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PROGRAM/放送作品
ザ・シネマ 最新映画情報局
これだけは見逃せない劇場公開最新作を毎月1本紹介するミニ映画情報番組。あわせてザ・シネマ注目作も紹介
劇場公開最新作の中から、毎月1作品、ザ・シネマおすすめの必見作を厳選。モデル・女優の加賀美セイラと、映画雑誌『SCREEN』の米崎編集長のナビゲートで紹介するミニ映画情報番組。
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COLUMN/コラム2015.12.20
テロの時代を予見した作品とその監督を、単純に不運とは言わせない!!〜『ブラック・サンデー』〜
映画はアメリカ大統領を含む8万人の観衆がフットボール試合を観戦する巨大スタジアムで、パレスチナのテロ集団"黒い九月"が仕掛けた無差別テロ計画を、イスラエル諜報特務庁"ムサド"が阻止しようとするパニック・サスペンス。単なる娯楽映画の枠組みを超え、強烈なリアリズムが終始観客の心を掴み続ける力作である。だが、日本公開目前の1977年、配給元に「上映すれば映画館を爆破する」という脅迫が届いたため、用意されていたプリントは破棄され、公開中止が決定する。その3年前の1974年には、東アジア反日武装戦線"狼"による三菱重工ビル爆破事件が発生し、衝撃の余波が続いていたこともあった。しかし、たとえ公開中止になろうとも、1970年代のハリウッド映画を代表する話題作へのファンの評価と飢餓感は消えることなく、2006年にはソフト化され、2011年、"第2回 午前十時の映画祭"に於いて、遂に細々ではあるが劇場公開の運びとなる。製作時から実に34年後の公開だった。 この映画が長く語り継がれる所以は、人物や状況を手持ちカメラやロングショットで追い続けるドキュメンタリー・タッチにある。物語の幕開けはベイルート。"黒い九月"のメンバーが祖国アメリカへの復讐に燃えるベトナム帰還兵、ランダー(ブルース・ダーン)を操り、無差別テロを計画しているアジトに、"ムサド"の特殊部隊が乱入。しかし、リーダーのカバコフ(ロバート・ショー)はその時シャワーを浴びていたテロの首謀者、ダリア(マルト・ケラー)を見逃したため、計画はやがて実行へと移されることになる。映画監督デビュー前にアメリカ空軍の映画班で記録映画を数多く手がけ、その後、TVの生番組を152番組も演出した経験があるジョン・フランケンハイマーは、冒頭の数分で手持ちカメラを存分に駆使。その効果は絶大で、実際はモロッコのタンジールで撮影されたベイルートのざらざらとした画像とも相まって、観客を即座にテロ前夜の緊迫した世界へと取り込んでしまう。 フランケンハイマーのリアルなタッチは人物像にも及ぶ。 イスラエルとパレスチナの終わらない報復の連鎖の中で、家族を失い、必然的に孤高のテロリストとならざるを得なかったダリアを、気丈ではあるが不幸な戦争の被害者として、出征先のベトナムで捕虜となったばかりに、解放され、帰国後は母国民から裏切り者の烙印を押され、妻子にも去られ、精神に異常を来したランダーを、祖国から見放された狂気の人物として各々描写。さらに、"ムサド"を率いてきたカバコフにすら、劇中で「もう殺戮はたくさんだ」といみじくも独白させる。そんなテロ戦争の深い闇の中で、舞台となるアメリカとアメリカ国民はただ逃げ惑うしかないという矛盾が浮かび上がる。まるで、あの9.11を予言したかのような原作と脚色は、その後、『羊たちの沈黙』(91)で世に出るベストセラー作家、トマス・ハリスによるもの。これはハリスにとって最初に映画化された原作であり、『羊~』から続く『ハンニバル』シリーズ以外で唯一映画化された作品でもあるのだ。 気鋭の作家の筆力を得て、フランケンハイマー・タッチは後半、さらにヒートアップして行く。ダリアとランダーが武器として用意したプラスティック爆弾の密輸入に成功し、まずはその威力を試すため、カリフォルニアのモハベ砂漠の小屋で爆破させると、トタンに無数のライフルダーツが開くシーンの視覚的恐怖から、テロ一味が決行の日時と場所に設定したマイアミのスーパーボウル当日、ランダーが操縦する爆弾を搭載した飛行船がスタジアム上空に接近するのを、カバコフがヘンコプターから身を乗り出して追跡する空中戦へと転じるクライマックスのカタルシスは半端ない。リアルな犯罪サスペンスが娯楽アクションに俄然シフトする瞬間だ。 スーパーボウルのシーンはNFLの全面協力の下、マイアミのオレンジボウルで行われた第10回スーパーボウル、ダラス・カウボーイズVSピッツバーグ・スティーラーズの試合前日、10000人のエキストラを投入して撮影された。試合当日にパニックシーンの撮影は危険だったからだ。エキストラは全員ボランティアだったため、後日、フランケンハイマーは謝礼代わりに彼らの仕事ぶりを得意のドキュメンタリー映画に収めることで、その献身に応えている。タイヤメーカー、グッドイヤーが飛行船を提供したのもフランケンハイマーの尽力によるもの。彼とグッドイヤーはFIレースを描いた『グラン・プリ』(66)以来、信頼関係にあったからだ。 『ブラック・サンデー』を語る上で、改めてジョン・フランケンハイマーを取り上げないわけにはいかない。映画の公開直前、配給のバラマウントはかつてない量のモニター試写を行い、結果、かつてない程の好評を獲得し、自信を持って劇場公開に踏み切った。『ジョーズ』(75)に匹敵するブロックバスターになると信じて。ところが、映画は同じ1977年に公開された『スター・ウォーズ』の興収に遠く及ばなかった。そして、これを境にフランケンハイマーは映画作家としてのカリスマを失う。モンスター映画『プロフェシー/恐怖の予言』(79)、ドン・ジョンソン主演のディテクティブもの『サンタモニカ・ダンディ』(89)、H・G・ウェルズ原作『D.N.A./ドクターモローの島』(96)等を発表したものの、どれも『ブラック・サンデー』以前の代表作、アカデミー賞4部門に輝いた『終身犯』(62)以下、『グラン・プリ』『フィクサー』(68)『ホースメン』(71)『フレンチ・コネクション2』(75)等と比べて、質的に劣る作品ばかりだった。 そして、2002年、フランケンハイマーは脊髄手術の合併症により72歳で死去。1960~70年代のハリウッド映画に独自のダイナミズムとリアリズムを持ち込んだ巨匠は、惜しまれつつ、ファンの記憶の中に仕舞い込まれる。ハリウッドメジャーの期待を裏切った彼自身も、もしかして、映画と同じく不運な人だったのかも知れない。しかし、遊園地を舞台に爆弾魔と検査官を攻防を描いた『ジェット・ローラー・コースター』や、同じフットボール試合で発生する狙撃事件を追った『パニック・イン・スタジアム』等、'77年に起きたパニック映画ブームの一翼を担った他作品と比べると、『ブラック・サンデー』がいかに大人の鑑賞に耐え得る重層構造になっているかがよく分かる。単純な悪人も、ひたすら雄々しいヒーローも登場しないテロの時代の空虚を画面にとらえながら、同時に、娯楽的要素もたっぷりのバニック映画とその監督を、単純に不運と呼ぶのはいささか申し訳ない気がする。■ COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.
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PROGRAM/放送作品
シネマ・ゴダール
ヌーヴェルバーグの旗手、ジャン=リュック・ゴダールの生み出した名作の裏側と、彼の映画愛に迫るドキュメンタリー。
ヌーヴェルバーグの巨人、監督ジャン=リュック・ゴダール。『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』他、彼の生み出した名作の裏側と彼の映画愛を、女優アンナ・カリーナ、監督マイク・リー他、映画人たちが赤裸々に語る。
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COLUMN/コラム2015.12.12
死体消失事件をめぐる驚愕の真実を描き、スパニッシュ・スリラー&ミステリーの充実を証明する逸品~『ロスト・ボディ』~
このジャンルにおけるハリウッドやイギリスのクリエイターたちが映画界からTVドラマ界へと活動の場をシフトする傾向が強まるなか、スペイン映画こそが約100分間ひたすらハラハラ&ドキドキする映画を楽しみたい!という私たちの欲求を補完してくれる役目を果たしているのだ。“スパニッシュ”といえば、先頃ザ・シネマでも大々的に特集が組まれた“ホラー”のレベルの高さは広く知られているが、ミステリー&スリラーの充実ぶりも目覚ましいものがある。 近年のスペイン製スリラー&ミステリーの隆盛の元をたどってみると、アレハンドロ・アメナーバル監督の『テシス/次に私が殺される』(1996)、『オープン・ユア・アイズ』(1997)、『アザーズ』(2001)の成功が思い起こされる。とりわけアメリカ資本とタッグを組み、スター女優のニコール・キッドマンを主演に据えた『アザーズ』は、国際的なマーケットにおけるスペイン映画のブランドバリューを高めたエポック・メイキングな作品となった。 その後しばらくブランクは生じるものの、スペイン産の英語作品というパターンのプロジェクトは『[リミット]』(2010)、『レッド・ライト』(2012)、『記憶探偵と鍵のかかった少女』(2013)、『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(2013)、『MAMA』(2013)へと受け継がれて現在に至っている。 スペインのジャンル・ムービー事情を語るうえでは『TIME CRIMES タイム・クライムス』(2007)も見落とせない。新人のナチョ・ビガロンド監督が放ったこの奇想天外なタイムパラドックスSFは、低予算作品でありながらスペイン国内で大ヒットを記録し、ファンタスティック系の映画祭で数多くの賞に輝いた。このような興行的な成功例が生まれると、スタジオやスポンサーに「スリラー&ミステリーは客を呼び込める」「海外に打って出ることができる」という自信が芽生え、新たな投資への好循環が沸き起こる。このジャンルで実績を積み重ねたプロデューサーやペドロ・アルモドバル、ギレルモ・デル・トロといった大物監督のバックアップのもと、若い才能たちが次々と育ち、今まさにスペインのジャンル・ムービーは豊かな“収穫期”を迎えている感がある。 ところが日本においては、スペイン製のスリラー&ミステリーが全国的なシネコン・チェーンのスクリーンにかかることは滅多にない。ここ数年、このジャンルの愛好家である筆者が唸らされた『ヒドゥン・フェイス』(2011)、『悪人に平穏なし』(2011)、『ネスト』(2014)、『ブラックハッカー』(2014)、『マーシュランド』(2014)といった快作は、いずれも小劇場や特集上映でひっそりと紹介されるにとどまっている。これらの“宝の山”のほとんどが、今もレンタルショップの片隅で日の目を見ずに眠っているのだ。 前置きが長くなって恐縮だが、今回ピックアップする『ロスト・ボディ』(2012)も“宝の山”の中の1本である。『ロスト・アイズ』(2010)、『ロスト・フロア』(2013)という似たタイトルのスペイン映画があっていささか紛らわしいが、これはどれも『永遠のこどもたち』(2007)のベレン・ルエダが主演を務めたミステリー・スリラーであるということ以外、内容的にはまったく繋がりがない。出来ばえに関しては『ロスト・ボディ』がダントツの面白さである。 日本では特集上映〈シッチェス映画祭セレクション〉で紹介された『ロスト・ボディ』は、ある真夜中、郊外の法医学研究所の死体安置所から製薬会社オーナーである高慢な中年女性マイカの遺体が忽然と消失したところから始まる。心臓発作で急死したマイカにはアレックスという年下の夫がおり、捜査に乗り出したベテランのハイメ警部はアレックスを呼び出し、彼がマイカを殺害して死体を隠蔽したのではないかと疑って事情聴取を始めるのだが……。 映画の比較的早い段階で、ひげ面の容疑者アレックスがマイカ殺しの犯人だという事実がフラッシュバックで観る者に提示される。ミステリーの核となるのは、なぜマイカの遺体が消えたのかという点だ。アレックスは外部にいる若く美しい愛人カルラと携帯で連絡を取りながら、ハイメ警部の厳しい事情聴取をのらりくらりとかわそうとするが、アレックスを取り巻く状況は悪化の一途をたどる。次第に追いつめられたアレックスは、特殊な毒薬を使って殺害したはずのマイカは実は生きていて、自分への復讐を実行しているのではないかという強迫観念に囚われていく。アレックスがマイカの幻影に脅えるシーンは、ほとんどホラー映画のようだ。 そもそも死体安置所を備えた2階建ての法医学研究所という空間を、警察の取調室代わりに仕立てたシチュエーションの妙がすばらしい。おそらく室内シーンの大半はセットで撮られたはずで、ミステリー・スリラーでありながらホラー的なムードを濃厚に漂わせた陰影豊かな美術、照明、撮影が、この映画のクオリティの高さを裏付けている。猛烈な雨が降りしきり、雷鳴の閃光がまたたく濃密な映像世界は、いつ幽霊が出没しても不思議ではない不気味な気配を醸し出している。 こうしたオリオル・パウロ監督率いるスタッフの的確な仕事ぶり、死美人役のベレン・ルエダとホセ・コロナド、ウーゴ・シルヴァらの演技巧者たちの迫真のアンサンブルに加え、何よりこの映画はオリジナル脚本が抜群に優れている。やがて死体消失の怪事件は夜明けの訪れとともに急展開を見せ、矢継ぎ早に意外な真相が明かされていく。いわゆるどんでん返しが待ち受けているわけだが、それは単にサプライズ効果を狙ったトリッキーな仕掛けではなく、登場人物の“情念”と結びついた本格ミステリーの醍醐味を堪能させてくれる。謎だらけの死体消失事件には、ある目的を達成するために恐ろしいほどの執念を燃やす首謀者とその共犯者が存在しているのだ! 巧妙な伏線をちりばめたうえで炸裂する“驚愕の真実”と、ラスト・カットまで持続する並々ならぬ緊迫感に筆者は舌を巻いた。こんな隠れた逸品を目の当たりにするたびに、スペイン製ジャンル・ムービーの発掘はしばらく止められそうもないと感じる今日この頃である。■ ©2012 Rodar y Rodar Cine y Television/A3 Films. All Rights Reserved
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PROGRAM/放送作品
ひかりのまち
希代の才能で世界中から注目されるマイケル・ウィンターボトム監督が描く、愛と幸福!
スタイリッシュな映像美と、秀でた音楽センスで注目されるマイケル・ウィンターボトム監督がおくる心温まるヒューマン・ドラマ。音楽は『ピアノ・レッスン』の巨匠マイケル・ナイマン。
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COLUMN/コラム2015.12.05
髑髏が怪異な現象を巻き起こす『がい骨』は、今は亡き、2大怪奇スター競演が魅力!
だがハマー作品も、60年代終わり頃からマンネリ化と作品の質の低下(今振り返れば、それでも充分面白かったが)を招き、観客に飽きられはじめて興行も厳しい状況に陥っていった。それでもハマーを世界的に知らしめた、『フランケンシュタインの逆襲』(57年)と『吸血鬼ドラキュラ』(58年)でのピーター・カッシングとクリストファー・リーの競演は、ホラー映画史に刻むほどの名場面の数々を生んだ……。 比較的若い映画ファンからすれば、カッシングといえば『スター・ウォーズ』(77年)での帝国軍モフ・ターキン役で知られているし、リーの場合は『スター・ウォーズ エピソード2&3』(02・05年)のドゥークー伯爵役や『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(01・02・03年)のサルマン役、そしてティム・バートン監督作品などで人気を集めてきた名優だ。 ピーター・カッシングとクリストファー・リーは、60年代から英国製怪奇映画のスターとして海外でも広く知れ渡り、SF&ホラーのジャンル系映画を製作するアミカス・プロダクションの映画にもたびたび出演した。アミカスは、オムニバス形式の怪奇ホラー物に活路を見出し、『テラー博士の恐怖』(64年)をはじめ、『残酷の沼』(67年)、『怪奇!血のしたたる家』(71年)、『魔界からの招待状』(72年)などを次々と発表し、単独のSF&ホラーものでは、『Dr.フー in 怪人ダレクの惑星』(65年)、『怪奇!二つの顔の男』(71年)、『恐竜の島』(74年)、『地底王国』(76年)などを製作してきた。 そのアミカスが65年に製作した『がい骨』では、カッシングとリーを競演させたうえ、ハマーの『フランケンシュタインの怒り』(64年)や『帰って来たドラキュラ』(68年)では監督を務めつつ、Jホラーにも多大な影響を与えた心霊映画の名作『回転』(61年)、デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』(80年)や『砂の惑星』(84年)では撮影監督を手がけたフレディ・フランシスが監督に抜擢された。 怪奇スターのカッシングとリー、監督フランシスの3人は、アミカスのオムニバス作品『テラー博士の恐怖』で一度組んで実証済みの黄金トリオ。その3人が挑んだ『がい骨』は、ロバート・ブロック(代表作「サイコ」「アーカム計画」)の短編小説「サド侯爵の髑髏」(朝日ソノラマ発行「モンスター伝説 世界的怪物新アンソロジー」所収、現在絶版)が原作である。 物語はとてもシンプルで、悪魔学や黒魔術等のオカルト研究家として名高いクリストファー・メイトランド(ピーター・カッシング)が、骨董商人マルコが売りつけようとした不気味な髑髏の魔力に徐々に魅せられてゆくという怪奇譚。 メイトランドは、マルコから昨日も、人皮で装丁された古めかしい奇書「悪名高きサド侯爵の生涯」を購入し、それを愛でるように読んでいた。そして今回持ってきた髑髏は、サド侯爵のものだとマルコは言う。「1814年、サド侯爵が埋葬されてまもなく、頭部が盗まれた。盗んだのは骨相学者ピエールで、彼は研究対象としてサドに興味があった。サドが本当に常軌を逸していたかを、髑髏から探ろうとしていたんだ。数日後、死んだピエールの友人である遺言管理人ロンドがピエールの家を訪れると、ピエールの愛人が“彼は、あの夜から邪悪に豹変した”と言う。まもなく髑髏の魔力により、ロンドがピエールの愛人をナイフで殺害した。彼は自らの犯行を説明できず、唯一、口にした言葉が、“髑髏(がい骨)”だった……」 メイトランドは、マルコからその話を聞かされても真実か否か疑わしく、しかもあまりに高額のため、購入を躊躇していた。 だがまもなく、メイトランドのライバルで知人でもあるオカルト蒐集家フィリップス卿(クリストファー・リー)から意外な事実を知らされる。あの髑髏は、フィリップス卿の蒐集品の一つで、何者かに盗まれたという。しかもフィリップス卿は、「盗まれて、ホッとしている。君も手を出すな」と。さらに迷信を信じない彼が、「あれは危険だ。サドが異常ではなく、悪霊に憑かれていた。髑髏には今も悪霊が……」と言う姿を見たメイトランドは、あの髑髏がサドのものであると確信を得て、心底欲しくなってしまう。 そしてフィリップス卿は、先日の有名なオークションで17世紀の石像4体(ルシファー、ベルゼブブ、リヴァイアサン、バルベリト)を高額落札したのは、髑髏の意志だったと言う。 導入部のオークション会場で、フィリップス卿が石像4体をメイトランドと異様に競って落札した理由がここにあった。会場でフィリップス卿が少しばかり病的に見えたのも、髑髏に脅えていたせいかもしれない。あげくに、その石像がどのように用いられるのか、フィリップス卿が身を持って知る展開も見事だった。 かたやメイトランドにとって、マニアやコレクターの性(さが)のせいか、恐怖や呪いの話を聞かされても、それ以上にサド侯爵の髑髏が欲しくてたまらない。私のものにするんだという強い執着心を抱き、なんとか手に入れようとする。 サド侯爵の髑髏(造型物らしさはなく、本物の人骨のよう)は不気味だが、見た目は“がい骨”そのもの。髑髏の意志を表現するため、髑髏の2つの眼孔の内側から見たような主観映像がたびたび挿入される。それはメイトランドを見据えるかのような印象を与えるが、恐怖までは感じられない。そのため、髑髏で恐怖を表現するのではなく、髑髏の意志によって人間の欲望が増幅(強調)され、存在感いっぱいの怪奇スターが異常行動を見せる! そこに緊迫感が生まれ、恐怖を滲ませる。 例えばその一つが、マルコのアパートをメイトランドが訪れた際に起きる衝撃のアクシデントだろう。ある男がアパートの上層階から、吹き抜けに取り付けてあるステンドグラスを幾つもつき破って落下してゆく凄絶ショット(まるでダリオ・アルジェント作品を観ているような興奮を覚えた)。 白眉はメイトランドと髑髏が対峙する、約20分にもおよぶ終盤のシークエンスだろうか。メイトランドは、髑髏を自分の書斎のガラス戸棚に収容するが、やがて髑髏は魔力を発揮し宙に浮遊しはじめる。その魔力に屈したメイトランドは、ベッドに寝ている妻を殺害しようとする。この一連のくだりは、ピーター・カッシングの台詞らしい台詞がひとつもない一人芝居で、彼の名演とフレディ・フランシスの演出が相まって、見事な緊迫感を生んでいる。 現在のホラー映画はVFXの見せ場が幅を利かせているが、かつては怪奇スターと監督の絶妙なコラボレーションによって興奮したものである。VFXの見せ場も嬉しいが、今では怪奇スター不在に寂しさを感じる。 劇中半ばに、メイトランドとフィリップス卿がビリヤードを興じる場面がある。カッシング、リー、フランシスの3人は鬼籍に入ってしまったが、あの世でのんびりとビリヤードを楽しんで欲しいと願う。『がい骨』での怪奇スター競演を観ながら、映画界で長年活躍してきた3人に感謝したい気持ちでいっぱい……。■ COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.
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PROGRAM/放送作品
アポカリプト
[R-15]ジャングルの男ジャガー・パウ!マヤ文明の魔の手から逃れるため命がけの脱出に挑む!
『ブレイブハート』でアカデミー賞を受賞したメル・ギブソンが、製作・監督・脚本を手がけた、野生の熱き血潮がほとばしる超大作!マヤ文明の巨大遺跡が迫力のCGで甦り、鮮烈なアクションがド肝をぬく!
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COLUMN/コラム2015.11.22
話題の食人族映画『グリーン・インフェルノ』のイーライ・ロスが原案・製作・脚本・主演したディザスター・パニック・ホラー〜『アフターショック』〜
これはルッジェロ・デオダート監督の『食人族』(81年)やウンベルト・レンツィ監督の『人喰族』(84年)等の人喰い族を題材にしたモンド映画をリスペクトした作品である。とりわけ前者の『食人族』は、POV(主観映像)によるファウンドフッテージ形式をとったモキュメンタリー(疑似ドキュメント)作品にも関わらず、日本では衝撃のドキュメンタリーという悪ノリ宣伝にのって劇場公開され、真実か?作り物か?の議論を呼んで異例の大ヒット! ちなみにモンド映画とは、観客の見世物的な好奇心をそそらせるような猟奇系ドキュメンタリー、もしくはモキュメンタリーのことを指し、モンドはグァルティエロ・ヤコペッティ監督のドキュメンタリー映画『世界残酷物語』(62年)の原題“MONDO CANE”に由来する。 でも『グリーン・インフェルノ』は、ファウンドフッテージ物でもモキュメンタリーでもなく、モンド映画が持ついかがわしさは多少薄れているものの、生々しい残虐描写を盛り込みつつ、現代的アプローチで食人族映画を復活させた。ジャングルの森林破壊によって先住民のヤハ族が絶滅に瀕すると考えた過激な学生グループが小型飛行機に乗るが、熱帯雨林に墜落する。生き残った学生数人はヤハ族に捕われてしまい、一人ずつ喰われていった。ヤハ族は食人族だったのだ……。 生きた人間からえぐった眼球を生のまま食べたり(オエッ)、生きた人間の四肢をナタで切断して肉塊を燻製にして(笑)食べるなど、ロス監督らしいエゲツない描写に溢れている。 血生臭い『グリーン・インフェルノ』の脚本を務めたロスとギレルモ・アモエドは、その前にディザスター・パニック・ホラー『アフターショック』(12年)の脚本で組んでいる。 ロスは、ある映画祭で上映されたニコラス・ロペス監督の作品を観てとても気に入り、いつか一緒に組もうと約束した。そしてロペス監督がチリ地震での体験を基にした作品を作りたいと言うと、ロスも意気投合し製作が決定。ロペス監督の盟友ともいえる脚本家ギレルモ・アモエドも参加し、ロスは製作と共同脚本を務め、俳優として出演もした。 チリを観光旅行する男友だちの3人が、ワインを愉しみつつ、昼は観光、夜はクラブで女性をハント。さながら導入部は、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09年)風のダメンズな匂いを感じさせながら、そこに巨大地震が起きて一変! ガラス片が体に突き刺さった女性とか(痛々しいっ)、壁が崩れ、天井からコンクリートの塊が落下してきて人間が果実のように潰れて圧死する! さっきまで、生の狂騒を感じさせていた空間が、阿鼻叫喚の地獄絵図に様変わり。津波が来るぞ、来るぞっという噂(情報)が流れだし、生き残った人間たちは高台を目指して右往左往するし、パニックに乗じて暴動や略奪があちこちで起こり、しかも刑務所から囚人たちが多数脱走し、更に混沌とした世界に変貌する。 大地震による恐怖もあるが、それによって引き起こされた人間のモラル崩壊が相次いで描かれる。地震の恐怖以上に人間の様々な凶行が、一層恐ろしく映し出される。 実は『ホステル』と『グリーン・インフェルノ』と同じく、『アフターショック』も似たようなシンプルな構成を取っている。導入部は若者たちの姿を、妙に脳天気に映し出しながら、突然ある異常な事態を迎えて恐怖の坩堝に落ちていく展開だ。その落差により、ショックと残虐に満ちた描写が一層際立つし、観る者たちに主人公たちの苦しみを疑似体験させようとする。ちぎれた腕を探す男の姿はどこか滑稽に映るが、どこか真実味をおびているし、時に不快感をももよおさせるほどの陰惨な場面も続出する。 例えば『ホステル』でいえば、拷問人に肉体を痛めつけられて肉体損壊される過程を丹念に見せながら、主人公と思しき人物が、隙をついてなんとか逃げ出そうとする際の、きりきりと胃が痛むような緊迫感が持続していた。あのなんともいいようのないショックと恐怖がたまらなかった。 おそらくイーライ・ロスが固執し続けるのは、彼自身が若い頃に『食人族』や『人喰族』等のモンド映画を観て受けた、超絶トラウマ体験の衝撃……すなわち“恐くて目を覆いたくなるようなショックで不快なものを見せつけてやろう”という精神なんだと思う。それがロスの心にも息づいていて、自分と同じようなトラウマ体験を、今の観客にも味あわせてやろうという意気込みが感じられる。まさにロスの監督作品は、“恐怖とショックと残酷の遺産”である。 だからロスにとって、作品がモンド映画か否かではなく、思わず観客の気持ちをひかせてしまうほどの、人間たちのリアルで恐るべき所業が主として映し出される。人間ほど恐くて魅力的なものはないのだから。 『アフターショック』では、地震よりも人間たちのほうが恐ろしい。パニックに乗じて囚人たちが民衆の中に巧みに入り混じってしまい、助けてもらいたいと思っても助けてもらえない状況に陥ってゆくし、普段は人の良さそうな人たちでも、銃を手にして発砲してくる始末だ。無法地帯になってしまった街中では、危険な不良グループがたむろし、だからといって重傷者を助けるわけでもなく、逆に弱っている者を血祭りにあげて嬌声をあげるし、若い女性を見れば、ここぞとばかりに襲いかかって欲望の赴くままにレイプする。 そうかと思えば、クラブから主人公たちを外に導こうとする、優しい清掃のおばさんがあっけなく死んでしまうし、展望台に運ぶケーブルカーのワイヤーが突然切れて、高所から傾斜度の高い坂をすべり落ちて婦女子全員が死んでしまう場面がある。人間の善悪では関係ないところで起きる自然災害の恐怖を伝える一方、神に仕える神父と修道女たちのいかがわしい関係によってできただろう堕胎児が地下墓地に埋葬されていて、善悪の人間に関わらず、誰しも恐ろしい本性を隠し持っていることを匂わせている。 そしてラストで、なんとか助かって、ようやく解放された空間に出てきたヒロインが直面する恐怖には、観る人によっては御都合主義と見られそうだが、私なりの解釈では、地獄からなかなか抜け出せなかった悪夢のようなものだと解釈した。現実かもしれないし、ヒロインが見た恐ろしい夢かもしれない。そのあたりのさじ加減が、実に上手い。 『アフターショック』はイーライ・ロスの監督作品ではないが、ロスの特徴が多分に盛り込まれた作品である。ちなみに『アフターショック』でロスが、ヒロインの一人、ロレンツァ・イッツォと共演し、その数年後に結婚するまでに到った記念碑的な作品でもある。ロスはイッツォを『グリーン・インフェルノ』の主役に起用し、食人族の族長が見染める処女を演じさせた。『アフターショック』の彼女とはかなりイメージが異なるので、見比べてみるのも一興である。■ ©2012 Vertebra Aftershock Film, LLC
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PROGRAM/放送作品
アラン・ドロン/私刑警察
アラン・ドロン製作・脚本・主演でおくる、切れ者刑事と内部組織の闘いを描いたフィルム・ノワール
アラン・ドロンが製作・脚本も手がけ、警察狽部に根ざした私刑組織と闘う刑事を演じた本作は、名優ジャン・ギャバンに捧げられて制作された。私刑や暴走する正義への批判という深いテーマ性も持つポリス・アクション。
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COLUMN/コラム2015.11.12
【DVD/BD未発売】暗殺組織のキテレツな内部抗争を英国流のブラックユーモア満載で描いたアクション・コメディ~『世界殺人公社』~
今にして振り返れば、1980年代以前のテレビ東京(かつての名称は東京12チャンネルだった)やUHFの映画枠は宝の山だった。真っ昼間や深夜にたまたま観てしまったアクションやスリラーやホラーがいちいち強烈で、あの頃の記憶をたどると「あれ、何ていうタイトルだったかなあ」「死ぬまでに何とかもう一度観られないものか」という怪作、珍作、ケッ作がわんさか脳裏に浮かび上がってくる。日本での封切り時に「殺人のことなら、何でも、ご要望に応じます!!」という人を食ったキャッチコピーがつけられた1969年のイギリス映画『世界殺人公社』も、まさにそんな幻の1本であった。 20世紀初頭のヨーロッパ各地で謎だらけの殺人事件が続発し、ロンドンの新米女性記者ソーニャが取材に乗り出すところから物語が始まる。道ばたで盲目の男性からメモを手渡され、指示に従って帽子の仕立屋に赴くと、あれよあれよという間に馬車に乗せられ、到着した先は“世界殺人公社”の本部。何とこのアングラ組織は殺人代行サービスを請け負い、奇想天外な手口で要人の暗殺を遂行しているのだ! 実はこの映画、「野性の呼び声」「白い牙」などで名高い動物文学の大家ジャック・ロンドンの未完小説の映画化なのだが、動物はさっぱり出てこず、不条理なまでに奇抜なストーリー展開が滅法面白い。組織の2代目チェアマンであるロシア系のイワン・ドラゴミロフと対面したソーニャは、殺しのターゲットを尋ねられて「イワン・ドラゴミロフよ」と返答する。するとイワンは「おやおや、信じがたいことだが、標的はボクのようだな」などと困惑しつつも、その意表を突いた依頼を2万ポンドで受諾。欲にまみれて堕落した組織の幹部たちに自分の命を狙わせ、自らも幹部たちを殺しにかかると宣言する。要するに、世にも奇妙な暗殺組織内での殺人合戦が繰り広げられていくのだ。 何ともデタラメな話ではあるが、映画の中身は驚くほど多彩な趣向を凝らした仕上がりで、まずは伝説のTVシリーズ「プリズナーNO.6」の音楽を手がけたロン・グレイナー作の胸弾むスコアが、アールヌーヴォー風デザインのお洒落なメインタイトルに響き渡るオープニングからして掴みはOK。 続いて登場するヒロインはダイアナ・リグですよ。彼女こそは『女王陛下の007』のボンドガール、すなわちジェームズ・ボンドが唯一結婚したテレサを演じたイギリス人女優。ボンドガール女優は大成しないというジンクス通り、その後のキャリアはパッとしなかったが、本作は『女王陛下の007』と同年に製作されたリグの貴重な主演作なのである。 そして真の主人公たるイワン・ドラゴミロフに扮するのは、紳士の国イギリスらしからぬ異端の野獣派スターとして当時名を馳せたオリヴァー・リード。暗殺を生業とする言わばシリアルキラーのくせに、罪を犯した悪人殺しに崇高な使命感を抱き、世界をよりよくするために活動していると豪語するイワンを堂々と演じている。シーンチェンジごとに神出鬼没の変装&コスプレを披露しつつも、持ち前の無骨な風貌に反したスマートなアクションと、ドヤ顔で大見得を切るセリフ回しには見惚れずにいられない。 そんなオリヴァー・リード=イワンの命を狙う幹部連中のキャスティングもやけに豪華だ。クルト・ユルゲンス、フィリップ・ノワレらの国際色豊かな面々が、ドイツの将軍やらパリの売春ホテル経営者に扮して曲者ぶりを発揮。おまけに組織を乗っ取ってヨーロッパを支配する野望に燃える副チェアマンをテリー・サバラスが演じるのだから、濃厚にして重厚な存在感もたっぷり。それなのにベイジル・ディアデン監督(『紳士同盟』『カーツーム』)の語り口は、とことんハイテンポで軽妙洒脱だったりする。 前述の通り、本作は『女王陛下の007』と同年に作られたが、まるで歴代ボンドの中で最もユーモア感覚に長けたロジャー・ムーアの登場を先取りしたかのようなスパイ・コメディのテイストも味わえる。序盤、組織の幹部が円卓を囲むシーンは“スペクター”の会議のようだし、イワンとソーニャがロンドン、パリ、チューリッヒ、ウィーン、ヴェニスをめぐって群がる敵を返り討ちにしていく設定も“007”風。ダイアナ・リグに至ってはノングラマーのスリムボディを大胆露出(といってもヌードではなく、素肌にバスタオル姿どまりだが)し、『女王陛下の007』以上のお色気サービスを満喫させてくれる。 クライマックスは観てのお楽しみだが、巨大な飛行船と特大の爆弾を持ち出したそのシークエンスの何と馬鹿馬鹿しくて壮大で痛快なこと! ジェームズ・ボンドばりに八面六臂の大暴れを見せつけるオリヴァー・リードが、ますますロジャー・ムーアのように見えてくるこの懐かしの怪作。ザ・シネマでの放映にあたって初めてエンドロールを確認できたが、撮影場所のクレジットは案の定“made at パインウッド・スタジオ”であった。イギリス流のシニカルなユーモアが大爆発する逸品を、とことんご堪能あれ!■ TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.