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COLUMN/コラム2018.12.13
燎原の火の如く燃え広がった「Me Too」運動の中で、私は『トッツィー』を思い出していた…。
2017年秋、ハリウッドの大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが、長年に亘って何人もの女優らに、セクハラや性的暴行を行っていたことが判明。それがきっかけとなって火が付いたのが、「Me Too」ムーブメントだった。 今まで沈黙を強いられてきた、性的な“虐待”や“嫌がらせ”の被害者たちの口から、数多の有名映画人の名が、“加害者”として挙げられていく。ケヴィン・スぺイシ―、ビル・コスビー、ロマン・ポランスキー、モーガン・フリーマン…。錚々たる顔触れの中でも、私が特にショックを受けたのは、“ダスティン・ホフマン”だった。 ホフマンと言えば、アクターズ・スタジオ仕込みの演技で、“アメリカン・ニューシネマ”の寵児となった俳優。マイク・二コルズ監督の『卒業』(1967)で一躍脚光を浴び、その後も『真夜中のカーボーイ』(1969)『小さな巨人』(1970)『わらの犬』(1971)『大統領の陰謀』(1976)等々、映画史に残る作品に次々と出演した。 そして“ニューシネマ”の時代が去った後には、『クレイマー、クレイマー』(1979)と『レインマン』(1988)で、アカデミー賞主演男優賞を2度手にしている。押しも押されぬ、名優にして大スターである。 日本の観客からも、ホフマンは長く絶大な人気を誇った。大塚博堂の「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」(1976)など、彼をモチーフにした有名曲まで存在するほどだ。 そんなホフマンからの“性的嫌がらせ”を最初に告白したのは、ロサンゼルスに住む女性作家。彼女は1985年、17歳の時にインターンのスタッフとして参加したTVドラマ「セールスマンの死」の現場で、ホフマンからお尻を掴まれたり、卑猥な言葉を掛けられたりしたという。 これに対してホフマンはすぐに、「女性を尊敬する私らしくない行為だ。本当に申し訳ない」などと、正式に謝罪を行った。ところがその後も、女性プロデューサーや舞台で共演した女優などから、「彼から“性的虐待”を受けた」という告発が相次いだのである。 いずれも30年前後のタイムラグがあっての訴えで、真相を究明するのはもはや困難である。またワインスタインのように、権威を笠に着て“強姦”紛いのことを行ったわけではない。とはいえ今日の時勢では、「許されない」ことであり、今や80歳を超えたホフマンのキャリアに、少なからずダメージを与えたのは、間違いないようである。 繰り返しになるが、私は「Me Too」ムーブメントの中でも、青春期から親しんだ大スターであるホフマンの名前が挙がったことに、特に大きなショックを受けた。それは、彼のフィルモグラフィーの中に、本作『トッツィー』があることも大きい。 シドニー・ポラック監督による『トッツィー』の主人公は、ホフマンが演じる、売れない中年俳優のマイケル・ドーシ―。演技には定評があるものの、うるさ型の完璧主義者のため、誰も彼を起用しようとはしない。エージェント(ポラック監督自らが好演)からも、見放される始末である。 そんな鬱々とした日々の中でマイケルは、芝居仲間の女優サンディ(演;テリー・ガー)がTVの昼ドラ「病院物語」のオーディションを受けるのに付き合った際、自分より実力が劣る俳優が持て囃されている現実に直面する。そこで彼は、その翌日に何と女装して、そのドラマのオーディションへと乗り込むという暴挙に出る。 演出家のロン(演;ダブニー・コールマン)には相手にされなかったマイケルだが、その場で女性差別を指摘する啖呵を切ったところ、番組の女性プロデューサーのお眼鏡にかない、病院の経営者エミリー・キンバリーという重要な役どころを見事にゲット。その日からマイケル・ドーシ―変じて、女優ドロシー・マイケルズとしての日々が始まる。 エミリーを演じるに当たってドロシーは、セリフにアドリブをふんだんに盛り込んで、女性の権利を主張。自立した強い女性像を打ち出して、スタッフやキャストを驚かせる。それが視聴者にも大いに受け、“彼女”は注目の存在として、「TIME」や「LIFE」などの一流誌の表紙を飾るまでになる。 また撮影現場では、「ハニー」「トッツィー(かわい子ちゃん)」などと呼び掛けてくる演出家のロンに対して、「ちゃんと名前で呼んで」と毅然として反発。その姿勢が、後輩の女優たちからの尊敬を集めることにもなる。 そんな中でドロシーならぬマイケルは、共演者で看護師役のジュリー(演;ジェシカ・ラング)に恋をする。しかしジュリーにとってのドロシーは、先輩の“女優”としてあくまでも尊敬の対象に過ぎない。そのため、やもめ暮らしのジュリーの父親(演;チャールズ・ダーニング)の再婚相手にと、請われるようにまでなる。 どうにもならない想いに、身を引き裂かれそうになるマイケル。ある時ジュリーに対して衝動的にキスをしようとしたことから、レズビアンと勘違いされ、彼女から敬遠されるように。更には病院長役の老優ジョン(演;ジョージ・ゲインズ)に強姦されかけたりなどの憂き目に遭い、アイデンティティー崩壊の危機に陥る。 遂にはドロシーを捨て、本来の自分に戻る決断をしたマイケル。そのために彼は、衆目の集まるドラマの生放送中に、驚くべき行動を取るが…。 『クレイマー、クレイマー』で初のオスカーを得たキャリアの絶頂時に、次回作としてホフマンがチョイスしたのが、本作『トッツィー』である。本作の企画は、ホフマンがポラック監督らに投げ掛けた、次のような問いからスタートしたという。 「ねえ、ぼくが女だったらどうだろう?どんな人生になるのかな?」 役にのめり込むことで知られるホフマンは、特殊メークの力も借りながら、女性になり切ろうとした。ホントに男とバレないかをリサーチするために、女装のままレストランに出掛けたりもした。その際に、『真夜中のカーボーイ』で共演したジョン・ボイトにばったり会ったのだが、ボイトは、自分に話し掛けてきた女性ファンがホフマンだとは、まったく気付かなかったという。 そこまでして、リアルに作り上げたキャラクター。それが、売れない俳優のマイケル・ド―シーが、職を得るために女装したという設定の、女優ドロシー・マイケルズである。マイケルはドロシーを通じて、体毛の手入れやメイクなど日々の装いの煩雑さから、仕事の現場で受ける差別的な扱いまで、男社会の中で女性が生きていくことの大変さや不公平さを体験。それまでの己の傲岸不遜さにも、気付かされていく…。 『トッツィー』以前、アメリカ映画に於ける代表的な“女装もの”と言えば、ビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』(1959)が挙げられる。この作品の中でも、ギャングから逃亡するために“女装”したジャック・レモンが、大富豪の老人に迫られている内に、段々と変な気持ちになっていくという描写はある。しかしこちらの“女装”は、あくまでもシチュエーションとしての面白さを追求した側面が強い。 それに対して『トッツィー』は、大いに笑わせる展開の中で、1970年代の“ウーマン・リブ”運動を経ても、未だ止まない女性差別の実状まで抉り出してもいる。2018年の今日見ると、LGBTの扱いなどで至らない描写も散見されるが、公開された1982年は、“セクハラ”などという言葉が一般化するよりも、遥かに以前。当時としては、実に革新的なコメディだったのである。 ホフマンは本作の演技で、この年度のアカデミー賞主演男優賞にもノミネート。ライバルに『ガンジー』(1982)のベン・キングスレーが居なかったら、2作続けてオスカーを手にする結果となっても、まったくおかしくない状況だった。 「Me Too」ムーブメントの中で、ホフマンに降りかかった火の粉に対して、「まさか!?」「あの『トッツィー』のホフマンが!?」。そんな思いを抱いた、私と同年代の映画ファンは、決して少なくなかったのでは、ないだろうか?◾︎ © 1982 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2016.08.16
ミート・ザ・ペアレンツ2
恋人パム・バーンズ(テリー・ポロ)との結婚を、彼女の父ジャック(ロバート・デ・ニーロ)に渋々ながら認めてもらってから2年後。グレッグ・フォッカー(ベン・スティラー)は、結婚式の前にパムの両親を自分の両親に引き合わせることになった。 だが彼は恐れていた。弁護士と医師のカップルとジャックには説明していたものの、実際は父バーニー(ダスティン・ホフマン)は長い間専業主夫、母ロズ(バーブラ・ストライサンド)は高齢者専門のセックス・セラピストというジャックの価値観を超えた人々だったからだ。しかも二人とも奔放な性格で、元CIAのお堅いジャックとウマが合うはずがない。案の定、ジャックとバーニーは衝突し始め、騒動の中でパムの妊娠、そしてグレッグの隠し子疑惑まで発覚してしまう……。 『メリーに首ったけ』(98年)でトコトン不運なキャラを演じて、コメディ俳優として大ブレイクしたベン・スティラーが、ギャングや刑事といったコワモテなキャラを得意とする名優ロバート・デ・ニーロに散々にいたぶられる! 『ミート・ザ・ペアレンツ』(00年)はそんな絶妙のアイディアによって、世界中でメガヒットを記録したコメディ映画だった。 それから4年後に公開されたこの続編では、『Meet the Fockers(フォッカー家との面会)』という原題通り、ジャックの方が未来の義理の息子の一家と対面することになる。てっきりグレッグ同様の小心者の家族なのかと思いきや、息子とは正反対の豪快な両親という設定が意外で面白い。今作ではジャックも被害者側なのである。 そんな最強のフォッカー家の夫婦を、デ・ニーロとともに70年代のハリウッドを支えた大物俳優ダスティン・ホフマンとバーブラ・ストライサンドが扮するというサプライズ、しかもそれまで全く演じたことがなかったブッ飛んだキャラを演じるというインパクトはトンデモないものがあった。アメリカ本国だけで約2億8000万ドルという凄まじい興行収入を記録したことが、当時の笑撃を証明している。 監督のジェイ・ローチによると、当初バーニー役はバーブラの実の夫ジェームズ・ブローリン(『ウエストワールド』(73年)や『悪魔の棲む家』(79年)で知られる俳優。彼と前妻との間に生まれた子が今をときめくジョシュ・ブローリンだ)に演じてもらうことを考えていたらしい。 だが、その話が立ち消えになってしまい、ダメもとでダスティン・ホフマンに頼んだところ何故か快諾されたのだという。しかもローチが驚いたことには、『クレイマー、クレイマー』(79年)と『レインマン』(88年)で二度のアカデミー主演男優賞に輝く大名優は、バーニーそのままの天然な人だったそうなのだ。そのためか本作のホフマンは無理をしているところが全く無いどころか、無茶苦茶楽しそう。デ・ニーロとの硬軟対決もイイ味を出している。 本作で<本性>を現したホフマンは、これで肩の荷が下りたのか以後は、ウィル・フェレル主演作『主人公は僕だった』(06年)やアダム・サンドラー主演の『靴職人と魔法のミシン』(14年)、そしてジャック・ブラック扮する主人公パンダの師匠役の声を務めた『カンフー・パンダ』シリーズ(08年〜)といったコメディ映画における飄々とした脇役が当たり役となった。またストライサンドもセス・ローゲンと共演した『人生はノー・リターン ~僕とオカン、涙の3000マイル~』(12年)では、本作のロズとよく似たキャラを演じている。『ミート・ザ・ペアレンツ2』は、一時代を築いた名優たちの老後をも決定づけた重要作なのだ。 個人的には、本作におけるバーンズ家とフォッカー家の戦いには、デ・ニーロとホフマンというニューシネマ時代のスター同士の競演、真面目さと奔放さのせめぎあい以外にも、別の対立軸がひっそりと盛り込まれていると思う。それはW.A.S.P.とユダヤ系の差異だ。 W.A.S.P.とは、White Anglo-Saxon Protestant(白人のアングロ・サクソンのプロテスタント)の略称で、主にイギリスやドイツから渡ってきたプロテスタントのキリスト教徒のこと。イギリスの植民地だった時代からアメリカ社会の主流を占めているグループであり、現在までW.A.S.P.以外の大統領はジョン・F・ケネディ(カトリック教徒)とバラク・オバマ(父親がケニア人)しかいないことがその事実を証明している。 そんなW.A.S.P.の中でも支配階級と言えるのが、プレッピーと呼ばれるプレップ・スクール(名門私立高校)出身者だが、ブライス・ダナー演じるジャックの妻ディナが劇中で身につけている淡い色のサマーセーターやポロシャツのファッションはその典型といえるもの。おそらくバーンズ家はプレッピーという設定なのだろう。 一方のフォッカー家はユダヤ系だ。主に中欧や東欧に住んでいたユダヤ教徒を先祖に持つ彼らは、アメリカの人口比では2パーセントを占めるだけのマイノリティだが、ビジネスや学術の分野、そしてハリウッド映画界でも絶大なパワーを持つ。そのことによって「何か企んでいる」といった陰謀論が語られがちな人たちではあるのだけど、それは全くの言いがかりである。というのも、彼らの先祖がこうした仕事に多くいる理由は、人種差別によって農業に従事することを禁じられていたため、それ以外の分野を代々家業にせざるをえなかったからだ。そうしたら産業革命が起こり、彼らが携わっていた分野が重要視されるようになり、結果的に華やかなポジションに立ってしまったというわけだ。 ラビと呼ばれる宗教的指導者のもとで、旧約聖書の戒律に従って今も生きる超保守的な人々がいる一方で(興味がある人は、ジェシー・アイゼンバーグ主演作『バッド・トリップ 100万個のエクスタシーを密輸した男』(10年)を観てほしい)、その反動なのか無宗教や反体制の人々がやたらと多いのもユダヤ系の特徴である。ちなみにカール・マルクスやアレン・ギンズバーグ、ボブ・ディランはユダヤ系である。 もちろんフォッカー家は後者の流れに属する人々。そして彼らを演じるスティラー、ホフマン、ストライサンドも全員ユダヤ系だ。ただしスティラーの母親はカトリック(スティラーの両親であるジェリー・スティラーとアン・メイラは互いの宗教をネタにする夫婦漫才を得意芸としていた)で、W.A.S.P.役のデ・ニーロは本当はカトリック。ブライス・ダナーは自分はW.A.S.P.だが、夫だったブルース・パルトロウと娘グウィネス・パルトロウはユダヤ教徒だったりするので、現代のアメリカ社会は映画よりもずっと複雑なわけだが。 本作のラストを飾る結婚式のシーンもユダヤ教に則ったものだが、その司祭としてユダヤ教徒でも何でもないオーウェン・ウィルソン(しかもノークレジットのカメオ出演なので、当時観客はとっても驚いた)扮するケヴィンが再登場するのは、だから特大級のギャグなのである。 なおホフマンとスティラーは、ノア・バームバックの新作で、ユダヤ系家庭を描いたコメディ『Yeh Din Ka Kissa 』でも親子を演じる予定だ。しかもこの作品には『靴職人と魔法のミシン』でホフマンの息子役だったアダム・サンドラーも再びホフマンの息子役で出演する。つまりスティラーとサンドラーは兄弟を演じることになる。長年の友人同士でありながら、これまで共演の機会がなかったふたりのコメディ・レジェンドが、ホフマンというこれ以上ない重鎮の見守る中、ユダヤ系というアイデンティティのもとで共演する。個人的にはこれが今一番楽しみなコメディ映画だ。 © 2016 by UNIVERSAL STUDIOS and DREAMWORKS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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COLUMN/コラム2013.03.31
2013年4月シネマ・ソムリエ
■4月6日『テンペスト』 シェイクスピアの同名戯曲を『クィーン』のオスカー女優H・ミレン主演で映画化。原作の男性主人公プロスペロを、プロスペラという女性に置き換えた愛憎劇である。 監督は、映画&演劇界で独創的な演出力を発揮しているJ・テイモア。原作のセリフを忠実に採用する一方、孤島の風景をダイナミックに捉え、大胆にCGを導入した。復讐に燃えるプロスペラ役のH・ミレンが、気迫に満ちた演技で怨念と母性を体現。ベン・ウィショー演じる妖精のキャラクターが、幻想的な興趣とユーモアを添えている。 ■4月13日『さらば、ベルリン』 1945年、ポツダム会談を取材するためにベルリンを訪れたアメリカ人ジャーナリスト、ジェイク。そこで元愛人のレーナと再会した彼は、巨大な陰謀に巻き込まれていく。S・ソダーバーグ監督が放ったミステリー劇。古典的なフィルムノワール風のモノクロ映像の中に、『カサブランカ』を彷彿とさせる男女の宿命的なドラマが展開する。終戦直後の混沌とした人間模様から浮かび上がってくるのは、複雑な秘密を隠し持つニーナという女性の肖像。C・ブランシェットが罪深くも美しいヒロインを好演した。 ■4月20日『アルフレード アルフレード』 “イタリア式コメディ”と呼ばれる艶笑喜劇の快作を多数世に送り出したP・ジェルミ監督の遺作。男性主人公の目線で“結婚”という題材を扱った奇想天外なドラマだ。冴えない銀行員アルフレードが、妖艶な美女マリア・ローザに猛アタックされて結婚式を挙げる。ところがその先に待ち受けていたのは、悪夢のような夫婦生活だった! D・ホフマンが突然モテ男になった主人公の困惑をコミカルに表現。恐ろしいほど情熱的で気まぐれなヒロインに扮したS・サンドレッリの怪演からも目が離せない。 ■4月27日『スティック・イット!』 チアリーディングを題材にしたヒット作『チアーズ!』の脚本家J・ベンディンガーの初監督作。女子体操競技の世界にスポットを当てた青春スポーツ・コメディだ。反逆児のレッテルを貼られながらも体操界に復帰した17歳の少女の奮闘を、ポップな映像&音楽とともに活写。何とコーチを演じるのはオスカー俳優J・ブリッジス!豪快な競技シーンをふんだんに盛り込みつつ、体操界の内幕もちらりと描出。大会に出場したヒロインたちが、審判の採点に猛抗議するという意外な展開にも驚かされる。 『テンペスト』©2010 Touchstone Pictures 『さらば、ベルリン』TM & © Warner Bros. Entertainment Inc. 『アルフレード アルフレード』1972@ MEDIATRADE 『スティック・イット!』© Touchstone Pictures. All rights reserved/© KALTENBACH PICTURES GmbH & Co. All rights reserved
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COLUMN/コラム2013.02.23
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2013年3月】銀輪次郎
ダスティン・ホフマン、アンディ・ガルシア、ジーナ・デイヴィス出演のハートウォーミングコメディ。飛行機事故の乗客を助けた男は、片方の靴を残して去っていった。靴を残したヒーローは一体誰か?突如名乗り出たヒーロー。世紀のヒーローを追いかけるメディア。自然と加熱するヒーローフィーバー。これって私たちの生活でもよく起こり得ることを上手く捉えた映画ではないでしょうか?自分は本当にヒーローに感動しているのか、それとも意図的に感動させられているのか。本物のヒーローとは何なのかをハッと気づかせてくれる映画に仕上がっています。作品中で本物のヒーローと偽物のヒーローを演じるのが、ダスティン・ホフマンとアンディ・ガルシア(二人とも若い!)。2人がビルに腰掛けて話すシーンで感動してしまった自分は、うまい具合にこの映画に感動させられたようです。 Copyright © 1992 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2012.09.30
2012年10月のシネマ・ソムリエ
■10月6日『都会のアリス』 ヴィム・ヴェンダース監督が初期に発表したロードムービー3部作の第1作。9歳の少女をNYからアムステルダムに送り届けることになったドイツ人青年の物語だ。 人生の迷い道にさまよい込んだ青年と、生意気な少女が織りなすあてどない旅路。16ミリの白黒フィルムに焼きつけられた虚ろな風景が、得も言われぬ詩情を醸し出す。 主演はヴェンダース作品の常連俳優R・フォーグラーと「緋文字」の子役Y・ロットレンダー。複雑にして豊かな余韻を残す、ラスト・シーンの空撮が実にすばらしい。 ■10月13日『アメリカの友人』 ヴィム・ヴェンダース監督がデニス・ホッパーを主演に迎えて撮ったサスペンス・ロマン。パトリシア・ハイスミスの“トム・リプリー”シリーズの一編が原作である。 画商を装い、ヨーロッパで贋作を売りさばく詐欺師リプリー。彼はひょんなことから出会ったヨナタンという病身の額縁職人を、裏社会の殺しの仕事に巻き込んでいく。犯罪劇に初挑戦したヴェンダースが、孤独な男たちの魂の共鳴をスリリングかつ切なく描出。彼が敬愛するニコラス・レイ、ダニエル・シュミットが脇役で出演している。 ■10月20日『あの頃ペニー・レインと』 キャメロン・クロウ監督の自伝的な青春映画で、アカデミー脚本賞に輝いた代表作。15歳にしてロック・ライターの道を歩み出した少年の夢のような日々を映し出す。著名雑誌からの依頼で、新進バンドのツアー密着取材を行う主人公ウィリアム。彼を魅了するグルーピーの美少女を、ケイト・ハドソンが眩しいほどキュートに演じる。70年代ロックに彩られた甘酸っぱくもビターな映像世界。音楽業界の内幕ものとしても興味深く、主人公の母親役フランシス・マクドーマンドらの好演も味わい深い。 ■10月27日『パフューム ある人殺しの物語』 ドイツの鬼才トム・ティクヴァが、P・ジュースキントのベストセラー小説を映画化。18世紀パリの魚市場で生まれ、並外れた嗅覚を授かった青年の数奇な運命を描く。ある美少女の体臭の虜になった主人公が、禁断の香水を創造するために、罪の意識すらなく猟奇殺人を繰り返していく。その異様なストーリー展開から目が離せない。主人公が女性の肉体から“香り”を抽出するシーンを始め、美醜入り混じるビジュアルのインパクトは圧巻。そしてクライマックスには誰もが目を疑う衝撃的な光景が! 『都会のアリス』© 1973 Reverse Angle Library GmbH 『アメリカの友人』© 1977 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH 『あの頃ペニー・レインと』Copyright © 2000 DreamWorks Films L.L.C. and Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved. 『パフューム ある人殺しの物語』© 2005 Constantin Film GmbH
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COLUMN/コラム2012.04.25
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2012年5月】山田
名作童話「ピーター・パン」の後日談を描くスティーヴン・スピルバーグ監督の実写ファンタジー。公開当時は評論家たちには酷評され、どうやら巷でも「スピルバーグの最大の汚点」などとメタクソに叩かれているらしい本作。恐らく小学校低学年の頃、キャストや監督など一切無視して観たこの映画。完全に幼心を掴まれました。いい記憶しかありません。ストーリーからセットからキャラクターから音楽まで。どれをとっても最高のファンタジーであると、大人になった今でも全力で楽しむことが出来ますと、胸を張って言い切れます。思い出補正ではありません。やれしょうもないだのくだらないだのと、あまり物事を斜めから見すぎると、劇中のピーター・バニングのようになってしまいます。 Copyright © 1991 TriStar Pictures, Inc. All Rights Reserved.