ザ・シネマ なかざわひでゆき
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COLUMN/コラム2019.04.02
アメリカの現実を投影したディストピア世界を描く低予算B級ホラー・アクション・シリーズ
‘13年の夏、アメリカで一本の低予算ホラー・アクション映画が予想外の大ヒットを記録する。タイトルは『パージ』。バジェット300万ドルに対して、公開週末の興行収入はナンバー・ワンの2500万ドル。最終的な世界興収は8900万ドル以上に達した。以降もシリーズ化されて人気を博し、スピンオフ的なテレビシリーズまで作られることに。B級ホラー映画を得意とする制作会社ブラムハウス・プロダクションにとって、『パラノーマル・アクティビティ』(’09)や『インシディアス』(’10)に続く看板シリーズとなった。 シリーズ全作に共通する基本設定は下記の通りである。 経済悪化や犯罪率の上昇などで社会が混乱した近未来のアメリカ。この機に乗じて政権を掌握した「新しい建国の父」なる政治組織が全体主義的な統治支配を行い、大衆の不満の捌け口としてパージ(粛正)法を施行する。これは年に一度、3月21日の夜7時から翌朝7時までの12時間だけ、殺人や強盗、レイプなどの凶悪犯罪を合法化するというもの。その間、警察も病院も消防署も一切機能しない。ただし、政府要人などランク10以上の特権階級はパージの対象外で、もし彼らに危害を加えたら重罰に処せられる。よって、広範囲に被害が及ぶ可能性のある爆弾や細菌兵器などの使用は不可。このパージ法によって失業率は1%にまで低下し、犯罪率も過去最低を更新。かくして、アメリカは暴力のほぼ存在しない平和で安定した社会を実現した…というわけだ。 「人間はもともと暴力的な生き物。内なる攻撃性を解き放つことで、国民の精神を健全化する」というのがパージ法の目的なのだが、しかしそれはあくまでも表向きの大義名分に過ぎない。アメリカ政府の本当の狙いは、富裕層による富の独占と国民の分断だ。パージへの参加・不参加は個人の自由。参加者はおのおの武器を手にして殺人や略奪などの「狩り」に出かけ、不参加者は屋内に立て籠もって朝が来るのを待つ。おのずと武器やセキュリティシステム、各種保険などの必需品が毎年飛ぶように売れ、特定の企業や業界が莫大な利益を上げ、権力者たちも多額の政治献金によって懐が潤うことになる。 その一方で、十分な武器やセキュリティを確保できない中流以下の庶民は当然ながら命の危険に晒される確率が高く、中でも無防備にならざるを得ない貧困層は格好のターゲットにされる。ではなぜ民衆はパージ法反対のために立ち上がらないのか?これは、今回残念ながらザ・シネマでは放送されないシリーズ第3弾『パージ:大統領令』(’16)で明らかにされるのだが、実は「新しい建国の父」のバックに保守系キリスト教団体が付いており、「宗教」と「愛国」を盾にしたプロパガンダで国民を洗脳し抑圧している。それゆえ、ナチ政権下のドイツの如く、反政府レジスタンスは表立った活動ができないのだ。いずれにせよ、一般の庶民同志に殺し合いをさせて支配層への不満をガス抜きし、ついでに貧困層の人口を減らすことで社会福祉予算を大幅に削減できる。まさに一石二鳥のシステムと言えるだろう。 さながら、21世紀アメリカの現実を投影したかのようなディストピア。監督・脚本を手掛けたのは『交渉人』(’98)や『アサルト13 要塞警察』(’05)などアクション映画の脚本家として知られるジェームズ・デモナコだ。1作目の初稿を書き上げた当初、彼は周囲から「こんな反米的な内容の暴力映画、絶対に受けるはずがない」と猛反対されたという。自身も本シリーズを「反米的」と認める監督は、しかし「僕は自分の国を愛している。でも今の我々は狂っている」と1作目公開当時のインタビューで告白している。 「ウォールストリートを占拠せよ」の抗議運動によって不公平な富の再分配や経済格差の拡大が大きな社会問題となり、バージニア工科大学やサンディフック小学校など全米各地で発生する銃乱射事件の頻度が増す一方だった1作目公開時のアメリカ。もともと銃規制賛成派でリベラル寄りのデモナコ監督は、そんなアメリカ社会の在り方に強い憤りを覚えていた。また、’05年にハリケーン・カトリーナが米南東部を襲った際の、アメリカ政府のあまりに杜撰で不十分な対応にも怒りを禁じえなかったという。そうした権力や社会への不信感が『パージ』シリーズ制作の原動力になっているようだ。 第一弾『パージ』の舞台は富裕層が暮らす高級住宅街。主人公はセキュリティ会社のエリート・セールスマン一家。言ってみれば、パージ法の恩恵に与って財を成した搾取側の人々だ。最新のセキュリティシステムを完備した大豪邸に暮らす彼らにとって、パージの夜の虐殺も略奪も対岸の火事。自分たちには直接関係がないものと高をくくっているのだが、しかしふとした出来事から暴力集団の家宅侵入を許してしまい、絶体絶命の危機に陥ることとなる。 さらに本作では、富裕層の中にもあるヒエラルキーに着目し、高級住宅街における隣近所の格差に由来する憎悪と嫉妬を浮き彫りにしていく。いったんパージ法のような権力の理不尽を許してしまえば、たとえ支配者側についていても身の安全は保障できないし、いつ自分たちが弱者へ転落して犠牲を強いられることになるかも分からない。「今がよければ」「自分さえよければ」という浅はかで利己的な考え方は、いずれブーメランとなって我が身に返ってくる。暴力と憎悪の蔓延する世界では、誰もがそれと無関係ではいられないのだ。 続く第2弾『パージ:アナーキー』では、舞台が貧困層の人々が暮らす下町へと移り、パージの晩に逃げ場を失った貧しい男女5人のサバイバルが描かれる。1作目の主人公が白人一家であったのに対し、こちらは白人・黒人・ヒスパニックの多人種構成(母娘役のカーメン・イジョゴとゾーイ・ソウルは肌の色が薄いもののアフリカ系)。あくまでもテーマの焦点は人種問題ではなく階級問題なのだが、しかしデモナコ監督自身も「結果的に人種と階級は切り離せない」と語るように、貧困層になればなるほど人種的マイノリティが増えることは避けられない。 ウォルター・ヒル監督の『ウォリアーズ』(’79)からインスピレーションを得たという『パージ:アナーキー』。お互いに助け合いながら、獲物を探すパージャー(パージ参加者)たちがうごめく真夜中のスラム街を駆け抜ける主人公たち。そんな彼らが中盤で武装集団に拉致され、とある場所へと連れていかれる。そこは、なんと白人富裕層たちが人間狩りを楽しむ狩猟場だった…! というわけで、あからさまに分かりやすい超格差社会のメタファーに、少なからず苦笑いさせられることは否めないが、この下世話なくらいにベタな社会風刺こそが『パージ』シリーズの醍醐味でもある。そもそも、シリーズの基本姿勢は低予算のエクスプロイテーション映画。デモナコ監督は古いハリウッドB級娯楽映画の伝統に倣ったと語っている。かつて、ドン・シーゲルやサミュエル・フラーといった職人監督たちは、生活のためと割り切って低予算B級映画の仕事を引き受けたわけだが、実のところ西部劇やアクション活劇といった純然たる娯楽映画を撮りつつ、その中に政治的なメッセージや社会的なテーマを盛り込むことが少なくなかった。『パージ』シリーズもその延長線上に存在するというわけだ。 映画とは時代を映す鏡でもある。「願わくは、(『パージ』シリーズが)『ソイレント・グリーン』のように、まるで荒唐無稽な話だと受け止められるような社会であって欲しい。それが理想だけれども、悲しいことに現実はそうでない」とも語っているデモナコ監督。その後も、まるでトランプ大統領の出現を予感したかのような第3弾『パージ:大統領令』(2020年大統領選へ向けたトランプ陣営のスローガン「Keep America Great(米国を偉大なままに)」まで登場する)、パージ法の始まりを描いた前日譚『パージ:エクスペリメント』(‘18・’19年6月に日本公開予定)と続き、より人間ドラマにフォーカスしたテレビシリーズ『パージ』(’18~)も登場。監督は公開時期未定の次回作映画でシリーズに終止符を打つと公言しているが、果たしてそれまでにアメリカ社会はどのような変化を遂げているのだろうか。■ ▼放送情報はコチラから。 『パージ』 (2013年公開) 『パージ:アナーキー』 (2014年公開) 『パージ:大統領令』(2016年公開) ▼関連情報 映画『パージ:エクスペリメント』6/14公開記念、 ザ・シネマで6/5(水)、6/14(金)、6/29(土)に 「パージ」シリーズ一挙放送!プレゼントキャンペーンも実施!
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COLUMN/コラム2019.04.24
【ロッキー一挙放送記念!コラム:なかざわひでゆきさん】ファンと共に成長してきた『ロッキー』シリーズ40年の歩みを振り返れ!
記念すべき第1作目『ロッキー』(’76)の誕生から、既に43年の歳月が経つ。売れない無名の3流ボクサー、ロッキー・バルボアが、苦悩と葛藤の末に悲願の成功を手に掴む。まさしくサクセス・ストーリーの王道と呼ぶべき本作が、なぜ今もなお世代を超えて熱烈に愛され、数々の続編やスピンオフが製作されるほどの人気を獲得しているのか。それは本作が根本的に、いつの時代も色褪せることのない「持たざる者たちへの応援歌」だからに他ならないのではないかと思う。 物語の冒頭、ボクサーとしてそれなりの才能がありながらも実力を伸ばせず、ヤクザな高利貸しの用心棒として生計を立てる自分を「ゴロツキ」と自嘲するロッキー。なぜなら、恵まれない環境に育った自分自身を、その程度の価値しかない人間と思い込んでいるからだ。それはなにもロッキーだけに限ったことではない。恋人エイドリアンも親友ポーリーも、さらに言えばコーチのミッキーもそうだ。貧しいスラム街の惨めな生活に慣れてしまった彼らは、どうせ財産もコネも学歴もない凡人の自分に明るい未来など望めないと諦めている。
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COLUMN/コラム2019.04.30
巨匠ルネ・クレマンと俳優アラン・ドロンのターニング・ポイントとなった犯罪ミステリー
※下記レビューには一部ネタバレが含まれます。本作を未見の方はご注意ください。 ヌーヴェルヴァーグの波が大きなうねりとなって席巻した、’50年代末から’60年代のフランス映画界。旧世代の巨匠・名匠たちの多くが、第一線を退いたり低迷を余儀なくされる中、この過渡期を見事に切り抜けた数少ない戦前・戦中派の一人がルネ・クレマンだった。映画監督になるためには助監督として長いこと修業を積むのが当たり前だった時代、既に学生の頃から16ミリフィルムで実験映画を撮っていた彼は、’34年に映画界入りしてからも下積みの経験は殆どなく、すぐに短編ドキュメンタリーの監督として実績を積むようになる。そして、ナチス占領下のフランスにおける鉄道員たちのレジスタンス活動をセミ・ドキュメンタリー・タッチに描いた長編処女作『鉄路の闘い』(’45)でカンヌ国際映画祭の監督賞と国際審査員賞を獲得。カンヌでの受賞時は33歳。同世代の映画監督に比べると10年は早い最初の成功だった。 さらに、『鉄格子の彼方』(’49)ではカンヌの監督賞を再び獲得し、米アカデミー賞の外国語映画賞も受賞。『禁じられた遊び』(’52)でも2度目のオスカーに輝き、ヴェネツィア国際映画祭のグランプリ(金獅子賞)まで受賞するなど、40歳を前にしてフランスを代表する世界的な巨匠の仲間入りを果たす。しかし、’54年に後のヌーヴェルヴァーグの旗手フランソワ・トリュフォーが映画雑誌『カイエ・ドゥ・シネマ』に掲載した論文「フランス映画のある種の傾向」が、クレマンのキャリアと名声に少なからず暗い影を投げ落とす。この論文でトリュフォーは、当時の旧態依然としたフランスの商業映画を厳しく批判し、ジャン・ルノワールやジュリアン・デュヴィヴィエ、クロード・オータン=ララ、マルセル・カルネといった巨匠たちを否定した。その中に、彼らよりひと回り以上も若いクレマンも含まれていたのだ。 以降も『しのび逢い』(’54)や『居酒屋』(’57)などの作品をヒットさせたクレマンだったが、しかしその一方で、若い世代の映像作家や観客からは時代遅れな旧世代の監督と見なされるようになる。そんな彼が汚名挽回とばかりに、詩的リアリズムの伝統を受け継いだそれまでの作風から脱却し、高度経済成長期のヨーロッパに蔓延する虚栄と退廃、快楽主義と物質主義の世相を、ヌーヴェルヴァーグの時代に相応しいモダンなセンスで描いた犯罪ミステリー。それが『太陽がいっぱい』(’60)だったと言えよう。 原作はアメリカの女流ミステリー作家パトリシア・ハイスミスが’55年に発表した、代表作トム・リプリー・シリーズの第1弾『リプリー』。貧しい労働者階級のアメリカ人青年トム・リプリー(アラン・ドロン)は、大富豪の御曹司である友人フィリップ・グリーンリーフ(モーリス・ロネ)をアメリカへ連れ戻すため、フィリップの父親に雇われてイタリアのローマへ向かう。しかし、ヨーロッパで放蕩三昧の生活を楽しむフィリップに帰国の意思はなく、いつまでもトムを連れ回して遊びほうけるばかり。このままでは5000ドルの報酬にありつけない。なんとか彼のご機嫌を取ろうとするトム。しかし自分のことを雑用係も同然に扱うフィリップの尊大な態度に業を煮やした彼は、やがてある計画を思いつき実行に移す。それは、フィリップを殺して彼に成りすまし、その莫大な財産を横領するという大胆不敵な完全犯罪だった。 第二次世界大戦で本土が一度も戦場とならなかったアメリカが、未曽有の経済的繁栄を享受した’50~’60年代。そのアメリカによる経済援助のおかげもあって、激しい戦火に見舞われた西欧主要国も当時は奇跡的な高度経済成長期を迎えていた。まさしく『甘い生活』(’60)の時代である。ただ、その物質主義的で退廃した狂乱の世相を、フェリーニが傍観者であるジャーナリストの目から俯瞰して描いたのに対し、ほぼ同時期に作られた本作では「持てる者と持たざる者の格差」に焦点を当てつつ、今も昔も社会の大多数を占める「持たざる者」の若者トム・リプリーによる屈折した復讐劇が展開していく。 たまたま富裕層に生まれただけのフィリップがいい思いをして、なぜ自分ばかりがこき使われ辱めを受けなければならないのか。美しくも野心的で計算高い若者トムは必ずしも好人物とは言えないものの、しかしその一方で、親の財力を笠に着て我がまま放題に振舞うフィリップに対する彼の不満と憤りは、観客の共感を呼ぶに十分な説得力があると言えるだろう。 このトム・リプリー役を演じるアラン・ドロンが素晴らしい。まるで彫刻のように完璧な美貌と少年のように無邪気な笑顔の裏に、動物的な狡猾さと歪んだナルシシズムを秘めた危険な若者。灼熱の太陽のもと、地中海の洋上に浮かぶヨットの上でフィリップを躊躇することなく殺害した彼は、その後も良心の呵責に苛まれることなど一切なく、淡々と冷静沈着に完全犯罪計画を実行していく。かといって悪人というわけでもない。計画に気付いたフィリップの友人フレディ(ビル・カーンズ)を衝動的に殺した直後、平然とオーブンから取り出したチキンの丸焼きを夢中で貪り食うその姿は、善悪の概念に縛られることのないアンチヒーローという意味において、ゴダールの『勝手にしやがれ』(’60)のジャン=ポール・ベルモンドと双璧だ。 そんな主人公トムの本能的な残酷さと冷徹さを、ルネ・クレマンは肯定も否定もすることなく描いていく。ラストに彼を待ち受ける運命についても、恐らく警察に捕まって罰を受けるであろうことを匂わせつつ、しかしあえて解釈の余地を残して幕を閉じる。なにしろ、それまでも動物的な生存本能で危機的な局面を幾度も切り抜けてきた彼のこと、いくらでも逃げ切る可能性はあるだろう。事実、原作のトムは罪に問われることなく完全犯罪を成し遂げ、クレマンも当初はトムがギリシャへと逃げおおせる結末を想定していた。しかし、さすがにそれでは観客が納得しないだろうと、製作者アキム兄弟の助言によって、とりあえずギリギリでモラルの境界線を守った完成版のエンディングに落ち着いたらしい。これはこれで賢明な判断だと思うが、もう一つのエンディングも見てみたかった気がする。 そのアキム兄弟の推薦で脚本に参加したのが、当時クロード・シャブロルの『二重の鍵』(’59)で注目されていたポール・ジェゴフ。撮影監督にはシャブロルやトリュフォー、ルイ・マルの作品でお馴染みのアンリ・ドカエが起用された。この面子だけでも、クレマンとアキム兄弟がヌーヴェルヴァーグ世代を強く意識していたことは明らかだろう。 それだけでなく、クレマンは本作でヌーヴェルヴァーグ的な即興演出も多用している。例えば、フィリップ殺害後にトムが死体を処分しようとしたところ、急な天候の悪化でヨットが強風に見舞われるシーン。これは撮影中にたまたま天候が急変したことから、ああいう形になったという。激しい波と強風に煽られながら、トムが懸命になってヨットを操縦するロングショットは、アラン・ドロン一人だけを船上に残して撮影されたもの。クルーと共に大型船へ避難したクレマンは、無線を通して「とにかくヨットを転覆させるな」とドロンに指示した。撮影後のドロンは、ひどい船酔いで倒れてしまったそうだ。なお、ヨットの船室シーンは全て、ロケ地であるイスキア島で見つけた映画館の廃墟にセットを組んで撮影されている。 かくして、本作の世界的な大ヒットによって若い世代のファン層を獲得し、米仏合作の戦争超大作『パリは燃えているか』(’66)の演出を任されるなど、第二の全盛期を迎えることになったルネ・クレマン。主演のアラン・ドロンもこれが出世作となり、一躍フランスを代表するスーパースターへと躍り出た。ちなみに、ドロンが起用されることになった経緯について諸説あるが、クレマン監督によると当初のトム・リプリー役は別の俳優(当時ブリジット・バルドーの夫だったジャック・シャリエと言われる)が予定されていたという。 一方のフィリップ役を探している際、当時ドロンのエージェントだったオルガ・オルスティッグから熱心な売り込みがあり、クレマンは参考にするため彼の出演作『学生たちの道』(’59)を見に行った。監督曰く、ドロンの演技自体はパッとしなかったものの、何か特別に感じるものがあったという。そこで、クレマンはエージェントを交えてドロンと直に面談。その時点でトム役はモーリス・ロネに決まっていたが、直接会ったドロンの方がトムのイメージに合っていると判断し、2人の役柄を入れ替えたのだそうだ。これがドロンにとって、俳優人生を変える最大の当たり役となったのだから、人の運命というのは面白いものである。■
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COLUMN/コラム2019.06.01
アクション連発!ガジェット満載!マカロニ版ジェームズ・ボンド、サルタナの勇姿に痺れろ!
数えきれないほどの荒くれ者たちが、アメリカの大西部ならぬスペインはアルメリア地方の荒野を駆け抜けていったイタリア産西部劇=マカロニ・ウエスタン。クリント・イーストウッドが演じた「Man with No Name」(名無しの男)を筆頭に、数多くのマカロニ・ヒーローも誕生したが、その中でもジャンゴやリンゴと並んで高い人気を誇る名物キャラクターが、本作『サルタナがやって来る~虐殺の一匹狼~』の主人公サルタナである。 まずは基本的な情報から整理しておこう。ジャンゴ・シリーズやリンゴ・シリーズと同様、数多のパチもの映画を生んだサルタナ・シリーズだが、正式なシリーズ作品は下記の5本とされている。 ・1作目 Se incontri Sartana prega per la tua morte(サルタナに会ったら己の死に祈れ)1968年制作 本邦未公開監督:フランク・クレイマー(ジャンフランコ・パロリーニ)主演:ジョン・ガルコ(ジャンニ・ガルコ) ・2作目 Sono Sartana, il vostro becchino(俺はサルタナ、お前の死の天使)1969年制作 本邦未公開監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)主演:ジョン・ガルコ(ジャンニ・ガルコ) ・3作目 C'è Sartana... vendi la pistola e comprati la bara(サルタナが来た…お前の拳銃を棺桶と交換しろ)1970年制作 邦題『俺はサルタナ/銃と棺桶の交換』 本邦劇場未公開・DVD発売監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)主演:ジョージ・ヒルトン ・4作目 Buon funerale amigos!... paga Sartana(良い葬儀を、友よ…サルタナが支払う)1970年制作 本邦未公開監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)主演:ジャンニ・ガルコ ・5作目 Una nuvola di polvere... un grido di morte... arriva Sartana(埃の雲…死の叫び…サルタナが来る)1970年制作 邦題『サルタナがやって来る~虐殺の一匹狼~』 本邦劇場未公開・DVD発売監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)主演:ジャンニ・ガルコ シリーズ中で唯一、ジョージ・ヒルトンがサルタナを演じた『俺はサルタナ/銃と棺桶の交換』を5作目とする説もあるが、少なくともイタリア本国での劇場公開日を基準にすると、上記のような順番になる。いずれにせよ、残念ながら今のところ日本で見ることが出来るのは全5本中2本だけ。しかも、どちらもリアルタイムでは日本へ輸入されなかった。それゆえ、日本のマカロニ・ファンにとってサルタナは、長いこと幻のヒーローだったのである。 サルタナ・シリーズの特徴を一言で表すならば、ずばり「西部劇版ジェームズ・ボンド」であろう。お洒落でエレガント、荒唐無稽にして軽妙洒脱。全身黒づくめのギャンブラー風に決めたニヒルな謎のガンマン、サルタナが、愛用の小型リボルバーと数々の秘密兵器を駆使して悪党たちを一網打尽にする。レオーネやコルブッチなどのシリアス路線や、リアリズム志向のガンプレイを愛するマカロニ・ファンには賛否あろうと思うが、しかし猫も杓子もレオーネのエピゴーネンを競っていた当時のマカロニ業界にあって、あえて差別化を図るという意味で正解だったと言えよう。しかも文句なしに面白い。所詮、マカロニなんてハリウッド西部劇のパクリなんだからさ、楽しけりゃそれでいいじゃん!というB級エンターテインメント的開き直りが功を奏した結果だろう。 そもそもの始まりは’67年に公開されたマカロニ・ウエスタン『砂塵に血を吐け』。この作品でアンソニー・ステファン演じる主人公ジョニーよりも目立ってしまったのが、強烈な存在感を放つサイコパスな弟サルタナ(ジャンニ・ガルコ)だった。そう、もともとサルタナは悪人キャラだったのである。しかし、この映画が当時の西ドイツを中心に大受けし、ことにガルコ演じるサルタナの評判が高かったことから、ならばこいつをメインに映画を作れば当たるに違いない!ということで誕生したのがサルタナ・シリーズだったわけだ。 ただし、今回はれっきとした主人公なので、さすがにサルタナが悪党のままでは困る。ゆえにキャラ設定は初めから仕切り直し。ジャンゴみたいな悲壮感漂う復讐ドラマは御免こうむりたい、もっとシニカルでユーモラスなヒーローがいい、衣装も小汚いカウボーイじゃなくて粋でお洒落なイメージで!というジャンニ・ガルコ自身の意向を汲みながら、新たなサルタナ像が形作られていったという。各作品の劇中で使用される秘密兵器なども、主に彼がアイディアを出していたらしい。会計帳簿にピストルを隠した帳簿GUN(4作目)、車輪の穴にダイナマイトを仕込んだ車輪BOMB(2作目)、時にはトランプカードやダーツの矢、懐中時計まで起用に武器として使うサルタナの華麗なアクションは、ジャンニ・ガルコが演じてこその賜物だったのである。 そのジャンニ・ガルコは旧ユーゴスラビアの出身。もともと『太陽の下の18歳』(’62)や『狂ったバカンス』(’62)でカトリーヌ・スパークの相手役を演じて注目された二枚目スターだったが、結果的に一連のサルタナ役が最大の代表作となった。ジャンフランコ・パロリーニ監督と再びタッグを組んだ、痛快軽快な戦争アクション『戦場のガンマン』(’68)もなかなかの佳作。また、パチものジャンゴ映画『二匹の流れ星』(68)では、ゲイリー・ハドソンの偽名でジャンゴ役を演じている。 シリーズ全体のトーンを設定したのは1作目のパロリーニ監督。マカロニにありがちな情念やペシミズムは一切なし。毒を持って毒を制するかのごとく、狡猾で抜け目のないサルタナは常に敵の一歩先を行き、腹黒い悪党どもをてんてこ舞いにして、最後はまんまと金塊の山をかすめ取っていく。ストーリー展開は極めてアップテンポ。アクションも一切出し惜しみせず。続く2作目でバトンタッチした、アンソニー・アスコットことジュリア―ノ・カルニメオ監督は、基本的にパロリーニ監督のライトな路線を継承しつつ、よりコミカルでナンセンスなユーモアを盛り込んだ。’70年代初頭に流行するコメディ・ウェスタンの先駆けである。ただ、E・B・クラッチャーことエンツォ・バルボーニ監督の『風来坊』シリーズなどと違って、粋で洗練されたユーモアセンスこそがカルニメオ監督の醍醐味。ベタな大衆喜劇的コメディに走らないサジ加減が絶妙だ。そういう意味で、このシリーズ最終作『サルタナがやって来る~虐殺の一匹狼~』などは真骨頂と言えるだろう。 何と言っても最大の見どころは、シリーズ中屈指とも呼ぶべき奇想天外なガジェットの数々だ。ミサイル砲を仕込んだインディアン人形型ロボット、アルフィーもなかなかのインパクトだが、パイプオルガンのパイプが倒れてカチューシャ型のロケット砲マシンガンに変身する通称「皆殺しオルGUN」にはぶったまげた(笑)。んなもん西部開拓時代にあるわけねえだろ!という突っ込みは野暮というもの。さすがにここまで大胆不敵な秘密兵器は前作までなかった。カルニメオ監督はこれに味を占めたのか、続くニューヒーロー、アレルヤを登場させた『荒野の無頼漢』(’71)では、ミシンとマシンガンを合体させたミシンGUNとか、バラライカに拳銃を仕込んだバラライGUNとか、もはや何でもアリのやりたい放題状態に。こういう悪ノリは大歓迎である。 消えた大金を巡って、三つ巴・四つ巴・五つ巴の裏切りと騙し合いが繰り広げられるストーリーも悪くない。まあ、厳密に言うと1作目の焼き直し的な印象は否めないのだけれど、恐らく視聴者のみなさんの多くが未見だと思うので問題ないでしょう(笑)。悪党どもをお互いに対立させて、漁夫の利を得ようとするサルタナのずる賢さ(?)も相変わらず。ある種のピカレスクロマン的な魅力すら感じられる。脚本はティト・カルピとエルネスト・ガスタルディ。どちらもイタリア産B級娯楽映画の黄金時代を代表する名脚本家だ。 ヒロインの悪女ジョンソン夫人を演じるのは、ジャッロ映画ファンにもお馴染みのスペイン女優スーザン・スコットことニエヴェス・ナヴァロ。ジュリアーノ・ジェンマと共演したスパイ・コメディ『キス・キス・バン・バン』(’66)や、ジャッロ映画の隠れた傑作『ストリッパー殺人事件』(’71)も忘れ難い美女だが、決定的な代表作に恵まれなかったのが惜しまれる。『猟奇変態地獄』(’77)のぞんざいな扱われ方とか、ちょっと気の毒だったもんなあ。悪徳保安官ジム役はファシスト時代のロマンティックな二枚目スター、マッシモ・セラート。また、サルタナと親しくなる詐欺師の好々爺プロン役の老優フランコ・ペスチェは、3作目以外のシリーズ全作に出演している。 なお、1作目限りで降板したジャンフランコ・パロリーニ監督は、サルタナのキャラをそのままパクった新ヒーロー、サバタ(リー・ヴァン・クリーフ)を主人公にした『西部悪人伝』(’69)をヒットさせ、その後『大西部無頼列伝』(’70・これのみユル・ブリンナーがサバタ役)、『西部決闘史』(’71)とシリーズ化。そのサバタは、サルタナ・シリーズ3作目『俺はサルタナ/銃と棺桶の交換』でサルタナと共演している。ただし、こちらは先述したようにサルタナ役がジョージ・ヒルトン、サバタ役は『荒野の無頼漢』のチャールズ・サウスウッド。そうそう、『荒野の無頼漢』の主人公アレルヤ役はヒルトンだったっけ。なんか、マカロニ界隈は世間が狭いのでややこしい(笑)。 で、その『荒野の無頼漢』でコメディ・ウェスタンの真髄を極めたジュリア―ノ・カルニメオ監督は、マカロニ衰退後も様々なジャンルの娯楽映画で活躍。イタリア版マッドマックスとして一部で有名な世紀末アクション『マッドライダー』(’83)や、悪名高いキワモノ映画としてカルトな人気を誇るホラー『ラットマン』(’88)は彼の仕事だ。■
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COLUMN/コラム2019.06.02
マルセル・カルネとナチス・ドイツ占領下のフランス映画
フランス映画史上の最高傑作との呼び声高い映画であり、巨匠マルセル・カルネによる「詩的リアリズム映画」の集大成とも呼ばれる『天井桟敷の人々』(’45)。詩的リアリズム映画とは’30年代のフランス映画黄金期を牽引した代表的ジャンルのこと。その主な特徴は、貧しい市井の人々の生活に目を向けたリアリスティックな題材と、スタイリッシュで洗練されたポエティックなアプローチである。日常的でありながら非日常的。そのペシミスティックな傾向は、世界大戦の足音が近づく時代の社会不安を如実に反映していた。スタジオ撮影によって再現された疑似的なリアリズムは、実際の街中へカメラが飛び出したイタリアのネオレアリスモとの最大の違いと言えるだろう。 その先駆けはジャン・グレミヨンの『父帰らず』(’30)とも、ジャン・ヴィゴの『アトラント号』(’34)とも言われるが、立役者と呼べるのは間違いなくジャック・フェデーの『外人部隊』(’34)と『ミモザ館』(’34)であろう。ジュリアン・デュヴィヴィエの『我等の仲間』(’36)や『望郷』(’37)、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』(’37)や『獣人』(’38)などが後に続くわけだが、フェデーの愛弟子だったカルネもまた、『ジェニイの家』(’36)や『霧の波止場』(’38)、『北ホテル』(’38)などの名作を連発する。しかし、そんな「詩的リアリズム映画」のムーブメントも、実は’30年代が終わりを告げるとともに下火となった。その最大の理由は第二次世界大戦である。 ナチス占領下のフランス映画界 ‘39年のナチス・ドイツによるポーランド侵攻を受けて、フランスはドイツに宣戦布告。翌’40年にドイツはフランスへと侵攻し、6月22日の独仏休戦協定をもってフランスは実質的にナチスの占領下に置かれる。辛うじて国家の主権は保たれたが、しかし独裁者ペタン元帥によって樹立されたヴィシー政府はナチスの影響下にあった。おのずとナチスもヴィシー政府も映画のプロパガンダ利用を考え、実際にナチスの国家啓蒙・宣伝大臣ゲッペルスはパリに映画会社コンチネンタル社を設立。ヴィシー政府も映画産業組織委員会(COIC)を創設した。 一方の映画界では、ルノワールやデュヴィヴィエなどの巨匠たちが次々と国外へ脱出。マルセル・カルネは祖国に留まって抵抗を試みたが、しかし「ユダヤ人と結託してフランスの道徳精神を堕落させた」張本人として名指しで非難されるなど、その活動は困難を伴うこととなった。道徳回復運動によって国家体制の秩序を整えようとしていたヴィシー政府にとって、犯罪者や売春婦、浮浪者などを含む底辺の人々に同情や共感の眼差しを向けたカルネの作品群は、やり玉にあげるには格好の材料だったのだろう。 ただ興味深いのは、この約4年間に渡るヴィシー政府時代のフランスにおいて、いわゆる国家プロパガンダ的な映画はほとんど存在しなかったこと。そもそも、ナチスは国家主義的な啓蒙映画の製作をフランスに強要するつもりなどなかった。ゲッペルスの日記には「フランス人は軽い、内容のない、バカげた映画で満足するべき」と明記されている。いわば愚民政策だ。ところが…である。ナチス配下のコンチネンタル社はゲッペルスの意向を汲まず、自社の映画人たちに対しては基本的に「監視はすれど強要はしない」という限定的な自由を与えた。それはヴィシー政府の姿勢も同様で、映画の道徳的・思想的な検閲はしても具体的な介入はしなかった。むしろ、あからさまなプロパガンダは逆効果になると考えたようだ。 とはいえ、暗い時代ゆえに大衆は深刻な芸術映画よりも、明るい娯楽映画を好むようになった。もちろん検閲だってある。そのため、たとえプロパガンダ的な要素は含まれずとも、なるべく「無害」であることを志向する作品が多かったことは否定できないだろう。カルネもまた、検閲を考慮して『悪魔が夜来る』(’42)をファンタジックな中世の御伽噺に仕立てた。しかし、それはあくまでも表向きの装いであり、悪魔(=ナチス)によって石にされた若い恋人たちの、それでもなお脈打つ心臓の鼓動に「フランス人の誇り」と「支配者への抵抗」の意味を込めたのである。 『天井桟敷の人々』に込めたカルネとプレヴェールの意図とは このような状況下で作られた映画が『天井桟敷の人々』だった。物語の設定は19世紀前半のパリ。数多くの劇場や見世物小屋が立ち並ぶ犯罪大通り(現在のタンプル大通り)を舞台に、1人の美女を巡って4人の男たちが、燃えるような愛と友情と嫉妬のドラマを繰り広げていく。ヒロインである宿命の美女ガランス(アルレッティ)こそ架空の人物だが、彼女を取り巻く男たちはいずれも実在の人物をモデルにしている。 ガランスに一途な純愛を向ける主人公バチスト(ジャン=ルイ・バロー)は、ボヘミア出身の有名なパントマイム俳優ジャン=ガスパール・ドビュローが元ネタ。そのバチストと友情を育みつつ、恋敵となるプレイボーイの不良俳優フレデリック・ルメートル(ピエール・ブラッスール)は、当時の犯罪大通りを代表する人気スターにして劇作家だった。殺人や強盗を繰り返す犯罪者ピエール・フランソワ(マルセル・エラン)のモデルは、ブルジョワの出自でありながら特権階級への抗議として凶悪犯罪を重ね、バルザックやドストエフスキーにも影響を与えた犯罪者ピエール・フランソワ・ラスネール。また、財力にものを言わせてガランスを囲うモントレー伯爵(ルイ・サルー)は、ナポレオン3世の異父弟シャルル・ド・モルニー公爵を下敷きにしているという。 脚本を手掛けたのは、当時のマルセル・カルネ作品には欠かせない盟友にして、「民衆の詩人」「抵抗の詩人」とも呼ばれたジャック・プレヴェール。誰もが知るシャンソンの名曲「枯葉」は、カルネの次回作『夜の門』(’46)のテーマ曲として、ジョゼフ・コズマのメロディにプレヴェールが詩を付けたものだ。一見したところ、愛すれども決して結ばれることのない男女の哀しきラブロマンス。しかし、カルネとプレヴェールはその背景として、貧しいフランス庶民の猥雑な日常を「詩的リアリズム」の手法で大胆に活写し、雑草のごとき彼らの逞しい生命力やバイタリティを描き込むことで、この宿命的なメロドラマを紛うことなき民衆派映画へと昇華している。 本作の原題は「天国の子供たち」。昔のフランスでは最上階の天井に近い観客席を「天国」(邦題では天井桟敷)と呼び、観劇料が安いことから貧しい庶民の人々が利用。彼らはまるで子供のように、舞台へ向かって野次や歓声を飛ばしていたという。幼い頃に親しんだ大衆演劇を自身の芸術的ルーツと考えていたカルネは、恐らくその伝統にフランス民衆の普遍的なエネルギーを感じていたのだろう。 また、プレヴェールは犯罪者ラスネールに、ある種の義賊的な魅力を見出していたとも言わる。「(ナチスは)ラスネールの映画を作ることは許さないだろうが、ドビュローの物語にラスネールが出てくる分には構わないだろう」とも述べていたそうだが、もしかすると彼のキャラクターに、フランス革命以来の庶民の抵抗と反骨の精神を投影していたのかもしれない。いずれにせよ、本作がナチス・ドイツに支配されたフランスの国民ヘ受けて、いま一度民族の誇りを取り戻させる意図が少なからずあったと思われる。 製作期間はおよそ3年と3か月。物資不足の戦時下にも関わらず、南仏ニースの巨大セットに19世紀のパリを丸ごと再現し、総勢1800人にも及ぶエキストラが投入された。実はその多くが反独レジスタンスで、映画撮影を抵抗活動の隠れ蓑にしていたという。その一方でヴィシー政府のスパイも現場に紛れており、そのことがバレて撮影中に逃亡した役者もいた。困難を極めた撮影の終盤にはノルマンディー上陸作戦の一報も入り、カルネは連合軍によるフランスの解放を待つため、わざと制作を長引かせたとも言われている。そして’44年8月26日にパリが解放され、その直後に『天井桟敷の人々』も完成。翌年5月にパリで封切られた本作は、世界へ向けてフランス映画の底力を見せつけたのである。■
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COLUMN/コラム2019.06.30
あのクエンティン・タランティーノをして、「映画史上最も胸を打つクロージング・ショットのひとつ」と言わしめたエンディング。『ミッドナイトクロス』
日本を含む世界中に熱狂的なファンの存在する巨匠ブライアン・デ・パルマ。出世作『悪魔のシスター』(’72)を筆頭に、『ファントム・オブ・パラダイス』(’74)や『キャリー』(’76)、『殺しのドレス』(’80)、『スカーフェイス』(’83)に『アンタッチャブル』(’86)、『ミッション:インポッシブル』(’96)などなど、代表作は枚挙にいとまない。その中でどれが一番好きかと訊かれると、困ってしまうファンも少なくないかもしれないが、筆者ならば迷うことなくこの『ミッドナイトクロス』(’81)を選ぶ。あのクエンティン・タランティーノをして、「映画史上最も胸を打つクロージング・ショットのひとつ(one of the most heart-breaking closing shots in the history of cinema)」と言わしめたエンディングの痛ましさ。事実、これほど切なくも哀しいサスペンス映画は他にないだろう。 ストーリーの設定自体は、『パララックス・ビュー』(’74)や『大統領の陰謀』(’76)など、’70年代に流行したポリティカル・サスペンスの系譜に属する。舞台はフィラデルフィア、主人公はB級ホラー専門の映画会社で働く音響効果マン、ジャック(ジョン・トラヴォルタ)。最新作で使用する効果音を拾うため、夜中に川辺の自然公園を訪れていた彼は、偶然にも自動車事故の現場を目撃してしまう。川へ転落した車から、助手席に乗っていた若い女性サリー(ナンシー・アレン)を救出するジャック。しかし運転席の男性は既に死亡していた。 その男性というのが、実は次期アメリカ大統領選の有力候補者であるペンシルバニア州知事。知事の関係者からマスコミへの口止めをされたジャックだったが、改めて録音したテープを聴き直したところ、ある意外なことに気付く。事故の直前に聞こえる僅かな銃声とタイヤのパンク音。そう、警察もマスコミも飲酒運転が原因と考えていた不幸な自動車事故は、実のところ知事の政敵によって仕組まれた暗殺事件だったのだ。乗り気でないサリーに協力を頼み、この衝撃的な真実を世間に訴えようと奔走するジャック。しかし、既に自動車のパンクしたタイヤは実行犯の殺し屋バーク(ジョン・リスゴー)によって差し替えられていた。そればかりか、バークは事件の真相を闇に葬るべく、邪魔者であるジャックとサリーをつけ狙う。 知事暗殺事件のモデルになったのは、’69年に起きたチャパキディック事件だ。ケネディ兄弟の末弟エドワード・ケネディ上院議員が、マサチューセッツ州のチャパキディック島で飲酒運転の末に自動車事故を起こし、橋から海へ転落した車の中に取り残された不倫相手の女性が死亡。ケネディ上院議員は辛うじて脱出し助かったものの、警察などに救助を求めることなく逃げたうえ、不倫だけでなく薬物使用まで明るみとなり、大統領選への出馬を断念せざるを得なくなった。また、政敵による政治家の暗殺はジョン・F・ケネディ暗殺事件の陰謀説を、殺し屋バークが連続殺人鬼の犯行を装って不都合な証人を消そうとする設定は切り裂きジャック事件のフリーメイソン陰謀説を、そのバークが仕組む証拠隠滅工作はウォーターゲート事件を連想させる。 ただし、そうした社会派的なポリティカル要素も、全体を通して見るとさほど重要ではない。むしろ、ストーリーを追うごとに政治的な陰謀よりも殺し屋バークのサイコパスぶりが際立っていき、その恐るべき魔手からサリーを救うべくジャックが奮闘するという、純然たるサスペンス・スリラーの性格が強くなっていく。 本作のベースになったと言われているのが、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(’66)である。『欲望』の原題は「Blow Up」、『ミッドナイトクロス』の原題は「Blow Out」。デヴィッド・ヘミングが演じた『欲望』の主人公であるカメラマンは、たまたま公園で撮影した男女の逢引き写真をBlow Up…つまり大きく引き伸ばしたところ、殺人の瞬間が映り込んでいることを発見する。そして、『ミッドナイトクロス』の主人公ジャックは、たまたま公園で録音した音声テープに記録されたタイヤのパンク(Blow Out)音を分析したところ、自動車事故が実は暗殺事件だったことに気付く。デ・パルマが『欲望』のコンセプトを応用したことは、ほぼ間違いないだろう。 そして、その『欲望』でアントニオーニがスウィンギン・ロンドンの時代の倦怠と退廃を描いたように、本作はレーガン政権(第1期)下におけるアメリカの世相を浮き彫りにする。ベトナム戦争終結後の自由で開放的なリベラルの時代も束の間、深刻化するインフレと拡大する失業率はロナルド・レーガン大統領の保守政権を’81年に誕生させた。本作では、もともとゴダールに感化された左翼革命世代の映像作家であるデ・パルマの、ある種の敗北感のようなものを映し出すように、音響スタッフとして映画という虚構の世界を作り上げるジャックは、しかし現実の世界で起きた邪悪な陰謀を白日のもとに晒すことは出来ず、闇に葬り去られた真実の断片だけが映画の中で悲痛な「叫び声」を響かせる。 現実はジャックの携わるホラー映画よりも残酷であり、その残酷な社会に対して個人の理想や正義はあまりにも無力だ。もちろん、自由と平等を謳ったアメリカ独立宣言が起草された、アメリカ建国の理想精神を象徴するフィラデルフィアを舞台にしていることにも、そこがデ・パルマ監督の育ったホームタウンだという事実以上の意味があるだろう。本作を自身にとって「最もパーソナルな作品」だとするデ・パルマ監督の言葉は重い。 そんな本作のペシミスティックな悲壮感をドラマチックに盛り上げるのが、ピノ・ドナッジョによるあまりにも美しい音楽スコアだ。もともとイタリアの人気カンツォーネ歌手(シンガー・ソングライター)であり、ダスティ・スプリングフィールドやエルヴィス・プレスリーの英語カバーで大ヒットした「この胸のときめきを」のオリジナル・アーティストとして有名なドナッジョは、ヴェネツィアで撮影されたニコラス・ローグ監督のイギリス映画『赤い影』(’72)で映画音楽の分野に進出。そのサントラ盤レコードをたまたまデ・パルマの友人がロンドンで購入し、当時亡くなったばかりのバーナード・ハーマンの代わりを探していたデ・パルマに紹介したことが、その後長年に渡る2人のコラボレーションの始まりだった。 ハリウッドの映画音楽家にはない感性をドナッジョに求めたというデ・パルマ。その期待通り、初コンビ作『キャリー』においてドナッジョは、およそハリウッドのホラー映画には似つかわしくない、センチメンタルでメランコリックなスコアをオープニングに用意した。「たとえサスペンス映画でも、私はメロディを大切にする。それがイタリアン・スタイルだ」というドナッジョ。そう、エンニオ・モリコーネやニノ・ロータ、ステルヴィオ・チプリアーニの名前を挙げるまでもなく、美しいメロディこそがイタリア映画音楽の命である。長いことカンツォーネの世界で甘いラブソングを得意としたドナッジョは、そのイタリア映画音楽の伝統をそのままハリウッドに持ち込んだのだ。 『殺しのドレス』の艶めかしくも官能的なテーマ曲も素晴らしかったが、やはりトータルの完成度の高さでいえば、この『ミッドナイトクロス』がドナッジョの最高傑作と呼べるだろう。もの哀しいピアノの音色で綴られる甘く切ないメロディ、ストリングスを多用したエモーショナルなオーケストラアレンジ。まるでヨーロッパのメロドラマ映画のようなメインテーマは、残酷な運命をたどるサリーへの憐れみに満ち溢れ、見る者の感情をこれでもかと掻き立てる。ラストの胸に迫るような哀切と抒情的な余韻は、ドナッジョの見事な音楽があってこそと言えよう。 ちなみに劇場公開当時、日本だけでサントラ盤LPが発売された。筆者も銀座の山野楽器で手に入れたのだが、実はこれ、ドナッジョがニューヨークで録音したオリジナル・サウンドトラックではなく、スタジオミュージシャンによって再現されたカバー・アルバムだった。その後、オリジナル・サウンドトラックは’02年にベルギーで、’14年にアメリカでCD発売されている。 なお、日本ではブラジル出身のファッション・モデル、シルヴァーナが歌う、ベタな歌謡曲風バラード「愛はルミネ(Love is Illumination)」が主題歌として起用され、先述した疑似サントラ盤LPにも収録されていた。もちろん、デ・パルマもドナッジョも一切関係なし。例えばカナダ映画『イエスタデイ』(’81)に使用されたニュートン・ファミリーの「スマイル・アゲイン」や、ダリオ・アルジェント監督作『シャドー』(’82)に使用されたキム・ワイルドの「テイク・ミー・トゥナイト」など、当時は配給会社がプロモーション用に仕込んだ、本国オリジナル版には存在しない主題歌が少なくなかった。 閑話休題。『ミッドナイトクロス』は『愛のメモリー』に続いてこれが2度目のデ・パルマとのコンビになる、撮影監督ヴィルモス・ジグモンドによる計算し尽くされたカメラワークも見どころだ。画面左右に分かれた手前と奥の被写体に同時にピントを合わせたスプリット・フォーカス、デ・パルマ映画のトレードマークともいえるスプリット・スクリーン、そしてカメラが室内や被写体の周囲を360度回転するトラッキングショットなど、まさしく凝りに凝りまくった映像テクニックのオンパレードである。 また、物語の背景となる「自由の日」祝賀イベントをモチーフに、赤・青・白の星条旗カラーが全編に散りばめられている。例えば、映画冒頭でジャックとサリーが宿泊するモーテルの外観は、白い壁に青いドア、赤いネオンで統一されている。それは室内も同様。カーテンやベッドカバーは青、マットレスや電話機は赤、イスとテーブルは白く、壁紙の模様は白地に赤と青の幾何学模様が描かれている。ジャックがテレビレポーターに電話するシーンでは、ジャックのシャツが赤で電話機が青、背景は白いスクリーンだ。ほかにも、この3色がキーカラーとなったシーンが多いので、是非探してみて欲しい。 オープニングを飾るB級スラッシャー映画のワンシーンでステディカムを担当したのは、『シャイニング』(’80)や『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(’84)などでお馴染み、ステディカムの開発者にして第一人者のギャレット・ブラウン。その映画会社の廊下には、『死霊の鏡/ブギーマン』(’80)や『溶解人間』(’77)、『エンブリヨ』(’76)、『スクワーム』(’76)など、カルトなB級ホラー映画のポスターがずらりと並ぶ。果たして、これはデ・パルマ自身のチョイスなのだろうか。■ 『ミッドナイトクロス』BLOW OUT © 1981 VISCOUNT ASSOCIATES. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2019.07.14
過ぎ去り行く開拓時代、大西部の田舎町に情け容赦ない正義の銃声がこだまする
イギリス出身の映画監督マイケル・ウィナーの本格的なハリウッド進出作である。オリヴァー・リードやチャールズ・ブロンソンとのコンビで次々とヒットを放ち、中でもブロンソンが主演したヴィジランテ映画の金字塔『狼よさらば』(’74)の大ヒットで名を上げたウィナー。キャノン・フィルムと組んだ’80年代以降の失速ぶりが目立ってしまったせいか、なにかにつけ「B級映画監督」のレッテルを貼られがちな人だが、しかしある時期までのマイケル・ウィナーは紛れもない鬼才だった。 ロンドンの裕福な家庭の一人っ子として何不自由なく育ったお坊ちゃん(ギャンブル中毒の母親には悩まされたようだが)。14歳にして新聞に芸能ゴシップの連載コラムを持つという早熟な少年で、映画ジャーナリストを経て短編映画を監督するようになる。転機となったのは、クリフ・リチャードやマーティ・ワイルドと並ぶアイドル・ロック歌手ビリー・フューリーが主演したロック・ミュージカル『Play It Cool』(’62・日本未公開)。これが初めて商業的成功を収めたことから、当時まだ26歳だったウィナーは、英国映画界の新世代監督として売れっ子になる。そして、英米合作の戦争映画『脱走山脈』(’69)がアメリカでもヒット。ユナイテッド・アーティスツから声がかかったウィナーが、満を持してのハリウッド進出第一弾として選んだプロジェクトが、自身にとって初の西部劇『追跡者』(’71)だったのである。 舞台は19世紀末のニューメキシコ州。サバスという町から牛を運んだカウボーイたちが、その帰り道に途中の町バノックで酒に酔って暴れ、拳銃の流れ弾を受けた老人が死亡する。それからしばらく後、サバスの保安官ジャレド・マドックス(バート・ランカスター)が、犯人の一人コーマンの死体を持参してサバスへ到着。地元の保安官コットン・ライアン(ロバート・ライアン)に、残りの6人の引き渡しを求めるが、しかしライアンはそれを「不可能」だとして断る。 というのも、6人のうち1人はサバスの名士ヴィンセント・ブロンソン(リー・J・コッブ)。残りの5人は彼の子分たちだ。鉄道も石炭もない町サバスの住人たちは、ブロンソンが経営する牧場に依存して生活している。つまり、彼は町の実質的な支配者。ここではブロンソンこそが法律であり、保安官ライアンとて彼には手を出せないのだ。 しかし、「法を欺くものは絶対に許さない」が信念のマドックスは引き下がらない。当初、ブロンソンは慰謝料を支払うことで解決しようとするが、しかし清廉潔白なマドックスは取引に応じる相手ではなかった。「ならばマドックスを殺してしまおう」と考える血気盛んなカウボーイたち。だが、苦労して手に入れた土地や財産を失いたくないブロンソンは平和的な妥協策を模索し、かつては名うてのガンマンだったライアンもマドックスが彼らの敵う相手ではないと忠告する。 とはいえ、マドックスの執拗な追及に苛立つカウボーイたち。追い詰められた彼らは、無謀にもマドックスとの決闘に挑み、一人また一人と銃弾に倒れていく。夫を見逃して欲しいと嘆願するかつての恋人ローラ(シェリー・ノース)、迷惑だから町を出て行けと迫る住民たち。しかし、妥協することも罪を見逃すことも良しとしないマドックスは、彼らの要求を頑として受け付けず、ただひたすらに職務を全うしていく…。 主人公マドックスの体現するものとは? 『チャトズ・ランド』(’72)のチャトのごとく己の信念を決して曲げず、『メカニック』(’72)のビショップのごとくプロとしての美学を徹底して貫き、『狼よさらば』のポール・カージーのごとく執念深いマドックスは、紛うことなきマイケル・ウィナー映画のヒーローだ。彼の行動原理はただ一つ、法執行官としての責任を最後まで果たすこと。カウボーイたちにはそれぞれ、逮捕されては困るような生活の事情がある。そもそも、彼らは故意に老人を殺したわけではなく、マドックスが来るまでその事実すら知らなかった。情状酌量の余地もあるように思えるが、しかし頑固一徹なマドックスには通用しない。なぜなら、それは裁判官や弁護士が考えるべきことで、保安官の役割ではないからだ。 そこまで彼が己の職務と法律順守にこだわる背景には、たとえ僅かな違法行為でも見逃してしまえば、社会の秩序がそこから崩壊してしまうという危機感がある。確かに、カウボーイたちは根っからの悪人ではない。それは彼らのボスであるブロンソンも同様で、少なくとも町の人々にとっては良き独裁者だ。しかし、保安官として罪を犯した者を捕らえるのはマドックスにとって当然であり、そこに個人のしがらみや感情が介在してはいけない。ましてや、うちの旦那だけは見逃してとか、よその町で起きた犯罪なんてうちには関係ないとか、法律よりも町の利益の方が重要だなどという理屈は、彼に言わせれば言語道断であろう。 一見したところ、融通の利かない非情な男に見えるマドックスだが、しかし法律における正義とは本来そうあるべきもののようにも思える。特に、「今だけ・金だけ・自分だけ」などと揶揄され、忖度や捏造や改竄が平然とまかり通る昨今の某国では、彼のような人物こそが必要とされている気がしてならない。 と同時に、本作は時代の岐路に立たされた者たちのドラマでもある。マドックスがホテルの宿帳に記した日付によると、本作の時代設定は1887年。無法者たちが荒野を駆け抜け、開拓民が自分たちのルールで未開の地を切り拓いた時代も、もはや過去のものとなりつつあった頃だ。着実に近づいてくる近代化の足音。その象徴が、国家の定めた法の番人マドックスだと言えよう。 そして、かつてネイティブ・アメリカンを殺戮して土地を奪い、その戦いの過程で大切な家族を失ったブロンソンも、名うてのガンマンとして勇名を轟かせたライアンも、その事実を否応なしに受け止めている。暴力のまかり通る野蛮な時代は、もうそろそろおしまいだと。いや、むしろあんな時代はもう沢山だとすら考えている。しかし、フロンティア精神への憧憬が抜けきらないカウボーイたちは、まるで時代の変化に抗うかのごとくマドックスに挑み、そして無残にも命を散らしていくのだ。 必ずしも好人物とは呼べないアンチヒーロー的な主人公、あえて観客の神経を逆撫でする無慈悲なバイオレンス、そして世の中を斜めから見つめたシニカルな世界観。その後の『スコルピオ』(‘73)や『シンジケート』(’73)などを彷彿とさせる、いかにも当時のマイケル・ウィナーらしい作品だ。常連組ジェラルド・ウィルソンの手掛けた脚本の出来栄えも素晴らしい。撮影監督のロバート・ペインターも、ウィナー監督とは『脱走山脈』以来の付き合い。やはり、気心の知れた仲間とのコラボレーションは大切だ。徹底してリアリティを追求したウィナー監督は、劇中に出てくる小道具にも本物のアンティークを使用。石油ランプひとつを取っても、同時代に使われた実物を、わざわざイギリスからスタッフに運ばせたという。 鬼才マイケル・ウィナーのもとに集ったクセモノ俳優たち しかし、なによりも賞賛すべきは、バート・ランカスターにロバート・ライアン、リー・J・コッブという、ハリウッドでもクセモノ中のクセモノと呼ぶべきベテラン西部劇俳優たちを起用し、彼らから最高レベルの演技を引き出したことであろう。なんといったって、オリヴァー・リードにチャールズ・ブロンソン、オーソン・ウェルズ、マーロン・ブランドといった、気難しくて扱いづらいことで有名な大物スターたちを、ことごとく手懐ける(?)ことに成功したウィナー監督。ランカスターとは撮影中に何度も衝突し、胸ぐらを掴まれ「殺してやる」とまで脅されたらしいが、結果的には彼の当たり役のひとつに数えられるほどの名演がフィルムに刻まれ、2年後の『スコルピオ』でも再びタッグを組むこととなった。その秘訣をウィナー監督は、「そもそも私は根っからのファンで、彼らのことを怖れたりしなかったから」と語っている。 脇役の顔ぶれも見事なくらい充実している。アルバート・サルミにロバート・デュヴァル、ジョゼフ・ワイズマン、J・D・キャノン、ラルフ・ウェイト、ジョン・マクギヴァーなどなど、映画ファンならば思わず唸ってしまうような名優ばかりだ。これが映画デビューだったリチャード・ジョーダンは、同年の『追撃のバラード』(’71)でもランカスターと再共演し、ウィナー監督の西部劇第2弾『チャトズ・ランド』にも出演。当時は下賤なレッドネックの若者といった風情だったが、いつしか都会的でスマートな悪役を得意とするようになる。ブロンソンの息子ジェイソン役のジョン・ベックは、『ローラーボール』(’75)や『真夜中の向こう側』(’77)など、一時期は二枚目タフガイ俳優として活躍した。 そして、マドックスの元恋人ローラを演じるシェリー・ノースである。もともと第二のマリリン・モンローとして、20世紀フォックスが売り出したグラマー女優だったが、脇に回るようになってから俄然本領を発揮するようになった。中でも彼女を重宝したのがドン・シーゲル監督。『刑事マディガン』(’68)の場末のクラブ歌手を筆頭に、『突破口!』(’73)の胡散臭い女性カメラマン、『ラスト・シューティスト』(’76)のジョン・ウェインの元恋人など、酸いも甘いもかみ分けた年増の姐御を演じさせたら天下一品だった。 本作でも、かつて若い頃は相当な美人だったであろう、しかし今ではすっかり生活に疲れ果てた女性として、なんとも味わい深い雰囲気を醸し出す。20年ぶりに再会したマドックスに、忘れかけていた情愛の念を掻き立てられるものの、かといって臆病者で卑怯者だけど憎めない夫を見捨てることも躊躇われる。クライマックスのどうしようもないやるせなさは、彼女の存在があってこそ際立っていると言えよう。これぞ傍役の鏡である。
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COLUMN/コラム2019.08.02
背筋の凍る深海ホラー『海底47m』の恐怖と人喰いザメ映画の変遷。
もともとはDVDとVODのみでリリースされる予定で、実際に小売店向けのサンプルDVDまで配布されていたものの、配給会社が直前になって劇場公開へ踏み切ることを決定。その結果、超低予算のインディーズ作品であるにも関わらず、全米興行収入6230万ドルのスマッシュヒットを記録することになった人喰いザメ映画である。 旅行先のメキシコでケージ・ダイビングに挑戦したアメリカ人姉妹が、血に飢えたサメのウヨウヨする海の底に取り残されてしまうという恐怖。低予算の人喰いザメ映画が毎年のように大量生産されている昨今だが、しかしその多くがDVDストレートやテレビ映画であることを考えると、この『海底47m』が映画館で真っ当に受け入れられたことは、それなりに画期的だったとも言えよう。 人喰いザメ映画の変遷を振り返る それにしても、人喰いザメ映画の根強い人気には少なからず驚かされるものがある。ご存知の通り、そもそもの原点はスティーブン・スピルバーグ監督の出世作である『ジョーズ』(’75)。海水浴客で賑わう避暑地の海岸に凶暴で巨大なホオジロザメが現れ、次々と人間を食い殺して人々を恐怖のどん底へと突き落とす。若きスピルバーグ監督のツボを心得たショック演出、作曲家ジョン・ウィリアムズによるスリリングな音楽スコアなどのおかげもあり、興行収入において当時の史上最高記録を樹立するほどの社会現象となった。 これを機に、ピラニアやクマや犬、さらには蜂やミミズやタコなど、ありとあらゆる生物が人間に襲いかかる動物パニック映画のブームが訪れ、本家『ジョーズ』もシリーズ化されて合計4本が製作された。しかし意外なことに、その『ジョーズ』シリーズに続く本格的な人喰いザメ映画は、リアルタイムではほとんど作られなかったのである。 メキシコの有名なB級映画監督ルネ・カルドナ・ジュニアは、『タイガーシャーク』(’77)と『大竜巻/サメの海へ突っ込んだ旅客機』(’78)を相次いで発表するが、蓋を開けてみるとどちらもメインは恋愛ドラマやら自然災害パニックで、人喰いザメなど刺身のツマも同然の扱いだった。フロリダを基盤に’60年代からZ級クズ映画を撮り続けたウィリアム・グルフェも、『地獄のジョーズ/’87最後の復讐』(’76)なる映画を作っているが、当時はほとんど見向きもされなかった。 一方、世界に冠たるパクリ映画大国イタリアでは、人喰いザメ映画と思ったら実は海洋版『未知との遭遇』だった!という『人食いシャーク・バミューダ魔の三角地帯の謎』(’78)という怪作が存在するが、やはりマカロニ版人喰いザメ映画といえば、イタリアン・アクションの巨匠エンツォ・G・カステラーリが撮った『ジョーズ・リターンズ』(’81)であろう。ストーリーはほぼ『ジョーズ』のリメイクだが、機械仕掛けの巨大なサメを出し惜しみせず大暴れさせるサービス精神は立派だった。これがアメリカ市場でもメジャー・ヒットを飛ばしたことから、以降もランベルト・バーヴァ監督の『死神ジョーズ・戦慄の血しぶき』(’84)、トリート・ウィリアムズ主演の『死海からの脱出』(’87)など、イタリアでは正統派(?)の人喰いザメ映画が何本か作られている。 このように、必ずしも大きなうねりとはならなかった人喰いザメ映画だが、しかし’90年代末になって状況が一変することとなる。レニー・ハーリン監督作『ディープ・ブルー』(’99)のメガヒットだ。テレビ向けに制作された『シャークアタック』(’99)もシリーズ化されるほど評判となり、徐々に人喰いザメ映画が量産されるようになっていく。その背景には、CG技術の発達や撮影機材のコンパクト化のおかげで、昔ほど手間暇をかけずとも、それなりに見栄えのいいサメ襲撃パニックを描けるようになったことが挙げられるだろう。 そして、製作本数がうなぎ上りに増加していくに従って、奇想天外なギミックによって観客受けを狙った悪ノリ映画も増えていく。その走りが、人喰いザメ映画というより巨大モンスター映画と呼ぶべきビデオ映画『メガ・シャークVSジャイアント・オクトパス』(’09)。竜巻に乗って人喰いザメが空から降ってくるテレビ映画『シャークネード』(’13)は、米ケーブル局SyFyの看板シリーズになるほどの大評判で、現在までに通算6本が製作されているほか、スピンオフ作品やコミック版、ビデオゲーム版まで誕生した。 ほかにも、人喰いザメが陸上の砂浜を暴れまわる『ビーチ・シャーク』(’11)、民家に棲みついた人喰いザメが住人を襲う『ハウス・シャーク』(’17)、恨みを持って死んだ人喰いザメが幽霊になる『ゴースト・シャーク』(’13)、雪山のスキー場に人喰いザメが出現する『アイス・ジョーズ』(’14)などなど、もはや文字通り何でもありの滅茶苦茶な状態。そのうち、人喰いザメが宇宙で大暴れするようになるのも時間の問題であろう。いや、既にそんな映画あったりして(笑)。 ただ、先述したように、これらの人喰いザメ映画の大半は、DVD市場およびテレビ向けに作られた低予算のB級作品。映画館でちゃんと上映されたのは、中国資本が入ったメジャー大作『MEGザ・モンスター』(’18)と、オーストラリアとフィリピンの合作『パニック・マーケット3D』(’12)くらいのものだ。とはいえ、この手の人喰いザメ映画が世界中で根強いファンを獲得し、安定的なマーケットを成立させていることは注目に値するだろう。 本当に恐ろしいのは人喰いザメよりも不気味な深海世界! その一方で、奇をてらうことなくリアルなスリルと恐怖を追求した、正統派の人喰いザメ映画も、数こそ少ないもののコンスタントに作られている。恐らくその代表格は、サメのうろつく海のど真ん中で置き去りにされたダイバー夫婦のサバイバルを、緊張感たっぷりに描いてサプライズヒットとなった『オープン・ウォーター』(’04)であろう。また、海岸から離れた岩場に取り残された女性サーファーが、巨大な人喰いザメと対峙することになるブレイク・ライヴリー主演の『ロスト・バケーション』(’16)も、地味な低予算映画でありながら高く評価され、興行的にもまずまずの成功を収めた。実際、当初DVDスルーされるはずだった『海底47m』が劇場公開されるに至ったのも、『ロスト・バケーション』のヒットにあやかろうという配給会社の思惑があったとされている。 主人公はメキシコを旅行中のアメリカ人姉妹リサ(マンディ・ムーア)とケイト(クレア・ホルト)。好奇心旺盛で活発な妹ケイトに対し、姉のリサは淑やかで控えめな女性だ。その慎重すぎる性格のせいで、婚約者から「退屈だ」と言われて振られてしまったリサを励ますべく、姉を夜遊びへと連れ出すケイト。そこで地元のイケメン男子コンビ、ルイス(ヤニ・ゲルマン)にベンジャミン(サンティアゴ・セグーラ)と知り合った姉妹は、巨大なサメを間近で見ることの出来るケージ・ダイビングに誘われる。 退屈な女の汚名を返上しようと、怖がるリサを説得するケイト。開放感あふれる南国の海と太陽と青空にも後押しされ、イケメン男子たちと待ち合わせてケージ・ダイビングに参加する姉妹。しかし、アメリカ人らしい船長テイラー(マシュー・モディン)は見るからに怪しげだし、船や機材も古くて錆びついている。いや、これって絶対に無許可の違法営業でしょ、本当に信用しても大丈夫なのかなーと思いつつ、ダイビングスーツに酸素ボンベを装着してケージの中に入るリサとケイト。ところが、運の悪いことに不安は的中。ケージを吊るしているクレーンが壊れてしまい、姉妹はケージの中に閉じ込められたまま海底47メートルまで真っ逆さまに落下してしまう。 落下のショックから意識を取り戻したリサとケイト。気が付くと酸素ボンベは残り僅かだし、無線も圏外で船と連絡を取ることが出来ない。そのうえ、真っ暗な海底には巨大な人喰いザメがウヨウヨしているため、うかつにケージの外へ出るのは危険。違法業者であるテイラー船長たちが助けてくれるかも分からない。かといって、自力で脱出しようにも潜水病が心配だし、なによりサメに襲われる確率が高い。そんな極度の緊張と不安の中、姉妹はどのようにして絶体絶命の危機を乗り越えていくのか…!?というわけだ。 まさしく『オープン・ウォーター』や『ロスト・バケーション』の系譜に属する、リアリズム志向の強いワン・シチュエーションな海洋サスペンス・ホラー。注目すべきは、物語の大半が海底で展開すること。過去の人喰いザメ映画を振り返ってみても、深海を主な舞台にした作品はほとんど例がない。この着眼点こそ、本作が成功した最大の理由だろう。 なにしろ、海の底はどこまでも果てしなく真っ暗。その深い闇に何が潜んでいるのか分からない。しかも、酸素ボンベがなければ息も出来ないし、そもそも海底40メートルを超えると身体的なリスクも高くなる。そう考えると、本作において真に恐るべきは人喰いザメではなく、不気味に広がる海底世界そのものだと言えるだろう。水泳の苦手なカナヅチの筆者にとっては、それこそ眩暈がするほどの恐怖である。中でも、姉妹を助けに来た船員ハビエル(クリス・J・ジョンソン)が遠くへ消えてしまい、彼を探しに向かったリサがハッと気付くと、真っ暗な空洞のごとき海底の崖が眼下に広がっているシーンなどは、まさしく背筋が凍るような恐ろしさ!この臨場感を存分に味わうためにも、出来れば映画館で見て欲しい作品だ。 監督は『ゴーストキャッチャー』(’04)や『ストレージ24』(’12)などで知られるイギリス出身のホラー映画作家ヨハネス・ロバーツ。実は彼自身が経験豊富なダイバーだという。なるほど、素人が見ても細部の描写までリアリティが感じられるのはそのためか。主演は’00年代初頭に一世を風靡した元人気ポップシンガーのマンディ・ムーアと、ドラマ『ヴァンパイア・ダイアリーズ』(‘11~’13)および『オリジナルズ』(‘13~’18)のヴァンパイア、ミカエラ役で有名なクレア・ホルト。2人ともダイビングは全くの未経験で、直前にトレーニングを受けて撮影に臨んだのだそうだ。怪しげなテイラー船長を演じるのは、懐かしの’80年代青春スター、マシュー・モディン。近ごろはスクリーンで見かけることも少なくなった。 なお、来る’19年8月16日には、待望の続編『47 Meters Down: Uncaged』が全米公開される。再びヨハネス・ロバーツ監督がメガホンを取っているものの、ストーリーそのものは直接的な関連性がない。今回は4人のティーン女子がダイビングで海底遺跡の探索に出かけたところ、暗い洞窟に潜む人喰いザメたちに襲われるというお話。日本公開を期して待ちたい。■ 『海底47m』© 47 DOWN LTD 2016, ALL RIGHTS RESERVED
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COLUMN/コラム2019.09.08
最強のパパが愛する妻子を守り抜くチャールズ・ブロンソン版『96時間』
恐らく50代以上の日本人にとって、チャールズ・ブロンソンといえば「マンダム」。’70年に放送の始まった男性用化粧品「マンダム」のテレビCMは、アラン・ドロンと共演したフランス映画『さらば友よ』(’68)で日本の映画ファンを魅了したブロンソンをモデルとして起用し、一躍社会現象になるほどの大反響を巻き起こした。CM中でブロンソンの呟く「う~ん、マンダム」のセリフは子供の間でも流行語に。ちょうどこの時期、ヨーロッパでもブロンソン人気が過熱し、フランスやイタリアの映画界で引っ張りだこの大スターとなる。それらの主演作は、日本でも次々と輸入されてヒットした。そんなチャールズ・ブロンソン・ブームの全盛期に公開された映画のひとつが、この『夜の訪問者』(’70)である。 舞台は避暑地として有名なフランスのコートダジュール。観光客向けにボートをレンタルしているアメリカ人の船乗りジョー(チャールズ・ブロンソン)は、聡明で美しい妻ファビアン(リヴ・ウルマン)と可愛い娘ミシェル(ヤニック・ドリュール)に恵まれ、平凡だが満ち足りた生活を送っている。時おり夜中に悪夢でうなされることもあったが、それは朝鮮戦争に従軍した時の悲惨な経験が原因だとファビアンは思っていた。ある一本の電話がかかってくるまでは…。 それはいつものように、ジョーが船乗り仲間と酒や博打を楽しんで帰宅した晩のこと。娘ミシェルは学校のキャンプで外泊中だった。ファビアンの小言をジョーが苦笑いしながら聞いていると、そこへ一本の「お前を殺す」という不気味な電話がかかってくる。顔色を変えて受話器を置いたジョーは、すぐに実家へ帰るようにと妻へ指示。しかし、家の中で不気味な物音が響く。2階の寝室で隠れているように言われたファビアンだったが、ジョーが誰かと激しく揉み合っているような音を聞き、心配になって恐る恐る1階のキッチンへと降りてくる。すると、気を失って倒れている夫の横に、拳銃を手にした見知らぬ男が立っていた。 男の名前はホワイティ(ミシェル・コンスタンタン)。どうやらジョーとは旧知の仲のようだ。意識を取り戻したジョーは、隙を見てホワイティに襲いかかり、首の骨をへし折って殺してしまう。状況がまるで呑み込めず、夫に問いただすファビアン。そんな彼女にジョーは、長年隠してきた過去の秘密を打ち明ける。 軍隊時代に上官を殴った罪で投獄された彼は、刑務所でロス大尉(ジェームズ・メイソン)とその子分であるホワイティ、ファウスト(ルイジ・ピスティッリ)、カタンガ(ジャン・トパール)と知り合う。彼らは賄賂や密売の罪で逮捕された汚職軍人たちだった。運転の腕前をロス大尉に見込まれたジョーは、彼らの脱獄計画に力を貸すことに。しかし、たまたま鉢合わせた見回りの警官をカタンガが殺害したことから、これに強く憤ったジョーは自分だけ独りで逃走し、残されたロス大尉たちは捕まってしまった。刑期を終えて釈放された彼らが、いつか自分を見つけ出して復讐に来るかもしれない。ジョーが悪夢にうなされていた本当の原因はそれだったのである。 ファビアンの協力でホワイティの死体を海へ棄てたジョー。しかし、自宅へ戻るとロス大尉とファウスト、カタンガの3人が待ち受けていた。彼らの狙いはジョーへの復讐ではなく、当時の借りを返してもらうこと。つまり、自分たちの新たな犯罪計画に協力させることだった。妻と娘を人質に取られたことから、ロス大尉の要求を呑まざるを得なくなるジョー。だが、黙って命令に従うような男じゃない。ずば抜けた知性と俊敏な戦闘能力を駆使し、巧妙に敵の隙を突いて空港へ向かったジョーは、仲間と合流するため到着したロス大尉の愛人モイラ(ジル・アイアランド)を拉致し、妻や娘との人質交換を申し出るのだが、思いがけない事態が起きて窮地に追い込まれてしまう…。 実はテレビドラマ化もされていた! ずばり、これはチャールズ・ブロンソン版『96時間』。一見したところ普通のお父さんだけど実は最強の元兵士という主人公ジョーのキャラは、『96時間』シリーズでリーアム・ニーソンの演じたブライアン・ミルズのルーツみたいなものだろう。まあ、ブロンソンの場合はTシャツの半袖から覗く筋骨隆々な腕を見ただけで、こりゃタダモノじゃないぞとバレてしまうのだが(笑)。それにしても撮影当時のブロンソンは49歳。無駄な贅肉を削ぎ落とした見事な筋肉美は、さすが子供の頃から炭鉱労働で鍛えまくっただけのことはある。しかも、本人だって実際に第二次世界大戦で従軍した元兵士。臨戦態勢に入った時の顔つきからして違う。しかも、渋くて枯れた大人の男の色気がダダ洩れ。これこそがブロンソンの魅力であり醍醐味だ。 原作はリチャード・マシスンが’59年に出版した中編小説『夜の訪問者』。実はこの作品、著者であるマシスンの脚色によって、約1時間のテレビドラマとして映像化されたことがある。それが、’62年に放送された『ヒッチコック・サスペンス』(『ヒッチコック劇場』のリニューアル版)シーズン1の第11話「Ride the Nightmare」(邦題未確認)である。そのストーリーを簡単にご紹介しよう。 物語の舞台は原作と同じアメリカのカリフォルニア。郊外の住宅地に暮らす中流階級の夫婦クリス(ヒュー・オブライアン)とヘレン(ジーナ・ローランズ)のもとに、ある晩一本の電話がかかってくる。「お前を殺す」という相手の言葉に戦慄し、家中の電気を消して窓のブラインドも下ろし、じっと息を潜める2人。すると、キッチンの窓から一人の男が乱入する。フレッド(ジェイ・レイニン)という侵入者は、クリスのことを知っている様子だった。やがてクリスとフレッドは揉みあいになり、相手の拳銃を奪ったクリスはフレッドを射殺する。 困惑するヘレンに今まで隠していた暗い秘密を打ち明けるクリス。今から15年前、当時19歳だったクリスは父親との不仲で非行に走り、悪い仲間たちとつるんでいた。ある時、仲間たちの宝石店強盗に加わったクリスは、店の外で車に乗って待機していたところ、防犯アラームが鳴って警官が現場へ駆け付ける。怖くなったクリスはそのまま一人で逃走。後になって仲間たちが店主を殺して逮捕されたことを知り、自らも指名手配されていることから、名前を変えてカリフォルニアへ逃げてきたのである。 新聞記事によると、かつての仲間アダム(ジョン・アンダーソン)とスティーヴ(リチャード・シャノン)、そしてフレッドの3人は刑務所を脱獄したらしい。正当防衛とはいえフレッドを殺したクリスは、警察に自首しようとするものの、そこでヘレンが反対する。そうなれば15年前の罪で逮捕されることは免れないからだ。深夜にフレッドの死体を処分した2人。すると、その翌日アダムとスティーヴがクリスの前に現れ、ヘレンを人質にして4万ドルの逃走資金を要求する。約束の時間までに現金を用意せねば妻は殺されてしまう。すぐに銀行へ向かうクリスだったが、しかしお節介な隣人や規則にうるさい銀行員などに邪魔されてしまい、刻一刻と制限時間が迫りくるのだった…。 原作をコンパクトにまとめたというドラマ版は、言うなれば過去の封印された罪と向き合わねばならなくなった男の因果応報な物語。大雑把な筋書きは『夜の訪問者』とほぼ一緒だが、ストーリーの趣旨はだいぶ異なる。ブロンソン版の脚色にはジャック・ベッケル監督の傑作ギャング映画『現金(げんなま)に手を出すな』(’54)の原作・脚本で有名な、フランスの犯罪小説家アルベール・シモナンが参加しており、やはりギャング映画的な側面が強調されていると言えよう。 演出を手掛けたのは初期007シリーズの監督としても知られるテレンス・ヤング。前半では『暗くなるまで待って』(’67)にも通じる閉鎖空間での心理サスペンス的な語り口でスリルを盛り上げつつ、後半はダイナミックなアクションでスケールを広げていく。中でも、終盤のカーチェイス・シーンは見もの。カースタントをロジャー・ムーア版007シリーズで有名なスタントマン、レミー・ジュリアンが担当しているのも興味深い。本作がブロンソンとの初タッグだったヤングは、その後も『レッド・サン』(’71)や『バラキ』(’72)でブロンソンとコンビを組むことになる。 ちなみに、冒頭で述べた通り、日本やヨーロッパにおけるブロンソン・ブームの真っただ中で公開された本作だが、その一方でアメリカでは『狼よさらば』が大ヒットする’74年までお蔵入りになっていた。そもそも、ヨーロッパでのブロンソン主演作の大半が、アメリカで公開されたのは1~2年遅れ。国外でのブームがアメリカ本国へと逆輸入されるまで、それなりにタイムラグがあったのである。ブロンソンのハリウッド凱旋復帰作は『チャトズ・ランド』(’72)。以降、『メカニック』(’72)や『シンジケート』(’73)などで着実にヒットを重ね、『狼よさらば』の大成功によって、ようやくアメリカでもブロンソン・ブームが巻き起こったというわけだ。■ 『雨の訪問者』© 1970 STUDIOCANAL - Medusa Distribuzione S.r.l.
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COLUMN/コラム2019.09.08
フランスの映像作家にも愛された異端の女性ウエスタン
映画ファンには言わずと知れたカルトな西部劇である。’54年の劇場公開時、アメリカでは多くの批評家によって失敗作とみなされたが、しかしフランスではフランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ピエール・メルヴィルらの映像作家に称賛され、’70年代に入るとウーマンリブの視点からも再評価されるようになり、今では『理由なき反抗』(’55)と並んでニコラス・レイ監督の代表作とされている。 舞台はアリゾナ州の小さな田舎町。ギターを担いだ流れ者ジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)の到着するところから物語は始まる。町はずれの酒場へ足を踏み入れたジョニーを待っていたのは、鉄火肌で強靭な意思を持つ女性経営者ヴィエナ(ジョーン・クロフォード)。鉄道開発が行われることを見越して、この荒れ果てた土地を手に入れたヴィエナは、かつてジョニー・ローガンの名前で世間に恐れられた凄腕ガンマンであり、自らの恋人でもあったジョニーを用心棒として雇ったのである。 しかし、よそ者の流入によって自分たちの既得権益が奪われることを恐れた町の権力者たちは鉄道開発に猛反対し、駅の建設を支持するヴィエナを目の敵にして町から追い出そうとしていた。その急先鋒に立つのが女性銀行家エマ・スモール(マーセデス・マッケンブリッジ)だ。しかし、エマには他にもヴィエナを恨む理由があった。この近辺を縄張りにする無法者集団のリーダー、ダンシング・キッド(スコット・ブレイディ)である。若くてハンサムなダシング・キッドに秘かな恋心を抱くエマだが、しかし彼は女性的な魅力の乏しいエマになど目もくれず、美しく誇り高い熟女ヴィエナにゾッコンだ。可愛さ余って憎さ百倍。ヴィエナとダンシング・キッドを善良な市民の敵として糾弾するエマは、町の人々を煽動して彼らを葬り去ることに異常な執念を燃やしていた。 ジョニーの到着早々、ヴィエナの酒場へなだれ込んできたエマ率いる町の自警団。彼らは駅馬車強盗事件の犯人をダンシング・キッド一味だと決めつけ、その共犯を疑われたヴィエナも24時間以内に町から出ていくよう警告される。もちろん、ヴィエナにはそんな命令など従う義理はない。ところが、濡れ衣を着せられたダンシング・キッドたちは、ならば本当にやっちまおうじゃないか!とばかりに銀行強盗を決行。しかも運悪く、その場にヴィエナも居合わせてしまった。つまり、敵に魔女狩りの口実を与えてしまったのだ。かくして追われる身となったヴィエナ。逃げも隠れもするつもりなどない彼女は、自分の城である酒場にて怒り狂った自警団を待ち受けるのだったが…!? マッカーシズム批判とフェミニズム メルヴィルは本作を「異形の映画」と呼んだそうだが、なるほど、確かにそうかもしれない。西部劇と言えば伝統的に男性映画に属するジャンルだが、本作はヒーローのヴィエナもヴィランのエマも女性。一般的に西部劇映画における女性は色添えのお飾りだったりするが、本作の色添えはむしろジョニーやダンシング・キッドといった男性陣だ。このジェンダーロールの逆転に加え、本作は善と悪の立場にも逆転現象が見られる。女を武器に成りあがってきた酒場経営者ヴィエナ、かつて大勢の人間を殺した拳銃狂いのジョニー、犯罪行為を重ねる無法者ダンシング・キッドなど、本作において観客の同情を呼ぶ登場人物たちは、従来のハリウッド西部劇であれば間違いなく悪人として描かれる側だったはずだ。反対に、自分たちの町を守ろうとするエマや自警団は、本来ならば善の側であって然るべきなのだが、しかし本作では時代の変化と異質なものを頑なに拒む、排他的で利己的な偽善者集団として描かれている。 この本作の歪んだ善悪の対立構造に、当時のハリウッドで吹き荒れた赤狩りへの痛烈な風刺が込められていることは、ブラックリスト入りした脚本家たちに名義貸ししていたフィリップ・ヨーダンが脚本に携わっていることからも容易に想像がつくだろう。かつて共産党員だったニコラス・レイ監督自身も赤狩りのターゲットにされたが、当時の上司だった大富豪ハワード・ヒューズの政治力に守られた過去がある。モラルや良識を盾にして基本的人権を蹂躙し、異質な他者への憎悪を煽って自らの既得権益を死守しようとする町の権力者たちに、民主主義を守るという大義名分のもとで無実の共産主義者を迫害した赤狩りの恐怖を重ね合わせていることは明白。赤狩りの公聴会で密告証言を強要されたスターリング・ヘイドンをジョニー役に、映画界の保守タカ派として赤狩りに加担したワード・ボンドを町の権力者マッカイヴァーズ役に起用しているのも意図的だったはずだ。 また、『大砂塵』には後の『バッド・ガールズ』(‘94)や『クイック&デッド』(’95)などを遥かに先駆けたフェミニズム西部劇という側面もある。もちろん、それは単に強い女性を主人公にした映画だからというわけではない。金と力が全ての弱肉強食な男社会で、生きるために強くならざるを得なかった女性たちの物語だからだ。劇中で多くは語られないものの、かつてはしがない酒場女だったというヴィエナ。唯一の武器である女の性を利用して成り上がり、今や一国一城の主となったヴィエナだが、そんな彼女と5年ぶりに再会したジョニーは、かつて愛した女が傷物になってしまったと嘆く。なんで俺が帰ってくるのを待っていてくれなかったのかと。そればかりか、お前は男の誇りを傷つけたとまで言い放つ。ヴィエナが怒りまくるのも当然だろう。 男はいくらヤンチャしたって武勇伝として誇れるが、しかし女に良妻賢母たることが求められる男社会においては、一度でも道を踏み外した女は世間から白い目で見られる。そもそも、なぜ女だからという理由だけで、自分ばかりが耐え忍んで待たなくちゃいけないのか。どうして男は好き勝手に生きてもよくて女はダメなのか。無自覚に女を踏みつけにしてのさばっている男たちに反旗を翻し、彼らの一方的に押し付ける理想の女性像を破壊する。それこそがヴィエナという女性の強みだ。 一方の宿敵であるエマは、町の支配者層における唯一の女性として、周囲の男たちと対等に渡り合っていくため、ヴィエナとは反対に女性性を捨てざるを得なかった。なぜなら、ホモソーシャルな男社会で女性性は弱みとなりかねないからだ。それゆえに彼女はダンシング・キッドへの恋愛感情を押し殺さねばならず、その抑圧がやがて彼への憎しみへと変わり、自分と違って女性性を最大限に有効活用してきたヴィエナへ敵意を抱くこととなったのである。ある意味、男社会の犠牲者だと言えよう。 自らの性を武器に変えたヴィエナと、自らの性が弱点となったエマ。そんな2人の激しい女同士の戦いを、まるでイタリアンオペラのごとくエモーショナルに盛り上げつつ、本作は現実を見据えながら未来を切り拓いていこうとする聡明な女性の強さと、争いに明け暮れ生き急いでいく男たちの子供じみた愚かさを浮き彫りにしていく。エマの本当の弱点は女性という属性ではなく、むしろそれを封印して名誉男性になろうとしたことだろう。ウーマンリブ運動がまだ産声を上げる以前の時代にあって、本作の明確なフェミニズム的志向は先見の明だったように思う。 再起を賭けた大女優ジョーン・クロフォード ただ、原題が「Johnny Guitar」であることからもうかがい知れるように、もともと本作の実質的なヒーローはスターリング・ヘイドン演じるジョニーだったらしい。原作はジョーン・クロフォードの友人でもあるロイ・チャンスラーが、彼女をイメージして書き上げた小説で、クロフォード自身が映画化権を獲得してリパブリック・ピクチャーズに企画を持ち込んだ。かつてMGMとワーナーを渡り歩き、ハリウッドを代表する大女優となったクロフォード。しかし人気の低迷で’52年にワーナーとの契約を解消し、ランクの落ちるRKOで主演した『突然の恐怖』(‘52)こそオスカー候補になったものの、10年ぶりにMGMへ復帰した『Torch Song』(‘53・日本未公開)が批評的にも興行的にも大惨敗してしまった。そうした状況下にあって、恐らく彼女は本作にキャリアの復活を賭けていたのかもしれない。 監督は以前に企画段階でボツとなったクロフォード主演作のニコラス・レイを起用。オリジナル脚本は原作者チャンスラーが担当したものの、しかしクロフォードはその内容が不満だったらしく、ロケ地のアリゾナに旧知の脚本家フィリップ・ヨーダンを呼び寄せてリライトを指示する。というのも、ヴィエナの役割がジョニーの相手役になっていたからだ。ヨーダンの回想によると、彼女はクラーク・ゲイブルのようなヒーローを演じることを望んでおり、そのためにもジョニー・ギターではなくヴィエナが主人公でなくてはいけなかったのだ。クライマックスの一騎打ちも、本来はジョニーとエマが対決するはずだったものを、この段階でクロフォードがヴィエナとエマの対決に書き換えさせたという。なにしろ、もともとはクロフォードが持ち込んだ企画。現場も実質的に彼女が仕切っていたらしいので、恐らく誰もが従わざるを得なかったのだろう。 そのせいもあってなのだろうか、やがてエマ役の女優マーセデス・マッケンブリッジとクロフォードの確執が表面化する。そもそも、マッケンブリッジの夫フレッチャー・マークルを巡って2人は過去に因縁があったらしい。レイ監督やスタッフの多くがマッケンブリッジの肩を持ち、それに腹を立てたクロフォードは彼女の衣装をビリビリに破いて投げ捨てたという。共演のスターリング・ヘイドンも、マッケンブリッジに対するクロフォードの態度を「恥ずべきものだった」と後に回想している。 ただ、その一方でレイ監督にとって、これはまさしく天の恵み。女優2人の確執はそのまま演技にも色濃く反映され、ヴィエナとエマの激突になお一層の真実味が増すからだ。さらに、この状況をいち早く嗅ぎつけた芸能マスコミが、クロフォードとマッケンブリッジのいがみ合いを面白おかしく書きたて、それが映画のプロモーションにも役立った。おかげで、先述したようにアメリカの批評家からはこき下ろされたが、興行的には大きな成功を収めることができた。とはいえ、これを最後にクロフォードは目立ったヒットから遠ざかり、あの『何がジェーンに起ったか?』(’62)までしばらく低迷することとなる。■ 『大砂塵』TM, ® & © 2019 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.