ザ・シネマ なかざわひでゆき
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COLUMN/コラム2020.03.03
人間としての尊厳を賭けて闘う負け犬たちを描いた巨匠アルドリッチのスポ根映画。『ロンゲスト・ヤード(1974)』
低迷するアルドリッチにとって起死回生の大ヒットに 西部劇からフィルムノワール、戦争アクションにメロドラマと、その30年近くに渡る監督人生で様々なジャンルの映画を網羅しつつ、しかし常に人間としての尊厳や誇りを賭けて闘う人々の意地と執念を描き続けた反骨の巨匠ロバート・アルドリッチ。中でも、アカデミー賞5部門にノミネートされたホラー・サスペンス『何かジェーンに起ったか?』(’62)から、戦争映画の大傑作『特攻大作戦』(’67)に至るまでのおよそ5年間は、彼のキャリアにおいてまさに黄金期だったと言えよう。 ’70年代に入ってからも『傷だらけの挽歌』(’71)や『ワイルド・アパッチ』(’72)、『北国の帝王』(’73)など、今なおファンが愛してやまない名作群を発表したアルドリッチだが、しかし興行的にはいずれも惨敗を喫してしまう。そんな、もはや過去の人となりつつあった当時の彼にとって、思いがけず起死回生の大ヒットを記録した作品が、刑務所内のアメフト・マッチを描いた異色のスポ根映画『ロンゲスト・ヤード』(’74)だったのだ。 主人公はかつてプロのアメフト・リーグで、クォーターバックとして鳴らした元スター選手ポール・クルー(バート・レイノルズ)。しかし八百長疑惑によって選手生命を絶たれ、今は金持ちの愛人女性メリッサ(アニトラ・フォード)に食わせて貰っている。要するにヒモだ。そんな自分の生活に嫌気が差したのか、酒に溺れて自暴自棄になったポールは、メリッサを暴行して彼女の高級車を盗み、通報を受けたパトカーと盛大なカーチェイスを繰り広げた末にあえなく御用。1年半の懲役刑を宣告されて刑務所送りとなる。 ジョージア州の刑務所でポールを待っていたのは、「フットボールは若者の教育に役立つ!」「団結の精神が育まれる!」と鼻息を荒くするヘイズン所長(エディ・アルバート)。暇を持て余したプチ権力者の道楽として、看守たちで結成したセミプロのアメフト・チームを育成している所長は、意気揚々とした面持ちでポールにコーチを依頼する。しかし、囚人ごときに指導なんぞされてたまるもんか!とばかりに、看守長クナウアー(エド・ローター)から「コーチを引き受けたらぶっ殺す!」と脅迫されたポールは、わが身を守るため所長の申し出を断らざるを得ない。その結果、ヘイズン所長の機嫌を損ねてしまい、過酷な重労働に従事させられることに。そればかりか、看守たちから連日に渡って執拗な嫌がらせを受け、怒り心頭のポールはクナウアーに食ってかかったせいで独房送りになってしまう。 そこで再びヘイズン所長が登場。独房から出してもらうための条件として、ポールは看守チームの練習台となる囚人チームの育成を引き受ける。刑務所内で意気投合した“便利屋”ことファレル(ジェームズ・ハンプトン)、元プロのアメフト選手だったネート(マイケル・コンラッド)らの協力を得て、囚人たちの中から目ぼしいメンバーを集めてトレーニングに励むポール。普段から看守たちに虐められている彼らは、試合にかこつけて看守たちを殴れる絶好のチャンスとばかり喜び勇んで参加する。さらに、そんな彼らの様子を見た黒人たちもチームに合流。いつしか対立する人種の垣根も取り払われ、囚人たちは一丸となって看守チームとの対戦を目指すようになる。 とはいえ、囚人チームはあくまでも看守チームの引き立て役にしか過ぎない。ヘイズン所長は刑務所内に建てたスタジアムへ一般客を集め、練習試合で自らが率いる看守チームを勝利させることで、自分の権力をこれ見よがしに誇示するのが目的。なので、はなから囚人チームが勝つことなど許されていないのだ。そればかりか、看守たちはポールの足を引っ張ろうと画策し、クナウアーに煽られた刑務所内のタレコミ屋アンガー(チャールズ・タイナー)によって、大切な仲間であるファレルが殺されてしまう。これ以上やつらに踏みつけにされてたまるもんか!いよいよ迎えた試合の当日、グラウンドへ降り立ったポールたちは、己の尊厳を賭けて本気で勝ちに行こうとするのだが…? ベテランの巨匠らしからぬノリの良さが魅力 言うなれば、一般社会からドロップアウトして犯罪者へと落ちぶれた負け犬たちが、アメリカン・フットボールに全力投球することで生きる目的を見出し、勝ち目のない試合を戦い抜くことで自分たちを虐げる権力に対して反逆を試みるというお話。実に痛快かつ爽快で胸のすく映画であり、たとえアメフトに興味がなくとも血沸き肉躍ること間違いなし!恐らくそれこそが、スポーツ映画は当たらないという当時のハリウッドのジンクスをものの見事に覆し、年間興行収入ランキングで9位に食い込む大ヒットを記録した最大の理由であろう。 実にアルドリッチらしい反骨映画・反体制映画と言えるが、しかし物語のアイディアは製作者アルバート・S・ルディのものだった。そもそも、主人公ポールはルディの知人をモデルにしているという。具体的な名前は明かされていないものの、その人物はドラフト1位でロサンゼルス・ラムズに入団し、私生活では資産家令嬢と結婚したアメフト選手だったらしいのだが、脚の怪我が原因で選手生命を絶たれてしまい、妻の財産で生活せねばならない羽目になったという。ある日、たまたまその夫婦を街で見かけたルディは、金持ちの妻に高級スーツを買ってもらっている知人の姿を見て、本作のストーリーを考え付いたのだとか。なお、その後知人は妻に棄てられてしまったそうだ。 脚本を書いたのは往年の名脇役キーナン・ウィンの息子トレイシー・キーナン・ウィン。彼はトルーマン・カポーティが刑務所内の悲惨な現実を描いた小説のテレビ映画化『暗黒の檻を暴け』(’72)の脚本を手掛けており、その実績を買われての起用だったという。当時フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』(’72)をプロデュースして大当たりさせたルディは、同作の配給を担当したパラマウントから資金を調達することに成功。主人公ポール役にはフロリダ州立大学時代にアメフトの花形選手だったバート・レイノルズを口説き落とし、さらに監督として以前から組んでみたかった巨匠ロバート・アルドリッチに白羽の矢を立てる。 また、当時ジョージア州知事だったジミー・カーター(後の第39代アメリカ合衆国大統領)が本作に協力的で、ロケ地であるジョージア州立刑務所の撮影許可も特別に取ってくれたという。ところが、クラウンクインの3週間前になって突然、パラマウントから一方的に制作中止の通達が出たのだそうだ。最終的にルディが押し切る形で撮影開始されたのだが、なにしろ当時は「スポーツ映画は当たらない」が定説だったうえ、監督はこのところ興行的に失敗作続きのアルドリッチ、主演は人気沸騰中のセックス・シンボルとはいえ映画の一枚看板としては未知数のバート・レイノルズということで、スタジオ側としては当たるかどうか懐疑的だったのだろう。 どこか肩の力が抜けたように感じられるアルドリッチの演出は、もしかすると本作ではプロデュース面にタッチせず、雇われ監督に徹することが出来たからかもしれない。その語り口はまさに奇妙洒脱。『残虐全裸女収容所』(’72)などのB級映画でお馴染みのクール・ビューティ、アニトラ・フォードが無駄に肌を露出し、パトカーとのカーチェイスから酒場での乱闘へとなだれ込むタイトル前のオープニング・シークエンスだけを見ても、本作が純然たる男性向けプログラム・ピクチャーであることがよく分かる。基本的にシリアスな本作がしばしばコメディと呼ばれるのは、この圧倒的なノリの良さに依るところが大きいと言えよう。さらに、後半のアメフト・シーンでは、アルドリッチにしては珍しくスプリット・スクリーンを多用し、スポーツ映画としての臨場感と高揚感をガンガンと煽っていく。当時50代半ばを過ぎたベテラン監督とは思えないような若さだ。 トップスターとしての地位を確立したバート・レイノルズ 主演のバート・レイノルズは当時ジョン・ブアマンの『脱出』(’72)でブレイクしたばかり。雑誌「コスモポリタン」に掲載された胸毛ボーボーのヌード・グラビアも話題となり、一躍セックス・シンボルとして時の人となったものの、まだどこかイロモノ扱いされているところがあり、前年の『白熱』(’73)と本作の連続ヒットでようやくトップスターとしての地位を確立することとなった。 その相棒である便利屋ファレルには、『ティーン・ウルフ』(’85)のお父さん役でお馴染みのジェームズ・ハンプトン、ビーハイブ・ヘアのエロい所長秘書役には当時まだ無名だったブロードウェイの大女優バーナデット・ピータース。どちらもバート・レイノルズの親しい友人で、彼の推薦によってキャスティングされたという。また、ポールを脇で支える温厚で頼りになるネートを演じるマイケル・コンラッドは、本作で知名度を上げて後にテレビ『ヒルストリート・ブルース』で2度のエミー賞に輝く。 悪役のヘイズン所長を演じるのは名優エディ・アルバート。『ローマの休日』(’53)や『オクラホマ!』(’55)など善人のイメージが強い人だけに、外面だけは良い独善的な卑怯者という役柄は妙に説得力がある。さらに、その腰巾着でサディスティックな看守長クナウアー役のエド・ローターも超はまり役。この人も善人から悪人まで幅広く演じられる優れた性格俳優で、本作を機にヒッチコックの『ファミリー・プロット』(’76)などで重要な脇役を任せられるようになる。 そうそう、007シリーズのジョーズ役で有名になるリチャード・キールが、体はデカいけどお人好しな囚人サムソン役で顔を出しているのも要注目。彼は本作の撮影中にコインランドリーで知り合った地元の女性と結婚したのだそうだ。なお、終盤のアメフト・シーンで65番のユニフォームを着ている囚人チームの選手(カメラに向かってブラドヌールのジェスチャーをする)は、バート・レイノルズの実弟ジム・レイノルズである。 ちなみに、オープニングでポールがパトカーとチェイスを繰り広げる車は1973年型のシトロエンSM。撮影では実際にバート・レイノルズ本人が、盟友ハル・ニーダムの指導のもとで運転している。結局、クラッシュした挙句に水没してしまうわけだが、よく映像を見ると車体後部に引き上げ用のワイヤーがはっきりと映っている。なにしろ高級車なので廃棄処分するには忍びないということで、撮影終了後にコレクターへ売却されたのだそうだ。■ 『ロンゲスト・ヤード(1974)』Copyright © 1974 by Long Road Productions. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2020.03.04
メルヴィルのノワール美学を最初に確立した傑作ギャング映画。『いぬ』
裏社会に生きる男たちの友情と裏切りと哀しい宿命 フレンチ・ノワールの巨匠ジャン=ピエール・メルヴィルが生んだ“最初の傑作”とも呼ばれる映画である。メルヴィルといえば、マイケル・マンにウォルター・ヒル、ウィリアム・フリードキン、ジョン・ウー、リンゴ・ラム、キム・ジウン、パク・チャヌク、そして北野武に至るまで、世界中の映画監督に多大な影響を与えたウルトラ・スタイリッシュな演出とダークな映像美で知られているが、その「メルヴィル・スタイル」を最初に確立した作品が、裏社会に生きる男たちの友情と裏切りと哀しき宿命を描いたギャング映画『いぬ』(’63)だった。 原題の「Le doulos」とはフランス語で「帽子」を意味するスラングだが、同時に裏社会では「密告屋」の意味も兼ねるという。日本語タイトルの「いぬ」はそこから来ている。舞台はパリのモンマルトル。6年の刑期を終えて出所した強盗犯モーリス(セルジュ・レジアニ)が、かつての仲間ジルベール(ルネ・ルフェーヴル)のもとを訪ねるところから物語は始まる。服役中も支えてくれたジルベールを躊躇することなく射殺し、彼が直近の強盗仕事で稼いだ宝石類や現金を奪って、拳銃と一緒に街灯の下へ埋めるモーリス。そこへ、ジルベールのボスであるアルマン(ジャック・デ・レオン)とヌテッチオ(ミシェル・ピッコリ)が宝石を回収するため現れるが、モーリスはうまいこと逃げおおせる。 モーリスがジルベールを殺した理由は、服役中に妻アルレットを口封じのため殺害した犯人が彼だったから。友情に厚く裏社会の仁義を重んじるモーリスだが、それゆえ裏切り者に対しては容赦なく、復讐は必ず成し遂げる執念深い男だ。愛人テレーズ(モニーク・エネシー)のアパートに居候している彼は、新たな強盗計画を準備している。協力者は親友シリアン(ジャン=ポール・ベルモンド)とジャン(フィリップ・マルシュ)、レミー(フィリップ・ナオン)の3人だ。シリアンとジャンが手はずを整え、モーリスとレミーが実行に移す。ところが、計画通りに大豪邸へ押し入ったモーリスとレミーだったが、気付くとなぜか警官隊によって包囲されており、慌てて逃亡を図るもののレミーが射殺され、モーリスもサリニャーリ警部と相撃ちで重傷を負ってしまう。その頃、シリアンはテレーズの部屋へ押し入って犯行先の住所を聞き出していた。 ジャンの自宅で目を覚ましたモーリス。ジャンの妻アニタ(ポーレット・ブレイル)に介抱してもらうが、しかしどうやって彼が犯行現場からここまで運ばれたのか彼女は知らず、モーリス本人も意識を失っていたため記憶にない。それよりも誰が警察に密告したのか。レミーはサリニャーリ警部に殺されたし、ジャンは妻に頼んで自分を匿ってくれている。シリアンが警察の「いぬ」だという噂を耳にしたことはあったものの、無二の親友ゆえ頑なに信じようとしなかったモーリスだが、しかしこうなっては彼が密告屋だと考えざるを得ない。しかも新聞報道によると、テレーズが崖から車ごと転落して死んだという。これもシリアンの犯行かもしれない。猛烈な怒りと復讐心に駆られたモーリスは、自分の身に何か起きた時のため宝石を埋めた場所をアニタに伝え、シリアンの行方を探し始めるのだが、しかし警察のクラン警部(ジャン・ドザイー)によって逮捕されてしまう。 一方、シリアンはモーリスがジルベールから奪って埋めた宝石と現金、拳銃を秘かに掘り起こし、そのうえでかつての恋人ファビエンヌ(ファビエンヌ・ダリ)に接触する。今はヌテッチオの愛人となっているファビエンヌに、ジルベール殺しの犯人はアルマンとヌテッチオの2人だと吹き込むシリアン。「お前も今みたいな愛人暮らしなんて嫌だろう」「やつらを始末して俺と一緒にならないか」とファビエンヌに持ち掛けた彼は、アルマンとヌテッチオを罠にはめようと画策する。果たしてその意図とは一体何なのか、そもそもシリアンは本当に警察の「いぬ」なのか…? 偶然の積み重ねから実現した企画 極端なくらいにモノクロの陰影を強調した撮影監督ニコラ・エイエの端正なカメラワークと、厳格なまでにハードボイルドでストイックなメルヴィルの語り口にしびれまくる正真正銘のフレンチ・ノワール。セリフの多さが今となってはメルヴィルらしからぬと感じる点だが、しかしシーンの細部まで時間をかけて描いていくところや、日本の侘び寂びの概念にも通じる空間の取り方などは、まさしくメルヴィル映画の醍醐味。それまでにも『賭博師ボブ』(’56)や『マンハッタンの二人の男』(’59)でノワーリッシュな題材に挑んでいたメルヴィルだが、しかしその後の『ギャング』(’66)や『サムライ』(’67)、『仁義』(’70)、『リスボン特急』(’72)といった代表作に共通する、トレードマーク的な演出スタイルを初めて総合的に完成させた映画は本作だったと考えて間違いないだろう。 原作はフランスの大手出版社ガリマール傘下の犯罪小説専門レーベル、セリエ・ノワールから’57年に出版された作家ピエール・ルズーの同名小説。その校正刷りを手に入れて読んだメルヴィルはたちまち魅了され、自らの手で映画化することを望んでいたが、しかし密告屋と疑われる主人公シリアンに適した役者に心当たりがなく、これぞと思える人材と出会うまで企画を温存しておこうと考えたそうだ。それから3年後、メルヴィルは彼を心の師と仰ぐジャン=リュック・ゴダールの出世作『勝手にしやがれ』(’60)に俳優として出演し、そこで2人の人物と知り合って意気投合する。それが、同作のプロデュースを手掛けた新進気鋭の製作者ジョルジュ・ドゥ・ボールガールと主演俳優ジャン=ポール・ベルモンドだ。 ゴダールやジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダらの名作を次々と手がけ、ヌーヴェルヴァーグの陰の立役者となったボールガールは、当時イタリアの大物製作者カルロ・ポンティと組んでオーム・パリ・フィルムという制作会社を経営していた。『勝手にしやがれ』でメルヴィルと知遇を得た彼は、第二次世界大戦下のフランスを舞台に若き神父とレジスタンス女性の愛を描いたメルヴィル監督作『モラン神父』(’61)をジャン=ポール・ベルモンドの主演でプロデュース。続いてクロード・シャブロルの『青髭』(’63)を準備していたボールガールだったが、撮影に入る直前に共同製作者が突然降板したため予算不足に陥ってしまう。そこで彼は、手元にある資金で確実に当たる低予算の娯楽映画を急ピッチで製作し、そこから得た利益を『青髭』の予算に充てることを思いつき、その大役をメルヴィルに任せることにしたのだ。 ボールガールからメルヴィルに提示された条件は、当時すでにフランス映画界の若手トップスターとなっていたジャン=ポール・ベルモンドを主演に起用すること、そしてフランス庶民に絶大な人気を誇るセリエ・ノワールの犯罪小説シリーズから原作を選んで映画化することだった。当然、メルヴィルが選んだのは以前から目星をつけていた『いぬ』である。しかも、前作『モラン神父』で組んだベルモンドは主人公シリアンのイメージにピッタリだった。彼にとってはまさしく千載一遇のチャンス到来である。すぐさま脚本の執筆に取り掛かったメルヴィルは、’62年の晩秋から冬にかけて撮影を行い、翌年2月の劇場公開に間に合わせるという超速スケジュールを敢行。結果的に当時のメルヴィルのキャリアで最大のヒットを記録し、一か八かの賭けに出たボールガールも無事に『青髭』の製作費を確保することが出来たのである。 メルヴィル映画のアンチヒーロー像を体現したベルモンド 小説版の基本的なプロットだけを残し、それ以外は自由自在に脚色したというメルヴィル。先述したような洗練されたビジュアルの美しさもさることながら、誰が密告者で誰が嘘をついているのか、友情と裏切りと疑心暗鬼の渦巻く一連のストーリーの流れを、警察の「いぬ」と疑われたシリアンと彼への復讐に燃えるモーリス、それぞれの視点から交互に描きつつ、やがて予想外の真相へと導いていく脚本の構成が実に見事だ。蓋を開けてみれば「なるほど、そういうことか」と思えるものの、しかしそこへ辿り着くまでに観客の目を欺き翻弄していくメルヴィルの手練手管には舌を巻く。また、シリアンが警察署で尋問を受けるシーンも、実はおよそ10分近くにも及ぶワンカット撮影なのだが、あえてそうと観客に気付かせない巧みな演出に感銘を受ける。 常にクールで無表情、何を考えているか分からない謎めいた男シリアンを演じるジャン=ポール・ベルモンドも、ゴダールのヌーヴェルヴァーグ映画やフィリップ・ド・ブロカのアクション映画などで見せるエネルギッシュな個性とは全く異なる、メルヴィル映画らしいダンディなアンチヒーロー像を体現していてカッコいい。興味深いのは、トレンチコートに中折れ帽を被ったそのいで立ちが、長年のライバルと目されていた『サムライ』のアラン・ドロンと酷似している点であろう。そもそも、シリアンとモーリスの2人の主人公が鏡に向かって帽子を整えるシーンを含め、本作には後の『サムライ』を彷彿とさせるムードが色濃い。そういう意味でも、メルヴィル・ファンであれば見逃せない作品だ。 しかし、恐らく本作で最も印象深いのはモーリス役を演じるセルジュ・レジアニであろう。冷酷非情な犯罪者でありながら、その一方で暗黒街の掟や仁義を何よりも尊重する、まるで日本の任侠映画に出てくるヒーローのような男。アメリカの古い犯罪映画だけでなく、黒澤明や溝口健二などの日本映画も熱愛したメルヴィルならではのキャラクターだ。ジャック・ベッケルの『肉体の冠』(’51)でレジアニを見て以来、いつか一緒に仕事をしたいと熱望していたメルヴィルは、決して感情を表に出すことなく抑制を効かせた彼の芝居を高く評価していたという。ベルモンドが役作りをする際にも、メルヴィルはレジアニをお手本にするよう指導したとされる。しかし、あまりにもメルヴィルがレジアニばかりを褒めるものだから、すっかりベルモンドはへそを曲げてしまったらしく、直後に撮影された次回作『フェルショー家の長男』(’63・日本未公開)を最後に2人は袂を分かつこととなる。 なお、メルヴィルは『ギャング』の主人公役にもレジアニを起用しようと考えたが、紆余曲折あってリノ・ヴァンチュラを代役として立てることに。やはり、ビッグネームとは言えないレジアニに、映画の看板を背負わせるのは難しかったのだろう。その後、レジスタンス映画『影の軍隊』(’69)の脇役としてレジアニを使ったメルヴィルだが、彼らのコラボレーションもそれっきりとなってしまった。■ 『いぬ』© 1962 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A.
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COLUMN/コラム2020.03.31
巨匠コルブッチの作家性を語るうえで重要なマカロニ西部劇の佳作。『スペシャリスト(1969)』
実は『殺しが静かにやって来る』の姉妹編!? リアルタイムでは過小評価されながらも、今やマカロニ西部劇ファンの間ではセルジオ・レオーネとも並び称される巨匠セルジオ・コルブッチ。西部劇を通して人間の欲望と暴力に彩られたアメリカという国の裏歴史を炙り出そうとしたレオーネに対し、コルブッチは西部劇を現代社会の腐敗や不条理を映し出す暴力的な寓話として描いた。そんな彼の代表作といえば、『続・荒野の用心棒』(’66)と『殺しが静かにやって来る』(’68)。これには誰も異論がないだろう。そして、不幸にも長いこと見過ごされてきたものの、実はその『殺しが静かにやって来る』の姉妹編的な存在であり、なおかつコルブッチの作家性を語るうえで重要な作品のひとつが、この『スペシャリスト』(’69)である。 舞台は山々に囲まれた緑豊かなアメリカ北西部。全米に悪名を轟かせる凄腕のガンマン、ハッド・ディクソン(ジョニー・アリディ)が、生まれ故郷の田舎町ブラックストーンへと戻って来る。無実の罪で処刑された兄チャーリーの死の真相を突き止めるために。この付近ではエル・ディアブロ(マリオ・アドルフ)率いるメキシコ人の盗賊団が治安を脅かしており、銀行頭取の未亡人ヴァージニア(フランソワーズ・ファビアン)は、幼馴染でもあるチャーリーに銀行の現金をダラスへ運ばせたのだが、その道中で大怪我をしたチャーリーが発見され、彼が持っていたはずの現金は忽然と消えてしまった。そして、銀行に全財産を預けていた町の住民たちは、チャーリーが現金を奪ってどこかに隠したものと決めつけ、怒りのあまり暴徒と化して嬲り殺してしまったのだ。要するに私刑(リンチ)である。 そんなハッドを出迎えたのは、非暴力主義者の保安官ギデオン(ガストーネ・モスキン)。この町での暴力沙汰は二度と御免だと考えるギデオンは、拳銃の所持を厳しく禁止しており、ハッドもまた例外なく拳銃を没収される。しかし、町の住民は彼が自分たちに復讐するつもりではないかと警戒し、何者かに雇われた殺し屋たちが次々とハッドの命を狙う。一方、ヴァージニアをはじめとする町の有力者たちは、ハッドを利用して行方不明となった現金の在処を探し出し、それが済んだあかつきには彼を始末しようと考えている。そればかりか、エル・ディアブロ一味やよそ者のヒッピー(!?)たちも現金の行方を虎視眈々と狙っていた。果たして、いったい誰がチャーリーを陥れたのか、そして多額の現金はどこに隠されているのか…? 西部劇なのにヒッピーが登場! マカロニ・ウエスタンと言えば、その大半がメキシコ国境付近の荒れ果てた砂漠地帯を舞台とし、主にスペインのアルメリア地方で撮影されていたことは有名だが、しかし本作は『殺しが静かにやって来る』と同じくフレンチ・アルプスでロケされており、まるでテレビ『大草原の小さな家』のような美しい大自然が背景に広がる。マカロニらしからぬルックだ。また、『殺しが静かにやって来る』ではルイジ・ピスティッリが狡猾な銀行頭取ポリカットを演じていたが、本作で登場する銀行頭取の未亡人ヴァージニアの姓もポリカット。もしかして、これは後日譚なのか…?などと勝手な想像も膨らむ。ブラックストーンの町並みもローマ郊外にあるエリオス・フィルムの西部劇セットを使用。かように『殺しが静かにやって来る』との共通点は少なくない。まあ、エリオス・フィルムの西部劇セットに関しては、『続・荒野の用心棒』をはじめコルブッチの西部劇には欠かせないロケーションなのだけれど。 また、コルブッチ作品では往々にして無法者が世の不条理を正すヒーローとなり、本来尊敬されるべき社会的地位の高い人々が強欲で卑劣な悪人、一般市民もまた偽善的な日和見主義者として描かれることが多いのだが、本作は特にその傾向が強い。なにしろ、町を支配する有力者も善良なはずの市民もみんな金の亡者。金銭欲に駆られればリンチで人を殺すことすら厭わない。反対に、どんな時も冷静で正直で良識的なのは、売春婦や黒人奴隷、墓堀人など、普段は一般社会から爪弾きにされている弱者たちだ。コルブッチは『続・荒野の用心棒』や『殺しが静かにやって来る』などでも、世間から後ろ指をさされる底辺の人々に対し、ことさらシンパシーを寄せている。そして、『殺しが静かにやって来る』の保安官がそうであったように、本作の非暴力主義を掲げるギデオン保安官もまた、清廉潔白な理想主義者であるがゆえに最も無力な存在として描かれる。 こうした善悪の逆転したコルブッチの人間描写は、その根底にアメリカ的な資本主義や物質主義、拝金主義に対する彼の強い嫌悪感があることは間違いないだろう。さらにいえば、そうした社会的構造を土台として現代社会に蔓延する、権威主義や経済格差、汚職や差別など、あらゆる不正義に対する皮肉と風刺精神が感じられる。いわば、社会が偽善的で腐りきっているからこそ、ハッドのように筋の通った男はそこからドロップアウトせざるを得ないのだ。その視点は極めて左翼的である。なにしろ、本作が作られた’60年代末は革命の季節。メキシコ三部作と呼ばれる左翼色の強いマカロニ・ウエスタンを撮っていた人だけに、コルブッチが革命世代に共鳴する形で本作を撮ったと考えても不思議はなかろう。 ただ、そうなると興味深いのはヒッピー風の若者たちの描写である。そもそも西部劇にヒッピーってどうなのよ?と言いたいところだが、しかしコルブッチは意図して本作に彼らを登場させている。’71年にフランスの映画雑誌「Image et Son」に掲載されたインタビューによると、コルブッチは映画『イージー・ライダー』(’69)が大嫌いで、ヒッピーやドラッグを嫌悪していたそうだ。つまり、そうしたカウンター・カルチャーへのアンチテーゼとして、表層的にアウトローを気取るだけの無軌道で軟弱なヒッピーたちを西部劇の世界に投入したのだ。ファシスト政政権下のイタリアで育ち、青春時代に第二次世界大戦を経験した、いわば“パルチザン世代”のコルブッチにしてみれば、当時の革命世代の若者たちが掲げる理想には共鳴しても、彼らのやり方は軽薄短小に感じたのかもしれない。 本来の主演はリー・ヴァン・クリーフだった! ちなみに、実はもともとコルブッチ監督とリー・ヴァン・クリーフの初顔合わせとして企画がスタートしたという本作。ストーリーのアイディアにも、ヴァン・クリーフの提案が採用されていたそうだ。ところが、フランス側の出資者が主演に推したのは、当時フランスのみならずヨーロッパで絶大な人気を誇ったロック・シンガー、ジョニー・アリディだった。“フランスのエルヴィス”とも呼ばれたアリディは、57年間のキャリアで1億1000万枚ものレコードを売り上げたスーパースター。しかも当時はその人気の絶頂期で、日本でも大ヒットした『アイドルを探せ』(’63)を筆頭に、数多くの映画にも出演していた。とはいえ、俳優としては正直なところ大根。決して芝居の巧い人ではない。ただ、そのニヒルでクールな反逆児的ルックスはとても画になり、しかも本作では感情表現が必要とされるドラマチックなシーンも少ないため、寡黙で謎めいた凄腕ガンマン、ハッド役にはうってつけだったと言えよう。 一方、ファム・ファタール的なヒロインのヴァージニアを演じているのは、エリック・ロメール監督の『モード家の一夜』(’69)で有名なフランス女優フランソワーズ・ファビアン。若い頃はいまひとつキャリアが伸びず、中年になってから上品な大人の色香で人気を集めた遅咲きの女優さんだが、本作では珍しくヌードシーンまで披露している。というか、基本的にコルブッチはエロスや恋愛の要素にあまり関心がなかったので、彼の西部劇映画に女性のヌードが登場すること自体が異例だったと言えよう。ただ、彼女がレイプされるシーンはもともと脚本になかったらしく、撮影時はコルブッチと激しい口論になったらしい。 ギデオン保安官役のガストーネ・モスキンは、『黄金の七人』(’65)シリーズの泥棒や『暗殺の森』(’70)の捜査官でお馴染みの名脇役。『ゴッドファーザーPARTⅡ』(’72)ではリトル・イタリーの恐喝屋ドン・ファヌッチを演じていた。また、『ダンディー少佐』(’65)や『ブリキの太鼓』(’78)で有名なイタリア系スイス人の怪優マリオ・アドルフが、フェルナンド・サンチョ的なメキシコ盗賊のリーダー、ドン・ディアブロ役で登場し、その豪快かつアクの強い芝居で主役のアリディを食っている。ちなみに、酒場のギャンブラー、キャボット役のジーノ・ペルニーチェは、『続・荒野の用心棒』の生臭坊主ならず生臭宣教師を演じて以来、コルブッチ作品の常連だった俳優だ。 というわけで、本来であればリー・ヴァン・クリーフがハッド役を演じるはずだったものの、大人の都合でジョニー・アリディが起用されたことによって、コルブッチとヴァン・クリーフの夢の初タッグは幻となってしまい、残念ながらその後実現することはなかった。また、本作自体がコルブッチのフィルモグラフィーの中で埋もれてしまい、なおかつ長いこと画質の悪いソフトしか出回っていなかったことから、近年になるまで正当な評価を受けてこなかったことは惜しまれる。■ 『スペシャリスト(1969)』©1970- ADELPHIA CINEMATOGRAFICA - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - NEUE EMELKA
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COLUMN/コラム2020.04.07
詩人ジャン・コクトーの芸術美学が詰め込まれた“大人のための御伽噺”。『美女と野獣(1946)』
原作『美女と野獣』とは…? フランスを代表する詩人であり小説家にして、戯曲家、画家、彫刻家、映像作家などなど、芸術的な好奇心と想像力の赴くままに様々な分野で類稀なる才能を発揮し、20世紀フランスの芸術文化に偉大な足跡を残した天才ジャン・コクトー。その彼が、第二次世界大戦の悪夢によって荒廃した人心を癒す“大人のための御伽噺”として制作し、後のディズニー・アニメ版『美女と野獣』(’91)にも少なからず影響を与えた作品が、この溜息が出るほどに幻想的で耽美的で、ほのかに官能的ですらある元祖映画版『美女と野獣』(’46)である。 原作は18世紀のフランス貴族ヴィルヌーヴ夫人が、1740年に発表した同名の御伽噺。『妖精物語』で知られるドーノワ夫人を筆頭に、17世紀後半~18世紀のパリ社交界では貴族のご婦人方が子供向けの御伽噺を出版することが流行った。それは一見したところ裕福な貴族女性の道楽みたいなものだったが、しかし同時に当時の封建的な貴族社会に対する彼女たちなりのささやかな抵抗という側面もあったと言えよう。しばしば彼女たちは、御伽噺のストーリーに家父長制や男女の不平等に対する痛烈な風刺を込め、抑圧された女性ならではの不満や願望をファンタジーの世界に投影していた。実際、ヴィルヌーヴ夫人の執筆したオリジナル版『美女と野獣』では、ベルおよび野獣それぞれの生い立ちに関する“秘密”が描かれているのだが、そこには当時の貴族社会で当たり前だった政略結婚への不満や、女性の経済的・社会的な自立に対する強い願望が見て取れる。 ただし、現在広く知られている『美女と野獣』の物語は、ヴィルヌーヴ夫人版を簡潔に短縮したボーモン夫人版である。ロンドン在住のフランス人家庭教師だったボーモン夫人は、教え子たちに読み聞かせることを念頭に置いて、自己流にアレンジした『美女と野獣』を1756年に出版。その際に彼女は原典の風刺的な要素をざっくりと取り除き、登場人物や設定をシンプルにすることで、典型的なシンデレラ・ストーリーとしてまとめ上げたのである。その粗筋はこうだ。 とある屋敷に住む裕福な商人には、3人の息子と3人の娘がいる。息子たちは兵隊に出ていて留守。娘たちはいずれも器量良しだったが、しかし最も美しいのは知的で心優しい末っ子のベルで、そのため傲慢で見栄っ張りな姉たちは彼女のことを嫌っていた。あるとき町へ向かった商人は、その帰り道に夜の暗い森で迷ってしまう。たまたま見つけた無人の城で温かい食事にありついた彼は、ベルが土産にバラの花を欲しがっていたことを思い出し、庭に咲いているバラを1輪摘んで持ち去ろうとしたところ、そこに城の主である野獣が現れた。恩を仇で返すのかと商人に迫る野獣は、命と引き換えに娘を差し出すよう要求。帰ってきた父親から話を聞いたベルは、自分が身代わりになろうと野獣のもとへ赴く。彼女の美しさに平伏す野獣。はじめこそ野獣の醜い姿を見て慄くベルだったが、やがて彼の純粋な心に惹かれていく。だが、大好きな父親に会いたい気持ちは募るばかり。そこで彼女は、1週間という期限付きで実家へ戻ることとなる。ところが、意地悪な姉たちはベルを引き留めようと画策。自分の不在中に野獣が衰弱していると知ったベルは、すぐに城へ戻って瀕死の野獣に愛を告白する。そのとたん、呪いの解けた野獣は彼女の目の前でハンサムな王子様に戻り、2人は結婚して末永く幸せに暮らしました…というわけだ。 コクトーと盟友ベラールの作り上げた幻想美の世界 そんな18世紀の古典的な御伽噺を、初めて長編劇映画化したのがジャン・コクトー。基本的な設定やストーリーはボーモン夫人版に忠実だが、最大の違いはヒロインのベル(ジョゼット・デイ)に横恋慕する美青年アヴナン(ジャン・マレー)の存在であろう。映画版に登場する商人の子供たちは娘3人に息子が1人。その放蕩息子ルドビック(ミシェル・オークレール)の悪友がアヴナンだ。ベルが1週間の約束で実家へ戻って来た際、2人の姉はお姫様のような美しい身なりの妹に嫉妬し、多額の借金を抱えたルドビックは野獣(ジャン・マレー2役)の城に眠るという財宝に関心を示すわけだが、ベルが野獣に心惹かれていると気付いたアヴナンは彼らを焚きつけ、野獣を殺して財宝を奪おうと計略を立てる。醜い容姿に美しい心を持つ野獣と、美しい容姿に醜い心を持つアヴナン。この両者を対比させることによって、コクトーは本作を単なるシンデレラ・ストーリーではなく、より深い示唆に富んだ純愛ドラマへと昇華させていると言えよう。 コクトーが本作の構想を練り始めたのは戦時中のこと。詩人として夢や空想の世界を通して真実を語ることを信条としていた彼は、ナチ・ドイツの侵略を受けたうえ、激しい戦火に見舞われ疲弊しきったフランス国民に必要なのはファンタジーだと考え、幼い頃に乳母から語り聞かされた『美女と野獣』の映画化を思いついたのだという。脚本が完成したのは終戦間際の’44年3月。野獣と王子、そしてアヴナンの3役は、当時コクトーの恋人でもあった二枚目俳優ジャン・マレーを当初から想定していた。映画会社ゴーモンとの交渉にはマレーのほか、当初からベル役を熱望していた女優ジョゼット・デイや作曲家ジョルジュ・オーリックらも同席し、’45年6月より撮影がスタートすることとなる。ところが、しばらくしてゴーモンからの出資が役員会議によって反故にされてしまった。理由は「モンスターの出てくる映画など当たるはずがない」から。やはり、当時のファンタジー映画に対する認識・評価はその程度のものだったのだろう。 そこでコクトーが企画を持ち込んだのが、脚本を手掛けた映画『悲恋』(’43)のプロデューサーだったアンドレ・ポールヴェ。脚本の読み合わせに同席した夫人が感動で涙を流したことから、妻の意見を尊重するポールヴェが自身のプロダクションでの制作を決めたと伝えられている。こうしてゴーサインの出た『美女と野獣』だったが、しかし戦前に50分強の中編実験映画『詩人の血』(’30)を発表していたとはいえ、コクトーにとって本格的な長編劇映画を演出するのはこれが初めて。しかも、大掛かりなセットや衣装、特殊効果を駆使するファンタジー映画である。自分一人では心もとないと感じたコクトーは、当時処女作『鉄路の闘い』(’46)を準備中だったルネ・クレマンにテクニカル・アドバイザーとして演出のサポートを依頼。さらに、コクトー自身が全幅の信頼を置く親友の一人、クリスチャン・ベラールに、本作で最も重要な位置を占める美術セットと衣装のデザインを任せることにする。 もともとシュールレアリスムの画家としてキャリアをスタートしたクリスチャン・ベラールは、ココ・シャネルやニナ・リッチなどのファッション・イラストレーター、クリスチャン・ディオールのショップ・デザイナー、バレエ・リュスのポスター・デザイナーとして活躍した人物だが、特に評価が高かったのは舞台演劇における豪華絢爛で想像力豊かな美術や衣装のデザインだった。そんな彼が知人を介してコクトーと知り合ったのは’25~’26年頃。どちらも当時はまだ珍しいオープンリー・ゲイだった2人は、芸術的な感性が似通っていたこともあり意気投合し、コクトーは自身の舞台劇の美術と衣装を彼に任せるようになる。映画未経験のベラールを『美女と野獣』のスタッフに加えることに現場からは異論もあったそうだが、しかし自身のイマジネーションを具現化するために必要不可欠な存在であることから、コクトーは周囲の反対を押し切って彼を起用したという。野獣の特殊メイクデザインも実はベラールの仕事。いわば作品全体のビジュアル・コンセプトを一任されたわけで、本作のオープニングでベラールが「イラストレーター」としてクレジットされている理由はそこにある。 本作でコクトーがベラールを介して表現しようとしたのは、その神秘的な作風が日本でも人気の高い版画家ギュスターヴ・ドレがシャルル・ペローの童話集のために制作した挿絵の世界観。実際、野獣の棲む森や城のシーンには、ドレのイラストにソックリなショットが幾つも出てくる。また、ベルが暮らす実家ののどかな日常風景は、ヨハネス・フェルメールやピーテル・デ・ホーホといったオランダ黄金時代の画家からインスピレーションを得た。女性たちが身にまとう豪奢なコスチュームは、まるでベラスケスやゴヤなど宮廷画家たちの肖像画を彷彿とさせる。廊下の壁から生えた人間の手が燭台を支えていたり、暖炉を囲む彫刻がよく見ると本物の人間だったりと、独創的かつ奇抜な美術セットのデザインにも驚かされる。 そんな摩訶不思議なダーク・ファンタジー的世界を、モノクロの陰影を強調した照明と流れるように滑らかなカメラワークで幻想的に捉えたのが、『ローマの休日』(’53)や『ベルリン・天使の詩』(’87)でも知られる名カメラマン、アンリ・アルカン。コクトーは当初、『詩人の血』で組んだジョルジュ・ペリナルを希望していたが、スケジュールが合わないためクレマンの推薦するアルカンが起用された。この夢と現実の狭間を彷徨うかのごとき、マジカルでシュールレアリスティックな映像美こそ、本作が数多の子供向けファンタジー映画と一線を画すポイントと言えよう。また、コクトーが庇護した作曲家集団「フランス6人組」の一人、ジョルジュ・オーリックによる華麗な音楽スコアもロマンティックなムードを高める。 こうして完成した『美女と野獣』は、出品されたカンヌ国際映画祭でこそ受賞を逃したものの、批評家からも観客からも大絶賛され、権威あるルイ・デリュック賞にも輝く。あのウォルト・ディズニーも本作の高い完成度にいたく感銘を受け、当時構想していた『美女と野獣』のアニメ化企画を諦めたと言われる(その40数年後に映画化されるわけだが)。当のコクトー自身は初めての長編劇映画ゆえ、どう受け取られるのか心配だったらしく、初号試写では緊張のあまり隣に座った親友マレーネ・ディートリヒの手を握りしめ続けていたそうだ。面白いのは、当時は心優しい野獣に同情や親しみを感じるあまり、最後にハンサムな王子様へ変身したことを不満に思う観客も少なくなかったらしい。あの大女優グレタ・ガルボが「私の野獣を返して!」と言ったのは有名な逸話だが、実際に観客からも抗議の手紙が多数舞い込んだそうだ。 これだけある!バラエティ豊かな映像版『美女と野獣』 ちなみに、恐らく今の日本の映画ファンにとって『美女と野獣』といえば、ディズニーによる’91年のアニメ版と’17年の実写版が最も親しまれていると思うが、このコクトー版の大成功を皮切りに、これまで数多くの映画化作品が作られている。その一つが、B級モンスター映画で有名なエドワード・L・カーン監督が撮った『野獣になった王様』(’62)。これは日没とともに野獣となってしまう呪いをかけられた若き王様が、王座を狙う宮廷内の陰謀をかわしつつ、心美しき婚約者のお姫様の愛によって救われるという、原作を大胆に改変したファンタジー映画で、特殊メイクをユニバーサル・ホラーで有名なジャック・ピアースが手掛けていることもあり、野獣が狼男にしか見えないという珍品であった。 ほかにも、ジョン・サヴェージとレベッカ・デモーネイが主演したキャノン・フィルム版『Beauty and the Beast』(’87・日本未公開)は、原作をミュージカル仕立てでほぼ忠実に再現した正統派。フランスでもヴァンサン・カッセルとレア・セドゥを主演に迎えた『美女と野獣』(’14)が作られている。さらに、『美女と野獣』のコンセプトを現代に置き換えた、ヴァネッサ・ハジェンズとアレックス・ペティファー主演の青春ファンタジー『ビーストリー』(’11)という作品もあった。現代版『美女と野獣』と言えば、’80年代に人気を博したリンダ・ハミルトン主演のテレビ・シリーズ『美女と野獣』(’87~’90)および、そのリメイクに当たる『ビューティ&ビースト/美女と野獣』(’12~’16)も忘れてはならないだろう。 また、実はボーモン夫人の原作の舞台をロシアに置き換えてアレンジした小説も存在する。それが、帝政ロシアの文学者セルゲイ・アクサーコフが1858年に出版した『赤い花と美しい娘と怪物の物語』。こちらもソ連時代に映画化され、アニメ版(’52年)と実写版(’78年)が作られているが、どちらも残念ながら日本では公開されていない。そうそう、旧東欧版『美女と野獣』といえば、チェコの鬼才ユライ・ヘルツによる『鳥獣の館/美女と野獣より』(’78)もカルト映画として有名。そのタイトルの通り、巨大な鳥の姿をした野獣のビジュアルがインパクト強烈で、ストーリー自体はボーモン夫人の原作にほぼ忠実であるものの、東欧映画独特の悪夢的な映像美がとてもユニークな作品だ。 『美女と野獣(1946)』© 1946 SNC (GROUPE M6)/Comité Cocteau
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COLUMN/コラム2020.05.06
‘80年代スラッシャー映画ブームを代表するカナディアン・ホラー『プロムナイト』
『プロムナイト』を生んだカヌクスプロイテーションとは? 『ハロウィン』(’78)および『13日の金曜日』(’80)の爆発的な大ヒットによってもたらされた、’80年代のスラッシャー映画ブーム。『バーニング』(’81)や『ローズマリー』(’81)、『ヘルナイト』(’81)などなど、当時は柳の下の泥鰌的なスラッシャー映画が雨後の筍のごとく作られたものだが、その中でもブームの先陣を切る形で公開され、カナダ映画としては異例の全米興行収入1470万ドルという大ヒットを記録したのが、この『プロムナイト』だった。そう、本作は一見したところアメリカ映画のようなふりをしているが、しかし実は純然たるカナダ映画である。もともとカナダは、すぐお隣に世界最大の映画大国アメリカが存在するという地理的な理由もあってか、有能な映像作家や俳優はすぐにハリウッドへ行ってしまい、なかなか映画業界が発展できないでいた。そこで、’74年にカナダ政府は映画産業の活性化を図るために新たな税制優遇政策を施行。その結果、かつては真面目な芸術映画やドキュメンタリー映画が主流だったカナダ映画に、新たな目玉ジャンルが誕生する。それがカナダ産B級エクスプロイテーション映画、通称「カヌクスプロイテーション(カナダ×エクスプロイテーション)」だったのである。この新たなムーブメントから誕生したのが、ボブ・クラーク監督の『暗闇にベルが鳴る』(’74)やデヴィッド・クローネンバーグ監督の『ラビッド』(’77)に『スキャナーズ』(’81)、アルヴィン・ラコフ監督の『ゴースト/血のシャワー』(’80)といった一連のB級ホラー映画群。中でも、『暗闇にベルが鳴る』はスラッシャー映画の原点とも呼ばれる名作であり、同ジャンルとカナダ映画というのは、もとから切っても切れない関係にあったとも言えるだろう。本作のリチャード・リンチ監督もまた、折からのカヌクスプロイテーション映画ブームの波に乗ろうと考えていたカナダ映画人のひとり。前作のプロレス映画『Blood and Guts』(’78・日本未公開)が全くの不入りだったことから、リンチ監督は低予算でも集客の見込めるホラー映画の制作を企画。当時ロサンゼルスに滞在していた彼は、ドクターが患者を次々と殺していく『Don’t Go See the Doctor』というタイトルの脚本を書き上げ、ちょうど『ハロウィン』を大ヒットさせたばかりだったアメリカ人プロデューサー、アーウィン・ヤブランスのもとへ持ち込む。その際に彼はヤブランスから、『ハロウィン』のように“記念日”をテーマにしたらどうかとアドバイスされ、ハイスクールのプロムを題材にした『プロムナイト』のアイディアを思いついたのだそうだ。 6年前の悲劇がハイスクールのプロム・パーティを血に染める物語は1974年から始まる。4人の少年少女がとある廃墟でかくれんぼをしていたところ、たまたま通りがかった年下の少女ロビンが一緒に遊ぼうと加わるのだが、しかしみんなにからかわれて建物の2階から転落死してしまう。思いがけない出来事にビックリして立ちすくむ4人。リーダー格のウェンディは、このことを絶対に口外してはいけない、さもないと全員警察に逮捕されてしまうと言い出し、ジュード、ケリー、ニックの3人もそれに黙って従い逃げ出す。その一部始終を目撃していた人影があることにも気付かず…。それから6年後。ロビンの事件は変質者による犯行と見なされ、性犯罪歴のある男レオナード・マーチが犯人として逮捕されたのだが、そのマーチがクリーヴランドの精神病院から脱走したとの報告が入り、警察のマクブライド警部(ジョージ・トゥーリアトス)はマーチの足取りを追跡しつつ、彼が再び町へ戻って来るのではないかと警戒していた。一方、今もなお毎年、ロビンの命日に墓参りを欠かさないハモンド家の人々。高校3年生になったロビンの姉キム(ジェイミー・リー・カーティス)は、学校で一番の人気者ニック(ケイシー・スティーヴンス)と付き合っており、ケリー(メアリー・ベス・ルーベンス)やジュード(ジョイ・シンプソン)とも仲の良い友達だ。もちろん、彼らがロビンを死に至らしめたことなど知る由もない。それは弟アレックス(マイケル・タフ)とて同じこと。姉弟は最も親しい幼馴染たちに騙され続けてきたのである。ただし、ウェンディ(エディー・ベントン)だけはちょっと事情が違う。学園の女王様を気取る彼女は元恋人のニックに未練たっぷりで、誰からも好かれるキムに対してライバル心をむき出しにしていた。いよいよ迎えたプロムの当日。ウェンディ、ジュード、ケリー、ニックのもとへ正体不明の脅迫電話が届く。6年前の真相を知る何者かが、彼らへの復讐を企てているようだ。学校では、プロム・クイーン&キングに選ばれたキムとニック、さらにDJを担当するアレックスがセレモニーの準備をしている。そんな彼らを憎々しげに見つめるウェンディは、嫌われ者の問題児ルー(デヴィッド・ムッチ)と組んでセレモニーを邪魔するつもりだった。その一方で、学園内では女子トイレの鏡が何者かに破壊されるなど奇妙な出来事が相次ぎ、マクブライド警部はプロム会場にマーチが現れるのではと心配して警備に当たる。かくして、キムとアレックスの両親でもあるハモンド校長(レスリー・ニールセン)とハモンド夫人(アントワネット・バウワー)が見守る中、大勢の学生たちが集まって始まったプロム・パーティ。その裏で、一人また一人と若者たちが正体不明の殺人鬼によって殺されていく…。大ヒットの秘密はキャスティングの勝利?ということで、かつて忌まわしい事件のあったアメリカの平凡な住宅地で、正体不明の殺人鬼が10代の若者を次々と血祭りにあげていくというプロットは『ハロウィン』から、終盤でハイスクールのプロム・パーティが惨劇の場となるシチュエーションは『キャリー』から拝借していることが明白な本作。正直なところ、オリジナリティはないに等しい。また、ポール・リンチ監督自身、はじめから血みどろのスプラッターを売りにしたホラー映画ではなく、ティーン向けのライトなサスペンス・スリラーを目指したと語っている通り、当時のスラッシャー映画にしてはかなり刺激の薄い作品であることも賛否の分かれるポイントであろう。そんな本作の最大の勝因は、物語のベースとなる青春ドラマがしっかりとしていること。まあ、そこはホラー映画として本末転倒では?と思われるかもしれないが、しかしその後『こちらブル―ムーン探偵社』や『ジェシカおばさんの事件簿』、『美女と野獣』など、数々の良質なテレビ・シリーズを手掛けるポール・リンチ監督の丁寧な人間描写は手堅い。加えて、観客がすんなりと感情移入できるような若手俳優を揃えたキャスティングも良かった。中でも、主人公のキム役にジェイミー・リー・カーティスを得ることが出来たのは幸いだったと言えるだろう。 なにしろ、『ハロウィン』の大ヒットで一躍スクリーム・クィーンとなった旬のスターである。もともとキム役には別の女優が決まっていたのだが、そこでジェイミーのマネージャーからリンチ監督のもとへ電話がかかっている。『プロムナイト』の脚本を読んだジェイミーが是非出たいと言っていると。これぞまさしく渡りに船である。すぐさまジェイミーの出演が決定し、集客力のあるスターが加わったことで予算を確保することも出来た。実際、一介の低予算ホラー映画に過ぎない本作が全米規模の大ヒットを記録したのは、主演女優ジェイミー・リー・カーティスのネームバリューに依るところが大きかったと言えよう。もちろん、『13日の金曜日』が社会現象となった直後に封切られたというタイミングの良さもある。いろいろな意味で運に恵まれた映画だったのである。ところで、キムにライバル心を燃やしてプロムを台無しにしようと画策する、悪女ウェンディ役を演じている女優エディー・ベントンに見覚えのある人も少なくないかもしれない。当時、エディー・ベントン名義で数々のB級ホラーに出演していた彼女は、その後アン=マリー・マーティンと名前を変え、主にテレビで活躍するようになる。そう、日本でも話題になった犯罪コメディ『俺がハマーだ!』(’86~’88)で、問題刑事スレッジ・ハマーの相棒となる美人刑事ドリー・ドローを演じた女優アン=マリー・マーティンこそ、本作のエディー・ベントンその人なのである。彼女は本作の直後、ジェイミーが主演した『ハロウィン』の続編『ブギーマン』(’81)にも通行人役でカメオ出演している。なお、予想を遥かに上回る本作の大ヒット受け、同じくジェイミー・リー・カーティス主演作の『テラー・トレイン』(’80)や『血のバレンタイン』(’81)、『誕生日はもう来ない』(’81)、『面会時間』(’82)などなど、カナダ産のスラッシャー映画が次々と作られヒットを飛ばし、’80年代前半のカヌクスプロイテーション映画黄金期を盛り上げることとなる。そう考えると、本作がカナダ映画界に及ぼした影響は決して少なくないと言えるだろう。■ 『プロムナイト』©MCMLXXX BY GUARDIAN TRUST COMPANY (IN TRUST)
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COLUMN/コラム2020.05.06
失われたアメリカの原風景を映し出すニューシネマ的ウエスタン『夕陽の群盗』
ベトナム反戦の時代が生み出した青春群像劇アカデミー賞作品賞候補になったアメリカン・ニューシネマの傑作『俺たちに明日はない』(’67)の脚本家コンビ、ロバート・ベントンとデヴィッド・ニューマンが脚本を手掛け、ベントン自らが初めて演出も兼任した西部劇である。南北戦争時に徴兵逃れをした若者が、たまたま知り合った同世代のアウトローたちと自由を求めて西を目指して旅するものの、愚かな大人たちの作り上げた弱肉強食の醜い社会が彼らの夢と希望を打ち砕いていく。まさしくベトナム反戦の時代が生み出した、極めてニューシネマ的な青春群像劇。ハリウッドの伝統的な娯楽映画としての古式ゆかしい西部劇に対し、モンテ・ヘルマンの『銃撃』(’66)やサム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(’73)のように、開拓時代のアメリカを舞台にしつつ映像もテーマも現代的で、同時代のカウンターカルチャーを如実に映し出した西部劇のことを「アシッド・ウエスタン」と呼ぶが、この『夕陽の群盗』もそのひとつだと言えよう。舞台は南北戦争真っ只中の1863年。当時の北軍で3番目に人口規模の大きかったオハイオ州だが、しかし中西部に位置する地理的な条件から、北部諸州の中でも特に軍隊や物資の供給において重要な役割を果たし、徴兵された住民の数も総勢で32万人と、人口比率でいうと北軍では最も多かった。そのため、まだ年端も行かぬ若者まで戦場に送り出されていたのである。敬虔なメソジスト派信者であるディクソン家にも召集がかかるものの、しかし既に長男が志願して戦死しているため、両親はたった一人だけ残された次男ドリュー(バリー・ブラウン)まで兵隊に取られてはたまらないと、現金100ドルと長男の遺品である懐中時計、そして家族写真をドリューに手渡して西へ逃がすことにする。かくして、たった一人で逃亡の旅へ出ることになったドリュー。必ずや西部で財を成して両親の愛情に報いるんだという大志を抱く彼は、まずはミズーリ州のセント・ジョーゼフへと到着する。アメリカ連合国を形成した南部州と同じく奴隷州だったミズーリは、辛うじて合衆国側に留まりこそしたものの、しかし北部寄りの州議会と南部寄りの市民感情が拮抗した、いわばグレーゾーン的な地域であったため、逃避行の中継地点としては好都合だったのだろう。ここから駅馬車に乗って西へ向かうつもりだったドリューだが、しかし道端で声をかけてきた同世代の若者ジェイク(ジェフ・ブリッジス)に殴られ現金を奪われてしまう。ホームレスの少年たちを集めて窃盗グループを組織していたジェイク。メンバーは兵役逃れのロニー(ジョン・サヴェージ)とジム・ボブ(デイモン・コファー)のローガン兄弟、臆病者のアーサー(ジェリー・ハウザー)、そしてまだ11歳の生意気盛りボーグ(ジョシュア・ヒル・ルイス)と、ジェイクを含めて5人だ。いっぱしの無法者を気取っている彼らだが、しかし親切な女性を騙して財布をすったり、小さな子供たちを脅して小遣いを奪ったりと、やっていることはなんともチンケ。所詮はまだまだ半人前のお子様集団である。さて、たいした度胸はなくとも悪知恵だけは働くジェイクは、仲間の盗んだ財布を持ち主のもとへ届けて報酬を得ようとするのだが、しかしそこで偶然居合わせたドリューに見つかってしまう。盗んだ金を返せ!と執拗に迫るドリューに根負けするジェイク。そのガッツを見込んだ彼は、ドリューを仲間に引き入れて一緒に西部を目指すことになる。信心深くて生真面目なドリューと、いい加減で不真面目なジェイク。まるで水と油の2人はたびたび対立するものの、しかしやがて互いに友人として認め合う仲になっていく。ところが、少年たちが足を踏み入れた雄大な草原の広がる開拓地は、軍人崩れの極悪人ビッグ・ジョン(デヴィッド・ハドルストン)率いる正真正銘のならず者どもが略奪と殺人を繰り返す危険極まりない世界。新天地でのチャンスを求めて意気揚々と冒険の旅へ出た彼らだったが、その行く手には戦争と弱肉強食の論理によって荒廃した「自由の国」アメリカの残酷な現実が立ちはだかり、根は善良で無邪気な悪ガキたちは嫌がおうにも大人へと成長せざるを得なくなる…。 ロバート・ベントン監督の祖国愛が垣間見えるというわけで、アンチヒーロー的なアウトローたちを主人公にしているという点で『俺たちに明日はない』と共通するものがある作品だが、しかし初心で純粋なティーンエージャーの視点から、美化されたアメリカ的フロンティア精神の偽善を暴き出し、その殺伐とした醜い社会の有り様をベトナム戦争に揺れる現代アメリカのメタファーとして描くという趣向は、リチャード・フライシャー監督の『スパイクス・ギャング』に近いかもしれない。また、どことなく少年版『ミネソタ大強盗団』(’72)とも言うべき味わいと魅力も感じられ、いずれにしてもこの時代に作られるべくして作られた映画と言えるだろう。と同時に、本作は失われたアメリカの原風景に対する郷愁のようなものが全編に溢れ、それがまた無垢な少年時代に終わりを告げる若者たちの物語に豊かな情感を与えている。そこには、ベトナム戦争の時代に終止符を打つこととなった、古き良きアメリカに対するベントン監督自身の憧憬のようなものが感じられることだろう。後の『プレイス・イン・ザ・ハート』(’84)もそうだが、ベントン監督は厳しくも豊かなアメリカの大自然と、そこで強く逞しく生きる人々の日常を活写することが非常に上手い。なにしろテキサスの田舎に生まれた生粋の南部人。幼い頃から女手一つで子供たちを育てた祖母の苦労話を聞いて育った彼にとって、アメリカの大地に根を下ろして生きてきた名もなき庶民への想いを結実させたのが『プレイス・イン・ザ・ハート』だったと聞いているが、本作にもそんなベントン監督の純粋なる祖国愛(あえて愛国心という言葉は使いたくない)の片鱗が垣間見える。アカデミー賞作品賞に輝く『クレイマー・クレイマー』(’79)が大ヒットしたおかげで、都会的な映画監督というイメージが定着しているように思うが、しかし彼の映画作家としての本質はこの『夕陽の群盗』や『プレイス・イン・ザ・ハート』にこそあるのではないだろうか。主人公の一本気な若者ドリューを演じるのは、ピーター・ボグダノヴィッチの『デイジー・ミラー』(’74)にも主演したバリー・ブラウン。その相棒ジェイクには、やはりボグダノヴィッチの『ラスト・ショー』(’71)で注目されたばかりのジェフ・ブリッジスが起用されている。この、教養があって聡明だがナイーブで世事に疎いドリューと、教養がなくて愚かだが世渡り上手でズル賢いジェイクの、お互いの欠点を補い合うようにして育まれていく友情がまた微笑ましい。その後、ブリッジスはスター街道を驀進していくわけだが、その一方で複雑な家庭で育ったことからメンタルに問題を抱えていたというブラウンは、’78年に27歳という若さで自殺を遂げている。彼の2つ下の妹である女優マリリン・ブラウンも後に投身自殺してしまった。ドリューとジェイクの窃盗仲間で印象深いのは、やはりなんといっても若き日のジョン・サヴェージであろう。斜に構えたニヒルな顔つきに、どこかまだ少年っぽさを残した初々しさが魅力で、当時23歳だったが10代でも十分に通用する。また、『おもいでの夏』(’71)のオシー役で知られるジェリー・ハウザーが、臆病者で用心深い少年アーサーを演じているのも要注目だ。さらに、ならず者集団のボス、ビッグ・ジョーを『ブレージングサドル』(’74)や『軍用列車』(’75)の巨漢俳優デヴィッド・ハドルストンが演じるほか、その手下役にジェフリー・ルイスやエド・ローターといった’70年代ハリウッドのクセモノ俳優たちが揃っているのも嬉しい。冷酷非情なまでに正義の人である保安官には、往年のB級西部劇スターだったジム・デイヴィス。彼らのことを決して分かりやすい悪人や偽善者としては描かず、生存競争の激しい世の中で心の荒んでしまった、ある種の犠牲者として描いていることも本作の良心的な点だと言えよう。ちなみに、ハドルストンは後にコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキー』(’98)で、ジェフ・ブリッジスふんする主人公と名前を混同される大富豪ビッグ・リボウスキーを演じていた。■ 『夕陽の群盗』TM, ® & © 2020 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2020.06.02
昭和の特撮映画ファンに愛された賑やかで楽しいファンタジー・アドベンチャー『地底王国』
英国ホラーの名門アミカス・プロの末期を飾った「エドガー・ライス・バローズ三部作」 イギリスの独立系スタジオ、アミカス・プロダクションが製作したファンタジー・アドベンチャーである。アミカスと言えば、一時期は英国ホラーの殿堂ハマー・フィルムの最大のライバルと呼ばれた会社。アメリカ人プロデューサー、ミルトン・サボツキーとマックス・ローゼンバーグによって設立された同社は、『テラー博士の恐怖』(’65)や『残酷の沼』(’67)、『アサイラム・狂人病棟』(’72)などのオムニバス・ホラー映画に定評があったものの、しかしロマン・ポランスキー監督『ローズマリーの赤ちゃん』(’68)が大ヒットした辺りからモダン・ホラーの人気が興隆すると、伝統的な英国ホラーは徐々に時代遅れとなってしまう。当時のハマー・フィルムと同様、ホラー映画以外のジャンルにも力を入れるなど打開策を模索したアミカス。その中で最も成功したのが、この『地底王国』(’76)を含む「エドガー・ライス・バローズ三部作」である。きっかけとなったのは、バローズの名作SF小説「時に忘れられた世界」を映画化した『恐竜の島』(’75)。恐竜などの古代生物が生息する謎の島を舞台にしたこの作品は、ちょうど当時レイ・ハリーハウゼン製作の特撮アドベンチャー『シンドバッド黄金の航海』(’73)が大ヒットしたばかりだったこともあり、イギリス映画の年間興行成績ランキングでトップ20に入るという、アミカス作品としては異例の大成功を収める。そこで同社は、同じケヴィン・コナー監督、ダグ・マクルーア主演の『地底王国』、さらに『恐竜の島』の続編にあたる『続・恐竜の島』(’77)を発表。結局、この三部作を最後にアミカス・プロは倒産してしまうのだが、古式ゆかしい特撮技術を駆使したこれらの作品は世界中のファンタジー映画ファンに愛され、昭和の日本でもしょっちゅう地上波テレビで放送されていたものだ。原作はバローズの小説「地底の世界ペルシダー」。19世紀末のイギリス、天才科学者ペリー博士(ピーター・カッシング)はアメリカ人の大富豪デヴィッド・イネス(ダグ・マクルーア)から資金提供を受け、巨大ドリルを装備した地底探検用ロケット、アイアン・モールを完成させる。大勢の観衆に見送られてアイアン・モールへ乗り込み、地底探検の冒険旅行へと出かけることになったデヴィッドとペリー博士。そこで彼らが目にしたのは、独自の進化を遂げた伝説の地底王国ペルシダーだった。奇妙な形をした植物が生い茂り、見たこともない種類の巨大生物が闊歩する地底空間。そこには原始的な文明を持つ地底人が暮らしていたが、しかし彼らは爬虫類と鳥類のハイブリッドのような種族メーハーに支配され、そのメーハー族にテレパシーで操られた半人半獣のサゴス族によって奴隷のような扱いを受けていた。しかも、最終的にはメーハー族の餌になってしまう。サゴス族に捕らえられてしまったデヴィッドとペリー博士。地底人の王様ガーク(ゴッドフリー・ジェームズ)やお姫様ディア(キャロライン・マンロー)、勇敢な若者ラー(サイ・グラント)たちと知り合った2人は、やがて地底人を解放するためメーハー族やサゴス族に立ち向かっていくこととなる。『007』シリーズや『サンダーバード』のスタッフが集まった手作り感満載の特撮アミカス社長の片割れミルトン・サボツキーの手掛けた脚本は、バローズの原作をほぼ忠実に脚色しているものの、しかしいきなり地底探検へ出発するシーンから始まるなど、余計な説明や前置きの一切を排したコンパクトなスピード感が出色。とにかくサクサクとストーリーが進行し、メーハー族やサゴス族、そしてバラエティ豊かな巨大モンスターたちとの戦いをたっぷりと楽しませてくれる。また、全編に渡って屋外ロケをせず、スタジオに建設された巨大セットおよびミニチュアセットでの撮影で完結させることによって、統一感をもって地底王国の摩訶不思議な世界を再現することが出来たのも良かった。おかげで、屋外ロケとセットの雰囲気の違いが露骨だった『恐竜の島』に比べて、アナログな特撮シーンとの合成が違和感なく馴染んでいる。それにそもそも、この箱庭やジオラマのような作り物感は大変魅力的だ。『恐竜の島』との大きな違いと言えば、巨大モンスターをパペットではなく着ぐるみスーツで描いているのも面白い。これはケヴィン・コナー監督のこだわりだったそうで、『ウルトラマン』をはじめとする日本の特撮テレビ番組に影響されたらしい。二足歩行のサイみたいな巨大モンスター同士が血みどろのバトルを繰り広げるシーンなどはなかなかの迫力。しかも、口にくわえた人間はまるでスーパーマリオネーションである。実は本作の特撮監修とメカデザインを手掛けたイアン・ウィングローヴは、あの『サンダーバード』の特撮助手だった。地底探検用ロケット、アイアン・モールが『サンダーバード』の地底戦車ジェットモグラと酷似しているのはそのためかもしれない。美術デザインおよびクリーチャー・デザインを担当したのは、歴史ドラマ大作『ベケット』(’64)や『1000日のアン』(’69)でオスカー候補になったモーリス・カーター。ロンドンのパインウッド・スタジオに建設された地底王国のセットデザインがとにかく素晴らしい。また、『007』シリーズや『2001年宇宙の旅』(’68)で知られる特撮合成の第一人者チャールズ・スタッフェルによるスクリーン・プロセスも、驚くほどナチュラルな仕上がりでクオリティが高い。まあ、若い世代の映画ファンからすればチープに感じられるかもしれないが、こういう古き良き時代の素朴な特撮も、現代のデジタル技術とはまた違った味わいがある。ちなみに、劇中で滝のように流れる溶岩は工作用の糊に着色したものだそうだ。カルト映画の女王キャロライン・マンローのお色気も必見!主演のダグ・マクルーアはテレビ西部劇『バージニアン』(’62~’71)でブレイクしたハリウッド・スター。ケヴィン・コナー監督とは「エドガー・ライス・バローズ三部作」を含む通算5本の映画で組んだ名コンビだが、実は当時既婚者だったマクルーアはコナー監督の秘書と不倫関係にあり、ロンドンに住む彼女と会うためにコナー監督との仕事を引き受けていたらしい。2人はマクルーアの離婚が成立した’79年に再婚している。なるほど、そういう裏事情があったのですな。ちょっとトボけたペリー博士役を飄々と演じているのは、ご存じクリストファー・リーと並ぶ英国ホラー界のスーパースター、ピーター・カッシング。彼はコナー監督がアミカス・プロで撮った処女作『呪われた墓』(’74)にも出演している。シリアスな怪奇俳優であるカッシングのコミカルな芝居は珍しく感じるかもしれないが、しかし彼はもともとコメディアンを目指して演劇界に入り、若い頃はボードヴィルの舞台にも立ったことがある人物。それゆえであろうか、本作の彼は実に楽しそうだ。そして、ビキニスタイルのセクシーなコスチュームも眩しいヒロイン、地底王国のお姫様ディアを演じているのは、『怪人ドクター・ファイブス』(’71)や『ドラキュラ’72』(’72)、『吸血鬼ハンター』(’73)に『シンドバッド黄金の航海』(’73)と、当時ジャンル系映画のスターとして引く手あまただったカルト映画女優キャロライン・マンロー。実際、本作ではアメリカの出資者が彼女の出演を強く希望していたため、オーディションなど一切なしでオファーされたという。当時の宣材資料を見ても彼女はマクルーアやカッシングよりも大きくフューチャーされており、少なくともジャンル系映画の世界では興行価値の高い女優だったことがよく分かる。確かに、この頃のキャロライン・マンローは抜群に美しい。なお、アミカスで「エドガー・ライス・バローズ三部作」を撮り終えたコナー監督は、次回作としてあの「ジョン・カーター」シリーズの映画化に着手したらしいのだが、しかし莫大な予算がかかることがネックになって断念。その代わりとして作られたのが、海底に沈んだアトランティスが実は火星人の都市だったというSFファンタジー『アトランティス7つの海底都市』(’78)。さらに、クリストファー・リー主演でアラビアンナイトの世界を描いた『Arabian Adventure』(’79・日本未公開)を撮ったコナー監督は、ホラー・コメディ『地獄のモーテル』(’80)を機にアメリカへ拠点を移し、日本の東映と合作した怪作『ゴースト・イン・京都』(’82)を発表。それ以降はテレビ映画やミニシリーズで活躍することとなる。■ 『地底王国』(C) 1976 STUDIOCANAL FILMS Ltd
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COLUMN/コラム2020.06.04
男同士の無邪気な友情を描くニューシネマ的ロードムービー『サンダーボルト』
クリント・イーストウッドとマイケル・チミノの出会い先ごろ90歳の誕生日を迎えたハリウッドの生ける伝説クリント・イーストウッド。テレビ西部劇『ローハイド』(’59~’65)で注目され、イタリアへ出稼ぎ出演した『荒野の用心棒』(’64)で国際的な映画スターとなり、『ダーティハリー』(’71)のハリー・キャラハン刑事役で泣く子も黙るトップスターへと上りつめたイーストウッドだが、さらに俳優のみならず映画監督としても2度のオスカーに輝く巨匠として活躍しているのはご存じの通り。しかし、そんな彼がこれまで、少なくない数の映画監督にデビューのチャンスを与えてきたことは意外に忘れられているかもしれない。『荒野のストレンジャー』(‘73)や『アイガーサンクション』(’75)などでイーストウッドの助監督を務めたジェームズ・ファーゴは『ダーティハリー3』(’76)で、『マンハッタン無宿』(’68)以来イーストウッドのスタントダブルを務めたバディ・ヴァン・ホーンは『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(’80)で、イーストウッド主演作『アルカトラズからの脱出』(’79)の脚本を書いたリチャード・タグルは『タイトロープ』(’84)で、それぞれ監督へと進出している。そんなイーストウッド門下生の中でも最大の出世頭となったのが、『サンダーボルト』(’74)で監督デビューを飾ったマイケル・チミノである。ジョン・ミリアスと共同で書いた『ダーティハリー2』(’73)の脚本がイーストウッドに認められ、本作の監督を任されたと言われているミリアスだが、本人のインタビューによると実は順番が逆だったという。もともとニューヨークの人気CMディレクターとして鳴らし、その実績が買われて大手タレント・エージェント、ウィリアム・モリスと代理人契約を結んだチミノ。そのウィリアム・モリスが当時抱えていたトップ・クライアントの1人がクリント・イーストウッドで、チミノは担当エージェントだったスタン・ケイメンからイーストウッド主演を念頭に置いて脚本を書くよう依頼される。それが、この『サンダーボルト』だったのだ。チミノの脚本を読んでいたく気に入ったイーストウッドは、自身の制作会社マルパソ・カンパニー(現マルパソ・プロダクションズ)で映画化すべく『サンダーボルト』の権利を購入。さらに、ちょうど当時ジョン・ミリアスが『ディリンジャ―』(’73)で監督デビューすることになり、未完成のままとなっていた『ダーティハリー2』の脚本を、イーストウッドはチミノに仕上げさせる。そして、その出来栄えに満足した彼は、当初は自身で監督するつもりだった『サンダーボルト』の演出をチミノに任せることにした…というのが実際のところだったらしい。中年にさしかかった元銀行強盗と天衣無縫な風来坊の若者主人公はかつて新聞を賑わせた銀行強盗サンダーボルト(クリント・イーストウッド)。モンタナ金庫から500万ドルを強奪した彼は、ほとぼりがさめるまで現金を寝かせておくため、田舎町ワルソーの小学校の黒板の裏に500万ドルを隠したものの、仲間たちから持ち逃げしたと誤解され命を狙われていた。とある教会の牧師として身を隠していたサンダーボルトだったが、そこへかつての仲間がやって来る。命からがら逃げだした彼は、たまたま盗んだ車で通りがかった風来坊の若者ライトフット(ジェフ・ブリッジス)と知り合う。お互いに年が離れていながら、なぜか意気投合したサンダーボルトとライトフット。ハイジャックや窃盗を重ねながら、あてどのない旅を続けることになった2人だが、そこへ今度はまた別の追手が現れる。やはりサンダーボルトの強盗仲間だったレッド(ジョージ・ケネディ)とグッディ(ジェフリー・ルイス)だ。いきなり命を狙われて戸惑うライトフットに事情を説明するサンダーボルト。レッドたちの追跡を振り切った2人は、500万ドルを回収すべくワルソーへと向かうが、なんと小学校は新校舎に建て替えられていた。いったい現金はどこへ消えてしまったのか?と途方に暮れる2人。ひとまず、追いついてきたレッドとグッディの誤解を解いたサンダーボルトに、若くて無鉄砲なライトフットが軽い気持ちで提案する。以前に強盗をやって成功したのなら、また同じ方法で強盗をすればいいんじゃね?と。かくして、武器や道具を揃えるためにアルバイトを始め、過去に襲撃したモンタナ金庫を再び襲う計画を立てるサンダーボルト、ライトフット、レッド、そしてグッディの4人だったが…!?ということで、さながら『俺たちに明日はない』(’67)×『突破口!』(’73)といった感じのニューシネマ風ロードムービー。アメリカ北西部の美しくも雄大な自然を背景に、自由気ままなアウトローたちの友情と冒険、そして因果応報のほろ苦い結末を、大らかなユーモアと人情をたっぷり盛り込みながら軽快に描いていく。決してハッピーエンドとは言えないものの、しかしシリアスで悲壮感の漂う『ディア・ハンター』(’78)や『天国の門』(’81)とは一線を画するチミノの爽やかな演出が印象的だ。 果たして2人の絆は友情なのか恋愛なのか?そんな本作について、たびたび話題に上るのがサンダーボルトとライトフットの同性愛的な関係性だ。まあ、この手の「ブロマンス」映画には常について回るトピックではあるのだが、確かに本作の2人の間柄には単なる男同士の友情を超えたような、まるで恋愛にも似たような繋がりがあると言えるだろう。だいたい、出会ってすぐに「俺の友達になってくれ!」とサンダーボルトに猛アタックするライトフットなんて、ドストライクの女子に一目ぼれして舞い上がる思春期の男子そのもの(笑)。そんな若者のプロポーズ(?)に対して「俺たち10歳も年が離れてるんだぜ!?」と切り返すサンダーボルトも、まるで年下の若い女の子に愛を告白されて戸惑う中年のオジサンみたいだ。ちなみに撮影当時のイーストウッドは43歳、ブリッジスは23歳。実際は親子ほど年が離れている。で、そんな2人の間に割って入ろうとして、なにかにつけライトフットを目の敵にするのがレッド。朝鮮戦争時代からの仲間であるサンダーボルトをなぜ殺そうとしたのか?と尋ねるライトフットに、「友達だからだ」と興奮しながら答えるレッドだが、これぞまさしく可愛さ余って憎さ百倍、もはや若い女になびいたダンナへの嫉妬に狂う古女房にしか見えない。実はこれ、イーストウッドを巡るジェフ・ブリッジスVSジョージ・ケネディという三角関係を描いた愛憎ドラマでもあるのだ。また、意外と女性キャラが多く登場する本作だが、しかしそのいずれもが単なる「性処理用のオブジェクト」か「男性を嫌悪するフェミニスト」のどちらかであり、物語の上で重要な役割を果たす女性は1人もいない。もちろん、だからといって本作がミソジニスティックな映画だと言うつもりは毛頭ない。ただ単純に、サンダーボルトもライトフットも常にお互いへの友情が最優先事項というだけ。基本的に女性に対して無関心なのだ。そういえば、若い女を抱いたサンダーボルトなんか、実につまらなそうな顔していたっけ。ライトフットだって口先では女好きのような発言を繰り返すが、しかしその行動を見る限りでは本当に女性に興味があるのかも疑わしい。なるほど、これをクローゼット・ゲイと解釈することも可能ではあるだろう。ただ、ここで個人的な見解を述べさせてもらうと、確かにサンダーボルトとライトフットの絆は友達以上恋人未満とも呼ぶべきプラトニックな愛情の様相を呈しているが、しかしそれは恋愛感情というよりも第二次性徴以前の少年たちによく見られる無邪気な友情のように思える。女子の介在する余地がないのはそのためだし、結婚した夫婦やアツアツな男女カップルを滑稽に描いているのも、恐らくチミノ自身がそうした男同士のピュアな友情にある種のロマンを抱いているからなのではないだろうか。いずれにせよ、本作におけるサンダーボルトとライトフットは大人になりきれない大人、いつまでも自由と冒険を追い求めるトム・ソーヤ―とハックルベリー・フィンであり、これは社会に適合できない孤独な彼らがお互いの存在に救いを見出し、一獲千金の大博打に夢を求める物語なのだと思う。イーストウッドもジェフ・ブリッジスも好演だが、中でも本作で2度目のアカデミー助演男優賞候補になったブリッジスの屈託のない笑顔はとても魅力的だ。最後に、脇を彩る多彩なキャストについて。ライトフットが車で引っ掛ける女性メロディ役のキャサリン・バックは、その後『爆走!デューク』(’79~’85)で人気爆発するテレビ・スター。その友達のグロリア役を演じるジューン・フェアチャイルドは、麻薬中毒で身を持ち崩して一時はホームレスとなり、68歳で亡くなった時は障害者年金でスラム地区の安ホテルに住んでいたという。ライトフットがナンパしようとするバイクの女性カレン・ラムは、ロックバンド、シカゴの中心人物ロバート・ラムの元奥さんで、後にビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンと結婚・離婚を繰り返した人。サンダーボルトがバイトする工場のセクシーな経理係クローディア・リニアは、アイク&ティナ・ターナーのバックコーラス・グループ、アイケットのメンバーだった有名なセション・ボーカリストで、ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイの恋人だった。ローリング・ストーンズのヒット曲「ブラウン・シュガー」は彼女が元ネタだったとも言われている。■ 『サンダーボルト(1974)』(C) 1974 MALPASO PRODUCTIONS. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2020.07.01
西部劇スター、ランドルフ・スコットの全盛期に作られた正統派B級ウエスタン『馬上の男』
スマートな二枚目からいぶし銀の名優へ もはや日本では半ば忘れかけられた感のある俳優ランドルフ・スコット。しかし、かつてのハリウッドでは、ジョン・ウェインやゲイリー・クーパーにも負けないほどの人気を誇る西部劇スターだった。 34年間のキャリアで、実に100本以上もの映画に出演したと言われるスコットだが、そのうちの半分以上が西部劇。若い頃はハンサムな顔立ちと立派な体格で、見栄えだけはいいが演技は大根と呼ばれ、B級西部劇のヒーローか大物女優の相手役が関の山であったものの、年齢を重ねるごとに渋い存在感と人間味のある芝居を身につけ、50歳を過ぎたあたりから本格的に人気が爆発。’50~’53年にかけては、ハリウッドのマネー・メイキング・スター、つまり最も興行価値の高い映画スターのトップ10に4年連続でランクインしている。そのまさに全盛期の真っ只中に作られた主演作のひとつが、この『馬上の男』(’52)だった。 1898年1月23日にヴァージニア州の裕福な家庭に生まれ、ノースカロライナ州のシャーロットに育ったスコットは、学生時代からフットボールや野球など様々なスポーツを愛する根っからのアスリートだった。第一次世界大戦に従軍してフランス戦線に配属され、除隊後は帰国して役者を目指すように。すると、父親が知人である大富豪にして映画製作者ハワード・ヒューズに息子を託し、そのヒューズの口添えで’28年に映画デビューを果たす。 といっても、最初の数年間はエキストラ同然の端役ばかり。なにしろ、まともに演技の勉強をしたことがないため、運動神経は抜群でも芝居はからっきしダメだったのである。そんな彼に巨匠セシル・B・デミルは、とりあえず映画よりも舞台に出て演技の基礎を磨けとアドバイス。その言葉に従ったスコットは、西海岸の有名な劇団パサデナ・プレイハウスに入門してシェイクスピア劇などをこなし、その舞台を見た関係者にスカウトされ、’32年にパラマウント映画と専属契約を結ぶ。 パラマウントでは、その身体能力を生かしたB級西部劇アクションに多数主演。依然として芝居は堅苦しくて上手いとは言えなかったが、しかしハンサムでスマートなルックスと紳士的で礼儀正しい南部訛りのセリフ回しは好感度が高く、勧善懲悪な西部劇の颯爽としたヒーローにはうってつけだった。また、RKOに貸し出されてアステア&ロジャースのミュージカル映画にも出演。やがてAクラスの大作映画にも起用されるようになり、移籍したフォックスでは『地獄への道』(’39)や『西部魂』(’41)などの名作に出演、さらにユニバーサルではジョン・ウェイン、マレーネ・ディートリヒとの黄金トリオで『スポイラース』(’42)と『男性都市』(’42)に主演する。 しかし、その人気が不動のものとなるのは第二次世界大戦後のこと。町から悪人を一掃する勇敢な保安官を演じた『静かなる対決』(’46)で渋みのある寡黙な中年タフガイのイメージを確立したスコットは、さらに旧知の映画製作者ハリー・ジョー・ブラウンと組んで自身の製作会社スコット=ブラウン・プロダクションズを設立し、自らのイメージを十二分に生かした純然たる娯楽西部劇の数々で大成功を収める。当時の彼は特定の映画監督とのコラボレーションを好んだのだが、その中でも特に名コンビとして知られているのがバッド・ベティカーと、本作のアンドレ・ド・トスであった。 悪徳牧場主から土地を守るために戦う勇敢なヒーロー アンドレ・ド・トス監督とは、通算6本の西部劇で組んだスコットだが、これはその第1弾に当たる。ハンガリー出身のド・トス監督は、その生々しいバイオレンス描写やダークな心理描写に定評があり、『落とし穴』(’48)や『土曜日正午に襲え』(’54)などのフィルム・ノワール映画でカルト的な人気を誇るが、その一方で純然たる正統派のハリウッド西部劇も数多く撮っていた。この『馬上の男』などはその好例と言えよう。 ランドルフ・スコットが演じるのは頑固だが人間味のある牧場主オーウェン・メリット。若い部下の牧童ジョージ(キャメロン・ミッチェル)とジューク(リチャード・クレイン)のバード兄弟からは父親のように慕われ、牧場主仲間のプライン(グイン・“ビッグ・ボーイ”・ウィリアムズ)やランカーシム(クレム・ビーヴァンズ)からも頼りにされる男だが、しかし女性に対してはいまひとつ不器用で、恋人のローリー(ジョーン・レスリー)をライバルの大牧場主アイシャム(アレクサンダー・ノックス)に奪われてしまう。 このアイシャムという男、独占欲と支配欲が人一倍強く、付近一帯の土地を我が物とせんがため、時として暴力を伴う強引な手段を使い、中小の牧場を次々と買占めていた。しかし、オーウェンは頑として買収に応じないため、アイシャムにとっては文字通り目の上のたんこぶ。だがそれ以上に、アイシャムはオーウェンに対して個人的な恨みを持つ理由があった。なぜなら、自分の妻となったローリーが、いまだにオーウェンのことを愛しているからだ。 父親が大酒飲みでろくに仕事をせず、貧しい生活の中で母親が苦労する姿を見てきたローリーは、貧乏生活だけは絶対に嫌だと常日頃から考えていた。それゆえ、オーウェンとの愛情よりも今や町一番の有力者となったアイシャムとの結婚を選んだのだ。なので、彼女にとって結婚とは単なる契約と同然。夫に対して妻としての義務は負うが愛情は一切ない。今なお愛しているのはオーウェン一人だけ。プライドの高いアイシャムにはそれが何よりも我慢ならず、恋敵オーウェンに対して激しい憎悪の念を燃やしていたのである。 そして、いよいよオーウェンの隣の牧場を手に入れたアイシャムは、この機に乗じてオーウェンとその仲間たちを一網打尽に…つまるところ皆殺しにして土地を奪ってしまおうと考える。よそ者のガンマン、ダッチャー(リチャード・ロバー)や一匹狼の無法者クラッグ(ジョン・ラッセル)らを刺客として差し向けるアイシャム。一人また一人と大切な仲間を失ったオーウェンは、以前から彼に秘かな想いを寄せる女性牧場主ナン(エレン・ドリュー)に助けられ、自分の土地を守り仲間の復讐を果たすため、アイシャム一味に孤独な戦いを挑んでいく…。 小気味よいストーリー展開と派手なアクションで押し切る 女性と土地を巡って繰り広げられる、2人の男のプライドを賭けた熾烈な戦いを描くウエスタン活劇。物語の背景を説明する前置きもそこそこに、あっという間に本題へ入っていく序盤を含め、余計なぜい肉をそぎ落としたシンプルな語り口が非常に分かりやすい。なにしろ上映時間は90分未満である。全体的に人物描写が浅いため、ウォーレンとローレンとアイシャムの三角関係も心情的に十分理解できるとは言えず、良くも悪くも単純明快な勧善懲悪のドラマに終始している感は否めない。しかし、その欠点をスピーディで小気味よいストーリー展開と派手なアクションで存分に補い、見せ場に次ぐ見せ場で観客を飽きさせることなく押し切っていくド・トス監督の演出は、優れたB級プログラム・ピクチャーのお手本だ。 そう、このあまり深く考える必要のない問答無用の面白さこそが、当時のランドルフ・スコット作品の醍醐味であり、彼が一般大衆に絶大な人気を誇った理由だとも言える。折しも、’50年代に入るとハリウッドの西部劇も急速に変容し始め、以前のような分かりやすい勧善懲悪が必ずしも通用しなくなっていく。ゲイリー・クーパーの『真昼の決闘』(’52)やジョン・ウェインの『捜索者』(’56)などはその代表格だ。しかしその一方で、古き良き大衆娯楽としての西部劇を求める観客も依然として存在したわけで、恐らくその需要をスコットが一身に請け負っていたような側面はあったのだろう。 とはいえ、そんなスコットも時代の流れには逆らえず、ジョン・ウェインの代役として主演した『7人の無頼漢』(’56)を皮切りに、バッド・ベティカー監督とのコンビで数々の野心的な西部劇に挑戦し、複雑で多面的なヒーロー像を演じることになる。今現在アメリカでの評価が高いのも、主にこれらベティカー監督とのコンビ作群だ。しかし、本作を筆頭に『ブラックストーンの決闘』(’48)や『西部のガンベルト』(’52)、『ネバダ決死隊』(’52)など、それ以外にも正統派B級ウエスタンの魅力に溢れた作品が多く、決して過小評価すべきではないだろう。 その後、60代に差しかかったスコットはベティカー監督との『決闘コマンチ砦』(’60)を最後に引退を決意するが、サム・ペキンパー監督に請われる形で『昼下りの決斗』(’62)に主演し、輝かしいキャリアに有終の美を飾ることとなる。引退後は株式投資に成功して悠々自適な老後を過ごし、1987年3月2日にビバリーヒルズの自宅で亡くなっている。享年89歳の大往生だ。 なお、2度の結婚で自身の子供は授からなかったスコットだが、若い頃の12年間に渡って同居生活を送ったケイリー・グラントと恋人同士だったとも言われている。その真偽のほどは定かでないものの、ゲイであることを隠すために偽装結婚したロック・ハドソンやヴァン・ジョンソンなどの例も実際にあるわけだから、別にあり得ないことではないだろう。それにしても、若き日のランドルフ・スコットとケイリー・グラントのカップルって、出来過ぎなくらいお似合いじゃありませんか。■ 『馬上の男』(C) 1951, renewed 1979 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2020.07.03
‘50年代SF映画ブームの起爆剤となったジョージ・パルの代表作『宇宙戦争(1953)』
ハリウッドでは過小評価され続けたSF映画 ご存じ、スティーブン・スピルバーグ監督×トム・クルーズ主演によって、’05年にリメイクもされたSF映画の金字塔である。火星人による地球侵略の恐怖とパニックを、当時の最先端の特撮技術を用いて描いたスペクタクルなSF大作。ハリウッドでは’50年代に入ってSF映画の本格的なブームが到来するが、その象徴とも呼ぶべき作品がこの『宇宙戦争』だった。 そもそも、フランスが生んだ映像の魔術師ジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』(’02)や、ドイツの巨匠フリッツ・ラングによる『メトロポリス』(’26)、H・G・ウェルズ自らが脚本を書いたイギリス映画『来るべき世界』(’36)など、ヨーロッパではサイレントの時代から正統派のSF映画が脈々と作られてきた。しかし、一方のハリウッドへ目を移すと、純然たるSF映画は戦後まであまり見当たらなかったと言えよう。 ざっくりとSF映画にジャンル分けされる当時のアメリカ映画を振り返っても、例えば子供たちに人気を博した『フラッシュ・ゴードン』(’36)シリーズや『バック・ロジャーズ』(’39)シリーズなどは基本的にヒーロー活劇だし、『フランケンシュタイン』(’31)や『キング・コング』(’33)などもSFというよりはモンスター・ホラー、『失はれた地平線』(’37)や『明日を知った男』(’44)辺りになると完全にファンタジーである。しかも、一部を除いて大半は低予算のB級映画で、空想科学(Science Fiction)の「科学」だってないがしろにされがち。要するに、SFというジャンル自体がハリウッドでは成立しづらかったのである。 しかし、第二次世界大戦後になるとテクノロジーの飛躍的な進化とともに、アメリカ国民の宇宙開発や最先端科学への関心も急速に高まっていく。もはや、科学をおろそかにした空想科学映画は通用しない時代になりつつあった。そうした世相を背景に、いち早く本格的なSF映画として勝負に打って出たのが、ハリウッドにおける特撮SF映画のパイオニアであるジョージ・パルが製作した『月世界征服』(’50)。これはハリウッド史上初めて科学的根拠に基づいて宇宙旅行を描いたSF映画であり、大々的な宣伝キャンペーンも功を奏してスマッシュ・ヒットを記録、アカデミー賞の特殊効果賞やベルリン国際映画祭の銅熊賞を獲得するなどの高い評価を得た。 さらに、その翌年にはエイリアンの地球侵略を題材にした『遊星よりの物体X』(’51)と『地球の静止する日』(’51)が相次いで大ヒット。当時のアメリカでは東西冷戦の緊張の高まりを背景に、自国がソビエトによって侵略されるかもしれないとの不安が広まり、それがジョセフ・マッカーシー上院議員の扇動する共産主義者への人権弾圧、いわゆる「赤狩り」のパラノイアを生み出したわけだが、これらのSF映画はそうした社会不安の時代に上手くマッチしたのだろう。 以降、ハリウッドのSF映画はエイリアンによる地球侵略物を中心に盛り上がり、たちまち「SF映画黄金時代」の様相を呈してく。その空前とも言えるブームの頂点を極めた作品が、『月世界征服』と『地球最後の日』(’51)に続いてジョージ・パルがプロデュースした『宇宙戦争』だったのである。 SF映画の歴史を変えた製作者ジョージ・パル ジョージ・パルはもともとハンガリー出身のアニメーション作家。ナチス・ドイツの台頭を逃れてアメリカへ移住し、友人だったアニメーター、ウォルター・ランツ(ウッディー・ウッドペッカーの作者)の助けで米国籍を取得してパラマウントで働くようになる。アメリカではドイツ在住時代に自身が開発した人形アニメ、パル・ドールの技術を改良し、子供向けの御伽噺を映像化した短編ストップモーション映画「パペトゥーン」シリーズを’42~’47年にかけて製作。その功績が評価され、’44年にはアカデミー特別賞を獲得した。 その一方で実写劇映画への進出を目論んでいたパルは、イギリスの映画会社ランクオーガニゼーションのアメリカ支社に当たるイーグル=ライオン社の出資を取りつけ、2本の実写映画を立て続けに制作する。それがパペトゥーンの技術を生かしたコメディ映画『偉大なルパート』(’50)と、先述したSF特撮映画『月世界征服』。この成功を足掛かりに、パルはパラマウントで『地球最後の日』を制作するのだが、しかしSFジャンルに懐疑的なスタジオ側は十分な予算を与えず、パルにとっては不本意な仕上がりとなってしまう。そんな彼が次に取り組んだ企画が、SF小説の大家H・G・ウェルズの代表作『宇宙戦争』の映画化だった。 1897年にイギリスの雑誌「Pearson’s Magazine」に連載されたH・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』は、その後アメリカの「New York Evening Journal」でも連載されて大評判となり、後世のSF小説に多大な影響を及ぼすことになった。ハリウッドでは1924年にパラマウントの社長ジェシー・ラスキーが映画化権を獲得。しかし、具体的に映画化されることなく歳月が流れ、その間にセシル・B・デミルやアルフレッド・ヒッチコックらが関心を示すものの実現はしなかった。あのレイ・ハリーハウゼンも『宇宙戦争』の映画化を切望し、テスト・フィルムまで製作してジェシー・ラスキーに売り込んだが、出資者が見つからずに頓挫した。唯一の例外は、1938年のハロウィンに放送されてアメリカ中に衝撃を与えた、鬼才オーソン・ウェルズの脚色・演出・ナレーションによるラジオ・ドラマ版だ。あまりにも真に迫った内容だったため、本当に宇宙人が攻めてきたと勘違いした全米のリスナーがパニックを起こしてしまったのである。 閑話休題。とりあえず『宇宙戦争』の映画化権がパラマウントにあると知ったジョージ・パルは、数々のフィルムノワール作品で知られるバー・リンドンに脚色を依頼し、それを携えてパラマウントの重役に企画を売り込むものの、その場で脚本をゴミ箱に捨てられてしまったという。脚本を読みもせず門前払いしようとする重役に食ってかかったパルだったが、その騒ぎを聞いて仲裁に駆け付けた別の重役が映画化を約束。最終的に200万ドルという莫大な予算を与えられることになるものの、このエピソードだけでも当時のハリウッドの大手スタジオが、SF映画をどれだけ過小評価していたのかよく分かるだろう。 宇宙人の地球侵略に人類はどう対抗するのか…!? 原作の舞台設定はビクトリア朝時代のイギリスだが、ジョージ・パル版では現代の南カリフォルニアへと変更されている。ある日、世界各地で隕石が飛来。カリフォルニアの小さな町にも隕石が墜落し、たまたま近くにいた高名な科学者フォレスター博士(ジーン・バリー)は、ロサンゼルスからやって来た科学研究所パシフィック・テックの職員シルヴィア(アン・ロビンソン)らと共に、隕石の調査をすることとなる。ところがその翌晩、隕石の中から不気味なアーム状の物体「コブラ・ヘッド」が飛び出し、駆けつけた州兵や科学者、マスコミ関係者へ対して攻撃を始めるのだった。 すぐさま近隣の米軍が総動員されるものの、しかしコブラ・ヘッドから放たれるビーム光線の強大な破壊力には敵わない。そればかりか、コブラ・ヘッドの下からUFO状の飛行物体「ウォー・マシーン」が出現。総攻撃を仕掛ける軍隊だったが、透明シールドに守られたウォー・マシーンはビクともせず、遂には最前線の基地が木っ端みじんに破壊されてしまう。辛うじて脱出したフォレスター博士とシルヴィアだったが、飛び乗ったセスナ機が途中で墜落してしまい、急いで逃げ込んだ民家でエイリアンに遭遇する。 シルヴィアに襲いかかったエイリアンを斧で撃退したフォレスター博士。そこで敵の血液サンプルと偵察用カメラを手に入れた2人は、ロサンゼルスのパシフィック・テック本部にそれを持ち込み、エイリアンを迎え撃つ策を練る。しかし、既に世界各地の都市が陥落しており、ロサンゼルスが敵の攻撃に晒されるのも時間の問題。そこで米政府は、最終兵器である原子力爆弾の使用に踏み切るが、期待も空しくまるっきり歯が立たなかった。いよいよロサンゼルスへと迫りくるウォー・マシーン軍団。果たして、このままアメリカ西海岸もエイリアンの手に堕ちてしまうのか…!? 企画段階ではレイ・ハリーハウゼンも関わっていた…? 本作が成功した最大の要因は、火星人による地球への侵略という突拍子もない設定を大真面目に捉え、当時の科学的知識や軍事的戦略をしっかりと織り交ぜることで、それまでのSF映画にありがちな荒唐無稽を極力排した、シリアスな「戦争映画」として仕上げている点にあるだろう。第一次世界大戦と第二次世界大戦のモノクロ記録映像で幕を開けるオープニングなどはまさにその象徴。さらに、まるで本物の天体写真かと見紛うばかりに精密な火星や土星などのマットペイントを駆使し、高度な文明を有しながらも感情を持たない火星人が、どのような事情で故郷の惑星を捨てて地球への侵略計画を進めてきたのか、ドキュメンタリーさながらのリアリズムで丹念に説明をする。これがまた、にわかに信じがたい物語に独特の説得力を持たせるのだ。 ちなみに、このマットペイントを担当したのが、フランスのルシアン・ルドーと並ぶ「現代スペース・アートの父」と呼ばれ、その作品がアメリカの国立航空宇宙博物館にも展示されている有名な画家チェズリー・ボーンステル。彼はオーソン・ウェルズの『市民ケーン』(’40)や『偉大なるアンバーソン家の人々』(‘42)のマットペイントも手掛け、ジョージ・パルとは『月世界征服』と『宇宙征服』(’55)でも組んでいる。 また、特殊効果マン出身のバイロン・ハスキンを監督に起用したのも正解だった。ワーナー・ブラザーズで『真夏の夜の夢』(’35)や『女王エリザベス』(’39)、『シー・ホーク』(’40)などの特殊効果を手掛け、アカデミー賞にも4度ノミネートされた実績のあるハスキンは、当時の原始的な技術を用いた本作の特撮シーンを、いかにリアルかつスペクタクルに見せるかという演出のツボを心得ている。中でも、爆撃によって立ち込める煙の中から「ウォー・マシーン」がゆっくりと姿を現すシーンなどは、ミニチュアを吊り下げる無数のピアノ線を煙で隠すという本来の目的を果たしつつ、人類の英知を結集した武器をもってしても敵わない「ウォー・マシーン」の無敵感と恐怖感を存分に煽って効果的だ。 そのウォー・マシーンをデザインしたのは、セシル・B・デミルも御贔屓だった日系人美術デザイナーのアル・ノザキ。H・G・ウェルズの原作では三脚型のトライポッドとして描かれ、スピルバーグ監督のリメイク版もそれに準じているが、本作では技術的な問題からUFO型の飛行物体へと変更された。原作と違うのはウォー・マシーンだけではない。火星人のキャラクター・デザインも同様だ。ウェルズの描いた火星人はタコに似た姿をしていたが、実物大の着ぐるみとして登場させるため、やはりアル・ノザキが独自に火星人をデザインし、特殊メイク・アーティスト兼スーツ・アクターのチャーリー・ゲモラが着ぐるみを制作した。 なお、先述したレイ・ハリーハウゼンのテスト・フィルムでは、原作通りのタコ型エイリアンがストップモーション・アニメで描かれている。そもそも実は、ジェシー・ラスキーに売り込んだ『宇宙戦争』の企画が頓挫した後、『月世界征服』を見たハリーハウゼンはジョージ・パルのもとへテスト・フィルムを持ち込んでいるのだ。しかし当時、既にパルは『宇宙戦争』の映画化をパラマウントと交渉中だったのだが、そのことをハリーハウゼンには隠して企画資料とテスト・フィルムを受け取ったという。さらに、パルは映画『親指トム』の企画売り込みに例のテスト・フィルムを使いたいとハリーハウゼンに持ち掛け、実現した暁には彼にストップモーション・アニメを担当させることまでほのめかしたそうだ。 しかし、そのまま何カ月も音沙汰がなく、ようやくかかってきた電話でパルは、『宇宙戦争』も『親指トム』も売り込みに失敗したとハリーハウゼンに告げたという。それが’51年のこと。ところがどっこい…である。その2年後にジョージ・パル製作の『宇宙戦争』が公開され、さらに7年後には『親指トム』も映画化された。まあ、映画の企画というのは実現までに紆余曲折あるのが当たり前なので、決してパルがハリーハウゼンを騙して利用したというわけではないのだろうが、それにしても皮肉な話ではある。 かくして、’53年7月29日に公開されたジョージ・パル版『宇宙戦争』は、スタジオの期待を遥かに上回るほどの大ヒットを記録し、アカデミー賞でも特殊効果賞を獲得。これを機にディズニーの『海底二万哩』(’54)やワーナーの『放射能X』(’54)、ユニバーサルの『宇宙水爆戦』(’55)、MGMの『禁断の惑星』(’56)など、各メジャー・スタジオが次々と本格的なSF大作を手掛けるようになり、ブームが一気に加速することとなったわけだ。といっても、もちろん低予算のB級作品の方が数的には遥かに多かったのだけれど。 ちなみに、先述したようにウォルター・ランツと親友だったジョージ・パルは、恩人でもあるランツが生み出したアニメ・キャラ、ウッディー・ウッドペッカーを、いわばラッキー・チャーム(縁起物)として自作に登場させることが多い。この『宇宙戦争』も御多分に漏れず。最初に隕石が墜落する夜の森林シーンで、画面中央に位置する木のてっぺんをよく見ると、ウッディらしき鳥の姿が確認できる。■ 『宇宙戦争(1953)』(C) Copyright 2020 Paramount Pictures Corporation. 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