実写版マーベル作品と実写版スパイダーマンの歩み
今やハリウッド業界を代表する巨大フランチャイズと化したマーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)。その第1弾はジョン・ファヴロー監督、ロバート・ダウニー・ジュニア主演の『アイアンマン』(’08)だったわけだが、しかしそれ以前のMCUなどまだ存在しない時代から現在に至るまで、数多くのマーベル・コミック・ヒーローたちが映画やテレビで実写化されてきた。その中でも最も実写化に成功したキャラクターと呼ばれるのがスパイダーマンである。
もともとライバルのDCコミックに比べて、自社コミックの実写化にあまり積極的ではなかったマーベル。最古の実写化作品と言われるのは、全15話の連続活劇映画(=シリアル映画)として作られた『Captain America』(’44)である。それっきりマーベルの実写化は暫く途絶えてしまうのだが、やはりDCコミックの『バットマン』(‘66~’68)や『ワンダーウーマン』(‘75~’79)といったTVシリーズのヒットや、世界中で空前のブームとなった映画『スーパーマン』(’78)シリーズの大成功を意識してなのか、マーベルも’70年代半ばよりテレビ向け実写ヒーロー物の製作へ本格的に乗り出す。その最初期の番組が、原作「スパイダーマン」では高校生だった主人公ピーター・パーカーを大学生に設定し直したテレビ版『The Amazing Spider-man』(‘77~’79・日本未公開)だ。
日本では1時間半のパイロット版が映画『スパイダーマン』(’77)として劇場公開された同番組のヒットを契機に、マーベルは日本でも人気を集めたテレビ・シリーズ『超人ハルク』(‘77~’82)、テレビ映画版『Dr. Strange』(’78・日本未公開)に『爆走ライダー!超人キャプテン・アメリカ』(‘79・日本未公開)などのテレビ向け実写ヒーロー物を相次いで製作。ここ日本でも東映がマーベルとライセンス契約を結び、日本独自のキャラクターと物語を設定した特撮ヒーロー番組『スパイダーマン』(’78)が作られている。
その後、チャック・ノリスやチャールズ・ブロンソンのB級アクションを中心に一時代を築いた映画会社キャノン・フィルムズが、’85年に「スパイダーマン」の映画化権を獲得して実写化に乗り出すも、しかしイスラエル出身でアメコミに馴染みの薄い社長メナハム・ゴーランとヨーラム・グローバスがスパイダーマンのコンセプトを誤解していたこともあって製作は難航。そうこうしているうちに、キャノンが社運を賭けた超大作『スーパーマンⅣ/最強の敵』(’87)が興行的に大惨敗。おのずと実写版「スパイダーマン」の企画も暗礁に乗り上げてしまう。
そのうえ、DCコミックの『バットマン』(’89)シリーズやダーク・ホース・コミックの『マスク』(’94)シリーズが大成功を収める一方、マーベル・コミックの実写化はメナハム・ゴーラン製作の『キャプテン・アメリカ 卍帝国の野望』(’90)がビデオ・スルー扱いになったり、ロジャー・コーマン製作の『The Fantastic Four』(’94)がお蔵入りになったりと不運続き。しかし『ブレイド』(’98)と『X-メン』(’00)の相次ぐ大ヒットによって、徐々に風向きが変わってくる。
そうした中、’99年にソニー傘下のコロンビア・ピクチャーズが「スパイダーマン」の映像化権(実写とアニメを含む)を獲得。少年時代から原作コミックの大ファンだったというサム・ライミがメガホンを取り、トビー・マグワイアがピーター・パーカーを演じた映画『スパイダーマン』トリロジー(‘02~’07)が誕生したのである。CGの進化によってスパイダー・アクションをリアルに映像化できるようなったこともあり、サム・ライミ版トリロジーは世界中で空前の大ヒットを記録。『X-MEN』シリーズと並んでアメコミ・ヒーロー映画人気の立役者となり、さらにはMCU誕生の下地を作ったとも言えよう。
しかし、ライミ監督とソニーの対立が原因で予定されていた4作目が製作中止に。それに伴ってシリーズのリブートが決定し、監督もキャストも変えて作り直した新シリーズが生まれる。それが、当時『ソーシャル・ネットワーク』(’10)で頭角を現していた注目の若手アンドリュー・ガーフィールドをピーター・パーカー役に抜擢した、マーク・ウェブ監督の『アメイジング・スパイダーマン』(’12)だ。ところが、今度はソニーとマーベルが’15年に新たな契約を結び、マーベルとディズニーが展開するMCUへスパイダーマンを組み込むことが決まったため、結果的にマーク・ウェブ版は2作目で終了。まずはトム・ホランド演じる新生ピーター・パーカー/スパイダーマンを『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(’16)で初登場させたうえで、『スパイダーマン:ホームカミング』(’17)に始まるMCU版『スパイダーマン』シリーズが本格始動したというわけだ。
MCU版『スパイダーマン』の流れを総まとめ!
まずはMCU版『スパイダーマン』シリーズの流れをザックリと紐解いてみよう。
先述した通り初登場は『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』。同作ではバッキーが容疑者となったテロ事件を巡って、キャプテン・アメリカことスティーヴ・ロジャース(クリス・エバンス)とアイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)が真っ向から対立。アベンジャーズが内部分裂したため、新たなメンバー候補を探したトニーは、ニューヨークで自警活動に勤しむ様子がSNSで話題の覆面ヒーロー、スパイダーマンに注目し、その正体である15歳の高校生ピーター・パーカー(トム・ホランド)をスカウトする。この時点では、クモに噛まれたせいで特殊能力を得たこと、若くて美人なメイおばさん(マリサ・トメイ)と2人暮らしであること以外に詳しい情報はなし。憧れのアベンジャーズに入れるかもしれないということで張り切ったピーターは、トニーからプレゼントされたハイテク・スーツに身を包んで、アベンジャーズ同士の空港での対決に参戦。しかし、それが終わると普通の生活へ戻るように言われて自宅へ帰される。
その直後から始まるのが第1弾『スパイダーマン:ホームカミング』だ。トニーに認めてもらいたい、アベンジャーズの一員になりたいと、放課後の部活も放り出してスパイダーマン活動に奔走するピーターだが、しかし治安の良い現代のニューヨークでは派手な活躍の場もなし。そんなある日、奇妙なハイテク武器を使ったATM強盗に遭遇したピーターは、その武器の出所を探っていったところ、盗んだ地球外物質を元手に開発した違法な武器を闇で売り捌く秘密組織の存在を知る。組織のボスは巨大な翼を持つハイテク・スーツに身を包んだ悪党バルチャー(マイケル・キートン)。その正体は残骸回収業者のエイドリアン・トゥームス(マイケル・キートン)だ。かつてアベンジャーズが戦った後の残骸回収事業を請け負っていたトゥームスだが、しかしその事業をトニー・スタークと政府の合弁会社に横取りされたことから、家族や仲間を養うため違法ビジネスに手を染めていたのである。自分をスパイダーマンだと知る親友ネッド(ジェイコブ・バタロン)と共にバルチャーの悪事を阻止せんとするピーター。しかし、未熟ゆえ他人を危険に巻き込んだことからトニーにハイテク・スーツを取り上げられ、さらにはトゥームスが片想い相手の美少女リズ(ローラ・ハリアー)の父親だと知って途方に暮れる…。
続いてスパイダーマンが登場したのはアベンジャーズ・シリーズの『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(’18)と『アベンジャーズ/エンドゲーム』(’19)。トニーとドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)を助けて活躍したピーターは、晴れてアベンジャーズの一員となってサノス(ジョシュ・ブローリン)との決戦へ臨むのだが、しかし全てのインフィニティ・ストーンを手に入れたサノスのスナップ(指パッチン)によって全宇宙の半分の生命体が消滅。ピーターや親友ネッドなども塵となって消えてしまう。しかしそれから5年後、残りのアベンジャーズたちの活躍で「指パッチン」がリバースされ、ピーターを含む何十億という人々が復活。その代わりにトニーが命を落としてしまった。
この悲劇を受けて始まるのが『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(’19)。恩師トニーを失った悲しみを胸に秘めつつ、平和な日常生活を存分に満喫するピーター。その一方で、アベンジャーズの統率役ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)からの呼び出しを無視し続けている。何故なら、ヒーローの任務よりも青春を謳歌したいから。学校の企画で2週間のヨーロッパ研修旅行へ参加することになったピーターは、片想い中の同級生MJ(ゼンデイヤ)にパリでロマンチックな告白をしようと計画していた。ところが、最初の訪問先ヴェネチアで人型のウォーター・モンスターが出現。すると、どこからともなく現れた謎のヒーロー、ミステリオ(ジェイク・ギレンホール)がモンスターを倒す。予てより、アイアンマンの跡を継ぐのは荷が重いと感じていたピーターは、マルチバースの地球から今の地球を救うために来たというミステリオこそアイアンマンの後継者に相応しいと考え、トニーから受け取った人工知能メガネを譲り渡す。ところが、このミステリオの正体は、かつてトニーに解雇されたスターク社の社員。同じようにトニーに恨みを持つ仲間を集めて、ミステリオなるスーパーヒーローの虚像を作り上げていただけだった。騙されていたことに気付いたピーターは、親友ネッドと同じく自分の素性を知ったMJも仲間に加えて、派手な英雄伝説を作るため自作自演のテロ行為を重ねていくミステリオ一味を阻止しようとするのだが…?
そして、実写版「スパイダーマン」映画史上最大のヒットを記録した傑作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(’22)。前作のクライマックスでマスコミに正体をバラされたうえ、ドローン攻撃を仕掛けてミステリオを殺した犯人という濡れ衣を着せられたスパイダーマン。殺人に飢えた不良高校生、正義を騙るヴィランと罵られたピーターは、証拠不十分のため辛うじて起訴は免れたものの、しかし自分ばかりかメイ叔母さんや親友ネッド、恋人MJまでもが誹謗中傷に晒されたことに胸を痛める。そこで彼はドクター・ストレンジに相談。忘却の魔術「カフカルの魔法陣」を用いて、スパイダーマンの正体を知る全ての人々の記憶を消し去ろうとするのだが、しかし優柔不断なピーターが「やっぱりMJは例外にして」「あとネッドも!」「そうだ、メイおばさんも!」と繰り返し邪魔するためドクター・ストレンジの魔術が失敗。それどころか、マルチバースのあらゆる世界からスパイダーマンの正体を知る人々を集めてしまい、サム・ライミ版シリーズのグリーン・ゴブリン(ウィレム・デフォー)やドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)、マーク・ウェブ版シリーズのエレクトロ(ジェイミー・フォックス)などのヴィランが次々と現れる…!
トム・ホランドこそMCU版『スパイダーマン』成功のカギ!
同じ世界観をクロスオーバーする『アベンジャーズ』シリーズとの相乗効果もあってか、興行的にも批評的にもサム・ライミ版やマーク・ウェブ版を凌ぐほどの大成功を収めたMCU版『スパイダーマン』シリーズ。実は筆者も、このMCU版シリーズが実写版「スパイダーマン」映画の中で一番好きだったりする。もちろん、サム・ライミ版の偉大さは認めざるを得ないし、マーク・ウェブ版も十分に健闘していたと思うが、しかしこのMCU版シリーズには過去のスパイダーマン映画にはない独特の魅力がある。そのひとつが、明るくて爽やかで楽しい青春ドラマという基本路線を打ち出したジョン・ワッツ監督の明朗快活な演出だ。
・『~:ノー・ウェイ・ホーム』演出中のジョン・ワッツ監督(左から2番目)と主要キャスト
例えば、従来のスパイダーマン映画におけるピーター・パーカーは、学校でも居場所のないいじめられっ子で友達も少なく、そのうえ自らの浅はかな行動のせいで父親代わりのベンおじさんを死なせてしまうなどの深いトラウマを抱えており、なるほど確かに根は純粋で素直で正義感溢れる若者だが、しかし同時に陰キャや非モテを拗らせたような暗い部分もあって、それゆえ「大いなる力には大いなる責任が伴う」というヒーローとしての宿命的な葛藤に思い悩む。要するに、キラキラとした青春の眩しさや瑞々しさばかりではなく、そのダークサイドにも焦点が当てられていたわけだ。
一方のMCU版シリーズに目を移すと、少なくとも主人公ピーターの日常にはそうした暗くて重い要素は殆どない。なるほど確かに、こちらのピーターも科学オタクのギークで決して学園の人気者とは言えないが、しかしかといっていじめられっ子というわけではないし、親友ネッドだけでなく趣味を同じくするギーク仲間たちにも恵まれている。ピーターにばかり意地悪するフラッシュといういじめっ子もいるにはいるが、しかしこのフラッシュも実のところスクールカーストではピーターと同じギーク仲間だし、そもそも彼に同調してピーターを苛めるヤツもいない。また、ベンおじさんにまつわるエピソードもMCU版シリーズでは描かれず、そもそもベンおじさんが存在したのかどうかも定かではない。むしろ、『ノー・ウェイ・ホーム』でメイおばさんがベンおじさんの役割を兼ね、ピーターの人間的な成長を後押しすることになる。
こうした大幅な設定変更もあって、MCU版シリーズにおけるピーターの青春模様は、少なくとも最大の困難に直面する『ノー・ウェイ・ホーム』までは底抜けに明るい。ピーターも天真爛漫で正直で真っすぐで、思い立ったら吉日の猪突猛進!単細胞なので迷う前に行動へ移してしまう。そのうえ、お喋りでおっちょこちょいなヤンチャ坊主。そうかと思えば、恋愛には意外と不器用なシャイボーイだったりする。良い意味で世間も苦労も疑うことも知らない純朴な15歳の子供である。しかも、とにかくヒーローとして活躍するのが楽しくて仕方ない。1日も早くアベンジャーズの仲間に入りたい!ということで、トニー・スタークに認めてもらうべく必死に自己アピールする健気な姿は、まるでご主人様の注意を惹こうとする子犬の如き可愛らしさだ。
そんなピーターと対峙するのが、理不尽な目に遭って辛酸を舐めてきたせいで心を病み、怒りや憎しみに目がくらんでしまったヴィランの大人たちだ。彼らは人生経験をもとに世界を冷酷非情で不公平なものだと考えており、それが自らの悪事を正当化する言い訳ともなっているのだが、しかし人生経験が浅いからこそ汚れのない真っ直ぐな眼で世界を見ているピーターにその理屈は通用せず、結果的にはスパイダーマンの少年らしい理想論的な正義こそが世界を混沌から救うことになる。この斜に構えたところのないヒーロー像も大きな共感ポイントと言えよう。ワッツ監督は『キャント・バイ・ミー・ラブ』(’87)や『セイ・エニシング』(’89)などのキュートな’80年代青春コメディをドラマ・パートのお手本にしたそうだが、そうか、トム・ホランドがどことなく青春映画アイドル時代のパトリック・デンプシーと似ているのはそのためか(?)。
で、このトム・ホランドをピーター・パーカー役に起用したことの功績もかなり大きいと言えよう。サム・ライミ版のトビー・マグワイアは1作目の時に27歳、マーク・ウェブ版のアンドリュー・ガーフィールドは29歳だったのに対し、MCU版のトム・ホランドは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の時点で20歳。ピーター・パーカーの年齢設定に最も近い。しかも、その童顔といい高い声といい、まさにティーンの少年そのもの。明るくて元気で愛くるしい個性もピーターを演じるにピッタリだ。これほどのハマリ役もそうそうあるまい。オーディションによって7500人の中から選ばれたそうだが、恐らくトム・ホランドなくしてMCU版『スパイダーマン』シリーズの成功はなかったろうと思う。まさにキャスティングの勝利だ。
もちろん、その他にもMCUの世界観をシェアするヒーローたちとの関わりや、過去シリーズではピーターのお手製だったスパイダーマンスーツのハイテク化など、MCU版シリーズが愛される理由は枚挙に暇ないだろう。青春ドラマ的なワクワク感を前面に出した『スパイダーマン:ホームカミング』、ヨーロッパへ飛び出してアクションもロマンスもスケールアップした『スパイダーマン・ファー・フロム・ホーム』、そして思いがけず切なくて感動的なクライマックスを迎えるスパイダーマン映画の集大成的な『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』と、いずれ劣らぬ完成度の高さ。10月のザ・シネマではその3作品が一挙放送される。是非とも、MCU版「スパイダーマン」だからこその面白さを存分に堪能していただきたい。■
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