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COLUMN/コラム2017.05.20
同業者からリスペクトされるジョージ・クルーニーの映画人としての使命感が映像に結実した、入魂の『グッドナイト&グッドラック』〜05月09日(火)ほか
『シリアナ』(05)でアカデミー助演男優賞を受賞した時、壇上に上がったジョージ・クルーニーのスピーチに耳を傾ける同業者たちの、尊敬と憧れに満ちた表情が今でも忘れられない。クルーニーはこう言い切った。『映画に携わる仲間の一員であることを誇りに思う』と。場内に割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がったことは言うまでもない。 同年、クルーニーが2度目の監督作に選んだ『グッドナイト&グッドラック』を見ると、まさしくオスカーナイトでの言葉通り、彼が映画人としての使命にいかに忠実であるかがよく分かる。選んだネタは、1950年代のアメリカ社会で吹き荒れたマッカーシー上院議員による反共産主義活動、いわゆる赤狩りに敢然と挑み、マーカーシズムの悪夢を終焉へと導くきっかけになったTVマンたちのリアルストーリーだ。宗教や思想の自由を束縛する政治の横暴に立ち向かおうとした人々を映像で蘇らせること。それはそのまま、今のハリウッドに求められるミッションだと、彼は確信したに違いない。その決断が、10年後のまさに今の今、これほど重い意味を持つことになるとは、当時のクルーニー自身、想像だにしていなかったかも知れないが。 物語のキーマンは、アメリカ3大ネットワークの1つ、CBSの人気ニュース番組"シー・イット・ナウ"のキャスター、エド・マローだ。ある空軍兵士が赤狩りによって不当に除隊処分されようとしている事実を掴んだマローと番組スタッフが、マッカーシー側の圧力を受けながらも、虚偽と策謀の実態を生放送の中で告発していくプロセスを、クルーニーは当時のニュースフィルムと自ら撮った映像とを交えて構成。そこまでなら、多くの監督が取ってきた既存の手段だ。1950年代にはモノクロだったTV番組を克明に再現するため、カラーで撮ったフィルムをポスト・プロダクションであえて彩度を落としてモノクロに変える方法も、さほど珍しくはない。 監督としてのジョージ・クルーニーが同業他者と少し違うのは、その徹底した美意識だ。マローはCBS入社後、第二次大戦下のロンドンでラジオ・ジャーナリストとして番組を担当していた時、毎夜ナチスの空襲に脅えるロンドン市民に対して、番組終了間際に『グッドナイト、アンド、グッドラック』と呼びかけることで知られていた。もしかして就寝後、爆死するかも知れない人々の耳に『おやすみ、そして、幸運を祈ります』がどう届いたか?想像に難くないが、"シー・イット・ナウ"でもその決まり文句が番組の結びにも使われていたことから、クルーニーは映画のタイトルとして流用。しかし、そんなキザな文句を台詞としてかっこよく決められる俳優はそう多くない。 そこで、発案段階から監督のファースト・チョイスだったのがデヴィッド・ストラザーンだ。映画デビュー前の数年間を舞台俳優として全米各地を巡演したこともあるストラザーンの口跡の良さを見抜いていたクルーニーは、信念を持って彼を主役に抜擢。一語一語が視聴者の心に届くようなその紳士的な抑揚と発音は、社会を覆う赤狩りの暗雲を切り裂く鋭利な刃物のようで、監督の狙いはどんぴしゃだったはず。声だけじゃない。ストラザーンの顔の輪郭、特に美しい眉と目が、本番中、左下に置かれた原稿とカメラの間をゆっくりと往復する時、観客は思わず惹きつけられて当時のTV視聴者になったような錯覚を覚えるほど。実物のマローはストラザーンとは似ても似つかぬルックスだが、左下と正面を往復する目線は全く同じ。監督が事実を忠実にコピーしていることが伺える。『シリアナ』でクルーニーと組み、後に『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)でオスカーに輝くカメラマン、ロバート・エルスウィットの、ストラザーンの輪郭を熟知したアングルとライティングにも注目して欲しい。 クルーニーは脇役にもこだわった。台詞がある役には1950年代のアメリカ人らしい顔と雰囲気を持った俳優たちが集められた。番組スタッフ役のロハート・ダウニーJr(『アベジャーズ』の前は『チャーリー』(92)で赤狩りでハリウッドを追われたチャップリンを好演)、同じくパトリシア・クラークソン(『エデンより彼方に』(02)で'50年代のブルジョワ主婦役)、同じくテイト・ドノヴァン(『メンフィス・ベル』(90)で第2次大戦を戦った米軍パイロット役)、放送局幹部役のジェフ・ダニエルズ(『カイロの紫のバラ』(85)で往年の映画スター役)、そして、プロデューサー役にはクラシックビューティの権化とも言うべきジョージ・クルーニー本人という、まさにパーフェクトな布陣である。 音楽も粋だ。シークエンスとシークエンスを繋ぐグッド&オールドなジャズナンバーを歌うのは、現役最高峰のジャズシンガーと言われるダイアン・リーヴス。劇中でリーヴスのバッグハンドを務め、映画で使われる全曲のアレンジを担当しているのは、監督の叔母で歌手兼女優だったローズマリー・クルーニー(02年に他界)のラスト・アルバムをプロデュースしたマット・カティンガブだ。 マローが"シー・イット・ナウ"と同じくホストを務めるインタビュー番組"パーソン・トゥ・パーソン"で、伝説のピアニストでワケありのリベラーチェに白々しく結婚観を質問した直後の気まずい表情、同番組で話題に上がるミッキー・ルーニーのほぼレギュラー化していた新婚生活情報(ルーニーは93年の生涯で計8回結婚)等、クルーニーとグラント・ヘスロブが執筆した脚本には、けっこうな毒も含まれている。その最たるものは、劇中のほぼ全ショットにタバコの煙が充満している点だ。番組スタッフは四六時中タバコを吹かし、マローに至っては本番間際にプロデューサーから火を点けて貰い、カメラが回り始めても吸い続けていると言った具合だ(ストラザーンはノンスモーカーらしいが)。これには理由があって、CBSのオーナー、ウィリアム・ペイリーがタバコ会社の御曹司で、社会の喫煙には寛容だったようなのだ。 つまり、ペイリーは反マッカーシズムを貫いた結果、スポンサー離れを招いた"シー・イット・ナウ"のスタッフを危険視しつつも、社員の健康には無頓着だったということになる。そんな、ある意味古き良き企業の矛盾を炙り出しながら、赤狩り時代のTV界をヒントに、ニュース番組の、ひいては映画産業のあるべき姿を問い質そうとしたとした監督・脚本・出演のジョージ・クルーニーは、やはり業界人にとって眩しい存在に違いないという、再び冒頭の結論に立ち戻ってしまう。 結婚以来、俳優としてはどうやら一段落つき、今秋の全米公開に向けて製作中の最新監督作『Suburbicon(原題)』は、マット・デイモンを主役に迎えた初のミステリーだとか。そんなクルーニーに新たなラックが訪れることを祈りたいと思う。■ ©2005 Good Night Good Luck, LLC. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2017.05.15
フィルムメディアの“残像”〜『フッテージ』と監督スコット・デリクソンの映画表現〜5月15日(月)ほか
一家殺人事件の真相を追い、事件現場の空き家へ移り住んだノンフィクション作家のエリソン(イーサン・ホーク)。彼はある日、同家の屋根裏部屋で現像された8ミリフィルムを発見する。しかもそのフィルムには、件の一家四人が何者かの手によって、絞首刑される瞬間が写っていた……。 スコット・デリクソン監督によるサイコロジック・ホラー『フッテージ』は、タイトルどおり「ファウンド・フッテージ(発見された未公開映像)」という、同ジャンルでは比較的ポピュラーなフックによって物語が吊り下げられている。例えば同様の手法によるホラージャンルの古典としては、1976年にルッジェロ・デオダート監督が手がけた『食人族』(80)が知られている。アマゾンの奥地へ赴いた撮影隊が現地で行方不明となり、後日、彼らが撮影したフィルムが発見される。そのフィルムを映写してみたところ、そこに写っていたのは……という語り口の残酷ホラーだ。日本ではあたかもドキュメンタリーであるかのように宣伝され、それが奏功して初公開時にはヒットを記録している。また、その『食人族』の手段を応用し「行方不明の学生が残した記録フィルム」という体で森に潜む魔女の存在に迫った『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)は、昨年に続編が作られたことも手伝い、このスタイルでは最も名の挙がる映画ではないだろうか。 しかし、それら作品におけるフッテージは、あくまで本編の中の入れ子(=劇中劇)として従属するものであって、それ自体が独立した意味を持ったり、別の何かを連想させることはない。ところが『フッテージ』の場合、劇中に登場するフッテージは「スナッフ(殺人)フィルム」という、極めて具体的なものを観客に思い至らせるのである。 スナッフフィルムとは、偶発的に死の現場をカメラが捉えたものではなく、殺人行為を意図的に撮影したフィルムのこと指す。それが闇市場において、好事家を相手に高値で売られていると、70年代を起点にまことしやかに噂されていた。実際には「殺人を犯すリスクに見合う利益が得られるのか?」といった経済的な疑点もあり、あくまでフォークロア(都市伝説)にすぎないと結論づけられているが。 しかし、そんなフォークロアが当時、個人撮影のメディアとして主流を成していた8ミリと結びつくことで、あたかもスナッフフィルムが「存在するもの」として、そのイメージが一人歩きしていったといえる。同フォーマットならではの荒い解像度と、グレイン(粒状)ザラッとした映像の雰囲気、また個人映画が持つアンダーグラウンドな響きや秘匿性など、殺人フィルムの「いかがわしさ」を支えるような要素が揃っていたことも、イメージ先行に拍車をかけたといっていい。 事実、こうしたイメージに誘引され、生み出された映画も存在する。タイトルもズバリの『スナッフ/SNUFF』(76)は、クライマックスで出演者の一人が唐突に殺されるという、フェイク・ドキュメンタリーを装った作りでスナッフフィルムを標榜しているし、またニコラス・ケイジ主演による『8mm』(05)は、スナッフフィルムを出所を追うサスペンスとして、劇中に迫真に満ちた当該シーンが組み込まれている。 『フッテージ』では、そんなスナッフフィルム、ひいてはアナログメディアの“残像”ともいえるものを、現実と幻想とを繋ぐ重要な接点として劇中に登場させている。殺人を写し撮ったフィルムの向こうに潜む、邪悪な存在ーー。本作がホラーとして、その表情をガラリと変えるとき、この残像は恐ろしい誘導装置となるのだ。デリクソン監督は言う、 「不条理な世界を確信に至らせるのならば、細部を決しておろそかにしてはいけない」 (『フッテージ』Blu-rayオーディオコメンタリーより抜粋) ■『フッテージ』から『ドクター・ストレンジ』へ もともとデリクソン監督は、こうしたフィルムメディアの「残像」を常に追い求め、自作の中で展開させている。氏のキャリア最初期を飾る劇場長編作『エミリー・ローズ』(05)は、エクソシズム(悪魔祓い)を起因とする、女子大生の死の真相を明かしていく法廷サスペンスで、その外観は『フッテージ』のスナッフ映像と同様、フィルムライクな画作りが映画にリアリティを与えている。さらに次作となる『地球が静止する日』(08)は、SF映画の古典『地球の静止する日』(51)をリメイクするという行為そのものがフィルムへの言及に他ならない。続く『NY心霊捜査官』(14)を含む監督作全てが1:2.35のワイドスクリーンフォーマットなのも、『エミリー・ローズ』でのフィルム撮影を受け継ぐ形で、デジタル撮影移行後もそれを維持しているのだ。 そんなデリクソンのこだわりは、今や充実した成果となって多くの人の目に触れている。そう、今年の1月に日本公開された最近作『ドクター・ストレンジ』(16)だ。 同作は『アイアンマン』や『アベンジャーズ』シリーズなど、マーベル・シネマティック・ユニバースの一翼を担う風変わりなヒーロー映画だが、その視覚体験は近年において飛び抜けて圧倒的だ。ドクター・ストレンジはスティーブ・ディトコとスタン・リーが1963年に生み出したクラシカルなキャラクターで、当時の東洋思想への傾倒やドラッグカルチャーが大きく作品に影響を与えている。その証が、全編に登場するアブストラクト(抽象的)な視覚表現だろう。VFXを多用する映画の場合、その多くは存在しないものをリアルに見せる具象的な映像の創造が主となる。しかし『ドクター・ストレンジ』は、ストレンジが持つ魔術や多元宇宙の描写にアブストラクトなイメージが用いられ、誰も得たことのない視覚体験を堪能させてくれるのだ。 それは俗に「アブストラクト・シネマ」と呼ばれるもので、幾何学図形や非定形のイメージで画を構成した実験映画のムーブメントである。1930年代にオスカー・フィッシンガーやレン・ライといった実験映像作家によって形成され、原作の「ドクター・ストレンジ」が誕生する60年代には、美術表現の多様と東洋思想、加えてドラッグカルチャーと共に同ムーブメントは大きく活性化された。 このアブストラクトシネマの潮流も、フィルムメディアが生んだもので、デリクソンは実験映像作家のパーソナルな取り組みによって発展を遂げた光学アートを、メジャーの商業映画において成立させようと企図したのである。 デリクソン監督が作中にて徹底させてきたフィルムメディアの“残像”は、ここまで大規模なものになっていったのだ。 ■日本版ポスター、痛恨のミステイク このような流れを踏まえて『フッテージ』へと話を戻すが、原題の“Sinister”(「邪悪」「不吉」なものを指す言葉)を差し置いて、先に述べた論を汲んだ邦題決定だとすれば、このタイトルをつけた担当者はまさに慧眼としか言いようがない。 しかしその一方で、我が国の宣伝は本作に関して致命的なミスを犯している。それは日本版ポスターに掲載されている8ミリフィルムのパーフォレーション(送り穴)が、1コマにつき4つになっていることだ。 8ミリを映写するさい、プリントを送るためのパーフォレーションは通常1コマにつき1つとなっている。しかしポスター上のフィルムは4つ。これは35ミリフィルムの規格である。つまりポスター上に写っているのは8ミリではなく、35ミリフィルムなのだ。 まぁ、そこは経年によるフィルムメディアへの乏しい認識や、フィルムということをわかりやすく伝えるための誇張だと解釈できないこともない。しかし、単にアナログメディアを大雑把にとらえた措置だとするなら デリクソン監督のこだわりに水を差すようで、なんとも残念な仕打ちといえる。 ©2012 Alliance Films(UK) Limited
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COLUMN/コラム2017.05.04
韓国映画界の最重要人物ナ・ホンジンの大傑作!史上最強の悪役ミョン社長の大暴れを見ろ!〜『哀しき獣』〜05月17日(水)ほか
国策として政府が映画界に公的資金援助をしているというだけでなく、才能豊かで多士多才な人材が、様々なジャンルで恐ろしいほどエンターテインメント性にあふれる作品を発表し、それが韓国国内で大ヒットを記録するという好循環が生まれている。そんな多士多才な面々の中でも、寡作ながら作る映画がすべて強烈なパンチ力で観る者をノックアウトするパワーを持つ傑作ばかりというのが『哀しき獣』のナ・ホンジン監督だ。 ナ・ホンジン監督は1974年生まれの42歳。私立の名門・漢陽大学校から韓国芸術総合学校に入学している。ちなみに韓国芸術総合学校は国立の芸術家養成学校であり、キム・ドンウク、オ・マンソク、ユン・ソンホ、イ・ソンギュン、イ・ジェフン、チョン・ジェウンといった多くの映画人を輩出する名門校だ(映画だけでなく芸術全般をフォローする学校である)。韓国芸術総合学校を卒業したナ・ホンジンは、短編映画の制作を開始。初の短編映画は2003年の『5 Minutes』、2005年には短編『完璧な鯛料理』、2007年に短編『汗』を発表。その才能は次第に認められていく。 そして満を持して2008年に、初の長編映画作品となる『チェイサー』を発表する。『チェイサー』は2004年に起きた“ソウル市20人連続殺人事件”をベースにした作品。この事件は、風俗嬢を中心に20人が殺された連続殺人事件(犯人は26人殺害を主張)で、元刑事でデリヘル経営者ジュンホ(キム・ユンソク)が、自店の風俗嬢が殺されたことをきっかけに連続殺人犯(ハ・ジョンウ)と対決する姿を描くアクション・スリラー。捕えても捕えても釈放されてしまう連続殺人鬼と、それを執念で追う主人公の構図はまさに21世紀の『ダーティハリー』。凄まじい残酷描写と救いの無い展開、そしてド迫力のアクションを圧倒的な映像美で描き切った『チェイサー』は、韓国で500万人以上の観客を動員するメガヒット映画となった。『チェイサー』は韓国のアカデミー賞とも言える大鍾賞の主要6部門を制覇し、大韓民国映画大賞も受賞。それと共に監督のナ・ホンジンは一躍ヒットメーカーの仲間入りを果たしたのだった。 そんなナ・ホンジン監督の長編第2作が、今回ご紹介する『哀しき獣』である。 中華人民共和国吉林省の東端に位置する延辺朝鮮族自治州のある街。脱北ビジネスの盛んなこの街で、タクシー運転手のグナム(ハ・ジョンウ)はひたすら麻雀にのめり込んでいた。しかし生来の博打下手であるグナムは、今日もタクシーの売上をすべてスッてしまう。グナムは妻を韓国に出稼ぎに行かせるために多額の借金を背負っていたが、借金返済目的で始めた麻雀でさらに借金が膨らむという悪循環に陥っていたのだ。さらに出稼ぎに行ったはずの妻は音信不通となり、周囲からは「妻は男を作って逃げた」と言われる始末。一人娘は祖母と暮らしている。出口の見えない無限地獄の中で苦しむグナム。ある日麻雀で負けた際に「チョーセン野郎め」と罵られて雀荘で暴れてしまう。その自暴自棄な様子をじっと見つめる男。男は延辺一帯と韓国の密入国ルートを掌握するギャング団のボスであるミョン(キム・ユンソク)だ。ミョンはグナムにある仕事を持ちかける。それは、韓国に密入国してキム・スンヒョンなる人物を殺し、殺害の証としてその親指を持ち帰るという請負殺人だった。悩んだ末に仕事を受けるグナム。ターゲットの所在を確かめ、綿密な計画を立てて殺害に臨むグナムだったが、グナムが殺害を実行しようとしたその時、別の暗殺者がスンヒョンを殺してしまう。現場に居合わせたことから殺人容疑者として全国に指名手配されたグナムは、必死で韓国からの脱出を図るが……。 出演は前作『チェイサー』に引き続き、ハ・ジョンウとキム・ユンソク。『チェイサー』と同様に追うユンソクと追われるジョンウという構図と役割は一緒のままではあるが、視点を変えただけでここまで印象が変わるか!という目から鱗な映画になっているのだ。 ケンカは強いがやることなすことポンコツなダメ男グナムを演じるのはハ・ジョンウ。しかしこのグナムは殺人者として韓国に密入国してから思わぬ才能を開花させ、また追われる立場になってからは、追い詰められれば追い詰められるほど過剰なまでに火事場のクソ力を発揮する様に、観客はひたすらグナムを応援せざるを得ない心理状態になってく。寡黙なグナムのセリフは極限まで削られており、表情だけで訴えるハ・ジョンウの演技は見事である。 しかし本作で何よりも強烈なインパクトを与えるのは、キム・ユンソクが演じたミョン社長だ。初登場時は気のいいガハハオヤジのように見えるミョン社長だが、第3部では暴力の塊のようなその本性を露わに。韓国ヤクザの襲撃をたった一人で撃退し、部下を連れて韓国に乗り込んでからは縦横無尽な大殺戮ショーを繰り広げる。詳述は避けるが、クライマックス近くで(ありえない)ある武器で無双状態になる姿は観る者を唖然とさせる名シーンなので決して見逃さないように。触る者皆殺しまくるミョン社長は、『ノーカントリー』の暗殺者アントン・シガー(ハビエル・バルデム)のような、言ってみれば天災のような存在として描かれている。ミョン社長は全世界の映画史に残る最恐のヴィランと言って良いだろう。 他にも冷徹な韓国ヤクザのキム・テウォン、殺し屋ソンナム役のイ・チョルミンなど、すべての主要登場人物について、初登場時の印象や設定が映画の進行とともに少しずつ(あるいは突然ドラスティックに)変化していくというのもポイント。追う者が追われる者となり、強気が弱気になり、生きる意味を失っていた者が最後の生を振り絞って戦いに挑む。キャラクターの意思が映画の転換点で上手く活用されており、最初から最後まで変化の無いキャラクターは一人もいないのだ。こんな映画観たことが無い。 アクションシーンの多くは牛刀や出刃包丁、斧や鉈といった日常感溢れる、だからこそそれを使って襲われることの恐怖を身近に感じる武器を利用したもの。そしてハ・ジョンウをはじめとして登場人物が走る走る。この”逃走描写”も、ただ道路を走るだけでなく、ビルの上下への逃走、森の中の逃走、雪山の逃走、海での逃走……など書ききれないほどバラエティ豊かな”逃走描写”になっており、まったくビタ1ミリたりとも冗長感を感じることはないだろう。特にカーチェイスについては、『ブルース・ブラザース』や渡瀬恒彦の『狂った野獣』なみに大量のカークラッシュが準備されており、車が折り重なる絵面で興奮するカークラッシュマニアの諸兄も大満足するものであることを約束しよう。 140分という長い映画であり、所々に分かりづらい部分がある作品であるのは事実。しかしそれでも、新鋭ナ・ホンジンのユーモアを交えた緩急のある演出、俳優陣の熱のこもった演技合戦、二転三転する物語、疾走感溢れる逃走劇、怒涛のカーチェイス、そして凄惨なスプラッターシーンが高次元で融合した本作は、すべての映画ファンに捧ぐ大傑作なのである。公開中のナ・ホンジン監督の新作『哭声/コクソン』(こちらも大傑作!)を観る前に、是非ご覧頂きたい逸品だ。■ © 2010 WELLMADE STARM AND POPCORN FILM ALL RIGHTS RESERVED.
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COLUMN/コラム2017.04.15
【本邦初公開】労働者階級出身のアルバート・フィニーが自らを反映した渾身の監督&主演作『チャーリー・バブルズ』は日本未公開!?〜04月13日(木)深夜ほか
直近では『ボーン・アルティメイタム』(07)と続く『ボーン・レガシー』(12)で演じたドレッドストーン計画の生みの親であるアルバート・ハーシュ博士役や、『007 スカイフォール』(12)の終幕間近に登場するボンド家の猟場管理人、キンケイド役が記憶に新しいアルバート・フィニー、現在80歳。言わずと知れたイギリス王立演劇学校OBの生き残りである。一学年下のアンソニー・ホプキンスは健在だが、同級生のピーター・オトゥールはすでにこの世にはいない。 1959年に舞台デビュー直後、名優ローレンス・オリビエやヴァネッサ・レッドグレイヴ等と互角に渡り合い、翌年には映画デビューも果たしたフィニーが、最初に世界的な評価を得たのは『土曜日の夜と日曜日の朝』(60)。"怒れる若者たち"の作者として知られ、1950年代のイギリスで起きた労働者階級の苦境を台所の流しを用いて描いたムーブメント、"キッチン・シンク・リアリズム"と繫がるアラン・シリトーの原作を脚色した社会派ドラマだ。1960年代に"スウィンギング・ロンドン"が巻き起こる前のイギリスでは、このような北部の貧困地域で怒りを溜め込んで生きる若者にフォーカスした演劇や小説、TVドラマ、そして、映画がカルチャーシーンをリードしていたのだ。 "キッチン・シンク・リアリズム"と最も敏感に響き合ったのは映画で、新鋭監督たちが"ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ"を形成。『土曜日の夜と日曜日の朝』の監督、カレル・ライスは、その後『孤独の報酬』(63)を製作し、同作の監督、リンゼイ・アンダーソンは『If もしも…』(68)を発表し、トニー・リチャードソンは『蜜の味』(61)、『長距離ランナーの孤独』(62)に続いて、再びムーヴメントの旗頭的スター、アルバート・フィニーを主役に迎えて『トム・ショーンズの華麗な冒険』で第36回アカデミー作品賞を奪取する。それは"ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ"がハリウッドをもその大きなうねりの中に巻き込んだ瞬間だった。 前置きが長くなった。『チャーリー・バブルズ』はその後、イギリス演劇界を飛び越え、ハリウッドを起点に華々しく活躍することになるアルバート・フィニーが、かつて身を以て体験した"ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ"に思いを馳せつつ挑戦した、最初で最後の監督(&主演)作品である。 主人公のチャーリーは人気作家として名声を確立しているものの、同じ成功者たちが集う社交クラブでメンバーが交わすビジネストークには心底辟易している。そこで、チャーリーは友達のスモーキー(後に『オリエント急行殺人事件』(74)でポワロ役のフィニーと探偵ハードマン役で共演しているコリン・ブレイクリー)と周囲がどん引きなのも気にせず頭から食べ物をぶっかけ合い、そのまま通りを闊歩し、デパートで買ったラフな服に着替えた後、プールバーで玉を突き合い、パブで一杯引っ掛ける。チャーリーがいかに現在の生活に退屈しているかをデフォルメして描いた若干奇妙で強烈な導入部だ。 この後、チャーリーは秘書のエリザベス(なぜかブレイクスルー前のライザ・ミネリ)を成金の象徴のようなロールスロイス/シルバークラウドⅢの助手席に乗せ、ロンドンから完成したばかりのハイウェイ、M1に沿って一気に北上していく。向かう先はチャーリーの故郷であり、"ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ"の舞台であり、同時に、自身も労働者階級に生まれ育ったフィニーのホームタウンであるマンチェスターだ。つまり、今や(当時)若き演技派俳優として未来を約束されたフィニーが、チャーリーを介してあえて失った過去に向けて舵を切った疑似自伝的ストーリー、それが『チャーリー・バブルズ』なのだ。 久々に故郷の土を踏んだチャーリーが、果たして、その目で確かめたものは何だったのか?そこで描かれる変わらぬ厳しい現実と、たまにしか帰還しない訪問者としてのチャーリーの間に横たわる隔たりに、監督、または俳優としてのフィニーのジレンマを感じ取ることは容易い。むしろ、"ブリティッシュ・ニュー・ウエイヴ"を牽引した監督のほとんどが一流校オックスブリッジの卒業生であり、その他人事のような視点が、結局この潮流を1960年代後半で途絶えさせた原因だったことを考えると、結果的に、アルバート・フィニーこそが労働者の光と影を身を以て体現できる数少ない生き証人だと今更ながら痛感する。製作時、当の本人は想像だにしてなかっただろうが。 これを機にイギリスに於ける階級社会の問題点をさらに膨らませると、今やかの国では演劇学校の月謝が高騰し、もはやワーキングクラス出身の俳優志望者たちは夢を捨てざるを得ない状況に陥っているとか。それは、一昨年のアカデミー賞(R)でオックスブリッジ卒業生のエディ・レッドメインとベネディクト・カンバーバッチが主演男優賞候補に挙がった時、労働者階級出身の名女優、ジュリー・ウォルターズがメディアにリークしたことで一躍注目された話題だ。一説によると、労働者階級出身のスターはジェームズ・マカヴォイを最後に登場していないとか。それが事実だとすると、映画ファンはもう2度と第2のショーン・コネリーやマイケル・ケインや、そして、アルバート・フィニーに会えなくなるということだ。3人ともまだ健在だが。 そんなことにまで思いを至らせる『チャーリー・バブルズ』だが、何と日本では劇場未公開。フィニーは初監督作品を自ら主宰するMemorial Enterprisesで製作を請け負い、配給元としてハリウッドメジャーのユニバーサルを迎え入れる等、万全の体制で臨んだものの、映画がイギリスとアメリカで公開されたのはクランクアップから2年後の1968年だった。チャーリーの妻を演じたビリー・ホワイトローが英国アカデミー賞と全米批評家協会賞の助演女優賞に輝き、レビューでも高評価を獲得したにも関わらずだ。結果、フィニーはその後再びディレクターズチェアに腰を沈めることはなかった。この映画のためなら得意ではないキャンペーンも精力的にこなすつもりでいたフィニーだったが、出席を予定していた第21回カンヌ映画祭が、政府の圧力に屈した映画祭事務局に抗議するジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォー等、ヌーベルバーグの監督たちによる抗議活動によって中止に追い込まれるという不運にも見舞われる。後に、この映画祭粉砕事件はカンヌ映画祭に"監督週間"という新規部門を作るきっかけになり、ここから多くの新人監督たちが羽ばたいていったことを考えると、同じく監督を目指したフィニーにとっては皮肉な結果と言わざるを得ない。 しかし、『チャーリー・バブルズ』を観れば分かる通り、階級社会を果敢に生き抜いてきた骨太の個性とユーモア、そして、溢れる人間味は、彼の演技と無骨な風貌を介して永遠に生き続けるもの。何しろ、妖精オードリーを劇中で"ビッチ!"と蔑んだのは(『いつも2人で』67)、後にも先にもフィニーだけなのだから。■ © 1967 Universal City Studios, Inc. Copyright Renewed. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2017.04.05
【本邦初公開】これが日本未公開で未ソフト化なんておかしくないですか!?な文句なしの娯楽作!「ウェルメイド」とはこういうことさ〜『ゲティン’ スクエア』〜04月20日(木)深夜ほか
今回4月にお送りする、ザ・シネマが買い付けてきた激レア映画全3本は、どれも本邦初公開ですが、そのうちここではサム・ワーシントン主演のオーストラリア産クライム・ムービー『ゲティン’ スクエア』をご紹介させていただきます。 のっけからいきなり武装強盗シーンで始まるこの映画。目出し帽をかぶった犯人数人組がショッピングモールの事務所を襲います。従業員の給料を奪おうというのです。そこに一発の銃声が。強盗の一人が撃たれました。そいつを背負い、現金もバッグに詰め、一味はワンボックスカーに撤収。急発進させた車内で撃たれた男の死亡が確認されます。死んだのはジョニー。「どっちみち廃人だったしなコイツ」と犯人の一人が吐き捨てます。 ここで場面が切り替わり、刑務所の鉄条網がアップで映って「GETTIN’SQUARE」とタイトルが入ります。時制が6ヶ月前にさかのぼりました。結末を最初に見せて「どうしてこうなった!?」を逆にたどっていく構成です。ここまでが5分強のタイトルバック。テンポの良い編集と音楽使い、オーストラリア映画らしい抜けのいい風景ショット、つかみはOK!この監督は上手いぞ! 監督はジョナサン・テプリツキーという人で、誰かと思ったら『レイルウェイ 運命の旅路』(2013)撮った人でした。あの映画、「“反日”映画だ!」なんて一部で言われましたが全然そんなことはなく、むしろ若干反米か?ぐらいの反イラク戦争映画、実に良くできた豪英合作の反戦映画でした。「拷問はイカンぞ!」というね(トランプさん聞いてる?)。日本で紹介されることの少ない監督ですが、確かな技量を持っている人と見た。 閑話休題。さかのぼること半年前、ジョニーと本作の主人公バリー(彼も強盗グループの一員です)はそのムショに服役中でした。バリーは仮釈放を認めてもらおうと何度も査問会に訴えてきたけど却下され続け、今回もまたダメ。彼は殺人罪で懲役12年。しかしそれは冤罪で、汚職刑事に供述調書を捏造されたからで、真犯人は別にいるんだ、と一貫して主張してきたのですが、その名前を「俺はチクリはやらない」と頑なに黙っているため、聞き入れてもらえないのです。 この主人公バリーを演じるのがサム・ワーシントン。2009年の『アバター』&『ターミネーター4』、その後の『タイタンの戦い』&『タイタンの逆襲』等で今やすっかりおなじみのハリウッド・スターですが、本作の本国公開は2003年。彼のキャリアでも初期の頃にあたります。バリーは、主張している通り実際に無実で、ムショに入れられたのは本人曰く「しょんべん漏らしてたぐらいガキだった」歳。それでも「チクリはしない」と仁義を貫いて早8年という、愚直で朴訥な男です。サム・ワーシントンの好演が光ります。 しかし!そんな主役を完全に喰っちゃう珍演を見せるのが、ジョニーを演じるデヴィッド・ウェンハム(ウェナムと表記されることも)です。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのファラミア(ボロミアの弟で父デネソール侯から目の仇にされていた次男)で知られる俳優です。リスさん/ウサギさん系ルックスからは想像もできないバっキバキの腹筋を披露した『300』シリーズ、逆にルックス的にはこっちの方が似合う『ヴァン・ヘルシング』でのコメディリリーフ的ヘタレ修道士役も印象に残ってはいるものの、いかんせん脇も脇…。でも本作でのジョニー役は、それらと比べて役が大きくて準主役級。決して悪人ではないんだけれど頭があまりにも悪すぎて人生に支障をきたしちゃってるジャンキー、という忘れがたいDQNキャラに命を吹き込んだウェンハムは、この年のオーストラリア各映画賞で男優賞を総なめにするほどの高い評価を得ました。必見です! このジョニーがまず仮釈放されます。査問会で珍しくまっとうなことを言い(劇中で彼がまともなことを言うのはここだけ)、それが委員たちにまぐれで好印象を与えたのです。バリーは例によって真犯人を明かさなかったため申請を棄却されますが、しかし彼もその直後、母親が病死し(彼はいつも家族写真を眺めて懐かしがっていたのですが死に目に会えず…)、独り未成年の弟が実家に遺されてしまったために、急きょ仮釈放が認められます。 獄中でバリーとジョニーが最後に言葉を交わした時、2人はGET SQUAREを固く誓い合います。GET SQUAREとは「堅気になる」という意味で、何度も何度もセリフに出てくる、本作劇中の最頻出イディオム。今となっては、しっかり者で常識人のバリーが、麻薬常用で脳がすかすかスポンジ状になっちゃったとしか思えないラリパッパのジョニーの面倒を見てやってるような保護・被保護の関係ですが、もとはと言えば、ガキで入所したバリーにジョニーがあれこれ世話を焼いてやったという過去があり、それをバリーはいまだに恩義に感じていて、今も2人は厚い友情でむすばれたダチ公同士なのです。 そして最後の1人。3人目の主要キャラクターが、レストラン・オーナーの成り金おやじダレンです。演じるのは「ハリポタ」でワームテール役だった人ティモシー・スポールさん。本作の舞台となるオーストラリア東岸ゴールドコーストのサーファーズパラダイスという土地で、「テキサス・ローズ」という場違いな悪趣味全開アメリカン風ダイナーを営んでいます。ウエイトレスは全員露出度の高いカウガールのエロ制服を着せられており(牛革白黒模様ブラ×フリンジ付きリンリンランラン風インディアン革ミニスカ)、そして歳の離れた奥さんはと言うと見事に金髪巨乳のビッチ。まごうかたなきTHEトロフィー・ワイフですな。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』におけるマーゴット・ロビー的な。 バリー、ジョニー、ダレン、全員GET SQUAREしたいと思っている前科者たち。中でもダレンは、流行らないレストランのオーナーとして一応は成功しており、すでにGET SQUAREをほぼ達成できていて、違法なことから完全に足を洗いたいと願って万事において自重している妻子持ち。バリーとジョニーはムショを出たてで、堅気としての人生を今まさにスタートさせたく思っている。でも、そう簡単にはいかない。世間が受け入れてくれないのです。 バリーは、いくら冤罪を主張していても結局「殺人罪で8年服役していた」という“前科”が付いて回っちゃいますから、どこも雇ってくれません。ムショでは調理場担当として調理師スキルを習得しており、しかも腕も良いのですが、誰も雇わない。 ジョニーはアホすぎて出所後もトラブルを自ら次々と招きよせちゃいます。堅気になりたいと本気で思っていることは確かなのですが、社会常識が無さすぎてその方法が彼にはわからない。 ダレンはと言うと、カネを任せていた会計士が特捜部に目をつけられたトバッチリで、資産を特捜に差し押さえられそうになります。彼が築いてきた資産の元手となったのは大昔に彼が銀行詐欺を働いて得たカネで、その件ではちゃんと服役してキッチリお務めも済ませており、シャバに出てきてからあくまで運用で蓄財してきたのですけど、それを全額没収され、しかもその資産運用がマネーロンダリング行為にあたるとして、その容疑で久しぶりに逮捕されそうという絶体絶命の立場に。 堅気として真面目に生きたくてもそうさせてくれない世知辛い世の中で、どんどん彼ら3人はのっぴきならないシチュエーションに追い込まれていくのです。 そこから、どう最後の(最初の)武装強盗のシーンに話がつながっていくのか!?というお話なのですが、いゃあ、シナリオよく出来ているんですわ。まず脚本が良い!そして演出が良い!ウェンハムも良い!舞台が良い!サーファーズパラダイスの風景が良い!おまけに音楽使いまでが良い!これサントラ欲しくなる映画ですよ。グルーヴ・アルマダの「Easy」、「チョレえ!チョレえ!いま思い返せば超チョロかった!」と何度も繰り返すだけの、もう「ゴッキゲン!」としか評しようのない当時流行ビッグビートの歌が、クライマックス→エピローグ→エンドロールにかけてフルコーラスでかかるのですが、ここのBGMとあいまったラストのガッツポーズ感は、まさしく痛快無比!!!!!!!! これだけはネタバレを何卒お許しいただきたいのですが、この映画、追い込まれた男どもの痛快きわまりない大復讐劇なのです。GET SQUAREには「仕返しする」、「恨みを晴らす」という意味も別にあって、この映画のタイトルって実はWミーニングになっていて…いや、もうこれ以上は何も申しますまい。あとはぜひとも本編をご覧ください。実に良く出来た娯楽映画で、「こういうのってあんまし趣味じゃないんだよね…」というクセもなくて万人向けで、洋画チャンネルの編成マンとしては自信をもって視聴者の皆さんにお薦めできるタイプのコンテンツであります!■ © 2003 Universal Pictures. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2017.04.02
【本邦初公開】東西冷戦下のモスクワで育まれるイデオロギーを超えた男女のささやかな愛。当時のロシアを知る映画ライターが作品の魅力と知られざるソ連の素顔に迫る!〜『ペトロフカの娘』〜04月27日(木)深夜ほか
出演はゴールディ・ホーンにハル・ホルブルック、アンソニー・ホプキンス。そして監督は、以前にここでもご紹介した切ない系青春映画の傑作『愛すれど心さびしく』(’68)の名匠ロバート・エリス・ミラー。この顔ぶれにして、なぜか今まで日本では劇場未公開。それどころかテレビ放送やソフト発売すらされていなかった幻の作品が、この『ペトロフカの娘』(’74)である。 ペトロフカとは、ロシアのモスクワ中心部にある大通りのこと。ネタバレになりかねないので深くは言及しないが、ここには名前の由来となったヴィソコ・ペトロフスキー修道院やロシアン・バレエの殿堂ボリショイ劇場、そして権力の象徴たるモスクワ警察署が存在し、今では高級ブランドのブティックが軒を連ねるショッピングストリートだ。 実は筆者、このペトロフカ通りから徒歩で15分くらいの場所に住んでいた。時は’68年~’72年、そして’78年~’83年。大手マスコミのジャーナリストだった父親がモスクワ特派員として2度に渡って赴任し、家族ともども暮らしていたのだ。当時はまだ東西冷戦の真っ只中。ソビエト連邦はブレジネフ書記長の政権下にあった。そんな鉄のカーテンの向こう側を知る人間として、本作はいろいろな意味で興味深い映画だ。 ストーリーは東西の壁に阻まれた男女の悲恋ドラマである。主人公は米国新聞社のモスクワ特派員ジョー(ハル・ホルブルック)。妻に先立たれたばかりの彼は、現地の友人コスチャ(アンソニー・ホプキンス)を介してオクチャブリーナ(ゴールディ・ホーン)というロシア人女性と知り合う。自由奔放にして天真爛漫。口を開けば歯に衣着せぬ物言いだが、やたらと尾ひれや背びれを付けるので、何が本当で何が嘘なのかよく分からない。仕事もなければモスクワの居住許可証もないが、政府高官をはじめとする男たちの間を渡り歩いて逞しく生きている。ゴールディ・ホーンのコケティッシュでキュートな不思議ちゃんキャラがなんとも魅力的だ。 ちなみに、オクチャブリーナとはロシア語の10月、オクチャーブリ(Октя́брь)に由来する名前。10月といえばソビエト政権樹立のきっかけとなった十月革命。それゆえ、男ならオクチャーブリン、女ならオクチャブリーナと名付ける親がソビエト時代は多かった。ただし、ロシア語ではアクセントのないOをアと発音するので、厳密に言うと10月はアクチャーブリ、ヒロインの名はアクチャブリーナと発音すべきなのだが、本作ではセリフも字幕も英語読みとなっている。 で、そんなオクチャブリーナに振り回されつつも、いつしか強く惹かれていくジョー。当局の目をかいくぐっての異文化交流がやがて恋愛へと発展していくわけだが、しかしそんな2人の間に厳格なソビエトの社会体制が立ちはだかる…という筋書きだ。 原作は1971年に出版された同名小説。著者のジョージ・ファイファーは本来ノンフィクション作家で、ソビエト時代のロシアに関する著書も数多い。本人が実際にどれだけ現地へ足を運んだことがあるのかは定かでないが、ある程度の正確な知識や情報を持っていたであろうことは、この映画版を見れば想像に難くない。とはいえ、原作と映画は基本的に別物と考えるのが妥当だと思うので、ここではあくまでも映画版に焦点を絞って話を進めていこう。 まず、本作に登場するモスクワの風景や街並みが明らかに本物と違うのは仕方あるまい。なにしろ、ソビエト体制の矛盾に斬り込んだ内容なので、当時のモスクワでの撮影は絶対に不可能だ。選ばれたロケ地はオーストリアのウィーン。マット合成で赤の広場を背景に差し込むなどの工夫は凝らされているものの、建築様式の違いなどは見た目に明らかだ。それよりも筆者が少なからず違和感を覚えたのは、主人公ジョーとロシア人コスチャの友人関係である。当時のソビエトで外国人と現地人が交流することは別に違法ではなかったものの、現実には限界があったと言えよう。特に現地人にとってはリスクが高い。なぜなら、万が一の時にスパイの嫌疑をかけられる可能性が生じるからだ。特に主人公ジョーのようなジャーナリストには、KGBの尾行が付くことも十分に考えられる。筆者の父親も日頃から尾行は意識していたようだし、実際に自宅アパートの電話は常時盗聴され、通りを挟んだ向かい側のアパートからも部屋が監視されていた。本作の場合、当時の社会状況や主人公の職業を考えると、現地人のアパートへ気軽にふらりと立ち寄る彼の行動は軽率だ。 なので、西側から来た外国人が日常的に付き合う現地人となると、仕事の一環を兼ねての政府関係者か、もしくは当局から派遣された外国人専用のメイドや秘書(人材派遣センターはKGBの管轄で、彼らは派遣先で見聞きしたことを報告していた)などにおのずと限られてしまう。と考えると、ジョーとコスチャの親密な友人関係は、決してあり得ないとは言わないまでも、あまり現実的ではない。 その一方で、オクチャブリーナがジョーの住む外国人専用アパートを訪れる際、塀を乗り越えて裏口から侵入するというのは結構リアルな描写だ。当時、モスクワ市内には外国人専用アパートが何か所もあり、その正門にはミリツィアと呼ばれる武装した民警兵士が常駐していた。居住者はもちろん顔パスだが、現地人はそこで許可証をチェックされる。なので、オクチャブリーナのように一見すると無茶な手段も仕方ないのだ。 ちなみに、筆者の父親にも現地民間人の友人はいた。その方は日本語が話せたので、電話連絡は全て日本語で。自宅へ招くときは疑われないよう、外国人の泊まる高級ホテルで落ち合い、父の運転する自家用車で正門からアパートへと直接入った。さすがに外国人ナンバーの車まではミリツィアもチェックしないからだ。そういう意味では、意外と緩いところもあったのである。 実際、当時のソビエトの市民生活は、外から想像するよりも遥かにのんびり平穏だった。もちろん、日本ではあり得ないような制約は多かったし、言論や移動の自由も全くないし、文化的にはだいぶ遅れているし、生活レベルも高いとは言えなかったものの、その一方でモスクワ市内に点在するルイノックと呼ばれる市場では新鮮な肉や野菜が沢山揃っていたし、有能でも無能でも誰もが平等に一定の給料を貰えるし、不祥事さえ起こさなければ仕事をクビになることもない。とりあえず体制に盾ついたりせず、贅沢を望んだりしなければ、それなりに楽しく生活できたのだ。建前上は民主主義国家として市場経済の導入された現在のロシアで、ソビエト時代を懐かしむ声が多い理由はそこにある。 そうやって振り返ると、本作で描かれるモスクワの市民生活はけっこう正しい。とはいえ、ちょっと時代的に古くも感じる。例えば本作ではジャズが当局から禁止されていて公衆の面前で演奏することが出来ないとされているが、しかしそれは’50年代までのこと。’60年代以降は大規模なジャズ・フェスティバルも各地で開かれていたし、当局の認可するジャズクラブも存在した。’75年にソロ・デビューした女性歌手アーラ・プガチョワはジャズやロック、R&Bなどを積極的に取り入れてロシアの国民的大スターとなったし、彼女に多くのヒット曲を提供したラトヴィア出身の作曲家レイモンズ・パウルスは’60年代から活躍するジャズ・ミュージシャンだった。’70年代には西側の流行音楽も数年遅れで入っており、例えば’74年にはTレックスのレコードも正規版でリリースされている。なので、本作は『ニノチカ』(’39)の時代辺りでストップしたソビエト観の基に成り立っているとも言えよう。 その一方で、本作は当時の多くのハリウッド映画に登場したような、体制側に洗脳されたロボットのような人間、死んだような目でクスリとも笑わない陰鬱な人間としてではなく、アメリカ人と何ら変わることない等身大の人間として、ロシア人を描いている点は特筆に値する。実際に昔からロシア人は陽気で大らかで人懐っこい人が多かった。劇中に出てくる政府高官のように、お堅い役人でもいったん仕事を離れると気さくだったりする。その点はまさにその通り!といった感じだ。 ちなみに、劇中では役人や警察への賄賂としてアメリカ製のタバコが使われているが、他にもいろいろと賄賂に有効なものはあった。筆者の父親がよく使っていたのは日本航空の水着カレンダー。あとは、ひっくり返すと女性の水着が消えてヌードになるボールペンも効果抜群だったので、西側へ旅行した際にはまとめ買いしてきたものだった。やはり世の東西を問わず人間はスケベなのだ。 モスクワ市民のささやかな日々の営みを、時に瑞々しく、時に爽やかに、そして時に切なく描くロバート・エリス・ミラーの演出も素晴らしい。ラストへ向けての抒情感溢れる哀しみなどは、まさしく彼の真骨頂。そういえば、先述した筆者の父親の友人は、とある事件を起こして当局に逮捕されてしまった。実は生活の足しにと現地通貨のルーブルを、うちの両親がこっそりドル紙幣に両替してあげていたのだが、どうやら彼はそれを闇市で転売していたらしく、KGBのおとり捜査に引っかかってしまったのだ。その煽りでうちの父親はスパイ容疑の濡れ衣を着せられ、共産党機関紙プラウダでも報じられた。たまたま本社から帰国の辞令が出ていたので、我が家に関しては大事に至らなかったのだが、父の友人は強制労働送りになったはずだ。あの日、彼の奥さんが泣いて取り乱しながら我が家に電話をかけてきた。ほっそりとした華奢な体に憂いのある瞳の、とても美しい女性だった。筆者は息子さんとも仲が良かった。あの一家は今どうしているだろうか。本作の哀しいラストを見ながら、ふと思い出してしまった。■ © 1974 by Universal Pictures. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2017.03.18
『ラ・ラ・ランド』に繫がるビビッドな色彩と、伝説のセレブカップル、ドヌーブ&マストロヤンニの不変の愛が宿る〜『モン・パリ』〜03月02日(木)深夜ほか
デイミアン・チャゼルがアカデミー賞史上最年少の32歳で監督賞を受賞し、ここ日本でもブレイクスルーの兆しを見せている『ラ・ラ・ランド』のおかげで、にわかに脚光を浴びているジャック・ドゥミである。ご存知の通り、監督のデイミアン・チャゼルが『ラ・ラ・ランド』に忍ばせたオマージュの中で顕著なのが、ドゥミの代表作『シェルブールの雨傘』(64)や『ロシュフォールの恋人たち』(67)を模したジャジーなメロディと、カラーリング=配色。意図的に配置された原色のイエローやレッド、ピンクやグリーンの衣装やインテリアが、物語の楽しさとも相まって、いかに観客の気持ちを和ませるかを、映画史上、最も熟知していたフィルムメーカーの一人がドゥミだった。 決して巨匠の範疇ではなかったが、その59年の生涯でドゥミは映画監督として幾つかのイノベーションを試みている。1つは、長編デビュー作『ローラ』(61)から『シェルブール』『ロシュフォール』ヘと繫がるラブロマンス路線。イノセントなヒロインの運命を、盟友、ミシェル・ルグランの音楽に乗せて描いたミュージカルという表現ツールは、『シェルブール』から『ロシュフォール』を経て『ロバと王女』(70)へと引き継がれる。そして、またもカトリーヌ・ドヌーブを主役にカラーリングを意識し、当時フランスでは"エディット・ピアフの再来"と騒がれたミレーユ・マチューと彼女の歌声をフィーチャーし、さらに、"男の妊娠"という斬新なデーマに切り込んだのが『モン・パリ』(73)だ。 まず、この映画のカラーリングは過去のどの作品より攻めている。モンマルトルで美容院を経営するヒロイン、イレーヌに扮した当時30歳のドヌーブが、いきなりグリーンのパフスリーブのニットにハートマーク入りTシャツ、そして、デニムのつなぎで登場したかと思えば、場面が変わると、次はブルーのフェイクファージャケット、さらに毛足の長いピンクやパープルのニットコートと立て続けに着替え、その都度、ドヌーブのブロンドヘアにはニットと同じ色のヘアピンが止められているという念の入れようだ。ドヌーブ自身も映画全体に溢れるカラフルな色に触発されたのか、ノーブラの上に薄いサーモンピンクのニットセーターを着て現れる。ニットの下で揺れる豊満な乳房をアピールしつつ! さて、マルチェロ・マストロヤンニ演じるイレーヌのパートナー、マルコはイタリアからやって来たバツイチの自動車学校経営者。最近、あまり体調が芳しくない彼は、イレーヌを伴い訪れた病院で、何と妊娠4ヶ月だと告げられてパニックになる。医者はホルモン異常と加工食品の摂取が原因だと言うが、そんなのあり得るだろうか?やがて、イレーヌとマルコは"人類が月に降り立って以来の出来事"(←原題)とメディアに持てはやされ、マルコは男性用マタニティウェアのモデルとして売れっ子に。このあたり、ファッショニスタとしてはドヌーブより数段上のマストロヤンニが、お腹の部分が突き出たマタニティデニムや、ベルボトムのコーデュロイを小粋に着こなしてイタリア仕込みのセンスを披露。カールしたヘアとチョビ髭が人類初の"妊夫"になってしまった男の居場所のなさを現して、味わい深いことと言ったらない。 脚本を兼任するドゥミは、男の妊娠を受けて雄叫びを上げる女性たちの台詞に、折しも1970年代初頭に世界中で巻き起こった女性解放運動=ウーマンリブの風潮を盛り込んでいる。女たちは、「これで不妊のプレッシャーから解放されるわ!」とか、「自由に中絶できるじゃない!?」とか意気盛んだが、この問題は40年以上が経過した今も議論の的だし、さらに、劇中ではジェンダー(性別に基づいて社会的に要求される役割)についてさりげなく言及するシーンもある。妊娠したマルコに憧れる美青年が、「僕も性転換したい」と言い放つのだ。当時、ドゥミがどこまで真剣に考えていたかは不明だが、ジェンターという概念をいち早く受け容れていたことは確かで、ここにも彼のイノベーターぶりを感じる。マルコの妊娠そのものより、それを叩き台に性的定義への問いかけを、フランスのエスプリをたっぷり注入したラブコメディというフォーマットに落とし込むとは!? バックステージでは真逆のことが起きていた。正確な時期は定かではないが、製作当時、または直前にドヌーブはマストロヤンニの子供を出産したばかりだったのだ。そう、それから遡ること2年前、『哀しみが終わるとき』(71)で愛児を亡くした夫婦を演じたのが縁で恋に落ち、直後『ひきしお』(71)で孤島に残された男女に扮した2人にとって、『モン・パリ』は3度目の共演作。3度目ともなればツーカーなのは当然だが、ところどころよく見ると、2人の間で交わされるボディタッチが過剰に感じる場面もなくはない。モンマルトルのアパートのキッチンで、マルチェロの手が席を立とうとするカトリーヌのお尻にそっと添えられたり、シャンプー台に上向きに座った彼の手が、自然に彼女の後ろに回ってハグしたり、等々。これら、まるで、ドゥミの演出を無視して私生活での距離感が自然に画面に現れたかのような瞬間を、是非見逃さないで欲しい。 当時、未婚のまま公私共に堂々と行動を共にするセレブカップルとしての2人の認知度は、今で言えば正式に結婚する前のブランジェリーナ以上。映画雑誌ではほぼ毎号、コートダジュールやパリのクラブで頻繁にデートを重ねるプライベートショットがグラビアを飾ったものだ。しかし、この恋はやがて終わりを告げる。評伝"運命のままにーわが愛しのマストロヤンニ"(日之出出版)に因ると、2人が『哀しみの終わるとき』のロケで出会ったのは、マストロヤンニが『恋人たちの場所』(69)の共演者、フェイ・ダナウェイと、ドヌーブが『暗くなるまでこの恋を』(69)の監督であるフランソワ・トリュフォーと、各々別れた直後だったという。そうして、自然に惹かれ合い、交際を始めたものの、約3年が経過したある日のこと、突然、ドヌーブの方から一方的に別れが告げられる。予期せぬ言葉に狼狽えるマストロヤンニに対して、「もう刺激がないの」と言い放ったというドヌーブの冷酷なほどの正直さもさることながら、一方で、愛する女への未練を率直に口にするマストロヤンニの、ドヌーブ以上に自分の感情に忠実でいられた男としての器の大きさを感じるエピソードではないか。 しかし、晩年、癌を患ったマストロヤンニが暮らすパリの自宅を幾度となく訪れ、最期を看取ったのは、誰あろうドヌーブと、彼女がマストロヤンニとの間に設けた愛娘で、後に女優デビューするキアラ・マトスロヤンニだった。その後、ドヌーブはマストロヤンニについて、「マルチェロと関わった人間は、誰1人として彼のことを忘れることはできない」とコメント。そう聞くと、改めてスターの世界の移ろいやすさと、それでも変わらず相手を認め、尊ぶ気持ちの強さを感じないわけにはいかない。『モン・パリ』が描くホラ話とも言える大胆かつコミカルな物語の裏側に、そんな生々しく温かいドラマが隠されていることを含んだ上で見ると、また違う味わいがあるのではないだろうか。■ L'EVENEMENT LE PLUS IMPORTANT DEPUIS QUE L'HOMME A MARCHE SUR LA LUNE
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COLUMN/コラム2017.03.08
サブジャンルの驚異的な再構成者、アダム・ウィンガード&サイモン・バレット〜『ザ・ゲスト』〜03月17日(金)深夜ほか
長男カレブを兵役で亡くし、喪失に耐えながら暮らしているピーターソン一家のもとに、ある日ゲスト=訪問者が訪れてくる。その男の名はデヴィッド(ダン・スティーブンス)。彼はアフガニスタンでカレブと一緒に戦ったと戦友だと主張し、一家に哀悼の意を捧げる。そしてスティーブンは母親の悲しみに寄り添い、父親と酒を酌み交わし、あまつさえ学校でいじめに遭っている息子のボディガードを請け負うなど、彼らのために誠心誠意ふるまうのだった。しかし長女アンナ(マイカ・モンロー)が、目的の分からないデヴィッドの善人じみた行為に疑問を抱き、軍に連絡して詳細を確認しようとするのだが……。 米国内の問題として横たわる戦場帰還兵を物語のフックとし、得体の知れない人物が平穏な家庭に介入してくる違和感を、独自の語り口と凄惨なバイオレンス描写、そして絶妙な配合のユーモアを交えて構成していく本作『ザ・ゲスト』。監督であるアダム・ウィンガードと脚本家のサイモン・バレットは、大意ではあるが本作の出自を以下のように語っている。 「前作『サプライズ』の成功によって、創造的な自由が与えられたんだ。そこで僕たちは、子どもの頃に影響された、1980年代のアクション映画やホラー映画と同じエッセンスを持つ作品を手がけてはどうだろうか、と考えたんだよ」(『ザ・ゲスト』日本版Blu-ray特典インタビューより) 1982年生まれのアダム、1978年生まれのサイモンにとって、多感期に遭遇した80年代のホラー&アクションは、自身にとって創造のベースとなっているようだ。同インタビューでは直接のリファレンスとなった具体的なタイトルを挙げていないが、『ザ・ゲスト』に通底するそのテイストは、同じ時代を生きた映画ファンなら多くの者がピンとくるに違いない。シルベスター・スタローン演じるベトナム戦争帰還兵が排他的な扱いを受け、その怒りを戦士としての破壊衝動にエスカレートさせていく『ランボー』(82)や、殺人ヒッチハイカーを拾ってしまった青年が、命がけの対決へと巻き込まれていく『ヒッチャー』(86)と同種のものを共有している。かろうじてサイモンはテリー・オクィン主演の『W(ダブル) ステップファーザー』(87)を『ザ・ゲスト』の構成要素として名指ししているが、本作もまた殺人鬼の裏顔を持つ継父が平和な家庭へと侵入してくる、80年代ホラーを象徴する映画だ。 こうした80年代ホラーやアクションが持つ空気感というのは、独特であるがゆえに後の映画などに継承、または反映されにくい。特にビデオの台頭によって、ストレートなプロットと粗製乱造ゆえの安普請さをもってそれとなす、インディ系レーベル独自のビデオスルー映画が量産された時期と重なることから、これらと絡まったより特殊な性質を包含している。 しかしアダムとサイモンは、この混沌としたテーマと真摯に向き合い、見事に80年代ホラー、アクション映画に対する憧憬を自作へと昇華させている。さらにはこうした既存のサブジャンルにひと味加えることで、単なる時代へのオマージュではなく、独創的な恐怖を生み出すことに成功しているのだ。 ■『ザ・ゲスト』の基幹をなすもの もっとも、こうしたアダムとサイモンのアプローチは今日的に始まったものではない。監督&脚本のデュオとしてキャリアを重ねる二人だが、その傾向は5年前の『サプライズ』(11)の頃から顕著だ。 本作も1970年代を席巻した「ホーム・インベーション」(家宅侵略もの)の文脈に沿いつつ、『ザ・ゲスト』と同様にひねりを加えて独自の世界を構築している。ここで詳述しておくと、ホーム・インベーションは女子学生寮に忍び込んだ連続殺人犯の凶行を描いた『暗闇にベルが鳴る』(74)を筆頭に、留守を預かるベビーシッターが姿なきサイコキラーの通話におびえる『夕暮れにベルが鳴る』(79)など、いわゆる『エクソシスト』(73)や『悪魔のいけにえ』(74)といったマスターピースが生まれた時代と共に生成されてきた、ホラー映画のサブジャンルのことだ。 しかしこのホーム・インベーションは『死霊のはらわた』(81)を起点とするスプラッタ(スラッシュ=血まみれ)の登場や、『リング』(98)を嚆矢とするジャパン・ホラーの世界的な台頭など、恐怖の手触りの変化にともない、その勢いは先細りしていった。特に致命傷を与えたのは『スクリーム』(96)の存在で、ホラー映画の定型的な演出をメタに笑い飛ばす本作はホーム・インベーションもその俎上に乗せて解体し、同ジャンルが持つ恐怖の機能を失わせたのである(冒頭のドリュー・バリモアのエピソードがまさにそれだ)。 しかし世紀をまたぎ、フランスでは実話を元にした戦慄のホーム・インベーション『THEM ゼム』(06)が生み出され、いっぽうスペインでは押し込み強盗に襲撃される一家の悲劇を描いた『スペイン一家監禁事件』(10)や、アメリカでもリブ・タイラーが謎の訪問者の襲撃を受け、その格闘ぶりが話題となった『ストレンジャーズ/戦慄の訪問者』(08)が製作されるなど、ホーム・インベーションは世界規模でその恐ろしさを取り戻していったのだ。 アダムとサイモンは、いまいちど胸筋を大きく律動させたこのサブジャンルを大胆に再構成することで、新たな感触を持つホーム・インベンション映画の生み出しに成功している。特にストーリーが進むにつれて展開が変調を放ち、思ってもない方向へと加速度的にエスカレートしていく意外さは『ザ・ゲスト』に継受されているといっていい(もっとも同作とて、謎の男が一家に忍び寄ってくるという点で充分ホーム・インベーションにカテゴライズされるのだが)。 『ザ・ゲスト』の基幹をなすものとして『サプライズ』の重要性にも言及せずにはおれないのだ。 ■ジャンルを超えた、名作そのものへの再構成アタック そんな『サプライズ』『ザ・ゲスト』を経てアダムとサイモンが向かった先は、サブジャンルというざっくりとした枠にとどまらず、歴史的に評価の定まった作品そのものを再構成するという大胆なアタックへと踏み込んでいく。それが彼らの最近作となる『ブレア・ウィッチ』(16)だ。 森にまつわる魔女の伝説を追い、森の中でこつ然と消えた映画学科の大学生たち。その行方不明から1年後に発見された撮影テープには、彼らが遭遇した恐怖の一部始終が刻まれていたーー。ホラー映画の革命作として名高い1999年の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は、ファウンド・フッテージ(発見された未公開映像)のスタイルを借り、まるでドキュメンタリーに接しているかのような迫真性と、未公開映像の中に写り込む、正体の全く分からない怪奇現象の数々で観る者を翻弄した。 アダムとサイモンは、前作を違う角度からとらえた『ブレアウィッチ2』(00)をまたぎ、前作に直リンクする正統な続編を目指しているが、その中身は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を再構成したリメイクといっていい。行方不明者の一人である姉ヘザーの行方を探し続けていた、大学生のジェームズ。ある日、彼は姉らしき人物の映った映像をYouTubeで見つける。意を決したジェームズは仲間たちと共にデジカムを携え、かのいまわしきブラック・ヒルの森へと足を踏み入れるーー。ドローンやGoProといった新規の映像メディアを駆使し、ヘザーの行方を追いながらも、事の真相に迫るために深く森へと分け入っていくジェームズたち。しかしカメラは姉が目にしたものよりも、さらに恐ろしい現象を多角的に映しだすことになる。 アダムとサイモンは、いささか風化ぎみなファウンド・フッテージ・ホラーの古典を現代的に展開させながら、『サプライズ』『ザ・ゲスト』で得た再構成の方法論をマッシュアップさせ、前作が持つ恐怖の本質をより生々しく追求しているのだ。 サブジャンルの驚異的な再構成者、アダム・ウィンガード&サイモン・バレット。『ザ・ゲスト』を機に、この異才を放つデュオに注目してもらえたら、あなたの映画体験はさらに豊かなものになるだろう。■ ©2013 Adam David Productions
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COLUMN/コラム2017.03.01
世間に不敵な挑戦状を叩きつけた連続殺人鬼の実話事件を映画化した、“アナザーサイド・オブ『ダーティハリー』”というべき秀作〜『ゾディアック』〜03月30日(木)ほか
■この暗号文を解いてみよ! 謎の連続殺人鬼〈ゾディアック〉、ここに登場 1960年代末、アメリカ西海岸のカリフォルニア州サンフランシスコ周辺を舞台に、残忍な手口による殺人や傷害事件が相次いで発生。やがて、当初は丸に十文字のマークを署名代わりに記し、後に〈ゾディアック〉と名乗ることになる正体不明の犯人が、3つの新聞社に、自らの犯行を認める声明書のみならず、アルファベットやギリシャ文字、天気記号や占星術の記号などを組み合わせた謎めいた暗号文も同時に送りつけてきて、これを解けば、俺の正体は判る、この暗号文を新聞に掲載しなければ、俺はまた人殺しをして暴れまくってやると脅し、自らの存在を世間に向けて挑戦的にアピールした。 彼の要求に応じて新聞の一面に掲載されたその暗号文は、ほどなくして「俺は人殺しが大好きだ。なぜなら、それはとても面白いからだ」云々と書かれてあったことが解読されるが、そこには「お前たちに俺の名前を教えてなんかやるものか」とも書かれていて、〈ゾディアック〉の正体は一向に明らかになることがないまま、以後も彼は、半ばゲームを楽しむかのように不敵な犯行や言動を繰り返して、警察や報道陣を翻弄。現代のメディア社会を揺るがす劇場型犯罪の愉快犯としてその悪名を轟かせ、やがて彼の名を騙った模倣犯まで登場して、世間をすっかり不安と恐怖、混沌の渦へと陥れた。 しかし、1971年以降、〈ゾディアック〉から送りつけられる挑戦状は間遠になって数も減り、1978年の手紙を最後にそれもふっつりと途切れて事態は沈静・収束化した。〈ゾディアック〉は総計37名にも及ぶ殺人を犯したと豪語したが、彼の手によるものと警察が断定した犯行は4件で、死者は5名。結局、一連の事件の真相も、連続殺人鬼の正体も、不明で未解決のまま、事件は迷宮入りとなって、〈ゾディアック〉は伝説的存在と化し、既に皆もよく御存知の通り、まだ事件の記憶もホットで生々しい頃から、あの『ダーティハリー』(1971 ドン・シーゲル)でクリント・イーストウッド演じるはみ出し者の刑事が対決する連続殺人鬼、〈さそり〉のモデルとなったのをはじめ、映像や音楽、文学など、多種多様なポップカルチャーの題材の源泉となり、あるいはまた、その後の現実社会で起きた多くの劇場型犯罪事件の雛型ともなって、今日まで広く知れ渡っている。 ■適材適所の監督起用となった、フィンチャーによる『ゾディアック』映画化 1969年、〈ゾディアック〉が最初の手紙と暗号文を送りつけた新聞社のひとつ、サンフランシスコ・クロニクル紙に、当時、見習いの諷刺漫画家として在籍していて、はからずも事件と運命的に遭遇し、以後も一連の騒ぎを間近で見聞して、最後まで事件の真相と真犯人を執念深く追い続けたロバート・グレイスミスがその顛末を綴った2冊のノンフィクションをもとに、この〈ゾディアック〉事件を映画化する本作の企画が立てられ、その監督として、真っ先に白羽の矢が立ったのが、ほかならぬデイヴィッド・フィンチャーだった。これは本作のプロデューサーたちからすれば、当然の人選だったと言えるだろう。 周知の通り、フィンチャーは先に、彼の出世作となった『セブン』(1995)で、猟奇的な連続殺人鬼を題材にしたサスペンス・スリラーを手がけている。そこでは、ブラッド・ピット演じる若手刑事が、ケヴィン・スペイシー扮する連続殺人鬼の挑発と煽動にまんまと乗せられて、抜き差しならぬ深みにはまり、最終的にはスペイシーが仕掛ける殺人ゲームの最後の総仕上げを行う、共犯者の役割を割り当てられていた。 あるいはまた、20世紀末に生み出され、その後21世紀初頭にはからずも現実のものとなる、〈9.11〉テロの光景をいち早く先取りする衝撃作となった『ファイト・クラブ』(1999)。ここでは、ブラッド・ピットが逆に、エドワード・ノートン扮する主人公の分身たる誘惑的な煽動者として登場し、彼との殴り合いを通して、ノートンもまた危険なゲームへとひたすら暴走・没入していく姿を、けれん味たっぷりの映像と音響を通してセンセーショナルに描き、フィンチャー監督自身、現代の映画界におけるトリックスター的な攪乱者として、頭角を現していた。その名もずばり『ゲーム』(1997)と題された作品もある通り、フィンチャーの映画世界においては、主人公たちが、ある種のゲームを介して、互いに対立・闘争し、あるいは惹かれ合って不思議な共犯関係を結ぶことが、常に物語を始動させる大きな役割を果たしていて、この『ゾディアック』は、フィンチャーにとっても、まさにうってつけの題材であったに違いない。 それに加えて、〈ゾディアック〉が現実に暴れ回っていた当時、まだ子供だったフィンチャーは、奇しくもサンフランシスコから北にわずか30kmほど離れた地域に住んでいて、スクールバスに乗って下校する際、ハイウェイ・パトロールの連中がしばらく警護でバスにつき添うのを自ら実際に体験し、〈ゾディアック〉と呼ばれる連続殺人鬼がスクールバスとそれに乗る児童たちを標的にした恐るべき犯行予告を行っていたことを、父親の口から聞かされたことがあったという(幸いにも現実にはそうした凶行事件は起きなかったが、映画『ダーティハリー』の中では、アンディ・ロビンソン扮する連続殺人鬼の〈さそり〉がスクールバス・ジャックの暴挙に打って出て、子供たちやそれをなす術もなく見守る市民らを、恐怖のどん底に叩きこむことになる)。 本作の監督依頼のオファーを受け入れたフィンチャーは、この〈ゾディアック〉事件を映画化するにあたって、実証主義的なアプローチによる徹底したリサーチを改めて行った上で、実際に起きた出来事を努めてリアルに再現するのに心血を注ぎ、従来、『セブン』や『ファイト・クラブ』などで披露してきた、これ見よがしの才気走った派手で過剰な作風とはうって変わり、きわめて抑制の効いた渋い演出を全篇にわたって披露して、映画作家としての成熟ぶりを窺わせる充実した作品に仕上がっている。 その一方で、『セブン』では、ケヴィン・スペイシー演じる連続殺人鬼が“七つの大罪”を犯した連中に天誅を下す様子は、直接的に画面には映さず、既に凶行がなされた後の酸鼻を極めた犯行現場という形で、彼の異常者ぶりが示されていたのに引き比べると、この『ゾディアック』では、正体不明の〈ゾディアック〉が、夜、人気のない暗がりに車を停めてデートを楽しもうとしていた1組の高校生のカップルや、あるいは、湖畔で昼間ピクニックを楽しんでいた大学生のアベックらを相手に、冷酷非情な犯行に及ぶ決定的瞬間を、迫真の臨場感できわめて即物的に描いているのが本作の特色となっていて、その何ともクールでドライな感触が、〈ゾディアック〉の得体の知れなさと薄気味悪さをいっそう際立たせている。 そしてまた、街の全景を捉えた冒頭のロングショットから、恐怖におびえる被害者の顔のアップ、さらには、きっとこれはデジタル合成処理をしたものだろうが、夜の街路を走り抜けるイエローキャブを真上からぴたりとフォローして滑らかに捉えたマジカルな俯瞰移動撮影まで、その都度、被写体と絶妙の距離感を保ちながら、スタイリッシュな画面をリズミカルに構成する、フィンチャーの卓越した映像センスと、ハリス・サヴィデスの見事な撮影手腕(『エレファント』(2003)、『ラストデイズ』(2005)など、ガス・ヴァン・サント監督とのコンビでも知られた名キャメラマンだが、2012年、惜しくも55歳でこの世を去った)も、素晴らしい。 映画の前半は、〈ゾディアック〉による犯行場面の描写を主体に話が進行していくが、彼が書いた手紙と暗号文が自分たちの働く新聞社に届いたのをきっかけに、ジェイク・ギレンホール扮する本作の原作者にして諷刺漫画家と、ロバート・ダウニーJr.扮する同僚の敏腕記者が、暗号解読と犯人の正体探しに熱中するようになって相棒を組む一方、マーク・ラファロとアンソニー・エドワーズが、事件を捜査する担当刑事に扮して、やはりコンビで劇中に登場。物語の焦点は、次第に2組のコンビへと重点をシフトしつつ、彼らがそれぞれ〈ゾディアック〉の正体を突き止めようと懸命に奔走する様子が、じっくりと描き出されることとなる。 フィンチャー監督は、本作を映画化するにあたって、やはり1970年代前半のほぼ同時代、ワシントン・ポスト紙の2人組の新聞記者が、とある軽犯罪事件の裏に秘められた意外な政治的陰謀を明るみにし、当時の合衆国大統領ニクソンをついに辞任に追い込んだ衝撃的な政治スキャンダル、〈ウォーターゲイト事件〉の顛末を映画化した『大統領の陰謀』(1976 アラン・J・パクラ)を、下敷きとして活用したことを自ら明かしている。ただ、『大統領の陰謀』の新聞記者コンビが、その粘り強い地道な取材活動の末に、事件の真相を暴くことに成功して社会的正義を最終的に勝ち取り、彼らにとっても、そしてそれを見守る観客にとっても、それなりのカタルシスを得られるのに対し、この〈ゾディアック〉事件は、先にも説明した通り、現実において、犯人の正体も居所も一向に掴めぬまま、歳月ばかりが空しく過ぎ去っていく。 ■『ダーティハリー』の裏版 !? 本来は『ゾディアック』が表看板だったはずなのに… この『ゾディアック』の物語のちょうど中間の折り返し点にあたる箇所で、劇中の登場人物たちが、この現実に起きた〈ゾディアック〉事件に想を得て作られた映画『ダーティハリー』を、皆で揃って劇場へ見に行くという印象的な一場面が登場する。いささか皮肉めいたこの場面において、マーク・ラファロ演じる刑事は、映画をあくまで絵空事や他人事として楽しんで鑑賞することが出来ずに途中退席してしまう。そして、ロビーでひとり煙草を吹かしているところへ、映画を見終わって外に出てきた同僚から、「あの(クリント・イーストウッド扮する)キャラハン刑事は、君がてこずっている事件を、ものの見事に解決してくれたじゃないか」と声をかけられたラファロは、「正当な法の手続きは、必要ないってわけか、ふん」とふてくされた態度を見せ、それを脇で見守っていたギレンホールが見るに見かねて、「きっとあなたが、彼(=〈ゾディアック〉)を捕まえますよ」とラファロに慰めの言葉をかけると、「でも、既にもう、こうして映画は出来上がっているじゃないか」と、あらためて彼は自嘲気味の捨て台詞を吐くことになるのだ。 映画『ゾディアック』のドラマは、ここから4年の歳月を一気に飛び越えた上で、なおもこの先しばらく続くことになるが、疲労と焦燥のみが蓄積されていくその煮詰まった事態についに耐えかねて、ギレンホール&ダウニーJr.、そしてラファロ&エドワーズという2組のコンビは、共に後者の相棒が別れを告げて去って行き、コンビを解消するはめとなる。さらに今度は、お互いに取り残された者同士でギレンホールとラファロが新たなコンビを組むものの、その2人の関係も次第に冷え込み、〈ゾディアック〉のおぼろげな影をひたすら追いかけるという欲望と執念ばかりが自己目的化して亢進・肥大化し、心の内に募らせたオブセッションによって、自らの人生そのものが崩壊の危機に瀕し、愛する妻子からも愛想を尽かされてひとり孤独を噛み締める、ギレンホールの哀れでやるせない姿が大きく浮き彫りとなっていくのだ。このあたりの展開は、フィンチャー監督が、『大統領の陰謀』と並んで、本作を作る上で大いに参照した、1970年代の政治サスペンス映画を代表する傑作『カンバセーション…盗聴…』(1974 フランシス・フォード・コッポラ)の影響が色濃く見て取れるはずだ。 フィンチャー監督の映画は、往々にして上映分数が2時間半を超える長尺の作品が多く、気軽に見るにはいささかしんどくて疲れることもなきにしもあらずだが、やはり2時間半強の長さがあるこの『ゾディアック』の場合、彼らの人生の軌跡を見つめる上で、その作品の長さにはそれなりの必然性があったと言えるだろう。ギレンホールにダウニーJr.、そしてラファロら、実力演技派の俳優たちが顔を揃え、人騒がせな連続殺人鬼〈ゾディアック〉の出現と挑発によって人生を狂わされ、茨の道を歩むはめとなる彼らの見応えのある競演を、どうかぜひ腰を据えてじっくりと味わって欲しい。■ © Warner Bros. Entertainment Inc. and Paramount Pictures Corporation
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COLUMN/コラム2017.01.20
極限の緊張サスペンスに込めたクルーゾ監督の狙いと、それを継受した1977年リメイク版との関係性を紐解く〜『恐怖の報酬(1953)』〜01月10日(火)深夜ほか
わずかの振動でも爆発をおこす膨大な量のニトログリセリン(高度爆発性液体)を、悪路を眼下にトラックで輸送する--。それを耳にしただけでも、全身の毛が逆立つような身震いをもたらすのが、この『恐怖の報酬』だ。この映画が世に出て、今年で63年。その間、いったいどれほど多くの類似ドラマや引用、パロディが生み出されてきたことだろう。 だが一度は、それらを生み出したオリジンに触れてみるといい。先に挙げた設定をとことんまで活かした、観る者を極度の緊張へと至らしめる演出と仕掛けが、本作にはたっぷりと含まれている。 「この町に入るのは簡単さ。だが出るのは難しい“地獄の場所”だ」 アメリカの石油資源会社の介入によって搾取され、スラムと化した南米のとある貧民街。そこは行き場を失ったあぶれ者たちの、終着駅のごとき様相を呈していた。そんな“地獄の場所”へと流れてきたマリオ(イブ・モンタン)を筆頭とする四人の男たちは、貧困がぬかるみのように足をからめとる、この呪われた町から脱出するために高額報酬の仕事に挑む。その仕事とは、爆風で火を消すためのニトログリセリンを、大火災が猛威をふるう山向こうの石油採掘坑までトラックで運ぶことだった。 舗装されていないデコボコの悪路はもとより、道をふさぐ落石や噴油のたまった沼など、彼らの行く手には数々の難関が待ち受ける。果たしてマリオたちは無事に荷物を受け渡し、成功報酬を得ることができるのかーー? 仏作家ジョルジュ・アルノーによって書かれた原作小説は、南米グァテマラの油田地帯にある石油採掘坑の爆発と、その消火作業の模様を克明に描いた冒頭から始まる。その後は、 「四人が同じ地に集まる」 「ニトログリセリンを運ぶ」 と続く[三幕構成]となっているが、監督のアンリ・ジョルジュ・クルーゾはその構成を独自に解体。映画は四人の男たちの生きざまに密着した前半部と、彼らがトラックで地獄の道行へと向かう後半の[二部構成]へと配置換えをしている。そのため、本作が爆薬輸送の物語だという核心に触れるまで、およそ1時間に及ぶ環境描写を展開していくこととなる。 しかし、この構成変更こそが、物語をどこへ向かわせるのか分からぬサスペンス性を強調し、加えて悠然とした前半部のテンポが、どん詰まりの人生に焦りを覚える男たちの感情を、観る者に共有させていくのだ。 そしてなにより、視点を火災に見舞われた石油資源会社ではなく、石油採掘の犠牲となった町やそこに住む人々に置くことで、映画はアメリカ資本主義の搾取構造や、極限状態におけるむき出しの人間性を浮き彫りにしていくのである。 ■失われた17分間の復活 だが不幸なことに、クルーゾによるこの巧みな構成が、フランスでの公開から36年間も損なわれていた時代があったのだ。 今回ザ・シネマで放送される『恐怖の報酬』は、クルーゾ監督の意向に忠実な2時間28分のオリジナルバージョン(以下「クルーゾ版」と呼称)で、前章で触れた要素が欠けることなく含まれている。 しかし本作が各国で公開されたときにはカットされ、短く縮められてしまったのだ(以下、同バージョンを「短縮版」と呼称)。 映画に造詣の深いイラストレーター/監督の和田誠氏は、脚本家・三谷幸喜氏との連載対談「それはまた別の話」(「キネマ旬報」1997年3月01日号)での文中、封切りで『恐怖の報酬』を観たときには既にカットされていたと語り、 「たぶん観客が退屈するだろうという、輸入会社の配慮だと思うんですけど」 と、短縮版が作られた背景を推察している。確かに当時、上映の回転率が悪い長時間の洋画は、国内の映画配給会社の判断によって短くされるケースもあった。事実、本作の国内試写を観た成瀬巳喜男(『浮雲』(55)監督)が、中村登(『古都』(63)監督)や清水千代太(映画評論家)らと鼎談した記事「食いついて離さぬ執拗さ アンリ・ジョルジュ・クルゾオ作品 恐怖の報酬を語る」(「キネマ旬報」1954年89通号)の中で、試写で観た同作の長さは2時間20分であり、この時点でクルーゾ版より8分短かったという事実に触れている。 しかし本作の場合、短縮版が世界レベルで広まった起因は別のところにあったのだ。 1955年、『恐怖の報酬』はアメリカの映画評論家によって、劇中描写がアメリカに対して批判的だと指摘を受けた(同年の米「TIME」誌には「これまでに作られた作品で、最も反米色が濃い」とまで記されている)。そこでアメリカ市場での公開に際し、米映画の検閲機関が反米を匂わすショットやセリフを含むシーンの約17分、計11か所を削除したのである。それらは主に前半部に集中しており、たとえば石油の採掘事故で夫を亡くした未亡人が大勢の住民たちの前で、 「危険な仕事を回され。私たちの身内からいつも犠牲者が出る。死んでも連中(石油資源会社)は、はした金でケリをつける」 と訴えるシーン(本編37分経過時点)や、石油資源会社の支配人オブライエン(ウィリアム・タッブス)が、死亡事故調査のために安全委員会が来るという連絡を受けて、 「連中(安全委員会)を飲み食いさせて、悪いのは犠牲者だと言え。死人に口なしだ」 と部下に命じるシーン(本編39分経過時点)。さらにはニトログリセリンを運ぶ任務を負った一人が、重圧から自殺をはかり「彼はオブライエンの最初の犠牲者だ」とマリオがつぶやく場面(本編45分経過時点)などがクルーゾ版からカットされている。 こうした経緯のもとに生み出された短縮版が、以降『恐怖の報酬』の標準仕様としてアメリカやドイツなどの各国で公開されていったのである。 なので、この短縮版に慣れ親しんだ者が今回のクルーゾ版に触れると「長すぎるのでは?」と捉えてしまう傾向にあるようだ。それはそれで評価の在り方のひとつではあるが、何よりもこれらのカットによって作品のメッセージ性は薄められ、この映画にとっては大きな痛手となった。本作は決してスリルのみを追求したライド型アクションではない。社会の不平等に対する怒りを湛えた、そんな深みのある人間ドラマをクルーゾ監督は目指したのである。 1991年、マニアックな作品選定と凝った仕様のソフト制作で定評のある米ボイジャー社「クライテリオン・コレクション」レーベルが、本作のレーザーディスクをリリースするにあたり、先述のカットされた17分を差し戻す復元をほどこした。そしてようやく同作は、本来のあるべき姿を取り戻すことに成功したのである。この偉業によってクルーゾの意図は明瞭になり、以降、このクルーゾ版が再映、あるいはビデオソフトや放送において広められ、『恐怖の報酬』は正当な評価を取り戻していく。 ■クルーゾ版の正当性を証明するフリードキン版 こうしたクルーゾ版の正当性を主張するさい、カット問題と共に大きく浮かび上がってくるのは、1977年にウィリアム・フリードキン監督が手がけた本作の米リメイク『恐怖の報酬』の存在である。 名作として評価の定まったオリジナルを受けての、リスクの高い挑戦。そして製作費2000万ドルに対して全米配収が900万ドルしか得られなかったことから、一般的には失敗作という烙印を捺されている本作。しかし現在の観点から見直してみると、クルーゾ版を語るうえで重要性を放つことがわかる。 フリードキンは米アカデミー賞作品賞と監督賞を受賞した刑事ドラマ『フレンチ・コネクション』(71)、そして空前の大ヒットを記録したオカルトホラー『エクソシスト』(73)を手がけた後、『恐怖の報酬』の再映画化に着手した。その経緯は自らの半生をつづった伝記“THE FRIEDKIN CONNECTION”の中で語られている。 フリードキンは先の二本の成功を担保に、当時ユニバーサル社長であったルー・ワッサーマンに会い「わたしが撮る初のユニバーサル映画は本作だ」とアピールし、映画化権の取得にあたらせたのだ。 しかし権利はクルーゾではなく、原作者であるアルノー側が管理しており、しかも双方は権利をめぐって確執した状態にあった。だがフリードキン自身は「権利はアルノーにあっても、敬意を払うべきはクルーゾだ」と考え、彼に会って再映画化の支えを得ようとしたのだ。クルーゾは気鋭の若手が自作に新たな魂を吹き込むことを祝福し、『フレンチ・コネクション』『エクソシスト』という二つの傑作をモノした新人にリメイクを委ねたのである。 こうしたクルーゾとフリードキンとの親密性は、作品においても顕著にあらわれている。たとえば映画の構成に関して、フリードキンはマリオに相当する主人公シャッキー(ロイ・シャイダー)が、ニトログリセリンを輸送する任務を請け負わざるを得なくなる、そんな背景を執拗なまでに描写し、クルーゾ版の韻を踏んでいる。状況を打破するには、命と引き換えの仕事しかないーー。そんな男たちの姿をクローズアップにすることで、おのずとクルーゾーの作劇法を肯定しているのだ。 しかしラストに関して、フリードキンの『恐怖の報酬』は、シャッキーが無事にニトログリセリンを受け渡すところでエンドとなっていた。そのため本作は日本公開時、このクルーゾ版とも原作とも異なる結末を「安易なオチ」と受け取られ、不評を招く一因となったのである。 ところがこの結末は、本作の全米興行が惨敗に終わったため、代理店によってフリードキンの承認なく1時間31分にカットされた「インターナショナル版」の特性だったのだ。アメリカで公開された2時間2分の全長版は、クルーゾ版ならびに原作と同様、アレンジした形ではあるがバッドエンドを描いていた。にもかかわらず場面カットの憂き目に遭い、あらぬ誤解を受けてしまったのである。 そう、皮肉なことにクルーゾもフリードキンも、改ざんによって意図を捻じ曲げられてしまうという不幸を、『恐怖の報酬』という同じ作品で味わうこととなってしまったのだ。 さいわいにもクルーゾ版は、こうして自らが意図した形へと修復され、本来あるべき姿と評価をも取り戻している。なので、クルーゾ版の正当性を証明するフリードキン版も、多くの人の目に触れ、正当な評価を採り戻してもらいたい。それを期待しているのは、決して筆者だけではないはずだ。■ ©1951 - TF1 INTERNATIONAL - PATHE RENN PRODUCTIONS - VERA FILM - MARCEAU CONCORDIA - GENERAL PRODUCTIONS