ザ・シネマ なかざわひでゆき
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COLUMN/コラム2019.10.08
巨匠ブニュエルの老いへの恐れを描いた哀しき恋愛残酷譚
25歳の時にマドリードからパリへ出てシュールレアリズム運動に感化され、学生時代からの親友サルヴァトール・ダリと撮った大傑作『アンダルシアの犬』(’29)で監督デビューしたスペイン出身の巨匠ルイス・ブニュエル。スペイン内戦の勃発と共にヨーロッパを離れた彼は、アメリカを経由して同じスペイン語圏のメキシコへ。『忘れられた人々』(’50)がカンヌ国際映画祭の監督賞に輝いたことで再び国際的な注目を集め、20数年ぶりにスペインへ戻って撮った『ビリディアナ』(’61)でついにカンヌのパルム・ドールを受賞する。 その後フランスへ拠点を移したブニュエルは、当時のフランス映画界を代表するトップスター、カトリーヌ・ドヌーヴを主演に迎えた『昼顔』(’67)でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を獲得し、興行的にも自身のフィルモグラフィーで最大のヒットを記録。そんなブニュエルが再びドヌーヴとタッグを組み、『ビリディアナ』以来およそ9年ぶりに母国スペインで作った映画が『哀しみのトリスターナ』(’70)である。 舞台はブニュエルが学生時代に愛したスペインの古都トレド。世界遺産にも登録されているこの小さな町は、ルネッサンス期の高名な画家エル・グレコが拠点としていた場所としても知られている。若きブニュエルは親友のダリやガルシア・ロルカと連れ立って毎週のようにトレドを訪れ、地元の豊かな食文化やエル・グレコの絵画などを堪能していたという。そんな青春時代の思い出の地で彼が撮った作品は、親子ほど年齢の離れた女性の若さと美貌に執着し、老いの醜態を晒していく哀れな男の物語である。 そう、便宜上はドヌーヴ演じる美女トリスターナを中心にドラマの展開する本作だが、しかし実質的な主人公はフェルナンド・レイふんする初老の貴族ドン・レペである。広い邸宅でメイドのサトゥルナ(ロラ・ガオス)と暮らすドン・レペ。社会的な弱者を守るのが上流階級の使命だと考えている彼は、常日頃から貧しい労働者の味方として庶民から尊敬されているが、しかし実際のところ家計は火の車で、先祖代々受け継がれてきた美術品や食器などを切り売りして生計を立てている。というのも、ドン・レペは無神論者であるため、財産を管理している敬虔なカトリック教徒の姉と折り合いが悪く、金を無心しても断られてしまうのだ。 ならば商売でもすればいいのだけれど、しかし古き良き貴族の慣習やプライドを捨てきれない彼は、金儲けを卑しい者のすることと考えている。ましてや労働者を搾取する資本家などもってのほか!奴らの奴隷になんぞなるものか!と意地を張っているが、しかし自分はメイドに身の回りのことを全て任せ、昼間からカフェに入り浸る毎日。いやはや、無神論者・社会主義者・貴族という3足の草鞋をバランスよく成立させるのは、なかなかこれ矛盾だらけで難しいことらしい(笑)。 かように高潔で誇り高い紳士のドン・レペではあるのだが、しかしそんな彼にも恐らく唯一にして最大の欠点がある。なにを隠そう、部類の女好きなのだ。道を歩いていて好みの若い美女を見つければ、ついついナンパせずにはいられない性分。独身を貫いているのは自由恋愛主義者だからだ。しかし、どう見たって50歳は過ぎている白髪交じりの立派なオジサン。さすがにもはや若い女性からは相手にされないものの、本人はいつまでも若いつもりなので一向にめげない。いわゆるポジティブ・シンキングってやつですな(笑)。そんな永遠の恋する若者(?)ドン・レペを虜にしてしまうのが、父親代わりの後見人として長年成長を見守ってきた処女トリスターナだったのである。 幼い頃に資産家の父親を失い、その父親の残した莫大な借金で苦労した母親を今また亡くした16歳のトリスターナ。身寄りのない彼女を引き取ったドン・レペだが、いつの間にやら大きくなったトリスターナの胸元に目を奪われ、彼女が自分へ向ける娘としての親愛の情を恋愛感情だと勝手に勘違いし、男女の駆け引きもろくに分からない未成年の彼女を強引に押し倒して自分の妻にしてしまう。しかし、無垢な処女だったトリスターナにもだんだんと自我が芽生え、愛してもいないオジサンとの夫婦生活に不満を募らせるようになり、しまいには外出先で知り合った若い画家オラーシオ(フランコ・ネロ)と恋に落ちてしまう。 はじめこそ嫉妬に怒り狂ったドン・レペだが、しかしライバルが若くてハンサムな男とくれば到底勝ち目はない。ならばいっそのこと外で自由に恋愛してくればいい、でもどうか私の元からは離れないでくれと哀願するドン・レペ。今度は泣き落としにかかったわけですな。とはいえ、若い男女の恋の炎は燃え上がるばかり。こんな情けないオジサンとはもう一緒にいられない!とトリスターナが考えたとしても不思議ない。結局、彼女はオラーシオと一緒に出ていってしまい、またもやドン・レペはメイドのサトゥルナと2人きりで広い邸宅に残されることとなる。 それから数年後、姉が亡くなったことで莫大な遺産を手に入れたドン・レペだが、しかしトリスターナのいない生活は今なお侘しく、すっかり弱々しげな老人になってしまった。そんな折、彼はトリスターナが町に戻ってきたことを知る。聞けば、脚にできた腫瘍のせいで寝たきりになってしまい、父親代わりであるドン・レペの加護を求めているらしい。すぐさまトリスターナをわが家へ招き入れ、至れり尽くせりの看護をするドン・レペ。しかし、手術で右脚を失ったトリスターナは、すっかり人生や世の中を恨んだ苦々しい女性となってしまい、年老いたドン・レペに対しても憎しみをぶつけるように冷たい仕打ちを繰り返すのだった…。 ドヌーヴと喧嘩したブニュエルの信じられない発言とは!? 無神論者でアナーキストの老人ドン・レペに、撮影当時69歳だったブニュエルが自らを投影していたであることは想像に難くないだろう。実際、17歳年下のフェルナンド・レイをことのほか気に入っていた彼は、本作と似たような内容の『ビリディアナ』や『欲望のあいまいな対象』でも自らの分身をレイに演じさせている。我が子同然の若い娘に対する、ドン・レペの報われぬ情愛を通じて描かれる老いの残酷。終盤で、過激な無神論者だったはずの彼がすっかり丸くなり、教会の神父たちを自宅へ招いて、ホットチョコレートやケーキを楽しむ微笑ましい団欒シーンがあるが、実はあれこそが永遠の反逆児ブニュエルの思い描く、是が非でも避けたい悪夢のような老後風景だったのだそうだ。すなわちこれは、既に老いが目の前の現実となったブニュエルの、これから待ち受ける自らの老後に対する恐怖心を具現化した作品だったとも言えよう。 と同時に本作は、必ずしも夢や願いが叶うわけではない、残酷な現実から逃れようとも逃れられない、そんな満たされぬ人生とどうにか折り合いを付けなければならない人々の物語でもある。まだ初恋も知らぬまま愛してもいない年上の男ドン・レペに青春時代を奪われたトリスターナは、ようやく出会った最愛の男性と人生をやり直そうとするも、不幸な病によって再びドン・レペの元へ戻る羽目となる。そのドン・レペもまた、どれだけトリスターナのことを愛し、彼女のために全身全霊を捧げて尽くしまくっても、その気持ちが彼女に通じることは決してない。「こんな寒い吹雪の晩に、暖かい我が家があるだけでも幸せなのかもしれない」と呟く彼の言葉が沁みる。それだけに、このクライマックスはあまりにも残酷だ。 ちなみに、スペインとフランス、イタリアからの共同出資で製作された本作。トリスターナ役のドヌーヴはフランス側出資者の強い要望で、またブニュエル自身も『昼顔』で彼女と仕事をしてその実力を認めていたことから、すんなりと決まったキャスティングだったという。ただ、ドヌーヴもブニュエルもお互いに人一倍頑固であることから、『昼顔』の時と同様に撮影現場ではピリピリすることも多かったらしく、ある時などはドヌーヴに対して激怒したブニュエルが、その場にいたフランコ・ネロに「事故のふりして彼女をバルコニーから突き落とせ!」と言ったのだとか(笑)。 一方のフランコ・ネロは、当時一連のマカロニ・ウエスタンで大ブレイクしていたことから、イタリア側出資者がブニュエルに強く推薦して決まったとのこと。スペインの独裁者フランコ将軍が大嫌いだったブニュエルは、彼のことを“フランコ”ではなく“ネロ”と呼んでいたそうだ。その後、ブニュエルとジャン=クロード・カリエールが脚本を書いたもののお蔵入りになっていた『サタンの誘惑』(’72)が、アド・キルー監督のもとフランス資本で制作されることになった際、ブニュエルは映画化を許可する条件として“ネロ”を主演に起用するようプロデューサーに注文を付けたという。それほど彼のことを気に入っていたらしい。 なお、フェルナンド・レイはスペイン人、カトリーヌ・ドヌーヴはフランス人、フランコ・ネロはイタリア人ということで、撮影現場ではそれぞれが母国語でセリフを喋っている。そのため、フランス語版ではドヌーヴだけが本人の声、スペイン語版ではレイだけが本人の声、イタリア語版ではネロだけが本人の声を当て、それ以外は別人がアフレコを担当しているのだ。 これは当時ヨーロッパの多国籍プロダクションではよく見られたパターン。例えば巨匠ヴィスコンティの『山猫』(’63)はアメリカ人のバート・ランカスター、フランス人のアラン・ドロン、イタリア人のクラウディア・カルディナーレが主演を務めているが、オリジナルのイタリア語版ではいずれも本人の声は使用されていない。えっ!カルディナーレまで!?と驚く方も多いかもしれないが、彼女のイタリア語の発音は訛りが強いため、シチリア貴族の声には相応しくないと別人が吹き替えたのだそうだ。その代わり、フランス語版ではドロンとカルディナーレがそれぞれ本人の声を担当し、英語版ではランカスターが自分の声を当てた。今となってはなかなかあり得ない話だが、当時はそれが普通だったのである。■ 『哀しみのトリスターナ』© 1970 STUDIOCANAL – TALIA FILMS. All Rights reserved.
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COLUMN/コラム2019.10.08
革命の季節に生まれるべくして生まれたポリティカルなマカロニ・ウエスタン
※下記のレビューには一部ネタバレが含まれます。 ネオレアリスモの流れを汲む社会派の映画監督として’60年代初頭に頭角を現し、恋愛ドラマから犯罪アクション、マカロニ・ウエスタンからオカルト・ホラーまで、実に多彩なジャンルの映画を手掛けつつ、どの作品でも常に反権力と社会批判の姿勢を貫いてきた反骨の映画監督ダミアーノ・ダミアーニ。世代的にはピエル・パオロ・パゾリーニやカルロ・リッツァーニ、マルコ・フェレーリ、セルジオ・レーネらと同期に当たるが、しかし精神的にはひと世代後のベルナルド・ベルトルッチやマルコ・ベロッキオ、エリオ・ペトリといった、当時“新イタリア派”と呼ばれた革命世代の左翼系作家たちと親和性の高い映画監督だったと言えよう。 ‘22年7月23日、北イタリアの小さなコムーネ(共同自治体)、パジアーノ・ディ・ポルデノーネに生まれたダミアーニは、ミラノのブレーラ美術学校を卒業し、美術スタッフとして映画界入り。脚本家や助監督を経て、’46年から短編ドキュメンタリーの監督を手掛けつつ、コミック・アーティストとして活躍するようになる。日本だとあまり知られていない事実だろう。長編劇映画の監督デビュー作は、ネオレアリスモの立役者チェザーレ・ザヴァッティーニが脚本に参加した『くち紅』(’62)。これはピエトロ・ジェルミ監督の名作『刑事』(’59)にインスパイアされた作品で、ローマの下町で起きた殺人事件とそれに絡む男女の複雑な恋愛を軸にしつつ、高度経済成長に取り残された貧しい庶民の姿を映し出した作品で、ピエトロ・ジェルミが刑事役を演じていた。 さらに、テーマ曲が日本でも評判になった『禁じられた恋の島』(’62)では思春期の少年の父親に対する憧れと失望を通じてイタリア南部に根強い男尊女卑の偽善を炙り出し、アルベルト・モラヴィア原作の『禁じられた抱擁』(’63)では豊かな現代イタリア社会における愛の不毛とブルジョワの倦怠を浮き彫りにしたダミアーニ。やがて世界的に左翼革命の時代が訪れると、より政治的・社会的なメッセージ性の強い作品に傾倒していくわけだが、その先駆けともなったのが自身初のマカロニ・ウエスタン『群盗荒野を裂く』(’66)だった。 マカロニ史上初のポリティカル・ウェスタンとも呼ばれる本作。舞台は革命真っただ中のメキシコ、主人公は粗野で下品で無教養だが人情に厚いゲリラ隊のリーダー、エル・チュンチョ(ジャン・マリア・ヴォロンテ)だ。政府軍の武器を奪っては革命軍のエリアス将軍(ハイメ・フェルナンデス)に売りさばいている彼は、それなりに革命の精神は理解をしているし、基本的に虐げられた貧しい庶民の味方ではあるものの、しかし根っからの反権力の闘士である弟サント(クラウス・キンスキー)とは違い、どこか革命を金儲けの手段と考えている節がある。武器の対価を将軍から得ていることを弟に隠しているのは、恐らく後ろめたさの表れだ。 そんなチュンチョがいつものように、大勢の手下を引き連れて政府軍の武器弾薬を積んだ列車を襲撃したところ、ビル・テイト(ルー・カステル)というアメリカ人と遭遇する。政府軍兵士を殺して暴走する列車を止めたビルの勇敢な行動に感銘を受けたチュンチョは、自分も革命軍ゲリラに加わって金を稼ぎたいというビルを仲間に引き入れるのだが、しかし単細胞でお人好しな彼は、ビルが襲撃の混乱に紛れて身分を偽っていたことに全く気付いていない。それどころか、身なりの良い外国人のビルが下賤な自分たちの味方となったことに気を良くし、彼のことを“ニーニョ”と愛称で呼んで一方的に親近感を抱いていく。 かくして、ビルを仲間に加えて革命軍の基地や武器庫を次々と襲撃していくゲリラ隊。そんなある日、故郷の町サンミゲルが革命軍によって解放されたと知ったチュンチョは、紅一点のアデリータ(マルティーヌ・ベスウィック)やビルなど、一部の仲間を引き連れて馳せ参じる。長年にわたって貧しい庶民を虐げて苦しめ、少女時代のアデリータを凌辱した町の権力者ドン・フェリペ(アンドレア・チェッキ)を処刑したチュンチョ。ようやく待ち望んだ正義が下されたのだ。 その直後、政府軍が町へ迫っているとの情報が入り、チュンチョとサントは住民を守るため町に残ろうと考えるが、しかしビルは一刻も早くエリアス将軍のもとに武器を届けるべきだと強く主張する。実は彼、エリアス将軍を暗殺するため、メキシコ政府に雇われたプロの殺し屋だったのだ。そんなこととはつゆ知らず、追手との戦いで次々と仲間を失いながらも、ビルに助けられて革命軍の本拠地シエラへとたどり着いたチュンチョは、そこで無二の親友と信じ始めていたビルの正体に気付くこととなる。 集ったのはイタリアの左翼系映画人たち 無学ゆえに革命家というよりは中途半端なチンピラに過ぎなかった主人公が、金のためなら何でもする日和見主義者の殺し屋と対峙することで、真の革命精神に目覚めていくという物語。靴磨きの貧しい若者に札束を渡したチュンチョが、「その金でパンなんか買うんじゃないぞ!ダイナマイトを買うんだ!」と高らかに叫びながら、線路の彼方へと走り去っていくクライマックスが象徴的だ。 脚本にはその後、警察幹部とマフィアの癒着を告発した問題作『警視の告白』(’71)で再びダミアーニ監督と組むサルヴァトーレ・ラウリーニが参加しているが、やはり’20世紀初頭のメキシコ革命に’60年代末の左翼革命の時代を投影した本作の方向性を決定づけるうえで、脚色と台詞でクレジットされているフランコ・ソリナスが大きな役割を果たしたであろうことは想像に難くない。なにしろ、ソリナスと言えばジッロ・ポンテコルヴォ監督の『ゼロ地帯』(’60)や『アルジェの戦い』(’66)、『ケマダの戦い』(’69)などを手掛けた、イタリアの左翼系映画人の代表格みたいな人物だ。コスタ=ガヴラスの『戒厳令』(’70)も彼の仕事。本作に続いて、やはりメキシコ革命をテーマにしたセルジオ・コルブッチ監督のマカロニ・ウエスタン『豹/ジャガー』(’68)も手掛けている。 左翼系映画人といえば、エル・チュンチョ役で主演を務めている名優ジャン・マリア・ヴォロンテも、俳優の傍ら左翼活動家としても有名だった筋金入りの共産主義者。父親がブルジョワ階級のファシストで、終戦後に戦犯として捕らえられて獄死したという暗い生い立ちを抱えた彼は、戦前・戦中から一転した極貧と放浪生活の中で共産主義に目覚め、キャリアの当初こそセルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』(’64)や『夕陽のガンマン』(’65)といった娯楽映画にも出演したが、次第にダミアーニやエリオ・ペトリ、フランチェスコ・ロージといった左翼系監督による政治性の高い作品ばかりを選ぶようになる。 一方、グレーの上質なスーツに身を包んだクールでキザなアメリカ人ビルを演じるルー・カステルも、マルコ・ベロッキオ監督の傑作『ポケットの中の握り拳』(’65)で抑圧された旧家の若者の屈折した怒りを演じ、反権力世代の象徴的な存在となった俳優。スウェーデン人外交官の父親とイタリア人共産主義者の母親のもとに生まれ育ったカステルは、彼自身もまた母親の強い影響で毛沢東思想に傾倒した極左活動家だった。そのため、やがてイタリア国内にいづらくなり、’73年以降はヨーロッパを転々としながらヴィム・ヴェンダースやダニエル・シュミット、クロード・シャブロルなどの作品に出演するようになる。本作の撮影現場では、先輩ジャン・マリア・ヴォロンテと意気投合したそうだが、恐らく同じ共産主義者として共鳴するところも多かったのだろう。ちなみに、先述したクライマックスのセリフはヴォロンテのアドリブだったらしい。 これが初めての西部劇となったダミアーニ監督は、あえてイタリア流のマカロニ・ウエスタンではなく、ジョン・フォードのような正統派西部劇の世界観を目指したという。それはアルゼンチン出身の作曲家ルイス・バカロフによる、およそマカロニらしからぬメキシコ民謡調の音楽スコアにも端的に表れていると言えよう。中でもフォード監督の『捜索者』(’56)を意識していたようだが、そういえばセルジオ・レオーネも『ウエスタン』(’68)ではモニュメント・ヴァレーで撮影をしたり、ヘンリー・フォンダを起用したりするなど、ジョン・フォード作品へのオマージュをひときわ強く感じさせた。そう考えると、後にレオーネが製作(と一部演出)を手掛けた西部劇『ミスター・ノーボディ2』(’75)の監督に、ダミアーニが起用されたことも納得が行くだろう。 なお、本作を機にメキシコ人の山賊やゲリラと白人のガンマンがコンビを組むマカロニ・ウエスタンのサブジャンルが生まれ、『復讐のガンマン』(’67)や『豹/ジャガー』、『復讐無頼・狼たちの荒野』(’68)、『ガンマン大連合』(’70)などの名作が世に送り出されることとなる。■ 『群盗荒野を裂く』QUIEN SABE?: 1966 – M.C.M. di Bianco Manini – Surf Film S.r.l. – All rights reserved –
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COLUMN/コラム2019.11.01
チャック・ノリス・ブームの頂点を極めた名作クライム・アクション
‘80年代を代表するB級アクション映画スター、チャック・ノリスが、まさにその全盛期の真っただ中に放った大ヒット作であり、多くのファンが彼の最高傑作と太鼓判を押すクライム・アクションである。まあ、それもそのはず。既にご存じの映画ファンも少なくないとは思うが、もともと本作はクリント・イーストウッドのために用意された企画だった。 オリジナル脚本を書いたのは、マイケル・バトラーとデニス・シュリアックのコンビ。当時、イーストウッド主演のアクション映画『ガントレット』(’77)の脚本を手掛けた2人は、それに続く『ダーティ・ハリー』シリーズ第4弾として、本作の企画をイーストウッドに提案する。つまり、チャック・ノリス演じる主人公エディの原型はハリー・キャラハンだったのだ。当初はイーストウッド本人も関心を示していたそうだが、しかし出来上がった脚本がお気に召さなかったのだろう、しばらくすると連絡が途絶えてしまい、企画そのものがお蔵入りとなる。 その後、バトラーとシュリアックは西部劇『ペイル・ライダー』(’85)で再びイーストウッドと組むことになるのだが、その直前に2人が脚本に携わったのがクリス・クリストファーソン主演の犯罪ドラマ『フラッシュポイント』(’84)。その際、友人の製作者レイモンド・ワグナーから、クリストファーソン主演で本作の映画化をという提案があったらしいのだが、それがいつの間にかチャック・ノリス主演の企画として始動していたのだそうだ。 ただし、実際に映画化された脚本にはバトラーとシュリアックの2人は一切タッチしていない。2人の書いたオリジナル脚本をリライトして、最終的な決定稿を仕上げたのは名作『チャイナ・シンドローム』(’77)でオスカー候補になったマイク・グレイである。本作の演出に起用されたアンドリュー・デイヴィス監督は、無名時代に世話になって気心の知れた恩人グレイに脚本の書き直しを依頼。監督の生まれ育ったシカゴが舞台ということで、彼自身のアイディアも多分に盛り込まれているという。 主人公はシカゴ市警の腕利き警部エディ・キューサック(チャック・ノリス)。犯罪を憎み不正を絶対に許さない、頑固だが実直な刑事である。そんなエディが陣頭指揮を執っていたのが、ルイス・コマチョ(ヘンリー・シルヴァ)率いる南米系麻薬組織コマチョ一家の検挙。タレコミ屋をおとりに使ってコマチョ一家との麻薬取引をセッティングし、その現場へ警官隊が乗り込んで一網打尽にする手筈だったが、こともあろうか第三者のギャング組織が先回りして乱入。タレコミ屋を含む取引関係者が皆殺しにされ、大量の麻薬と現金が奪われてしまったのだ。 この急襲作戦を実行したのが、コマチョ一家と敵対する組織のボスであるトニー・ルナ(マイク・ジェノヴェーゼ)。トニーは裏社会の大物スカリース(ネイサン・デイヴィス)の甥っ子で、その御威光を笠に着て無茶ばかりするような男だった。まんまと成功したかに思えた横取り作戦だったが、しかし現場で殺したはずのルイスの実弟ヴィクター(ロン・ヘンリケス)が、実は生き延びていたことが判明。自分の犯行であることがバレるのも時間の問題と察したトニーは、子分たちに家族の警護を指示したうえで、荷物をまとめて高飛びする。 一方、思わぬ邪魔が入って作戦が失敗し、上司ケイツ署長(バート・レムゼン)から大目玉を食らうエディ。しかも、銃撃戦の際に飲んだくれの老いぼれ刑事クレイギー(ラルフ・フーディ)が、無関係の少年を射殺してしまったことも大問題となる。一貫して正当防衛を主張するクレイギーだが、実はこれ、丸腰の少年を誤って撃って慌てた彼が、いつも足元に隠し持っている護身用の拳銃を少年の手に握らせ、偽装工作を図ったもの。その一部始終を相棒の新米刑事ニック(ジョー・グザルド)が目撃していたが、しかし現場責任者であるエディに真実を言い出せないでいた。 なぜなら、同僚の不始末を庇うのは警察内における暗黙のうちの了解。いわゆる「沈黙の掟(=本作の原題Code of Silence)」だ。これを破れば署内で居場所がなくなってしまう。妻子を抱えたニックにとっては死活問題だ。以前からクレイギーの飲酒癖を問題視していたエディは、そうした事情を直感で察するものの、真実を告白するもしないもニックの良心に任せる。 ひとまず公聴会までクレイギーが停職処分となったため、ケイツ署長の指示でニックはエディとコンビを組むことに。すぐに2人はトニーが主犯であることを突き止め、高飛びした彼の行方を探ると同時に、宿敵コマチョ一家の動向も監視する。すると、コマチョ一家はトニーの留守宅を襲撃して家族を皆殺しに。たまたま仕事中で難を逃れた一人娘ダイアナ(モリー・ヘイガン)にも刺客が差し向けられる。間一髪のところでダイアナを保護し、引退した先輩テッド(アレン・ハミルトン)に彼女を預けるエディ。しかし、そこへもコマチョ一家の魔手が迫り、ダイアナは誘拐されてしまう。 ダイアナの命を助けたければ、トニーを探し出して連れてこいとルイスから言い渡されるエディ。ところが、公聴会でクレイギーに不利な証言をしたため、警察では誰一人としてエディに力を貸す者はなかった。唯一の協力者は、脚を怪我して現場を離れた親友刑事ドレイト(デニス・ファリーナ)のみ。かくして、ほぼ孤立無援な状態のまま、エディはダイアナを救出するため、コマチョ一家と対峙せねばならなくなる…。 シカゴへの愛情が溢れる豊かなローカル色も見どころ! プロの空手選手として無敵の実績を誇り、親交のあったブルース・リーの誘いで映画界へ足を踏み入れたチャック・ノリス。『フォース・オブ・ワン』(’79)や『オクタゴン』(’80)、『テキサスSWAT』(’83)といった低予算アクションで頭角を現した彼は、当時波に乗りつつあった映画会社キャノン・フィルムと初めて組んだ戦争アクション『地獄のヒーロー』(’84)が空前の大ヒット記録したことで、一躍ハリウッドのトップスターの座へと躍り出る。続く『地獄のヒーロー2』(‘5)や『地獄のコマンド』(’85)、そして『野獣捜査線』も全米興行収入ナンバーワンに。中でも、それまで批評家からは酷評されまくっていたノリスにとって、初めて真っ当な評価を受けた作品が本作だった。 実際、当時のチャック・ノリス主演作品の多くが、映画としては非常にビミョーな出来栄え。ぶっちゃけ、アクションはA級だけれど脚本はC級だよねと言わざるを得ない。出世作『地獄のヒーロー』にしてもそうだが、ストーリーがアクションを見せるための手段でしかなく、どうしてもご都合主義で安上がりな印象が否めないのだ。その点、本作はライバル組織同士の抗争に警察が絡むという三つ巴の対立構造がしっかりと練られており、なおかつ警察たるものの正義とモラルを問う明確なテーマも貫かれている。主人公エディとヒロインの、さり気ない心の触れ合いも悪くない。しかし、やはり一番の功績は、優れたB級アクション映画のお手本のようなアンドリュー・デイヴィス監督の演出であろう。 大都会シカゴのロケーションを最大限に生かすことで予算を抑え、あくまでもストーリーに重点を置きつつ、ここぞというピンポイントでダイナミックなアクションを挿入することで、テンポ良くスピーディに全体をまとめあげていく。その安定感のある職人技的な演出は、さながら名匠ドン・シーゲルのごとし。本作が初めてのメジャー・ヒットとなったデイヴィス監督は、続いて同じくシカゴで撮ったスティーヴン・セガール主演作『刑事ニコ/法の死角』(’88)も大成功させ、やがて『沈黙の戦艦』(’92)や『逃亡者』(’93)などの大型アクション映画を任されるようになる。 やはり最も印象に残るのは、ループと呼ばれるシカゴ名物の高架鉄道でロケされた追跡シーンであろう。実際に走行する車両の屋根へ役者を登らせたスタントも見もの。通常よりもスピードをだいぶ落としての撮影だったらしいが、それでもなお迫力は十分である。また、激しいカーチェイスの末にリムジンがクラッシュ&炎上するシーンは、これまたシカゴへ行ったことのある人ならお馴染み、市内に張り巡らされた多層道路の中でも最も有名なワッカー・ドライブの低層階でロケされている。この同じ場所は『ダークナイト』(’08)のクラッシュ・シーンにも使われているので、見覚えのある方も少なくないだろう。また、随所に出てくる警察署のオペレーター・ルームは、実際にシカゴ警察署本部で撮影されており、本物の刑事や職員も多数出演。こうした、普通なら撮影許可の下りにくい場所を使用できたのも、シカゴ出身で地元にコネの多いデイヴィス監督だからこそだったようだ。 ちなみに、主人公エディの親友ドレイト役のデニス・ファリーナ、サングラスをかけた同僚コバス役のジョセフ・コサラの2人も、当時シカゴ警察に勤務する現役の刑事だった。どちらも刑事を本職としながら、アルバイトで俳優の仕事もしていたらしい。ファリーナは本作の翌年、マイケル・マン製作のテレビドラマ『クライム・ストーリー』(‘86~’88)の主演に抜擢されたことで警察を辞職。プロの俳優として『ミッドナイト・ラン』(’88)や『スリー・リバーズ』(’93)、『プライベート・ライアン』(’98)など数多くの映画で活躍することになる。一方のコサラは「クレイジー・ジョー」のあだ名で知られたシカゴ警察の名物刑事だったらしく、プロの俳優には転向せず役者と刑事の二足の草鞋を履きつつ、定年まで勤めあげたそうだ。 ほかにも、本作はシカゴ出身の地元俳優が多数出演。もともとシカゴは、ニューヨークに次いで全米最大の演劇都市として知られ、ゲイリー・シニーズやジョン・マルコヴィッチなどを輩出した名門ステッペンウルフ劇団もシカゴが本拠地だった。ダイアナ役のモリー・ヘイガンも、彼女自身はミネアポリスの出身だが、当時はシカゴの劇団に所属して舞台に出演していた。暗黒街の大物スカリーセ役では、デイヴィス監督の実父ネイサン・デイヴィスが出演しているが、彼もまたシカゴ演劇界の重鎮だった人物。そのほか、刑事役やギャング役を演じている俳優たちもシカゴの舞台俳優で、その多くが本作をきっかけにデイヴィス監督作品の常連となる。そういう意味では、実にローカル色の強い作品なのだ。 なお、終盤で大活躍する警察ロボットは、コロラド州に実在した’83年創業のRobot Defense Systems Inc.という会社(’86年に倒産)が製作に協力。この「仲間に反感を買った刑事の新たな相棒がロボット」という設定は、マイケル・バトラーとデニス・シュリアックのオリジナル脚本の段階から存在したらしいが、恐らく本作で唯一賛否の分かれるポイントかもしれない。まあ、実際に開発した会社が本作の翌年に倒産しているのだから、あまり実用的とは言えない代物だったのだろう。■ 『野獣捜査線』© 1985 ORION PICTURES CORPORATION. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2019.11.03
粋でニヒルでいなせな漆黒のマカロニ・ヒーロー、サバタ参上!
フランク・クレイマーことジャンフランコ・パロリーニ監督が生み出した、カルトなマカロニ・ウエスタン・シリーズ「サバタ三部作」の第一弾『西部悪人伝』(’69)。サバタと言えば、ジャンゴやリンゴ、サルタナなどと並ぶマカロニ西部劇の人気ヒーローだが、その原型は同じくパロリーニ監督が生みの親となった西部の流れ者サルタナだった。 もともとアルベルト・カルドーネ監督の『砂塵に血を吐け』(’67)に登場する悪役だったサルタナ(ジャンニ・ガルコ)を、全身黒づくめのニヒルで洒落たアンチヒーローとして主人公に据えた、サルタナ・シリーズの1作目『Se incontri Sartana prega per la tua morte(サルタナに会ったら己の死を祈れ)』(’68・日本未公開)。この作品を手掛けたパロリーニ監督は、それまでマカロニ・ウエスタンの定番だった「復讐とバイオレンス」のペシミスティックな要素を徹底的に排除し、スパイ映画ばりのアップテンポで軽妙洒脱なアクション・エンターテインメントとして仕上げ、’70年代初頭にブームとなるコメディ・ウエスタンの先陣を切ったのである。 ところが、2作目以降はアンソニー・アスコットことジュリアーノ・カルニメオが演出を担当。シリーズ降板を余儀なくされたパロリーニ監督が、ならば自分の手で新たなマカロニ・ヒーローを作ってやろうじゃないか!…と意気込んだかどうかは定かでないものの、とにかくサルタナのキャラクターをそのままパクる…いえ、継承するような形で誕生させたのが、同じように全身黒づくめのニヒルな洒落者、どこからともなく現れては欲深い悪人どもをてんてこ舞いさせ、首尾よくちゃっかりと大金を奪って去っていく正体不明のガンマン、サバタだったというわけだ。 舞台は西部の町ドハティ。まるで旋風のようにふらりと現れた謎のガンマン、サバタ(リー・ヴァン・クリーフ)が、酒場でチンピラ、スリム(スパルタコ・コンヴェルシ)のいかさま賭博を見抜いてやり込めていると、無法者集団による大胆な銀行強盗事件が発生する。なんと、軍の資金10万ドルを含む預金がゴッソリと盗まれたのだ。すると、すぐさま先回りしたサバタが犯人グループを皆殺しにし、現金を積んだ荷馬車と共に町へ戻ってくる。歓喜に沸く町の人々。これを見てすっかりサバタを気に入った町一番のホラ吹き男カリンチャ(ペドロ・サンチェス)は、神出鬼没の相棒インディオ(ニック・ジョーダン)と共にサバタの仲間となる。 一方、銀行強盗事件の解決に内心穏やかでないのは、町の有力者ステンゲル(フランコ・レッセル)とファーガソン(アンソニー・グラッドウェル)、そしてオハラ判事(ジャンニ・リッツォ)の3人だ。実は彼らこそが犯人グループの黒幕。鉄道の線路が敷かれる近隣一体の土地を買い占めるため、銀行強盗を働いてその資金を集めようとしていたのだ。しかし、殺された実行犯の身元が分かれば、いずれ自分たちに軍の捜査の手が及ぶことは免れない。そこで、リーダー格のステンゲルは、強盗計画に加わった関係者全員を一人残らず抹殺し、証拠隠滅を図るよう部下たちに指示する。 これにいち早く気付いたサバタは、カリンチャたちの協力で証拠となる馬車を奪い取り、それをネタにしてステンゲル一味を脅迫。金よこさねえとあんたらの悪だくみバラしちゃうよ~と(笑)。慌てたステンゲルは、その要求を聞き入れるふりをしつつ、サバタを亡き者にするため次々と刺客を送り込むものの、しかしいずれも片っ端から難なく撃退されてしまい、そのたびにサバタからの要求金額は跳ね上がっていく。ニヤニヤと意地悪そうな笑顔を浮かべるサバタ、困り果ててオロオロする腹黒オジサンたち。いやあ、自業自得とはまさにこのことですな。 そこでステンゲル一味が目を付けたのは、酒場女ジェーン(リンダ・ヴェラス)のヒモをしている、さすらいのバンジョー弾きバンジョー(ウィリアム・バーガー)。実はこの男、バンジョー(楽器の方ね)にライフルを仕込んだ凄腕のガンマンで、過去にサバタとは因縁のある相手だった。しかも、5人の殺し屋を一瞬にして成敗してしまうような猛者。こいつなら、さすがのサバタも太刀打ちできまいと踏んだステンゲルたちだったが…!? やっぱりサバタと言えばリー・ヴァン・クリーフ! ということで、サルタナ映画で打ち出した荒唐無稽なコミカル路線をそのままに、トリッキーなガジェット満載、ピリッと毒の利いた大人のユーモア満載、アクロバティックなアクションも満載のノリノリなエンタメ作品に仕上げたパロリーニ監督。なにしろ、007ブームに便乗した西独産スパイ映画「コミッサールX」シリーズの『エメラルドの牙』(’65)や『キス!キス!キル!キル!』(’66)などをヒットさせた人だし、『戦場のガンマン』(’68)なんて戦争映画も蓋を開けたら戦場を舞台にしたジェームズ・ボンド映画みたいな感じだったので、恐らくもともとこの手の軽いノリが持ち味なのだろう。まさに水を得た魚のごとし。 マカロニ・ファン要注目なのが、やはり劇中に出てくる武器の数々だろう。リムの内側にウィンチェスター製ライフルを仕込み、ネックの先から銃弾を連射するバンジョーはもちろん、上下左右4連なうえにグリップ部分からも弾が3発出る7連発デリンジャー銃(こちらはサバタがご愛用)など、いかしたガジェットたちにもニンマリさせられる。ジュリアーノ・カルニメオ版「サルタナ」シリーズほど荒唐無稽ではない、適度なさじ加減が「サバタ」シリーズの特徴。いずれにせよ、こういう「なんちゃってね!」的なお遊びは素直に楽しい。 もちろん、サバタ役を演じるリー・ヴァン・クリーフのニヒルなダンディズムと、渋い大人の男の色気も最高!しかも、悪知恵に長けた悪人たちの、さらに上を行く狡猾なワルときたもんだからたまりません。町の権力を牛耳る極悪非道なオッサンたちが、手も足も出ずに慌てふためく姿を、ニヤニヤと眺めながらジワリジワリと追い詰めていくサバタのドSっぷりがまた痛快。一般的にはセルジオ・レオーネ監督のドル箱三部作が有名なヴァン・クリーフだが、なかなかどうして、こちらのサバタ三部作も負けていない。いや、むしろこちらこそが代表作と推したいほどのはまり役である。なぜか第2弾『大西部無頼列伝』(’71)ではユル・ブリンナーにサバタ役がバトンタッチされ、これはこれで面白いんだけど、なんかちょっと違うんだよねと思っていたら、第3弾『西部決闘史』(’72)では無事にリー・ヴァン・クリーフが復活。やっぱり、サバタの粋でいなせでお茶目なワル親父っぷりは、ヴァン・クリーフじゃなければ十分に発揮されないのだ。 なお、サバタのライバル、バンジョーを演じているのは、パロリーニ監督の「サルタナ」映画で悪役を演じたマカロニ・ウエスタンの名物俳優ウィリアム・バーガー。『地獄のバスターズ』(’78)でフランス人女性ニコルを演じたデブラ・バーガー、ロリコン映画『小さな唇』(’74)に主演したカティア・バーガーはどちらも彼の娘だ。悪党トリオのボス、ステンゲル役のフランコ・レッセルは、’60年代イタリア産スパイ映画には欠かせない顔だった悪役俳優。オハラ判事役のジャンニ・リッツォも、数々のマカロニ西部劇や史劇映画で小心者の卑怯な小悪党を演じた俳優だ。そうそう、イタリア産B級娯楽映画の名物俳優アラン・コリンズことルチアーノ・ピゴッツィが、サバタを殺すために送り込まれた偽牧師役で顔を出しているのも見逃せない。 しかし、やはり「サバタ」シリーズの名物といえば、大ぼら吹きで単細胞で超テキトーだけど、どうにも憎めない熊さんみたいな髭面男カリンチャをコミカルに演じているスペイン俳優ペドロ・サンチェスことイグナチオ・スパッラ。フェルナンド・サンチョと並ぶマカロニ西部劇きってのコメディ・リリーフで、「サバタ」シリーズでも役名を変えながら全作に出演している。その相棒インディオ役のニック・ジョーダンは、本名をアルド・カンティというイタリア人で、もともとはスタントマンだったものの、ルックスの良さと抜群の身体能力を買われて、数々の史劇映画やマカロニ西部劇で活躍した人だ。どうやらマフィアと関りがあったらしく、48歳の若さで怪死を遂げている。 そして、本作を語る上で外せないのが、音楽スコアを担当した作曲家マルチェロ・ジョンビーニの存在であろう。サバタとバンジョーのそれぞれにテーマ曲を設け、ストーリー展開に合わせてそれらを巧みに使い分けていくメソッドは、一連のセルジオ・レオーネ監督作品でエンニオ・モリコーネが用いた手法と全く一緒だが、しかしポップでグルーヴィーなノリの良さはモリコーネと明らかに一線を画する。中でも、ウルトラ・キャッチーなサバタのテーマは、まるでベンチャーズみたい。このワクワクするような高揚感は絶品だ。 なお、ジャンゴやサルタナなどと同様、「サバタ」も本家のヒットに便乗した非公式作品が幾つも作られている。正式なシリーズは本作『西部悪人伝』(’69)と『大西部無頼列伝』(’71)、そして『西部決闘史』(’72)の3本のみ。ほかにも、ブラッド・ハリス主演の『Wanted Sabata(指名手配犯サバタ)』(‘70・日本未公開)やアンソニー・ステファン主演の『Arriva Sabata!(サバタが来た!)』(‘70・日本未公開)などのサバタ映画が作られているものの、いずれもパチものなのでご注意を(笑)。■ 『西部悪人伝』© 1969 ALBERTO GRIMALDI PRODUCTIONS, S.A.. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2019.12.02
巨匠セルジオ・レオーネの一番弟子による師匠への壮大なオマージュ『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』
マカロニ・ウエスタン・ブームの終末期に登場した、紛うことなき正統派のマカロニ・ウエスタンである。セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(’64)を皮切りに、世界中で人気を博したイタリア製西部劇=マカロニ・ウエスタン。当時を知るイタリアの映画製作者エットーレ・ロスボックによると、カンヌ国際映画祭のフィルム・マーケットへ持ち込めば、マカロニ・ウエスタンというだけで瞬く間に世界中から買い手が付いたという。 しかし、巨匠レオーネの『ウエスタン』(’68)を頂点として、ブームは衰退期へと入っていくことに。その年だけで75本ものイタリア産西部劇が公開されたが、翌69年には一気に26本へと激減する。’70年は35本と若干持ち直すものの、しかし一時ほどの勢いがジャンルから失われつつあるのは誰の目から見ても明らかだった。 そこで、イタリアの映画製作者たちは、日本の座頭市のごとき盲目のガンマンが登場する『盲目ガンマン』(’71)や、香港のカンフー映画と合体させた『荒野のドラゴン』(’72)など、奇をてらった変わり種を続々と投入してジャンルの再活性化を図ろうとする。中でも特に成功したのは、テレンス・ヒル(マリオ・ジロッティ)とバド・スペンサー(カルロ・ペデルソーリ)のコンビによる、パロディ的なコメディ・ウエスタン『風来坊/花と夕日とライフルと…』(’70)。おかげで『風来坊』シリーズを真似たコミカルな西部劇が次々と作られ、ほんの一時的ではあれども活力を取り戻したかに思えたマカロニ・ウエスタンだが、しかしかつてのユニバーサル・モンスター映画然り、’80年代のスラッシャー映画然り、パロディの登場はすなわちジャンルの終焉を意味する。 そんな時期に登場した本作『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』(’72)は、さながら全盛期のレオーネ作品を彷彿とさせる王道的なマカロニ・ウエスタンだった。それもそのはず、監督を手掛けたジャンカルロ・サンティは、巨匠レオーネ自らが後継者と認めた愛弟子だったのである。 デビュー作に込めた愛弟子の意地 1939年10月7日にローマで生まれ、18歳の時に映画界へ入ったサンティは、希代の異端児にして鬼才中の鬼才マルコ・フェレーリの助監督を長年に渡って務め、『続・夕陽のガンマン』(’66)と『ウエスタン』(’68)でレオーネの助監督につく。特に『ウエスタン』では実質的な第二班監督として、サンティが単独で演出を任されたシーンも少なくなかったという。その熱心な仕事ぶりにレオーネも満足し、『ウエスタン』が完成した際には「俺の後を継ぐのはお前だ」とサンティのことを褒めたそうだ。実際、レオーネは次作『夕陽のギャングたち』(’71)の監督として、当初サンティを指名していた。ところが、これにアメリカ側から異論が出る。レオーネ自身が演出すると思っていたから出資したのだと。中でも、俳優ロッド・スタイガーは無名の新人監督と組むことを露骨に嫌がった。これにはさすがの巨匠も折れざるを得ず、結局レオーネが監督の座に座り、サンティは第二班監督へ昇進するに止まった。 一方その頃、ポーランド出身でイタリアを拠点とするベテラン製作者ヘンリク・クロシスキーは、当時マカロニ・ウエスタンの大スターとして活躍していたハリウッド俳優リー・ヴァン・クリーフと以前に交わした出演契約が、履行されないまま放置されていたことに気付く。なんていい加減な…!と言いたくなるところだが、当時のイタリア映画界では決して珍しいことではなかったらしい。いずれにせよ、早急にヴァン・クリーフの主演作を作らねばならない。そこで彼は、ヴァン・クリーフ主演の大ヒット西部劇『怒りの荒野』(’67)を手掛けたエルネスト・ガスタルディに脚本を依頼し、監督としてレオーネの愛弟子サンティに白羽の矢を立てる。というのも、もともとマルコ・フェレーリ監督作品のプロデューサーだったクロシスキーは、当時助監督だったサンティとも親しい間柄だったのだ。 期せずして監督デビューのチャンスを得たサンティ。しかも師匠レオーネの『夕陽のガンマン』(’65)でマカロニ・スターとなった、リー・ヴァン・クリーフ主演の西部劇である。おのずと、彼の脳裏には『夕陽のギャングたち』での苦い経験が甦る。あの時俺を認めなかった奴らを見返してやりたい…と考えても不思議はなかろう。この『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』が、あからさまなくらいセルジオ・レオーネの演出スタイルを意識し、時として模倣までしている背景には、そのような経緯があったのである。 まさにマカロニ・ウエスタンの「グレイテスト・ヒッツ」 物語はリー・ヴァン・クリーフ演じる謎めいた黒衣の元保安官クレイトンが、無実の罪で指名手配犯となった若者フィリップ(ピーター・オブライエン)の逃亡を助けつつ、街を牛耳る悪徳資産家のサクソン3兄弟(ホルスト・フランク、マルク・マッツァ、クラウス・グリュンベルグ)に立ち向かうというもの。そのクレイトンが納屋に身を潜めたフィリップへ向けて、さりげなく周りを取り囲む賞金稼ぎたちの位置を教えていくオープニングからしてレオーネ節が炸裂する。 馬車から下りて寂れた酒場へとゆっくりとした足どりで向かうクレイトン。その道すがら、あちこちで意味もなく立ち止まるのだが、その全てに実は賞金稼ぎたちが身を隠している。そして、ようやく酒場へとたどり着いたクレイトンがテーブルに座り、辺りは不穏な静寂に包まれる。緊迫した空気の中で刻々と過ぎていく時間、突如として鳴り響く銃声と急転直下のガンバトル。この実際にアクションが起きるまでの徹底した「溜め」の演出といい、フィリップが納屋の隙間から外を監視する「フレーム・イン・フレーム」の画面構図といい、極端なロングショットとクロースアップの切り替えといい、ハーモニカの音色を響かせたモリコーネ風の音楽スコアといい、このオープニングだけを見ても本作がセルジオ・レオーネ作品(中でも『ウエスタン』)の多大な影響下にあることは一目瞭然であろう。 興味深いのは、本作における復讐のモチベーションというのが、主人公たち正義の側だけでなく悪の側にもあるということ。というのも、銀山を所有するフィリップの父親はそれゆえ強欲なサクソン家の罠にかかって殺され、そのサクソン家の当主(3兄弟の父親)もまた何者かによって殺されたのだ。銀山の所有権を奪うための便宜上、跡取りのフィリップに自分たちの父親殺しの濡れ衣を着せたサクソン兄弟だが、その傍らで正体不明の真犯人を探している。実はクレイトンだけが真犯人を知っているものの、なぜか口をつぐんで明かそうとはしない。その理由は最後になって分かるのだが、いずれにせよこの複雑に絡み合った正義と悪の双方の復讐ドラマを軸としながら、徐々に全体像を解き明かして謎の真相へと迫る脚本は巧みだ。 なお、老練ガンマンと無鉄砲な若者の師弟関係という図式は、『怒りのガンマン』をはじめ『復讐のガンマン』(’66)や『風の無法者』(’67)など、まさしくリー・ヴァン・クリーフ主演作の定番的なシチュエーション。そのヴァン・クリーフが若者の過去と深い関りがあるという設定は、『新・夕陽のガンマン/復讐の旅』(’67)とそっくりだ。また、白いスーツに身を包んだサクソン3兄弟の末っ子アダム(K・グリュンベルグ)のサディスティックなサイコパス・キャラは、ルチオ・フルチ監督『真昼の用心棒』(’66)のニーノ・カステルヌオーヴォを彷彿とさせる。邦題にもなった銀山の大虐殺で使用されるマシンガンは、セルジオ・コルブッチ監督『続・荒野の用心棒』(’66)をはじめイタリア産西部劇では定番の武器。こうした、さながら「グレイテスト・ヒッツ・オブ・マカロニ・ウエスタン」とも呼ぶべき見せ場の数々も本作の魅力であろう。 さらに、本作で忘れてならないのは音楽スコアだ。基本的に映画音楽というのはストーリーやシーンを盛り上げるための脇役的な存在だが、時として映画そのもののイメージを左右し、さらには作品全体の格を上げてしまうことさえある。本作などはまさにその好例と言えるだろう。中でもルイス・エンリケ・バカロフが作曲したメインテーマ(それ以外はバカロフの盟友セルジオ・バルドッティの作曲)の素晴らしいことと言ったら!レオーネの『ウエスタン』でエンニオ・モリコーネが書いたスコアを意識していることは明白ながら、しかしこの壮大でドラマチックな高揚感はなんとも筆舌に尽くしがたい。なるほど、タランティーノが『キル・ビルVol.1』(’03)で引用するわけだ。ちなみに、本作はマカロニ・ウエスタンとしては珍しく、スペインのアルメリアではなくイタリア本国で撮影されているのも要注目ポイント。主なロケ地はローマおよびピサの郊外だ。 名優リー・ヴァン・クリーフを取り巻く個性的な役者陣 フィリップ役を演じているピーター・オブライエンは、本名をアルベルト・デンティーチェというイタリア人。もともと’60年代半ばからロック・ミュージシャンとして活動していた彼は、ボブ・ディランの楽曲をモチーフにした舞台ミュージカル「Then An Alley」を友人と組んでプロデュース。自らも出演を兼ねたこの舞台が大成功したことから役者へと転向した。その後、2年ほど芸能活動を休止してインドとチベットを放浪していたところ、ミケランジェロ・アントニオーニ監督から「Tecnicamente dolce」という作品のオファーを受け、旅費の足しになるならばくらいの軽い気持ちで帰国。結局、この企画はボツになってしまったものの、当時アントニオーニのもとでロケハンを担当していたサンティ監督がアルベルトのことを覚えており、本作のフィリップ役に起用したのである。 劇中での軽業的なアクションはスタントマンに任せているものの、しかし本人は柔道の心得がある上に当時はまだ若かったこともあり、自らスタントを演じたシーンも多いという。ただ、もともと映画界での野心がなかった彼は、本作で賞金稼ぎの1人を演じた俳優ミミ・ペルリーニに誘われ、彼が主催するアングラ劇団ラ・マスケラに参加して舞台に専念。さらに結婚を機に俳優業を引退し、現在は大手週刊誌「レスプレッソ」の映画ジャーナリストとして活動している。 また、脇役陣で注目したいのはサクソン3兄弟の長男デヴィッドを演じるホルスト・フランク、次男イーライ役のマルク・マッツァ、そして三男アダム役のクラウス・グリュンベルグである。ホルスト・フランクはマカロニ・ウエスタンのみならずジャッロ映画の悪役としてもお馴染みのドイツ人俳優。マルク・マッツァはフランス人のタフガイ俳優で、数多くのギャング映画やアクション映画で端役を演じていたが、恐らく最も有名なのはチャールズ・ブロンソン主演の『雨の訪問者』(’69)における正体不明の「訪問者」役であろう。実はフランスの化粧品会社Hei Poaの創業社長(現在は娘に譲っている)でもある。クラウス・グリュンベルグは、バーベット・シュローダー監督の『モア』(’68)でミムジー・ファーマーと共演していたドイツ人俳優。あの朴訥とした爽やかな好青年が、本作では別人のようなサイコパスに扮しており、そのカメレオンぶりに思わず唸ってしまう。 なお、日本では当時劇場公開の見送られた本作だが、欧米では見事にスマッシュヒットを記録し、これを見た師匠レオーネはサンティ監督に『ミスター・ノーバディ』(’73)の演出をオファーする。しかし、『夕陽のギャングたち』の二の舞になることを恐れたサンティはその申し出を断り、結局もう一人の弟子トニーノ・ヴァレリーにお鉢が回ることとなった。そして、この『ミスター・ノーバディ』をもって、マカロニ・ウエスタンのブームは終焉を迎える。その後、サンティ監督は大衆コメディを手掛けるも畑違いゆえに実力を発揮できず、再び助監督生活へと逆戻りすることとなった。もう少し早くに独り立ちしていれば、また違ったキャリアが開けていたのかもしれない。■ 『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』© 1972 - Mount Street Film /Corona Filmproduktion/ Terra Filmkunst/ S.N.C. - Sociéte Nouvelle De Cinématographie. Surf Film S.r.l. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2019.12.04
ティム・バートンがリメイクしたホラー・コメディのルーツを探る!
監督ティム・バートン×主演ジョニー・デップという黄金コンビの顔合わせで、200年の時を経て現代へ甦ったヴァンパイアの巻き起こす珍騒動を描いたホラー・コメディ『ダーク・シャドウ』(’12)。本作がかつてアメリカで一世を風靡したソープオペラ(昼帯ドラマ)「Dark Shadows」の映画版リメイクであることはご存じの映画ファンも少なくないと思うが、しかし残念ながら日本では未放送に終わっているため、オリジナルのテレビ版がどのような作品だったのかは殆ど知られていないのが実情だろう。 それでも一応、テレビ版のストーリーを再構築した劇場版として、リアルタイムで制作された映画『血の唇』(’70)および『血の唇2』(’71)は日本でも見ることが出来る。とはいえ、どちらも劇場用に新しく撮り直しをしたリブート版であり、キャストの顔ぶれこそテレビ版を踏襲しているものの、設定は改変されているし、演出スタイルも劇場用モードに切り替わっているので、必ずしもテレビ版の雰囲気や魅力をそのまま伝えるものではない。そこで、まずは原点であるテレビ版「Dark Shadows」の詳細から振り返っていこう。 伝説のゴシック・ソープオペラ「Dark Shadows」とは? ‘66年6月27日から’71年4月2日まで、全米ネットワーク局ABCの昼帯ドラマとして放送された「Dark Shadows」は、今も昔も王道的なメロドラマで占められる同時間帯にあって、『嵐が丘』や『ジェーン・エア』を彷彿とさせるゴシック・ロマン・スタイルを全面に押し出した唯一無二の作品だった。企画・製作を担当したのは、『凄惨!狂血鬼ドラキュラ』(’73)や『残酷・魔性!ジキルとハイド』(’73)などテレビ向けのホラー映画を幾つも生み出し、劇場用映画としては幽霊屋敷物の佳作『家』(’76)を手掛けたダン・カーティス監督。もともとカーティスはプライムタイム向けの企画としてテレビ局幹部にプレゼンしたのだが、当時3大ネットワークで最も昼帯ドラマの視聴率が弱かったABCは、いわば現状打破するための起爆剤として、本作を月曜~金曜までの週5日間、昼間の時間帯に放送される30分番組としてピックアップしたのだ。 ただし、当初はそれこそ『嵐が丘』の系譜に属する純然たるゴシック・ロマンで、後に本作のトレードマークとなるスーパーナチュラルな要素は皆無だった。だが、放送開始から2ヶ月経っても3ヶ月経っても視聴率は低迷したまま。番組の打ち切りも囁かれ始めた頃、カーティスは思い切った勝負に出る。ドラマに幽霊や魔物を登場させたのだ。ここから徐々に視聴率が上り調子となるものの、しかしまだ決め手に欠ける。そこでカーティスが切り札として用意したのが、200年の時を経て蘇った孤高の吸血鬼バーナバス・コリンズだった。このバーナバスの登場によって番組の人気に火が付き、それまで4%台だった視聴率も一気に倍へと跳ね上がった。中でもカーティスやネットワーク局にとって嬉しい誤算だったのは、昼帯ドラマとしては異例とも言える若年層への人気拡大だ。 とういうのも、中部標準時間で午後3時、東部標準時間では午後4時から放送されたこの番組、ちょうど子供たちが学校から帰宅する時間帯に当たったのである。通常、この時間帯はテレビを付けても子供たちが楽しめるような番組は殆どない。しかし実は、そこにこそ想定外のニッチなマーケットが存在したのだ。吸血鬼やら幽霊やら魔女やらが登場する番組のホラー風味はたちまち若年層のハートを捕え、劇場版の制作はもとよりノベライズ本やコミック本、ボードゲームにジグソーパズルなどの関連商品も発売されるほどのブームを巻き起こす。さらには、サントラ盤LPが全米アルバムチャートのトップ20内にランキングされるという、テレビドラマとしては史上初の快挙まで成し遂げた。ただ、この若年層における人気が結果的に番組の弱点ともなる。なぜなら、当時のテレビ業界において昼間の時間帯のスポンサーは、主婦層向けの家庭用品メーカーや食品メーカーが主流。若年層の視聴者が中心の「Dark Shadows」はスポンサー企業のニーズと合致せず、テレビ局はCM枠を埋めるのに苦労した。そのため、’68~’69年のシーズンをピークに視聴率が下がり始めると、たちまちキャンセルが決まってしまったのである。 さて、放送期間およそ4年、総エピソード数1225本という、気の遠くなるほど膨大なストーリーから、重要な要素だけをかいつまむと以下のようになる。 ①メイン州の古い港町コリンズポート。その郊外に広大な屋敷コリンウッドを所有する由緒正しいコリンズ家の家庭教師として、身寄りのない女性ヴィクトリア(アレクサンドラ・モルトケ)が着任する。女主人エリザベス(ジョーン・ベネット)を筆頭に、愛憎の入り混じる複雑な事情を抱えたコリンズ家の人々。謎めいた前科者バーク(ライアン・ミッチェル)やウェイトレスのマギー(キャスリン・リー・スコット)と親しくなるヴィクトリアだったが、やがてエリザベスの弟ロジャー(ルイス・エドモンズ)を巡る暗い秘密が明らかとなっていく。さらに、コリンズポートで殺人事件が発生。犯人に捕らえられたヴィクトリアを救ったのは、200年前に自殺した令嬢ジョゼットの幽霊だった。 ②コリンズ家を脅迫していた男ウィリー・ルーミス(ジョン・カーレン)が、先祖の遺体と一緒に埋葬された宝石類を盗もうとコリンズ家の霊廟を暴いたところ、200年前に死んだ吸血鬼バーナバス・コリンズ(ジョナサン・フリッド)を蘇らせてしまう。イギリスからやって来た親戚を装ってコリンズ家に接近し、自分の下僕にしたウィリーを手足として使うバーナバスは、たまたま見かけたマギーに一目で心を奪われてしまう。200年前に自殺した恋人ジョゼットと瓜二つだったからだ。マギーを自分と同じ吸血鬼に変えようとするバーナバスを、ヴィクトリアやエリザベスの娘キャロリン(ナンシー・バレット)が阻止。正気を失ったマギーの治療を任された医師ジュリア(グレイソン・ホール)は、吸血鬼の治療法を探ってバーナバスを人間に戻そうとする。 ③交霊会の最中にヴィクトリアが忽然と姿を消す。気が付いた彼女は、1795年のコリンウッドで家庭教師となっていた。まだ吸血鬼になる前のバーナバスは、恋人ジョゼット(キャスリン・リー・スコット)との結婚を控えていたのだが、これに嫉妬を燃やしていたのがジョゼットの召使アンジェリーク(ララ・パーカー)。実は強大な力を持つ魔女であるアンジェリークは、秘かに横恋慕するバーナバスとジョゼットの結婚を邪魔するべく、様々な呪いを駆使するものの失敗。そこで彼女はジョゼットを自殺へ追い込み、バーナバスを吸血鬼へと変えてしまう。 ④辛うじて現代へ戻ってきたヴィクトリア。すると今度はロジャーが姿を消し、カサンドラ(ララ・パーカー)という女性と再婚してコリンウッドへ帰還する。そのカサンドラの正体が魔女アンジェリークであると一目で気付くバーナバスとヴィクトリア。アンジェリークはバーナバスに復讐するべく再び呪いをかけようとする。 ⑤1897年へタイムスリップしたバーナバス。イギリスから訪れた親戚を装い、コリンズ家の若き跡継クエンティン(デヴィッド・セルビー)に接近するバーナバスだが、彼の正体に気付いたクエンティンは魔女アンジェリークを復活させる。さらには、フェニックスの化身ローラまで登場し、コリンウッドは次から次へと危機に見舞われることに。さらに、クエンティンはアンジェリークの呪いで狼男となってしまう。 ⑥パラレルワールドの現代へ迷い込んでしまったバーナバス。そこではクエンティンがコリンウッドの当主で、前妻アンジェリークと死別した彼はマギーと再婚する。また、ウィリーは売れない作家でキャロリンと結婚していた。吸血鬼として処刑されかけたバーナバスを、現実世界から現れた医師ジュリアが救出し、全ては魔女アンジェリークの企みだと明かす。 ⑦1995年へタイムリップしたバーナバスと医師ジュリアは、ジェラルド・スタイルズという幽霊の呪いでコリンズ家が滅亡したと知る。1970年へ戻った2人は、現代に輪廻転生したクエンティンと一緒に呪いを食い止めようとするものの失敗。辛うじて1840年へ逃げたバーナバスとジュリアは、この時代のクエンティンに復讐を企てる魔法使いザカリーが呪いの元凶と気付くが、そんな彼らの前に再び魔女アンジェリークが立ち塞がる。 …とまあ、ザックリとしたポイントを要約しただけでも、テレビ版「Dark Shadows」がどれだけ荒唐無稽かつ奇想天外なドラマであったかがお分かりいただけるだろう。脚本のセリフも大袈裟なら役者の演技も大袈裟。しかも、週5日放送のタイトなスケジュールであるため、撮影は基本的にワンテイクで済ませたため、セリフを間違えたり小道具が落下したりなどのハプニングもそのまま残されている。ストーリーが大真面目であればあるほど、意図せずして笑えるシーンが少なくない。それがまた、番組のカルトな人気に拍車をかけたものと思われる。 オリジナルのエッセンスを拡大解釈した映画版リメイク そんな往年の人気ドラマを21世紀に映画として復活させたティム・バートン監督の『ダーク・シャドウ』は、あえてオリジナルの「意図せずして笑える」という要素に焦点を絞ることで、いわばパロディ的なテイストのホラー・コメディとして仕上げている。そこがアメリカでも大きく賛否の分かれたポイントと言えるだろう。 物語は18世紀から始まる。水産会社を経営する大富豪の家庭に生まれ、イギリスからアメリカへ移住して育ったバーナバス・コリンズ(ジョニー・デップ)。しかし、火遊びをしたメイドのアンジェリーク(エヴァ・グリーン)が実は魔女で、その呪いによって最愛の恋人ジョゼット(ベラ・ヒースコート)は自殺を遂げ、バーナバス自身も吸血鬼に変えられて生きたまま地中へ埋められてしまう。 それから200年後の1972年。ある秘密を抱えた女性マギー・エヴァンズ(ベラ・ヒースコート)は、ヴィクトリア・ウィンターズと名前を変えてメイン州のコリンズポートへと到着し、今はすっかり没落したコリンズ家の家庭教師となる。その頃、近隣の森で工事業者が土地を掘り起こしていたところ、偶然にもバーナバスを復活させてしまった。初めて見る電光掲示板や車に戦々恐々としつつ、変わり果てた我が家コリンウッドへと戻ってくるバーナバス。召使ウィリー(ジャッキー・アール・ヘイリー)に催眠術をかけた彼は、イギリスから来た親戚としてコリンズ家に身を寄せることとなる。 コリンズ家の末裔は誇り高き女主人エリザベス(ミシェル・ファイファー)と不肖の弟ロジャー(ジョニー・リー・ミラー)、エリザベスの反抗的な娘キャロリン(クロエ・グレース・モレッツ)、そして母親を亡くして情緒不安定なロジャーの息子デヴィッド(ガリー・マグラス)。さらに、主治医ジュリア・ホフマン(ヘレナ・ボナム・カーター)が同居している。早々に自らの素性をエリザベスだけに明かしたバーナバスは、秘密の隠し部屋に眠る財宝を元手にコリンズ家の再興を計画。ところが、そんな彼の前に立ちはだかるのが、今や町を牛耳る女性経営者となった不老不死の魔女アンジェリークだった…! オリジナル・ストーリーにおける①~③の要素を融合し、独自の設定を加味しながら2時間以内にまとめ上げた本作。最大の特徴は、オリジナル版のキャラ、マギーとヴィクトリアを1人に集約させている点であろう。キャロリンが実は狼人間だったという設定は、オリジナル版のキャロリンが狼男クリスと交際するというサブプロットに、⑤で描かれた祖先クエンティン・コリンズの運命を融合させたもの。ウィリーがコリンズ家の召使となっているのは、映画版『血の唇』で採用された新設定を踏襲している。テレビ版では最後まで活躍する名物キャラの女医ジュリアが、バーナバスを裏切って報復されるという流れも、『血の唇』で改変された新設定をなぞったものだ。そのほか、オリジナル版ではフェニックスの化身という魔物だったデヴィッドの母親が本作では息子を守る幽霊に、生まれ変わりを繰り返していたアンジェリークが不老不死にといった具合で、こまごまと変更された設定は枚挙にいとまない。 溢れ出んばかりの家族愛に燃えるバーナバスが、かつての栄光を再びコリンズ家にもたらすべく、一族の宿敵である魔女アンジェリークと壮絶な戦いを繰り広げるというのが物語の主軸だが、やはり最大の見どころは20世紀の現代社会についていけない時代遅れな吸血鬼バーナバスの巻き起こす珍騒動、そのバーナバスとアンジェリークによるトゥー・マッチな愛憎ドラマの生み出すシュールな笑いだ。お互いの持つ魔力がぶつかり合い、部屋中を破壊しまくる濃密(?)なラブシーンなどはその好例。善と悪の魅力を兼ね備えたバーナバスのキャラを含め、オリジナル版の拡大解釈とも呼ぶべきコミカルな味付けは、確かに賛否あるのは当然だと思うものの、しかしティム・バートン監督がテレビ版のカルト人気の本質をちゃんと見抜いた証だとも言える。 なお、オリジナル版の熱狂的なファンで、本作の監督にバートンを推薦したのが主演のジョニー・デップ。エリザベス役のミシェル・ファイファーも番組のファンで、リメイク版の企画を知ってすぐに自らをバートン監督へ売り込んだという。また、アリス・クーパーもゲスト出演するパーティ・シーンでは、オリジナル版のバーナバス役ジョナサン・フリッド、アンジェリーク役ララ・パーカー、クエンティン役デヴィッド・シェルビー、マギー役キャスリン・リー・スコットがカメオ出演。「お招きどうも」と挨拶して来場する男女4人が彼らだ。 ‘91年にリメイク版が全米放送されて話題となった「Dark Shadows」。’04年にも新たなリメイク版シリーズの企画が立ち上がり、パイロット版まで制作されたがお蔵入りとなった。生みの親ダン・カーティスは’06年に亡くなり、バーナバス役ジョナサン・フリッドも映画版完成の直後に急逝。当初予定された映画版の続編企画は立ち消えたが、先ごろワーナー・テレビジョンがオリジナル版の続編シリーズ「Dark Shadows: Reincarnation」の制作を発表したばかりで、シリーズのレガシーはまだまだ今後も続きそうだ。■ 『ダーク・シャドウ』© Warner Bros. Entertainment Inc.
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COLUMN/コラム2020.01.03
アクション映画の歴史を変えたスティーヴ・マックイーンの代表作。『ブリット』
映画史上最高にクールな男スティーヴ・マックイーンが主演した、映画史上最高にクールなアクション映画である。人気テレビ西部劇『拳銃無宿』(‘58~’61)で脚光を浴び、『荒野の七人』(’60)と『大脱走』(’63)で映画界のスターダムを駆け上がったマックイーン。主演作『シンシナティ・キッド』(’65)も大ヒットし、『砲艦サンパブロ』(’66)ではアカデミー主演男優賞候補にもなった。そんな人気絶頂の真っただ中に公開され、全米年間興行収入ランキングで5位のメガヒットを記録した作品が、この『ブリット』(’68)だった。 舞台はサンフランシスコ。ミステリー作家ロバート・L・フィッシュがロバート・L・パイク名義で執筆した原作小説では、東海岸のボストンが舞台となっていたものの、当時のサンフランシスコ市長ジョゼフ・L・アリオートは映画撮影の積極的な誘致に乗り出しており、ロケ撮影にとても協力的だったことから同市が選ばれたという。実際、ここがアメリカ西海岸であることを忘れさせるような、サンフランシスコ市街地のお洒落でヨーロッパ的な佇まいは、スタイリッシュなムードを全面に押し出した本作において、もうひとつの主役とも言えるほど重要だ。 さて、そのサンフランシスコ市警の腕利き警部補ブリット(スティーヴ・マックイーン)が本作の主人公。上院議員チャルマース(ロバート・ヴォーン)に呼び出された彼は、シンジケート撲滅のため上院公聴会で証言する情報屋ジョー・ロスの保護を任される。ところが、チャルマース議員と警察しか知らない隠れ家の安ホテルへ2人組の殺し屋が現れ、ロスに瀕死の重傷を負わせたうえに護衛の刑事まで銃撃する。しかも、どうやらロス自身が殺し屋たちを部屋へ招き入れたらしい。なにかがおかしいと直感したブリットは、医師の協力を得て病院で死亡したロスの死体を隠し、まだ彼が生きていると見せかけて殺し屋をおびき出そうとする。 ストーリー自体は、正直なところ特筆すべきものでもない。謎めいたように思える事件の全容も、蓋を開けてみれば拍子抜けするほど単純だ。それよりも本作の面白さは、その後のハリウッド産アクション映画に多大な影響を与えたと言ってもいい、ピーター・イェーツ監督の徹底的にリアリズムを追究したアクション&バイオレンス描写にあると言えよう。中でも、今や伝説となっているカーチェイス・シーンは全ての映画ファン必見。坂道だらけのサンフランシスコ市街で、殺し屋2人組の乗った1968年型ダッジ・チャージャーと、ブリットが運転する1968年型フォード・マスタングGT390が凄まじい追跡劇を繰り広げるのだ。 そもそも、ピーター・イェーツ監督が本作に起用されたのも、カー・アクション演出の腕前を買われてのことだった。母国イギリスで撮った『大列車強盗』(’67)で、実に15分にも及ぶカーチェイス・シーンを披露したイェーツ監督。同作を見たマックイーン直々に指名された彼は、これが念願のハリウッド・デビューとなった。ロケでは実際にサンフランシスコの道路を封鎖して撮影を敢行。2人のカー・スタントマンがマックイーンの代役としてマスタングを運転しているが、しかしクロースアップではマックイーン本人がハンドルを握っている。なにしろ、カーレーサーとしても活躍した人だけあって、ハンドル捌きはプロのスタントマンも顔負けだ。車内の運転席から撮ったカーチェイス映像も、バックミラーにマックイーンの顔が映っているカットは本人の運転である。 一方、敵のダッジ・チャージャーを運転しているのは、殺し屋役を兼ねたカー・スタントマン、ビル・ヒックマン。彼は『フレンチ・コネクション』(’71)や『重犯罪特捜班/ザ・セブン・アップス』(’73)でも圧倒的なカーチェイスを披露している。なお、途中でカーチェイスに巻き込まれるバイクを運転しているドライバーは、『大脱走』でマックイーンのバイク・スタントの代役を務めたバド・イーキンズだ。どれもまだCGやVFXが存在しない時代の、文字通り命がけのリアルなスタントばかり。その度肝を抜かれるような迫力は、公開から50年以上を経た今も全く色褪せない。 『ブリット』は『ダーティ・ハリー』のルーツ!? もちろん、主人公ブリット警部補役を演じるスティーヴ・マックイーンの、クールで寡黙でニヒルでスマートなヒーローぶりも抜群にカッコいい。どこまでも冷静沈着で任務に忠実。上からの圧力にも決して折れず、時にはルールを無視することも厭わず、とことんまで犯罪者を追い詰めていく。そんな彼を上司のベネット署長(サイモン・オークランド)も全面的に信頼し、「いざとなったら俺が守ってやる」とまで言ってくれるんだから泣ける。 相棒のデルゲッティ刑事(ドン・ゴードン)ら同僚や部下の多くも、あえて口には出さないけれどブリットに厚い信頼を寄せている様子。この男同士のベタベタしない、暗黙のうちの友情ってのもいいのだよね。いけ好かないチャルマース議員に口うるさく非難されたブリットが、同じくチャルマース議員から人種的偏見で担当を外された黒人医師(ジョージ・スタンフォード・ブラウン)と、さり気なく視線を交わすだけでお互いに理解し合う瞬間の、あのなんとも言えない雰囲気も最高。近所の雑貨屋で買い物をするブリットの姿から、その人となりを雄弁に描くなど、セリフに頼らないイェーツ監督の人間描写・心理描写が素晴らしい。 そんなブリット警部補を演じるにあたってマックイーンが参考にしたのは、当時ゾディアック事件を担当して全米の注目を集めていた、サンフランシスコ市警の名物刑事デイヴ・トッシ。そう、あの『ダーティ・ハリー』(’71)シリーズのハリー・キャラハン警部のモデルにもなった人物だ。映画ポスターにも出てくるブリット愛用のショルダー・ホルスターも、実はトッシ刑事のトレードマークだった。サンフランシスコでのオール・ロケ、ハードなバイオレンス描写、ラロ・シフリンによるファンキーなジャズ・スコアなどを含め、本作は『ダーティ・ハリー』の先駆的な作品とも言えるのではないかと思う。 最後に共演陣にも目を向けてみよう。憎まれ役であるチャルマース議員を演じるロバート・ヴォーンは、これが人気テレビドラマ『0011ナポレオン・ソロ』(‘64~’68)終了後の初仕事だった。『荒野の七人』で共演したマックイーンに説き伏せられての出演だったという。それまでダンディなスパイ・ヒーローを颯爽と演じていた人が、今度は一転して鼻持ちならない傲慢な政治家を演じたのだから勇気が要ったのではないかと思うのだが、よっぽど本作の印象が強かったせいなのか、以降の彼は『タワーリング・インフェルノ』(’74)を筆頭に悪役をオファーされることが多くなる。 ブリットの恋人キャシー役には、その後ハリウッドの美人女優の代名詞ともなるジャクリーン・ビセット。当時はまだ頭角を現し始めた頃で、出番もそれほど多くはないのだが、犯罪捜査の殺伐とした世界に生きるブリットの、ある意味で救いともなるような存在として重要な役割だ。脇役でいい味を出しているのは、何と言ってもベネット署長役のサイモン・オークランドだろう。コワモテだけど頼りになるオヤジさんという雰囲気がいい。マックイーンとは『砲艦サンパブロ』でも共演済み。そういえば、デルゲッティ刑事役のドン・ゴードンも、『パピヨン』(’73)と『タワーリング・インフェルノ』でマックイーンと共演していた。ロバート・デュバルがタクシー運転手役で顔を出しているのも要注目。ちなみに、ブレットがタレコミ屋エディと待ち合わせするシーンで、レストランの席に座っているエディの連れの女性は、フォーク歌手ジョーン・バエズの妹ミミ・ファリーニャである。■ 『ブリット』© Warner Bros. Entertainment Inc., Chad McQueen and Terry McQueen
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COLUMN/コラム2020.01.03
空前のディスコ・ブームに沸く’70年代アメリカの光と影。『サタデー・ナイト・フィーバー』
‘70年代最大のカルチャー・ムーブメントといえば、間違いなく「ディスコ」であろう。そのインパクトは’50年代のロックンロールや’60年代のブリティッシュ・インベージョンにも匹敵するほど強烈なものだったが、しかしディスコがそれらのユース・カルチャーと一線を画していたのは、人種や国境や年代の垣根を超えてあらゆる人々を巻き込みながら盛り上がったことだ。文字通り、世界中の老若男女が煌びやかなディスコに熱狂したのである。 それは音楽ジャンルの壁すらも軽く超越し、キッスやローリング・ストーンズといったロックバンドはもとより、フランク・シナトラやアンディ・ウィリアムスのようなクルーナー、果てはシャンソン歌手のダリダやミュージカル女優エセル・マーマン、演歌歌手の三橋美智也に至るまで、ありとあらゆるジャンルのアーティストが流行に遅れまいとディスコ・ナンバーを世に送り出した。そんなディスコ・ブームの頂点を極めたのが、ジョン・トラヴォルタの出世作ともなった映画『サタデー・ナイト・フィーバー』だ。 ディスコはただのブームではなかった ディスコ発祥の地はフランス。ジャズバンドの生演奏の代わりにDJの選んだレコードを演奏して客に躍らせるナイトクラブのことを、レコード盤の「Disc」とフランス語でライブラリーを意味する「Bibliothèque」をかけてディスコテーク(Discothèque)と呼んだのが始まりだ。アメリカには’60年代に上陸したが、しかし当初はニューヨークのル・クラブやアーサーに代表されるような、ジェットセッター御用達の特別な社交場に過ぎなかった。ディスコが本格的にアメリカ文化に根付き始めたのは、’60年代末~’70年代初頭にかけてのこと。ニューヨークやロサンゼルスなど大都市圏に住むゲイや黒人、ラティーノといった、マイノリティ向けのアンダーグランドなクラブ・シーンがその舞台となった。 折からの経済不況に苦しむ当時のアメリカの若者たち、中でも就職先に恵まれない貧しいマイノリティの若者たちは、せめて週末くらいは暗い日常を忘れて楽しもうとディスコに集い、DJのプレイする軽快なディスコ・ミュージックで踊り明かすようになる。また、当時はウーマンリブ運動の影響によって、都会では多くの若い独身女性が社会進出したわけだが、そんな彼女たちも気軽に遊べる場所としてディスコへ通うようになる。危ない目にあう心配がないからとゲイ・クラブを好んで利用する女性も多かったそうだ。そして、そんな彼ら・彼女らがディスコで踊ったダンサンブルなレコードを買い求めるようになり、やがて音楽業界もこの新たなムーブメントに注目するようになる。ほかのジャンルに比べてディスコに女性アーティストが多いのは、そうした背景もあったと言えよう。 さらに、’75年のベトナム戦争終結もディスコ人気が拡大するうえで重要なきっかけとなった。’60年代末から続く反戦とフォークと政治の暗い時代が終わりを告げ、アメリカ国民は明るくて楽しくてキラキラしたものを求めるようになったのである。フリーセックスやゲイ解放運動など、当時のリベラルで開放的な社会ムードも、本来はアンダーグランドなカルチャーだったディスコをメインストリームへ押し上げたと言えよう。ちょうどこの年、ヴァン・マッコイの「ハッスル」やドナ・サマーの「愛の誘惑」、KC&ザ・サンシャイン・バンドの「ザッツ・ザ・ウェイ」といった、ブームの幕開けを告げる金字塔的なディスコ・ヒットが矢継ぎ早に生まれたのは、決して偶然の出来事ではない。 かくして、全米各地でディスコ専門ラジオ局が次々と誕生し、’75年に放送の始まった「Disco Step-By-Step」のように最新のダンス・ステップをレクチャーするテレビ番組が人気を集め、ディスコから生まれたヒット曲が次々と音楽チャートを席巻する。地域のコミュニティセンターや街角のガレージなどでもディスコ・パーティが企画され、年齢制限でディスコに入れない子供から夜遊びに縁遠いお年寄りまで、そして白人も黒人もヒスパニックもアジア人も関係なく、幅広い人種と世代のアメリカ国民がディスコ・ミュージックで踊り狂ったのだ。 さらには、もともと歌劇場だった老舗スタジオ54が’77年にディスコとして新装開店し、芸能界から政財界に至るまで名だたるセレブ達の社交場として人気を集めたことから、ディスコはアメリカで最もホットなトレンドとなったのである。そして、まさにその年に劇場公開されて爆発的なヒットを記録したのが映画『サタデー・ナイト・フィーバー』だった。 時代のトレンドを通して社会の実像に迫る 舞台はニューヨークの下町ブルックリン。主人公は貧しいイタリア系の若者トニー(ジョン・トラヴォルタ)。街角の小さな工具店で真面目に働くも給料は雀の涙、家に帰れば両親からダメ息子扱いされて居場所がない。そんなトニーにとって唯一の気晴らしは、近所の不良仲間とつるんで週末の土曜日に出かける地元のディスコだ。普段はうだつの上がらない負け組のトニーも、ここへ来ればダンスフロアで華麗なステップを踏んで周囲の注目を集める「ディスコ・キング」。ハンサムでセクシーで抜群にダンスの上手い彼は、若い女性客たちが放っておかない正真正銘のスターだ。もちろん、所詮は一晩だけの夢と本人も分かっている。しかし、彼にとって虚しい現実から逃れられる場所はここ以外にないのだ。 そんなある日、トニーはひときわ目立つ若い女性ステファニー(カレン・リン・ゴーニイ)と知り合う。美人だしダンスは上手いし、なによりもほかの下町の女の子たちとは明らかに違う、洗練された都会的な雰囲気がある。実際、彼女はマンハッタンの芸能エージェントに勤めるキャリア・ウーマンで、トニーの周りにはいないタイプのインテリ女性だった。といっても、その喋り方には下町訛りがかなり残っているし、話す内容も有名な芸能人が出入りする華やかな職場の自慢話ばかり。どうやらまだ就職して日が浅いらしく、近々ブルックリンからマンハッタンのアパートへ移り住むらしい。「私はあなたたちと違うのよ」というエリート意識が鼻につく上昇志向の強い女性だ。 しかし、それゆえにトニーは自分にないバイタリティを彼女に感じ、ディスコで開催される恒例のダンス・コンテストのパートナーとして彼女と組むことにする。夢を追いかけて地元から出ていくステファニーの強さと行動力に刺激を受けるトニー。一方の自分はといえば、異なる人種グループとの無意味なケンカでストレスを発散し、現実逃避でしかない夜遊び・女遊びに明け暮れる毎日。外の世界のことなど殆ど知らない。このままで俺は本当にいいのだろうか?今の生活を続けることに疑問を抱き始めた彼は、やがて自分の将来を真剣に考えるようになる…。 ‘76年に雑誌「ニューヨーク」に掲載されたイギリス人音楽ジャーナリスト、ニック・コーンのルポルタージュ記事を基にした本作。加熱するディスコ・ブームに当て込んだ便乗企画であったろうことは想像に難くないし、そもそも主人公トニーのモデルになった男性が原作者の創作だったことをコーン自身が後に認めているものの、しかし貧困やマイノリティ、ウーマンリブにフリーセックスと、当時の文化的・社会的な背景をきっちりと盛り込んだ脚本は、ディスコ・ムーブメントの本質を的確に捉えていると言えよう。そこはやはり、ジョン・G・アヴィルドセンの『ジョー』(’69)やシドニー・ルメットの『セルピコ』(’73)で、大都会ニューヨークのストリートを通して現代アメリカの世相をリアルに描いた、名脚本家ノーマン・ウェクスラーならではの社会派的な視点が光る。 もちろん、社会性とエンタメ性のバランスをきっちりと踏まえたジョン・バダム監督の演出も絶妙で、中でも着飾った若者たちが踊り狂う煌びやかなダンスフロアと薄汚れたブルックリンの生々しい日常との対比は、ディスコ・ブームに沸く’70年代アメリカの光と影を鮮やかに活写して秀逸だ。本作の大成功を受けて、『イッツ・フライデー』(’78)や『ローラー・ブギ』(’79)、『ミュージック・ミュージック』(’80)など柳の下の泥鰌が雨後の筍のごとく登場したが、時代のトレンドを通して社会の実像に迫る本作は、やはり数多の「ディスコ映画」とは明らかに一線を画すると言えよう。 なお、本作は’80年代映画サントラブームのルーツとしても重要な役割を果たしている。「オーストラリアのビートルズ」からディスコ・グループへと華麗なる転身を遂げたビージーズが新曲を提供し、「ステイン・アライヴ」や「恋のナイト・フィーバー」「愛はきらめきの中に」の3曲が全米チャート1位を獲得した本作。さらにイヴォンヌ・エリマンの歌った「アイ・キャント・ハヴ・ユー」も全米1位となり、ほかにもトランプスの「ディスコ・インフェルノ」やKC&ザ・サンシャイン・バンドの「ブギー・シューズ」など数々のディスコ・ヒットを全編に使用。それらを収録した2枚組のアルバムは全世界で4000万枚以上を売り上げるほどの社会現象となった。この「最新ヒット曲を集めたオムニバス盤」的なサントラ戦略の成功が、後の『フラッシュダンス』や『フットルース』などの布石となったと考えられる。■ 『サタデー・ナイト・フィーバー』© 2013 PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.
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COLUMN/コラム2020.02.03
これが不滅のマカロニ・ヒーロー、ジャンゴの原点だ!『続・荒野の用心棒』
世界を席巻したジャンゴ旋風 マカロニ・ウエスタンの生んだ最大のヒーロー、ジャンゴの原点である。1966年4月に本国イタリアで封切られたのを皮切りに、同年9月には日本で、11月には西ドイツとフランスで劇場公開され、各国で関係者の予想を遥かに上回る大ヒットを記録したセルジオ・コルブッチ監督作『続・荒野の用心棒』。その主人公こそが、マシンガンを隠した棺桶を引きずるニヒルでシニカルな凄腕ガンマン、ジャンゴ(フランコ・ネロ)だった。あまりの熱狂ぶりから非公式の続編映画、つまり勝手に主人公をジャンゴと名乗らせた無関係なイタリア産西部劇が続々と作られ、その数は30本を超えるとも言われている。 ただし、フランコ・ネロがジャンゴを演じた作品は、オリジナルの本作と唯一の正式な続編『ジャンゴ/灼熱の戦場』(’87)の2本だけ。それ以外は、トーマス・ミリアンやアンソニー・ステファン、テレンス・ヒルにジョージ・イーストマンなど、様々な俳優たちがジャンゴを演じてきた。ちなみに、ジャンゴというキャラの名付け親は、本作で共同脚本を手掛けているピエロ・ヴィヴァレッリ。ちょうど彼は当時、コルブッチ監督にジャンゴ・ラインハルトのレコードを貸していたことから、打ち合わせで主人公の名前をどうしようかという話題になった際、思いつきでジャンゴと命名したのだそうだ。 さらには、シャマンゴやらデュランゴやらシャンゴやらと、似たような名前のマカロニ・ヒーローまで登場。中でも特にジャンゴ人気の高かった西ドイツでは、フランコ・ネロが主演する西部劇のタイトルを、配給会社が片っ端からジャンゴ映画シリーズへ変えてしまったという。ちょうど、日本の配給会社がセルジオ・レオーネ監督作『荒野の用心棒』(’64)と無関係の本作を、勝手に続編と銘打って公開してしまったように。 とはいえ、実は『荒野の用心棒』と本作には浅からぬ縁がある。ご存じの通り、『荒野の用心棒』は黒澤明の時代劇『用心棒』(’61)を西部劇として翻案したわけだが、レオーネにそのアイディアを提案したのは他でもないコルブッチだったそうだ。2人はコルブッチがレオーネの初監督作『ポンペイ最後の日』(’59)を手伝って以来の友人で、家族ぐるみの付き合いがあるほど親しい仲だった。さらに言えば、この『続・荒野の用心棒』のストーリーもまた、黒澤の『用心棒』を下敷きにしているのだ。 数多のマカロニ西部劇群でも類を見ないバイオレンス 舞台はメキシコ国境に位置する、泥濘だらけの寂れた田舎町。棺桶を引きずりながら泥にまみれて現れた元北軍兵のガンマン、ジャンゴ(フランコ・ネロ)は、今まさに処刑されかけている娼婦マリア(ロレダーナ・ヌシアック)を救出し、人気のない町で唯一営業している酒場へとやってくる。この町ではジャクソン少佐(エドゥアルド・ファヤルド)率いる元南軍のならず者集団と、ロドリゲス将軍(ホセ・ボダロ)率いるメキシコ革命軍が、縄張りを巡ってお互いに睨みあっていた。マリアはその両方を裏切ったために殺されかけたのだ。到着早々、ジャクソン少佐の手下たちを挑発するジャンゴ。実は彼、最愛の女性をジャクソン少佐一味に殺されていたのだ。己の復讐のために2大勢力を翻弄し、両者が共倒れするよう仕組むジャンゴだったが…? なるほど、日本の配給会社が『荒野の用心棒』の続編として売り出そうと考えたのも無理からぬ話。コルブッチ自ら、本作のストーリーやビジュアルは一連の黒澤明作品にインスパイアされたと回顧録に記しているが、少なくとも基本設定は『用心棒』を下敷きにしていると見て間違いないだろう。それゆえ、『荒野の用心棒』と似ている部分も少なくないわけだが、しかしその終末的な殺伐とした映像の世界観は、レオーネ作品よりもこちらの方がずっと黒澤映画に近い。さながら『七人の侍』と『用心棒』のハイブリッドといった印象だ。 やはり本作最大のハイライトは、中盤の棺桶に隠したマシンガンでジャクソン少佐一味を撃退するシーンだろう。この意表を突くと同時に胸のすくようなシーンのおかげで、マシンガンは以降のマカロニ・ウエスタンにおける必須アイテムのひとつとなり、オルガンやらミシンやらにマシンガンを仕込んだジェームズ・ボンド映画ばりの秘密兵器まで登場するようになる。また、凄惨なバイオレンス描写の面でも本作は、その後のイタリア産西部劇に多大な影響を与えたと言えよう。中でも最もインパクト強烈なのは、ロドリゲス将軍がジャクソン少佐の手下の耳をナイフで切り落として本人の口へ突っ込むシーン。残酷描写を売り物にしたことで、正統派の西部劇ファンからは眉をひそめられることの多いマカロニ・ウエスタンだが、それでもここまで過激な描写は他になかなかない。 さらに、マカロニ・ウエスタン最高の看板スターであるフランコ・ネロを輩出したことも、本作の大きな功績のひとつに数えられるだろう。もともと、コルブッチ監督は前作『リンゴ・キッド』(’66・公開時期は本作の後)に主演したアメリカ人俳優マーク・ダモンをジャンゴ役に考えていたのだが、そんな彼に助監督のルッジェロ・デオダートが「クリント・イーストウッド似の俳優がいる」と推薦する。それが、アントニオ・マルゲリティ監督のSF映画『惑星からの侵略』(’65)の撮影現場でデオダートと知り合った、当時まだ23歳の駆け出し俳優フランコ・ネロだったのである。 ただ、当初コルブッチはオーディションに現れたネロのことを気に入らなかったという。そんな彼に考え直すよう説得したのはコルブッチ夫人のノーリだった。ところが、プロデューサー陣は依然としてマーク・ダモンを推しており、さらにはピーター・マーテルことピエトロ・マルテランザではどうかという声も上がる。結局、なかなか意見がまとまらないことから、配給会社の社長に3人の宣材写真を見せて選んでもらうことに。その際に指をさされたのがネロだったのだそうだ。いやあ、そんな適当な方法で主演俳優を決めるのもアリなのか(笑)。 イギリスでは実質上の上映禁止に…!? 撮影が始まったのは’65年の12月、ちょうどクリスマスの2日前のこと。といってもジャンゴが酒場の2階の部屋でマリアと対面するシーンを、ローマ近郊の撮影所エリオス・フィルムで1日かけて撮ったのみで、本格的な撮影は年明けにスペインでスタートしたという。ただし、コルブッチ監督は独裁者フランコ将軍の政権下にある当時のスペインを嫌ったため、スペインでの演出は助監督デオダートに任されたという。その間にエリオス・フィルムでは美術監督カルロ・シーミが町の屋外セットを完成させ、すぐに撮影隊はイタリアへ戻ることになる。 ちなみに、当時のエリオス・フィルムはほとんど使われておらず、敷地の整備も全くされていなかった。それゆえに格安で借りられたのだが、なにしろ雨が多いため土地も泥だらけ。どうしたものかとスタッフが困っていたところ、監督はこの荒れ放題の環境をそのまま生かして屋外セットを作るよう指示したのだそうだ。その現場にはコルブッチの次回作『さすらいのガンマン』(’66)に主演が決まったバート・レイノルズや、盟友レオーネも見学のために訪れたという。先述した耳切断シーンの撮影に立ち会ったレイノルズはビックリ仰天したと伝えられる。 なお、冒頭で紹介した通り世界各国で大成功した本作だが、実はイギリスとアメリカでは事情が大きく違った。まずイギリスでは、残酷描写を理由にBBFC(全英映像等級審査機構)から審査そのものを拒否され、実質的に上映禁止の憂き目に遭ってしまう。’80年代にホラー映画をビデオ市場から駆逐しようとしたブラックリスト「ビデオ・ナスティー」の例もあるように、昔からイギリスは残酷描写の規制が非常に厳しいのだ。その後、’80年に海賊版ビデオが出回るようになり、’84年に正規版のホームビデオが発売されることに。そして、’93年になってようやく映画館での上映が許可される。ただし、18歳未満お断りの成人映画として。 一方のアメリカでは、そもそも配給先がなかなか決まらなかったそうだ。本作の翌年、ハリウッドのミュージカル大作『キャメロット』(’67)の撮影でロサンゼルスを訪れていたフランコ・ネロが、自らの主催で業界人向けのプライベート試写を実施。ポール・ニューマンやジャック・ニコルソンなどが訪れて大盛況だったそうで、ニコルソンなどは本作の配給権獲得にも動いたらしいが実現せず、’72年になってようやく独立系配給会社の手でアメリカ公開されたのだが、しかし場末のグラインドハウス映画館で短期上映されただけ、しかも残酷描写をカットした再編集版、なおかつタイトルも「Jango」とミススペルされるという有り様だった。 結局、アメリカでは長いこと幻のカルト映画とされ、その後発売されたホームビデオのおかげで評価が定着するようになる。タランティーノは『ジャンゴ 繋がれざる者』(’12)で本作にオマージュを捧げたが、恐らく彼もまたビデオで再発見した世代の一人であろう。■ 『続・荒野の用心棒』1966 B.R.C. S.r.l. - Surf Film All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2020.02.04
ヴィン・ディーゼルが当たり役を演じた壮大なスペース・サーガ。『リディック』
究極のアンチヒーロー、リディックとは? ‘00年2月に全米公開され、予想外のスマッシュヒットとなったSFアクション『ピッチブラック』。当時スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(’98)において、体は厳ついが心は優しいカパーゾ二等兵役で注目されたばかりのヴィン・ディーゼルを中心に、ラダ・ミッチェルやコール・ハウザー、キース・デイヴィッドなど、いわゆる中堅どころの地味なキャストを揃えた低予算B級映画で、内容的にも『エイリアン』シリーズの二番煎じに過ぎないような作品だったが、しかし劇場公開後もDVDソフトが好調なセールスを示すなどカルト的な人気を博した。その最大の理由が、獰猛なエイリアンを素手で殴り倒す宇宙のお尋ね者リディック(ヴィン・ディーゼル)のインパクト強烈なキャラである。 スキンヘッドにバルクマッチョな肉体がトレードマークの屈強な男リディック。まだへその緒が付いた赤ん坊の頃に捨てられ、人生の大半を銀河系の様々な監獄惑星で過ごしてきたという天涯孤独の犯罪者だ。いつもゴーグル型のサングラスを着用しているのは、夜目が利くように改造した眼球を日差しから守るため。タバコ20箱と引き換えに刑務所の医師に手術を受けたと語っているが、実際のところ本当なのかは誰にも分からない。冷酷非情で残忍な宇宙屈指の悪党と呼ばれており、他人を寄せ付けない威圧的な雰囲気を漂わせているものの、しかしそれは弱肉強食の大宇宙を生き抜くための処世術でもある。自分以外の人間を信用せず、あえて他者に情けをかけたりしないのは、実のところ裏切られて傷つくことを恐れているからだ。 まさしく人間味あふれる究極のアンチヒーロー。シニカルでクールな冷血漢を気取ったリディックが、宇宙船の故障によって砂漠の広がる未知の惑星へと不時着し、どこまでも真っ直ぐで正義感の強い女性パイロット(ラダ・ミッチェル)に心動かされることで、惑星の暗闇に潜むモンスターの群れから他の生存者たちを守るため戦うことになる…というのが『ピッチブラック』の本質的な面白さだった。演じるヴィン・ディーゼルにとっても思い入れの強い役柄だったらしく、撮影中から既に続編の構想を練っていたのだとか。その後、『ワイルドスピード』(’01)と『トリプルX』(’02)でヴィンが一躍大ブレイクしたことから、製作元ユニバーサルは改めてリディックを単独の主人公に据えた続編を企画。それがこの『リディック』(’05)というわけだ。 強大な宿敵ネクロモンガー現る! 物語は前作から5年後。聖職者イマム(キース・デイヴィッド)と少年に化けた少女ジャックを未知の惑星から救出したリディックは、お尋ね者である自分の存在が彼らの迷惑にならぬよう、雪に閉ざされた極寒のUV星系第6惑星に身を潜めていた。ところが、そこへトゥームズ(ニック・チンランド)率いる賞金稼ぎチームがやって来る。しかも、その依頼主は他でもないイマムだった。友人に裏切られた思いのリディックは、真相を確かめるべくイマムの暮らすヘリオン第1惑星へと向かう。そこで彼は、イマムに紹介されたエレメンタル族の預言者エアリオン(ジュディ・デンチ)から、宇宙の侵略者ネクロモンガー帝国の軍団がヘリオンへと迫っていることを知らされる。 本編中での解説が断片的で分かりづらいため、ここで基本的な設定をまとめてみよう。ネクロモンガーとはネクロイズムの神を信仰する邪悪な民族で、もともとは惑星アシュラムの都市ネクロポリスを基盤にしていたのだが、やがて巨大宇宙空母バシリカを先頭に宇宙大艦隊を編成し、約束の地アンダー・ヴァースを目指して大移動を続けている。そして、多様な民族が多様な宗教を信仰しながら共存共栄する世界を否定し、全ての民族が一つの絶対的な宗教のもとに支配される全体主義的な世界を志向する彼らは、行く先々の惑星を次々と侵略して住民に改宗を迫り、歯向かう者は容赦なく抹殺してきたのだ。 この恐るべきネクロモンガー帝国の専制君主が6代目ロード・マーシャル(コルム・フィオール)。ただひとり、アンダー・ヴァースへ行ったことのある彼は、生と死の両方を兼ね備えた新たな生命体として戻ってきた。そのため、霊体と実体を使い分けた高速移動が可能で、超人的な攻撃能力を持ち合わせている。そんなロード・マーシャルの右腕が軍指揮官ヴァーコ(カール・アーバン)。主君に絶対服従を誓う忠実な家臣だが、野心家のヴァース夫人(タンディ・ニュートン)は夫の地位に満足しておらず、現ロード・マーシャルを亡き者にして夫を後釜に据えようと画策する。また、異教徒を改宗させるための説教師的な役割を果たす側近ピュリファイア(ライナス・ローチ)も、ある重大な秘密を周囲に隠していた。実のところ、侵略者ネクロモンガーも決して一枚岩ではないのである。 そして、いよいよヘリオン第1惑星へネクロモンガーの大軍が出現し、一夜にして占領されてしまう。妻子を逃がそうと抵抗したイマムは殺害され、大勢の住民が捕らえられて強制的に改宗させられる。辛うじて脱出することに成功したリディックは、わざとトゥームズの賞金稼ぎ一味に捕まり、灼熱の監獄惑星クリマトリアへ収監されることに。実はここに、かつてジャックという少年を名乗り、今はすっかりタフな若い女性へと成長したキーラ(アレクサ・ダヴァロス)が囚われの身となっていたのだ。昼間の気温は700度、夜間はマイナス300度にまで下がるクリマトリア。その地下刑務所をキーラと共に脱走し、ネクロモンガー帝国に戦いを挑もうとするリディックだったが…? 伝統とハイテクを融合した独特の世界観が魅力 特定の空間を舞台にしたモンスター・パニック的なB級SFアクションだった前作から一転し、まるで『スター・ウォーズ』シリーズを彷彿とさせる壮大なスペース・サーガへと大きく路線変更した本作。同じデヴィッド・トゥーヒー監督の演出とは思えないくらい、その映像的な印象はガラリと様変わりしている。シリーズ物によくありがちな、前作を踏襲しただけで終わるという失敗を避けたかったと監督は語っているが、なるほど、そういう意味ではかなり成功していると言えよう。また、1作目を見ていなくてもだいたい設定を把握できる脚本も親切だ。 中でも素晴らしいのは、絢爛豪華な美術セットや衣装のデザインである。ネクロモンガー帝国の建築物はバロック様式を採用し、軍隊の鎧兜には十字軍のイメージを投影したという。ゴシック様式だとあまりにもありきたりだから…というのが理由だそうだが、しかし先述したようなネクロモンガーの設定から考えても、バロックと十字軍という組み合わせは極めて妥当な選択だ。一方、ヘリオン第1惑星の都市ニュー・メッカはイスラム様式で統一。部分的にはアールデコの要素も取り入れられている。このような、中世の伝統と未来のハイテクを融合した独特の世界観は、なんとなくデヴィッド・リンチ監督の『砂の惑星』(’84)やピーター・イェーツ監督の『銀河伝説クルール』(’83)を彷彿とさせて面白い。 また、CGやグリーンバックにばかり頼ることなく、実物大セットとミニチュア・セットを使い分けながら作り上げられた王道的なVFXも好感が持てる。これはとても重要なポイント。どれだけ巧妙に仕上げられたCGでも、やっぱり本物の質感には敵わない。特に、本作が製作された’05年当時の技術を考えれば、まことに賢明な判断だと言えよう。ニュー・メッカの大通りを猛ダッシュするリディックに、ネクロモンガーの宇宙船が突っ込んでくるシーンも、実はCGでなくミニチュア合成だったりする。この時、ひっくり返った宇宙船に人物像のレリーフが彫られているのだが、これよく見るとデヴィッド・トゥーヒー監督の肖像(笑)。まさかのカメオ出演(?)である。 ちなみに、ネクロモンガーの軍隊に青い光を放つゴーグルマスクを被った奇妙な人々が混じっているが、監督自身の説明によると、あれは生命体を感知するレンザーという能力者で、負傷した元敵兵を手術で改造したヒューマノイドなのだとか。また、リディックの記憶を読み解こうとするクアジ・デッドなる不気味な連中は、いわばネクロモンガーの苦行僧みたいなもので、一切の食を拒むことで精神を統一し、テレパシーを使って人間の心や記憶を読むことが出来る。ただ、脳だけが発達して肉体が衰退したため、動いたり喋ったりできないことから、聖杯に溜められた水を通して会話するのだそうだ。この辺りも、劇中ではいまひとつ説明が足りないので、参考にしながら見て頂きたい。 で、やっぱり最大の見どころは我らがアンチヒーロー、リディックである。前作よりもさらに詳しく人物背景が描き込まれ、独特の考え方や価値観なども明確になることで、より人間的な魅力が増していると言えよう。その辺りは、一見したところ怖そうだけどよく見ると優しい目をしている、ヴィン・ディーゼル自身の魅力とも相通ずるものがある。本作に続いてシリーズ第3弾『リディック:ギャラクシー・バトル』(’13)も作られ、現在は4作目『Furya』(仮タイトル)の企画も進行中と伝えられているが、彼にとって『ワイスピ』シリーズのドミニクや『トリプルX』シリーズのザンダーと並ぶ当たり役であることは間違いない。■ 『リディック』©2004 Universal Studios All Rights Reserved.