『ダイナー』(82)や、ロバート・レッドフォード主演の野球ファンタジー『ナチュラル』(84)で一躍注目を浴びたレヴィンソンだが、これほど手の込んだ大作を手がけるのは初めてだった。しかしそんな懸念をものともせず、ブルース・ブロートンの高揚感満載なテーマ曲に呼応した、胸のすくようなジュブナイル・アクションを世に送り出したのだ。 本作でレヴィンソンはスピルバーグの信用を勝ち得、スピルバーグは『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(89)の撮影と重なって監督を降りた『レインマン』(88)を彼に委ねた。スピルバーグの見込みは、同作が米アカデミー作品賞、監督賞を含む5部門を制覇したことからも、間違いのないものだったといえよう。 ■映画史上初のデジタルCGキャラクター また本作は、ホームズのアレンジに成功したというソフト面だけではなく、ハードな側面からも大きな成果をもたらしている。それはハリウッドの劇場長編映画に、初めてフルデジタルのCGキャラクターを登場させたことだ。 そのキャラクターとは、毒矢を射られた司祭の幻覚に登場し、彼を死へと追いやるステンドグラスの騎士だ。 本作のスペシャルエフェクト・スーパーバイザーを担当した視覚効果スタジオ、ILM(インダストリアル・ライト&マジック)のデニス・ミューレンは、『スター・ウォーズ』(77)で成功を得たルーカスフィルムのコンピュータ・アニメーション部門に協力を求め、この幻想上の怪物を既存の特撮技術ではない、コンピュータ描画による新たな創造を試みたのである。 パペット操作やモデルアニメーションとは一線を画すこの手法、まずは騎士をかたどった立体模型から、デジタイザ(デジタル画像変換装置)を用いて形状をキーポイント入力し、フルカラーモデルを描き出すことのできるレンダリング・プログラム「レイズ」で、コンピュータ上に騎士の3Dイメージを作成する。そして俳優から得たライブアクション(本作では騎士の模型を作った技師が担当)を参考に、ロトスコープ技法で動作をつけるというものだ(使用したCGドローイングシステムはエバンス&サザーランド社の「ピクチャー・システム2」)。こうして生み出されたCGキャラクターを、フィルム上で実景と合成させるのである。 問題点としては、創り出した騎士の動きが、モデルアニメーションのようにカクカクすることだった。それを解決するために、モーションブラー(動きをスムーズに見せるためのブレ)のアルゴリズムを用いるなど、フォトリアルなCGキャラクター作りの基本が本作によって確立されている。 デジタルによる映画製作が主流となった現在、先述した技法の革新性や難しさは、もはや実感しにくいかもしれない。しかし30年前は画像処理ひとつをとっても、解像度や処理速度などのパフォーマンスが充分ではなく、コスト上の制約も厳しかったのだ。また完成したCGをフィルム内に取り込むのも、旧来はCRT(高解像度ブラウン管)に映し出された映像を再撮するやり方でおこなわれていたのだが、それではフィルム内合成のマッチングが図れず、画質の面でクオリティを保てない。 そこで同部門が開発した、レーザーで直接CGをフィルムネガに焼き込める画期的なシステムを用い、CGで作り出したイメージを違和感なく本編に取り込むことに成功したのだ。こうした経緯から、当時わずか6ショット、計30秒に満たないこのシーンを生み出すのに、6ヶ月という途方もない制作期間が費やされている。 だがその甲斐あって、ガラス窓から抜け出し、平面のまま意志を持ったように人を襲う、悪夢のようなキャラクターが見事に生み出されたのだ。そして本作を機にデニス・ミューレンは『アビス』(89)『ターミネーター2』(91)そして『ジュラシック・パーク』(93)など、ハリウッド映画の視覚効果にCGの革命をもたらし、VFXの第一人者として業界を牽引していく。 ちなみに、このデジタル騎士の誕生に協力したコンピュータ・アニメーション部門の名は「ピクサー・コンピュータ・アニメーション・グループ」。そしてデジタル騎士のパートをミューレンと共に手がけたのが、誰であろうジョン・ラセターである。そう、前者は本作から10年後の1995年、世界初のフル3DCG長編アニメ『トイ・ストーリー』を世に送り、今や世界の頂点に立つアニメーションスタジオ「ピクサー」の前身だ。そして後者は『トイ・ストーリー』を監督し、現在はピクサーとディズニースタジオのクリエイティブ・アドバイザーを務める、ハリウッドを代表するトップクリエイターである。 『ヤング・シャーロック』は、映画にデジタル・メイキングの礎を築き、その映像表現飛躍的な進化と無限の可能性をもたらしたのだ。 ■クレジット終了後のサプライズも…… 最後に『ヤング・シャーロック』は、「ポスト・クレジット・シーン」という、いわゆるエンドロール後のサプライズ演出を用いた作品としても知られている。今や『アベンジャーズ』(12)を筆頭とするマーベル・シネマティック・ユニバース映画などでおなじみのこのスタイルを、ハリウッド映画に定着させたのは本作なのだ。 ラメ・タップ教団の黒幕として暗躍し、ホームズとの対決に敗れて氷の河に沈んだレイス教授(アンソニー・ヒギンズ)。その彼がクレジット後に何食わぬ顔で姿を見せ、馬車で到着した、とあるホテルの受付で名を記帳する。 「モリアーティ」とーー。 邪力のなせるワザか、それとも天才的な悪の頭脳プレイかーー? 死んだはずの人物が生存し、あまつさえその男が、ホームズの終生のライバル、モリアーティ教授だったとは! 衝撃が二段仕込みの、じつに気の利いた演出である。 『スター・ウォーズ』以降、ハリウッド映画は視覚効果やポスト・プロダクションが大きく比重を占め、参加スタッフの増加と共にエンドロールが長くなる傾向にあった。そのため観客が本編終了直後、すぐに席を立ってしまうことが懸念され、こうした作案が客を帰らせないための一助となったのである。また、コロンバスの書いた脚本には、このポスト・クレジット・シーンは設定されておらず、続編への布石として追加されたものとも言われている。しかし残念ながら本作は大ヒットには至らなかったため、続編は現在においても果たされていない。 ちなみにこのサプライズ演出、筆者が初公開時にこれを観たとき、隣席の男性が傍らのカノジョに向かってこう言い放った。 「モリアーティって、誰?」 シャーロック・ホームズに関する基礎教養を欠いては、せっかくの映画革命も台無しである。こればかりはさすがにホームズの天才的な頭脳をもってしても、どうすることもできないだろう。■ ® & © 2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
-
COLUMN/コラム2018.03.01
男たちのシネマ愛ZZ①
飯森:お久しぶりでございます。 なかざわ:こちらこそ、ご無沙汰しております! 飯森:昨年の春以来となりますから1年ぶりの対談ですね。またしても「激レア映画、買い付けてきました」企画です。今回は20世紀FOX作品の中から僕が選んだ激レア映画を合計で6本、3月と4月にそれぞれ3本ずつ放送します。以前にパラマウント作品を放送した際は、なかざわさんにお薦め作品を挙げていただいたわけですが、今回はと言うと、名付けて映画闇鍋(笑)。正体不明で得体の知れない作品を中身も見ずに買い付けようと。で、面白いかつまらないか実際に見て確かめてみましょうという趣旨なんです。 なかざわ:今回の3本はいかにも70年代らしい映画ばかりですね。特に『おたずね者キッド・ブルー/逃亡!列車強盗』と『ロッキーの英雄・伝説絶ゆる時』は、アメリカン・ニューシネマの香りがプンプンとします。 飯森:実際は、たまたま似たようなタイプの映画が揃ってしまっただけなんですけどね。とはいえ、この3本は運良く傑作ばかりでした! なかざわ:はい、僕も実際に拝見させて頂いて、どれも面白くて驚きましたよ。 飯森:こんな当たりばっか引けるか普通!?というくらい、どれも見応えと語り甲斐がある。 なかざわ:特にこの『おたずね者キッド・ブルー』は一番のお気に入りです。 飯森:と、個別の映画の話題に入る前に、なかざわさんに確認しておきたいんですけれど、allcinemaのデータベースによると『おたずね者キッド・ブルー』と『ロッキーの英雄』は劇場公開されておらず、テレビ放送のみということになっています。本当にそうなんでしょうか? なかざわ:その可能性は高いですけど、具体的な証拠を出せと言われると困るかもしれませんね。 飯森:やっぱり!僕らもそうなんですよ。有る証明はできても無い証明はできない悪魔の証明というやつで。視聴者の方は「チャンネルならそれくらい分かるだろう!」と仰るかもしれませんが、僕らも視聴者と同じくらいの情報ソースしかなくて。権利元の方でも古い作品は把握していないことが多いんですよ。劇場向けとテレビ向け、ソフト向けで担当する部門が社内でも違ったり、もしくは別会社だったりしますからね。なので、頼る情報ソースは僕らもネット中心なんですけれど、少なくともネットで調べた限りでは、『おたずね者キッド・ブルー』は劇場公開もビデオ発売もされた形跡がなく、どうやらテレビで放送されただけらしい。『ロッキーの英雄』も同様です。20世紀FOXから買い付ける際に作品リストに目を通していたんですが、その中に「なんだこれ?知らないな」という作品が幾つかあった。それをウェブ検索していったところ、「日本未公開・テレビ放送のみ」みたいな情報がallcinemaでヒットしたんですが、しかしそれ以上は全く分からない。解説もあらすじも書いてない。他のサイトにも載ってない。だったら買ってみよう、逆に!ということで選んだのが、今回の闇鍋映画6本なんです。「The Duchess and the Dirtwater Fox」と「Move」にいたっては邦題すら付いてない。恐らく完全な日本未公開映画だろうと。 なかざわ:多分そうでしょうね。その可能性は高い。 飯森:多分そうだ、可能性高い、とまでしか我々にも言えない。断言はできないんですが、少なくとも極めて視聴が困難な珍しい映画であることは間違いない。それが映画闇鍋の正体というわけです。 なかざわ:なるほど。 飯森:あと、中には放送用HDマスターテープの存在しない作品があるんですよ。例えばアメリカでもテレビでバンバン放送しているような作品だと、HDマスターが存在するでしょうから、そこに日本語字幕だけ付ければいいんですけれど、そうじゃない作品もある。今回だと『おたずね者キッド・ブルー』と『ロッキーの英雄』がそうです。レアすぎて本国でもそこまでやれていない。本当は今どきHDで放送したいところなんですけどね。ただ、これは過去の対談でもお話ししましたが、HD化するためのお金はウチからは出せないんです。権利元からフィルムを貸してもらって自分たちでHDテレシネするとなると、莫大なコストがかかりますから。5、6回再放送したらお終い、というビジネスの我々側でそれは出せない。それだと採算が取れなくなってしまう。なので、今あるSDテープでお届けするしかないんです。むしろ逆に、これをキッカケに再評価の声が高まってブルーレイ化されたりしたら良いんですけどね。そうなったら5,000円ぐらい出してでも買いたい!というほどの良品が、今回の中にもありましたからね。 次ページ >> 『おたずね者キッド・ブルー/逃亡!列車強盗』
-
COLUMN/コラム2016.08.03
『荒野の用心棒』で金の鉱脈を掘り当てたレオーネ監督&イーストウッドがさらなるお宝を求めて突き進む『夕陽のガンマン』+『続・夕陽のガンマン』
1.ほんのひと握りのドルのために ― 『荒野の用心棒』 筆者が今回ここで紹介すべき映画は、『夕陽のガンマン』(65)と『続・夕陽のガンマン』(66)の2本だが、そのためにはやはりまず、両者に先立つ『荒野の用心棒』(64)にご登場願わなくては、どうにも話が進めにくい。 ほんのひと握りのドルのために。すべてはそこから始まった。 当時、全米のTV西部劇シリーズ「ローハイド」(59-66)に準主役でレギュラー出演し、お茶の間の人気を得るようになってはいたものの、番組のマンネリ路線に飽きを覚えていたクリント・イーストウッドのもとに、1本の映画への出演依頼が思いがけず外国から舞い込み、彼が半ば物見遊山でヨーロッパへと旅立ったのは、1964年のこと。 ところが、当初の別題から先述の「ほんのひと握りのドルのために」という原題に最終的に変わる、何とも素性が怪しげでいかがわしいその多国籍映画 ― 本来はアメリカの専売特許たる西部劇を、スペインの荒野をメキシコ国境の無法の町に見立てて撮影した、イタリア・ドイツ・スペインの3カ国合作による低予算の外国製西部劇で、主演のイーストウッドを除くと、イタリア人を中心にヨーロッパの連中で固められたキャスト・スタッフの大半のクレジットはアメリカ人を装った別人名義、しかも、日本の時代劇(改めて言うまでもなく『用心棒』(61 黒澤明))の物語を、著作権を正式に得ないまま勝手に翻案・盗作したせいで、やがて訴訟騒ぎにまで発展する ― 『荒野の用心棒』が、同年のイタリア映画界最大のヒット作となったのをはじめ、当事者たちすら予想だにしなかった世界的ヒットを記録して、その名も“マカロニ・ウェスタン”(外国での呼び名は“スパゲッティ・ウェスタン”)ブームに火をつけ、以後、同種の外国製西部劇が続々と生み出されるようになるのだ。以前、本欄で『黄金の眼』(67 マリオ・バーヴァ)を紹介した際にも説明したように、1960年代は、御存知『007』(62- )シリーズの登場と共に、スパイ映画が各国で作られたり、また日本でも日活の無国籍アクションが量産されたりするなど、娯楽映画における異文化間の移植培養、雑種交配=ハイブリッド化が汎世界的に同時進行しつつあった。 監督のセルジオ・レオーネと主演のイーストウッドの双方にとっても、『荒野の用心棒』は一大出世作となった。ただし、レオーネは、プロデューサーたちと事前に結んだ不利な契約のせいで、映画の大ヒットによるご褒美の分け前には一切与ることが出来ず、また、盗作問題を巡る訴訟騒ぎで同作の全米公開が1967年まで先延ばしにされたせいで、イーストウッドの方も、自らの成功をなかなか実感できずにいた。2人は再度コンビを組み、柳の下の二匹目のどじょうを狙うことになる。もう少々のドルのために、と。 2.もう少々のドルのために ― 『夕陽のガンマン』 かくして、『夕陽のガンマン』がいよいよ登場することになる。映画の製作費は60万ドルと、『荒野の用心棒』の20万ドルの3倍に跳ね上がり、イーストウッドの出演料も、前作の1万5千ドルから5万ドルプラス歩合へと大幅にアップ。前作で、薄汚れたポンチョに身を包み、無精髭のニヒルな面構えに、短い葉巻を口の端にくわえこんだ独特の風貌とスタイルで、正体不明の流れ者の雇われ用心棒をどこまでも寡黙かつクールに演じた彼は、今回もそのトレードマークをそっくり受け継いだ上で、新たな役どころに挑むことになる。「生命に何の価値もないところでは、時に死に値段がついた。“賞金稼ぎ”が現れた由縁である」と、オープニングのクレジット紹介に続いて『夕陽のガンマン』の物語世界の初期設定が字幕で示される通り、ここでイーストウッドは賞金稼ぎの主人公を演じることになるのだ。 マカロニ・ウェスタンが、本来アメリカ映画の長年の伝統と歴史を誇る西部劇を、それとはおよそ無縁なヨーロッパの地に移植して作り上げられたまがい物の産物であることは既に述べたが、そこでレオーネ監督とイーストウッドが行なった大胆不敵で革新的な実験のひとつが、高潔な正義のヒーローが悪を打ち倒すという、従来の西部劇に特有の勧善懲悪調の道徳劇のスタイルをばっさり切り捨てることだった。既に『荒野の用心棒』の主人公自体、『用心棒』からの無断借用とはいえ、従来の正統的なアメリカ製西部劇の正義のヒーローとは程遠い、ダーティなアンチ・ヒーロー像を打ち立てていたが、この『夕陽のガンマン』でイーストウッドが演じる主人公の役柄は賞金稼ぎに設定され、善悪という道徳的な価値判断や倫理観よりも、あくまで賞金目当ての欲得と打算がその行動原理の前面に据えられる。こうして、血なまぐさい暴力が支配する無法の荒野で、主人公も含めてエゴや私利私欲を剥き出しにした連中が互いに裏切り騙し合いながら相争うさまを、痛烈なブラック・ユーモアと残虐なバイオレンス描写を随所に交えながら冷笑的に描く、レオーネならではの傍若無人、問答無用の娯楽西部劇世界が、本作でより一層華麗に展開されることになる。 『荒野の用心棒』では、互いに相争う2組の悪党どもの対立を、イーストウッド演じる主人公が一層煽り、けしかけながら、双方を壊滅状態に追い込む様子を描いていたのに対し、『夕陽のガンマン』では、共に腕利きの同業者にして宿命のライバルたる2人の賞金稼ぎが、時に相争い、時には紳士協定を結んで互いに協力しながら、いずれも多額の懸賞金のついた悪党どもとその親玉を次第に追い詰めていく様子が描かれる。かくのごとく、三つ巴の戦いを映画の物語の根幹に据えることが、どうやらこの頃のレオーネのお好みのフォーマットであったことが見て取れるだろう。 イーストウッドが賞金稼ぎの主人公を、そしてジャン・マリア・ヴォロンテが『荒野の用心棒』に引き続いて悪党の親玉を演じるのに加え、今回、イーストウッドのライバルたるもうひとりの賞金稼ぎ役には、どこか猛禽類を思わせる精悍な顔立ちと眼光鋭い目つき、そして黒装束に身を包んだスレンダーな長身が印象的なリー・ヴァン・クリーフが起用され、風格に満ちた強烈な個性と存在感を存分に披露。相手との距離を充分に見極めた上で沈着冷静に標的を仕留めるその確かな銃の腕前で、映画の中盤、彼がイーストウッドと互いに相手の帽子を撃ち合いっこする場面は、今日改めて見直すと、何とも稚気丸出しのくどい演出で多少ダレるが、筆者が小学生の頃、最初にテレビで見た時は、こいつはまるでマンガみたいで面白いや、と興奮したものだっけ…。 そして、紹介の順序がすっかり後になってしまって我らが偉大なマエストロには大変申し訳ないが、これらの要素にさらに御存知エンニオ・モリコーネの比類なき映画音楽が加味されて、『夕陽のガンマン』でレオーネ独自の世界は早くも一つの完成を見ることになる。実はかつて小学校時代の同級生だったというレオーネと初めてコンビを組んで、モリコーネが『荒野の用心棒』につけたサントラ自体、口笛にギターやコーラス、そして鐘や鞭の音などを多彩に組み合わせた斬新なアレンジで、マカロニ・ウェスタンの音楽はかくあるべしと、以後の基調的なサウンドを一挙に決定づけた超絶的傑作だったわけだが、本作でモリコーネの音楽は、物語とより有機的に一体化されてドラマを情感豊かに彩ることになるのだ。 とりわけ、ヴァン・クリーフとヴォロンテの間に実は深い因縁があったことを、懐中時計から流れるオルゴールのメロディが何よりも雄弁に物語り、その印象的な旋律をバックに、彼らが宿命の対決を繰り広げるクライマックスの円形広場での決闘場面は、やはり何度見てもスリリングで面白い。ここでイーストウッドは、半ば主役の座をヴァン・クリーフに譲り、公正なレフェリー役として2人の決闘に立ち会うことになるが、レオーネ監督は、この円形広場での決闘場面を改めて自ら反復・変奏し、今度はいよいよ三つ巴の戦いの決着の場として、よりけれんみたっぷりに描き出すべく、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』と共に3部作を成す、次なる壮大な野心作『続・夕陽のガンマン』に挑むことになる。 3.ドルは充分稼いだ。さて、しかし…マカロニ・ブームの頂点を極めたバブル巨編 ― 『続・夕陽のガンマン』 『夕陽のガンマン』が『荒野の用心棒』をも上回る大ヒットで2年連続イタリア国内の興収記録第1位に輝いたのを受けて、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』の製作費は120万ドルと、『夕陽のガンマン』の60万ドルからさらに倍増し、イーストウッドの出演料も25万ドルプラス歩合と、前作から約5倍にアップ。倍々ゲームのようにしてイケイケで駒を進めてきたレオーネ監督はここで、作品の長さも約3時間に及ぶ、マカロニ・ウェスタン史上空前のスケールの超大作を生み出すこととなった(長尺が影響したのか、『夕陽のガンマン』の興収記録には及ばなかったものの、本作もやはり大ヒットして、みごと3年連続イタリア国内の第1位に輝いた)。 映画の原題は既によく知られている通り、「いい奴、悪い奴、汚い奴」で、賞金稼ぎの「いい奴」をイーストウッド、冷酷非情な殺し屋の「悪い奴」を『夕陽のガンマン』の役柄とは好対照をなす形でヴァン・クリーフ、そして首に賞金の懸かったお尋ね者の「汚い奴」には、かのアクターズ・スタジオ出身の実力個性派イーライ・ウォラックが起用され、三者三様、互いの持ち味と個性を競い合う。ただし先にも説明したように、勧善懲悪の世界とは無縁のレオーネ映画にあって、この3人は、その呼び名の通り、善玉と悪玉などにくっきり色分けされている訳では無論なく、「いい奴」役を割り当てられたイーストウッドも含めて、いずれもひと癖もふた癖もある悪党どもばかり。そんな彼らが、ふとしたきっかけで知った某所に眠る20万ドルもの財宝をめぐって決死の争奪戦を繰り広げる様子を、レオーネ監督は、南北戦争時代のアメリカを物語の舞台に、圧倒的な物量作戦で戦闘シーンをスペクタクル風に再現したり、コヨーテの遠吠えを模したモリコーネの強烈な主題曲を織り交ぜたりしながら、どこまでも悠然としたペースで描いていく。 そして、物語の大詰め、この3人の主人公たちが、いよいよ三つ巴の決闘に挑むべく、円形広場で3方に分かれて対峙する、名高いクライマックスが訪れることになる。ここでレオーネ監督は、3人それぞれの顔の表情やガンベルトにかけた手のクロースアップを、これでもかとばかりに何度となく繰り返しクロスカッティングさせ、そこへさらにモリコーネ独特の音楽がバックにかかり、トランペットの音色やオーケストレーションが次第に高鳴るにつれ、いやがうえにも映画はドラマチックに盛り上がる……ことはまあ確かなのだが、その一方で、本来なら一瞬であるはずの決闘直前の3人の睨み合いの息詰まる緊張した時間が、どこまでもズルズルと非現実的に引き延ばされるのに付き合わされるうち、すっかりダレて疲れてしまい、一体これ、いつまで続くんだろう? とふと我に返って思いをめぐらす瞬間が訪れることも、また確かだ。 『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』は、御存知あのクエンテン・タランティーノが、オールタイム・ベストの1本としてしばしばその名を挙げて再評価が進み、公開当時よりもむしろ近年の方が、映画ファンたちの間では人気と支持が高まっている。それは無論、承知の上で、しかし筆者自身、子供の頃から何度も目にしているからこそ(2002年、フィルムセンターで開催された「イタリア映画大回顧」特集での、日本初となるイタリア語復元版でのスクリーン上映も見に行ったし、DVDのアルティメット・エディションもしっかり買って、ひと通り見ている)、あえてここで言わせてもらうならば、上記の場面が象徴的に示しているように、この映画はやはり、全体的にどうも妙に肥大化して弛緩した、バブリーで冗漫な一作、という印象はぬぐえない。もちろん、それなりに面白くて楽しめることは充分認めるんだけどね…。 『夕陽のガンマン』を手始めに、お互いにろくに言葉も通じぬままたて続けにコンビを組み、マカロニ・ウェスタン3部作を生み落としたイーストウッドとレオーネ監督だが、一作ごとに自らの野心と欲望を肥大化させ、まるでデヴィッド・リーンばりの巨匠を気取って大作路線を突き進むレオーネに次第に違和感を覚えるようになったイーストウッドは、『続・夕陽のガンマン』を最後に、ついに彼と袂を分かつことになる。そして、人気スターとなってアメリカに凱旋帰国を果たしたイーストウッドは、やがてドン・シーゲル監督という新たな師匠と出会い、より簡潔で無駄のない引き締まった演出法を彼から伝授された上で、自らも映画作家となり、さらなる高みを目指して険しい道=マルパソを歩むことになるのである。■ FOR A FEW DOLLARS MORE © 1965 ALBERTO GRIMALDI PRODUCTIONS S.A.. All Rights Reserved GOOD, THE BAD AND THE UGLY, THE © 1966 ALBERTO GRIMALDI PRODUCTIONS S.A.. All Rights Reserved