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COLUMN/コラム2015.11.30
男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(5)
なかざわ:次は「黄金の眼」の話題に移りましょうか。 飯森:これもルパンですよ。 なかざわ:言ってみればテロリストの話なんですけどね。金持ちから大金をふんだくって、権力の鼻をあかしてやることを信条にしている覆面ヒーロー。 飯森:とにかくおしゃれな音楽がひたすら鳴り響いて、おしゃれな車に乗って美女をはべらせながら盗むだけっていう、極めて無内容な映画なんだけれど、怪盗映画として後世に与えた影響は少なくないと思います。特に驚いたのは、「ルパン三世 カリオストロの城」(注28)がまんまパクっていること。「カリオストロの城」でクラリスに会うため塔をよじ登っていくシーン、ほら、三角屋根の上でライターを拾おうとして転げ落ちるシーン、あそこが「黄金の眼」と全く同じなんですよね。 なかざわ:その塔をよじ登っていくシーンは、ビースティ・ボーイズのミュージックビデオでもそのまま再現されていますよね。実はあの塔って、実際は地面に横たわっていて、そこで俳優が四つん這いになっているだけなんですよ。それを広角レンズを使って絶妙な位置から撮ることで、いかにも遠く下の方に崖があって海があるように見せている。しかも、ご丁寧にヘリコプターを映り込ませているので、カメラが高いところにいるような錯覚を起こさせているわけです。 飯森:そのへんがマリオ・バーヴァ監督(注29)の技ですよね。 なかざわ:そうです。カメラマン出身の監督なので、撮影のアイデアが豊富なんです。他にも、怪盗ディアボリックが犯罪組織の飛行機に乗るシーンがありますよね。飛行場でタラップを上ってプロペラ機に乗り込むわけですけど、実はこのプロペラ機というのが、切り抜いた絵なんです。切り抜きをカメラの一番手前に置いて、本物の俳優やタラップはその遠く向こう側に配置されている。つまり、遠近法を応用することで、切り抜いた飛行機の絵を本物に見立てているわけです。しかも、照明を当てる位置を計算しているため、飛行機はほとんどシルエット状態なので、細部がよく見えないから絵だと分かりにくい。 飯森:映像の魔術師と言われる人は結構いるけど、これこそまさに映像の魔術ですよね。 なかざわ:バーヴァの映画はどれもそうですけど、特にこの作品は、面白い映画をいかに安上がりにつくるかというアイデアが詰まっているんですよ。ディアボリックの秘密基地なんかも、一部を除いてほとんどがマットペイントですから。つまり、手書きの絵ですね。例えば、美女のエヴァが上っていく階段は本物だけど、その先の丸い通路はマットペイント。普通の廊下にイラストを貼っているだけです。 飯森:マットペイントって実物のように見える絵を背景に置くという技術ですけど、実写と見分けが付かないということで最も例に挙げられるのは「ダイ・ハード2」(注30)の空港ですよね。でも、「黄金の眼」のマットペイントも全く分からない。 なかざわ:バーヴァの父親は、イタリアで最初に特撮工房を作った人なんです。その父親から技術のノウハウを学んでしますし、彼自身もトリック撮影が大好きで研究熱心だったようですね。実際、ダリオ・アルジェント監督(注31)の「インフェルノ」(注32)をはじめ、バーヴァがノークレジットで特殊効果を手がけた作品は多い。そんな彼の技術の粋を集めた映画だと思います。「黄金の眼」は。 注28:1979年製作。ルパンが小国カリオストロの王女クラリスを救うために戦う。宮崎駿監督。注29:1914年生まれ。監督。代表作は「血ぬられた墓標」(’60)、「モデル連続殺人」(’64)など。イタリアン・ホラーの父とも呼ばれる。1980年死去。注30:1990年製作。マクレーン刑事が空港でテロに巻き込まれる。ブルース・ウィリス主演。注31:1940年生まれ。監督。代表作は「サスペリア」(’77)、「フェノミナ」(’85)など。イタリアン・ホラーの帝王。注32:1980年製作。ニューヨークの古いアパートに棲む魔女の恐怖を描く。リー・マクロスキー主演。 次ページ >> 誰の視点に立つかによって大きく解釈が変わる(飯森) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2015.11.30
男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(4)
なかざわ:「世界殺人公社」は本当に面白い!今だったらマシュー・ヴォーン監督(注17)が喜んで撮りそうな映画ですよね。 飯森:(マシュー・ヴォーン監督作品の)「キングスメン」(注18)ですか。あとは「ルパン三世」。「世界殺人公社」は完全にルパンの世界ですよ。主演はオリバー・リード(注19)。これがムキムキというか、ゴリラみたいな男で。 なかざわ:なんたって狼男ですし(注20)。 飯森:そんな野蛮人みたいな顔した男が、とある企業の創業二代目の若社長なんですよね。で、その企業というのが“世界殺人公社”で、ずばり殺人を請け負っている。で、そんなけしからん企業があるらしいってことを、元ボンド・ガールのダイアナ・リッグ(注21)ふんする女性新聞記者が嗅ぎつけ、潜入取材することとなるわけです。オリバー・リードふんする若社長が一応お坊ちゃんという設定なので、蝶ネクタイとかしているんだけど、これがちっとも似合っていない(笑)。 なかざわ:だいたい、あの当時のオリバー・リードは二枚目の路線で売っていましたけど、今見るとおかしいですよね。 飯森:オリバー・リードとか、バート・レイノルズ(注22)とかが二枚目でいけたというのが、あの時代らしいというか、全てにおいて間違っていますよね(笑)。僕は大好きですけど。 なかざわ:若いころの勝新太郎が白塗りで二枚目をやっていたのと似ているかも。 飯森:若いころの勝新は二枚目ですけど、こいつは言い訳のしようがない。なんたって、顔がゴリラですから。それがピシッと夜会服を着てダイアナ・リッグを出迎えるわけですけど、彼女から「もし私があなたのことを殺してくれと頼んだらどうするの?」と問われて、「いいですよと」引き受けちゃう。会社の役員会に持っていきますからってことになるんだけど、役員会の連中も全員殺し屋なんですよね。そこで、若社長が「お前らみんなで俺を殺しに来い、もちろん俺も反撃するよ」ってな感じで、役員会と社長が殺し合うわけです。そもそも世界殺人公社の創業理念というのは、悪い奴を殺す代わりにお金をいただきますということで、世直しをするための会社だったのが、だんだんと役員会が金もうけに傾いていってしまった。だから、二代目としては一回リセットボタンを押すという目論見もある。そこで、ヨーロッパ各地を転々としながら、常務だとか専務だとかをぶっ殺していく…というコメディーなわけです。まさにルパンのファーストシリーズの匂いですよ。 なかざわ:殺しを請け負う彼らの仕事と、第一次世界大戦になだれ込んでいく時代の世界情勢が、ほのかにリンクしているところも面白い。舞台となる20世紀初頭の社会背景をうまく取り込んでいますよね。 飯森:国名は架空ですけど、いわゆるサラエボ事件を題材にしたような暗殺事件も出てきますし。歴史好きの人間はワクワクしちゃうかもしれませんね。 なかざわ:実際にこういう組織が存在して、世界の政治を裏で操っているかもしれないという、観客の想像力を刺激するところがある。 飯森:そこもルパンぽいでしょ。スコーピオン(注23)みたいな。それに、サラエボ事件が元ネタだと分かる人は、ほかのこともいろいろと分かると思うんです。例えば音楽だったりとか、各国のお国柄の違いだったりとか、ファッションだったりとか。あとは美術デザインがアールヌーヴォー(注24)っぽくていいですね。 なかざわ:タイトルロールからしておしゃれじゃないですか。ああいうセンスって今ではなかなか再現できない。’60年代ならではの洒脱ですよね。それから、確かイタリアのベネチアで登場しましたっけ、旦那を殺しちゃうイタリア支部長の奥さん。 飯森:あれはいい女でしたね。 なかざわ:アナベラ・インコントレッラ(注25)っていう、ヴィットリオ・デ・シーカの映画にも出ている女優さんです。 飯森:ちゃんとした女優さんなんですね。 なかざわ:はい、ちゃんとしたセクシー女優です(笑)。恐らく、日本でも中高年世代にはファンが少なくないはず。マカロニ・ウエスタンのヒロインも結構やっていますし。彼女がまたエレガントで素敵なんですよね。 飯森:まさしく、ルパンに色仕掛けをして一服盛ってやろうとするような女。本当にルパンっぽい要素がいっぱいですよね。 なかざわ:あとはダイアナ・リッグもカワイイ。彼女って、パッと見はジュリー・アンドリュース(注26)にも似ているんだけれど、ジュリーが淑女しか演じられないのに対し、彼女は淑女も悪女もイケる。ちょうど今は「ゲーム・オブ・スローンズ」(注27)にも出ていて、息の長い女優さんですけれど、この「世界殺人公社」の彼女は抜群にコケティッシュでセクシーです。 飯森:今で言うツンデレですよ。当時はそんな概念なかったはずですけど。フェミニストの闘士としてオリバー・リードふんする若社長に接近したはずが、だんだんと弱いところを見せるようになって、最後はルパン助けて~みたいな状況に陥る。だから、世界観や音楽などを含めてファースト・ルパンをカッコイイと崇める層っていると思うんですけれど、そこに完全にハマる作品だと思うんですよ。 注17:1971年生まれ。監督。代表作は「キック・アス」シリーズなど。注18:2014年製作。国際的な秘密諜報機関キングスメンの凄腕スパイと新人スパイの活躍を描く。コリン・ファース主演。注19:1938年生まれ。俳優。代表作は「オリバー!」(’68)や「トミー」(’75)など。1999年死去。注20:出世作が「吸血狼男」(’61)の狼男役だった。注21:1938年生まれ。女優。代表作は「女王陛下の007」(’69)など。元ボンドガールで唯一、英国王室から大英帝国勲章を授与されている。注22:1936年生まれ。俳優。代表作は「白熱」(’73)、「トランザム7000」(’77)など。70年代を代表する男性セックスシンボル。注23:「ルパン三世」TVシリーズにたびたび登場する犯罪組織。コミッショナーはミスターX。注24:19世紀末から20世紀初頭にヨーロッパで流行った美術様式。植物や花などの有機的なモチーフをデザインに用いる。注25:1943年生まれ。女優。代表作は「西部決闘史」(’72)や「旅路」(’74)など。注26:1935年生まれ。女優。代表作は「メリー・ポピンズ」(’64)に「サウンド・オブ・ミュージック」(’65)。注27:2011年より放送中の大作テレビシリーズ。歴史劇とファンタジーを融合し、エミー賞作品賞など多数受賞。ダイアナ・リッグはシーズン3より出演中。 次ページ >> 面白い映画をいかに安く作るかのアイデアが詰まっている(なかざわ) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2015.11.30
男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(3)
飯森:先ほども言ったように、今回の未DVD・ブルーレイ化作品の中で一番盛り上がりを見せているのは「ザ・キープ」です。いわゆる超娯楽作ですよね。確か「13日の金曜日・完結篇」(注12)との同時上映だったと思うんですが。 なかざわ:今回久しぶりに見て、確かにビジュアルの素晴らしさは記憶の通りだったんですけど、実は編集の粗さとかストーリーのつじつまの合わなさに気づいて、あれ?と思いました。初めて見た時の感動と衝撃が、美化されて記憶しているのかな(笑)。 飯森:東欧の要塞みたいな城に怪人が封印されていて、そこに何も知らないナチスの軍隊が駐留することになる。で、その要塞を探検していたところ、封じ込められていた怪人が出てきちゃうわけですよね。当時は「スター・ウォーズ」から続くSFXブームの真っ只中にあって、あの怪人の造形も’80年代的にはイケていたんだろうと思います。 なかざわ:なんとなくゴシック・ファンタジー的な雰囲気が好きで。古城の中に恐ろしい秘密が隠されているという設定だけでも、ロマンをかき立てられるものがあるんですよね。 飯森:しかも、東欧のトランシルバニアとかカルパチア山脈とかを舞台にするのって、ハマー・フィルム(注13)がドラキュラ映画で散々やっていたわけですけど、どれもウソ臭かった。でも、これはマイケル・マン監督(注14)だからなのか、ものすごくリアルなんですよね。カルパチアの山間にある村のセットが。 なかざわ:セットという感じすらしませんからね。 飯森:あと、これは原作者の功績なんでしょうけれど、要塞の壁に謎のメッセージが書かれるシーンがある。“我を解き放て”というメッセージが。でも、ナチスの軍人たちはこれが読めない。ルーマニア語というのはラテン文字なんですけど、壁に書かれている文字はどう見てもラテン文字じゃない。そこで、イアン・マッケラン(注15)演じるユダヤ人の学者を強制収容所から連れ出してくるわけです。これを読めと。すると、グラゴル文字で書かれた古代教会スラヴ語だというんですね。これは、ロシア語などの元になった最古のスラヴ系言語です。この古代教会スラヴ語は原初的なキリル文字かグラゴル文字のどちらかで書かれるんですが、グラゴル文字はその後の歴史の中で埋没していき、キリル文字の方だけが残った。そのグラゴル文字で怪人のメッセージが書かれている。まさにこういうところですよね、ロマンを感じるのは。 なかざわ:そうです。その怪人というのが、ユダヤ人の味方をするフリして、実は自分が外へ出たいだけだったりする。学者の心理を巧みにもてあそぶあたりが面白い。 飯森:「俺を出してくれたらヒットラーをぶっ殺すよ」ってね。 なかざわ:もちろん、そんなわきゃないんだけれど(笑)。 飯森:でも、イアン・マッケラン演じる学者の心も揺れるわけです。で、ユダヤ民族を救うためにこいつを外へ出そう…となった時に、それを止めようとスコット・グレン(注16)ふんするある男が現れるわけだけれど、彼が何者なのか全然分からない(笑)。 なかざわ:原作を読めば分かると思うんですけれど、少なくとも映画のストーリー上は一切の説明がなく突然出てきますからね。 飯森:ずっとバイクに乗ったり船に乗ったりして要塞を目指すんですけど、なぜそこで物騒なことが起きていると知っているのか、なにも言及されていません。 なかざわ:もともと3時間あった映画をバッサリ短くしているので、どうしても未完成に感じる部分が多いことは否めませんね。 飯森:でも、こういう映画を深夜に見ちゃった時の、この上ない幸福感は代えがたいものがありますよね(笑)。 注12:1984年製作。殺人鬼ジェイソンが若者を殺しまくるシリーズ4作目。これで完結するはずが、予想外の大ヒットで継続することに。キンバリー・ベック主演。注13:’50年代末から’70年代にかけてホラー映画を量産した英国の映画会社。代表作は「吸血鬼ドラキュラ」(’58)など。’07年に復活し、「ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館」(’12)などを製作。注14:1943年生まれ。監督。代表作は「ヒート」(’95)や「コラテラル」(’04)など。注15:1939年生まれ。俳優。代表作は「Xメン」シリーズに「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ。注16:1941年生まれ。俳優。代表作は「シルバラード」(’85)、「羊たちの沈黙」(’90)など。 次ページ >> ルパン三世のファーストシリーズの匂いですよ(飯森) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2015.11.30
男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(2)
なかざわ:次にその6作品それぞれについてお話したいと思います。先ほど話題にも出た「スパニッシュ・アフェア」ですが、アクションが多いドン・シーゲル監督映画の中でもかなり異色ですよね。 飯森:まあ、アクションもあるといえばありますけれど(笑)。 なかざわ:でも、基本的には観光ロマンスですよね。そもそもドン・シーゲル監督といえばバイオレンスですから、こういう映画を撮るというイメージが映画ファンにはない。 飯森:主人公も、なかなかドン・シーゲルらしからぬヒーローでね。スペインにやって来たアメリカ人の建築家が、地元の会社の女性秘書に道案内をしてもらうんですけれど、彼女にほれているチンピラが突然飛び出してきて、俺の女に手を出すなってナイフで脅すわけですが、すると主人公は「ごめんなさーい!」って逃げ出しちゃうんですよね(笑)。 なかざわ:「お前とは“できてない”って説明しろ!」ってね。で、後からその秘書に「あの人は男じゃない」とか言われちゃう。とんでもないヒーローですよ。 飯森:あれは衝撃的でしたね。普通、映画でそれは言わないはずでしょ。ましてやドン・シーゲル映画ですから。 なかざわ:しかも1950年代の映画ですよ。まだまだ男は男らしくが社会通念だった時代に、こんな無責任な男ってアリかよという。この主人公を演じているリチャード・カイリー(注6)という俳優は、我々にとっては年を取ってからの名バイプレイヤーとしておなじみですが、若いころの主演作というのは初めて見ましたね。もともとブロードウェーのミュージカル俳優なので、若いころの映画出演作自体が少ないんですよ。そういう意味でも珍しい映画です。あとは、チンピラの片腕みたいなフェルナンドって男が出てきますけど、あれをやっているホセ・マヌエル・マルティンって役者は、後にマカロニ・ウエスタン(注7)の悪役を沢山やっています。他にも、ジェス・フランコ(注8)のフー・マンチュー映画(注9)とか、ポール・ナッシー(注10)のドラキュラ映画にも出ていたし。スペイン産B級映画ではお馴染みの顔で、この人がアメリカ映画に出ていたというのも新鮮な驚きでした。 飯森:あと、これは劇中で言及されていませんが、フランコ政権の時代に作られた映画なんですよね。スペインは’70年代に民主化されましたが、この映画がロケされたころのスペインはゴリゴリの独裁政権下ですよ。 なかざわ:とはいえ、あの国はダブルスタンダードというか、フランコ政権下でも輸出用に結構エログロな映画も作っているんですよね。そういった作品には、スペイン国内向けバージョンとインターナショナル・バージョンがあった。服を着ているとか着ていないとか、残酷なシーンがあるとかないとかの違いなんですけれど。それと、殺人やセックスが絡む映画は必ず舞台をイギリスとかフランスに設定していて、たとえスペイン国内で撮影していても外国の出来事にしちゃう。スペインには人殺しや変質者はいませんからと(笑)。そんな中で、ジェス・フランコやポール・ナッシーが出てきたわけです。 飯森:スペイン映画というのも研究すると面白いかもしれませんね。最近のスパニッシュ・ホラーの質的な素晴らしさとか。個人的には、ドイツ映画がそうしたことをやっていてもおかしくないと思うんですけど。 なかざわ:そうなんですよ。でも、ドイツはナチスのトラウマに戦後ずっととらわれてきちゃったところがあって、そもそもエログロ映画が作れないし、上映できなかった。 飯森:「ネクロマンティック」(注11)がフィルムを没収されて焼却処分されましたもんね。ゲッベルスがやったことと同じことしてんじゃないか!みたいな。って、かなり脱線してしまいましたが(笑)。 なかざわ:だいぶ遠くに行っちゃいましたね(笑)。 注6:1922年生まれ。俳優。代表作は「星の王子さま」(’75)や「エンドレス・ラブ」(’81)など。1999年死去。注7:1960年代に世界中で大ブームを巻き起こしたイタリア産西部劇の総称。欧米ではスパゲッティ・ウエスタンという。注8:1930年生まれ。監督。代表作は「美女の皮をはぐ男」(’61)や「ヴァンピロス・レスボス」(’70)など。2013年死去。注9:クリストファー・リーが中国人の犯罪王フー・マンチューを演じるシリーズ。全5作中、最後の「女奴隷の復讐」(’68)と「The Castle of Fu Manchu」(’69)をフランコが監督。注10:1934年生まれ。俳優。代表作は「吸血鬼ドラキュラ対狼男」(’68)など。ハシント・モリーナ名義で脚本や監督も。2009年死去。注11:1987年製作。死体愛好家カップルの狂気と快楽を描き、本国ドイツはもとより世界各国で上映禁止に。ユルグ・ブットゲライト監督。 次ページ >> 怪人の造形も’80年代的にはイケていたんだろうと思います(飯森) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2015.11.30
男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(1)
なかざわ:今回はザ・シネマで12月に放送される未DVD・ブルーレイ化作品についてお話しさせて頂ければと思います。12月は6つの未DVD・ブルーレイ化作品、「スパニッシュ・アフェア」「ザ・キープ」「世界殺人公社」「黄金の眼」「くちづけ」「ウォーキング・トール」がラインアップされていますが、どれも日本ではほとんど見る機会がない映画ばかりですよね。その大きな理由の1つとして、地上波の洋画番組がほとんどなくなってしまったことがあると思います。例えば、「ウォーキング・トール」や「世界殺人公社」などは、昔は地上波でも放送がありましたよね。 飯森:こういう作品も、昔なら民放さんが放送権をまとめ買いするときに一緒に付いてきたんじゃないかな。実は「ザ・キープ」は1月に吹き替え版を放送する予定で、テープを取り寄せてみたところ、確か1989年に日テレ系だかの「特選シネマ」っていう洋画枠で放送しているんですよ。聞いたことあります? なかざわ:ないですねー。 飯森:昔はテレビにも映画放送枠がいっぱいありましたからね。VHSバブルの時はなんでもかんでもVHSで出ましたし。 なかざわ:あと、ザ・シネマを含めてCSの洋画専門チャンネルは幾つもありますが、どうしても最近の映画に比重が置かれてしまいますから、古い映画はこぼれ落ちちゃいますよね。 飯森:お金があれば全米ナンバーワン・ヒットみたいな映画、なければ次に視聴率の稼げそうなアクションで新しいやつ。例えば、「ウォーキング・トール」のジョー・ドン・ベイカー(注1)と言っても今の若い人にはピンと来ないから、説明が必要になる。でも、リメイク版「ワイルド・タウン/英雄伝説」(注2)のザ・ロック(注3)なら一発で分かる。だから、どうしてもそっちの方に偏りがちになりますよね。ただ、それじゃいかんと。映画専門チャンネルとして、映画の面白さをお伝えしていくのに、映画好きの方々が「昔見たけどもう一度見たかったんだ」とか、「なんとしても見たかったけど手段がなかったんだ」という作品も汲み取らないといけない。それに、そういう映画が1本でもあれば加入してくれる方は必ずいらっしゃると思います。 なかざわ:昔マニア系の映画ショップで仕入れを担当していたことがあるんですが、実際、既にDVDが普及しているのに、DVDになってなく、レアな映画の高額なVHSテープを喜んで買っていかれるお客さんもいましたよ。ファン心理ってそういうものですよね。 飯森:僕もいまだにネットのオークションで高いVHSを落としますもん。映画ファンの飢餓感というのはよく分かってますから、さすがにそういう映画ばかりで埋め尽くすわけにはいきませんけど、たとえ全体の5%でも10%でも常に用意するようにしたい。放送が実現するかどうかは別にして、リクエストがあればゲットするために汗はかきますし。映画ライターの皆さんにもヒアリングをして、どうしても見たい映画のリストを回収した結果、12月はこの放送ラインアップだったわけです。実際は、候補として未DVD・ブルーレイ化作品はもっとあったんですが、さまざまな事情からふるい落とされて、今回の6本になりました。 なかざわ:今回、ラインアップを決めるにあたって、特に印象深かった作品は何ですか? 飯森:ドン・シーゲル監督(注4)の「スパニッシュ・アフェア」ですね。シーゲルについてずっと書かれている映画評論家の桑野仁さん(注5)が、これだけは見たことがないと。 なかざわ:アメリカでもソフト化されていませんしね。 飯森:もしかすると、本邦初公開の可能性があるんですよ。ドン・シーゲル絡みの仕事を長年やってきたけれど、これだけが日本へ入ってきた形跡がないので、是非とも紹介したいんだという熱心なメールを桑野さんから頂きまして、そこまでおっしゃるならば最優先の事案として動きましょう、ということで入手したんです。 なかざわ:映画ファンであれば、もちろん自分が見たいということもありますけど、同時に世の中にはきっと自分と同じような人がいるはずだから、そういう人たちにも見てもらいたいという気持ちにはなりますよね。 飯森:あと「ザ・キープ」の放送告知をした際、ザ・シネマとしては異例と言えるくらいの大反響がありましたね。主にツイッター上ですけれど。 なかざわ:これはもう一度見たいと思っていたファン、多いはずですよ。私も含めて。海外でもDVD化されていませんし。人間って、多感な時期であったり、ある特定の年代に見て「これは!」と感じた映画に対する思い入れは強いと思うんです。で、そういうのに限って見られないことが多くて。その“飢え”と“渇き”でみんな悶々とするという…(笑)。 飯森:映画の本質ですからね。「スター・ウォーズ」のように大勢が待ち焦がれて劇場へ足を運んで行列する作品もあれば、そうではないけれど忘れ難い映画というものもあるわけじゃないですか。ザ・シネマとしては、そうした部分もちゃんとカバーできないだろうかと考え、作品を調達しているわけです。 なかざわ:「そういうチャンネルがないとマジで困るよ!」という映画ファンは多いと思います。 注1:1936年生まれ。俳優。「007 リビング・デイライツ」(’87)と「007 ゴールデンアイ」(’95)にも出演。注2:2004年製作。退役軍人が故郷で保安官になって地元の悪を正す。ザ・ロック主演。注3:1972年生まれ。元プロレスラーの俳優。別名ドウェイン・ジョンソンでもお馴染み。代表作は「ワイルド・スピード」シリーズなど。注4:1912年生まれ。監督。代表作「ダーティ・ハリー」(’71)など。クリント・イーストウッドの師匠でもある。1991年死去。注5:著書「ロバート・アルドリッチ大全」「フィルム・ノワールの光と影」など 次ページ >> こんな無責任な男ってアリかよっていう主人公(なかざわ) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
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COLUMN/コラム2015.11.28
個人的に熱烈推薦!編成部スタッフ1人1本レコメンド 【2015年11月】うず潮
『ギャング・オブ・ニューヨーク』でコンビを組んだマーティン・スコセッシ×レオナルド・ディカプリオが再びタッグ!実在した大富豪ハワード・ヒューズの波乱の半生を、スケール満点で描いた伝記大作。 主演のハワード・ヒューズ役のディカプリオは憑依ぶりを発揮し、その存在感はさすがの一言。そして、ヒューズの恋人オスカー女優キャサリン・ヘプバーン役にはケイト・ブランシェット。若きヘプバーンを豪快でどこか可愛らしい彼女を見事に演じきり、アカデミー賞助演女優賞を見事獲得。さらに本作は1920~30年代の車や航空機、ファッションなどその時代を感じられ、ヒューズが製作した映画『地獄の天使』に登場する戦闘機バトルを再現したシーンは迫力満点。 ヒューズは映画の他に航空事業にも乗り出すのですが、軍事用に開発した巨大輸送機の飛行シーンは男子なら、是非見てほしいシーン。ロマンを感じます!この映画を見たあとは、ハワード・ヒューズについてもっと知りたくなりますよー。是非見たあとにググってみてくだい! ザ・シネマでは、こんな飛行機野郎たちが登場する映画を【男たちの大航空時代】と題して特集放送!本作のほか『レッド・バロン』『トラ・トラ・トラ・』を放送します!こちらもお楽しみに! ©2004 IMF. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2015.11.22
話題の食人族映画『グリーン・インフェルノ』のイーライ・ロスが原案・製作・脚本・主演したディザスター・パニック・ホラー〜『アフターショック』〜
これはルッジェロ・デオダート監督の『食人族』(81年)やウンベルト・レンツィ監督の『人喰族』(84年)等の人喰い族を題材にしたモンド映画をリスペクトした作品である。とりわけ前者の『食人族』は、POV(主観映像)によるファウンドフッテージ形式をとったモキュメンタリー(疑似ドキュメント)作品にも関わらず、日本では衝撃のドキュメンタリーという悪ノリ宣伝にのって劇場公開され、真実か?作り物か?の議論を呼んで異例の大ヒット! ちなみにモンド映画とは、観客の見世物的な好奇心をそそらせるような猟奇系ドキュメンタリー、もしくはモキュメンタリーのことを指し、モンドはグァルティエロ・ヤコペッティ監督のドキュメンタリー映画『世界残酷物語』(62年)の原題“MONDO CANE”に由来する。 でも『グリーン・インフェルノ』は、ファウンドフッテージ物でもモキュメンタリーでもなく、モンド映画が持ついかがわしさは多少薄れているものの、生々しい残虐描写を盛り込みつつ、現代的アプローチで食人族映画を復活させた。ジャングルの森林破壊によって先住民のヤハ族が絶滅に瀕すると考えた過激な学生グループが小型飛行機に乗るが、熱帯雨林に墜落する。生き残った学生数人はヤハ族に捕われてしまい、一人ずつ喰われていった。ヤハ族は食人族だったのだ……。 生きた人間からえぐった眼球を生のまま食べたり(オエッ)、生きた人間の四肢をナタで切断して肉塊を燻製にして(笑)食べるなど、ロス監督らしいエゲツない描写に溢れている。 血生臭い『グリーン・インフェルノ』の脚本を務めたロスとギレルモ・アモエドは、その前にディザスター・パニック・ホラー『アフターショック』(12年)の脚本で組んでいる。 ロスは、ある映画祭で上映されたニコラス・ロペス監督の作品を観てとても気に入り、いつか一緒に組もうと約束した。そしてロペス監督がチリ地震での体験を基にした作品を作りたいと言うと、ロスも意気投合し製作が決定。ロペス監督の盟友ともいえる脚本家ギレルモ・アモエドも参加し、ロスは製作と共同脚本を務め、俳優として出演もした。 チリを観光旅行する男友だちの3人が、ワインを愉しみつつ、昼は観光、夜はクラブで女性をハント。さながら導入部は、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09年)風のダメンズな匂いを感じさせながら、そこに巨大地震が起きて一変! ガラス片が体に突き刺さった女性とか(痛々しいっ)、壁が崩れ、天井からコンクリートの塊が落下してきて人間が果実のように潰れて圧死する! さっきまで、生の狂騒を感じさせていた空間が、阿鼻叫喚の地獄絵図に様変わり。津波が来るぞ、来るぞっという噂(情報)が流れだし、生き残った人間たちは高台を目指して右往左往するし、パニックに乗じて暴動や略奪があちこちで起こり、しかも刑務所から囚人たちが多数脱走し、更に混沌とした世界に変貌する。 大地震による恐怖もあるが、それによって引き起こされた人間のモラル崩壊が相次いで描かれる。地震の恐怖以上に人間の様々な凶行が、一層恐ろしく映し出される。 実は『ホステル』と『グリーン・インフェルノ』と同じく、『アフターショック』も似たようなシンプルな構成を取っている。導入部は若者たちの姿を、妙に脳天気に映し出しながら、突然ある異常な事態を迎えて恐怖の坩堝に落ちていく展開だ。その落差により、ショックと残虐に満ちた描写が一層際立つし、観る者たちに主人公たちの苦しみを疑似体験させようとする。ちぎれた腕を探す男の姿はどこか滑稽に映るが、どこか真実味をおびているし、時に不快感をももよおさせるほどの陰惨な場面も続出する。 例えば『ホステル』でいえば、拷問人に肉体を痛めつけられて肉体損壊される過程を丹念に見せながら、主人公と思しき人物が、隙をついてなんとか逃げ出そうとする際の、きりきりと胃が痛むような緊迫感が持続していた。あのなんともいいようのないショックと恐怖がたまらなかった。 おそらくイーライ・ロスが固執し続けるのは、彼自身が若い頃に『食人族』や『人喰族』等のモンド映画を観て受けた、超絶トラウマ体験の衝撃……すなわち“恐くて目を覆いたくなるようなショックで不快なものを見せつけてやろう”という精神なんだと思う。それがロスの心にも息づいていて、自分と同じようなトラウマ体験を、今の観客にも味あわせてやろうという意気込みが感じられる。まさにロスの監督作品は、“恐怖とショックと残酷の遺産”である。 だからロスにとって、作品がモンド映画か否かではなく、思わず観客の気持ちをひかせてしまうほどの、人間たちのリアルで恐るべき所業が主として映し出される。人間ほど恐くて魅力的なものはないのだから。 『アフターショック』では、地震よりも人間たちのほうが恐ろしい。パニックに乗じて囚人たちが民衆の中に巧みに入り混じってしまい、助けてもらいたいと思っても助けてもらえない状況に陥ってゆくし、普段は人の良さそうな人たちでも、銃を手にして発砲してくる始末だ。無法地帯になってしまった街中では、危険な不良グループがたむろし、だからといって重傷者を助けるわけでもなく、逆に弱っている者を血祭りにあげて嬌声をあげるし、若い女性を見れば、ここぞとばかりに襲いかかって欲望の赴くままにレイプする。 そうかと思えば、クラブから主人公たちを外に導こうとする、優しい清掃のおばさんがあっけなく死んでしまうし、展望台に運ぶケーブルカーのワイヤーが突然切れて、高所から傾斜度の高い坂をすべり落ちて婦女子全員が死んでしまう場面がある。人間の善悪では関係ないところで起きる自然災害の恐怖を伝える一方、神に仕える神父と修道女たちのいかがわしい関係によってできただろう堕胎児が地下墓地に埋葬されていて、善悪の人間に関わらず、誰しも恐ろしい本性を隠し持っていることを匂わせている。 そしてラストで、なんとか助かって、ようやく解放された空間に出てきたヒロインが直面する恐怖には、観る人によっては御都合主義と見られそうだが、私なりの解釈では、地獄からなかなか抜け出せなかった悪夢のようなものだと解釈した。現実かもしれないし、ヒロインが見た恐ろしい夢かもしれない。そのあたりのさじ加減が、実に上手い。 『アフターショック』はイーライ・ロスの監督作品ではないが、ロスの特徴が多分に盛り込まれた作品である。ちなみに『アフターショック』でロスが、ヒロインの一人、ロレンツァ・イッツォと共演し、その数年後に結婚するまでに到った記念碑的な作品でもある。ロスはイッツォを『グリーン・インフェルノ』の主役に起用し、食人族の族長が見染める処女を演じさせた。『アフターショック』の彼女とはかなりイメージが異なるので、見比べてみるのも一興である。■ ©2012 Vertebra Aftershock Film, LLC
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COLUMN/コラム2015.11.15
イエスマン “YES”は人生のパスワード
ロサンゼルス。銀行員のカールは何に対しても消極的な性格。呆れた恋人にも出ていかれ、孤独な日々を送っていた。そんなある日、友人に無理矢理誘われて出席したカリスマ教祖テレンスの自己啓発セミナーで暗示をかけられたカールは、何に対しても「イエス」と答える「イエスマン」に変身してしまう。すると仕事もプライベートも良い方向に向かいだし、キュートな女子アリソンとも付き合うようになり・・・。 そんなブッとんだストーリーの『イエスマン“YES”は人生のパスワード』だけど実はこれ、英国人のダニー・ウォレスというライターが「すべてにイエスと答えたらどうなってしまうか?」を試してみた体験談が原作だったりする。つまりこうした行動をダニーは自由意志で行っていたわけだ。 だが脚本化を任されたニコラス・ストーラーはこの物語を「暗示をかけられた男が暴走する話」に改変してしまった。でも人はそんな安直な暗示にかかるものなのだろうか? それにそんな暗示をかけられた男なんて異常なだけで全然笑えないのではないか? 大丈夫、主演俳優は天才コメディアン、ジム・キャリーなのだから! カナダ生まれのキャリーがアメリカでブレイクしたきっかけは『In Living Color』(90〜94)というお笑い番組だった。この番組は他のお笑い番組とは少々毛色が変っていた。ホスト兼ヘッドライターを務めていたのは黒人コメディアンのキーナン=アイヴォリー・ワイアンズで、出演者も彼の弟たちを含めて黒人ばかり。スタジオ観覧席も黒人で埋め尽くされていた。つまり黒人向けコメディ番組だったのだ。キャリーは唯一の白人男性のレギュラー出演者で完全なアウェイ状態。それでも当時の映像を観ると、ガンガン笑いを取っているのだからスゴい。その笑いの源はキャリーの驚異的に変化する顔や身体芸にある。 アメリカは多民族・多文化国家なので”あるあるネタ”が通用しない。白人にとっては爆笑ギャグでも、黒人はクスリともしないということだってある。でも顔や身体芸で笑わせる芸なら環境の壁を超えてしまうことが可能だ。キャリーが『エース・ベンチュラ』(94)で映画界に進出して以降、トップスターの座に君臨し続けているのは、そうした顔&身体芸のレベルの高さゆえなのだ。作品の出来に少々ムラがあるキャリーだけどスキル面では依然、最強のコメディアンであることは間違いない。下積み時代に一緒にコメディ・ツアーを行った経験を持つジャド・アパトーも彼についてこう語っている。「二番目に面白いコメディアンが誰なのか決めるのは難しい。でも一番面白いコメディアンはジム・キャリーで決まりだ!」 そんなキャリーが本作では主人公カールに扮し、冒頭のダメ人間モードから暗示をかけられた躁状態モード、そして真実にたどり着いた姿までを、あらゆる芸を駆使して魅せてくれるのだから面白くないわけがない。本作はキャリーの代表作のひとつだと思う。 対するヒロインのアリソンを演じているのは近年TVコメディ『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』(12)で人気のズーイー・デシャネルだ。その番組の主題歌も自分で歌っている彼女だけど、それ以前から『エルフ〜サンタの国からやって来た〜』(03)や『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)といった作品で深みのあるハスキーヴォイスを聴かせているほか、マット・ウォードとのユニット「シー&ヒム」名義で活躍するミュージシャンでもある。 そのズーイーが、LAインディシーンで活動するヴォン・アイヴァと共にガールズ・ロックバンド「ミュンヒハウゼン症候群」名義で劇中のステージに登場、オーガニックなシー&ヒムとはうって変わったエレクトロを披露するシーンが本作のハイライトのひとつだ。特にジミ・ヘンドリックスのウッドストックでの演奏をパロって、ショルダーキーボードで「星条旗よ永遠なれ」を弾くあたりが最高。あまりにハジケすぎて現実味がないように思えるかもしれないアリソンだけど、実はこのキャラは原作版「イエスマン」で主人公が恋に落ちるリジーをモデルにしている。事実は小説より奇なりだ。 こうした二人と並んで本作の隠れた主人公となっているのが、物語の舞台となっているロサンゼルス内のシルバーレイクやエコパークといったエリアだ。映画を観たなら、このエリアが、僕らがLAと言われて思い浮かべるセレブが住むビバリーヒルズや、巨大ショッピングモールが林立するサンフェルナンド・ヴァレーといったエリアとは少々趣が異なっていることに気づくはず。さほど高級そうじゃないし、ビーチからも遠そう。でもユルい空気が漂う、とても住みやすそうなエリアだ。 ハリウッドの東側に位置し、天文台と屋外劇場ハリウッド・ボウルがあるグリフィス公園(アリソンが主宰する「早朝ジョギング兼写真クラス」の練習場はここだ)以外はこれといった名所がないシルバーレイクが、一躍世界中で注目を浴びるようになったのは90年代のこと。当時ロック・シーンを席巻していたオルタナ系ミュージシャンがこぞってこのエリアを本拠地にしていることが明らかになったのだ。思いつくまま名前を挙げてみよう。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ジェーンズ・アディクション、ニューヨークから移住してきたビースティー・ボーイズ、ヘンリー・ロリンズ、ペイヴメント、故エリオット・スミス、ベック、そして本作のサウンドトラックを手掛けているイールズだ。 イールズは、「E」ことマーク・オリバー・エヴェレットが96年に結成したソロ・ユニットだ。決して大スターとは言い難いミュージシャンだが、ロック・マニアほど凄さが分かる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」として熱狂的なファンを獲得し続けている。かつてバンドマンで、劇中にも登場するライブハウス「スペースランド」に出入りしていた本作の監督ペイトン・リードもそのうちの一人。ファースト・アルバムからイールズを愛聴し続けてきたという彼が本作の音楽にイールズを起用したのは、サウンドがシルバーレイクの雰囲気をよく反映していること、またEの書く歌詞が『イエスマン』のテーマ<内にこもっていた主人公が世界と繋がろうと苦闘する>にぴったりだったからという。 「さあ立ち上がる時/僕は君に相応しい男だ」と自らを鼓舞するような「Man Up」だけが書き下ろしで他は全て既存曲だが、どれも映画のために作ったかのよう。「僕は疲れすぎてしまった、一人でいることに」(Bus Stop Boxer)や、「真夜中の空に虹は見えないけど、いつか僕はうまくいく」(Blinking Lights(For Me))など、どのナンバーの歌詞もカールの心情を絶妙に表現している。 出世作『チアーズ!』(00)から最新作『アントマン』(15)まで、既存曲の使い方が天才的に上手いリードの手腕は本作も健在だ。カールとアリソンが夜中に忍び込んだハリウッド・ボウルで初期ビートルズの名曲「キャント・バイ・ミー・ラブ」を歌うシーンはその代表例。というのも、このハリウッド・ボウル、もともとはクラシック専門会場だったのだが、64年にビートルズがライブを行ったことを境にロックのメッカになったコンサート会場なのだ。 もうひとつの技ありは、カールがギター弾き語りでサード・アイ・ブラインド97年の大ヒット曲「ジャンパー」を歌うシーン。これに関してはどういうシチュエーションで彼が歌うかは敢えて書かない。とりあえず「観れば爆笑間違いなしだ!」とだけ書いておこう。 © Warner Bros. Entertainment Inc.
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COLUMN/コラム2015.11.12
【DVD/BD未発売】暗殺組織のキテレツな内部抗争を英国流のブラックユーモア満載で描いたアクション・コメディ~『世界殺人公社』~
今にして振り返れば、1980年代以前のテレビ東京(かつての名称は東京12チャンネルだった)やUHFの映画枠は宝の山だった。真っ昼間や深夜にたまたま観てしまったアクションやスリラーやホラーがいちいち強烈で、あの頃の記憶をたどると「あれ、何ていうタイトルだったかなあ」「死ぬまでに何とかもう一度観られないものか」という怪作、珍作、ケッ作がわんさか脳裏に浮かび上がってくる。日本での封切り時に「殺人のことなら、何でも、ご要望に応じます!!」という人を食ったキャッチコピーがつけられた1969年のイギリス映画『世界殺人公社』も、まさにそんな幻の1本であった。 20世紀初頭のヨーロッパ各地で謎だらけの殺人事件が続発し、ロンドンの新米女性記者ソーニャが取材に乗り出すところから物語が始まる。道ばたで盲目の男性からメモを手渡され、指示に従って帽子の仕立屋に赴くと、あれよあれよという間に馬車に乗せられ、到着した先は“世界殺人公社”の本部。何とこのアングラ組織は殺人代行サービスを請け負い、奇想天外な手口で要人の暗殺を遂行しているのだ! 実はこの映画、「野性の呼び声」「白い牙」などで名高い動物文学の大家ジャック・ロンドンの未完小説の映画化なのだが、動物はさっぱり出てこず、不条理なまでに奇抜なストーリー展開が滅法面白い。組織の2代目チェアマンであるロシア系のイワン・ドラゴミロフと対面したソーニャは、殺しのターゲットを尋ねられて「イワン・ドラゴミロフよ」と返答する。するとイワンは「おやおや、信じがたいことだが、標的はボクのようだな」などと困惑しつつも、その意表を突いた依頼を2万ポンドで受諾。欲にまみれて堕落した組織の幹部たちに自分の命を狙わせ、自らも幹部たちを殺しにかかると宣言する。要するに、世にも奇妙な暗殺組織内での殺人合戦が繰り広げられていくのだ。 何ともデタラメな話ではあるが、映画の中身は驚くほど多彩な趣向を凝らした仕上がりで、まずは伝説のTVシリーズ「プリズナーNO.6」の音楽を手がけたロン・グレイナー作の胸弾むスコアが、アールヌーヴォー風デザインのお洒落なメインタイトルに響き渡るオープニングからして掴みはOK。 続いて登場するヒロインはダイアナ・リグですよ。彼女こそは『女王陛下の007』のボンドガール、すなわちジェームズ・ボンドが唯一結婚したテレサを演じたイギリス人女優。ボンドガール女優は大成しないというジンクス通り、その後のキャリアはパッとしなかったが、本作は『女王陛下の007』と同年に製作されたリグの貴重な主演作なのである。 そして真の主人公たるイワン・ドラゴミロフに扮するのは、紳士の国イギリスらしからぬ異端の野獣派スターとして当時名を馳せたオリヴァー・リード。暗殺を生業とする言わばシリアルキラーのくせに、罪を犯した悪人殺しに崇高な使命感を抱き、世界をよりよくするために活動していると豪語するイワンを堂々と演じている。シーンチェンジごとに神出鬼没の変装&コスプレを披露しつつも、持ち前の無骨な風貌に反したスマートなアクションと、ドヤ顔で大見得を切るセリフ回しには見惚れずにいられない。 そんなオリヴァー・リード=イワンの命を狙う幹部連中のキャスティングもやけに豪華だ。クルト・ユルゲンス、フィリップ・ノワレらの国際色豊かな面々が、ドイツの将軍やらパリの売春ホテル経営者に扮して曲者ぶりを発揮。おまけに組織を乗っ取ってヨーロッパを支配する野望に燃える副チェアマンをテリー・サバラスが演じるのだから、濃厚にして重厚な存在感もたっぷり。それなのにベイジル・ディアデン監督(『紳士同盟』『カーツーム』)の語り口は、とことんハイテンポで軽妙洒脱だったりする。 前述の通り、本作は『女王陛下の007』と同年に作られたが、まるで歴代ボンドの中で最もユーモア感覚に長けたロジャー・ムーアの登場を先取りしたかのようなスパイ・コメディのテイストも味わえる。序盤、組織の幹部が円卓を囲むシーンは“スペクター”の会議のようだし、イワンとソーニャがロンドン、パリ、チューリッヒ、ウィーン、ヴェニスをめぐって群がる敵を返り討ちにしていく設定も“007”風。ダイアナ・リグに至ってはノングラマーのスリムボディを大胆露出(といってもヌードではなく、素肌にバスタオル姿どまりだが)し、『女王陛下の007』以上のお色気サービスを満喫させてくれる。 クライマックスは観てのお楽しみだが、巨大な飛行船と特大の爆弾を持ち出したそのシークエンスの何と馬鹿馬鹿しくて壮大で痛快なこと! ジェームズ・ボンドばりに八面六臂の大暴れを見せつけるオリヴァー・リードが、ますますロジャー・ムーアのように見えてくるこの懐かしの怪作。ザ・シネマでの放映にあたって初めてエンドロールを確認できたが、撮影場所のクレジットは案の定“made at パインウッド・スタジオ”であった。イギリス流のシニカルなユーモアが大爆発する逸品を、とことんご堪能あれ!■ TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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NEWS/ニュース2015.11.10
甘酸っぱく清々しい感動作『マルガリータで乾杯を』。 公開記念して行われたトークショーイベントの様子を(ほぼ)全文レポート!!します!!
ゲストには、裸も辞さない体当たり演技が高い評価を獲得している女優の安藤玉恵さん、自らの経験を活かし、障がい者の性活動を支援するNPO法人ノアールの理事長を務めるくましのよしひこさん、そしてくましのさんの10年来の友人であり、ノアールの活動に共鳴するリリー・フランキーさんという豪華布陣が登場。その模様を、(ほぼ)全文レポートします!! ※ネタバレ有。映画の内容、結末についての記載があります。 司会:岩田和明(「映画秘宝」編集長/以降、司会)登壇者:安藤玉恵(以降、安藤)、くましのよしひこ(以降、くましの)、リリー・フランキー(以降、リリー) 司会:早速ですが、映画の感想からお聞かせください! リリー:本当に良い映画だから、「映画秘宝」なんかが取り上げるべきじゃないですよ。「キネマ旬報」しかダメ。 司会:場違いですいません(笑)。安藤さんはいかがでした? 安藤:すごく元気になりました。笑顔になれますよね。 リリー:あれ、「私は主人公と歯茎が似てる」って言わないとダメじゃない? 安藤:主人公のライラは笑うとすごい歯茎が出るんですけど、それが私とソックリなんですよ。でもそのことは黙っていようと思ってたんですが、さっきからずーっとリリーさんが「言え言え」って(笑)。 リリー:でもさ、本当に良い映画なんだよね。インド映画できっちりタブーを描きつつ、役者の演技も素晴らしいし。しかもさ、まさか同性愛の展開になるなんて思わないよね。 安藤:本当にそう。まさかって思った! リリー:それでいて家族の物語でもあってさ、ちょっと凄いよね。 司会:くましのさんはいかがでしたか。 くましの:実は僕、1年くらい前から本作の存在は知っていて、ずっと追いかけていたんです。それでようやく初めて観た時、自分が障がい者なんで、「どっかで気を抜いて主人公が障がい者じゃなくなる一瞬があるんじゃないか」と、アラを探す感じで観たんですよ。でもね、正直騙されましたね。 リリー:プロの障がい者が騙されたんだ。 くましの:そうなんですよ。主演の女優さんを調べたら、普通に健常者だったんですよ。 リリー:あの子、魅力あるよね。あとさ、主人公のように同じ脳性麻痺で車いすの人でも、くましのくんみたいにハッキリ喋れる人と、ライラみたいに滑舌が良くない人もいるよね。 くましの:脳性麻痺は2、3タイプあって、僕は体が固まっちゃうタイプなんです。ライラは上手く卵を割れないシーンがありましたけど、手が揺れちゃったり、言語障害が出たりするタイプなんでしょうね。 リリー:くましのくんの場合、卵は割れないけどTENGAのエッグは上手にできるでしょ。 くましの:封を開けるのがちょっと難しいんですけどね。 司会:TENGAといえばオナニーということで(笑)、ライラも冒頭でしてましたよね。安藤さんも劇団ポツドールの舞台でオナニーシーンを披露されていましたけど…。 安藤:いいんですよ、それは(笑)。 リリー:それでいえばさ、これまでのドラマや映画で描かれてきた障がい者像って、すごく聖人化されてたんだよね。あの人は性欲がない、あるはずがないみたいなさ、とても驕った見方の作品が作られてきた。くましのくんが「ノアール」って団体で活動しているのは、僕ら障がい者にだって性欲はあるしセックスだってしたいんだってことを訴えるために活動しているわけです。んで僕もそれに共鳴してお手伝いしているんですけど、彼らの基本的な欲求や尊厳を、ボランティアの人でさえ認めてないんですよ。性欲があるってことを知った途端、冷たくなったりするんです。だから障がい者の人たちは“天使”を演じなきゃいけないんです。そういう意味でこの映画は障がい者の性をしっかり描いていて、くましのくんの活動にすごく近いんだよね。…っていう話をしたかったんだけど、なぜか安藤玉恵のオナニー話になるというね。でもね、彼女のオナニーもすごいですよ。 安藤:あくまで舞台で、ですから(笑)。それにしても主演のカルキ・ケクランは体当たりの演技でしたね。男の人ともするし、同性の女の子ともしてますしね。 リリー:そうなんだよ!幼なじみの男の子とチューしたかと思えばバンドマンによろめいて、NYではかっこいい男ともしちゃうしさ。あの時なんてさ、全然ションベンしたくないのにわざとトイレ行って男にパンツ脱がさせてたもんね。 安藤: うそ~。ちゃんとおしっこしてたでしょ! リリー:いや、俺ずーっと耳すませて音聞いてたけど、まったくションベンの音しなかったもん。 安藤:じゃあトイレに行ったのは、誘ってたってこと? リリー:そうですよ。また良いパンツはいてましたもんね。 くましの:間違いなく勝負パンツでしたね、あれは。 安藤:じゃあ彼の家に勝負パンツで行ってたってこと? くましの:たぶん。 安藤:もうちょっとふたりとも純粋に観てくださいよ(笑)。まあでも、あの状況になったらしたくなりますよね。それはわかります。 ■全盲の人でも家族おぶって天ぷらバリバリ揚げてる人もいるし、そういう生活描写も本当のリアルに近いよね。(リリー) リリー:話は変わるけどさ、全盲のレズビアンの子もライラにしてもさ、いつもパキっとした色の洋服を着てるよね。やっぱ目立つ服着ていないと危ないってことなんだよね。くましのくんもいつも赤い服着てるもんね。 くましの:はい。車いすも赤です。 リリー:スティービー・ワンダーも目立つジャケット着てるもんね。あ、そういえばくましのくんは監督と主演の人と会ってるんだよね。 くましの:9月にあいち国際女性映画祭でお会いして。ご拶程度でしたけど、日本でこんな活動してますって伝えました。カルキさん、いい匂いでしたね~。 リリー:カルキさんって、フランス人だけどインド育ちなんでしょ。インドって今、世界で一番映画作ってる国ですよね。 安藤:最近のニュースだとあんまりいい話を聞きませんけど、そんな国がこういう映画を作るんだって、最初は信じられなかったです。 リリー:まあ、インド映画の9割が踊りまくってますもんね。この映画でも途中、いい感じのダンスミュージックがかかって、「あ、やっぱ踊るんだ」って思ったよね。踊りは外せないんだろうね。あとさ、劇中の曲もすごい良かったよね。 くましの:踊る場面が2つあるじゃないですか。家族で踊っているシーンと、全盲の女の子と踊るところと。で、その2回ともライラが膝かっくんってなるんですけど、あれは“脳性麻痺あるある”ですね。力がぐいぐいって抜けちゃうんですよ、ライラみたいなタイプの脳性麻痺って。見る人が見ると、ああいう描写で騙されちゃんうんです。 リリー:健常者は勝手に「障がいのある人は何にもできない」って思いがちだけど、意外とそんなことないんですよね。全盲の人でも家族おぶって天ぷらバリバリ揚げてる人もいるし、そういう生活描写も本当のリアルに近いよね。 くましの:僕個人のことで言えば、時間をかければ大体のことはできます。ただ時間がかかりすぎるってことがあって、自分で全部やろうとしたら1日が35時間くらいないと収まりきらなくなっちゃうんです。だからヘルパーさんを入れるんですね。ライラもNYにお母さんと一緒に行くじゃないですか。あれをもし彼女ひとりで全部やろうとしたら、きっと1日じゃ収まりきらなくなっちゃうと思います。 リリー:お母さんもお父さんも良い感じだよね。そして小太りの弟がまた効いているよね。あの小太りの弟がいるだけで、ものすごい家族感がでるもんね。 ■すごいなって思ったのは、嘘がないのと、足りないことがひとつもないことです。(安藤) 司会:安藤さんは女優としてライラをご覧になっていかがでしたか? 安藤:本当に感動しましたね。すごいなって思ったのは、嘘がないのと、足りないことがひとつもないことです。 司会:障がいのある役を演じられたことはありますか? 安藤:ありますね。山下敦弘監督の『松ヶ根乱射事件』です。 リリー:そういえばさ、くましのくんは編集前の違うバージョンも観てて、公開版とエンディングが違うんだよね。俺はさ、最初本編を観た後に『マルガリータで乾杯を!』って邦題見てさ。この邦題のつけ方、ふんわり感がハンパないですよね。まあでも、原題が『Margarita, With A Straw』だから、『ストローでマルガリータを』にはならないか。それにしても最近はウッディ・アレンの映画も全部『恋するバルセロナ』とかさ、観たいんだけどDVD取るのが恥ずかしいみたいなタイトルのつけ方じゃないですか。この映画のポスターにしたって、全然内容と違うしね。でもラストシーンを考えると、『マルガリータで乾杯を!』はしようがないか。 くましの:原題はトンチが効いてるっていうか、脳性麻痺で手が動かないからビールも何もストローじゃないと飲めないんですよ。しかも、ビールはストローで飲むとめちゃくちゃ酔いが回るんですよね。あとこれも“障がいあるある”なんですけど、アルコールが入ると言語障がいが軽くなるんですよ。普段ガチガチの言語障がいの子も、お酒を飲むとスラスラ喋れるんです。 リリー:飲むとションベン行きたくなるじゃない。でも、車いすで入れるトイレを併設してる飲み屋ってほぼないんだよね。だから、飲むとしたら便所チェックするよ。俺はラブドールのリリカっていうのが家にいて、車いすにリリカを乗せて友だちと会わせたりしてるからさ。リリカが来たことによって、くましのくんの生活がもっと分かるようになった。 安藤:真面目に聞いて良いのか分かんない(笑)。 リリー:あとラストシーンでさ、ライラが新しい髪型にして、「今日はデートなの」って言ってレストランでマルガリータを飲んでるんだけど、そこに誰が来たかは映してないじゃないですか。あれちょっとお客さんに誰が来ると思ったか、挙手で聞きたいです。考えられるのは幼なじみか、レズビアンの元恋人か、このふたりでもない誰かじゃないですか。で、そこに来るのが誰であって欲しいかって、お客さんそれぞれが考える一番のハッピーエンドなのかなって。 (会場のお客さんに手を上げてもらう) 司会:幼なじみだと思った人はおひとりですかね。意外と少ないですね。レズビアンのハヌムは3、4人…これも少ないですね。ではこのふたりでもない、第3の人だって方は…これもあんまりいないか。じゃあ、誰も来ないと思った人っています?あ、これが一番多いですね。実は、僕もそう思ったんですよね。でもたしかに、お客さんに委ねるようなラストになっていましたもんね。 くましの:可能性としていろいろあるよっていう感じでしたね。 リリー:あとさ、ライラは言い難いことを親に告白したり、自分が浮気したことを彼女に言ったりとかさ、一番人間が持ちにくい勇気を持ってたよね。 司会:安藤さんは、お母さんに女優になるって言った時はどうでしたか。 安藤:うちは映画のお母さんのように反対されることはなくて、逆に「裸になれないなら、女優になるのはやめなさい」って言われました。 リリー:そして、ポツドールでオナニーしたっていうね。 安藤:もういいよそれは!でも、映画のお母さんも結局は理解しようとしていたよね。最初はつっぱねてたけど。 リリー:あと、インドからNYに行く展開もいいよね。 安藤:NYに留学できるってことは、ライラは裕福なお家ですよね。 リリー:借金してでも留学させたいって感じじゃない?だって弟と相部屋だったよ。だからオナニーする時も背中向けてたもん。でも、ハヌムの方はお金持ちでしょうね。実家が金持ちの顔してる。それにしても、本当に良い映画だったな。今年観た中でベスト5に入りますよ。 司会:これまでのインド映画は歌と踊りばっかりでしたが、最近はこういったおしゃれな作品も数多く作られています。今、インド映画は本当に一番おもしろくて豊かだと思いますよ。 安藤:日本でもインド映画ってけっこう公開されてるんですか? 司会:やっていますね。東京国際映画祭でも公開しています。 リリー:でも日本で一番ヒットしたのは『ムトゥ 踊るマハラジャ』でしょ。江戸木純さんが2万円くらで買ってきて大ヒットした伝説の映画ですよね。俺もね、名古屋の街で踊りまくるっていうインド映画のポスター書いたことあるよ。インド人がドジャースに入団するっていう話。 司会:『ムトゥ〜』の後はたくさんのインド映画が日本に上陸しましたもんね。最近では『きっと、うまくいく』がヒットしました。 ■女性が主人公でストレートに障がい者の性を描いた作品って、おそらく本作が初めてではないでしょうか。(くましの) リリー:しかしさ、女性が観るような映画で、障がい者の当たり前の性欲求を作品にしてくれるっていうのはいいよね。くましのくんと俺がトークショーしてもさ、こんな香ばしい女子は来てくれないじゃないですか。だからこういう機会にさ、ポスターに騙されたとしてもですよ、障がい者の現実をこんな甘酸っぱい温かい映画にしてもらえるっていうことは、くましのくんの活動にも説得力をもたらしてくれることだと思います。 くましの:これまで男性の障がい者が主人公の映画はありましたけど、女性が主人公でストレートに障がい者の性を描いた作品って、おそらく本作が初めてではないでしょうか。 リリー:障がい者の人の苦労って感覚的に分かっても、知らないことがたくさんあるんですよね。最近だと『最強のふたり』とかもあって、障がいのある人をきちんと描いた作品はいいなって思いますよね。マイノリティの人が主人公になる映画はまだまだ続いていくだろうね。 司会:安藤さんはライラ役のオファーがきたら演じたいと思いますか? 安藤:いいんですか?歳がアレですけど(笑)。 リリー:『マルガリータで乾杯を!3』だったら年齢も間に合いますよ。晩年のライラとしてさ。 安藤:顔も似てるしね。歯茎がね。 リリー:あとさ、ライラがNYの大学で会った男の子とセックスするじゃない。あれ、初体験じゃなかったっぽいよね。 安藤:初体験じゃないでしょ。だって最初にデートしてたよね。あれ、でもその時はしてなかったのかな。 リリー:幼なじみの男性とはしてたのかな? くましの:うーん。どうすかね。 リリー:なんか初体験じゃないっぽい反応だったんだよね。 司会:ちょっと痛がってませんでした? 安藤:でもあの時はすでに女の子とは関係があるわけだから…。 リリー:ペニスバンドでしてたってこと?そうかな〜。別にアラを探しているわけじゃくて、「彼らの映ってない部分の生活はどんなんだろう」って想像させるのは、良い映画ってことですよね。 安藤:でも初めてとは思ってなかった。 司会:僕も初めてじゃないだろうなって思って観てました。 リリー:そうなのかなあ。俺は初めてだと思ってたからなあ。ショックだなあ。じゃああの幼なじみとやってたのかなあ。アイツと最初、濃厚なキスしてたしな。 くましの:その時も誘ったのはライラの方ですもんね。 リリー:でもあのふたりはしてないでしょう。なんかしてないと思う。だってあのふたりがするとしたら実家になるでしょ。 安藤:意外とできるんじゃない? リリー:まあ、誰がやったかやってないかなんて、本当に下衆の詮索ですけどね。 くましの:でもそれって、監督の術中にハマってるってことですね。 リリー:それにしてもこの映画って、ものすごいテンポで進んでいくじゃないですか。それなのに忙しく感じないっていうのは、出演者の濃密な存在感だと思うんですよ。だってさ、「え?レズ?」と思いきや「え?癌!?」ってなってさ、ジェットコースタームービーっていってもいいような展開なのに、本当に緩やかな空気が流れてる。やっぱり監督や出演者の濃度とか精度がすごいんだろうね。 安藤:ライラの表情がひとつひとつ、いちいちものすごいリアルなんですよね。ひとつ事件があると、彼女の心情ががすごい伝わってくるでしょ。だから話は忙しいけど、そう感じないのかなって思いました。 リリー:あとさ、最近エンドロールって延々長くて1曲じゃ終わらないじゃない。でもこの映画のエンドロールはさ、1曲目が終わって次の曲に移る時、ライラの声が入るじゃない。「1、2、3、4」ってさ。だから切り替わりがすごく自然なんだよね。とはいえね、あの「1、2、3、4」がピエール瀧の声じゃダメなんですよ。余韻がなくちゃ。本当に監督が隅々まで心を砕いている映画なんだなって気がしましたよ。 司会:2曲目の歌詞の内容も、映画とリンクしているんですよね。歌詞と映画の内容が全然合っていない、ただのタイアップ曲、みたいな映画も多いですからね。 リリー:あとさ、映画の中ではインドの母国語が一切なくて、英語しか喋らないんですよね、言語問題ってどうなってんだろうね。その時さ、ライラはもしかしてもらいっ子なのかなって思ったんですよ。肌の色も白いし。 司会:すいません…そろそろ終了のお時間になってしまいました…。 リリー:まだ良い話全然してないですよ。このまま帰ったら俺はバカだと思われますよ。せっかくバリアフリーじゃない会場にわざわざ登壇してくれたくましのくんの活動とも繋がりますからね、この映画は。 くましの:女性向けってことでは激オシです。 リリー:この映画を観た後、レズビアンのシーンが嫌だったって人は、何か偏見を持っているかもしれない。そして何より、障がいのある人をテーマに選んで、いろんな性のタブーを描いているってところが素晴らしいと思いますよ。くましのくんも今は人前だから真面目に喋ってますけど、本当はものすごいユーモアの持ち主なんですよ。知り合った時、くましのくんに「夢とかある?」って聞いたら「立ちバックですよね」って。そういうね、身を切ったギャグが言える人っていうのはおもしろい人ですよ。障がい者はギャグや下ネタを言わないって思うなんて、それこそ健常者の驕りだよね。よく乙武洋匡さんも「手も足も出ないや」とかって言うけど、それを素直に笑えない感覚こそ、一番の偏見ですよ。だってせっかくおもしろいこと言ってるのにさ。 くましの:でも最近、エロくなくなってきたって怒られたんですよ。 リリー:どういうこと? くましの:なんかエロオーラがないって。ショックでしたね。修行します。気合入れ直します。 リリー:それどうするの?気合入れるって言っても。 くましの:どうしますかね…。まずはTENGAのエッグあたりからならし運転します。 リリー:でもさ、こうやって基本的な、誰もが持っている欲求を、手が動かなくたって全盲の人だって持っているんだってことを、くましのくんやこの映画がちゃんと言っているっていうことですよ。しかもこの映画は障がい者に性欲があるってことを描いている上に、バイセクシャルだからね。 安藤:でも描かれ方がすごく自然だし、オシャレなんですよね。だから私、『アメリ』みたいだよって周りにすすめようと思って。 リリー:でも『アメリ』でグッとくる人って、もうけっこういい歳いっているでしょ。今だとなんて言えばいいんだろう。『好きっていいなよ。』とかかな。 司会:あ、でもこの映画は『アメリ』に携わっていた方が宣伝をしているんですよね。 リリー:これはでも「映画秘宝」が取り上げないのが一番良いですね。「映画秘宝」は映画界の“おくりびと”ですから。個人的には友だちがやっている活動に近いことだし、精神的な価値観のバリアフリーが同時多発的に起きていることが嬉しいですね。映画の中で出てくる、偏見を持ったコンテストの審査員みたいなヤツって、現実に本当にいるんだよね。すごくドラマ的に見えるけど、現実にいるんだよ。 安藤:私、あの人見て佐村河内さんを思い出しちゃった。ああいう胡散臭い感じ。 リリー:佐村河内さんが話題になった時は、みうらじゅんさんとこにすごい取材依頼がきたって。長髪サングラスだからさ。 安藤:あと私はトイレのシーンが大好きです。グッときました。あ、でも幼なじみとキスするところも良いですね。そう考えると体で感じちゃうシーンが多かったですね。全体的に性を描いているところは圧倒的に良かった。 リリー:障がいの有無に関係なく、女の人の性がかわいく描けてるよね。 安藤:そうなんですよ。本当にああいう反応するよねっていう感じで。 リリー:甘酸っぱいよね。だからやっぱり『アメリ』っぽいね。くましのくんはどんなシーンが良かった? くましの:この前ちょうどNYに行って来たこともあって、ライラがイエローキャブの行き交う横断歩道をサーッと疾走するシーンとかがいいなって思いました。 リリー:意外とくましのくんの電動車いすも早いんですよ。重いから安定感あって。 くましの:NYでもコレで疾走してきたんですけど、誰も振り向いてくれないんですよね。それくらいいろんな人がNYにはいて、障がい者なんてめずらしくもなんともない。だからちょっと寂しかったですね。チラ見すらされないんですよ。LEDとかチカチカさせても振り向いてもくれなかった。 リリー:次行くときは志茂田景樹みたいな、南国の鳥っぽい格好していけばいいんじゃない。逆に目立ってくれないと危ないしね。まあでも、障がい者であるかどうかってこともそうですけど、女性の性欲求が本当にチャーミングに描かれているんで、珍しいと思いますよ。本当に良い映画なんで観て欲しいなって思います。 安藤:ちゃんと性を描いているのに、すっごいすんなり入ってきました。 くましの:しかも途中から障がい者っぽくなくなるんですよ。自然な感じで。 リリー:圧倒的に人間ドラマなんですよね。親の反対があったり勉強との兼ね合いがあったりさ。映画の途中からは障がいがあるってことを忘れて人間ドラマとして観ちゃいますよね。俺もくましのくんと10年くらい知り合いだけど、障がいがあることを忘れてるっていうか。こんなにメールの返信が早い手の曲がった人はいませんよ。あとくましのくんて、屋外で撮影する時もちゃんと警察に撮影許可取るし、本当にちゃんとした友だちなんですよ。だから周りに紹介する時は“ちゃんとした友だち”って言ってますよ。 司会:それではそろそろお時間がきてしまいましたので…。 リリー:最後になんかお客さんとゲームでもしますか。まあ、もう話し足りないことはないんですけどね。終わり方がわかんないの。お客さん、なんか物をもらったら帰ってくれるかな。 くましの:あ、リリーさんにイラストを描いてもらった、僕がやっているNPO法人ノアールのシールがあるんで、それをプレゼントしますよ。 リリー:せっかくくましのんがくれるんですから皆さん、捨てるんだったら劇場からなるべく遠いところで捨ててくださいね。劇場の外で見るのが一番傷つくんで。こんな良い映画観てもあいつら何も心変わってないなって思うから。ちなみに俺が描いた絵は車いすに乗ったクマがちんこ勃ててるやつですから、財布に一番貼りやすいデザインですよ。<終了> 取材、文:小泉なつみ ■ ■ ■ ■ ■ いかがでしたでしょうか?作品の魅力を余すことなくお話し下さった安藤さん、くましのさん、リリーさんの作品への愛が伝わる1時間をご紹介させて頂きました!本作は現在劇場にて絶賛公開中です。一人でも多くの方に観て頂きたい素晴らしい一本です!(編成部) 10月24日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー■公式サイト:http://www.margarita.ayapro.ne.jp/■facebook:https://www.facebook.com/margaritadekanpaiwo/■twitter:https://twitter.com/margaritamovie (C) ALL RIGHTS RESERCED COPYRIGHT 2014 BY VIACOM 18 MEDIA PRIVATE LIMITED AND ISHAAN TALKES