ザ・シネマ 飯森盛良
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COLUMN/コラム2008.11.28
今さら人に聞けない『LotR』の基礎知識
っていうか『LotR』って何よ!? という人、そんな人のために、このブログを書いてますんでご安心を。まぁ、ただ単に『ロード・オブ・ザ・リング』の頭文字ってだけの話なんですけどね。そう略すのがナウいらしいんすわ。この12月、当チャンネルでは、世界三大ファンタジーを大特集するってことは既報のとおりであります。世界三大ファンタジー(文学)とは、『ナルニア国物語』、『指輪物語』、『ゲド戦記』のこと。それぞれ映画化もされてます。それを放送するってワケです。あ、ちなみに『ゲド戦記』って言っても、いろんな意味で話題になった例の宮さんの息子のアニメ版じゃありません。実写です。なんと実写あったんですねぇー。知らなかった…。 でも、ここではあくまで『指輪』限定で話します。あ、ちなみに『指輪物語』の映画版が『LotR』ですから。なんで『LotR』だけ特別扱いでブログに書くかって言いますと、『ナルニア』と『ゲド』って、ハッキリ言って、見りゃ分かる映画なんですわ。『LotR』も、いちおう見りゃ分かると言えば分かります。そのこと自体、実はスゴい!奇跡と言ってもいい!!と言うのも、原作『指輪』って、詰め込まれてる情報量がハンパじゃないんですよね。固有名詞多すぎ!イコール設定がすさまじく緻密ってことでもあるんですけどね。その情報の多さ・緻密さに、オタクな人々はイ・チ・コ・ロの模様(いや、自分自身を含めて)。それこそが『指輪物語』最大のウリであり、だからこそマニアうけするんですな、この作品は。あと、時間的な壮大さも魅力のひとつ。『指輪』世界の長大な時系列の一時点を切り取ったストーリーが『指輪物語』なんで、この物語以前にも物語があって、この物語以後にも物語があり、その断片情報が『指輪』の中にもチョイチョイ顔をのぞかせてくる。なので、今、自分が読んでいる『指輪』は氷山の一角で、その下にはさらに巨大な物語群、関連作なり関連情報なりが埋ずもれている。それも知りてー!というマニア願望をくすぐるようにできてるんです。まぁ、こういう『スター・ウォーズ』とか『ガンダム(宇宙世紀系の)』とかとも相通ずる(さすがにちょい強引か)ディープな魅力を持ったオタク向けの作品(の元祖的存在)なんで、ハマろうと思えばどこまでもズブズブとハマってける底なしの奥深さがあり、そこに首までドップリつかってるのがキモチいいんだ!っていうマニアな方たちのウケはすこぶる良いんですわ。でも、ズブズブが快感なんて理解不能!という一般大衆の皆様方には、手に余る作品なんじゃないかとも思うんです。それほど厄介な原作を、マニアも納得の奥深さを残しつつ、シロウトさんでも、いちおう見りゃ分かる、予備知識なしでも話についてけるレベルに映像化してみせ、最終的には誰が見ても楽しめる映画に仕上げたピージャック監督の手腕は、ほんと、神がかってるとしか言えませんわ。スゴい!奇跡だ!! というのは、そういうワケです。でも、「いちおう」見りゃ分かると書いてる通り、「いちおう」なんですな。たとえば見終わった後、マニアだけでなく一般大衆のほとんどの人もこの映画を「面白かった!」と感じるとは思うんです。エンターテインメント映画としても不世出の作品ですから。でも、じゃあどんなストーリーだったか思い出しながら説明してみてくれ、と言われて語れる人って、少ないんじゃないでしょうか?たとえば『ナルニア』なら、ふつう見た直後なら誰でもスラスラ言えちゃいますわ。良い意味で単純なお話なので。『LotR』だと、そうスラスラは言えないはずです。たぶん「結局、話的にはどういう話だったんだっけ!?」となる人が多いと思います。それぐらい複雑な話です。スラスラ言えなくたっていいんだよ講釈師じゃないんだから。ストーリー展開が頭に残らなくたって、見てる最中だけ楽しければ映画なんてそれでいいじゃん。というのは、もちろん正しい考え方です。でも、スラスラ言えちゃうぐらい内容をしっかり把握しつつ見ていくと、『LotR』はもっともっと面白く感じられるようになる、ってのもまた事実。掘り下げる気がなくても「いちおう」は楽しめるけど、掘り下げる気になれば、楽しさが質的に飛躍的に向上するハズなんですわ。そもそもが掘り下げて楽しむという楽しみ方ができるよう、奥深く作られてる作品なんですから。なんといっても大ヒット作ですから、ウチのチャンネルでやる前にどっかで三部作とっくに見てるよ、という人も大勢いらっしゃるかと思います。でも、その時は深く掘り下げるほどのモチベーションがなかったので、「いちおう」は楽しめた、でも所詮「いちおう」だった、という人、実際問題かなり多いんじゃありません?今回、年末のウチの放送は、その時よりもちょっと掘り下げたレベルで見てみませんか?そのお手伝いをする目的で、お節介を承知でこのブログを書くことにしました!もちろん、ヒット作ながら今まで見逃していたという人、今回が初見だという人。そういう人のこともケアしたい。映画本編を見て「複雑なストーリー展開だなー、2、3と見続けても話についていけるかなー」と気力が萎えかけても、大丈夫!後でこのブログの補足説明とかフォローとかを読んでいただければ、きっと、ついてけるハズです!これから、『1』、『2』、『3』各回のザックリとしたストーリー展開をここのブログに書き込んでいきますんで、それで大づかみで流れを把握しちゃってください。もっとも、文中には致命的ネタバレ情報も含まれますんで、必ず映画本編を見た後にしてください!『1』本編を見た後で『1』のブログを読み、理解を深めた上で、それから『2』本編を見る、というのが一番望ましいです。昔いちど『LotR』見てる、という人は、ネタバレも何もないので、本編前に予習的に読んでしまってもいいかと思います。その上でもう1度本編を見てみると、「これはこういうことだったのか!」と話がつながってくる部分も出てくるかと思います。とにかくですねえ、上辺だけサーッと見て、それだけでも楽しいは楽しい作品なんですが、それじゃもったいないワケですよ。やっぱ、最終的にはアカデミー賞とってますから!しかも史上最多部門とってますから!極論すれば、映画史上最高の作品(極論です!)とも言えるのかもしれません。さすがにこれは、できるかぎり深いレベルで堪能しといて惜しくはない作品でしょう。ということで、今さらながら感は若干残しつつも、当チャンネルで手厚く紹介しとくべきだよなーと思い、これから3回に分けて、三部作各話について書いてきますんで、おつきあいのほど、よろしくお願いいたします。■©MMI New Line Productions, Inc.All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2008.12.06
『ロード・オブ・ザ・リング(旅の仲間)』補足ブログ
『ロード・オブ・ザ・リング』の『1』についてちょいと補足します。ちなみに原作『指輪物語』ですと『旅の仲間』ってサブタイトルがちゃーんと付いてます。まずは、しょっぱな冒頭ですよね、『LotR』を初心者にとっつきにくくしてる元凶は。指輪がどうして世に生まれて、どうやってホビット族の手に入るに至ったのかを、ものすっごく駆け足でハショりまくって見て行くプロローグ的部分です。ここだけ補足説明しとけば『1』はまず完璧でしょう。ものの7分ちょいのプロローグなんですが、この7分間が超重要なんです!えー、この7分の中に、ホビット族のビルボ(主人公フロドの養父)が洞窟の中で指輪をたまたま拾うシーンがございますが、これ、実は『ホビットの冒険』っていう『指輪物語(LotR)』とは別の物語から引っぱってきた重要場面なんです。『ホビットの冒険』ってのは『指輪物語(LotR)』のいわゆる“エピソードI”的な前日譚です。これも前・後編でそのうち映画化されるらしいっすけどね『ホビットの冒険』の主人公はビルボで、13人のドワーフ族とともに大冒険を繰り広げるってお話なんですわ。ガンダルフとかエルロンドとか、ガンダルフを塔のてっぺんから救出した鷲とかも出てきます。映画『1』冒頭、ビルボとガンダルフが再会を喜ぶシーンがありますが、2人は『ホビットの冒険』時代に一緒に冒険した仲なんで、えらい懐かしかったんでしょう。そのシーンで、ビルボがガンダルフに「隠居してどこかで静かに本を書き終えたい」とかなんとか言ってますけど、本ってのはビルボの回想録のこと。それこそが『ホビットの冒険』なんです。つまり『ホビットの冒険』はビルボ・バギンズ著のノンフィクション、って設定になってるワケ(後で“裂け谷”のシーンで完成した本が出てくる)。さて、ビルボが指輪を拾った話に戻りますと、それがらみで『ホビットの冒険』に登場してくるキャラがゴラムです。さすがに重要すぎるキャラなんで映画『1』でもちょいちょい説明されてますが、かなり説明不足ですんで、ここで補足しときます。ゴラムは指輪の元の所有者で、指輪の魔性に魅入られ、洞窟の中で引きこもりな生活をしてた奴です。こいつがある時、大事な指輪をたまったま洞窟の中で落とすかなんかしたんです(っていうか、いつまでヒッキーに死蔵されててもラチ明かんと、冥王サウロンのもとに帰りたがってる指輪が、おのれの意志で逃げ出した)。で、その指輪を、大冒険のさなか、たまたま別件でゴラムのいる洞窟をさまよってたビルボが拾ったんですわ。直後、ビルボはゴラムと出会い、なぜか洞窟の真っ暗闇ん中でナゾナゾ対決をするハメになります。実はゴラムって、ナゾナゾ大好きという、意外にカワイイ一面があるんで。で、ビルボが勝てば洞窟の出口までゴラムに案内してもらえ、ゴラムが勝てばビルボを食ってもいいという、まさに生死を賭した勝負になったんです(『2』以降、ゴラムが刺身好きってのは描かれますが、平気で人も食っちゃうんです、実は)。で、押され気味だったビルボが最後にビルボ「いま私のポケットに入ってるものなーんだ?」ゴラム「分かるかそんなの!」(正論です)という反則技で逆転勝利(?)するんですが、ゴラムがその直後に大事な指輪を紛失したことに気づき、「指輪だな!?ポケットの中に入ってたのは指輪だな!お前が盗みやがったんだな!? 返せこのヤロー!!」という展開になるワケです。ビルボは指輪はめて透明になってその場を無事に切り抜けました(よく指輪はめた時のあの強烈な不快感に堪えれたな、ビルボは)。えー『1』の劇中、ビルボが旅立った後、主のいなくなったビルボの家で、主が残していった指輪を前に、ガンダルフがパイプをくゆらせつつ物思いに耽りながら「発端は“暗闇の謎問答”…」などとつぶやくシーンがございますが、このことを言ってたんですな。ナゾナゾ合戦のことは映画『LotR』劇中ではいっさい触れられてませんので、このセリフは『ホビットの冒険』を読んだことない人には完全に意味不明です。ちょいヒドいよな、この作りは。だから分かりにくい映画とか言われちゃうんだよ…。とにかくですね、このゴラムってのは『2』、『3』以降、フロドとの絡みで決定的に重要な役割を果たしていくキャラなんで、以上ながながと記した映画では言及されてない経緯、よーく把握しといてください。とまぁ、こんなところで『1』の補足説明は十分だと思います。あとはストーリーを簡単におさらいしときます。警告:以下の文章には、致命的なネタバレ情報が含まれます。映画本編を見る前には、絶対に読まないでください!・ 主人公フロド・バギンズが、隠居する養父ビルボ・バギンズから指輪を受け継ぐ。 ↓・ 魔法使いガンダルフの調査で、指輪が冥王サウロンのものと判明。これをサウロンが取り戻すとMAXパワーを発揮できるようになり、世界が滅ぼされる(蛇足ながら、『ロード・オブ・ザ・リング』とは「指輪の王」ってな意味で、つまりこのサウロンのことをさす)。 ↓・ 冥王サウロンはひっ捕らえたゴラムを拷問し「指輪は“ホビット庄(シャイアとも。ホビット族の村のこと)”のバギンズが持ってる」と聞き出し、恐ろしい指輪の幽鬼ナズグル9人衆を派遣。 ↓・ と、いう話をガンダルフに聞かされたフロドは、ホビット庄に居たらヤバそうだってんで、とりあえず指輪を持ってあわただしく逐電。ガンダルフは先輩魔法使いサルマンにアドバイスをもらうためサルマンが住むアイゼンガルドに向かう。フロドは独り、しばらく行った所にある村を目指し、後日そこでガンダルフと落ち合う、ってプラン。だが結局フロドには、庭師のサム、遠縁のピピン&メリーというホビット族仲間3人が同行することに。 ↓・ アイゼンガルドでサルマンと会うガンダルフ。だがサルマンは冥王の側に寝返っており、ガンダルフは監禁されてしまう。そのためフロドとの待ち合わせ場所に行けず。 ↓・ フロドらは待ち合わせ場所でガンダルフを待つが、一向に現れない。次第に追っ手ナズグルたちが迫ってくるが、その場にはアラゴルンがおり、以降、彼がフロドのことを護ってくれる。 ↓・ アラゴルンによって、フロドたちは、この待ち合わせ場所を出、エルフ族の領土“裂け谷”に導かれる。道中、ナズグルに攻撃されるが、なんとか“裂け谷”まで到着。そこには監禁から辛くも脱出してきたガンダルフの姿も。 ↓・ “裂け谷”のエルフ族領主エルロンドは、自分たちでは指輪を守りきれないので、指輪を“裂け谷”で管理することはできない、と言い、けっきょく指輪を今後どうするのか、各勢力の代表者を集めた会議にて決めることに。 ↓・ 会議の結果、指輪を破壊することに決まる。とは言え、この指輪は何をやっても破壊できず、唯一、指輪を作った滅びの山の業火だけがこれを物理的に破壊できると判明。ちなみに滅びの山は冥王サウロンの国モルドールにそびえてるんで、誰かビンボーくじ引いた奴が直接そこ(敵国の真っ只中で、かつ地獄の一丁目みたいな土地)まで行かにゃなんない。 ↓・ フロド、その超ビンボーくじ任務に志願。会議に出てた各勢力の代表者はフロドをサポートすることを誓い、ここに9人の“旅の仲間”が結成された。メンバーは、フロドサムメリーピピンガンダルフアラゴルン(実はゴンドール国の滅びだ王朝の末裔であることが判明)エルフ族のレゴラスドワーフ族のギムリゴンドール国執政の息子ボロミアって顔ぶれ。でもボロミアだけは指輪を破壊することには反対で、そのパワーで逆に冥王に対抗しようと主張する。彼の国ゴンドールは冥王の国モルドールに一番近くて、戦争状態にあるので、他の連中よりはるかに切羽詰ってて、そう考えるのもムリはないんですな。 あと、彼は執政の息子で、王家の絶えたゴンドール国の代理トップのご令息なんだけど、その王家の生き残り、ほんとのほんとのトップって血筋のアラゴルンがいきなし現れたんで、対抗意識ムキ出しになっちゃうのも、また仕方ないことです…。 ↓・ 滅びの山を目指し遥かな旅に出る仲間たち。途中、ドワーフ族の地下王国モリアを通るが、そこは今は廃墟と化しており、オーク族(この世界のザコキャラモンスター)がウジャウジャいて、その上、恐ろしいバケモノまで巣くってた。そのバケモノとの戦いで、ガンダルフ、死す! ↓・ エルフ族の国ロスロリアンを通過。女領主からいろいろ素敵なお土産をもらっちゃう。『2』以降の冒険でお役立ちアイテムとして活用されるので要チェック。 ↓・ 道中の森で、フロドとボロミアが2人きりになるシチュエーションがあり、その際にボロミアは自国ゴンドールを守るため、フロドから指輪を腕ずくで奪おうとする(そういう挙に出たのも指輪の魔力に操られたせい)。辛くも逃れたフロドは、他の仲間も指輪の魔力に惑わされ態度が豹変しちゃう恐れがある以上、ここから先は独りで旅を続けるしかない、と腹をくくる。正気に戻ったボロミアは後悔しきり。 ↓・ 寝返った魔法使いサルマンが作り出した強化オーク族“ウルク=ハイ(白い手の平マークが目印)”が旅の仲間の追跡に放たれる。その目的はフロドの拉致。旅の仲間たちもこの先の旅はフロド独りでしか続けられないことを納得し、それぞれが“ウルク=ハイ”からフロドを逃がそうと懸命に戦う。 ↓・ メリー&ピピンはフロドを逃がすため自らオトリとなり、助けに駆けつけたボロミアの奮戦もむなしく、“ウルク=ハイ”に拉致られてしまう(“ウルク=ハイ”はメリー&ピピンをフロドと勘違いした模様)。ボロミア、壮絶なる戦死!(ここ男泣きポイント) ↓・ フロドに同行すんのを断念したアラゴルン、レゴラス、ギムリは、拉致られたメリー&ピピンの身柄奪還のため、悪の魔法使いサルマンのもとに戻って行った“ウルク=ハイ”部隊を追撃することに。 ↓・ フロドは独りでモルドール国の滅びの山を目指そうとするが、忠実なる庭師のサムだけは死んでも同行すると言い張って聞かず、結局、この、主従であり親友でもあるコンビで、指輪を破壊するための旅を続けることに。 ↓・ 以上、『1』終劇!どうでしょう?『1』の展開は飲み込めました? 『2』以降はますます複雑な要素がからみ合うようになってきますが、このブログをご参考の一助にしてください。■ ©MM?New Line Productions, Inc.All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2008.12.07
『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』補足ブログ
さぁ、物語もいよいよ佳境に入る『2』こと『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』です。『二つの塔』とは、冥王サウロンの住むバラド=ドゥア塔と、裏切り者の魔法使いサルマンの本拠地アイゼンガルドにそびえるオルサンク塔のこと。いわば、悪の枢軸みたいなもんですな。しかし、本作で重要になるのはオルサンク塔の方で、それが『2』のメイン舞台のひとつ(バラド=ドゥア塔は『3』のメイン舞台です)。ここで活躍するのがメリー&ピピンの名コンビです。一方、もうひとつのメイン舞台が騎馬民族国ローハンで、こちらではアラゴルン、レゴラス、ギムリが活躍します。フロドとサムの2人は今作ではしゅくしゅくと滅びの山のそびえるモルドール国をめざして歩き続けます。『1』のラストで旅の仲間は3つに分裂、『2』では各チームがそれぞれの冒険を続けます。以下、TEAMフロド、TEAMメリー&ピピン、TEAMアラゴルンとして、『2』でのそれぞれの動きを追ってきましょう。警告:以下の文章には、致命的なネタバレ情報が含まれます。映画本編を見る前には、絶対に読まないでください!【TEAMフロド】メンバー:フロド、サム、ついでにゴラム・ 滅びの山がそびえるモルドール国めざして、ドヨーンと暗いムード漂う荒れ地を進む2人(暗いムードすぎてここがすでにモルドール領内かと勘違いする向きもありそうですが、全然モルドールの手前です。モルドール領の陰鬱さはこんなもんじゃありません!)。道中、2人はゴラムの襲撃を受ける。こいつ、現指輪所有者フロドの前の所有者ビルボの、そのまた前のオーナーだった奴で、まだ指輪に未練がある。 ※ 補足:なんだけど、そこらへんのいきさつ本編では詳しく描かれてません。描かれてるのが『ホビットの冒険』だってのは前回ブログにて既述のとおり。ゴラムの襲撃を撃退する際、フロドが「この剣は“つらぬき丸(スティング)”だ。見覚えあるだろ、ゴラム」とかミエ切ってますが、この剣も元は養父ビルボの物。『1』の時に“裂け谷”でフロドがビルボから譲られるシーン、ありましたよね。『ホビットの冒険』に、洞窟の中でゴラムがビルボの持つ“つらぬき丸(スティング)”にややビビり気味という記述があるんですが、それ知らなきゃこんなセリフ意味わからんって。 ↓・ ゴラム、その剣で脅され、指輪の奪回を断念。以後、下手に出てフロドにおもねる。TEAMフロドはこのゴラムを案内役に立てモルドール国を目指すことに。『1』で描かれてたとおり、ゴラムはモルドール国に拉致られて拷問うけた暗い過去があるんで、モルドールへの道はよく知ってる。 ↓・ 変な沼とかでいろいろあったけど、どうにかモルドール国の玄関口である「黒門」に到着。ただ、どう見ても突破なり潜入なりできるような状態じゃなかったんで、そこからのモルドール入りは断念。ゴラムが「別ルートがある。ヤバい道だけどそっちのがまだ可能性ある」とここにきて初めて明かしたんで、そっちルートに変更。 ↓・ 新ルートを進んでると、モルドール勢と対抗勢力との小競り合いに巻き込まれ、その対抗勢力の方にTEAMフロドは捕まってしまう。その対抗勢力ってのがゴンドール国。部隊を率いるのは例の死んじゃったボロミアの弟ファラミアだった。ゴンドール国はモルドール国と戦争してるんでTEAMフロドにしてみたら味方サイドのはずだけど、この国の連中、どうも禁じ手とされる「指輪使って一発逆転」狙いたがる悪いクセがあって、今度のファラミア隊長も兄貴のボロミアと同じことを考え、指輪を自国ゴンドールに持って帰ろうとする。 ↓・ でモルドールとの戦争の最前線にあるゴンドール国の町(といっても今は廃墟)オスギリアス市が攻撃を受けてるってんで、ファラミア隊に連行されてTEAMフロドもそこに行くハメに。ここでの戦闘では指輪の幽鬼ナズグルが翼竜みたいなのに乗って襲いかかってきて、そのさなかにフロドとサムの友情パワーの感動シーンが描かれたりする。その麗しい模様をコッソリ影で見てジーンときちゃったファラミア隊長は、2人を(ってか指輪を)ゴンドール国へ運ぶっていう禁じ手的な企みを断念。滅びの山への旅を続けていいと言い、TEAMフロドは無駄な足止めからやっと解放される。 ↓・ っていうか結局モルドール国に一歩も足を踏み入れられないまま、『2』終劇!しかもゴラムはしおらしく案内役を努めているようでいて、腹に一物ある模様…。【TEAMメリー&ピピン】メンバー:メリーとピピン ・ 悪に寝返った魔術師サルマンが放った強化オーク族“ウルク=ハイ”を中心としたオーク部隊に誘拐された(指輪を持ってるフロドと間違われて)2人だが、隙を見て逃げ出す。 ↓・ で、逃げ込んだ森で、木の精というか生きている樹というか樹木型二足歩行生命体というか、そんな感じのエント族と知り合い、実は死んでなかったガンダルフとも再会を果たす。ガンダルフの依頼で、エント族が2人をかくまうことに。 ↓・ メリーは、エント族も悪との戦いに加わるよう演説をぶつが、いまひとつ響かず。そこで今度はピピンが一計をめぐらし、エント族を悪に寝返った魔法使いサルマンの根拠地アイゼンガルド近くまで連れて行くことに。 ↓・ アイゼンガルド周辺はサルマンの富国強兵策によって豊かな森林が伐採され、一部、工業地域化されてた。それを見た森の守護者たるエント族は、ピピンの思惑どおり激ギレ!おりしもアイゼンガルドの10,000を下らないと言われる軍勢は騎馬民族国ローハン攻めのため出払っていて空城同然だった。その空城でエント族は大暴れを始め、堤防を決壊させて水攻めに。アイゼンガルドは床上浸水で復興不能状態、完膚なきまでに叩き壊されちゃう。それを自宅兼事務所(多分)である塔の上からなすすべもなく見てるしかない魔法使いサルマン、泣きそう…。「二つの塔」のうちの一方(オルサンク塔)、陥落!【TEAMアラゴルン】メンバー:アラゴルン、レゴラス、ギムリ ・ 誘拐されたTEAMメリー&ピピンを助けようと跡を追うが、森の中でガンダルフと再会。「あの2人はもう大丈夫」と聞いて一安心する。自分たちで救出はできなったが、結果よければすべて良しで、TEAMアラゴルンは別の戦いに身を投じることに。めざすは騎馬民族国ローハンだ。 ↓・ローハン国では国王セオデンが悪の魔法使いサルマンの魔法で廃人同然になっており、憂国の青年将校エオメルを国外追放するよう仕向けられるなど、魔法使いサルマンの意のままに操られてた。 ↓・ローハン国にやって来たガンダルフの善の魔法によってセオデン王の呪縛が解け、以後、ローハン軍は善の側として戦いに参戦。TEAMアラゴルンもこの軍に加勢する。 ↓・ 悪の魔法使いサルマンは冥王サウロンの指令に基づき人間絶滅のいくさを本格始動。その手始めに狙われたのが、自分のコントロール下から抜け出し反抗的になった騎馬民族国ローハンだった。ハンパない数の軍勢をローハン国に差し向ける魔法使いサルマン。ローハン国王セオデンは都を捨てて難攻不落の砦がある渓谷に全住民で立てこもると決める。TEAMアラゴルンも同行。ただしガンダルフは、例の追放された青年将校エオメルを呼び戻しに、どっかへ行っちゃう。 ↓・ アラゴルン、ローハン国の威勢のいいお姫様(セオデン王の姪)に片想いされちゃったり、崖から落ちたりといろいろあった後、渓谷の砦はいよいよ魔法使いサルマンが差し向けた軍勢に包囲される。彼我兵力差、なんと10,000vs300。スパルタ人でもなけりゃまず勝てない! ↓・ ローハン国王セオデンは「ウチには親しくしてる国なんて無いから、どうせどこも援軍には来てくれない」と捨て鉢ぎみだったが、 『1』に出てきたエルフ族が善の勢力同士ってよしみだけで援軍に来てくれて、人間のローハン国+エルフ族の混成軍が出来上がる。 ↓・ でもやっぱ多勢に無勢で勝てない。そもそも騎馬民族に篭城戦は向いてないってことで、最後は残った10騎ぐらいで騎乗カミカゼ特攻を敢行し華々しく散ろうとするが、ちょうどその時、ガンダルフが例の追放された憂国青年将校エオメルとその部隊2,000騎を引き連れて戻って来て敵攻囲軍の後背を突いたんで、形勢逆転!勝った!!とまぁ、こんな推移で『2』は終わり。『3』ブログに続く。■ ©MMII New Line Productions, Inc.All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2008.12.09
『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』補足ブログ
本作のメイン舞台は、まずゴンドール国(の都ミナス・ティリス)。ここを舞台に、ガンダルフ、アラゴルン、レゴラス、ギムリ、メリー&ピピン、さらには『2』に出てきたローハン騎馬軍団やゴンドールのお坊ちゃまファラミア隊長らが勢ぞろいで大活躍します。もうひとつのメイン舞台がモルドール国。とうとうフロドとサムはモルドール領内に足を踏み入れ、この壮大なる物語はついにクライマックスを迎えるワケっすわ!ゴンドール国の戦いはゴンドール防衛軍と援軍のローハン騎馬軍団、人間の軍隊だけで二勢力が出てきますが、どっちも鎧と盾って衣装なんで、よっぽどそういうのに興味がないと、どっちがどっちだか見た目で区別つかん、話がますます混乱する、という事態になるかもしれません。見分けるポイントとしては、バイキングみたいな戦士が馬に乗ってるのがローハン騎馬軍団です。色的には赤茶っぽい鎧に緑のマント。あと、だいたい金髪か明るい茶髪の人が多いですな。助けに来てくれる側がこっち。一方のゴンドール軍は、町の守備兵で、黒鉄色の甲冑を着てて(胸や盾に樹の紋章あり)、基本・徒歩だちで、黒髪かダーク茶髪の人が多いです。救援される側がこちらです。ゴンドール国の戦いは、この二国、助ける軍・助けられる軍の関係を把握しながら見れば、あんまし混乱しないですむかと。んじゃ、以下、ストーリーのおさらいです。警告:以下の文章には、致命的なネタバレ情報が含まれます。映画本編を見る前には、絶対に読まないでください!・ 騎馬民族国ローハンを救ったガンダルフ、アラゴルン、レゴラス、ギムリは、ローハン軍と一緒に陥落したアイゼンガルドにやって来て、そこでメリー&ピピンと再会を果たす。ピピンは瓦礫の中から、悪の魔術師サルマンの持ち物だった黒い水晶玉みたいなのを発見する。 ↓・ この玉は悪のテレパシー装置みたいなもんで、素手でさわると、冥王サウロンと意識が直接つながっちゃって、未来が見えたりもする。トラブルメーカーのピピンがこれをさわってしまう。そして見たのは、燃え落ちるゴンドール国の都ミナス・ティリス市の幻影だった。 ↓・ 冥王サウロン軍の攻撃目標がミナス・ティリス市だと分かった一行は、その救援に向かおうって話に。でもローハン王セオデンは、『2』で自分たちが攻められてた時にゴンドール国が助けてくれなかったことを根に持ってて、救援を渋る。 ↓・ とりあえずガンダルフは、トラブルばっか起こしてるピピンを連れて、一足先にゴンドール国ミナス・ティリス市に警告するため先行して旅立つ。※ここにきて再び一行は2チームに分裂。以下、TEAMガンダルフとTEAMアラゴルン別々に見てきます。【TEAMガンダルフ】メンバー:ガンダルフ、ピピン ・ ゴンドール国ミナス・ティリス市に着き、執政デネソール候に謁見。このデネソール候って、『1』で死んじゃったボロミア・『2』でTEAMフロドを捕らえたファラミア隊長兄弟のパパで、いちおう王家の絶えたゴンドール国では代理トップの地位にいる人。この人、ピピンのことは気に入って自国の城兵として取り立てたりするが、「騎馬民族国ローハンに助けを求めれば?」ってガンダルフの提案は拒否。ってのもローハン軍には王家の末裔アラゴルンが参加してるからで、アラゴルンがここに帰ってきたら(=王の帰還)、権力の座を返さなきゃならない、ってことが気に入らない模様。ま、今年ブームの『篤姫』風に意味もなく例えりゃ、大政奉還・王政復古をイヤがってるワケですな。 ↓・ と、かたくなに助勢を拒否されても敵を利するだけなんで、TEAMガンダルフは勝手に救援狼煙に火をつけちゃう。この狼煙が上がるとローハン騎馬軍団が助けに来てくれるって約束が両国間には結ばれてる模様。 ↓・ ゴンドール国にはミナス・ティリス市より敵国モルドールに近い場所にオスギリアス市って町(廃墟。『2』でファラミア隊が戦ってた場所)がある。そこがモルドール国のオーク族軍団の攻撃を受けちゃって、陥落。 守備隊長のファラミアはどうにかミナス・ティリス市まで退却してきて、そこでTEAMガンダルフに会い、こないだTEAMフロドと会ったばっかだと伝える。 ↓・ デネソール候は、息子のうち故ボロミアをえこひいきしてて次男ファラミアを毛嫌いしてるんで、「おめおめ生きて帰って来やがって、兄さんとは大違いの、この不肖の息子めが。お前が死にゃよかったんだ、今からでも特攻してこい」的なヒドいことをファラミアに言う。凹んだファラミア、仕方なく寡兵でオーク族のオスギリアス市占領軍に向かって特攻するが、とうぜん全滅。 ↓・ ファラミアが死にかけて戻ってくると、自分のせいなのにパパのデネソール候はうろたえ、さらに、自国がついに敵軍に包囲されちゃった光景を目の当たりにして「なんでローハン騎馬軍団は救援に来てくんないんだ!」と完全に逆ギレ。「もう自殺する!!」などと言い出し、ファラミアと一緒に無理心中(焼身)するが、ファラミアだけがTEAMガンダルフに救出される。 ↓・ オーク族の包囲軍がミナス・ティリス市への攻撃を開始。さらに、空から翼竜みたいなのに乗って飛来した指輪の幽鬼ナズグルの親分に、ガンダルフが襲われる。 ちょうどその時、ローハン騎馬軍団の援軍が到着!ナズグル親分はそっちの戦場へ向かって飛び立ち、ガンダルフは助かる(こっから先の展開はTEAMアラゴルンの箇所を読まれたし)。【TEAMアラゴルン】メンバー:アラゴルン、レゴラス、ギムリ、メリーおよびローハン騎馬軍団(国王セオデン、青年将校エオメル、男勝りの姫エオウィンなど) ・ TEAMガンダルフが勝手に上げた狼煙を見て、救援に行くことを渋ってたローハン国王セオデンも考えを変える。かくして、中つ国最強の緑備えのローハン騎馬軍団、およびTEAMアラゴルンは、ゴンドールの都ミナス・ティリス市をめざすことに。 ↓・ 途中、アラゴルンの先祖に不義理を働いたため呪いをかけられて成仏(?)できないでいる亡霊どもを味方にできたら、戦局もちょい有利になるかもね、と思い立ったアラゴルンは、レゴラス・ギムリとともに、亡霊どものいる洞窟に向かう。この時点で一時的にローハン騎馬軍団から離脱。そして亡霊どもを「子孫のオレに加勢してくれたら先祖の呪いをオレが解いてやってもいいけど、どうよ?」的に誘って、連中を味方に引き入れることに成功する。 ↓・ ローハン騎馬軍団、ゴンドール国の都ミナス・ティリス市に到着。すでにゴンドール守備軍とモルドール国オーク軍団との間で戦端は開かれてたが、その敵軍の側背に騎馬突撃を敢行。その後、象の超巨大版みたいなバケモノや、翼竜みたいなのに乗った指輪の幽鬼ナズグルなどとも死闘を続ける。そのさなか、ローハン国王セオデン、討ち死に! ↓・亡霊軍団を率いたアラゴルンとレゴラス、ギムリは、まず敵国側についた傭兵海賊を倒して船を奪い、その船で河を進み戦場ミナス・ティリス市に馳せ参じ、敵の包囲軍や象の超巨大版みたいなのを攻撃。敵を全滅させた。かくして、善の勢力、勝利!ただし亡霊軍団は、約束どおり成仏(?)してしまい、以降の戦いでは加勢してくれず。※ここでTEAMガンダルフとTEAMアラゴルンは再合流をはたす。アラゴルンは王としてゴンドール国の指揮官となり(執政デネソール候の焼身自殺、その息子ファラミア隊長の負傷による戦線離脱のため)、ゴンドール軍、ローハン騎馬軍団、それにガンダルフ、レゴラス、ギムリ、ピピン&メリーらと、敵国モルドールをめざして進軍。モルドール国の玄関口「黒門」のところ(『2』でTEAMフロドが侵入をあきらめた場所)にて敵軍を挑発する。その目的は、敵軍の注意を最大限こちらにひきつけ、TEAMフロドの滅びの山突入作戦を容易にすること。 ↓・勝ち目のない陽動作戦だったが、TEAMフロドが任務を遂行し、指輪が破壊されたため、悪の魔力が消えて敵軍は壊滅し、ついに善の勢力は完全勝利をおさめる!【TEAMフロド】メンバー:フロド、サム、ついでにゴラム ・ モルドール国めざしてどんどん進む3人。途中、ミナス・モルグルという、指輪の幽鬼ナズグルの居城である、緑色に光ってるヤバそうな要塞みたいなとこの脇を通過(この時、ミナス・ティリス市攻撃のためナズグルとオーク軍団が出陣してく)。 ↓・ フロドとサムを仲たがいさせようというゴラムの悪だくみによって、フロドはサムの友情と誠実さを疑い、追い払ってしまう。 ↓・ 邪魔者サムがいなくなったことで、いよいよゴラムはフロドのことを罠にかける。「キリス・ウンゴルって峠のトンネルしか先に進める道はない」と言い、フロドをそこに誘い込んで、その中に巣を張ってる巨大グモに襲わせる計画。で、フロドが泡食ったところにすかさず襲いかかり、指輪をふんだくろうと試みるものの、フロドに蹴飛ばされ、ゴラム、崖の上から転落。 ↓・ フロドに追っ払われちゃったサムはトボトボもと来た道を帰ろうとするけど、その途中の道端にはゴラムが陰謀をめぐらしてる決定的な証拠が残されてた。それを見て、フロドを助けようと急ぎ引き返し、フロドが巨大グモに襲われてる現場に駆けつけ、どうにかこうにか巨大グモを撃退。だが時すでに遅く、フロドはクモの毒針に刺されて死んじゃってた…。 ↓・ フロドの死体は、その場にやって来たオーク族によって運ばれてく。でも、実は死んだんじゃなくて、毒針で麻痺してただけ。と、いうことを知って愕然となったサムは、フロドが運ばれてったオーク族の牢獄みたいなとこに突入、息を吹き返したフロドを救出する! ↓・ そっからモルドール国はすぐで、ついにフロドとサムはモルドール領内に足を踏み入れることに。そこには見渡すかぎりオーク族がウジャウジャいて、とても踏破できそうになかったが、なぜか急に、オークたちがどっかあさっての方向に向けて移動を開始。冥王サウロンの監視の目もそっちの方角に向けられ、2人はノーマークで先に進めるようになる(実はこの時、TEAMアラゴルンが「黒門」で陽動作戦を展開し、敵の注意がそらされたため)。 ↓・ ついに滅びの山に到着。だが、崖から落ちたはずのゴラムが実は生きてて、襲ってくる!で、取っ組み合い、くんずほぐれつのドツキ合いをしながら、ついにフロドは、指輪を奪い取ったゴラムごと、滅びの山のマグマの中に、指輪を叩き落すことに成功する。マグマの中で指輪は溶解、かくてミッション達成!ついに世界は救われた!!【エピローグ】旅の仲間全員は再会を果たし、アラゴルンはゴンドールの王位に就き、ハッピーなムードのうちに旅の仲間は解散。フロドらホビット族4人衆はホビット庄(シャイア)に無事に戻り、その後、サムは結婚。そして、何年かが過ぎる。フロドは例の養父ビルボが書いた『ホビットの冒険』の続編として、自身の回想録『指輪物語』を執筆するんだけど、その頃になっても『1』で指輪の幽鬼ナズグルに刺された古傷が癒えず、西の海の彼方、神々の土地に移住して養生しなきゃならなくなる。フロドは、エルフ族、ガンダルフ、養父ビルボ(指輪の超自然パワーが無くなってから急に老け込んだ)とともに、船に乗って西の方角へと旅立ち、二度と戻らなかったのでした。終劇!■いっやー、お疲れ様でした! このブログも異常な文章量になっちゃいましたけど、実はこれでも、覚えとかなくてもとりあえずストーリーについてく上で困らない固有名詞の解説やら、本筋に直接影響してこないサイドストーリー的なエピソードなんかは、極力、省いてるんですわ。が本当は、その細部にこそ、神は宿る!『指輪物語(LotR)』のほんとにほんとの魅力は、実はそこなんです。たとえば、ミナス・ティリス市と、ナズグルの居城だったミナス・モルグルって、なんとなく名前が似てるけどなんでだろ、とか、オスギリアス市はなぜ廃墟なんだろとか、こういったことにもちゃんとワケがある。フロドが去っていった西の海の方には何があるのか、その背景も、実はちゃーんと作られているんです。さすがにマニアうけのいい作品だけあって、ネット上には『指輪物語(LotR)』関連の情報、用語解説なんかがいくらでも載ってますんで、映画見て、この魅力にハマりそうだ、と思った人は、まずはネットでどんどん調べてみてはいかがでしょう?映画『LotR』は、小説では読んだ人が頭の中で想像するしかなかったシーンを、ワタクシのようなド凡人の乏しい想像力では無理なレベルの圧倒的ヴィジュアルに映像化してみせたって点で、本当にすばらしい! 原作ファンも、その点では100点満点をピージャック監督にあげられるんじゃないでしょうか?映画のヴィジュアルをまぶたに焼き付けた上で、ワタクシとしては、やっぱり原作も読まれることをオススメいたします。この長大な映画版より実はもっともっと情報量の多い超大河小説を、映画が見せてくれた圧巻のヴィジュアルイメージの記憶で補完しつつ読み進められりゃ、まさに鬼に金棒! 100%完璧にファンタジー文学の最高峰『指輪物語』の魅力を堪能できるだろうと思いますよ。長い小説ですけど、20世紀文学史の金字塔でもある大傑作ですんで、この年末年始の休みにでも、未読の人はぜひチャレンジしてみてはいかがでしょ。©MMIIINew Line Productions, Inc.All Rights Reserved..
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COLUMN/コラム2009.06.26
人生いろいろ『フォレスト・ガンプ/一期一会』
ってのは、映画冒頭、主人公フォレスト・ガンプの最初のセリフなんですけど(母親の口癖の受け売りだけど)、この言葉が、作品のすべてを語り尽くしちゃってますね。この映画では、2、3の人生が描かれます。知能に障害を持つ男、フォレスト・ガンプ。子供の頃は身体も不自由で、補助具をつけないと歩くのも困難なほど。ただ、その補助具が星飛雄馬にとっての大リーグボール養成ギプス的な役割を果たしちゃって、ガンプの脚力は、気づかぬうちに常人をはるかに上回るものになっていた。 で、とあることがキッカケで、逆に韋駄天としての超人的能力を発揮することに。それ以来、この、「ムっチャクチャ足が速い」という特技のおかげで、ガンプの人生には次から次へと幸運が舞い込んできます。野心も野望も打算も下心もなく、ただ、その時その時の自分の人生を、バカ正直に生きた男の、夢のような成功物語。ヒューマン・ドラマであると同時に、一風変わったアメリカン・ドリームを描いたサクセス・ストーリーでもある。主人公のガンプを軸に見れば、これは、そんなお話です。いっぽう。ガンプの幼なじみの女の子でヒロインのジェニーは、ヒっドい人生を送ってます。子供の頃は父親に虐待され、女子大に入るとエロ本に出たことがバレて退学に。その後、成人してからも踏んだり蹴ったりの人生。ガンプとジェニーは、世代的には“団塊の世代”です(アメリカにゃないだろ)。1950年代に子供時代をすごし、60年代に青春時代を送って、70年代にオトナの仲間入りをした。まさしくアメリカ現代史を駆け抜けてきた、そんなジェネレーション。 ジェニーは、その時代感覚に染まりきって生きてる女。女子大生の頃はジョーン・バエズにあこがれてフォーク・シンガーになる夢をいだくものの、例の顔出しエロ本発覚事件のせいで場末のストリップ小屋に身を沈めることに。ビートニック・ビューティー“ボビー・ディロン”ってバカっぽいやっすい源氏名で、野郎どもにヤラしい野次をあびせられたり、触られたりしながら、全裸でギターを弾き語りします。その頃“ビート族”が流行ってたから、「ビートニック・ビューティー」。ボブ・ディランのブレイク直後だから、「ボビー・ディロン」。その後も、ビート族からヒッピーになって、みんながシスコに詣でればシスコに行き、みんながワシントンDCでベトナム反戦デモをすればそれに加わり、マリファナとかアシッドだとかの悪い草やクスリにも手を伸ばす。流行ってたから。そのうちヒッピーが時代遅れになって70年代ディスコ・ブームが到来すると、今度はそれ風のファッションに身をつつんで、コカインとかヘロインとかまでやっちゃって、いよいよもって廃人路線を転がり落ちてく。ただ時代に流されていくだけ。時代を生きるんじゃなくて、ただ流されるまま。ガンプの方は、時代という枠の中でも、あくまでマイペースで生きてくんですけど、そういうことが、このジェニーって女には、できない。で、どんどんドツボにはまってく。なんとか逃げ出したい。「鳥になってここから飛んでいきたい」と少女の頃からずーっと祈りつづけ、人生を自分の手にしっかりと掴みたいと必死で願ってるのに、掴めず、ただ流されるまま、けっきょく抜け出せずに、もがきつづけて、どんどん身を落としてく。でも、流されるだけのジェニーを、ゼメキス監督は、映画の中で罰してるワケじゃないと思うんです。罰として次々に不幸がふりかかってるワケじゃないだろうと思うんです。この映画って、ガンプは正直者だからラッキーな人生を送り、ジェニーはスレた女だから不幸になった、という「因果応報」の物語では全然ない、とワタクシは感じるのであります。人生の浮き沈みなんてもんは、しょせん運でしかありません。流される女ジェニーは、よくある人間類型です。むしろ、ガンプのように流されずマイペースを貫ける人間ってのの方が、実はレアな存在でしょう。俊足・強運・マイペース。ガンプこそ、現実には存在しない、実は“超人”なんであって、ジェニーのような人ってのは、いつの時代・どこの国でも見られる、よくいるタイプなんじゃないんでしょうか。日本で言うと、バブルの頃にブイブイいわせてたイケイケのオヤジギャル。または、10年ちょい前に品行よろしからぬ女子高生ライフを送ってた元コギャル。あの人たちって、いったい今、どうしてるんでしょうか?あの人たちのそんな生き様ってのも、べつに間違ってたってワケじゃない。その後の人生で罰を受けて当然というほどの罪など、犯してはいないはずです。ただ、ほんのちょっと運を逃しちゃったがために、ジェニーみたく、人生の底まで沈んで行き、いまだに浮き上がれずにもがき苦しんでいるかもしれません。この2009年の日本のどこかには、きっと、そんな和製ジェニーな感じの方たちが、少なからずいるような気がしてなりません。映画『フォレスト・ガンプ』では、そんな、運に見放された気の毒な人を代表しているヒロインの、逆サクセス・ストーリーが、主人公のサクセス・ストーリーの裏で、表裏一体の関係で描かれていきます。ヒューマン・ドラマであると同時に、挫折と転落と蹉跌のドラマでもあるんすわ、この映画は。つまり、結論としては「人生いろいろ」。運のいい人、悪い人、いろいろあります。それがテーマです。ってオイ、そんなナゲヤリなテーマあるかい!そう、それを踏まえた上で、この映画では大感動のポイントがちゃーんと設けられてるんすわ。超ラッキーな男ガンプが、子供の頃から一貫して、不幸なジェニーのことを一途に想いつづけてるって点。それがそのポイントです。ストーリーは実際のアメリカ現代史(リアル)を時代背景に展開しますが、2人がつむぐ物語って、はっきり言って、リアリティまるっきしありません。ヒューマン・ドラマって、いかに人間をリアルに掘り下げて描けるかっつうとこがキモなんすけどねぇ…。ラッキーな方がアンラッキーな方を何十年間も慕いつづけてる、幼なじみの何十年ごしの片想い、なんてのは、かなりメルヘンチック(非現実的)な筋立てでしょう?でも、非現実的だけど、かなり素敵ではある。これほどまでに素敵なメルヘンを、ワタクシは他に知らんのです。ヒューマン・ドラマであると同時に、いや、ヒューマン・ドラマである以上に、ワタクシに言わせりゃ、これは、映画史上もっとも美しいメルヘンなのです。そのメルヘン要素が、多くの人を泣かせたんじゃないでしょうかね。ほんとに、生まれてきた甲斐も無いってぐらいな不幸なジェニーの人生ですが、どんなドン底の時でも、離れててどこで何してても、純真無垢なガンプがずーっと彼女のことを想い続けてる、って事実が、彼女の人生の救いであり続けるんですな。映画を見てる方にとってもこれは救いです。この作品、純愛ストーリーでもあるんです。さらに。2つの人生がおりなすメルヘンとはちょっと離れたとこから、この映画では、3つめの人生を、追っかけてます。まずこの世にいなさそうな男、強運の持ち主、天然マイペースの“超人”ガンプ。流されるだけの女、よくいるタイプ(ここまで不幸なのは滅多にいないかも)なジェニー。そして、第3の人物の登場です。この人物こそ、もっともボクらに近い、いちばん普通の人生を歩んでるキャラなんじゃないでしょうか。運が良くもないけど、悪くもない。おおよそ普通。大過なく生きてきて、ある日ある時、思ってもみなかったような信じられないぐらいの災難に見舞われてしまう…。そういうことは、誰にでもありえます。愛する人が突然死んだ。深刻な病気だと宣告された。事故に巻き込まれた。いきなり解雇され生活が破綻した…。そういうことが自分の身にだけは絶対に起こらない!と言い切れる人なんて、誰もいやしません。豚インフルだ不景気だなんていってる今日日は、特にそうです。そういう目にあってしまった一人の人物が、我が身の不幸を嘆き、神を呪い、自暴自棄になり、死にたいなどとグチりながら、ちょっとずつ再生してく姿が、この映画の3番目の人生として、描かれます。いや、3つじゃなくて、4つ目の人生も描かれてるかもしれません。ここまでのこのブログの中で、いろいろと妙なカタカナ語を書いてきました。「ジョーン・バエズ」と「ボブ・ディラン(これは分かるか)」、「ビートニク(ビート族)」…etcつまりですねぇ、とりあえずガンプが物心ついてからはケネディ→ジョンソン→ニクソン→フォード→カーター→レーガンと、大統領が6代も替わってる(そのうち何人かとガンプは会って言葉をかわしてる。会ってなくても劇中にニュース映像としては出てくる)ぐらい、1960年代(少年時代を入れると1950年代)~80年代までの、文字どおりアメリカ現代史が、映画の時代背景として描かれてんですわ。その当時の世相とか、社会情勢とか、流行とか、ファッションとか、音楽とかも、この映画の中には、これでもかとテンコ盛りに盛り込まれています。ここ数十年、アメリカという国が歩んできた道のり。もしかしたら、それは映画の中で描かれてる、4つめの人生なのかもしれません。つまり、一国の人生(ヒューマン)ドラマでもある。こりゃアカデミー賞獲るワケだ!さて。映画と同じように、このブログも最後に冒頭1行目に戻りましょう。「人生はチョコレートの箱みたいなもの。食べてみるまで中身は分からない」このテーマを常に意識的に思い返しながら、以上の4つの人生を追いかけてみてください。この、映画史上たぶん十指に入るぐらい(ワタクシの独断)のヒューマン・ドラマの大傑作『フォレスト・ガンプ』を、より楽しめちゃうことでしょう。■ TM & Copyright? ©? 1994 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.07.27
『ホビット 思いがけない冒険』オレのクリスマスは今年から、いとしいしと、マーイプレシャースなピージャク神を崇め奉る行事になった件について
視聴者の皆様、謹んでメリクリ申し上げます。ワタクシ、普段はザ・シネマの吹き替え担当をやっている者です。トールキニアン歴25年ということで、何故かこのたび筆をとることになりました。 さて、「『ホビット 思いがけない冒険』ジャパン・ホビット・デー ジャパン・プレミア イベント レッド・カーペットご観覧ご招待」という、当チャンネル史上もっとも長い名称の(多分)プレゼントを10組20名様に差し上げましたが、12月1日のそのイベントに当選された方、ホビット・デーはいかがでしたか? 六本木ヒルズにお越しいただけましたでしょうか? お楽しみいただけました? そうですか。それは何よりです。 その『ホビット 思いがけない冒険』が、いよいよ今日から公開されました! もう、待ちに待った、という感じですね。以前、当チャンネルで『ロード・オブ・ザ・リング』略して『LotR』を三部作一挙放送した際、このブログにもガッツリ長文を書いてヘロヘロになったもんですが、あっという間にあれから4年…。 そのブログ中でも『ホビットの冒険』映画化については言及しましたが、4年たってフタを開けてみればタイトルは『ホビット』。『LotR』と同じく三部作となり(これが最初の一発目で、以降、毎年公開予定)、さらに監督も、すったもんだがありました、で結局変わらず神ピーター・ジャクソンのまま、ということになりました。前作ファンにとってはまさにベストな形で落ち着いてくれて一安心。この間、紆余曲折ありましたからねぇ…。 この作品、『LotR』も『ホビット』も、熱狂的ファンがたくさんいます。映画版だけでなく原作からのファンも多い。また、RPGの原点ともされているため、ゲームから本作に興味を持ったというファンも少なくないはず。昨今の映画で人気大河シリーズは数あれど、映画版、原作、さらにはゲームの影響と、三方から各ファンが大量に結集してきているような超・超人気シリーズは、本作ぐらいではないでしょうか。 ワタクシも中1以来、ゲーム→原作→映画というルートを歩んできたファンで、もう四半世紀近くファンを続けてるんですが、それでもこの作品の場合は新参者・若輩者です。それぐらいファン層が厚い。この奥深さ、まさしく一生モノなのです。こういう場でワタクシごとき豎子が駄文を披露するのは、諸先輩がたに申し訳ない気持ちでいっぱいであります、ハイ。 さて、そんな作品だけに、『ホビットの冒険』を映画化した今作『ホビット 思いがけない冒険』には、原作ファンならではの心配事というのも、実はありました。 『ホビット』は『LotR』のプリクエルなんですね。プリクエル、つまり前日譚です。原作だと、先に『ホビットの冒険』の方がトールキンによって書かれました。しかも、児童文学として。実際、日本でも岩波少年文庫などから出ていますが、ボリュームも、文字の大きさも、漢字の割合も、続編『指輪物語』こと『LotR』と比べて明らかに子ども向けの小説です。『LotR』のような歴史や言語の創造という領域にまで踏み込んだ、壮大な叙事詩というより、ちょっとしたフィンタジーアドベンチャー小説といった気軽さです。私が中1にして人生初読破した小説が、この『ホビットの冒険』上下巻でした。 それが、心配事です。あの『LotR』の壮大なスケールに大感動し、号泣し、この映画が人生ベストだ!と断言して回っているような人種(オレ)にとって、その前日譚で児童文学の『ホビットの冒険』は、スケールダウンしたように映っちゃうのでは…? で、観ました。杞憂でした! 全国のトールキニアンの皆様、ご安心ください! もう、凄いことになっちゃってます!! 4年前のブログにも書きましたが、ピージャック神、この人は原作ファンにとっては神です! 昨今「お前、原作を全っ然わかってねぇーな!」という文化冒涜事件が多発しておりますここ日本ですが、そういうことが神には皆無です。神自身が原作マニア。原作を愛し抜いているマニアの中の真性どマニアが、原作を最大限リスペクトしながら、愛を込めて、原作に付け足したり原作から差し引いたりして使った、映画版。よくぞ!よくぞと言う他に言葉がありません!よくぞやってくれたという出来です!! まず、なにをどうやったらこうなるのか、『ホビットの冒険』が大人向けになっちゃってます! しかも、原作の魅力もまったく損なわれていない! 『LotR』のテンションで『ホビットの冒険』を映画にしているのです。これ凄くないですか? 神は、またも奇蹟を見せてくれました。これによって、原作を知らない映画から参入組のファンは、『LotR』と同水準の超ハイクオリティな物語を、期待通りに楽しめます。かつ、原作からどっぷりファンという層も、大人として『ホビットの冒険』を楽しめるという予想だにしなかった体験をすることができるのです。もう、全員が得してる!これぞまさしくWin-Win関係! さて、この物語は、『LotR』にも出てきたホビット族のおじいちゃん、ビルボ・バギンズの若かりし日々のお話です。バギンズ家(『LotR』でフロドが継いだ家)に、ある晩、ガンダルフに導かれた、トーリンをリーダーとする13人のドワーフ族が押しかけてきます。そして、ドラゴンに奪われた祖国とそこに眠る財宝を奪回しに行こう、という話になり、何故か、初対面でしかもノンビリ系のビルボ・バギンズまでが、“忍びの者”というポジションでそのメンバーに加わることになっちゃって、壮大な冒険に身を投じていくのです。その道中で、ビルボ・バギンズは、例の指輪を手に入れることになります。あの、ゴラムから…。 「ドラゴンに奪われた祖国と財宝」と書きましたけど、原作の児童文学の方では、どちらかというと「財宝奪還」の方がメイン。しかしこの映画版だと「祖国の再興」の方に重点が移っている印象です。ドワーフ族は、祖国を失い、異種族の土地に流れて行き、各地に分散して小集団で暮らす「流浪の民族」として、かなり判りやすくメタファー的な描かれ方をしています。 ドワーフ族と言えばゲームでもお馴染み。見た目はお約束的に、長いヒゲを伸ばしている年老いた頑固な小人、というステレオタイプがあって(白雪姫の例の7人も実はドワーフです)、『LotR』三部作のギムリなんかはまさにそのステレオタイプ通りのキャラでした。でも、今作ではイケメン・ドワーフやヤング・ドワーフなども出てきて、ピージャック神はあえてお約束を崩しにかかっているようにワタクシは見受けました。 『ホビットの冒険』という子ども向け小説を、流浪の民族の物語に、宿命に立ち向かって失われし祖国を再興しようという漢どもの熱きドラマに再構築する。しかも『LotR』水準の壮大なスケールで、大人の観客に滂沱たる大号泣をさせるクオリティで映画として再構築するためには、この手しかありません。ステレオタイプを脱し、彼らドワーフ族を人間的に描くしかありません。そうでなければ深いレベルでの感情移入ができない。ピージャック超アタマいいな!こんなところに神の奇蹟が顕現しています。 さて、今作で我々は、原作にも登場してくる灰色のガンダルフ(『LotR』1作目のようにまだ灰色です)と、裂け谷のエルロンド卿、そしてあのゴラムは言うまでもなく、さらにはガラドリエルの奥方や、白のサルマン、イアン・ホルム演じる老いたビルボ、そしてフロドとまで再会を果たすことになります。これは原作ファンにとっても予期せぬ再会。泣くしかない! さらに、『LotR』で何度も観た、牧歌的なホビット庄や、この世ならぬ幽邃美に満ちた裂け谷といった、懐かしい土地を、我々は今作でまた再訪することになります。もう泣くしかない! 加えてサントラです。『LotR』を愛する者の耳に残って一生離れることはないであろう、魂の旋律の数々。ホビット庄のライトモチーフ。エルフ族のライトモチーフ。そして、あの、ひとつの指輪のライトモチーフが今作でも流れ、懐かしさと同時に、ファンならイントロを聞いただけで、今スクリーンで何が描かれているのか、たちどころに理解できてしまうことでしょう。もはやほとんどワーグナー!本当に泣くしかない! おまけに、映画としての『LotR』にたった一つだけ欠けていた魅力、3D、ということまでも、今作からは加わったのですから、もはや泣かない理由がありません。 嗚呼、神よ感謝します。以下、突然ではありますが、去る12月1日、レッドカーペットの前に開かれた来日記者会見の席にて発せられた、ピージャック神のありがたい御言葉をこの場を借りて伝えますので、どうか心してお読みいただき、明日の心の糧としてください。 「この物語は、『LotR』の60年前という設定です。本作での行動がこの後どういう結果を招いたかということを、観客の皆さんは『LotR』を観てすでにご存知のことでしょう。今作の劇中で、ビルボにはゴラムを殺す機会があります。だが、ビルボは哀れみを見せる。正義感から彼がそこでゴラムを殺さなかったために、この物語は『LotR』の火山にまでつながっていくことになるのです。今作は『LotR』の様々な出来事の序章となっていますが、今、『LotR』から十年以上が経ち、このことは私にとっても大変感慨深く迫ってきます」 そしてこの作品、1秒48フレームという高い描画速度で3D撮影されておりまして、一部劇場ではHFR3D(ハイフレームレート3D)版で公開されておりますが、そんなテクニカル天上界語が難しすぎてアワアワしていた我ら人間界の迷える衆生に対し、神は、噛んで含めるようにして、易しくその神意を説いてくださったのでした。 「1927年、トーキーが誕生して映画に音が付くまで、撮影は手回しで行われていました。手動ですからフレームのスピードが一定ではなかった。しかし、やがてフィルムに音も同時に録音できるようになると、手回しでは音が安定しなくなった。では24フレームに決めよう、という基準がそこで作られたのです。これなら録音は安定する。当時35mmフィルムは高価だったため、24というフレーム数になったのです。 (筆者注:1秒間を24コマで撮影するということ。倍の48コマで1秒とするなら、画はなめらかな動きになるが、フィルムを倍の長さ消費することになり、当然フィルム代が倍かかることになる。逆に1秒12コマに減らせばフィルムは長さ半分、半額で済むが、絵がカクカク動くことに) 以降85年間、それがずっとスタンダードであり続けました。何千台もの映写機やキャメラが作られてしまい、今さら変えようがなかったからです。しかし近年デジタル化が進んで、映写機もキャメラも、フレームレートを変更可能になりました。 では、24から48にフレームレートを増やすことで、何がどう変わるか? 世界にリアリティが生まれるのです。本物の世界により近づけるのです。つまり3Dとハイフレームの融合は、実に素晴らしいコンビネーションだと言えるでしょう。本物の世界観を観客に見せられる。 さらに、映画館に行く動機にしてもらいたいという願いもありました。iPhoneやiPadで映画が観られるご時世です。この『ホビット』のような大作を、新しいテクノロジーで映画館で観て欲しい。人々を映画館に取り戻したい、という想いを、私はこの48フレームに込めました」 動いている対象を1秒間に24枚パシャパシャパシャパシャっと連続撮影し、その写真24枚を1秒間に等間隔でパラパラパラパラっとパラパラ漫画にすると、それは動いているように見える。1秒間の映像になります。これが映画の原理です。お金もないし面倒だから1秒間の動きを8枚の絵に描き、その8枚を1秒かけてパラパラ漫画にする、それが日本のアニメの原理です(スイマセン、かなり強引に単純化して話してます)。 で、このたび最高神は、神の持つ天地創造の御力により、1秒間を48に分割し、その48枚の静止画を1秒間に等間隔でパラパラ漫画にする、という、時間と世界の作り替えをおやりになられた、ということなのです。嗚呼、奇蹟だ! つまり、理論上は絵が倍なめらかに動くようになった訳です。しかも3D! これは『アバター』ショック以降の映画史において最大級のセカンド・インパクトではないでしょうか? まさに我々観客は、映画『ホビット 思いがけない冒険』を観ている間中ずっと、オレ中つ国に迷い込んじゃった!オレそこにいるわ!というアンビリバボーな奇跡体験をすることになるのです! 人類は、ここまできたか! 映画は、ここまでのことをできるようになったか! オレがこの歳まで映画を観続けてきたのは、すべてこれを体験するためだったのか! 泣くしかない。ただ黙って泣くしかない。もう本当に、冗談ではなく泣くしかない。ワタクシなんか170分間常時涙目、時に号泣でしたわ!皆さん、これは観ましょう。■ ©2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC.
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COLUMN/コラム2009.12.04
憎さあまって可愛さ100倍、『マトリックス』
前回書きかけた、『マトリックス』が大っっっっっっっっキライだった、ということの続きを、今回は書きます。まずワタクシ、基本、エンターテイメントが好きなんです。好きっていうか、スゴいと思う。心から感心する。感動すらする。より多くの人たちに、より満足度の高い娯楽を供給する、っていうミッション・インポッシブルを、商売柄、ワタクシも日々課せられてますんで、常にそれにチャレンジしつづけてる(で、ちゃんと結果だしてる)ハリウッドを、ワタクシ、心底リスペクトしてるのです。100人いたら100人全員を楽しませるってことが、実は一番ムズかしい。逆に、100人全員を楽しませなくていいんだ、って開き直っちゃったような映画、「ミーの高尚なアートがユーに理解できるザマすか?」的な芸術映画だとか、「解るヤツだけオレ様についてこい!ついてこれん落伍者は容赦なく置き去りにするぞ!」的な難解オレ様映画だとかに、まるっきし興味ないです。エゴだよそれは(byアムロ)。そんなワケでして、実はワタクシ、『マトリックス』、好きじゃなかったんです…。公開時にリアルタイムで見てんですが、1は確かに面白かった! 1はまごうかたなきエンターテイメント映画でしたから。お客さんに楽しんでもらって、喜んで映画館から帰ってもらおう、っていうまっとうな商売人としての低姿勢さが、ちゃ~んと感じられた。2で、つまらなくなった。っていうか、監督兄弟が本当にやりたかったのは、エンターテイメントじゃなかったんだ、“オレ様映画”がやりたかったんだ、ってことが、2で分かっちゃった。2公開時、「ストーリー、意味わかんない。でも、最終作の3で全てのナゾが解けるんでしょ?」、的な、むなしい期待論もささやかれてました。でも、そりゃありえないって!とワタクシ思ったもんですわ。もはや明らかに2で方向転換してるじゃんか、「解るヤツだけオレ様についてこい」路線に。で、3公開。ワタクシは期待せずに見に行ったワケですが、案の定、ますますワケわからない状態で、シリーズは終わっちゃった。こうなる未来は2の時すでにワタクシにゃ見えてたのだよ。オラクルのようにね!とまぁ、ここまでは、ワタクシ個人の感想と思い出です。ただ、世間一般的にも、この、「1面白い、2つまらない」という感想は、皆様がかなり共通に抱いたようでして、2がワケわからなすぎて3見る気が失せちゃって、結局、3見ず終い、っつう人が、ワタクシの回りじゃけっこう多かった。ネットで調べてもそういう声は多いようです。今回のザ・シネマでの放送では、そういう人が多いという仮説にのっとり、かつて2まで見てやめちゃった人や、今回初めて『マトリックス』を見るんだけど、やっぱり2で見るのやめちゃうであろう人たちを、いかにして3までつなげるか、という点を、実は当方といたしましては課題としてたんです。 とにかく問題となるのは、2がワケわからなすぎる、ってこと。特に終盤ですよね。アーキテクトなるナゾの白髪翁(マトリックスを作ったヤツ?)が出てきますが、そいつとネオとの、TVモニターがいっぱいある変な部屋(ソース?なにソースって)でのやりとりが、まるで禅問答みたいでMAX意味不明。さらに中盤での、予言者とネオの会話も、かなりワケわかりません。そこらへんが分かって、2で何が描かれ、何が語られたかぜんぶ分かって、はじめて、3を見る気が起こる。3も、見終わった後に意味不明感や消化不良感が残るようじゃ、「面白かった!」という評価にはならんだろ、ここは疑問を残させないぐらいの解説が必要だ!って結論に達したんですわ。そこでまず、シリーズ3本一挙にやる!ことにしました。これ、民放なんかでバラバラに放送されたりしてましたが、ただでさえ難解なものが、それをやっちゃあ致命的に分からなくなる。イッキ見は最低限マストでしょう!! さらに、ウチでは特番つくりました。本編後にはストーリーのおさらいも付けました。あれらは全て、主に、そういう意図にもとづいて作られてたんです。実は、特番などを作るに際し、ワタクシ、『マトリックス』シリーズを通しで8回見ました!1回見ただけじゃ意味分からない。2回目にやっと「そっか!これって、もしかしてこういう意味!?」みたいな発見があり、その漠然とした発見を補強するために、さらに立て続けに見返して、8回目にしてようやく、悟りの境地に達したのであります。後日、番組制作のための打ち合わせの席で、ディレクターの解釈とワタクシの解釈では、かなり喰い違う部分が出てきた。で、そっから議論が勃発!トータルで10時間以上は激論を戦わせましたねぇ。この時から、『マトリックス』はワタクシにとって、映画史上もっとも面白いSF映画となったのです!ディレクターとの激論バトル、これが、何年かぶりぐらいに面白い映画体験だった! そういや学生だった頃、映画ヲタクのワタクシは、よくそんな議論をヲタク仲間どもと繰り広げたもんです。何時間も、とか、夜通し、とか、電話の子機(その時代は家電ってのがあって子機ってもんがあった)の充電が無くなるまで、とかね。映画好きの人の中には、そういう経験がある人って、少なからずいると思うんすよね。ケンケンガクガクの映画談義。いや~、今となっては遠い日の思い出ですわ。でも、社会に出て働きだして、あれやこれやで忙しくなると、そんなことしてるヒマがなくなっちゃった。いや、実は、ヒマなんていくらでもあるのかも。ただ人として萎えてきただけなのかも。 「議論なんか面倒だ」 「疲れるだけだ」 「たかが映画じゃないか」 「映画ごときで声を嗄らして議論するのもバカらしい」…我ながら、イヤ~な年のとり方をしちまいました。悲しいぐらいつまんねーオトナになっちゃってます…。その映画に何が描かれてるか理解するため、全神経を集中させ、頭をフル回転させて、緊張して映画と向き合う。何度も繰り返し見て、どうにかして理解しようと努める。そうやって築いた自分なりの理解も、他人のそれとは喰い違ってるかもしれない。その場合、双方の相違点をとことん徹底的にぶつけ合う。恐れず逃げず、議論する。エキサイティングですよ、これって! っていうか、それがエキサイティングだったっという遠い日の記憶を、ほんと十何年かぶりに思い出させてもらいましたわ、『マトリックス』に!100人中100人を喜ばせるエンターテインメントをリスペクトする、って気持ちは今も変わりません。が、知性を挑発してくるような、知的格闘を強いられるような、“手強い映画”だけが持ってる、楽しさと興奮。そうした楽しさと興奮ってのは、古びる、色褪せる、ってことがありません。『マトリックス』はアクションも売りです。VFXも売りです。ただ残念ながら、それらにゃ賞味期限ってもんがありますよね。特にVFXなんて日進月歩ですから、いずれは色褪せていく運命です。『マトリックス』は作られて10年ぐらいなんで、2009年現在まだ迫力は感じますが、さらに10年、20年、30年と時がたてば、『マトリックス』の特撮やアクションなんて、特に目新しさもなく、大して迫力も感じさせないものなってくことでしょう。でも、知的興奮、知的スリル、その面白さは、けっして賞味期限切れで腐ってくことはない。2020年、2030年、2040年の未来に生きる映画ファンたちも、『マトリックス』が持っている、そうした魅力に興奮させられるだろうことは、間違いないと確信しますね、ワタクシは。『マトリックス』は、まさに、知的に挑発してくる映画です。知的格闘を強いられる映画です。1度見ただけでは分からないと思います(分かったらスゴい!)。けど、2度・3度と見るごとに、どんどんと面白く感じられるようになるハズです。「もう見飽きたよ」ということに、永遠にならない、奇跡のような映画なのです。歴代SF映画のベストに、『マトリックス』を推す人ってのが、けっこういます。つまらない(2以降)という声がある一方、一部で評価が異常に高い!ちなみにアメリカの権威ある映画(などのエンタメ全般)情報誌「エンターテイメント・ウィークリー」誌が、オフィシャルサイトで2007年に選出したベストSF1位も、実は『マトリックス』だったんです。それは、以上のようなワケなんでしょうな。あの、超有名SF大作『×××・××××』も、あの、大ヒットしたSFシリーズ『××××××××』も、ランキング圏外でした。それは、映像の迫力だけに依存しすぎてて、数十年たてば色褪せてくってうら寂しい末路が、なんとなく予想できちゃうからなんでしょう。『マトリックス』は、誰が見ても同じ解釈にはならない映画です。それでいいんです。視聴者の皆々様もきっと、それぞれの解釈(ワタクシのとはまるっきし違う)をお持ちになると思います。それでいいんです。だからこそ、『マトリックス』こそ映画史上最高のSF映画だ、なんです。今日日、ネットで探せば、『マトリックス』の解釈を記してるサイトなんて、山ほど出てきます。そんなのを参考程度に読みつつ、当チャンネルで『マトリックス』シリーズをご覧になった後は、ぜひ、あなた独自の解釈ってのを、試みてみてください。できれば、あなたの解釈を、誰かを相手に、ツバを引っかけ合うような議論でぶっつけてみてください。映画見るってこんなにエキサイティングな行為だったのか!と、『マトリックス』は、あらためて思い出させてくれると思いますよ。■ 『マトリックス レボリューションズ』™ & © Warner Bros. Entertainment Inc.
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COLUMN/コラム2010.08.18
【ザ・シネマで放送につき再録】『アクロス・ザ・ユニバース』
※この記事は、2008年、『アクロス・ザ・ユニバース』劇場公開時に執筆したものを、一部、修正したものです。「今年」「昨年」は、あくまで2008年時点の「今年」「昨年」です。問題:2008年いちばん注目のハリウッド新鋭スターは?答え:ジム・スタージェスと、だいぶ時間がたってしまいましたが、例のジム・スタージェス君の注目作その2をご紹介します。『アクロス・ザ・ユニバース』ご存知、ビートルズの曲と同名タイトルですが、この映画そのものが、いくつものビートルズ曲の組み合わせでできてるミュージカルなんです。ってことは、多くの人がメロディをはじめっから知ってるってワケです。知らない曲よりは知ってる曲の方が“ノレる”でしょう。敷居の低さというか、入って行きやすさというか、そこらへんが、まずこの映画の魅力のひとつ。この映画は当初ショボく23館で公開され、そのうち面白さが評判となり、なんと964館まで拡大されたという、昨年の北米興行のダークホース。 我らが文化部系ハリウッド・スターのジム・スタージェス君は、この映画の時点ではほとんど無名で、役者でもありミュージシャンでもある、という、よくいるフワっとした微妙セレブの典型だったのですが、本作をヒットさせて『ラスベガスをぶっつぶせ』の主役をゲットしたのです。日本公開はあとさきが逆になってしまいましたが。出てる人はマイナー。公開規模も極小。でも評判が評判を呼んで大ヒット。氏もなけりゃ素性もないけど実力で天下を切り従えてやったぞザマミロ、みたいなこの手の太閤秀吉系映画は例外なく面白い!ってのは自然の法則・宇宙の摂理であります。さて、映画の舞台は1960年代。スタージェス君はこの映画でも主役はってます。さすがは仲間を集めて自分はVo.G.を担当してる、まさしく文化系なバンドやろうぜ兄貴だけあって、彼は歌うたわせてもスゴいんですね。スタージェス君が演じてるのが、イギリス(しかもリバプール)から夢を追ってアメリカに渡ってきた青年ジュードです。ジュードなんです!ジュードときたら、絶対そのうち“あの曲”が流れるだろうな、と誰でも思うわけですよ。で、アメリカの大学生マックスと意気投合。マックスのお宅にお呼ばれし、そこで彼の妹の美少女と知り合うのです。それがヒロインのルーシー。ルーシーですよ、ルーシー!“あの曲”はいつ流れるんだろ?とういう期待感が、このミュージカルにはいっぱいあります。で、映画のかなり後半まで待たされて、それが意外な使われ方だったりして、「ほほぅ、こうきたか!」みたいなサプライズがあったりして、実に楽しいのです!このジュードとマックスの親友コンビがニューヨークに上京し、2人のまわりにはヒッピーみたいな連中が集まってきます。途中で萌えな妹ルーシーたんも転がり込んできて、音楽やったりアートやったり、みんなでラブ&ピースな共同生活を始めるのです。しかし、マックスが徴兵されちゃうんですねぇ。そこから、物語は怒涛の60’sカウンター・カルチャーモードに突入!レイト60’sのフラワーチルドレン&カウンター・カルチャーまわりの事象をパロったようなシーンのテンコ盛りです。たとえば、ケン・キージーのマジック・バスもどきみたいなのが出てきて(その偽ケン・キージーが実は“ドクター・ロバート”だという設定にニヤリ)、偽ジャニス・ジョップリンや偽ジミヘンみたいなキャラも出てきて、画面はサイケデリックに染め上げられていきます。 さらに、兄貴を兵役にとられたルーシーたんはベトナム反戦運動に身を投じ(反戦学生がデモ隊鎮圧の兵士の銃口に花を挿すお約束のシーンももちろんアリ)、コロンビア大のティーチ・インに参加。そこに警官隊が突入し…って、これがホントの「いちご白書」をもういちど。戦争が人の心を荒ませ、反戦運動は過激化し、とうとう引き裂かれてしまう友人たち。このまま、愛と自由を求めた仲間たちの理想は、暗い時代に押しつぶされてしまうのか…!?といったあたりの終盤が、ドラマ的には大盛り上がりに盛り上がって、たいそう感動させられます。さてさて、この映画の楽しいとこは、ビートルズを知ってる人が「この曲をこう使ったか!」と感心しながら見れる上に、さらに60’sの知識のある人なら「あの事件をこう描いたか!」みたいなマニアな見方もできてしまう、奥の深さでしょう(いや、知らなきゃ知らないで普通に楽しめますけどね)。このエンターテインメント・ミュージカル映画を見てるだけで、60年代末の世相をひととおり追体験できちゃうのです。そう、まさしくこれは、映画でめぐるマジカルでミステリーな60年代ツアーだ!と言っても過言じゃないのです。そこで、2008サマーはサマー・オブ・ラブを『アクロス・ザ・ユニバース』で追体験しよう!ってな見方を、僕としては推奨いたします(そういや、この映画が米本国で公開された去年って、サマー・オブ・ラブ40周年イヤーだったんですよね)。ヒッピーファッションってけっこう周期的にリバイバルしていて、今では流行りすたりと無関係に定番化してますから、当時をリアルタイムで知る団塊の世代以外にも、ヒッピーファッション好きな人なんかは、この作品を特に、120%楽しみ尽くせちゃうのではないでしょうか。または、この映画を見てヒッピーファッションにハマった、なんて人も続出しそうな、それぐらいの魅力を持った作品です。2008年マイ・ベストのトップ3に入ることは、早くも確実な情勢であります。■ ©2007 Revolution Studios Distribution Company,LLC.All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.07.11
『ロッキーの英雄・伝説絶ゆる時』と『荒野を歩け』に出てくるテックス・メックス料理「チリコンカン」のレシピに挑む!!!
写真/studio louise 今回のレシピは当企画史上最簡単。でもその前に、まずそもそもチリコンカンとは何ぞや!?ですが、これは“豆入りミートソース”と説明するのが、知らない日本人に対しては一番解りやすい。作り方もスパゲティ・ミートソースのミートソースとそうは違わんのですが、ただし、決定的に大違いなのが「チリパウダー」と呼ばれるスパイスが味の決め手となっている点。なんか赤唐辛子の粉末みたいな鬼のような響きですけれど、全く違います。辛くはありません。これのおかげでミートソースとは全然違う味です。 ウチは貧乏子沢山で子供が多いのですが、入園前の幼児の頃から全員の大好物。子供の味覚は兄弟姉妹間では遺伝しないものらしく各自バラバラで、満場一致で好きな食べ物など滅多に無くて、こっちが好きなものはあっちが嫌い、あっちの好物はこっちが口つけずと、作る親としては「いいから出されたもんは文句言わずに黙って残さず食え!」と毎回叱ってはみるものの、子供相手には詮無きこと。しかしこのチリコンカンは、カレーだとかコロッケだとか並ぶ、例外的な全員の好物です。つまり、お子様向け・万人向けの、割とわっかりやすい味だということ。だから辛くない。少々スパイシーではありますけど。 かく言う父親のワタクシ当年とって43歳も、小学生の頃に金曜ロードショーで「刑事コロンボ」見ててその存在を知り(コロンボの大好物という設定)、そんなに美味いんだったら喰ってみたい!と子供ながらに思ったものの母親はそんな得体の知れんものは作らず肉ジャガとか作ってる。夢が叶ったのはもちろん、皆さんご存知ウェンディーズで、でした。当時は「ウェンディーズチリ」こそが日本にいて一番容易に食べられるチリコンカンだったのです。そして「この世にこんな美味いものがあるのか!」と感動したのがワタクシとチリコンカンの最初の出会いでした。確か所は@地元ららぽーとTOKYO-BAYじゃなかったかな?80年代後半の話です。そこにウェンディーズが入ってたのです(森永LOVEもあったな)。ちなみに、その頃の初期ららぽーと、当時の東洋一のショッピングモール(日本にはモール自体なくアメリカの匂いがした)の威容は、菊池桃子主演の『テラ戦士Ψ(サイ)BOY』という日本映画に記録されていて、何らかファストフード店も映ったような記憶があるのですが、ウェンディーズだったかな?覚えてないや。もう一度見たい!が、なんと未DVD化で中古VHSがAmazonで¥7,500もするのかよ!?くそ〜邦画じゃなかったらウチの「シネマ解放区」でオレがやるんだけどなぁ! まぁそれはいいや。次に「テックス・メックス料理」とは何ぞや!?ですが、単にテキサス&メキシコ料理という意味です。伝統的なメキシコ料理では決してなくて、テキサスでアメリカナイズされた、なんちゃってメキシカンフード。日本の洋食が本場の西洋料理とは似て非なるものであるのと同じ。これが、あんまし上等な食い物じゃないんだ、エンチラーダとかブリトーとか。でも、どんな上等な食い物よりここらへんは美味いっすね!少なくとも個人的にはブッチギリ好みですわ。 上等な食い物じゃない、というポジションを踏まえた上で、このチリコンカンが登場する前出2本の映画での扱いにご注目いただきたい。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ まずは、1972年の『ロッキーの英雄・伝説絶ゆる時』。これはVHS含め過去に一度もソフト化されたことがない(はず)掛け値無しのお宝作品で、ワタクシ、映画ライターなかざわひでゆきさんと過去にガッツリ語り合ってもおりますので、詳しくはその対談をご笑覧ください。ここでは簡単にあらすじだけ。 親を亡くし独り山中で暮らすネイティヴ・アメリカンの野生児ブラック・ブルは、文明暮らしに馴染めないまま成長した。彼には荒馬を乗りこなす才能があり、ある日それが老ロデオコーチの目に留まり、引き取られ訓練を積みロデオ乗りとして成功する。この老人はブラック・ブルにとって足を向けては寝られない恩人であり、酒場で絡んできた白人レイシストを殴り倒すなど親身になってくれ、育ての親とも慕う存在なのだが、しかし… でもって映画前半、老ロデオコーチの馬場で猛特訓を積み、特訓を終えるとメシの時間で、元選手でケガで引退した住み込みのオッサンが1人おり、そいつが作る絶品チリコンカンを3人でドカ食いする。「どんどん食え、筋肉を付けろ」などと老コーチから主人公は指導されますから、米国版ちゃんこですなこれは。これが、見るっからに美味そうなんです!住み込みのオッサンはレッドホットソースを振りかけて食ってる。ワタクシの場合は緑タバスコと決めていますが。チリコンカン自体は全く辛くないので、辛いもの好きにはホットソースは不可欠です。 とにかく、どちらかと言うとガテンな感じの食い物なのです。そもそもカウボーイが荒野で野宿しながらダッヂオーブンで作ってたぐらいのものなので。そして、ちゃんこ替わりにロデオライダーが体作り目的で喰うのがこれなので。お上品な食い物では全然ないのです。 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 2本目の映画、1962年の『荒野を歩け』。こちらは隠れた名作なのにウチのチャンネル内でもあまり大々的に宣伝してこなかったので、この場を借りて若干長めに語らせといてください。レシピしばしお待ちを。 監督は名匠エドワード・ドミトリク(代表作は54年『ケイン号の叛乱』、56年『山』、59年『ワーロック』など)、主演がローレンス・ハーヴェイで、ウチのチャンネル的には超有名作『アラモ』(60年)と超無名作『肉体のすきま風』(61年。でも傑作です!)でおなじみ。実は『ドミノ』(05年)でキーラ・ナイトレイが演じた実在の女賞金稼ぎドミノ・ハーヴェイの父親だったりもします。クールな父娘だぜ! さて、時は大恐慌の時代1930年代初頭。主人公ローレンス・ハーヴェイはカウボーイ・デニム・スタイルで上下キメてる流れ者のテキサン(テキサスっ子)。上が明らかに「Lee101J」で、下は「Leeカウボーイ」でしょう。LEVI'Sはこの当時ゴールドラッシュの金鉱掘り坑夫が履くようなダボっとした作業ズボン風シルエットだったのですが、Leeはカウボーイ専用ジーンズとして「Leeカウボーイ」というラインを1924年に発表。今に続く「Leeライダース」の原点です。これが、年々タイトな若々しいシルエットに細まっていき、作業着の実用性よりファッション性に重きを置いていき、それが革命的だったのです。ジージャン「Lee101J」の方もタイトだった。1926年には社会の窓ジッパー化もいち早く成し遂げており、デニム業界の最先端をLeeは走っていました(Leeの歴史)。劇中のローレンス・ハーヴェイはそれを着ているはず。考証的に30年代初頭にしては細すぎるシルエットですが、細身で苦み走ったシャープな二枚目の彼に実にお似合いです。 で大不況下のイケメン浮浪者ローレンス・ハーヴェイが一夜の野宿の寝床にと空き地の土管にもぐり込もうとすると、先客ジェーン・フォンダが寝てた。彼女は1960年のデビュー作カレッジ・ラブコメ『のっぽ物語』に続いての映画出演ですが、2作目にしていきなりのとんでもないビッチ汚れ役!ニンフォマニアな未成年で、ローレンス・ハーヴェイに迫るものの「愛する女が待ってるから」とフラれ、2人してホーボーとなって無賃乗車したり(ホーボーとは何ぞや!?はこの秋放送の『北国の帝王』を見よ)、或る夜の出来事式色じかけヒッチハイクをしたりして(或る夜の出来事式色じかけヒッチハイクとは何ぞや!?は放送中の『或る夜の出来事』を見よ)、その運命の女がいるはずのニューオリンズを目指します。 ニューオリンズの手前にて、いよいよチリコンカンが登場。2人は街道沿いのホコリっぽいおんぼろダイナーの前を通りかかり、「いい匂いだ」とローレンス・ハーヴェイが引き寄せられて店に入る。そこの女将が大女優①アン・バクスター。メキシコ系テキサス女性で、ローレンス・ハーヴェイとはテックス・メックス風メニューあれこれのグルメトークで盛り上がってすぐに意気投合。「どれも美味そうだがとにかく今はチリコンカンが喰いたい」と彼はオーダーします。連れのジェーン・フォンダは焼きもちから「まともなアメリカ料理の方がアタイの口には合うね。この料理の名前は一体何語さ?ちゃんとした英語でお書きよ!ここはアメリカだよ!」などとネトウヨのようなヘイトスピーチを吐きちらかす。大女優①アン・バクスターは困った人への大人の対応で受け流すが、ローレンス・ハーヴェイは彼女の人品骨柄の卑しさに愛想を尽かし、2人で会話もなく黙々と不味そうにチリコンカンを喰う羽目に。美味そうに見せるシーンじゃないのとモノクロ映画なのと監督が食に興味ないのかも、とのトリプル理由から、この映画では全然チリコンカンが美味そうには見えず、そもそもどんな食い物か映しもしません。が、チリコンカンがどんなポジションの食い物かは一番よく解る映画です。 その後、ビッチにもほどがあるジェーン・フォンダと縁を切り、大女優①アン・バクスターの場末ダイナーで肉体労働住み込みバイトをしながらニューオリンズの運命の女の居場所を探し続けるローレンス・ハーヴェイ。アン・バクスター女将に惚れられてしまったりもしますが、ついに運命の女の所在が判った!ということでニューオリンズに行ってみると…運命の女ことキャプシーヌは、大女優②バーバラ・スタンウィックが女楼主として君臨する高級娼館のトップ娼婦として苦界に身を沈めていた…。 と、ここから先は実際にご覧になっていただくとして、一言で言うと“SEXワーカーと付き合う問題”について描いた映画なのですが、それより皆さん、ジェーン・フォンダにアン・バクスターにキャプシーヌにバーバラ・スタンウィックですよ!凄くないですか!? この映画、DVDはおろかVHS時代含め未ソフト化らしいのですが(多分)、チリコンカンはともかくとしてこのメンツだけでも見るに値します。あとこの大女優4人の中では、個人的にはやっぱジェーン・フォンダっすね!ヒロインのキャプシーヌはさすがに運命の女役だけあり、人間離れして彫刻的に美しく、ウエストもコルセットでもしているように細くて凄いスタイルで、神々しいばかりなんですが、ジェーン・フォンダはムッチムチ!そして若い!バ〜ン!と言うかドスコ〜イ!と言うかドレスからハミ出る勢いの圧倒的な肉体の説得力で、下流でビッチなナチュラル・ボーン・フッカー役に挑んでいます。『コールガール』(71年)の頃よりか一回り太い。ただし、ヘイズコード撤廃前なのでヌードはありません。そちらがお目当の殿方は当チャンネルで絶賛放送中の『バーバレラ』(67年)の方もあわせてご覧ください。 あとニューオリンズのフレンチクォーターなのかな?の娼館のセットも素敵。インテリアのお手本にしたい。コロニアルな魅力の『プリティ・ベビー』(78年)娼館を越えてますね。 ちょっと映画の話で長くなりすぎたな。いい加減レシピ紹介を始めます。これ、作るの簡単すぎて、余談で引っ張らないとすぐに記事終わっちゃうから。 【材料(2人分)】 ・タマネギ×3/4個・ニンニク×1片・牛ひき肉×400g(合挽きでも全然OK)・トマト缶×1缶・レッドキドニービーンズ缶×1缶・クミンシード×小さじ1・オレガノシード×小さじ1・コンソメ×1個・チリパウダー×小さじ2 ※以下はお好みで・スライス・ハラペーニョ・タバスコ緑・タマネギ×1/4個・溶けるチェダーチーズ・サワークリーム 【作り方】 ① 鍋にサラダ油(材料外)を引きタマネギ3/4個分みじん切りを中火で炒め(1/4個分みじん切りは取っておく)、しんなりしたらニンニクみじん切りを加え1分。続いて牛ひき肉を投下。赤味がなくなって色が変わるまで炒める。 ② トマト缶とレッドキドニービーンズ缶の中身を入れる。そして、具材がヒタヒタになるまで水を足す。空になったトマト缶に水を入れ、その水を空のビーンズ缶に移し、それを鍋に入れると、缶に残留物を残さず鍋に注げてモッタイナイお化けが出ないで済む。 ③ クミンシードとオレガノシードをすり鉢で擦って鍋へ。 ④ 最後にコンソメ1個とチリパウダーを入れて終了。あとはただ煮込むだけ。30分以上。なお、書き忘れたのではなく本当に塩は一粒も使わないでOK。これだけでちゃんと濃い味がする。 ⑤ この状態まで(水分がほとんど無くなり、汁物というよりどちらかと言うとホロホロの固形物に近くなるまで)汁気を飛ばして完成。30分煮込んでも汁気がまだ無くならなかったら、無くなるまで煮込んでください。 【実食】 はぁ〜、こいつを皿いっぱい喰える、この至福ときたら!肉ジャガ喰ってたガキの頃には夢にも思わなかったぜ。ウェンディーズではLサイズでもこのボリュームには満たない。スーパーカップぐらいの容器に入ってますが、足りないよ!こっちはドカ喰いしたいんだよ!『ロッキーの英雄』のアメリカンちゃんこみたいに。 え〜今回は純然たるお仕事ということで、材料代は経費で落とします。なので牛ひき肉200gパック×2と大奮発しましたが(奮発も何もオレの金じゃないがな)、自腹切る時は全然合挽き300gで作ってます。でもやっぱ牛肉はいいね!ワンランク上な味がする。 あと各種お好み材料も経費で買ったのですが、このうちマジで必需品なのは、ワタクシにとっては緑タバスコだけ。まぁ本物のスライス・ハラペーニョもあればさらにシャープな辛さになって夏にピッタリに。取りよけておいたタマネギみじん切り1/4個分を、ここで生のままパラパラと振りかけ、ネギっ臭さを加味してもまた良し。まず子供は喰えなくなりますが。 なお、溶けるチェダーチーズだのサワークリームだのは、それとは逆に、マッタリとクリーミィーかつ濃厚な味になり、シャープな辛さや生タマネギの青臭さとは真逆の、お子様好みな味が加わっていきます。でも、それもまた良し。 それらを“全部のせ”にするのであれば、よくかき混ぜてから食べてください。 最後に、普段我が家では、クラフトのマカロニ&チーズも同時に作ります。これはインスタント食品みたいなもので作るのは箱の説明書きに従えば超簡単。カルディとかで売ってます。それを“ライス”に見立て、チリコンカンを“カレールー”のように見立てて上からかけ流し、カレーライスならぬ「チリコンカンマカロニチーズ」として食べています。ここまでやれば立派な一食として分量に不足なし。コーンブレッドというブレッドとは名ばかりの南部の主食スポンジケーキみたいなものとも相性が良く、それも作るのは簡単。さらに言えば分量問題は豆を2缶に増やしても解決できます。とにかく超簡単なので、チリコンカン、映画のお供に一度お試しあれ。■ 『ロッキーの英雄・伝説絶ゆる時』© 1972 Twentieth Century Fox Film Corporation. Renewed 2000 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved. 『荒野を歩け』© 1962, renewed 1990 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved. 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存 保存保存
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COLUMN/コラム2018.10.30
悪魔が作らせたのか?97年の予言的映画『ディアボロス/悪魔の扉』が的中させた、21世紀のモラルハザード①
当チャンネルでの放映予定は当面ないが、ジョニー・デップの『フロム・ヘル』をご記憶だろうか?“切り裂きジャック”の真犯人探しモノで、19世紀末ヴィクトリア朝ロンドンの深い闇と、酸鼻きわめる猟奇描写と、あっと驚く“切り裂きジャック”の正体が見どころの、出来の良いスリラーだった。 クライマックスでついに正体を現したその人物は、傲然とこう言い放つ。「後世の人々は語るだろう、20世紀を生んだのは私だと」 まさしくそうだ。 あれは「猟奇殺人」であり、「快楽殺人」でもあったかもしれず(映画では別の犯行動機があるという話になっていたが)、そして何よりも、犯人がマスメディア(当時は新聞)に犯行声明文を送り付け、そのメディアが発信するどぎついタブロイド的・ワイドショー的情報を大量消費した資本主義社会の都市住民が、恐怖しながらも興奮した「劇場型犯罪」だった。 マスメディアを通じてそうした類いの犯罪に触れた20世紀の大衆は、それを、生理的に恐怖し嫌悪しつつ、道徳的には怒り悲しみつつも、同時にまた、それを旺盛に消費もした。猟奇事件や未解決事件を扱うドキュメンタリーやノンフィクションに恐いもの見たさの好奇心から触れて、深淵を覗き込んでしまった覚えは、誰にだってあるはずだ。20世紀、それは大衆に消費されるコンテンツの一つになった。 『フロム・ヘル』は、19世紀末のロンドンにおいて“先行配信”された20世紀型モラルハザード※のコンテンツが、悪魔の扉を開いた、という物語なのだ。 ※「モラルハザード」という言葉の本来の意味は違う。誤用が広まっている。ここでは誤用と承知で使うが正確な国語的語義は各自でおググりあれ。 そして、本稿で取り上げる1997年の映画『ディアボロス/悪魔の扉』。こちらは、90年代末のNYに存在する社会の歪みが、21世紀型モラルハザードを先取りしており、それが悪魔の扉を開くだろう、と予言した物語で、そして、実際その通りになってしまったのである。そのことを、本稿では恨み節調に書いていきたい。 まず、あらすじから始めよう。冒頭の舞台はフロリダの田舎町だ。主人公(キアヌ・リーヴス扮演)は負け知らずの若手弁護士。いま抱えているのは、被告の男性教諭が原告の女子中学生に強制猥褻をしたという裁判だ。依頼人の教師が“黒”である真相が、我々観客とキアヌの二者にだけ明かされる。女生徒が検察の質問に答えて被害の詳細を勇敢に証言している最中、依頼人は、じっとりと汗ばんだ左手で犯行時と同じ動作を、なでるような、もむような、挿入するような指の動きを、無意識のうちに再現しており、あまつさえ、反対の右手を膨らんできた己の股間にまでこっそり持っていく始末なのだ、デスクの下で。そこは誰の目からも死角。唯一、隣に座っている弁護士キアヌ・リーヴスからのみ、そこは死角ではない。その卑猥な指の動きに気づいてしまった彼は、自分の依頼人が“黒”だと悟る。たちまち生理的嫌悪が湧き上がる。が、弁護士が被告の弁護を放り出すわけにもいかない。周到に練り上げてきた法廷戦術にのっとり、彼は、女生徒が教諭の陰口を叩いていた事実、教諭を嫌い、教諭も彼女をしばしば叱っていた事実、さらには、女生徒が同級生たちと少々エッチな秘密の遊びをしていた事実を、原告の少女本人に向かい声を荒げて突きつけ、動揺させ、泣かせ、被害者であるこの女子中学生が、問題児であり、色ガキであり、先生を逆恨みしているかのように陪審員の印象を操作することに成功する。今回も彼の勝ちだった。無罪評決だ。 この裁判を傍聴していた男から、祝勝会で声をかけられる。彼はNYの法律事務所の人間で、ぜひヘッドハントしたいと言う。条件は破格だ。詳しい話を聞きにNYまで行ってみると、職場環境も社宅も申し分ない。人生の成功者の暮らしだ。事務所はワールドトレードセンターのほど近く(倒壊4年前のツインタワーが映し出される)。オフィスビルの最上階で、モダンインテリアで統一された最先端のデザイナーズオフィスだ。住環境の方は、『ローズマリーの赤ちゃん』のダコタハウスや『ゴーストバスターズ』の高層マンションを思い出させる、19世紀末築のクラシカル&クラッシーな歴史的建築物。法律事務所の代表がその不動産を丸ごと一棟所有していてスタッフを各階に住まわせているのだ。無論本人はペントハウスに君臨し、上層階から下層階へと事務所でのヒエラルキー順にフロアが割り当てられているのである。 この初老の代表がジョン・ミルトン(すごい名前だ!アル・パチーノ扮演)。家父長的なカリスマ性を発散し、確固たる成功哲学を持ち、時にそれを雄弁に語り、夜ごとパーティーを催し、若い美女たちをはべらせ、部下にもそのオコボレを与え、事務所スタッフを完全に支配しているのである。主人公は、このミルトンにまず感謝し、次いで心酔し、その下で働けることを光栄に思う。 …が、しかし。 この『ディアボロス/悪魔の扉』には原作が存在する。1990年に書かれた小説『悪魔の弁護人』がそれで、映画化時に邦訳も出たことがある。主人公がフロリダではなく元々NY郊外に暮らしていたり、ペドフィリア教員がキモでぶハゲおやじではなくレズ女教師だったりと、多少の違いはあるが、ここまではおおむね映画版も原作も同じ展開をたどる。途中から違いが広がっていき、最後には全く別の結末にそれぞれたどり着くのだが、最大の相違は何かと言えば、まず端的に、主人公の妻のキャラクター造形であり、より根本的には、そもそものモチーフとなっているもの、テーマが違うのである。 映画版で奥さんを演じるのはシャーリーズ・セロンだ。中学教諭の強制猥褻裁判でも夫を応援し、勝訴が決まれば誰より喜ぶ。野心も強く、NYでのセレブ新生活に大興奮する。気っ風の良い田舎の元ヤン若妻みたいな辣腕カーディーラーの女性だった。しかし、そんな彼女がNYで次第に精神に変調をきたし、泣きじゃくりながら被害妄想と神経衰弱の症状に陥っていく。 一方、原作小説の方では真逆のキャラクターとして描かれている。NY郊外の弁護士家庭という中の上クラスの生活に満足している専業主婦で、その地域社会に愛着も抱いており、上を目指して別の生活に飛び込もうという気はさらさら無い。夫が強制猥褻容疑の被告の弁護を担当し原告の女子中学生を人格攻撃したことも恥じている。そんな彼女が、マンハッタンに移って豪華な暮らしを始めると、カネと消費の亡者に豹変するのだ。 要は、どちらも中盤で奥さんのキャラクターがガラリと一変してしまうのである。そのトリガーとなるのが「悪魔」という本作のキーワードだ。 映画版では、奥さんシャーリーズ・セロンが、この、人も羨む勝ち組ライフのふとした瞬間に、何か禍々しい、悪魔的な存在をチラチラ垣間見るようになり、フロリダではあれほど明朗快活だった彼女が、オカルト的な影に怯えて田舎に戻りたいと泣いて懇願しだす。主人公キアヌには悪魔の影など見えないのだが、妻の方は妄想なのか何なのか、不吉な気配を繰り返し感じるようになる。 「妄想なのか何なのか」と書いたが、これはつまり、いわゆる「ニューロティック・スリラー」的展開だ。この映画は、慣れない贅沢暮らしでノイローゼになり追い詰められていく心を病んだ庶民女性の物語なのか?それとも、本当に悪魔は実在するのに、それを旦那を含む誰からも信じてもらえない孤立した女性の物語なのか?どちらなのか!? それでクライマックスまで興味を持続させるのがニューロティック・スリラーというジャンルである。 一方、原作の方もニューロティックなのだが、悪魔が実在するのか妄想なのか、どちらなのかで読者を翻弄するのは、こちらでは主人公である旦那の方だ。ミルトン代表から殺人者の弁護を任され、良心の呵責に苦しむのみならず、ミルトンこそ実は本物の悪魔ではないのか!?と疑いだす。疑うほどに、逆に妻の方は、夫のことを精神異常あつかいしつつ、自身は浪費に明け暮れていく。悪魔に取り込まれつつあるのか? ヒロインである奥さんが、このように原作と映画化版とで正反対に描かれるのだが、より重要なのは、そもそもモチーフが違う、テーマが違う、ということの方だ。次回はそこに触れていきたい。 (つづき② 原題「悪魔の弁護人(Devil's Advocate)」は慣用句。その意味を知っているか?) © Warner Bros. Productions Limited, Monarchy Enterprises B.V., Regency Entertainment (USA), Inc. 保存保存 保存保存